双極の理創造   作:シモツキ

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第十三話 見極める父親

人間大きな決意を決めた後や何かを達成した後は、心なしか身体が軽くなるもの。それは俺も同じで、綾袮さんに決意を話して以降はすっきりした様な気分で日々を過ごせていた。……決めただけで気分良くなってりゃ世話ない気もするけどね。

 

(…そういや、千嵜の用事って何だったんだろ……)

 

生徒会活動を終え、生徒会室から出た俺。ぽてぽてと廊下を歩きつつ考えるのは今日の事。

部活にも委員会にも所属しておらず、積極的に先生に勉強の事を聞きに行ったり他クラスの友人と駄弁ったり(そもそも他クラスに友人がいるのか自体なぞ)もしない千嵜が、何でもない日の昼休みにどこかへ行く事は滅多にない。一体千嵜に何があったのだろうか。……緋奈ちゃん関連なら可能性はあるけど。

 

「はてさて、綾袮さ…宮空さんはどこかな…」

 

校内、という事で一応呼称に気を付けつつ俺は綾袮さんを探す。今日もまた話す事がある…という事で呼ばれた俺だけど、何故か「自販機の前で待ってるね!」としか言われなかった。…俺を迷わせて遊んでいるのだろうか。それともまさか、綾袮さんはうちの学校には一ヶ所しか自販機を置いてないとでも思ってるのだろうか。まあ何れにせよ…面倒な事してくれるなぁおい…。

 

「…まさかの自販機の裏に隠れてたりして──」

「あ、顕人君やっときたね!」

「うおわ痛ぁッ!?」

 

ゴン!という音と共に後頭部へ強い痛みを感じる俺。御道顕人はこの瞬間、『後頭部を自販機の裏にぶつける』という人生初のレアな経験をした。…全然嬉しくねぇ……。

 

「…小銭拾いでもしてたの…?」

「い、いや…探してたのは小銭じゃなくて宮空さん……」

「わ、わたし?……わたしは確かにちょっとアレな人だろうけどさ、流石にそこまでおかしい人じゃないよ…」

「ですよね…はぁ、普通に周りを見回せばよかった…」

 

元を辿れば説明不足の宮空さんにも非がある…と言いたいところだったけど、よく考えれば…いやよく考えなくても普通に考えれば自販機裏に人がいる訳がない。…という訳で自爆だったと認める俺だった。

 

「なんだかよく分からないけど…生徒会は終わったの?」

「あ…うん。だからここに来たんだよ」

「なら、今日も少し付き合ってくれる?多分今日は数十分で終わるんだけどさ」

「そりゃ構わないよ?てか、構わないから話しかけられた時断らなかった訳だし」

「それもそっか。じゃあ着いてきて」

 

くるり、とその場で反転して歩き出す綾袮さん。それに着いて歩いていくと…学校のすぐ近くのコンビニに停まっている、一台の黒い車の前で足を止めた。

 

「はい到着。あ、用があるのはコンビニじゃないよ?」

「だろうね…しかし黒塗りの車かぁ……ヤバい人と会うとかじゃないよね…?」

「大丈夫大丈夫、中にいるのはおとー様と運転手さんだもん」

「綾袮さんのお父さん?」

「そうだよ、入って入って」

 

イマイチどういう事なのかまだ分かってないけど…ドアを開けられてしまったらもううだうだしてられない。…というか……

 

「え、綾袮さんがお父さんの隣じゃないの…?」

「だっておとー様が話したいのは顕人君だもん、顕人君が隣行かなきゃ変でしょ」

 

そういう問題じゃないよ…と俺は心の中で言う俺。いや、あんた…同級生の女子の父親の隣に座るって気まずいんだよ?それ分かってる?……なんて言いたかったけど、流石にその父親本人がいる場では言えない。というか、この状況で言える人の方が少ないだろ…。

それでも俺は車の後部座席に入り、中にいる綾袮さんの父親と運転手さんに会釈をしつつゆっくりと座る。対して綾袮さんは助手席に慣れた様子で座って、顔見知りなのか運転手さんに「今日もごくろー様」と声かけなんかしてる。……あの気軽さが羨ましい…。

 

「…………」

「……御道顕人君、だったかい?」

「あ…は、はい」

「緊張させてしまったかな?悪いね、突然呼んでしまって」

 

