双極の理創造   作:シモツキ

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第百三十五話 戦慄の再会

 会議に出席してほしい、という話を聞いてから実際の会議までは、割と短い期間しかなかった。これを俺はまず、「綾袮さん…もっと前から言われてたのに、俺に伝えるの忘れてたな…?」と思ったけど、どうやら千㟢も同じ日に聞いたとの事。けれど各国から人が来るような会議なら、数ヶ月位前から言われててもおかしくないだろうと思い、改めて訊いてみたところ、俺達の出席自体が後々になって決まったんだとか。なら仕方ないかぁ…と俺は納得し……現在俺と千㟢は、双統殿で待機している。

 

「なぁ、あの時の事を詳しく話してくれ…って言われたら、どういう風に話せばいいと思う?」

「知らん」

「えぇー…。一蹴って……」

 

 控え室として割り当てられた部屋での待機中、俺と千㟢がしているのは専ら雑談。この部屋には、他にも参加する人達がいるんだけど…ぱっと見知り合いは、千㟢以外じゃ一人もいない。

 

「知らないものは知らないんだから仕方ねぇだろ。てか、社交性に関しては御道の方が上だろうに」

「霊装者との付き合いは千㟢の方がずっと多いじゃん」

「今と昔じゃ色々違うっての…てか、それにしたって俺も限られた範囲での交流しかなかったんだからな」

「昔からコミュ力に難があったから?」

「うっせ。んな事言うなら意地でも答えてやらん」

 

 答えてやらんも何も知らないんじゃ…?…とも思ったけど、追求してもあまり面白くなさそうだから止めておく俺。学校の集会とかなら、言う事の確認をギリギリまでしてる事が多い俺だけど……今回はそれが決まってる訳じゃない(何も訊かれなければただ居るだけでいいし、訊かれたらそれに合わせて答えるって話)以上、確認のしようもない。…むむぅ…その時綾袮さんか妃乃さんが一緒にいてくれればいいんだけど……。

 

「ん?」

「…誰かからメッセージ?」

「緋奈だ。買い物を頼んでおいたからな」

 

 ぶっちゃけ俺は緊張しきり。けど千㟢はいつも通り。本当に緊張してないのか、態度に出してないだけなのかは分からないけど…少なくとも、表に出てしまう程の緊張はしていない事は間違いない。

 

「ふぅん…。……何頼んだの?」

「なんだっていいだろ…つかそれ、本当に気になってんのか?」

「いや正直そんなに気にはならないけど……黙ってると緊張で辛いんだよ…」

「あ、そ。…今日の夕飯の食材だよ。先に作り始めてたりしてなきゃいいんだが…」

「…って事は、今日は一緒に作る訳?」

「そういうこった」

 

 我ながら情けないメンタルだと思うかど、仕方ない。そして呆れ顔をしつつも会話を続けてくれる千㟢は、何だかんだ言っても良い奴だと思う。…一緒に、かぁ……。

 

「…いいよね、千㟢は。普通に手伝ってくれたり料理の分担が出来たりする人がいて」

「そっちはいな……いのか。少なくとも、綾袮はしそうにないな…」

「察しの通りだよ…まあそれでも、フォリンさんが手伝ってくれるだけありがたいんだけど…」

 

 言っててどうにも悲しい気持ちになってくる俺。綾袮さんとラフィーネさんは言わずもがな、フォリンさんにしたって普通の料理はまだまだ初心者のレベルだから(いや俺も上手くはないが)、千㟢家との差は結構なものだと俺は思う。……まぁそれでも少し前に綾袮さんは俺におにぎり作ってくれたり、ラフィーネさんも偶に気が向くと手伝ってくれたりもするから、もしかしたら…ほんとにもしかしたら、その内二人も積極的に手伝ってくれるようになるのかもしれないけど。

 

「まぁ、それに関しては頑張れや。家事なんて、慣れれば手伝いがなくとも何とも思わないようになるもんだぞ」

「…そんなもん?」

「そんなもんだ。勿論、手伝いがあった方が楽な事は事実だがな」

 

 どちらかと言えば…いや、普通に怠惰な千㟢がそういうなら、本当にそうなんだろう。慣れた日課は面倒だとは思わなくなるのと同じように、やるのが普通になるとか、そういう事なんだろうな。

 と、俺が納得したところで開かれる扉。現れたのは今回の会議におけるスタッフの一人で、案内に沿って俺達は会議が行われる大部屋へと移動。

 

