双極の理創造   作:シモツキ

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第百二十八話 なんのかんので祭りは終わり

 必要なら、俺も戦おうとは思っていた。緋奈や依未を守る為なら言うまでもないが、そうでなくとも最悪やってやろうとは思っていた。例え赤の他人であろうと、助けられる力があって、助けるという選択が出来る状態にありながら、見捨てて見なかった事にするのは、この上なく目覚めが悪いから。

 とはいえ、戦わないで済むならそれに越した事はない。戦わざるを得ない時は戦うが、間違っても俺は戦いたい訳じゃない。…とは、思ってたんだが……

 

「…まさか、ほんとに何もしない内に戦いが終わっちまうとはな……」

 

 文化祭二日目終盤。もう終わりがそう遠くないという段階に入った時、俺は予定通りに調理をしていた。武器ではなく調理器具を持って、戦場ではなく調理場に立って。

 

「何か言った?」

「言ったが何でもねぇよ。砂糖取ってくれ」

「ふぅん、はい」

 

 妃乃から受け取った砂糖をボウルに入れ、既に入っていた材料と共に泡立て器で混ぜる。

 客足のピークを過ぎた事で、また単純に終わりが近いという事もあって、今はかなりの余裕が出来ていた。そのおかげで、あまら焦る事なく調理が出来ているし…妃乃なんかは、フロアが足りているからという事でこっちへ手伝いに来ていたりする。

 

「…てか、フロアが足りてるなら休めばいいんじゃないのか?妃乃は…いや綾袮もだったが…担当時間の間、引っ張り凧だったんだからよ」

「いいのよ別に。最後にわっとお客さんが来るかもしれないって考えたらこっちの負担は減らしておいてあげたいし、そもそも普段してる事を考えれば、接客なんてまだまだ楽な方だもの」

 

 そう言う妃乃の顔には、確かにまだ余裕の色がある。勿論、「まだ余裕」であって「全然余裕」って訳じゃないとは思うが……確かに立場ある相手と話す機会も多い妃乃からすりゃ、文化祭の接客なんて相対的に見れば数段下の難易度なんだろうな。

 

「…まぁ、それ抜きにも流石だとは思うけどな…」

「……?やっぱり、貴方小声で何か言ってるわよね?何なの?」

「だから何でもねぇって。気にすんな」

「だったら心の中で言いなさいよ…隣で何か言ってるのは分かるけど、何を言ってるのかは分からない、って声量出されたら、気になっちゃうでしょうが……」

 

 ぽつりと呟いた、妃乃への賞賛。まだ余裕と言っても疲れはあるだろうに、休んだっていい状況なのに、先の事と周りの人の事を考えて、やらなくてもいい仕事を自ら行う。難しい事をしている訳じゃないが……それもさも当然の事であるかのように出来る妃乃は、やっぱ凄ぇと俺は思っていた。…伝えるのは恥ずいし、聞こえる声で言ったりもしないが。

 

「こんなもんか…よし」

「卵の殻、片付けておくわよ?」

「おう、助かる」

 

 それはともかく、話しながらでも調理は進める。俺は混ぜたものをフライパンに流し、その間妃乃は邪魔な物を片付けてくれて……

 

「へー、妃乃ってば悠耶君と連携ばっちりじゃん。ひゅーひゅー、カップルみたいだぞー?」

「ぶ……ッ!?」

「は、はぁ…!?」

 

…突如、とんでもねぇ言葉をぶっ混んでくる奴がいた。ってか、いつの間にかいた綾袮だった。

 

「な、なな何を馬鹿な事言ってんのよ!ちょっ、や、止めてよね!?」

「えー、でも今のは息合ってたよね?」

「へ?…ま、まぁ…うん……」

 

 思いっ切り憤慨&赤面する妃乃。だが綾袮は飄々した様子で近くにいた調理担当の一人に同意を求め、そこで同意を得たものだからにんまりと笑う。

 

「ほらね?」

「ほらね?じゃないわよっ!こっちは料理してるんだから邪魔しないでくれる!?」

「あ、ごめんごめん。確かに確かにお邪魔だったかな?」

「誤解を生むような捉え方もしないでくれる!?っていうか、悠耶も何か言いなさいよ!?」

「いや、俺今火を使ってるところなんだが…」

「あ……こ、こほん。とにかく連携がよく見えたって言うなら、それは私の手際が良かっただけの事よ!いいわね!?」

「えぇー……もう、連れないなぁ…」

 

 烈火の如く否定する妃乃に押し切られる形で、渋々綾袮は口を閉じる。……が、その反応や声音から見るに、一旦は黙ってまた後で言ってやろう…とか考えているようにしか思えない。

