双極の理創造   作:シモツキ

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百四十二話 翻弄されども楽しくて

 星のよく見える空の下を、ゆっくりと飛ぶ。空気の乾燥している冬の夜空は、本当に星がよく見えて、天体に興味がある訳じゃなきゃロマンチストって訳でもない俺でも、あぁいいなぁ…と思わせてくれる。そして、そんな夜空を女の子三人と空中散歩出来る俺は……結構、幸せ者かもしれない。

 

「顕人は、女の子と空を飛ぶのが好みなの?」

「いや地の文だから!基本作中の人物には見えてない物だから!それをさらっと読まないで!?」

「でも、綾袮は時々……」

「それはそういうネタなの!そして今のは読んじゃ不味いやつだからね!?」

 

 もういきなりメタ発言で冒頭の流れをクラッシュされた俺は、路上だったら確実に周りから変な目で見られるレベルの声量で突っ込む。怖っ!天然怖っ!

 

「へー、顕人君にはそんな下心が……」

「うっ……気分上げようとしたんだよ…一種の自己暗示であって、今現在浮ついた気分になってるとかではないからもう触れないで……」

「あ、そうなんだ。じゃ、ちょっと面白いもの見せてあげよっか?」

「面白いもの?」

「ふふーん、見ててよ?ていっ!」

 

 追撃されて俺がげんなりしていると、その当人である綾袮さんは先行する形で少し前へ。何だろうと思って俺が目で追うと、綾袮さんは振り返り、一度自分の身体を包むように蒼の翼を閉じて……そこから勢い良く展開。

 その瞬間、きらきらと輝きながら周囲へと舞い散る霊力の光。蒼色の粒子が揺らめきながら消えていくさまは、本当に幻想的で……思わず俺は、息を飲んでいた。

 

「……凄ぇ…」

「でしょ?基本無駄だからやらないけど、こうやって盛大に散らしながら飛び回る事もできるんだよ?」

「マジか…あ、どうしよう想像したらほんとにマジかっけぇ…!」

 

 大太刀を携え空を縦横無尽に駆け巡る綾袮さんを思い浮かべた俺は、つい興奮をしてしまう。女の子の想像をして興奮、って言うとアレな感じだが……これは仕方ない。だって、『光の翼(蒼)』って時点でもう十分少年の心をくすぐられるんだから。

 

「まぁ、隠密性を考えれば、無駄どころかマイナスにすらなり得る気がしますけどね」

「…フォリンさん……」

「え、あれ?…私、何か不味い事言いました…?」

「うーんと…今のは不味いっていうか、『そういう事じゃないんだよなぁ…』のパターンかなぁ…」

 

…と、俺が思っていたところへ不意に無粋な発言をしたのは、なんとフォリンさん。苦笑気味にそう言ったフォリンさんは、どうやら俺が半眼を向けた理由が分からなかったらしく、その発言に対して苦笑いしていた綾袮さんに教えられていた。

 とまぁ、こんな感じで駄弁っている俺達だけど、これでもれっきとした任務中。そして、その任務というのは…慧瑠の捜索に他ならない。

 

「…その、すみません顕人さん……」

「いや、うん…別にいいよ。悪気があった訳じゃないのは分かってるから…」

「…顕人、よしよし」

「え…あ、あの……」

「よしよし」

「……ねぇ綾袮さん、感性のズレって中々酷いもんだよね…」

「あ、あはははは……」

「……?」

 

 同性同年齢の人だって個人個人で趣味や価値観が違うんだから、生まれも育ちも経験も全然違うフォリンさんと認識の相違があったって仕方ない。そう思って言葉を返した俺だけど…何を思ったか、ラフィーネさんは俺の頭を撫でてくる。

 恐らくそれは、慰めとか気遣いとか、つまりは善意の気持ちからくるものだとは思う。けど、この流れで年下の相手に頭撫でられて慰められるなんて、気が晴れるどころかむしろ余計に悲しい訳で……さっきから俺、ロサイアーズ姉妹の無自覚攻撃でガリガリテンション削られてるよ…。

 

「…え、と…そ、そういえば綾袮さん。今回はどうして私達もなんですか?」

「あ…う、うん。それは相手が相手だから捜索にも双統殿の警備にも多くの人手を割かなきゃいけないし、しかもこれまで霊力を奪われていた顕人君は、今後もまた狙われる可能性があるからだよ」

