双極の理創造   作:シモツキ

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第百二十七話 歴戦の霊装者

 考えてみると、俺にとってこれは初めての魔人戦。一番初めに遭遇したのは魔人じゃなくて魔王だったし、千㟢と妃乃さんが仕留め損なった魔人に対しては進路を塞ぐように一撃撃っただけで、戦闘らしい戦闘なんてしていない。

それが、いつも以上に緊張している理由の一つ。具体的に言えば二つ目の理由で、一つ目は魔人と戦うという状況そのもの。そして、三つ目の理由は……今回共に戦うのが、綾袮さんのご両親である深介さんと紗希さんである事。

 

「もう少し踏み込むわ、深介ッ!」

「あぁ、私も詰める…ッ!」

 

 バックステップで距離を開けようとする魔人を追う形で、紗希さんが床を蹴る。迎撃の手刀と太刀の斬撃が衝突し、靄と青い粒子が周囲に舞う。

 衝突の一瞬後、魔人は逆の手でも手刀。それを紗希さんはサイドステップで回避し……その背後から、深介さんが肉薄をかけた。

 

「ち……ッ!」

「流石は魔人。そう簡単には突破出来ない、か…!」

 

 接近と同時に一発。頭に向けられて撃たれたそれは魔人が首を傾けた事で外れたものの、即座に鋭い膝蹴りが襲う。

 魔人の対応は、掌でそれを受け止めるというもの。お返しとばかりに魔人は右の拳を突き出し、それを深介さんは左の前腕で滑らせるようにして逸らし……紗希さんの飛び蹴りが、側面から魔人を強襲した。

 

(ここだ……ッ!)

 

 飛び蹴りで吹き飛ばされる魔人。けれど蹴り自体は腕で防いでいて、姿勢もまだまだ崩れていない。

 そこで俺は、吹き飛ぶ先を狙って撃った。弾薬はケチらず、トリガー引きっ放しによる連射。残弾は決して余裕がある訳じゃないけど……節約なんて、出来る相手じゃない…ッ!

 

「……ッ…鬱陶しいんだよッ!」

 

 弾丸が届く直前、魔人の振るった腕から靄が広がり盾となって銃撃を阻む。次の瞬間、魔人が床に足をつけた瞬間に深介さんと紗希さんの両方が同時に接近し、お二人は回し蹴りと横薙ぎで挟撃。蹴撃と斬撃は、空気を裂きながら魔人を挟み込み……けれど後一歩というところで、脚も太刀も空振った。

 

「ぶっ潰れやがれッ!」

 

 跳躍で避けた魔人は、ギロリとお二人を睨み付ける。反射的に撃った俺の射撃が特に理由もなく、単なる技術不足で外れる中、魔人は両腕を広げ……周囲に展開された濃密な靄から、次々と何かが飛び出した。

 それはウツボのような、鋭利な牙を持つ細長い生物らしきももの。それが何体も直下のお二人へと襲いかかり……

 

「はっ、甘いのよッ!」

 

 乱舞の如く振られた座希さんの太刀が、その全てを斬り払った。そして開いた空間に深介さんが銃撃をかけ、魔人を真上から追い払う。

 

(…凄ぇ…技術も、連携も…やっぱ凄い……)

 

 戦う前からお二人が実力者である事は間違いないと思っていたし、それはすぐに確信へ変わった。でも、戦いが進めば進む程、お二人の動きを見れば見る程、凄いと思う気持ちが強まっていく。

 綾袮さんも、勿論凄い。深介さんや紗希さんと綾袮さんのどっちが凄いか…はちょっと判断しかねるけど、お二人には綾袮さんには無い…綾袮さん以上の深さを感じる。そして、多分それは……戦ってきた時間の差。

 

「…まさか、全部斬っちまうとはな……」

「あら、あの程度で押し切れると思った訳?」

 

 着地した魔人と、お二人が向き直る。俺はやや離れた位置にいるけど……多分、魔人の視界には入っている。

 

「…テメェ、煽ってんのか?」

「アタシはただ訊いているだけよ?まさか今のが全力な訳ないし、いつまで手を抜いているつもりなのか気になるじゃない」

「あぁ?人間程度にそう易々と本気出す訳ねぇだろうが。馬鹿じゃねぇの?」

「ふぅん、そう。ならそのままでいて頂戴。その方がアタシ達も楽だから」

 