俺の緊張に気付いてか、肩を竦めながら柔らかな声音で話しかけてくる綾袮さんのお父さん。そういう風にきてくれるのはありがたいけど…それだけで気が緩む程俺の神経は太くない。この人と会うのは二度目とはいえ、いかんせんこの距離だしなぁ…そもそも前回はほぼ会話してないし。

 

「…と、言っても緊張はすぐにほぐれないか…そうだろう?」

「そう、ですね…」

「だと思ったよ。綾袮、顕人君に何か買ってきてくれるかい?」

「えー、わたし?」

「綾袮も何か好きな物を買えばいいさ」

「そう?じゃ行ってきまーす」

 

好きに買っていい、と言われた途端綾袮さんは乗り気になってコンビニに行ってしまった。確かにこの距離で好きな物を買っていいと言われれば魅力を感じるけど…流石にこの状況では苦笑を禁じ得ない。……と思っていたら、

 

「…全く、我が娘ながら子供っぽ過ぎるというか何というか…私の責任なんだろうかね」

「素直で真っ直ぐというのは、人に慕われ易くて良いとも思いますよ」

「ふっ…物は言いよう、か」

 

綾袮さんのお父さんと運転手さんまで苦笑していた。…綾袮さんの言動への感想は、年齢や立場を超えるらしい。

 

「君もそう思うかい?顕人君」

「え……っと、今の綾袮さんの事ですか…?」

「そう、綾袮の事さ。表情を見るに悪感情は抱いてない様だけど…綾袮は、周りから浮いてしまってはいないかな?」

「あぁ…ご安心下さい。綾袮さんは確かに異彩を放っていますが…浮くどころか、むしろ時宮さんと共にクラスの中心ですから」

「それは良かった。…が、異彩は放っているのか…そこは母親譲りかもしれないな…」

 

そう、なんとも言えなそうな表情を浮かべる綾袮さんのお父さんの顔は、親子だけあってどこか綾袮さんを彷彿とさせるものだった。…そういや、今回は意識切り替えしてないせいでそのまま『綾袮さん』って呼んじゃったな…まぁ、この雰囲気なら大丈夫かな。てか、母親譲りって事はお母さんも綾袮さんみたいな性格なのか…?……なんて思ったところで、綾袮さんが戻ってくる。

 

「お待たせー、よいしょっと」

「綾袮…お前、雑誌買ったのか…」

「あれ、駄目だった?」

「いや、駄目じゃないが…まあ、いいさ。それよりも、顕人君にきちんと買ってきただろうね?」

「買ってきたよ、ほら。顕人君ってチョコアイス駄目だったりしないよね?」

「大丈夫だよ?」

「じゃあはい。お腹壊さない様に、店員さんに温めお願いしますって頼んだんだ〜」

「あ、気遣い助かるよ……って、はぁぁ!?あ、温めた!?アイスなのに!?ば、馬鹿じゃねぇの!?店員さん絶対混乱したよねぇ!?何考えてんの!?…………あ」

 

結構特殊な状況にも関わらず普段通りの事をしてくる綾袮さんに、つい俺は(今回は内容が特にぶっ飛んでる事もあって)同じく普段通りの突っ込みをしてしまう。そして、気付く。──ここには綾袮さんのお父さんと、綾袮さんの事をそれなりに知ってる様子の運転手さんがいる事に。

 

(……やっべ、ヤベぇヤベぇヤベぇヤベぇ!)

 

待ってましたと言わんばかりに汗腺から溢れ出す冷や汗。親のいる前で本人を馬鹿だの何だの言うだけでも空気が凍りつく事間違いなしなのに、今回ここにいるのはデカい組織の中核人物。……お分かりだろうか。この俺のピンチ具合を。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

 

 

「……昔の私を見ているようだ…」

『えぇぇっ!?』

 

急転直下!綾袮さんのお父さん、まさかのカミングアウト!この突然の自体に俺も綾袮さんも運転手さんもびっくりだぜ!