「つまり、私達を遊ばせておくような状況じゃない…という事ですか。…あの、遊ばせておくの使い方は……」

「今ので合ってるよ。それに二人は強いし、わたし達で組めば結構ハイレベルでバランスが良いからね」

 

 俺が再びげんなりする中、綾袮さんとフォリンさんは今の組み合わせについて会話。…言われてみると確かに、近接戦に長けるラフィーネさんに、アウトレンジからのピンポイント攻撃が出来るフォリンさんに、圧倒的機動力の綾袮さんって、かなり良いチームになってるよなぁ…。

 

「あぁ…それもそうですね。ラフィーネが正面戦闘を行い、綾袮さんが前衛として連携しつつ遊撃も担当し、顕人さんと私でそれぞれ面と点の火力支援…と言ったところでしょうか」

「…うん?え、今の話って俺も入るの?」

「そりゃ入るよ。前に妃乃とも言ったけど、顕人君の火力と手数は距離を取って援護に徹した場合、相手にとってはかなり厄介になるからね。わたしとラフィーネが前衛にいて、しかもフォリンの狙撃もある中で後方から高火力の面制圧をされたら、それこそわたしでも突破は諦めちゃうかな〜」

「うん。顕人が支援してくれるなら、わたしは前で顕人を守る」

「ふふっ、では更に私が二人を守りますよ」

 

 まさか自分も入ってると思わなかった俺は、フォリンさんの言葉に驚いた。それに綾袮さんの言ってくれた言葉も(俺自身は前にも出たいとはいえ)嬉しかったし、続くラフィーネさん達の言葉は、まぁちょっとむず痒くもあったけど…決して嫌な気はしない。

 

「えーわたしはー?わたしだけ仲間外れー?」

 

 隣では綾袮さんがちょっと可愛らしく口を尖らせているけど、それが冗談半分…まぁつまり本気で気にしてる訳じゃない事は、その顔を見れば一目瞭然。

 そして俺は、ふと気付く。さっき俺は少々アレな事を考えてでも気分を高めようとしていたけど……そんな事はしなくたって、皆といればそれだけで気持ちは安らぐんだと。

 

(…いや、安らぐとは違うか。少なくとも平穏な気持ちではいられてないし。でも…うん、楽しい気持ちになっている事は間違いないよな)

 

 そう、俺はこうして皆と話している時間が好きだ。かなり振り回されているけど、それも俺は楽しいと感じている。この気持ちは間違いないし、だからこそ……

 

「……?顕人君、どこ見てるの?UFOでも見つけた?」

「ん?あぁいや別に、何かを見ていた訳じゃないよ。ちょっと考え事していただけ」

 

 俺は思う。思いを馳せる。今はどこにいるかも分からない慧瑠と、もう一度話をしたいと。話せばどうなるって訳じゃないし、話した先の事なんて見えないけど……もっとちゃんと、慧瑠の事を聞きたい、と。

 

「…しかし、その魔人どころか魔物の気配もないですね…」

「まー、今はこっちも色んなところで動いてるからね。色々画策もしてるし……魔物の方も警戒して人気のない場所へ行ってるんじゃない?」

「魔物…そういえば、その前の魔人は?」

「その前…って、文化祭の時の奴だよね?そいつも行方知れずだけど、わたし達があの日確認したのと同じタイプの魔物は数日前にも討伐されてるし、多分近くに入ると思うよ。…はぁ…今のところは平和だけど、結構不味い状態なんだよね……」

 

 そんな思いを俺が胸中で抱く中、綾袮さん達は別の話題で話を続ける。…そっか…失念してたけど、そっちの問題もあるんだよな……。

 

「今年…っていうか今年度入ってから魔人の発見が続いてるし、魔王まで出てくるし、流石のわたしでも悲観的な思考になっちゃいそうだよ…とほほ……」

「綾袮さん……とほほってはっきりと言ってる辺り、実は内心まだ余裕はあるね…?」

「あ、バレた?…まぁとにかく、三人共魔物を見つけたらすぐに仕掛けるんじゃなくて、可能なら連絡する事。ちょっとでも危険の方が大きいって思ったら、迷わず逃げる事。撃破より予想外の事態に対応出来る状態作りの方が大事だって事は、忘れちゃ駄目だよ?」

『はーい』

 