 太刀の峰を肩にかけ、魔人相手に平然と挑発するような事を言ってのける紗希さん。隣に立つ深介さんも慌てるような様子はなく……それもまた、俺には到底真似出来ない行為だった。

 

「…そっちの奴もだが、随分と舐めた口聞いてくれんじゃねぇか……折角オレが、見逃してやるって言ってのによぉ…ッ!」

「……っ!来るよ顕人君…!」

 

 そんなお二人へ苛つくように吐き捨てると、魔人はその場で腕を振るい、振り抜かれた腕からは蜘蛛の足の様に羽の生えた蝙蝠…に見える存在が放たれる。

 それをお二人が左右に跳びつつ回避すると、魔人は跳んだ深介さんに突進。そしてその背後に迫るのは…Uターンをかけた蝙蝠もどき。

 

(……っ…やっぱり、こいつ…ッ!)

 

 挟撃が見える位置にいた俺は、すぐさま射撃を蝙蝠もどきにかける。それ自体は急カーブをかけた蝙蝠もどきに避けられたけど、その先に回り込んでいた紗希さんの一太刀で斬り伏せられ、魔人と蝙蝠もどきによる挟撃は阻止成功。その間にも、深介さんと魔人は激突している。

 

「ふ……ッ!」

「そらよぉッ!」

 

 繰り広げられるのは打撃の応酬。拳が、蹴りが次々と放たれ、それを互いに防いだと思えば次の瞬間には攻撃を仕掛け、そこに深介さんは近距離射撃も混ぜて攻める。

こうなると俺は何も出来ない。ここに割って入れる訳がないし、撃っても深介さんに誤射しかねないから。でも紗希さんはそんな俺の心境を察したように小さく俺に向けて頷いてくれると、太刀を構えて魔人へ突っ込む。

 

「やるわよ深介ッ!」

「私はもうそのつもりさ…ッ!」

「何が出来るってんだよ…ッ!」

 

 短距離で代わる代わるヒットアンドアウェイを仕掛け、流れるようにお二人は連撃をかける。どの攻撃も防がれ躱されてはいるけど、楽々凌がれている様子は全くない。謂わばそれは、お二人の連撃が途切れるのが先か、魔人が凌ぎ切れなくなるのが先かの根比べで……十数度の攻防の末、状況は動いた。

 耐え切れなくなったのか、それとも痺れを切らしただけなのかは分からない。けれどその瞬間、深介さんが後ろへ跳んだ瞬間魔人も跳んで深介さんを追った。

 

「貰った……ッ!」

「はんっ、外れだ馬鹿が!そんなもんが当たる訳……」

 

 迫る魔人へ向けて、深介さんは下がりながら発砲。近距離から、しかも接近をかけているところに放たれた弾丸なんて対応どころか認識するのも困難な筈で……けれど魔人は避けた。最小限の挙動で、深介さんへの接近は続けたまま、超人的としか言いようのない動きを見せて。

 不味い、と直感的に思った。今のを避けるんじゃ続けて撃っても当たるとは思えないし、紗希さんと魔人との距離は、魔人と深介さんとの距離の倍以上に離れている。俺も反射的に腕を動かしてはいたけど、まだ銃口は魔人の方を向いていない。だから直感的に、不味いと思った。魔人の一撃が、深介さんの身体を捉えると、俺は思った。…けど、次の瞬間、攻撃を受けていたのは……魔人の方だった。

 

「んな……ッ!?」

 

 驚愕に目を見開く魔人。俺も深介さんも撃ってはいない。紗希さんも、太刀の届く間合いにはいない。強いて言えば、紗希さんが太刀を振っていたというだけの状況。でもその時、魔人の頬を……弾丸が、掠めていた。

 一瞬、意味が分からなかった。誰も撃っていない弾丸が、紗希さんは銃器を出していないにも関わらず、魔人を背後から襲ったんだから。けれども、弾丸の飛んできた方向と、紗希さんの振り抜いた太刀から……気付く。

 

(…まさか…さっき深介さんが撃った弾丸を、太刀で打ち返して魔人に……!?)