「……っ…!」

 

 その部屋へと入った瞬間、肌で感じる濃密な緊張感。各組織の中核人物や重鎮達の醸す雰囲気が緊張感となって、部屋の中を満たしている。これには千㟢も緊張を隠せないようで、俺は勿論千㟢も表情が硬くなり……その緊張感に慣れる間もなく、会は開始するのだった。

 

 

 

 

……なーんて思っていたのが、随分と前の事のように感じる。実際には半日どころか数時間の話なのに、一日以上経ったかのような感じがある。…ただまぁ…結論から言おう。その会議の間、俺達は何にも、一言も話しかけられる事はなかった。視線こそまあまあ受けたものの、ほんとに俺と千㟢はただその場に出席しているだけだった。

 

(うーむ…ありがたい事には間違いないけど、拍子抜け感凄いなぁ……)

 

 今日の会議が全て終わった事で、次々と出席者が部屋から出ていく。…最初からこうなるって分かってたら、緊張も幾分かは緩んでいたと思うのに……。

 

「はぁ、やっと終わった…座ってるだけで疲れるとか、マジ勘弁……」

「雰囲気的にあまり身体動かせないのもキツかったね…この感覚は卒業式以来かも…」

「あー、あれも雰囲気でキツいわな…さて、そろそろ出るか…」

 

 出入り口の混雑が減ってきたところで、立ち上がる千㟢。もうほんと疲れたけど、これにてお役目は終了。後は返ってゆっくりするだけと思えば、気持ちも大分楽になる。

 そう考えながら続く形で俺も立ち、出口の方へと身体を向ける。……と、その時だった。

 

「──やぁ、暫く振りだね」

「え……?」

 

 不意に背後からかけられる声。どこかで聞いたような覚えのある、男性の声。それに反応し、誰だったかな…なんて思いながら俺は振り向いて……愕然とした。だって、それは……忘れもしないBORGの代表、ウェイン・アスラリウスさんだったのだから。

 

「な……ッ!?」

「ん……?」

 

 目を見開く俺に対し、隣の千㟢は誰なのか分かっていない様子。けどそれはまぁ仕方のない事。俺だって、あの時会ってなきゃ今も恐らく知っていない。

 

「君は…千㟢悠耶、だったかな?彼…御道顕人クンと共に、魔王を討ち払った一人だね?」

「えぇ、まぁ……」

「ふふ、この若さで魔王と相対し、撃退するとは大したものだよ。戦士としての才に欠ける僕としては、羨ましい限りだ」

 

 視線を俺から千㟢に移し、小さな笑みを浮かべるウェインさん。

 無論、彼は一人じゃない。肩書き通りの秘書として、同時に主君に付き従う騎士の様に隣に立っているのは、ゼリア・レイアードさん。…俺が知る中で、最強の霊装者。

 

「…………」

「そう怖い顔をしないでくれないかな。何も…っとそうだ。そういえば、自己紹介をしていなかったね。僕はウェイン・アスラリウス。宜しく、御道顕人クン」

「…御道顕人です。こちらこそ、宜しくお願いします」

 

 差し出された手を、自己紹介し返した後にゆっくりと握る。なんて事ない、普通の握手。…けれど俺は、身体が硬くなって仕方がない。さっきまでと同じ位…或いはそれ以上に、緊張している。

 

(普通の人…みたいだけど、そんな訳ない。この人は、イギリスの霊装者組織の長で、ゼリアさんを従えているような人なんだ。それが普通の人であるもんか……)

 

 数秒の握手の後、ウェインさんは千㟢とも握手。千㟢は初対面で、且つあの一連の出来事に関わっていないんだから、俺とは印象が全然違う筈。そう思ってちらりと横を見た俺だけど、千㟢が浮かべていたのは警戒の表情。…千㟢も、何か感じ取っているらしい。

 

「…ふむ、彼等からの印象は悪そうだ。ゼリア、僕は何か間違っていたかな?」

「いえ、問題はそれ以外にあるかと」

「うーん…それならまぁ、今後印象が変わる事に期待をするしかないね」

「…あの、ウェインさん…で、宜しいでしょうか…?」

「あぁ、構わないよ。呼び方は好きにしてくれればいい」

「では、ウェインさん…自分に、何かご用件が…?」

 