 

「…おい…保護者どこ行ったよ保護者……」

「…それ、どっちの事言ってる訳…?」

「そりゃ、勿論…ってそうか、今は本当に親が来てるんだったな…まだいるのかは知らんが……」

 

 さっきまで余裕があったというのに、もう何というかげんなり気味な俺達二人。こういう時に限って御道はいないんだよな…はぁ……。

 

「あ、そうそう悠耶君。君の妹ちゃんと依未ちゃんが来たよ?顔出す?」

「顔出す?…も何も俺こっち担当なんだが……」

「ちょっと位いいんじゃない?」

「……じゃ、行くか…」

 

 手の空いている調理組の一人に交代を頼み、俺はフライパンから手を離す。わざわざ顔を出さなくても…とは思っていたが、周りから次々と「行ってあげたら?」的視線を送られるとなっちゃ、むしろ行かない方が居心地悪い。

 って訳で、フロアの方に出ると…確かに緋奈と依未が、端の方の席に座っていた。

 

「…あ、お兄ちゃん」

「来たんだな。注文はどうする?」

「…あんた、一応お店サイドの人間よね…?」

「なんだ、態度が悪いってか?悪いが今の俺は、態度悪い系店員の演技中だ」

「絶対嘘だ……」

 

 依未の向けてくる、じとーっとした疑いの視線を余裕でスルーする俺。いやぁ、演劇喫茶って設定はこういう時便利だなぁ。

 

「あはは…態度悪いお兄ちゃんでごめんね…」

「別に、貴女が謝る事じゃないわよ…悠耶の態度の悪さは今更だし…」

「でも、わたしは妹だからね」

「…まぁ、緋奈がそれでいいならいいけど…」

 

…と思っていたら、緋奈と依未が普通に話していた。……え、いつの間にか仲良くなってんの?てか、二人で行動してたの?

 

「…何よ、変な目で見て……」

「い、いや別に…んでどうすんだ?今なら二割増しの料金で作ってやるぞ?」

「なんでタイムサービス風にぼったくろうとしてるのよ」

「痛っ……」

 

 前ではなく後ろから入る突っ込みと衝撃。然程痛い訳じゃなかったが、軽く驚いて振り返ると、そこには恐らく俺を叩いたのであろうトレイを持った妃乃がいた。

 

「悪いわね、二人共。注文は私が受けるから、貴方はさっさと作る準備してきなさい」

「えー…俺一分か二分位しかこっちに来てないのに…?」

「そっちの方がいいわよね?」

『あ、はい』

「…ちぇっ……」

 

 依未はともかく、まさかの緋奈まで妃乃に即答。こうなると分が悪い俺は、何だかなぁと思いつつ言われた通りに裏へと戻る。…俺の周りの女子って、俺をぞんざいに扱う奴ばっかりじゃね…?

 なんて思いながら戻ると、すぐに妃乃が注文を伝えにきて、それを受けて調理開始。二人共パンケーキを頼んだらしく、既にタネが出来ている事もあって、俺はぱぱっと作り上げる。

 

「完成っと。おーい、誰かこれを…」

「来るの妹さんなんでしょ?じゃあ、千㟢くんが持っていってあげたらどう?」

「いや俺また移動かい…まぁ、いいけど……」

 

 向こう行って、戻ってきて、また行って。何してんだ俺感が凄いが、別に遠い訳じゃねぇし、嫌って訳でもないから言われた通りに俺が二人へと運ぶ。

 

「お待ちどうさん。シロップとバターはお好みでな」

「うん。じゃあ、頂きます」

「…頂きます」

 

 持ってきたパンケーキの皿を二人の前に置くと、緋奈はいつも通りに(まぁ作ったのが俺なんだから当たり前だが)、依未は「ほんとにあんたが作ったんだ…」みたいな顔をしながら切って口に。そして咀嚼し、飲み込んで……

 

「…普通に美味しい……」

「普通って何だよ…」

 

 最初に感想を言ったのは、依未の方だった。驚いた顔で、至極意外そうに言う依未に対し、俺は思わず突っ込みを入れる。

 

「……普通に美味しいは普通に美味しいよ。もっと賞賛してほしかったの?」

「そうですか…ったく、美味しい位普通に言えんのかね……」

 

 一瞬黙った後、見慣れた表情に戻って生意気に言ってくる依未。一方緋奈は……

 

「ん、生地がふわふわで美味しいよ、お兄ちゃん」

「ありがとな、緋奈。けどパンケーキなんて、誰が焼いても味に大差はないぞ?」

「味はそうでも、ふんわり具合は変わるでしょ?」

 

