双極の理創造   作:シモツキ

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第百二十五話 祭りに出でし魔

「あ、ど、どうも……」

 

 来場したお客さんに話しかけられたり何か訊かれたりしたところで、俺はそんなに緊張しない。全くしないって訳じゃないけど、その緊張は言動に影響を与えるような程じゃない。…とまぁ言ったものの、見ての通り今俺は緊張…ってか動揺で若干しどろもどろになっていた。

 じゃあ何故そうなってるのか。…そりゃ、普通じゃないお客さんが来たからに決まってるでしょう。

 

「やぁ、顕人君。受付の仕事かい?」

「は、はい…パンフレットどうぞ…」

 

 設置した机の上へ、山の様に置いた(と言っても、もうかなり減ってきたけど)パンフレットの内二部を渡す俺。それを受け取ったのは……深介さん。更に深介さんが一部を手渡したのは、紗希さん。…そう、綾袮さんのご両親である。

 

「今、綾袮はクラスの出し物に出てるのかしら?」

「あ…はい。担当としてる筈です」

「そう、ありがとう顕人君」

「いえ…。…え、と…お二人も、いらっしゃるんですね……」

「あぁ。上手く時間が作れたし、一昨年までは学校行事に出る綾袮なんて、見る事は出来なかったからね」

 

 いつものように、温和な雰囲気で話す深介さんの言葉を受けて、あぁ…と俺は理解する。

 綾袮さん…それに妃乃さんもらしいけど、学校に通うようになったのは高校から。それまではずっと各家庭で教育を受けていたみたいで、そうなれば当然学校行事なんかとは無縁になる。俺は大人でも親でもないから、想像するしかないけれど……理解は出来る。学校での、普段は知る事のない子供の姿を見たいという、親の気持ちは。

 

「…是非、行ってあげて下さい。綾袮さんも、喜ぶと思います」

「言われなくてもそのつもりよ。貴方も仕事、頑張りなさい」

「はい、頑張ります」

 

 そうして俺は二人を見送り、また仕事へ。多分まだラフィーネさんフォリンさんは校内を巡ってて、千㟢や妃乃さんもクラスの方に行っている筈。だからどうという話ではないけれど、まだ文化祭は続いていて、生徒会役員である俺はその運営の一端を担っている存在。って訳で最後まで気を抜かず、仕事時間中は誰が相手だろうときっちり応対をしないと、ね。

 

 

 

 

 一日目に比べると、二日目は客足がそこまで激しくなかった。あくまで相対的にってだけで、決して暇なんかじゃなかったが、昨日と同レベルの忙しさになると思っていた俺としては、少々拍子抜け。…まぁ、理由は分かるけどな。学生ならともかく、保護者や一般の大人まで個性的な衣装を着た妃乃や綾袮辺りを目当てに来る訳がねぇし。

 

(とはいえ、二日続けて何度も何度も料理し続けるのはきっついな…料理人って凄ぇ……)

 

 毎日料理をするってだけなら慣れたものだが、それとこれとじゃ話が違う。数人分か数十人分以上か、身内か不特定多数か、利益が発生するのかどうか…言い出したらキリがないが、やっぱ俺は家庭で料理する位で十分だな。

 

「悠耶、ちょっといい?このゴミ捨てに行くのを手伝ってほしいんだけど」

「いや、俺まだ調理してるんだけど」

「捨てに行くついでに暫く休憩して、って実行委員が言ってたわよ?」

「あ、そう…んじゃ行くか……」

 

 妃乃にゴミ袋を一つ渡され、それを抱えて俺は廊下へ。抱えるったってそこまで大きな袋じゃなく、妃乃が持っているもう一つの袋も一度に持てそうなものだが…人でごった返している中左右に持って歩いてたら、ぶつかりまくって邪魔になる事間違いない。

 

「…文化祭の集客力って、凄ぇよな」

「そうね。あ、悠耶は人混みが苦手なんだっけ?」

「苦手ってか、別に好きじゃないな。…偶には、これ位賑やかな日があっても良いとは思うが」

 

 毎日これじゃ気が滅入るが、静かな祭りってのも味気ない…というか、かなり悲しい。…うん、全然人が来ない文化祭とか、想像するだけで辛くなってくるな…。

 