 ちょっとふざけてた綾袮さんだけど、その後の忠告はしっかりと胸に刻み付ける。

 この楽しい時間も、慧瑠の事も、一時の「俺一人でもやれるんじゃね?」なんて油断と引き換えにするには惜し過ぎる。なら、どうするか。…そんなの、言われた通りに気を付ける以外ないよな。

……とまぁ、そんな感じで飛び回る事約一時間。結局何も発見出来ず、体力的な余裕もまだあったけど、今日の捜索は終了となった。…相手が魔人だからこそ、余裕がなくなるまでの捜索はしないんだとか。

 

「はー…今日も身体が冷え切った……」

「だよね〜…あ、そうだ顕人君!ちょっと帰りにコンビニ寄らない?わたし中華まん食べたくなっちゃった」

「ん?…まぁ、俺は良いけど…二人はどうする?」

「中華まん…?」

「前にCMか何かで見た覚えがあるような気もしますが…お饅頭の一種、ですか…?」

 

 双統殿へと向かう最中、きょとんと小首を傾げる二人。それを見た俺と綾袮さんは顔を見合わせて……数十分後、俺達は揃って家の近くのコンビニに。

 

「…という訳で、あれが実物だよ」

「…ん、画像で見た通り」

「そ、そりゃまぁね…」

 

 ここに来るまでに携帯で検索した中華まんの画像を見せていたから(ついでにその時、ベースは中国の料理でも中華まんそのものは日本の料理なんだと知った)、保温機内の実物を見た二人の反応は割と地味。…まぁ、驚かせようとしてた訳じゃないから別に良いけど。

 

「わたしはあんまんにしよっと。皆は?」

「俺は…やっぱ肉まんかな」

「ラフィーネは何にしますか?」

「んと…ピザまんか、カレーまん」

「ですよね、私もです。ですから二人で半分こしませんか?」

「うん、そうする」

 

 前に二人と初めて食事をした時にもあった光景を目にしながら、俺はレジへと向かって注文。…そういや、誰も被らずメジャーな四種を見事に網羅してるなぁ…。

 

「はい、三人共お待たせ」

「ありがと、顕人。はい、フォリン」

「では私も…っとと、思ったより熱いですね…」

 

 そうして俺達は各々中華まんを手に、後少しとなった帰路を歩く。元から食べたい味を選んだ俺と綾袮さんは勿論の事、興味半分で選んだ二人も中華まんの味はお気に召したようで、そのご満悦な顔を見て俺も一安心。

 

(…良いなぁ、こういうのも青春って感じで)

 

 用事終わりにコンビニへ寄って、皆で買った物を食べながら帰る。そういう経験はこれまでにもあったけど、やっぱり何度経験しても俺はこれを良いと思える。そして皆も同じように感じていてくれたのなら…それは、尚嬉しい。

 

「…顕人、今日は?霊力が減ってる感じない?」

「ん?あー…っと、多分大丈夫。心配してくれてありがとね、ラフィーネさ……」

「……?」

「…口元、ソースが付いてるよ」

 

 自然に心配してくれたラフィーネさんに、表情を緩めて感謝の言葉を返す俺。…だったけど、言い切る直前でラフィーネさんの口の端…頬との境目辺りにソースが付いているのを発見して、思わず苦笑をしてしまった。全く、ラフィーネさんはほんと天然だなぁ…と。

 

「…どっち?」

「右。…あ、ラフィーネさんからすれば左だね」

「そっか。…ん」

「ん?」

 

 位置を聞かれた俺が答えると、何を考えているのかラフィーネさんは俺を見たまま若干顎を上げる。…どうしよう、ほんとに何がしたいのか分からない…。

 

「取って」

「あぁ…いや自分で取りなよ…ハンカチないの?」

「ある」

「なら何故俺に…!?」

 

 二度の返答を受けた結果、余計に意味が分からなくなる俺。え、何、面倒なの?だとしたら横着にも程があるんですけど!?

