双極の理創造   作:シモツキ

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第百三十三話 無理難題な探し物

 文化祭の二日目に、俺達…つっても俺はやってないが…は、校内の捜索を行った。

 その目的は、現れた同種の魔物及びその原因の調査。その結果裏には魔人がいる事が判明し、御道と綾袮の両親が交戦、撃退に成功した。恐らく魔人によって呼び出されていたらしい魔物は魔人の撃退以降は現れる事もなく、逃げられてしまったものの校内での問題は解決。そしてその後は特に何もなかった校内だが……今日、校内ではまた捜索が行われている。

 

「ふーむ……」

「…ねぇなぁ、何にも……」

 

 地学室で、頭を掻きつつ俺は呟く。近くにいるのは、背面黒板を調べている最中の御道。御道は考え込むような声を漏らしているが…まぁ多分、何かを思い付きかけてるとかじゃないだろう。

 

「……あっ」

「ん?何かあったか?」

「チョークかと思ったら…消しゴムが置いてあった……」

「なんで黒板の所に消しゴムが置いてあんだよ…そういうの偶にあるけどよ…」

 

 激しくどうでもいいものを御道が発見。その発見に俺はげんなりしつつ、ずっと思っていた事を口にする。

 

「…つか、無茶言ってくれるよな…魔人が探しそうなものを探せ、なんてよ……」

「うん…手掛かりが少ないんだから仕方ないとはいえ、この上なく同感だよ……」

 

 無理難題というか最早嫌がらせレベルの指令に、揃って肩を落とす俺達。見つけるまで帰ってくるな!…的な感じじゃなく、あくまで探してみてくれ…ってスタンスらしいが、それにしたって捜索対象が漠然とし過ぎている。

 そう、これは協会からの任務。例の魔人対策の一環とさて、その魔人が探していたらしい『何か』の確認と、可能であればそれの確保が俺と御道、それに緋奈妃乃綾袮…要はここに通う霊装者へ任務として言い渡されており(俺達は妃乃や綾袮から間接的に聞いた訳だが)、それを現在行っている。で、二組に分かれて捜索をし、鍵のかかっている教室は落とし物を探している…という名目で鍵を借りて調べているんだが、結果はここまでのやり取りの通り。

 

「…職員室とか、事務室はどうすんだ?まさか同じ名目で入るんじゃないよな?」

「それは確か、業者に扮した協会の人間が休日に入る…とか言ってたよ?」

「なら、最初から全教室それでいいんじゃね…?」

「そうはいかないでしょ。全教室に入るってなると、名目も何かデカいのが必要になるし、そうなると不自然に思われる可能性も増すし」

 

 御道の言う事は最もだが、俺としてはやはり面倒だなぁという気持ちが勝つ。…いや、魔人対策として出来る限りの事をする、って事自体には俺も賛成してるぞ?だがどうにも今やってる事はせせこましいというか、もうちょい大胆にやれないのかねぇ…と思ってしまう。

 

「…ところでさ、千㟢。魔人がわざわざ出向いてまで探そうとするものって、なんだと思う?」

「うん?…そりゃ……」

 

 そこで話を切り替えるように、御道が疑問をぶつけてくる。それに俺は反射的に答えようとし……一度止めた。それから自分の中で考えて、改めて回答を口にする。

 

「…普通に考えたら、あり得るのは二つだな」

「二つ?」

「あぁ。一つは、魔人にとって魅力的なものだ。それも、わざわざ『探す』位のな」

 

 探し物をする手を止め、話し始める。それを聞く御道も、そこで手を止めこちらを向く。

 

「……魔物にとっては、普通の人より霊装者の方が喰らい甲斐のある存在なんだよね?…じゃあそれより強い魔人が、魅力的に感じるのは……強い、霊装者…?」

「いや、それは違うだろうな。勿論強い霊装者が糧として魅力的なのは間違いねぇが、それなら綾袮の両親と会った時点で探し物は見つけてる筈だ。両方、強かったんだろ?」

「あ、うん…そっか……」

「加えて言えば、妃乃の事も放った魔物経由で気付いてる可能性が高いしな。後はまぁ、そうだった場合なんでここで探したかっつー疑問も浮かぶんだが…どっちにしろこの線は薄いし、放っておくぞ」

 