「大人ぶっちゃって…もっと素直に『祭りは楽しいよな』とか言えば良いじゃない」

「大人ぶってるんじゃなくて、大人である事を隠そうとしてないだけだ」

「はいはい、手伝ってくれて助かったわ」

 

 全体的に賑わっている校内と言えど、出し物がまるでない場所…依未と行った所や、ゴミ捨て場なんかは当然ながら静かなもの。そこで俺はゴミ袋を下ろし、重かった訳じゃないが何気なく肩を回す。

 

「…で、貴方はこれからどうするの?」

「そうだなぁ…何もせずぼーっとしてるんじゃ流石に虚しいし、また校内をぶらぶらしようかね…」

「ふぅん……でもどうせ、一緒に回る相手なんていないでしょ?私も今は休憩だし、相手がいないなら私が付き合ってあげても……」

「はっ、見縊るなよ妃乃。俺には緋奈がいるし、まだ保健室で寝てると思うが依未もいる。生憎妃乃が思っているような状況じゃないのさ」

 

 さらっと辛辣な事を言ってくる妃乃。依未に比べりゃマイルドだが、まぁ好きに言ってくれる。

…が、俺はそれに余裕を持って答えた。…依未が保健室にってのは、疲れを見せ始めた依未に俺が勧めたって話なんだが…ともかく、妃乃に言われるような状況ではない。そして、楽々返された妃乃は一瞬黙り込んで……

 

「…いや、まず出てくるのが歳下の女の子二人って、貴方それでいいの……?」

「……言うなよ、それは…」

 

…ブーメランだった。これでどうだ!…という思いで投げた返しは、旋回して俺に牙を剥いてくるのだった。…それお前もじゃねぇか、的な意味以外でも、ブーメランって表現が合う事があるんだな……。

 

「しかも片方妹だし……けど、驚いたわ。まさかあの子とそんなに仲良くなるとはね」

「色々あったんだよ。後ぶっちゃけ仲良いのかどうかは分からん」

「二人で文化祭回ってる時点で、十分仲は良いでしょ。第一あの子を外に連れ出す事自体……」

 

 不意に止まる妃乃の言葉。言い切る前に、口を閉ざした妃乃。…だが、その理由は俺にも分かっている。

 

「……妃乃」

「えぇ。私の後ろ、貴方から見て左側で合ってるかしら?」

「あぁ。壁の窪みに身体を半分隠してる」

「…周りに、人影は?」

「大丈夫だ」

「なら……」

 

 振り返る事なく、妃乃は俺の視界で『それ』の位置と人影を確認。俺も妃乃の視線の動きで、俺の背後側に人がいない事を認識。そして、問題のない状況だと分かった妃乃は……

 

「ふ……ッ!」

 

 振り向きざまに左翼を展開し、普段よりも細く精製した翼の一振りでそれを叩き落とした。

 

「…そういう使い方も出来るんだな」

「そうよ、だってこれも霊力の塊だし。ま、攻撃用じゃないから有効に使えるタイミングは限られてくるけどね」

 

 直撃を視認した妃乃は即座に翼を消し、改めて周囲を見回す。その間に俺は『それ』へ近付き、その姿を確認する。

 それは、トカゲの様な魔物だった。見た目も色も大きさもトカゲっぽい、探知能力が壊滅してる霊装者なら見分けが付かないような、トカゲ的魔物。そいつは一撃受けた時点で絶命したらしく、見ている間にも消えていく。

 

「…やっぱ来たか、って感じだな……」

「これだけ人が集まるんだもの、当然よ。もしかしたら、一人位は見出されてない霊装者もいるかもしれないし」

「だな。ともかく、何か起こる前に退治出来て良かった」

「……だと、良いんだけどね…」

 

 魔物が現れない事が一番だが、被害が出る前に処理出来ただけでも十分幸運。そう思って一安心した俺だったが…何故か妃乃は浮かない顔。

 

「…何か、不安要素でもあるのか?」

「…さっき、綾袮も一体見つけて仕留めたらしいのよ。話を聞く限り、今倒した奴と同じ見た目の魔物をね」

「同じ見た目の?……群れでここに来てるって事か…?」

「かもしれないわね。でも、まだ断定は出来ない」

 