 

「顕人は、頼れる相手だから」

「こんな事で頼らないでよ…絶対頼るタイミング間違えてるって……」

「…なら、ちょっと頭下げて」

「頭…?」

 

 横着ではなくふざけているのだ、と分かったのは次の返しを聞いた時。けれどそれにも言葉を返すと、ラフィーネさんはちょいちょいと手招きしながら頭を下げてと言ってくる。

 これは…なんだろう。頭下げたところで、何も面白くはならないよね?…なんて思いつつも、まぁ取り敢えずと頭を下げる。すると下がった俺の頭に合わせるように、ラフィーネさんは顔を近付けてきて……言った。

 

「…なら、舐め取ってくれてもいい」

「んなぁ……ッ!?」

 

 耳元で囁かれたあり得ない提案に、舐め取るという魔性の言葉に、仰け反りながらその場を飛び退く。その最中、ちらりと側で見えたラフィーネさんの表情は……蠱惑的。

 

「顕人君?どったの?」

「静電気でも起きましたか?」

「な、ななな…ッ!?」

 

 見慣れない…いや、普段は一切見る事のない、男を誘い惑わすような魅惑の顔付き。それは一瞬の事で、きょとんとした綾袮さん達がラフィーネさんの方を見た時にはもういつもの表情に戻っていたけど……ほんの一瞬なのに、たった一瞬にも関わらず、その時の表情は俺の目に焼き付いていた。

 

「……ふっ」

「……っ!ら、ラフィーネさん…またか!またやりやがったな!?」

「……?」

「あぁ……」

 

 俺が目を白黒させるのを見て、ふっと笑うラフィーネさん。その笑みで嵌められたと、まだふざけていたのだと気付いた俺は悔しさを言葉に込めて叫ぶ。そしてそれを聞いた綾袮さんは小首を傾げ…フォリンさんは気付いた様子で、これまたちょっぴり笑っていた。ぐ、ぐぐぐぅ……!

 

「…顕人君大丈夫?色んな意味で……」

「うっ…だ、大丈夫…ってか、綾袮さんも餡子付いてる……」

「あ、そうなの?じゃあ取って〜」

「いや綾袮さんもかい!」

 

 まだラフィーネさんの方も片付いていないのに、まさかの天丼ネタ発生。一瞬綾袮さんにも同じ事をされるのか…!?……とビビった俺だけど、どうやら綾袮さんはシンプルにふざけているだけの様子。…べ、別に残念じゃないけど!?安心しましたけどー!?

 

「顕人くーん、ハンカチかもーん」

「ティッシュでも構わない」

「あのねぇ……」

 

 こっちを見て拭き待ちしている二人の態度は、してもらう側なのにびっくりする程堂々としたもの。なら紙やすりで擦ってやろうか…とか思ったものの、残念ながら俺は紙やすりなんか持ち歩いてないし、そんなエグい事が出来るメンタルは持ち合わせていない。…という訳で仕方なく、俺はポケットからハンカチを手に。

 

「…ったく、もう……」

「んっ……」

「んむっ…」

 

 毅然な態度とりゃ良いのになぁ…と自分に対して思いつつ、俺はまずラフィーネさんの、続いて綾袮さんの口元を拭いていく。その途中、「あれ?でも、ハンカチ越しとはいえ口の近く触られるのに対抗ないって…俺、もしや脈有り?」…なんて一瞬思ったけど、多分ここで変な事をするような男じゃないって思われるだけだろう。……前のコタツの件みたいに、俺だってやる時はやるけど。後ラフィーネさんの場合、また色々事情が違うけど。

 

「はぁ……」

「ふふっ。なんだか顕人さん、二人のお兄さんみたいですね」

 

 溜め息を吐きながら拭いていると、横のフォリンさんからはそんな声が。お兄さん、ね…まぁ確かに、やってる事はそんな感じがしないでもないけど……これは喜べばいいのかな、嘆けばいいのかな…。

 

「…その場合、フォリンさんにとっても兄にならない?」

「そうですね。…あ、呼んでみましょうか?」

「呼ぶ?」

「はい。顕人さんが兄というのも…別に嫌じゃありませんよ、お兄ちゃん」

「ぬぁ……ッ!?」

 

 突如として、気を抜いていた俺の心を撃ち抜かんとばかりにフォリンさんの口から発されたのは、全国の妹がいない男待望の言葉『お兄ちゃん』。そのあまりの破壊力を持った不意打ちに、澄んだ声と微笑みの表情によるブーストがかかったお兄ちゃん呼びに、気付けば俺はまた飛び退いていた。あ、ヤベぇ…さっきのラフィーネさんもだけど、こっちはこっちでほんとにヤベぇ……!