 

「お、おとー様昔顕人君的突っ込みしてたの!?」

「あぁ、そういえば話してなかったね。私と母さんも若い頃は、周りからいっつも漫才してると言われていたんだよ」

「うっそぉ……ちょっとわたし、想像つかないんだけど…」

「…覚えておくといいよ、綾袮、顕人君。人は、案外歳をとると性格も変わるものさ」

((こ、こんな流れでそんな話を聞くなんて……))

 

遠くを見つめる綾袮さんのお父さんに、俺と綾袮さんはなんて反応すればいいか分からなかった。

 

「…こほん。それよりも綾袮、渡してあげないのかい?」

「あ…そ、そうだった…おとー様が妙な事言わなきゃ普通に渡してたよ…」

「妙な事は綾袮さん自身も言って…ってなんだ、冷たいじゃん」

「いやいや顕人君、流石のわたしもほんとに温めてもらったりはしないよ」

「そ、それもそうか…あれ、スプーンは?」

「あーごめんね、スプーンだけど間違えてお箸貰ってきちゃった」

「お箸!?わ、割り箸で食えと!?…ってほんとに貰ってきてるよオイ!」

「……あぁ、昔私もそんな事されたな…」

『親子揃って同じネタを!?(宮空親子・わたしとおかー様)凄ッ!』

 

……とまぁ、こんな感じによく分からないやり取りが数分程続いた。…俺は何の為にここは呼ばれたのだろうか…いやほんとに。

 

「…えぇと…うん、綾袮さん…もう割り箸でいいから貰えるかな…?」

「う、うん…わたしもなんか、ごめんね…」

「……案外箸でも食えるんだな、アイスって…」

「…その様子だと、緊張はほぐれたみたいだね」

「えぇおかげさまで……へ?…まさか、この一連の流れは俺の緊張を解く為に…?」

「まぁ、そんなところだよ」

 

呆れから一転し、俺は感銘に震えた。その最中は一切意図を感じさせず、自然な雰囲気のまま目的を完遂し、欠片も鼻にかけない。ああ、なんと『格好良い大人』だろうか。両親を始め俺は尊敬出来る大人を何人も見てきたけど、目の前にいる綾袮さんの父親はその中でもかなり凄い方に思える。この様な人に会えただけでも良い経験に──

 

「…最も、話した内容は真実そのものだけどね」

 

……なりそうだったんだけどなぁ…いや別に過去に悪い事してきた訳じゃないし、なんなら親しみ易いとも言えるけど…そこは最後まで格好良い感じにいってほしかったなぁ…。

 

「さ、それじゃあ本題に入るとしよう。顕人君、溶けてしまうのも勿体無いし君は食べながらで構わないよ」

「だったらわたしも雑誌読みながら…」

「綾袮」

「……はーい」

「顕人君。綾袮から聞いたが、君は所属するんだね?」

「…はい、そのつもりです」

「本当にいいんだね?…生活の変化を、受け入れられるんだね?」

「……それは、今の家には居られないという話ですか?」

 

決定を下す前、所属云々の話が出た時点で俺は綾袮さんから聞いていた。正式に所属するとなれば、暫くは確実に別の場所で生活する事になると。

 

「そう。霊装者は本人だけでなく周りをも危険に晒してしまう可能性があるし、突然力を得たものは誰しも不安定になるもの。…一つ余計な事を言えば、後者は霊装者に限らないよ?財力でも、権力でも、武力でも…力というものは人を歪める危険があるもので、それは力に見合う過程を得ていなければより危険性が大きくなるものさ」

「…分かります。力は、精神にも影響を与えますもんね」

「そういう事さ。それに、これは安全確保の面もある。霊力の扱いに慣れてないうちは暴走してしまうかもしれないからね。それに…少ないながらもあるのさ。正義感に駆られた者が、無謀な戦いを仕掛けて散っていく事が、ね」

「無謀な、ですか…」

「君はどう思うかな?広義的に言えば、先に挙げた『力で歪んだ者』と同じである人達の事を」

 

綾袮さんのお父さんは、俺の方を向いてはいない。どこか遠くを見る様な目で、俺の回答を待っている。

広義的には同じ、か。そんなの……

 

「…俺は、嫌です。確かにそういう人もまた愚かなのかもしれないですけど…自分の正義を貫こうとした人が、誰かを助けようとした人の選択が、『間違ってた』…って思うのは、嫌です」

「私も、そう思うよ。誰かの為に動ける人が馬鹿を見る、なんてそっちの方が間違っている。だからこそ、誰かの為に動ける人が一人で戦わずとも済む様にもこのルールがあるんだよ。少なくとも、私の考えではね」

 