 

 あり得ないと、そんな馬鹿なと思った。そんな漫画みたいな芸当が、実際の戦場で出てくるなんて、と。

 けど、それなら説明がつく。よく見れば、紗希さんの振り抜いた太刀は刃が内側を向いていて、それも打ち返しへと結び付く。何より…そうでなければ、それこそ弾丸が何もないところから飛んできたという事になってしまう。

 

「……っ…やって…くれやがったなぁああああッ!!」

 

 尋常ならざる離れ業に、魔人も一瞬呆然としていた。でも、そこから魔人の表情は怒りの色でぐにゃりと歪み、深介さんへの攻撃も止めて空へと跳躍。そこから怒号と共右腕を振り上げ……その手の先に、巨大な靄の塊が現れた。

 そのさまに、身構える俺達三人。大技である事を肌で感じ、迎撃と回避の両方が出来るよう神経をフル稼働。そんな俺達を…いや、お二人を魔人はギロリと睨み、そして……

 

 

 

 

──魔人は、その靄の塊を消した。消えたではなく、明らかに自らの意思で…霧散させた。

 

(…は……?)

 

 妨害された訳でも、より広範囲に展開した訳でもない、不意の消滅。まだ全員が健在な中での、突然の行いに思わず俺はぽかんとしてしまった。もしきちんと訓練も受けていなかったのなら、最悪構えも解いてしまっていたんじゃないかと思う程に、ぽかーんとしてしまっていた。

 

「…あ"ー…馬鹿らし…急に凄ぇ馬鹿らしくなってきたわ……」

 

 すたっ、と屋上に降り立った魔人。急に不可解な行動を取った魔人が、一体何をするかと思えば……発したのは、授業前の千㟢並みに気怠げな言葉。…馬鹿らしい…?馬鹿らしい…って、まさか…この、戦闘が……?

 

「……どういう、つもりだ…」

「うっせぇな、言ったまんまだよ。元々俺は戦う気分でもなかったってのに、狡い事されて戦う羽目になって、既にこちとら大損してんだ。その上でテメェ等なんかにこれ以上色々見せるとか、何の意味があるってんだ」

「…意味も何も、だったら最初から……」

「最初から何だよ、テメェ等に譲る義理なんざ端からねぇんだよ。…ってか、探し物自体馬鹿らしくなってきたな…頼まれたから一応やってやったが、なんでオレがこんな損してまで探し物続けなきゃいけねぇってんだ…」

 

 あまりにも意味の分からない言動に俺が声を発すると、酷く面倒臭そうに魔人は返してくる。

 一方でお二人は静かなまま。ただその雰囲気からして、油断していないのは間違いない。

 

「つか、そんなに重要ならオレに頼まねぇで自分で探すなり、他の奴にも探させるなりしろって話だよな。こっちからすりゃ、そんなのどうでもいいし知ったこっちゃねぇんだからよ」

「だから、何を……!」

「うっせぇっつってんだろ。テメェ等の事は見逃してやんだから、最後位黙っていやがれ」

「……!?逃げる気か…ッ!」

 

 そう言って魔人は大きく跳躍。その行動に弾かれたように深介さんは反応し、彼は発砲を、紗希さんは床を蹴っての追撃を図ったけど……放たれた弾丸は当たる事なく、紗希さんもまた、屋上の端に到達したところで追跡の動きを止めてしまった。

 

「…駄目ね。下にもそこそこ人がいる以上、下手に負ったら注目を浴びる事になりかねないわ」

「そうか…なら、仕方ないね」

「…え…じゃあ、それって……」

「あぁ、戦闘はこれで終了だよ。後は展開している部隊に任せるしかないね」

 

 小さくなっていく魔人の姿を見やりながら、お二人は武器をしまう。そんな中、分かってはいたけど、この状況が意味する事を俺は聞いて……深介さんは、言った。これで、戦いは終わりなのだと。

 

(…呆気、ないな……)

 

 思わぬ終わり方をした魔人との戦いに、俺が抱くのは拍子抜けにも似た思い。魔物の群れを変に刺激しないよう、一定の距離を置いて展開していた霊装者の部隊がいる事は俺も聞いていたから、その人達に引き継ぐんだって事は理解しているけど……とにかく、この場での攻防戦が終わりを迎えた事は事実で、その終わり方は予想以上に早くあっさりとしたものだった。

 

「…顕人君、綾袮達にこの事を連絡してもらえる?まぁ、綾袮にはアタシからでも出来るけど」

「あ、いえはい。任せて下さい」

 

 そうだそうだった、と思い出しつつ俺は皆に魔人がいた事、その魔人を撃退した事を連絡する。…撃退っていうか、向こうがやる気無くしてどっか行ったってのがより正確なところだけど…まぁそれはいいか。

…と思いつつ連絡していると、聞こえてくるのはお二人の声。

 