 飄々として掴み所がない…どころか、いっそ得体が知れないとすら感じさせるウェインさんに向けて、俺は訊く。一体何の為に、声をかけてきたのかと。すると、ウェインさんは一見穏やかそうな笑みを浮かべたまま言う。

 

「いや、折角だから少し声をかけてみようと思っただけだよ。前の時はこれといって話す事もなかったからね」

「そう、ですか…」

「それに、訊きたい事もあったからね。……二人は、元気かい?」

「……っ!」

 

 その問いをウェインさんが発した瞬間、俺の中で緊張感が加速する。

 もしかしたら、と思っていた問い。触れられるのではないかと思っていた事。ウェインさんの言う、二人とは……ラフィーネさんとフォリンさんの事以外あり得ない。

 

(…元気か、って…何のつもりで、そんな事を……)

 

 動揺と混乱が混じり合う。二人に対して何か思うところがあるのか、離反した二人とその協力をした俺への皮肉として言っているのか、それとも…二人を連れ戻す事を考えているのか。

 分からない。何を考えているのか、まるで伝わってこない。だってウェインさんは、世間話をするかのような表情と声音で言っているんだから。

 

「……えぇ、元気…ですよ。毎日、穏やかに生活してます…」

「ほぅ、穏やかに…ね。それは少々驚きだけど…まあ何にせよ、元気ならそれに越した事はないよ」

 

 精神を揺さぶられたまま、何とか口にしたのは正直な返答。別に話しちゃ不味いような事ではないとはいえ…それ以外は、思い浮かばなかった。

 その答えに対し、ウェインさんは表情を変えずに一つ頷いた。…それはさも、本当にただ知り合いの事を軽く訊いてみただけだ、と言わんばかりにあっさりと。

 

「それに、君もあの後はこれといって問題もなく…と言った感じだね。うん、安心したよ」

「…安、心……?」

「そう、安心さ。あの場で、あの状況で、あんな事を言ってのけた少年がどうなったかは、実のところ気になっていたからね」

 

 そこから話は俺の事へ。継続して何が言いたいのか分からず困惑する俺へ向けて、どこか愉快そうな表情をしながら彼は続ける。

 

「魔王の件もそうだけど、君は全く大したものだよ。彼女を前に立ち上がり、退かず、それどころか啖呵を切って見せたんだ。歴然にも程がある戦力差を前にしても尚、夢を語ってゼリアに評価を変えさせるなんて……まるで、ヒーローじゃないか」

「……──ッ!!」

 

 あの時の事を、知っていたのか。通信機で聞いていたのか、録音をしていたのか。続く言葉を聞きながら、その途中まで俺はそんな事を考えていて……最後の一言が聞こえた瞬間、その言葉が届いた瞬間、俺は全身の鳥肌が立った。その言葉はまるで……俺の心を、根底にある思いを見透かしたようなものだったから。

 

「…御道……?」

「……っ、ぁ…や…何でも、ない…」

「おや、気分が優れないのかい?なら医療スタッフを……」

「ウェイン様ー、顕人君と何のお話してるんですか〜?」

 

 今日一番の動揺は、余程表情に出てしまっていたのか、千㟢が心配と若干の怪訝さが混じった声で呼んでくる。それを何とか誤魔化そうとしたけど、表情どころか声も完全に動揺したまま。そして、ウェインさんの次なる言葉は……あどけた声によって、その途中で阻まれる。

 

「これはこれは…。雑談ですよ、お嬢様方」

「雑談、ですか。では、私達も参加させて頂いても宜しいですか?」

「勿論。…と、言いたいところですが……丁度私はそろそろ失礼しようかと思っていたところなのです。申し訳ありません」

「いえ、まだまだ若輩者の私達よりウェイン様の方が多忙である事は当然ですし、むしろ私達こそその事を考えるべきでした。こちらこそ申し訳ありません」

 

 その声の主は、にこりと笑みを浮かべた綾袮さん。声に反応してウェインさんが振り向くと、同じく微笑みを浮かべた妃乃さんが自然に話の流れを逸らす。

 それに対して、ウェインさんの返しは意外なもの。当然、俺はそれを二人に参加される事を避ける為の方便かと思ったけど…やっぱりそれも、どちらなのかは分からない。

 

「はは、各組織の長からすれば、私も若輩側の一人ですよ。…では、私達はこれで。お二人共、機会があればその時はまた」

「はい。ウェイン様のお話、楽しみにしています」

「ゼリアさんも…またね?」

「…えぇ」

 