そういう綾袮さんのお父さんは、少しだけど笑みを浮かべていた。私の考えでは…という事は、今言った事は所詮この人個人のものであって、霊源協会全体での共通認識ではないという事。…だけど、だからなんだという話だ。俺は嫌だと思って、綾袮さんのお父さんはそれに同意した。それでいいじゃないか。

 

「…気を付けます。折角のセーフティーを無駄にしない様に」

「あぁ、どんな時でも『考える』というのは大切だからね。さて、ここからは話が変わるけどいいかな?」

「はい、勿論」

「では顕人君、君とご両親が共に家にいて、且つ時間の取れる曜日は何時だい?」

「ええ、と…それは一体…?」

 

話の変化自体もそこそこ不可解なレベルだったけど…それはいい。予め予告されてたし。だが、両親が時間を取れる日は一体何の為に聞いてるのだろうか?

 

「…君は、無言で家を去るつもりかい?」

「あー……そういう事ですか…」

「そういう事さ。協会は公にこそなっていないが、国から保証を受けた組織だからね。未成年の霊装者の場合は保護者に説明とフォローをするんだよ」

「説明…理解してくれるものなんですか?両親は普通の人間ですよ?」

「それはこちらに任せてくれればいいさ、慣れているからね」

 

慣れているから任せてくれていい。俺としては多少納得出来てない部分もあるものの、そう言われればそういうものだと考えるしかない。…まぁ、俺が初めてな訳ないしそれで今までこなしてきたんだろうから、そういうものだと考えりゃいいんだろうね。

そこから暫くは、綾袮さんを交えた雑談だった。これは本当に単なる雑談(と言っても霊装者や協会関連だけど)で、またまた意図が分からなかったけど…協会側の事をまるで知らない俺にとっては聞いてて飽きない話だった。

そして……

 

「ねぇおとー様、この辺でいいんじゃない?」

「そうだね。顕人君、長話になったしまってすまない」

「いえ、それは構いませんが…この辺、というのは?」

「話が、だよ。…実はね、今回は君と実際に話す事で人となりを知るのが目的だったんだ。勿論、確認を取るのも目的ではあったけどね」

「あ、だから雑談したり綾袮さんの事訊いたりしたんですか…」

「わたしの事?え、いつ?」

 

きょとんとする綾袮さんに、お父さんが軽く買いに行っていた間の話をする最中、俺は今日の事を振り返っていた。考えてみると確かに、俺の意見…それも感情や価値観が絡むものを求められていた様に思える。そっか、だから脱線してまで訊いたりしたのか…。

 

「…じゃあ、その結果はどうでしたか?」

「聞きたいかい?」

「差し支えなければ、是非」

 

俺は普段、他者からの評価をあまり気にしたりはしない。勿論目の前で言われれば反応するし、高評価されているのなら嬉しいけど…自分から訊いたりする事は滅多にない。…けれど、今は訊いた。その理由は…実のところ、俺にもよく分からない。

そして、俺からの要望を受けた綾袮さんのお父さんは…ふっと笑みを浮かべた。

 

「──好感と、期待が持てると思ったよ。霊装者、としてだけじゃない。一個人として、未来ある若者として君には期待をしているよ。…それに、綾袮のクラスメイトとしてもね」

「と、いう事だから今後も宜しく頼むよ、顕人君」

「お、おう…まだ未熟ですが、そこまで期待して下さったのなら…その期待、頑張って応えようと思います」

「あぁ、でも無理は禁物だよ?人が一人で出来る事なんて、たかが知れているからね」

「分かってます。一人じゃ何も出来ずに綾袮さんに助けてもらった経験もありますからね」

 

そうして俺はアイスの礼を言い、車から降りた。するとサイドウィンドウが開き、そこから声をかけられる。

 

「それではね、顕人君。…っと、一つ言い忘れていたよ」

「言い忘れ、ですか?」

「宮空深介、私の名前さ」

「そういえば…本日はありがとうございました、深介さん」

「呼んだのはこちらだ、気にする事はないよ。では、帰り道に気を付けて」

「じゃ、また明日ね顕人君」

「また明日」

 

綾袮さんに言葉を返した後ぺこり、と頭を下げると、車はエンジンをかけて駐車場から去っていった。それを見送った後に帰路につく俺。……クラスメイトの父親と、ここまで会話を交わしたのはこれが初めての様に思う俺だった。


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