…ご覧の通り素直に、微笑みと共に美味しいと言ってくれた。そうだよこれだよ、依未もこれを少しは見習ってほしいもんだ。あー……ほんと、うちの妹は超可愛い。

 

「よし、お兄ちゃん気分が良いから緋奈にはミックスジュースを奢ってやろう」

「え?あ、ありがとう…」

「…あたしには?」

「あっちの方にある蛇口捻ればいいんじゃね?」

「水道水…!?ろ、露骨なシスコンねあんた…!」

「シスコンじゃなくとも、今のは対応に差が出て当然だと思いますけどねー」

 

 個人的には緋奈の頭も撫でたいところだったが、人前でそれをする程俺も無節操じゃない。という訳で、依未の恨めしそうな視線と言葉を適当にあしらい、またまた裏へと一度戻って、言葉通りにミックスジュースを持って戻ってきた。そうして俺は、()()()ジュースをテーブルに置く。

 

「え……?」

「中々甘いぞー…って、パンケーキなんだから紅茶辺りの方が良かったか…すまん……」

「う、ううん。わたし甘いものは好きだし、大丈夫だよ」

「なら良かった。後、緋奈の好みは昔から知ってるぞ」

 

 うっかりミスに俺が気付くと、優しい緋奈はやっぱりすぐにフォローをしてくれた。…言っとくが、わざとじゃなくてほんとに出してから気付いたんだぞ?

…と、俺が思っていると、横から視線が刺さってくる。その視線の主は…言うまでもない。

 

「…今度は何だ」

「…何よ、これ……」

「ミックスジュース」

「どういう飲み物かは訊いてないわよ…!…なんで、アタシの分まである訳…?」

「なんでって…あのなぁ、片方にだけ奢るなんざ、誰が相手でも後味悪くなるだけだっての。つか、冗談は笑えなくなった時点で冗談じゃないしな」

「…………」

 

 依未が言ってきたのは、まぁ概ね予想通りの言葉。態度そのままに言葉を返すと、依未は言い返せない…って感じに言葉に詰まる。そして、その数秒後……

 

「…なら、その…頂く、から……」

「あぁ、もう出しちまったんだからそうしてくれ」

「……ありがと…」

 

 おずおずと、依未はジュースを口にした。…こうやって素直でいりゃ、依未も可愛げがあるんだけど…な。

 

「…優しいのか意地悪なのか、よく分からない事するね、お兄ちゃん」

「ま、相手が相手だったからな」

「…一歩間違えば、そういうのを『たらし』って言うんだよ、お兄ちゃん」

「うぐっ……」

 

 視線に続き(?)、今度は緋奈には言葉が刺さる。別にどぎつい言葉をぶつけられた訳でも、図星だった訳でもないが……冷ややかな目で妹にこういう事を言われるのは、予想以上にキツかった。

 

(……言動には気を付けよう、うん)

 

 妹を気にして、というのはなんかズレてる気がしないでもないが、緋奈からの評価となれば、俺にとっては死活問題。って訳で、俺は気を付けようと心に決めて……

 

「店員さん、こちらの席は宜しいかな?」

「っと、どうぞ……って、あ…」

「ちょっと悠耶、何お客さんの前でぼけーっとして…って……」

 

…その瞬間訪れたのは、綾袮の父親と母親だった。当たり前っちゃ、当たり前だが……ご両親、来店である。

 

「…紗希様、深介様……」

「連絡は取り合ってたけど、今日直接会うのはこれが初めてね、妃乃」

「あ、そ、そうですね。まじ…こほん。例の件、一切のご助力が出来ず申し訳ありませんでした」

「何を言っているんだい、妃乃。君に指示を出したのは私達で、君はそれを忠実に守っていたんだから、謝る必要はないさ」

「…恐縮です」

 

 二人を目にした瞬間、こちらに近付いてきていた妃乃の雰囲気が変化。とても幼馴染みの両親に対する態度じゃないが…そこはまぁ、そういう立場だからって話。綾袮のご両親の様子を見る限り、こんなに畏まらなくても良さそうだけどな。

 

「まぁ、その件の細かい事は後で言うとして…今はお客として、貴女達の企画を楽しませてもらうわ」

「分かりました。では、綾袮を呼んできますね」

「えぇ。…っと、その前に一ついいかしら?菜々達から貴女に伝言を預かっているの」

 

 綾袮を呼んでこようとする妃乃。だがそれを呼び止める綾袮の母親…紗希さん。それを聞いた瞬間、俺(と多分緋奈も)は「え、誰?」と思ったが…菜々さんとやらが誰なのかは、すぐに判明する。

 

「え……お母様から、ですか…?」

「そうよ。──今年はどうしても予定を空けられなかったけど、来年は必ず行く、だって」

「……っ…そう、ですか…わざわざ、ありがとうございます…」

 

 名前の出た菜々さんとやらは、妃乃の母親だった。…って事は、宗元さんの子供なのか……

 

(…あ、ヤベぇ全然思い付かねぇ。宗元さんの孫娘が妃乃ってだけでもびっくりなのに、宗元さんの娘且つ妃乃の母親な人物って…一体、何者なんだ……?)