 三人共余裕に満ちた表情のまま、表面だけ見れば小さな波一つ立っていないやり取りは終了。ウェインさんが歩き出すと、綾袮さんは含みのある流し目をゼリアさんへと送り、ゼリアさんもまた淡白な……けれど『何か』を感じさせる声音で返答。そうして、俺の隣を通り過ぎようとした時……

 

「…そうだ、御道顕人クン。二人に伝えておいてくれないかな?…個人として暮らすのなら好きにすれば良い、だがその生活が大切ならば…余計な真似はしない事だ、とね」

「……っ…!それって……」

「頼んだよ?…それじゃあ、御道顕人クン、千㟢悠耶クン。話に付き合ってくれた事、感謝するよ」

 

 俺だけに聞こえる声で『伝言』を言い、それから今度は普通の声で俺たちに二人に言葉をかけて、ウェインさんは歩いていった。その傍らにゼリアさんを従えて、最後までその余裕を崩さずに。

 

「……く、ぅ…っ!」

「……!顕人君、大丈夫…?」

「あ、あぁ…うん…。疲れただけだから、大丈夫……」

 

 部屋を出て、姿が見えなくなった次の瞬間、俺は倒れ込むようにどかりと椅子へ座り込む。

 ただ話していただけなのに、激しい運動をした後かのような疲労感が俺の身体を襲っている。この疲労は多分、緊張感ある中で座り続けていたさっきまでのもの以上。

 

「…恐ろしい位、底が微塵も見えない奴だったな……」

「…えぇ、彼が底知れないって事には同感よ。…何を話してたの?」

「会話に関しちゃ、ほんとに雑談だ。少なくとも、取り立てて話すような事はない…と、思う」

 

 少し考え込んだ後、妃乃さんの問いに千㟢は答える。確かにそうだ。交わした会話自体は、特筆するような事なんて一つもない。

 

「ふぅ、ん……」

「…信じられないってか?」

「別にそういう事じゃないわ。…信じられないっていうか、迷ってはいるけど…」

「…迷ってる?」

「BOGRの長がわざわざこんな場所で雑談なんてするか、って気もするし、でも彼ならしてもおかしくないような気もする、って事。…さっきも言ったでしょ?私にとっても、彼は底知れないって」

 

 流石は妃乃さん、と言うべきか、俺や千㟢と違って彼女は殆どいつも通り(綾袮さんもだけど)。育ってきた環境も、経験してきた事柄もまるで違うんだから、そんなの当たり前の事ではあるんだけど……やっぱりちょっと、悔しい。実力とか能力面の差ならそれで納得出来るけれど、精神面はどうしてもこの差を悔しいと思ってしまう俺がいる。

 

(…駄目だなぁ…あの島での事といい、会議に乗り込んだ時の事といい、土壇場にならなきゃ根性出てこないってのは……)

「……君、顕人君ってば〜」

「…うぇ?…あ、ごめん…何……?」

 

 いざという時の底力…と言えば聞こえはいいけど、実際のところは平時には腰が抜けてるだけっていうか、いざという時『だけ』の奴より、常にって奴の方が格好良いと俺は思う。思ってるし、出来ればそういう奴になりたい。…なんて思っていたら、何やら綾袮さんが俺の名前を連呼していた。…今は腰じゃなくて、気が抜けていたらしい。

 

「もう、わたしを無視なんて酷いなぁ…。…顕人君、最後何か言われてた?」

「それは……うん。ラフィーネさんとフォリンさんに、余計な真似をするなと伝えてくれ…って」

「…そっか。まぁ、それは言うよね…」

 

 俺が言われたのは、忠告というか脅し。具体的に『余計な真似』をしたらどうなるかは言われてないけど…それは想像するまでもない。

 

「…けど、それならまだ良かったかな。二人もそこら辺分かってるみたいだしさ」

「ま、あの二人は微妙なバランスの上で今が成り立ってるようなものだものね。それを壊すような事はまずしないでしょ」

 

 そんな脅しではあるけれども、綾袮さんや妃乃さんの言葉を聞いていると安心出来る。あぁ、大丈夫なんだな…と思わせてくれる。

 

「…俺は全容を把握してねぇから何とも言えないが、要は問題ないんだな?」

「そういう事。多分これに関しては、自分達の意思を示して念を押す…って意図のものだったんだと思うわ」

 