「今回の件は、あの魔人によるもの…で、間違いないかな?」

「でしょうね。奴の見せた能力から考えても、敷地内に現れた魔物は奴の配下である可能性が高いわ」

「ふむ、となると……魔物に探し物をさせていた、というところか…」

「そうね、それなら人を襲わなかった事にも説明がつくし」

 

 深介さんは腕を組み、紗希さんは右手を腰に当てて言葉を交わす。

 考えてみれば、そうだ。魔人が戦闘中に何度か放ったのは、魔物かそれに準じる存在。全ての魔物をあの魔人が生み出しているのか、それとも魔人の能力とは別に魔物の根源か何かがあるのかは全く分からないけど……魔人が探し物をさせる人手(魔物手)として魔物を放ち、魔物はその指示に従い人を襲う事より探し物を優先していたという事なら、一連の流れとして納得がいく。戦闘を目的としていないなら、弱かった(らしい)事にも頷けるしね。

 

「…けど、結局探し物とは何だったんでしょうか……」

「それは気になるところね。物なのか、人なのか、或いは場所や現象か……」

「それなりの数の魔物を放っていながら見つけられていない事から考えるに、そう簡単に発見出来るものではないんだろう。それに奴の言葉が真実なら……」

「奴は頼まれただけで探しているのは別の存在である事。そういう関係の相手が奴にはいるって事も、念頭に置いておかなくちゃいけないわ」

 

 魔人がするような探し物。魔人に探し物も頼めるような存在。どっちも軽く受け止められるようなものじゃなく……折角危険な存在を追い払う事が出来たというのに、そう考えると全然晴れやかな気分にはなれなかった。

 

「あぁ、それと顕人君。追加で油断はしないようにって事も言っておいてもらえるかしら?恐らく魔物は魔人によるものだけど、断定は出来ないもの。これの意味は分かるでしょう?」

「魔物と魔人は無関係、或いは魔人が離れても活動を続ける可能性もある…って事ですよね。了解です」

 

 勝って兜の緒を締めよ。本来の意味とは微妙に違うけど、安易に結論付けての油断なんて、しないに越した事はない。そういう事だと考えて俺はまた携帯を出し……

 

「顕人、無事?」

「うおっ…あ、ラフィーネさん…」

「私もいますよ」

 

 そのタイミングで、階段室よりラフィーネさんとフォリンさんが現れた。現れたっていうか、単に登ってきただけだろうけど。

 

「…どうしてここに?」

「顕人の無事を確かめに来た」

「あ、そ、そうなの…それはありがとう……」

 

 じぃっ、と俺を頭から足元まで見ていくラフィーネさんに苦笑い。とはいえ、本当に俺の事を心配してくれていたみたいで、その殆ど変わらない表情からも安心の感情が伝わってくる。

 

「それで、魔人は……」

「さっき連絡した通り、撤退…っていうか離脱したよ。最も、向こうがやる気を無くしたって感じだけど」

「そうですか…何にせよ、顕人さんに何事もなくて何よりです」

「フォリンさんもありがとね。二人も、調査する中で何か危ない事はなかった?」

「大丈夫。武器がなくても、あの位どうって事ない」

 

 情報は携帯で送っていたとはいえ、やっぱりメッセージよりも電話よりも、直接話す方がより多く、より細かい情報を伝えられる。という事でここでの事を話し、俺の問いにはラフィーネさんが答えてくれて……けれどその視線は、深介さんと紗希さんに向けられていた。

 いや、ラフィーネさんだけじゃない。フォリンさんもまた、お二人へ視線を送っていて…いつの間にか二人の顔からは、穏やかさが消えていた。

 

「二人もご苦労様。貴女達のおかげで、迅速な発見と対応に繋がったわ」

「いえ、私達は任務を遂行しただけです」

「だとしても、成果は成果よ。指示を出した者として、感謝させて頂戴」

「…なら、聞かせて。どうして顕人にも戦わせたの?」

「え…ラフィーネ、さん……?」

 

 微笑む紗希さんに対して、ラフィーネさんは突き付けるようにして言う。何故俺に戦わせたのか、と。

 

「わたし達への指示は待機。ならどうして、顕人には戦わせたの?」

「場所、武器の有無、それに予測しうる事態を考慮に入れた上での判断よ」

「納得出来ない。さっきも言ったけど、わたし達は武器がなくても戦える。それに、貴女達の状態から見て、今の戦闘は顕人無しでも出来た筈。…違う?」

「いや、だからラフィーネさん……」

「待った、顕人君」

 