 

「なっ、何を言ってんの!?何を言ってんの!?」

「何って…顕人さんの返しに乗っただけですよ?後、言葉が完全に重なってますが……」

「そ、そこはどうでもいいでしょうが!ちょっ、ほんと急にそんな事言うのは止め……」

 

 わたわたと慌てる俺に対し、今度は澄んだならぬすまし顔で返してくるフォリンさん。こっちはもう完全にふざけてると分かっていたから、これ以上やられる前にとかの話を締めようとして……気付く。綾袮さんとラフィーネさんの二人が、にやにやしながらこっちを見ている事に。

 

「ほほーう…嬉しそうだねぇ、顕人君」

「今の顕人、凄く良い顔してる」

「うぅっ、うっさいよッ!別に嬉しくねーし!良い顔してねーし!」

「えー、ほんとに?おにーちゃん」

「本当ですか?お兄ちゃん」

「ほんと?にぃに」

「〜〜〜〜っっ!…う、うぅ…うぅぅ……」

 

 自分でも分かる位に赤面しながら、それでも認めたくなくて俺は否定。そんな俺に対してぶちこまれたのは、三人による擬似妹トリプルアタック。それを諸に受けた俺は、三人におにーちゃんだのお兄ちゃんだのにぃにだの呼ばれた俺は……

 

「お、覚えてやがれぇぇぇぇえええええッ!」

「えぇぇぇぇ!?逃げたぁぁっ!?」

 

──そりゃあもう、ドキドキと恥ずかしさと湧き上がる何かに耐えられず、家まで全力疾走するしかなかったさ。後、後……ラフィーネさんはどこで「にぃに」なんて覚えたの!?

 

 

 

 

 週末。朝…と言うにはやや遅いけど、間違いなく昼ではない、まぁ言うなれば昼よりの朝の時刻。俺は道路を歩いていた。

 

「えーと、牛乳にインスタント味噌汁、後……あぁそうだ、確か砂糖も残りが少なくなってたよな」

 

 外に出た俺の目的は散歩ではなく、近所のスーパーでの買い出し。別に今すぐ必要な物じゃないし、別の買い物の時に一緒に買ってこられるような物ばかりだけど……大概こういうのはいざ買い物に行く時には忘れてて、必要になってから「あ、ないんだった…」と思い出すのが関の山。だったら気付いた時点で買いに行った方がいいよねぇ。

 

(…なんか、前よりマメになった気がするなぁ……)

 

 どちらかと言えば、俺は元から細かい事も気にする性格。でも家事をするようになってから、今まで以上にマメに色んな事をやるようになった気がしている。実際この買い物だって、前の俺なら「まぁ、急ぎじゃないし別に今すぐじゃなくてもいいか」とか考えて、ゲームするなり何なりしていたと思う。

 

「……なんか、買っていこうかな…」

 

 そして俺は無駄遣いなんてしない性格でもあるけど、ついでで出来るような事をわざわざやってるんだから、何か買ってったっていいんじゃね?って思いがよぎる。

 とはいえ、やっぱり無駄遣いをするのも、無駄遣いしちゃったなぁ…と後悔するのも嫌。だからここは一つ、スーパーに着くまでじっくりと思考を……

 

「ほほぅ、それは綾袮さんにですか?」

「え──?」

 

 その時、不意に聞こえた声。俺の独り言に反応した、返答の言葉。それが、その声が聞こえた瞬間、俺は反射的に振り返る。そして、振り返った先にいたのは……慧瑠、だった。

 

「……慧、瑠…?」

「はい。天凛慧瑠ですよ、先輩」

「…な、んで……」

「なんでって…そんなの、先輩に会いに来たからに決まってるじゃないですか」

 

 口が渇く。寒いにも関わらず汗が噴き出す。目の前の光景が信じられなくなる。だって、そうじゃないか。目の前にいるのは、魔人…それも魔王級かもしれない程の存在で、あの日以来姿を消した、慧瑠なんだから。

 自分でももどかしいと思う位、上手く声が出てこない。けれど慧瑠はいつも通りの…誰も正体を知らなかったあの時までと同じ雰囲気で、俺に微笑みかけている。…まるで、あの日から今日までの事が、全て間違いであったかのように。

 

「…俺、に……?」

「はい。…ご迷惑、でしたか?」

「……っ…そ、そんな事…そんな事はこれっぽっちもない…!」

「なら良かったです。それに先輩が元気そうで安心しました」

「安心、って…。…慧瑠…俺は、あの日からずっと…慧瑠と話したい事が……」

「まぁまぁ落ち着いて下さい先輩。ここで話すのも良いですけど……」

 

 

 

 

 

 

「──それよりも、今日はデート…しませんか?」


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