双極の理創造   作:シモツキ

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第百二十四話 初めての文化祭、楽しみたい少女

一日目は目一杯頑張ってくれたから、という事で二日目の今日、俺は思った以上に長い休憩時間を貰えた。ぶっちゃけると、仕事時間より休憩時間の方が長いという、超待遇になってしまった。

それを昨日の帰りに知った俺は、なら明日はどうするかと考えて……ふと、気付いた。依未は、引きこもり生活を余儀無くされている彼女は、もしかしたら文化祭を経験した事がないんじゃないかと。そして連絡を取ってみたところ……色々言いつつも、依未は文化祭に訪れた。んで、今は……サンドイッチをもぐもぐしている。

 

「あ、これも温かい…どっかから買った物だと思ったら、ここで作ってるんだ……」

 

三角サンドイッチを両手で持ち、少しずつ食べている依未。背の低い外見もあって、これだけなら小動物みたいなんだが…口を開けば毒が噴出するんだもんなぁ…。

 

「……何?」

「いや、何でも?」

「あ、そ…」

 

…と思っていたら視線に気付いたのか、依未が半眼でこっちを見ていた。俺がそれに素っ気なく返すと、依未も素っ気ない態度で食事再開。

茅章と会ったのが暫く前(他に用事がある中来てくれたんだよな。…良い奴だ、ほんと……)で、御道&ロサイアーズ姉妹と遭遇したのが少し前。依未が来たのはその間で、護衛の霊装者はもう帰った様子。

 

「…そういや、よく俺一人に任せてくれたよな…また宗元さんが気を回してくれたのか…?」

「さぁね。でも今日に関しては、同じ建物の中に妃乃様と綾袮様がいるってのが大きな理由でしょ」

「あぁ、それもそうか…(その場合はその場合で、二人ありきって事になるな…我ながら、考えなしになったもんだ……)」

 

胸中で呟くのは自嘲。いつでも力を貸すと言った俺だが、所詮俺はちょっと経験が多くてちょっと特別視されてるだけの、普通の霊装者。権力も絶対的な力もない俺が言うには、あまりにもおこがましい言葉だったと今は思う。

だが、それは反省であって後悔ではない。俺はあの時ああ言って良かったとも思っているし、撤回なんざ絶対にしない。例えどれだけ無謀な事だったとしても、あの約束は必ず貫く。貫いてみせる。

 

「…だから、何?」

「だから何でもないっての」

「何でもない奴は何度も人の事をじーっと見たりはしないでしょ」

「じーっとじゃねぇ、じぃっとだ」

「そんな字面以上の違いなんてなさそうな事言われても…え、今認めた?」

「あー認めた認めた。認めまくりだな」

「はぁ…?…まぁいいや、まともに相手しても疲れるだけだし…」

 

そんな事を考えていた俺は、また依未の方を見ていたらしい。だが正直に言うような事でもないんだからと俺ははぐらかし、今度は見ないように気を付けながら依未の完食を待つのだった。……貫くなんて言うだけじゃなく、その為の行動も必要だよな、と頭の片隅で考えながら。

 

「んで、次はどこ行きたいんだ?」

「…あたしが次もまだどこか行きたい前提なの?」

「俺は別に構わないぞ。もう満足したから帰りたいって事でも」

「……取り敢えずまた少し見て回りたい」

「あいよ」

 

それから数分後。依未が食べ終わったところで次の要望を訊き、棘のある返しへ試しに封殺を図ってみた結果、素直な言葉が戻ってきた。…ふむ…これなら話は手早く済むが、あんま面白くないから止めた方がいいな。

という訳で俺達は校内をぶらぶら。急に依未が倒れても支えられるよう隣を歩きつつ、俺も何か食べようかと軽く思考。

 

「…ところで、妃乃様と綾袮様は?」

「今はまだクラスの方に出てると思うぞ。…行くか?」

「いや、いいわ。あたしが行っても、気を遣わせちゃうだけだし…」

 

ほんの少し伏し目がちになって答える依未。その声に籠っているのは、卑屈混じりの感情。

確かに、少なからず気は遣うだろう。そして二人がそれを苦に思わずとも、依未は気にするのだろう。だったら、わざわざ望んでもいないのに連れて行く必要は…ない。

 

(けどさっきみたいに、偶々遭遇する可能性はあるよな…てかそもそも、二人と依未はどれ位の交流があるんだ?これまでの事から考えるに、直接会った事も何度かはあるみたいだが…)