 そうしてウェインさんとのやり取りに対する話も尽き、結論としては「ともかく何もなくて良かった」という感じに。それから気付けば、もう部屋の中には殆ど人が残っていない。

 

「さて、と。顕人君、何はともあれお疲れ様。もう帰っても大丈夫だよ」

「あ、うん。綾袮さんはまだやる事があるんだっけ?」

「そうなんだよね〜…はぁ、わたしも会議続きで疲れてるのに、酷いもんだよね…」

「はは…今日はハンバーグだから頑張って」

「あ、そうなの!?やたっ、じゃあ頑張るっ!」

 

 げんなり顔の綾袮さんは、ハンバーグと聞いた途端に目を輝かせる。その小学生みたいな反応に思わず俺は笑ってしまうも、ある意味こういう反応をしてこその綾袮さん。それに俺の作るご飯で喜んでくれるというのも…素直に嬉しい。

 

「ハンバーグ、ね…こねる時は肉にしても手にしても、出来るだけ冷えてる方がいいぞ」

「へぇ、そうなの?」

「よく覚えてないが、何とかって成分的にな。んじゃ、俺等も帰って料理とするか」

「そうね。…あ、でもちょっと待ってて。何人かに挨拶してこなくちゃいけないから」

「え…!?妃乃は帰るの!?」

「えぇ、そうよ?」

 

 千㟢から貰ったアドバイスを頭の中に留めていると、今度は驚愕の表情を浮かべる綾袮さん。…いやほんと、さっきまで余裕を見せていた人とは思えない程表情がころころ変わるなぁ…。

 

「そうよ、って…まさかサボり!?真面目でお堅い妃乃が、遂にグレちゃったの!?」

「なんでそうなるのよ…今日はこれで帰れるように調整しておいたの」

「じゃ、じゃあわたしは!?わたしの予定は調整してないの!?」

「してある訳ないでしょ…」

「がーん……そんな、わたし一人で残業なんて…」

 

 幼馴染みの妃乃さんが帰ってしまうと分かり、完全に綾袮さんはしょぼくれモード。それはもう可哀想な位落ち込む綾袮さんだけど、別に綾袮さんは理不尽な目に遭ってる訳じゃないし、そもそも俺にどうにか出来る話でもない。そう、俺に出来るのは…少しでも喜んでくれるよう、美味しいハンバーグを作る事。

 

「ほら、こんな事で気落ちしないの。ハンバーグの為に頑張るんでしょ?」

「そうだけど…うぅ……」

「ほら、元気出して綾袮さん。だったら今日は、上にチーズも載せてあげるから」

「…なら、頑張る……」

「…なぁ御道、突っ込んじゃ駄目か…?」

「うん、気持ちは分かるけど突っ込まないであげて…やる気を出したところだから……」

 

 そうして何とか持ち直して(?)くれた綾袮さんと別れ、俺達は帰路に着く。…と言っても俺と二人とは当然帰る場所が違うんだから、途中で俺は一人になる。

 

(…まさか、ウェインさんの側から話しかけてくるとはね……)

 

 BORGの代表。ラフィーネさんとフォリンさんの人生を歪めた人。得体の知れない、理解の届かない人物。話の内容は、別段今後の生活に何か変化がある訳じゃないけれど……それでも、重い。上手く言葉には出来ないけど、内容以上のものを感じている。

 

「…ただの気紛れ、なのかな……」

 

 そんな人物が、何故俺達に声をかけてきたのか。二人への伝言は、理由の一つではあるだろうけど…それだけが理由とは思えない。

 本当にただ、意外な事をした相手と少し話してみたかっただけなのか、それとも別の意図があるのか。別の意図があるとしたら…それは、何なのか。

 

「……っ…あー、駄目だ…全く分からん…」

 

 暫く考えてみるも、これなんじゃないか…という事はまるで出てこない。もうさっぱり分からない。そして、何かが出てくる前に俺は家の前まで着いてしまい……ここまで分からないんじゃ考えても仕方ないよな、と一先ず保留とする事にした。…何せ俺には、これからやらなきゃいけない事があるからね。

 そうして家に着いた俺は、今日の疲労にふぅ…と一息吐きつつ、玄関の扉を開けるのだった。

 

「……あっ、どうせならスーパー寄ってチーズ買ってくればよかった…はぁ、二度手間じゃん…」


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