 妃乃からの返答を受けて、俺の中にあった安心の感情が萎んでいく。

 複数体現れたってだけなら、驚く事はない。二、三体なら、十分あり得るレベルの事態。だがそれが同じ種類の魔物と思われるなら、話は別。

 基本的に魔物は同一個体が存在しないが、稀に普通の動物や昆虫のようにほぼ同じ見た目の個体が複数現れる事がある。そいつ等は大概群れを作っており、もし今倒したのも群れの個体だとすれば……まだ数体の、或いは二桁の魔物がこの校内に潜んでいてもおかしくない。

 

「…どうすんだ、妃乃。場合によっちゃ、文化祭の一時中止も必要だろ?」

「場合によってはね。でもまだ判断するには情報が少な過ぎるわ。躊躇ってたら誰かが襲われるかもしれないけど、下手に動く事で逆に魔物を刺激してしまう可能性だってあるんだもの」

「なら、警戒待機に留めるってか?」

「短気は損気よ。何にせよまずは、綾袮達にこの事を伝えないと」

 

 言うが早いか妃乃は携帯を取り出し、綾袮へ連絡。俺は意識を集中させてまだ魔物がいないか探してみるが、少なくとも俺の能力じゃ探知する事は出来なかった。

 

(短気は損気…そりゃそうだが……)

 

 妃乃の言っている事は分かるし、筋も通っている。現実はリセットが効かない以上は素早い判断が必要になる一方、よく考えて動く事も必要で、妃乃がそれを理解していない訳がない。だから、間違ってるとは言わないし、思いもしないが……やっぱりどうも俺は、そういう『待つ』判断が好きになれない。

 

「…えぇ、情報共有頼むわね。……さて、と…悠耶、貴方武器は?」

「自衛レベルの物だけだ。さっきの奴程度なら、それでも…ってか素手でも何とかなると思うが……」

「まぁ、そうよね…問題ないわ。私と綾袮には得物があるし、武器はともかく戦力的にはそれなりにいるもの」

「そういやそうか…って待て。まさか、緋奈を頭数に入れてるんじゃないだろうな?」

「入れてないわよ、失礼ね。…って、あんまりはっきりと否定するのも緋奈ちゃんに失礼かしら…」

 

 話しながら、一先ず俺達は校舎の外を回る。緋奈に失礼かどうかは…言われてみると俺もそんな気がしなくもないが。

 そうして回る事十数分。…残念ながら、俺達は発見した。トカゲを思わせる、三体目の魔物を。

 

「ちっ、やっぱこれは……」

「えぇ、三体目もってなるとまだまだ潜んでる可能性が高いわ。紗希様と深介様がいる間に分かった事だけは、不幸中の幸いね…」

「…どちら様?」

 

 顎に親指と人差し指を当てた妃乃が口にしたのは、聞き覚えのない名前。誰だと思って訊いてみると、妃乃は一瞬怪訝な顔をして…すぐに元の表情へ戻る。

 

「あぁ…知らなかったのね。今言ったのは、綾袮の両親の名前よ。これがどういう事かは分かるでしょ?」

「戦力として頼りになる二人、って事か…」

「個人としては勿論、指揮官としてもね。きっと私よりも的確な判断をしてくれる筈よ」

 

 再び妃乃は携帯を手に取り、綾袮と連絡を取る。その綾袮を介して綾袮の両親とも繋がり、状況に関する情報共有も完了。俺は二人の事を全然知らないが、妃乃がこう言うんだから間違いはないだろう。そう思って、両親からの指示を待った。

 そして数分後、二人から指示されたのは……緋奈と依未を連れ立っての待機だった。

 

「…という事なの。二人共、理解出来た?」

「は、はい。問題ありません」

「わ、わたしも…取り敢えず、大体は……」

 

 運良く休憩の重なった緋奈と合流し、保健室へ依未を呼びに行った後、俺達が移動したのは校内でも人気がない…つまりは出し物のない区域。そこで妃乃が状況を簡単に説明すると、二人はそれぞれの反応を見せて首肯する。

 

「なら良かったわ。ここからは紗希様達次第だけど…何かあっても二人の事は私達が守るから安心して」

 

 そう言って妃乃が笑みを見せると、二人はまた首肯。俺は何も反応しなかったが…心の中じゃ同意している。緋奈は勿論、依未だって俺にとっちゃ守るべき相手だからな。

 