 

そんな事をぼんやりと考えながら、階段を降りて下の階へ。そこから特に理由もなく、依未に続いて左へと曲がり……気付いた。

 

「っと、ここは……」

「…何かあるの?」

「何かあるっつーか、そこで縁日の出し物をやってるのが……」

「あ、お兄ちゃんいらっしゃー…い……?」

 

噂をすれば何とやら。正に名前を出そうとした瞬間、右手側にある縁日コーナーから、浴衣姿の緋奈がひょっこり姿を現した。

 

「…お兄ちゃん?じゃあ、あの人が……」

「そういうこった。あー、緋奈。今からしっかり説明するから、取り敢えずその疑うような目は止めよう、な?」

 

みるみるうちにじとーっとした目に変わっていく、緋奈の瞳。おっと不味い、これはさっきの二の舞になる…と感じた俺は、早々に包み隠さず話す事を決意。緋奈を手招きし、依未の事を掻い摘んで話していく。

と言っても、全部話した訳じゃない。デリケートな部分は避け、その分喧嘩したあの日に俺の力となってくれた事へと重きを置いて、俺は緋奈に説明した。すると緋奈も理解をしてくれたらしく、表情からも疑いの色が次第に消失。

 

「…ってな事があって、今日はまぁ…付き添いって感じ、だな。依未はあんまり身体が強くないからよ」

「そうだったんだ…なら……あの時はお世話になりました、篠夜さん」

「あ…い、いえ…こちらこそ、お兄さんにはお世話になっています……」

(お……?)

 

ここでも依未の辛辣発言が炸裂…と思いきや、口を突いたのは思った以上に殊勝な返答。あ、これはもしや……

 

「…緊張してんの?」

「……っ!う、うっさい馬鹿!」

 

思い付いた事をそのまま言ってみると、物凄く分かり易い反応が返ってきた。…そういや、さっき御道達と会った時はほぼ俺しかやり取りしてなかったもんな…それにまともに外に出られない生活してりゃ、親しくない相手と話す機会も少なくなるか…。

 

「あー悪い悪い。で、どうする依未。寄ってくか?」

「それは……」

「…ふふっ、お勧めは射的ですよ」

「…じゃあ、それを……」

 

気を回してくれた緋奈の言葉を受けて、依未は小さく首肯。見れば射的の他にも縁日らしい屋台が複数あって、中々興味をそそられる。

 

「…っと、そうだ。その前に……」

「……?」

「…浴衣、似合ってるぞ」

 

これだけは言っておかなくては。その思いで俺は案内しようとする緋奈を呼び止め、右手で頭を軽くぽふり。人目があるって事で、あまり長い時間は置いていなかったが……それでも緋奈は、凄く嬉しそうな表情を浮かべてくれた。

 

「……あんた、真性のシスコンなのね…」

「そうだが何か?」

「…別に……」

 

一般的にシスコンという言葉はあまり良い印象を持たれていないが、俺に対しては完全に褒め言葉。…まぁ、時には反論したりもするが、少なくとも緋奈を大事にしてる点を否定する事は絶対ににないな、うん。

…とまぁ妹との軽いスキンシップを挟んで、俺達は射的の屋台へ。……って、おぉ…これ実際の屋台でも使われてるコルク銃じゃね?誰か家族に屋台やってる奴でもいたのか…?

 

「当てたらじゃなくて、台から落とさなきゃ駄目だからね?」

「出たな地味に厄介なルール…」

「…………」

 

流れでそのまま説明もしてくれる緋奈の言葉を聞きつつ、銃にコルクを詰める俺。そこでちらりと横を見ると、依未はまた緊張しているようだった。

 

「…緋奈、何かコツはあるか?」

「コツ?うーん…コルク銃だし、欲張らずに軽い物を狙った方が良い…とか?」

「確かにな。後意識するとすれば、真ん中より左右の上端に当てた方が飛び易い…って辺りか」

「…軽い物…左右の上端……」

 

依未は緋奈の言葉、それに俺の言葉も聞いてコルク銃を構える。深呼吸をし、本気の様子を見せる依未を俺が見る中、引き金に指をかけまずは一発。放たれたコルクは菓子の箱を掠めたが、箱は角度が変わっただけ。

 

「……っ…もう一度…!」

 