 

 何者も何も…と自分の心の声に対して突っ込みを入れたくなった俺だが、実際そのポジションの人物自体が驚きなんだから仕方ない。…まぁ、それを言うならあの綾袮のご両親がこの二人、ってのも驚きではあるんだが…。

 

「隣、いいかな?」

「あ…は、はい。どうぞ…」

 

 緋奈と依未のいるテーブルの隣に腰を下ろすご両親。あんま席を外すのもアレだよなって事で、俺は綾袮を呼びに行った妃乃に少し遅れて裏へと戻る。

 

「おかー様、おとー様いらっしゃーい!もー、うちのところには来ないのかなって思っちゃったよ〜」

「それはすまな……」

「…おとー様?」

「…綾袮、その格好は……」

「……まさか、綾袮がこんな格好をしているとはね…」

 

 入れ替わりで出てきた綾袮とすれ違った直後、聞こえてきた親子の会話。…うん、まぁ…文化祭の出し物とはいえ、娘がメイド服着てたらそりゃ驚くわな……。

 

(…さて、軽い休憩にゃなったしもう一踏ん張り……)

 

 半ば所定となった位置に戻り、調理作業を再開しようとした俺。

 と、そこで見えたのは妃乃の複雑そうな…だが辛そうだとか、悲しそうだとかの印象は受けない顔。その表情を浮かべたまま、妃乃は呟く。

 

「…家族なんだから、直接言ってくれればいいのに……」

「…本気で来年は来よう、って思ってるからじゃねぇの?直接『用事で無理だったけど、次の時は…』なんて言っても、逆に社交辞令っぽく聞こえちまうしな」

 

 それが表情の出所か、と思いながら俺は妃乃の言葉に返す。実際のところはどうなのか分からないが……どうも妃乃の様子を見る限り来ると約束していた訳じゃないみたいだし、ならばわざわざ「来年は」なんて言わない選択肢もあった筈。だったらこういう理由でもあるだろうなと、俺は思った。

 

「…独り言なんだから、答えなくったってよかったのに…」

「だったら心の中で言えよな」

「うっ……」

 

 さっき言われた言葉をそのまま返すと、妃乃は分かり易く言葉に詰まる。その後一瞬、若干恥ずかしそうにしながら俺を睨んで……それから妃乃は、はぁ…と深めに息を吐いた。それが、どういう気持ちからくるものかは何とも言えないが……吐いた後の妃乃は、多少はすっきりしたような、複雑さの消えた表情に変わっていた。

 

「妃乃はこれからどうするんだ?まだこっちを手伝うのか?」

「いや、もう本来の勤めに戻るとするわ」

「そうか…なら、一応依未の事は気にしててもらえるか?このクラス中にいる間だけでいいからよ」

「えぇ。何かあればすぐに対応するから、貴方も自分の役目を頑張りなさい」

「へいへい、お互いな」

 

 そうして妃乃はフロアに戻り、俺も調理の仕事を再開。疲れたなぁという気持ちは一旦胸の隅に追いやり、もう少しだとエンジンをかける。そして、その数十分後……アナウンスと共に、文化祭二日目もまた終了の瞬間を迎えるのだった。

 

 

 

 

 二日間の日程を終え、閉会式も終え、翌週から通常授業を行える状態にまで戻し、いよいよ文化祭は本当に終了となった。満足したと喜ぶ者、名残惜しさや寂しさを感じる者、来年は最優秀賞を取ろうと燃える者……様々な思いを抱いて、生徒達は文化祭の終わった校舎を後にする。

 そんな中、校内の駐車場に停まっている車の一つに、妃乃と綾袮の姿があった。

 

「…ってところね。今言った魔人に、覚えはある?」

「ない…かな。もしかしたらその魔人が生み出した…生み出してるのかな?…魔物を倒した事はあるのかもしれないけど、確認も判別も出来ないし」

「私も綾袮と同じです。それに魔人の能力がそのようなものでしたら、私と悠耶が一度交戦した魔人とは、やはり違うと思います」

 