 ラフィーネさんが何を言いたいのかは分かる。ラフィーネさんは…いや、ラフィーネさんもフォリンさんも俺の身を案じてくれていて、だからこそ問い詰めているんだと。

けれど、それは…その問い詰めは俺の望むところじゃない。だから、俺は口を挟もうとして……逆に、深介さんに止められた。そしてそのまま、深介さんが言葉を返す。

 

「…そうだね、君の言う通りだよ。君達二人なら武器無しでも十分な力がある事は私達も理解しているし、私と紗希だけでも戦えただろう」

「なら……」

「けれど紗希の言った通り、事態の全容が分かっていない状態で戦力を一点集中させるのは悪手だ。けれどその一方で、未知数の相手に対しては、出来る限り戦力を整えて当たった方が良いのも事実。だから私達は顕人君にも戦ってもらったんだよ」

「…適切な判断をした、と?」

「あぁ。けれど、そう言うのなら私も一つ言わせてもらおうか。…君達は少し、顕人君を過小評価していないかい?」

『……っ…』

 

 優しい声で、けれど少しだけ眼力を強めてそう言った深介さん。その言葉でラフィーネさん、フォリンさんの二人はぴくりと肩を震わせ……俺は、心底驚いた。まさか、そんな事を言われるとは思ってもいなかったから。

 

「彼は今回の戦闘において、上手く立ち回ってくれたよ。目覚ましい活躍をした訳じゃないが、魔人を相手に足手纏いになる事なく、多少なりとも援護射撃を入れてくれるというだけでも、私や紗希にとっては大助かりだった。早々に魔人が退いたからその影響も少なかったけど、もっと長期戦になっていれば……顕人君がいてくれたおかげで、という展開もあったかもしれないと、私は思っている」

「…でも、それは……」

「うん。逆に長期戦になった事で、顕人君の存在が悪い方に転がった…となる可能性もあるね。だから、可能性の話は所詮可能性の話だ。そして、結果から語るなら……顕人君は決して、戦わせるべきではない程弱い霊装者ではなかった。…私は、そう思っているよ」

「…とはいえ、顕人君はまだアタシ達や、貴女達程多くの経験を積んでいない。そんな彼を、曲がりなりにも正面から魔人と戦わせてしまった事は、アタシ達の落ち度であり、反省点で間違いないわね」

 

 納得し切れない。そう言いたげなラフィーネさんに深介さんは言葉を重ねて、結論に紗希さんが付け加える。そして、紗希さんが締め括ったお二人の言葉に…ラフィーネさん達は、何も言わなかった。

 

「…さてと、それじゃあ戻るとするわよ。本来立ち入り禁止な場所に長居をしても、厄介事が増えるだけだもの」

「取り敢えず、校長先生には話を通しておこうか。…ところで紗希、どうして君は飛ばなかったんだい?」

「下手に飛んで空中戦になったら、下から見られる可能性があるでしょ」

「あぁ、そういう……」

 

 言うが早いかお二人は扉が開きっ放しの階段室へと向かい、そこから下へと降りていく。そうしてなかったのは、言うまでもなく俺、ラフィーネさん、フォリンさんの三人。

 

「…………」

「…………」

(…あ、どうしよう気不味い……)

 

 訪れたのは、何とも居心地の悪い沈黙。二人が俺を心配してくれてたんだって事は分かってるし、それは嬉しいんだけど、同時に深介さんの「過小評価していないかい?」という問いを、否定しなかった…或いは出来なかった事が、この気不味い雰囲気を生み出してしまっている。

 気にしてないよ、と言うのは簡単。二人からすれば俺は弱いんだって事も分かってる。けれどやっぱり、二人にそう見られていたんだって思うと、あぁそうなのかって思いが俺にはあって……

 

「…顕人……」

「…え、と…その……」

 

……けれど、それよりも…そんな事よりも…ラフィーネさんとフォリンさんに、申し訳なさそうな、視線を合わせる事を躊躇ってしまうような思いをさせてしまっている事の方が、俺にとってはずっと嫌だった。

 

「……その、さ…おあいこって事にしようよ」

『おあいこ…?』

 

 だから俺は提案する。二人は俺の言葉に、きょとんとしているけど…反応からして、言葉の意味が分からない、って感じじゃない。

 