同じ標的に向けて二発目。今度は当たらず、三発目は逆側を掠めてまたも失敗。残弾は後一発で、依未はぎゅうぅぅ…とコルク銃を握り締める。

 

「…そんなに力込めてると、撃つ瞬間に銃口逸れちまう可能性あるぞ?」

「…そ、そんなの分かってるし…」

「…まだ入ってるぞ?」

「だから分かってるって…!」

 

どうも依未は戦闘訓練もまともに受けていないらしく(デメリット考えりゃ前線に出る事なんてあり得ないしな)、中々身体から余分な力が抜けていかない。しかもよく見れば他にも色々と問題があり…ったく、しょうがねぇな……。

 

「はぁ……ちょっと失礼するぞ、依未」

「失礼って何……ぃぃい…っ!?」

 

見るからに失敗しそうな依未を見ていられなくなった俺は、文句言われる事を承知で物理的に指導。具体的に言えば…依未に覆い被さり、実際に身体を動かして形を教える。

 

「な…なな……ッ!?」

「ほら、こっち見てないで的狙え。銃はブレない程度に持って、腕はこの位伸ばす。この距離なんだから弾道計算なんかは基本無視していい」

「やっ、こ、このまま続ける気…!?」

「嫌ならはよちゃんと姿勢をとってやれ。……よし、そのまま手で支えて…撃て」

 

手には手を添え、背後から耳元で指示しながら形を作っていく俺。初め依未はテンパっていたが、何とか俺の指示通りの形に調整。耳…というか顔は赤くなったままだったが、顔にも集中力が戻って準備は万端。そうして俺の声に合わせて依未はトリガーを引き……飛んだコルクは、景品の小箱を軽く飛ばして落っことした。

 

「あ……」

「良かったな。成功だぞ、依未」

「……っ…な、何が『良かったな』、よ…勝手に色々してくるし、こんなの実質あたしの力じゃないし……」

「へいへい、そいつは悪かったな」

「……けど…ありがと…」

「…おう」

 

落ちた景品に対し、真っ先に依未が見せたのは驚きの感情。そこへ離れた俺が声をかけると、いつも通りに文句が飛び出し……だがその後に、小さな声で依未は付け加えた。恥ずかしそうに、もじもじとしながら、その言葉を。…全く、ほんとに依未も素直じゃねぇよなぁ…こういう時位、普通に言ったっていいじゃ……

 

「ふーん……随分と仲が良いんだね、お兄ちゃん」

「あっ……」

 

……やっばい、忘れてた…俺とした事が、緋奈の存在…すっぽりと頭から抜け落ちていた。

 

「え、ええと…これはだな緋奈、色々と込み入った事情があって…」

「うん、別に構わないよ?お兄ちゃんは依未さんと仲が良い、ただそれだけの話なんだもんねぇ?」

「うぐっ…ちょ、ちょっと待て緋奈…!えぇ、っと…!」

 

にこぉ、と何やら恐ろしい笑みを浮かべる緋奈。全然話を聞いてくれそうにないその様子に俺は慌てながらも銃を掴み、取り敢えず手近な景品へと一射。そしてその景品を差し出し……言う。

 

「……あの、これで勘弁してくれたりは…」

「しないけど?」

「ですよねー……はい、すみませんでした…」

 

何故緋奈がご立腹なのか、俺にはさっぱり分からない…などという事はなく、粛々として態度で反省。そりゃ、兄が自分と同じ位の少女へ許可も取らずに密着してしてりゃ、家族として怒るのは当然だもんな……。

 

「いい?お兄ちゃん。お兄ちゃんは問題ないと思っていたとしても、良し悪しを決めるのは相手や周りなんだからね?」

「その通りです…心に留めておきます…」

「本当に分かってる?わたしを相手にするのとは違うんだよ?」

「その点も気を付けます……」

「…完全に兄妹逆転してる…どんな関係性よ……」

 

腰に手を当てた緋奈に怒られる俺に対し、依未は呆れ混じりの声を漏らす。どんなっつったら、ここまで見た通りの兄妹だ、って返したいところだが…今はそんな事言っていられる状況じゃない。

そこからも緋奈は二言三言。だが依未の、周りの目があるからかあまり踏み込んだ話にはならず、代わりに深い溜め息を吐く。

 

「はぁ……ほんとに反省してよね?」

「します、ってかしてます…」

「だったらいいけど…ほら、他のお客さんも来そうだしお兄ちゃんも早く撃っちゃって」

「あ、おう…んじゃ……」

 