「……でも、あの…いいんですか?悠耶一人ならともかく、妃乃様まであたし達に付くなんて……」

「そ、そうですよ妃乃さん。お兄ちゃん一人ならともかく、妃乃さんまで付く必要はなかったんじゃ……」

「確かにね。二人を守る事を軽視なんてするつもりはないけど、悠耶一人ならともかく……」

「いや俺一人ならともかくって言い過ぎじゃないですかねぇ!?え、何!?ちょっと黙ってただけでこんな弄りされる事になんの!?」

 

 思わず全力で突っ込んでしまった俺。会話内容自体は至って普通だが…部分的に超気になるんですけど!?

 

『冗談(よ・だよ)、(悠耶・お兄ちゃん)』

「こんな時に冗談とか言ってんじゃねぇよ、はぁ……」

「悪かったわね。…で、えぇと…私もここにいるのは、紗希様達からの指示よ。今は担当時間だからクラスの方に行ってる綾袮もだけど、私達って校内でもそこそこ顔が知れてるでしょ?だから下手に動くと、変に注目されて身動き取れなくなっちゃう可能性があるの」

「そこそこ顔が知れてるって、自分で言うかね普通…」

「うっさいわね、ストレートに言った方が分かり易いんだからいいでしょ。…それに加えて、増援が必要になった際はすぐ駆け付けられるよう、私はここにいるって事。…でも、二人共油断はしないでね?私がいる限り、そう易々とは二人に触れさせなんてしないけど…相手の数はまだ未知数だから」

 

 最後に妃乃は忠告を…ともすれば不安を煽ってしまうような言葉で締め括った。だが言葉自体はそうでも、声音は不安を全く感じさせない、安心感を抱かせるもの。そのおかげで二人共、多少の緊張はあってもその表情が曇るような事はない。

 

「…にしても、また待機になるとはな……」

「さっきだって実質的には索敵してたんだし、またって言えるかは微妙だけどね。…緋奈ちゃんを直接守れる役目なのに、不服なの?」

「不服って訳じゃねぇよ。ただ、性分に合わないってだけだ」

「指揮官には向かない性分ね…」

 

 自らの発言で軽く呆れられた俺だが、それに関しても不服じゃない。指揮官に向いてないなんて、元から分かってた事だしな。

 とまぁ、こんな感じで妃乃からの状況説明が終了。そうしてそこからは起こるかもしれない何かに備えて待機を続ける俺達だったが……

 

「…流石にちょっと、手持ち無沙汰ね……」

 

 十数分後、妃乃はここにいる全員が思っている事を口にした。

 時間で言えば、高々十数分なんてそんなに長い訳じゃない。だが、次の瞬間にも状況が動くかもしれないという中でのただ待つ十数分というのは、実際以上に長く感じるもの。しかも状況が状況だから携帯で時間を潰して…なんて気分にもなれず、結果全員手持ち無沙汰。

 

「……ねぇ、お兄ちゃん」

「うん?どした、緋奈」

「わたし、よく分からないんだけど…霊装者は、同じ霊装者や魔物を探知する事が出来るんだよね?じゃあ、敷地内をぐるっと一周すれば全部分かるんじゃないの?」

「あぁ…確かに特筆する点のない魔物だったら、それで何とかなる。けど霊装者やそれなりに力のある魔物は自分の発する霊力を抑える事で、完全にじゃなくとも隠蔽する事が出来るし、極度に弱い魔物なんかは発する力も微弱過ぎて、逆に探知出来なかったりする事があるんだよ」

「それに今回の場合、ただ虱潰しに倒せば良い…って話でもないのよ。無人ならそれでも悪くないんだけど、学校中に人がいる今は、とにかく慎重さが大切になるし」

「まぁ、その魔物を妃乃は深く考えずに倒しちまった訳だけどな」

「あ、あの時は仕方ないでしょ。こうなるとは思ってなかったし、小さくても凶悪な魔物はいる以上、無視する事も出来なかったんだから」

 

 緋奈からの質問に答えた俺と妃乃。実を言えば、霊装者はごく稀に本来の実力以上の探知を、虫の知らせのように出来たりする事もあるんだが…それは本題じゃないから置いておく。

 