「そう、おあいこ。…実はさ、俺も一回深介さん達に言ったんだよ。二人は武器が今ないんだから、二人だけで行動させるのはどうなのかって」

「…そうだったの?」

「そうだったの。状況的にそうせざるを得ないとか、二人の安全を第一に考えてはいるとか、幾つかの理由を説明されてその場は納得したんだけどさ」

「…それは、正しい判断だと思います。限られた戦力で動かなくてはいけない状況でしたし、私達は素手で戦う訓練もしていますから」

「そっか。…これもさ、二人が俺を戦わせるべきじゃない…って考えたのと同じだよね。だってこれは、『二人だけじゃ役目に対して戦力が足りてない』とも言い換えられるんだから」

 

 俺は話す。俺がここに来る前に、思った事と言った事を。そしてそこから考える。二人が…いや、俺自身も含めた、全員が納得出来そうな捉え方を。

 素手で戦う訓練もしている、というのは想像してなかった。けれど二人が元暗殺者なら、それもおかしな話ではないと思う。…でも、そこは重要じゃない。もう過ぎた事だから。

 

「…同じ、でしょうか…その言い方だと、顕人さんは私達が武器を携行していればそうは思わなかった、という事ですよね?でも、私達は……」

「同じだよ。細かい事は違うけど、俺も二人も、相手を心配して、だからやる事に対して『そうするべきじゃない』って思った。…そうでしょ?」

「…うん。それは、そう」

「なら、いいじゃん。少なくとも俺は、そう思っているよ」

 

 フォリンさんの言葉を遮って、俺は二人に問いかける。遮る事で持っていきたい結論に対して不都合な事を封じ、逆に都合の良い共通点だけを抽出する事で、ラフィーネさんから同意を取得。…我ながら、ちょっと狡い持っていき方だけど…それでいいじゃないか。それが二人の抱く後ろめたさを、取っ払う事に繋がるのなら。

 

「…ほんとに、そう思ってる?」

「本気だよ」

 

 じっと見つめるラフィーネさんの言葉に、俺は首肯。するとラフィーネさんはフォリンさんの方を見て、フォリンさんもラフィーネさんを見て、そして……

 

「ん、分かった。顕人がそう言うなら、おあいこにする」

「私もです。…すみません、気を遣わせてしまって…」

「気?そりゃ何の事?」

「……いえ、何でもないです。ありがとうございます、顕人さん」

「うん、どう致しまして」

 

 ラフィーネさんは、どうなのか分からない。フォリンさんは、俺の意図に間違いなく気付いている。けどまぁ、別にいい。意図に気付かれていようがいまいが、二人の顔に浮かぶ曇りの表情は晴れていて……それさえ出来れば、俺は満足なんだから。

 

「それじゃ、俺達も戻ろうか。あんまり遅いと不審がられるし」

「…例えば?」

「ん?そりゃ、学校の屋上って言ったら告白スポッ……」

『……?』

「…な、何でもない。とにかく戻ろう…」

 

 自然な感じで訊かれたものだから、うっかり「告白スポット」なんて言いかけてしまった俺。その言葉自体は、別に恥じるものでもないけど……ラフィーネさんにそれ言うと追及されそうだし、フォリンさんの場合は弄ってくるような気もしたから、ギリギリのところで俺は修正。ま、まあうん。屋上は弁当食べたり、土敷いて野球の練習に使ったりする事もあるしね!

…なんて、誤魔化すような事を心の中で言いながら、俺はお二人に少し遅れて(…もしや、こういう話をし易いように、深介さんと紗希さんはさっさと下の階に…?)屋上を後に……

 

「……うん?」

「……?顕人、どうかした?」

「あ、ううん…(なんだ今の…気のせい……?)」

 

……する直前、何かを感じた。どうしてとか、どこからとか、何がとか…そういうのが一切分からない、もう全然全く分からない、ただ何となく『何か』を感じたような、謎の感覚。

 けれど、そんな漠然とし過ぎてる事を一々考えていたらキリがない…っていうか、そもそも何をどう考えればいいのかも分からないレベルで漠然としていたから、俺は気のせいだと片付け、二人と共に魔人との戦場になった屋上を後にするのだった。

 

 

 

 

「いやぁ、まさか魔人クラスが来るとは。偶々ここを調べただけならともかく、何かしら気付いてここに来たとしたら、ちょっと厄介っすねぇ。…まぁ、何にせよ…追い払ってくれた霊装者の方々、それに……先輩には、感謝していますよ」


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