依未は何よりもまず俺の妹だが、今は同時にこの縁日を上手く回す為のスタッフでもある。だからその緋奈の邪魔をしては不味いと俺は気持ちを切り替え、景品に向けて手早く三発。結果は三発中二発ヒットとなり、最初の一つを含めて小さな菓子の箱を三つ手に入れる事が出来た。…うむ、まずまずだな。

 

「…………」

「まぁまぁそう僻むな」

「ちょっと、あたしまだ何も言ってないんだけど」

「目が訴えてたんだよ、目が」

 

慣れない事だったんだから…とフォローする事も出来たが、俺は敢えてそのままに。理由は…特にないな、うん。

…とまぁ、こんな感じで射的は終了。次は何をやりたいか訊くと、返ってきたのは「混み始めてるしいい」とい簡素な回答。だが依未の言う通り、さっきより客は増えていた。

 

「…良かったな、人気が出て」

「うん。でもそれはお兄ちゃんの方もでしょ?聞いたよ、昨日大盛況だったって」

「一概にゃ喜べねぇよ、凄ぇ大変だったし…。…後で来てみるか?」

「うーん…どうしよっかな。お兄ちゃんの料理なら家でいつも食べてるし…」

「いや、俺の料理以外も色々あるからな…?」

 

軽く見回した俺は緋奈と穏やかに言葉を交わし、それからこの場を後にする。最初は冗談なのか本気なのかよく分からない発言をしていた緋奈だったが、妃乃もいるという事で演劇喫茶への来店を決意していた。…もし今の格好のままで来たら、割と馴染みそうだなぁ……。

 

「…良い人ね、緋奈さんって。あんたとは違って」

「当たり前だ、俺の自慢の妹だからな」

「その返しは反応に困るんだけど……」

「余計な事言った報いだ、困れ困れ」

 

緋奈のクラスの出し物から少し離れたところで、依未が呟いた一言。捻くれ皮肉屋の依未に初見から『良い人』と言わせるなんて、ほんとに出来た妹だよなぁ…。

…なーんて依未の言葉に返しながら考えていると、依未は小さな声でまた呟く。

 

「……でも、ちょっとだけ…あぁ、あんたの妹なんだな…って思う部分も、あった…かも…」

「…それは、どういう意味として受け取ればいいんだ…?」

「そ、それ位は自分で考えなさいよ…馬鹿……」

 

単なる感想なのか、褒め言葉なのか、それとも別の意図があるのか。他意なんてなしに、本当にただ訊いただけだったんだが…依未は答えてくれなかった。うーむ…ってか、そうだ…そういえば……

 

「なぁ依未。緋奈とのやり取りで思い出したんだが……依未は一体幾つなんだ?」

「…何それ、女性に年齢訊くつもり?」

「隠したくなる程歳食ってんの?」

「…………」

「止めろ、無言で勢い良く足を踏もうとするな。下手すりゃ骨折するからなそれ…」

 

踏み付け…というか踏み潰しを寸前で回避した俺は、内心ひやり。確かに女性に年齢を…ってのは分かるが、それにしたってここまで怒るもんかね依未さん…。

 

「ふんっ、あんたには骨折位、良い薬になるってものよ」

「高い薬だな……で、幾つなんだよ。まさか本当に見た目よりずっと高齢なのか?」

「そんな訳ないでしょうが…!み、見た目相応よ見た目相応!」

「見た目だけじゃ判断し切れねぇから言ってんだって……あんま、訊かれたくない事なのか…?」

「う…それは……」

 

どうも依未は素直に答えようとしないが、それは答えたくない理由があるからかもしれない。…そう思い、ふざけた態度を完全に消して訊き直すと、依未は答えに詰まったような表情に。そして俺が見つめる中、依未は視線を逸らしつつ…言う。

 

「……十四…」

「十四?なんだ、なら別に隠すような事も……え、十四?じゃあ、緋奈より歳下?」

「そ、そうだけど何?悪いっての…?」

「や、悪かないが……そう、だったのか…」

 

二度見ならぬ二度聞きしてしまった俺へと、微妙に恥ずかしそうな依未の視線が送られる。

基本俺に対して生意気且つ不遜なものだから、会う度少しずつそのイメージが減っていった訳だが…俺は勿論、緋奈より依未は歳下だった。てか、歳下なのにって自覚があったからこそ、依未は中々答えようとしなかったのかもしれない。……そういう奴は、そもそもここまで生意気な事は言わないような気もするが。