 同じく車内にいるのは、深介、紗希、それに運転手。そのやり取りは…勿論、文化祭そのものに対する和気藹々としたものではない。

 

「そうか…となると、これ以上の情報を今得るのは難しそうだね。包囲網も突破されてしまったみたいだし」

「…実際どうなのかは定かではありませんが…もし奴の能力が無制限且つ無限だとしたら、例え出せるのがあのトカゲ程度の魔物だけだとしても、それだけで奴は並の魔人とは一線を画する…それこそ魔王以上の脅威になりかねませんね」

「んー…どうなんだろーね。無制限に出せるなら、おかー様達相手に物量攻撃を仕掛けてきてもおかしくないんじゃない?まぁ、本気じゃなかったからしなかっただけ、かもしれないけど」

「どっちもあり得るし、どっちも断定は出来ないわね。…嘗て確認された、或いは撃破されてきた魔人の事を考えれば、無制限の力はない…と、思いたいけれど……」

「何にせよ、確認のしようがないね。…それに、懸念すべき事はもう一つある」

 

 魔人の能力に関して思考を巡らせる中、深介が口にするもう一つの懸念事項。その言葉に、三人は三者三様の同意を示す。

 

「…これまでに確認された二体の魔人に、双統殿に強襲した魔王。それに、今日の一体を加えて、計四体……」

「それが今年だけで、しかも全部日本でっていうのはちょっと……いや、かなり異常だよね…」

 

 局地的な、その日一日の結果ではなく、積み重なる時間の中での異常事態。それは協会の中核を担う彼女達にとっては到底無視など出来る筈もなく、特に妃乃と綾袮は表情を曇らせ……

 

「…それはそうと二人共。二人のクラスは、打ち上げをしないのかい?」

「え?…します、けど…何故それを……?」

「そりゃ、私達が学生の頃も文化祭後の打ち上げはあったからね。…確認は済んだんだ、準備の為に二人はもう行くといい」

 

 そこで深介が、話を大きく切り替えた。…というより、話を締める方向へと転換させる。

 

「い、行くといいって…い、いえ大丈夫です。事後処理もありますし、時宮の人間として自分の務めを疎かにする訳には……」

「大丈夫よ、それならアタシ達がやっておくし、話も流しておくから。…大人になれば貴女も綾袮も今より好きには動けなくなるんだから、こういう時は素直に楽しんできなさい」

「で、ですが……」

「もー、真面目だなぁ妃乃は…折角おかー様とおとー様がこう言ってくれてるんだから、今日は高校生として打ち上げ楽しんでこようよ、ね?」

 

 初めは何故その話が今?…と表情に出る程『必要なら打ち上げは欠席する』と考えていた妃乃だったが、宮空家三人に続けて勧められた事で困惑し、迷い……そして数秒後、綾袮の言葉に小さく頷く。

 

「…お二人が、そう言って下さるのでしたら…ご厚意に甘えようと思います」

「んもう、だから妃乃は固いんだって。わたしは妃乃の間柄なんだから、もっとフランクになってもいいんだよ?」

「アタシは妃乃の真面目さは嫌いじゃないけどね。というか、綾袮も少しは見習いなさい」

「うっ、飛んだ藪蛇だった…なんかこれ耳の痛い話されそうな雰囲気あるし、早く行こっ!」

「そ、それは綾袮だけでしょうが!ちょっ、引っ張らないでよ!?」

 

 まさかこんな返しになるとは、とばかりに渋い表情を浮かべ、すぐに車のドアを開いて外に出る綾袮。その綾袮に腕を引っ張られ、妃乃も文句を言いつつ外に。

 そこから車外へと出た綾袮は楽しげに手を振った後歩き出し、一方妃乃は歩き出す前に車内へ一礼。自分の親か、幼馴染みの親かという違いはあるものの、ここでもやはり二人は対照的。

 

「いやぁ、今年の文化祭は楽しかったよね!メイド服も着てみると案外良いものだし、妃乃も楽しかったでしょ?」

「二日目終了直後とは思えない元気さね……でも、まぁ…ふふっ。それについては全面的に同意するわ、綾袮」

「え、妃乃もメイド服良い感じだって思ったの?じゃ、今度二人で着てみる?」

「そうね、それも中々…って、そっちじゃないわよ!今のは分かってたわよね!?分かってた上で言ったわね!?」

 

 片や自由奔放に、片や片手で額を軽く押さえていながらも、その口元には自然と柔らかな笑みの浮かぶ二人。気兼ねなく話す二人の、混じり気のない笑み。…そんな二人を深介と紗希は、車内から微笑みと共に見送るのだった。


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