 御道の返答を否定する俺。必ずしも強い霊装者=喰らい甲斐があるとは限らない(頭脳や経験が強さの大半を占める奴とかな)とか、強過ぎるとリスクの面で喰らい甲斐はあっても狙われ辛い…とか色々言える事はあるが、脇道に逸れるからこれは飲み込む。

 

「なら……霊装者にとっての武器みたいに、魔人の能力を向上させたり強化させたりする道具が、ここのどこかにあるとか?」

「それはあり得るな。けど、そんな物があるなんて話、俺は聞いた事がねぇ。だから可能性はゼロじゃないが、色んな可能性の一つに過ぎないってとこだ」

「うーん……じゃ、もう一つは?」

「もう一つは、魔人にとって脅威になるものだ。一つ目とは逆に、さっさと何とかしておきたい何かがあるのかもしれねぇ」

 

 訊く側と答える側という形で、話が進む。…謎解きの探偵ポジみたいで、ちょっと面白いな。

 

「脅威……それはそれこそ強い霊装者…って、それの場合もさっきと同じ点が引っかかるか…」

「まぁな。つか、誰でもいいから強い霊装者を倒しておきたい…なんざ、無計画にも程がある。だから、あるとすれば……」

「…あるとすれば?」

「…いや、やっぱ何でもねぇ。それより、他に何かあるか?」

「え?……今のところ思い付くものはない、かなぁ…」

「そうか。まあとにかく、手に入れておきたいものか、無くしておきたいもの。普通に考えれば、そのどっちかを探してたんだろうな」

 

 つっても、魔人以外だって探し物の目的は基本そのどっちかだろ。…なんて思いつつ、更に俺は言葉を続ける。

 

「んでもう一つ。ここに関わってくるのが、魔人は誰かに頼まれて探してたって事だ。これに関しちゃ、相手が誰なのか分からない以上何とも言えないが……その相手次第で、今上げた二通りがひっくり返る可能性もある」

 

 不確定要素は、どんなに小さくともそれだけで全体が崩れる可能性を秘めている。そりゃそうだよな。何せ未知数なんだから。で、そういう意味じゃここでの話にゃ端から答えなんて出る訳がないんだが……流石にそれを言う程俺も無神経じゃない。

 

「そうか……じゃあ、千㟢の考えは?その上で、千㟢は何を探してたんだと考えてるの?」

「や、それは知らん」

「えぇー…なんだ、口振りからして推測位は付いてるのかと思ったのに……」

「俺は言える事を言っただけだ。そもそも訊かれただけだしな」

「いやまぁそれはそうだけども…」

 

 結構投げやりな返しをした俺だが、御道はある程度理解した様子。

 ここまで俺が話したのは、あくまで霊装者としての知識と経験から言える、ある種魔人の『一般論』とでも言うべきもの。重要になるのはこっから先だが…それをぱっと思い付く程俺は頭が良くないし、思い付くなら探偵稼業を始めている。……まぁ、何一つ思い付かない…って訳でもないんだが。

 

「ま、ともかく分からない以上は地道に探すしかねぇな。…はぁ、地道に探すしかねぇのか……」

「自分で言っといて何落ち込んでんの……けどまぁ、千㟢じゃないけどほんとにこれは無茶ってか、見つけるのなんて困難を極めそうな気がするよ…」

「…別に、必ずしも見つける必要はねぇと思うけどな」

 

 当てもなく何かをするというのは、ある意味ゴールが遠い彼方にあるってのよりも辛い事。…だが、何も見つける事だけがゴールじゃない。

 

「…そうなの?」

「考えてみろ。俺達にとって、その『何か』を見つける事が勝利なのか?それさえ手に入れば、それでいいのか?」

「あ…そうか。目的は魔人の対処であって、探し物の確保はその手段の一つに過ぎないもんね」

「そういうこった。大まかでも場所が分かってるならそこの警備を強化すればいいだけの事だし、こうして捜索活動をしてる事自体が、魔人に対するプレッシャーになる。…つっても、後者は魔人に伝わらなきゃ意味ないけどな」

 

 頑張る事に意味がある…じゃないが、魔人の対処という最終目標に繋がるのなら、目先の成果は必ずしも上げる必要はない。そうは言っても果てしないものは果てしないが……悲観や愚痴ばっかり膨らませたって、余計気が滅入るだけだもんな。多少の楽観も時には必要なのさ。

 