そしてもう一つ。ギリギリで俺は、「中学生」という言葉を飲み込んだ。何故ならそれへ、依未が望んでいたとしてもきっと通えない、『普通の生活』へ安易に当て嵌める行為だから。

 

「……で、これ聞いてあんたはどうするのよ」

「うん?そうだな…末永く見守っていこうかと……」

「…ごめん、それはほんとに意味が分かんない」

「すまん、今のは完全にボケ損ねたわ…」

「あそう…じゃ、深い意味はなかった訳?」

「ぶっちゃけるとそうなるな…けどあるだろ?どうでもいいけど気になる事って」

「…それは、まぁ…」

 

依未が一応の納得をしてくれた事で、取り敢えず年齢絡みの話は終了。…実はちょっと、発育に関して「まぁ、十四ならまだ期待は捨てなくても大丈夫だぞ」…的な事を言おうとも思ったが、学校でセクハラをするのは色々とヤバそうなので止めておいた。

そうして緋奈のところを離れてから五、六分。あんまりルートとか考えず歩いていたせいで、特に何の出し物もしていない区域に出てしまう。

 

「っと、悪い…こっちはもう何もないし、戻るぞ」

「ちゃんとしてよ、無駄足じゃない」

「以後気を付ける。んじゃ、一度別の階に……って、依未?」

 

踵を返し、賑わいの中へと戻ろうとした俺。だが何故か、依未はこちらを見たままで着いてこない。

 

「どうかしたか?……いや…体調、悪いのか…?」

「…別に、そういう事じゃない。ただ、ちょっと……そう言えば、お礼を言ってなかったなって…」

「お礼?俺は礼をされなきゃいけないような事はしてないぞ?」

「…そういう事、普段から言ってんの?」

「…さぁな。少なくとも、意識して言った訳じゃねぇよ」

 

意識して、好印象を持たれようと思って言った訳ではない。いつものように、今日もまた俺はそうしようと思った事をしただけで、そこに依未が感謝の念を抱いているのなら、それは単なる結果論。そんな意図を込めて、普段から言ってるのかという問いに答えると……依未は小さく、本当に聞こえるか聞こえないかのギリギリな声で、「ふぅん…」と呟いた。

 

「…じゃ、あたしが何も言わなかったら?」

「そりゃ、依未の自由だろ。礼なんて強要するもんでもねぇし」

「そう……だったら…一応、念の為言っておくけど、これはあくまで礼儀として、義理として言うだけだから?そこは勘違いしないでくれる?」

「あいよ」

「…じゃあ、その……」

「…………」

「……ありがと…あたしを、文化祭に誘ってくれて…」

「…おう」

 

全くもって素直じゃない、だが…そんなところがどこか愛らしくも思える依未の、もじもじと目を逸らしながらの感謝の言葉。それに俺は、小さく答え……右手を依未の頭に乗せた。…ついさっき、緋奈を撫でた時のように。

 

「…何よ、この手は……」

「あ……うっかりだ、すまん…」

「どんなうっかりよ…び、びっくりさせないでよね……」

 

言われてから俺は手を乗せていた事に気付き、謝りながらその手を引く。それと同時に、一発殴られるか…?…とも思ったが、依未は口を尖らせて文句を言うだけだった。…何してんだろうな、俺は…さっき緋奈と会ってきたばかりってのと、依未が歳下だって分かった事が、うっかりやっちまった理由だとは思うが…それだけで相手の頭撫でてたらキリがねぇよ……。

 

「…あー…そんで、次はどうする?つか、体力は大丈夫か?」

「キツくなったらちゃんと言うから、変に気を回さなくてもいいわ」

「そうか、確かに依未は遠慮なく言うもんな」

「えぇそうよ、あんたに気遣いなんて勿体無いし」

 

ともすれば険悪にも思える、配慮ゼロの皮肉ワードキャッチボール。だがもう慣れたもので、そんな事言いつつも俺達は並んで廊下を歩いていく。

一日目は、忙しいながらも心地良い疲れを感じられる文化祭だった。二日目も、ここまで俺は楽しんでいる。そしてこの調子なら、今日も最後まで充実した文化祭になるだろう。…なんて柄にもなく爽やかな事を、この時の俺は思うのだった。

 

 

……って、あれ?…なんかこれ、フラグっぽくなってね…?


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