「……あたしからも、ちょっといい…?」

「依未はどうした、トイレにでも行きたくなったのか?」

「……妃乃様、こいつ蹴ってもいいですか?」

「えぇ、思いっ切りやって構わないわ」

「なんで妃乃が許可出してんだよ…ったく、軽い冗談なのに二人共酷いよなー」

「えーっと…悪いけどお兄ちゃん、今のやり取りならわたしも普通に依未さん側に付くからね?」

「……むぅ、アウェーか…で、結局どうしたんだ?」

 

 何となく予想は出来ていたが、妃乃と依未が一緒にいると危険でならない。主に俺の身体が。

 

「結局も何もあんたが話逸らしたんでしょ……魔物は今のところ自分から人を襲ってはいないのよね?…って、これは悠耶に訊いても仕方ないか……あの、妃乃さん…」

「その通りよ、依未ちゃん」

「…なら、魔物の狙いは何でしょう…」

 

 顎に親指と曲げた人差し指を当て、依未は考え込むような仕草を見せる。…まあまあ失礼な事を言われたが…実際間違ってないから、俺は何も言い返さない…ってか、言い返せない。

 

「そうね、それは私も考えてるんだけど……」

「襲われた奴がいねぇ、ってのは不可解なんだよな。まさか文化祭を楽しみに来た…なんて訳はねぇし」

「…襲われた人がそれに気付いていない…って事はないかな?こう…蚊の吸血みたいに」

「気付かない程度に、少量だけ奪ってるって可能性か……俺はそんな器用な真似する魔物なんざ聞いた事ないが、妃乃はどうだ?」

「…絶対ない、とは言い切れないわね…可能性の一つとして頭に入れておくわ。…にしても、よくその発想が出来たわね、緋奈ちゃん」

「い、いえいえ。わたしは疑問に思っただけですから」

 

 続けて緋奈から出てきた、意外な発想。凄い考え…って訳じゃないが、霊装者三人が思い付かなかった事を、新米の『し』に引っかかるかどうかの緋奈が思い付いたんだから、例え疑問に思っただけでも大したもの。…うむ、俺も兄として鼻が高いな。

 

(…けど、兎にも角にも情報を待つしかねぇな……)

 

 状況が変化すれば、或いは情報が入ってくれば何か分かるかもしれないが、とにかく今はどんな発想が出てもそれを確かめる方法がない。つまりは、話がある程度以上に発展しない。

 緋奈の謙遜を最後に、一旦静かとなる俺達四人。ちょっとしたところで、

 

「そういえば…依未さん、体調は大丈夫ですか?」

「へ?…あ、えぇ…体調が悪くて保健室じゃないから大丈夫よ。……それと、あの…敬語はいいわ…あたしの方が、歳下だし…」

「え、そうなんですか?…じゃあ、こほん…体調不良じゃないなら、安心かな」

「う、うん…悪いわね、気遣いさせちゃって…」

 

…という、優しい緋奈と毒気の抜けた依未のやり取りという、中々にほっこりしそうなやり取りがあったりもしたが、それ以外はただ時間が過ぎていく。

 

「……こうまでして、結果ちょっとした群れがちょっと来てただけ…とかだったら拍子抜けだよな」

「まぁ、そうだったらね…。けど、何もないならそれに越した事はないじゃない」

「そりゃまぁな。だがそれならそれで、そもそも群れで来るなっつー……」

 

 そんな中、俺の携帯が言葉に重なる形で鳴る。誰かと思って見てみれば、相手は校内を回っている最中の御道。その電話に俺が応じると……入ってきたのは次なる情報。

 

「……分かった、妃乃に伝えておく」

「…私?一体どういう連絡なの?」

 

 電話を切ると、俺の返しを聞いていたらしい妃乃が…いや、三人共俺の方を向いていた。だから俺は、その妃乃の言葉に軽く頷き…答える。

 

「あぁ、妃乃は一応すぐにでも動けるようにって事だ。まだ、確証まではないみたいだが……恐らく群れの親玉は、ここの上層階…或いは屋上にいる可能性が高いらしい」

 

 それは、可能性の話。ざっくりした情報。空振るかもしれねぇし、妃乃が出るまでもなく終わる可能性だってある訳だが……それでもその情報によって、雰囲気は引き締まった。


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