「って訳で、きびきび探せ御道。案外神がかった幸運で見つけられるかもしれないぞ?」

「だと良いけど…ってこら、何俺一人に探させようとしてんだ」

「え、俺が頭脳労働、御道が肉体労働担当だろ?」

「勝手に決めんな、というか頭脳労働自称するならもっと推測立ててみてよ」

「よーしじゃあ、女子トイレにあるかもしれねぇ。行ってこい御道!」

「行けるか!仮に真面目な推測の上でだとしても、女子トイレなら担当は綾袮さん達だからね!?」

 

 見つけられるかどうかも怪しい探し物だが、幸い話し相手はいる。雑談しながらの捜索なら、まだ多少は気も紛れる訳で……今日も今日とて俺は御道を弄りつつ、魔人の探していた物を捜索する。

 

「…………」

 

 それから数分後。多分ここにはない、と地学室に見切りを付けた俺達は、鍵をかけて次なる部屋へ。…その最中、俺が思い浮かべるのは先程脳裏をよぎった一つの可能性。

 

(…もし、魔人や依頼をした奴が依未の力を知っていたなら、あの日に探した理由としては納得出来る。…けど、まさか……)

 

 制御出来ないとはいえ、未来予知は凄まじい力。利用だろうと排除だろうと狙うには十分な理由になるし、そもそも探し物が『物』とは限らない。

 だが、これは想像に過ぎない。確たる証拠はないし、どうやってあの日ここに来る事を知ったのか、またそもそもどうやって未来予知の情報を掴んだのかという疑問も残る。ただそれだけの事で、依未が狙いだったんだと考えるのは…間違いなく、早計だ。

 

「…考え無しは論外だが、考え過ぎるのも良くはないよな……」

「……?何が?」

「独り言だ、それより次の部屋の鍵は借りてあるのか?」

「大丈夫。…けど、今日はこの辺りで終わりにした方がいいかもね。名目はあるとはいえ、一日であんまり幾つも借りると変に思われるかもしれないし」

 

 思わず口にしてしまった思考を誤魔化し、話を切り替えて追求も遮断。訊かれたくなかった訳じゃないが…根拠もない想像を語って、無駄に不安を煽ったり思考が狭まるリスクを負うのは賢明じゃない。

 それに何より、狙いが依未であろうと、そうでなかろうと……俺が依未の生活を、依未の望む日々を守りたいって気持ちには、一切の変わりはないんだから。

 

 

 

 

 地学室の後、もう一つ特別教室の捜索を行った俺は、千㟢と別れて鍵を返しに行った。因みに先に帰った千㟢だが、今日は少し準備に時間のかかる夕食を作る予定らしい。

 

「…女子力ってか、主夫力はほんと高いよなぁ……」

 

 鍵を返して職員室から出たところで、俺は苦笑をしつつ一言。ほんと家事を続ければ続ける程、千㟢の実力がよく分かってくる。

 

「その点、うちの女子ときたら……」

 

 続けて俺の口から出てくるのは、ちょっとした愚痴。言うまでもなく女の子っぽさは十分にある三人だけど、女子力の観点で言うと…という感じ。特に綾袮さんとラフィーネさんは女子力に対する向上心自体がないから、多分主婦なんて無理なんじゃないだろうか。

 

「…まぁ、稼ぐ能力は俺よりありそうってか、少なくとも綾袮さんは間違いなく上だろうけど……」

「何の話ですか?先輩」

「うわぉ…!…な、なんだ慧瑠か……」

 

 なーんて思いつつT字の廊下を曲がろうとした瞬間、反対側からかけられる声。微妙に間の抜けた驚きの声を上げてしまった俺が振り向くと、そこにいたのは慧瑠。

 

「なんだとは失礼ですね。先輩の後輩、天凛慧瑠ですよ?」

「知ってる…てか、先輩の後輩…って言葉として少しおかしくない?具体的にどうおかしいかは上手く言えないんだけど」

 

 今の「なんだ」は、期待して損した…的な意味じゃなくて、びっくりしたなぁもう…的な意味の言葉。一緒その訂正をしようかとも思ったけど、別に慧瑠はショックを受けたとかじゃない様子。だから「ならまぁいいか…」と俺も流す。

 

「そうですかねぇ?まぁそこはいいじゃないですか。それより先輩、職員室で何してたんですか?」

「鍵を返してたんだよ、探し物で教室回ってたからね」

「へぇ、探し物。見つけ難いものですか?鞄の中とか、机の中とかも探してみました?」

「……一緒に踊ろうって誘ってる?」

 

 何やら歌みたいな流れになったから先手を打って訊いてみると、慧瑠は「さぁどうでしょう?」みたいな、曖昧な笑みを浮かべてくる。…うん、まぁ…少なくとも、ふざけてる事は間違いない。

 

「…で、結局何を探してたんですか?」

「んー…まぁ、シャーペンだよ」

「シャークペンですか」

「何その小学生みたいなボケ…ほら、俺が生徒会でも使ってる…って言っても流石に分からないか。人の文具なんて一々見ないだろうし…」

「ま、そうですねー。…あ、それなら落とし物の棚にあるんじゃ?」

 

 ぴっ、と人差し指を立てたかと思えば、職員室の近くにある落とし物コーナーへと向かう慧瑠。…こうして嘘を吐くのはあんまり気分の良いものじゃないけど…仕方ない。

 

「何本かありますね…この銀色のやつですか?」

「それは違うね」

「じゃあこっちの、百均で二本か三本セットで売ってそうなやつですか?」

「それも違うね」

「ならこの、林檎に刺さった見るからに異彩を放っているやつですか?」

「それもやっぱり違……なんであんの!?誰!?絶対これふざけて誰か置いただろ!?置いたの誰!?」

 

 そこまで流すように返答していた(そもそも嘘だし)俺が、まさかと思ってそちらを見ると……なんとほんとに林檎と合体したペンがあった。…いや、マジで誰だよこれやったの……てかペンを探してたらこれが出てきたって、どっかで見た事あるネタだぞ…?具体的には、作者が同じ作品の……

 

…………。

 

……いや止めよう。これは滑る。間違いなくシンプルに滑る。ってかもう滑ってるんじゃないだろうか…。

 

「あははははっ!物に対しても先輩はそこまでがっつり突っ込むんですね!やっぱり先輩は面白いっすよ!」

「人の条件反射になに爆笑してんだ……」

「だ、だって面白いんだから仕方ないじゃないですか!というか、先輩の突っ込みは条件反射だったんですね…」

 

 などと俺が不安になっていたら、慧瑠は俺の突っ込みに腹を抱えて笑っていた。…や、まぁ突っ込みで笑ってくれるなら嫌な気はしないけど……笑うのそこかよ…突っ込みたくなるじゃん、こんなのあったら…。

 

「はぁ、はぁ…いやぁ、笑わせてもらいました…こんなに笑ったの、今月初ですよ……」

「ならそんなにレアでもないじゃん…」

「女の子の笑顔は、男子にとってプライスレスじゃないんですか?」

「笑ってくれるのと笑われるのじゃ天と地程の差があるよ…はぁ……」

 

 千㟢や綾袮さん程あからさまじゃないものの、ほんとに慧瑠も隙あらば俺を弄ってくる。しかも慧瑠は後輩な訳で、この状況に思わず溜め息が出てしまう俺。なんだかなぁ、って感じだよほんと…。

 

「まぁまぁ気を落とさないで下さい先輩。自分も探してみますから、外見教えてもらえますか?」

「え?…あー、っと…ほら、その銀色のやつに近い感じかな。上半分とキャップは黒色だけど」

 

 そんな俺を見て多少は悪いと思ったのか、それとも最初からそのつもりだったのかは知らないけど、慧瑠は協力を申し出てくれる。一方俺は少々予想外の言葉を受け、少し動揺した後普段使ってるペンの外見を慧瑠に伝える。…言っちゃった以上、数日間は慧瑠の前であれ使えないわな…。

 

「そういえば、そんなシャーペン使ってましたね…。…因みに先輩、もし自分が見つけたら何してくれます?」

「え、報酬目的で探す気?」

「いやいやまさか。ただ、もしも先輩の探し物を見つける事が出来たら、その時は何してくれるのかな〜…と」

「遠回しな要求止めい……まぁいいか。じゃあもし見つけてくれたら、何かしらの要望を一つ受けるよ。勿論、俺が出来る範囲でね」

「お、言いましたね!?自分聞きましたからね!?やっぱ無しは認めないっすからね!」

「お、おぅ……」

 

 何やら見返りを求めてきた慧瑠に対し、まぁどうせ見つかる訳ないもんな…と思って軽い調子で話に乗ると、びっくりする位慧瑠はやる気に。そ、そこまで俺に聞いてほしい事あんの…?

 

「またとない機会ですからね。自分、こういうのは見逃さないんです」

「心又は地の文を読まないでよ…てか、俺だよ?そこまで価値ある?」

「あるに決まってるじゃないですか。だって先輩は……」

 

 気分的に押され気味な俺が訊くと、そこで急にしんみりとした表情を浮かべる慧瑠。普段は明るい…というか、軽快な感じの慧瑠がそんな顔になる事なんて滅多になくて、一瞬どきりとしてしまう。

…と、同時に俺は気付いた。今は夕日が差し込んでいて、静かで、周りに誰もいない廊下であると。シチュエーション的には、完全に『あれ』であると。…い、いやでもそんな訳…けど、雰囲気と様子は…まさか、まさかまさか……

 

「……男女含めこの学校に何百人といる、『先輩』の中の一人なんですから!」

「いやそりゃそうだよねぇぇぇぇッ!そして全く嬉しくねぇぇぇぇええええッ!!」

 

 してやったり、とばかりに言い放たれた慧瑠の言葉に俺は絶叫。くそうやられたっ!てか絶対わざとだ!絶対わざと雰囲気まで作ってやりやがったな!俺の純情を弄びやがったな!ぐ、ぐぐぐぅぅ……!

 

「ぷぷっ、百点満点の反応ありがとうございます先輩。後、そんなに大きい声出すと怒られると思いますよ?」

「だ、誰のせいだと思ってるんだ…!後先輩の反応に点数付けんな…!」

「先輩どーどー。流石に何百人の内の一人、よりは特別視してますから大丈夫ですよー」

「そらなんの関わりもない上級生よりは、生徒会という共通点のある相手の方が特別視はするでしょうに…はぁ……」

「あ、そういう受け取り方をするんですね…まぁいいですけど」

 

 後輩に手玉に取られるという屈辱を期し、俺はその場でがっくり気落ち。何やら慧瑠は言っていたけど、これはもう余程の褒め言葉か何かでもなきゃ持ち直せないよ…。…数十分から数時間位は。

 

「…慧瑠、もうすぐに日が落ちて暗くなるから、帰り道は気を付けようね……」

「え、自分襲われるんですか?」

「違ぇ…!お互い気を付けようって話だよ…!」

「いやいや今のは暗めの雰囲気で言う先輩も悪いですって。けどそうですね。それでは先輩、また明日」

「…また明日」

 

 両手を後ろで組み、軽い足取りで先を行ったかと思えば、そこで一度慧瑠は反転。なんの悪びれも感じさせない、自然な微笑みで俺にまた明日と言って、それからまた振り返って歩き出す。

 

(…また明日って…明日も生徒会はないし、会うとは限らないんだけどなぁ……)

 

 半分は反射的に、もう半分はその微笑みにつられるようにまた明日、と同じ言葉を返した俺。さっき謀られたばかりだから、「これは明日もまた会いたい、という遠回しなアピールかな?」…なんて思ったりはしないが……少しだけ、気落ちしていた心が癒された。それはただ混じり気のないだけの、単なる挨拶と微笑みだったんだけど……いいやだからこそ、それは良かったのかもしれない。具体的にどこがどう良かったのかは、上手く言葉に出来ないけど。

 

「…ったく、ほんとにもう……」

 

 軽く後頭部を掻きながら、俺も歩き出す。慧瑠といいロサイアーズ姉妹といい、何故身近な年下はこうも俺をからかってくるのか。俺が寛容な精神を持っているからいいものの、俺じゃなきゃ関係が悪くなっているかもしれないとは思わないのか。…或いは、俺が何だかんだで「仕方ないなぁ…」と済ませているからこそ、今の関係が成り立っているのか。

 まあ何にせよ、はっきりと一つ言える事がある。しょっちゅうからかわれるけど、偶に本気でやり返してやろうと思う時もあるけど、俺は「仕方ないなぁ…」で済ませても良いと思っている。そういう関係でこれまできていて、それでも良いじゃないかと感じている。勿論、変化する事が嫌だって訳じゃないけれど…変わってくれなくちゃ、とは思っていない。俺はそう思っているし、三人はそう思わせてくれてる訳で……まぁ多分、これからもこういう関係のまま続くんだろう。続いちゃうんだろう。…そんな気がして、思わず苦笑をする俺だった。

 

 

……まぁ、俺をからかってくるのは何も年下だけじゃないけどねッ!


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