双極の理創造   作:シモツキ

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第百二十二話 文化祭とは忙しきもの

文化祭の準備は、あっという間だった…ような気がしないでもない。少なくとも、普段の学校生活よりは早く過ぎていったような気がする。これが、文化祭を楽しみにしていたからだ、準備自体を楽しんでいたからだって考えるのは、かなり恥ずいところだが……多分少し位は、そういう面もあったんだろう。

そして今日、文化祭は……当日を迎える。…まぁ、厳密には一日目を、だがな。

 

「え、俺!?何故に俺!?こういう時って普通実行委員か学級委員が言うもんじゃないの!?」

 

時刻は朝。場所はそれなりのクオリティの『店』となった、我がクラス。開始前の決起集会っぽい事をクラス内でする中、御道が担ぎ出されていた。

 

「うぐっ、確かにクラスの方はあんま参加出来ないけど…分かったよやるよ…。…こほん。えー…俺としては、高校の文化祭って一番記憶に残る文化祭だと思ってるんだよね。だって小中はそもそも文化祭がなかったり、文化祭とは名ばかりのイベントだったりするし、大学は参加しない人も結構いるし。だから、ここまで俺は凄ぇ楽しみにしてて、今も開始を待ち遠しく思ってる。…って訳で、その…まぁ、うん…もう準備はやれるだけやったんだから、皆今日と明日は楽しもう!ごちゃっとしたけど、以上!」

 

その言葉通り、非常にごちゃっとした御道の言葉。だが俺からすれば即興でこんだけ言える事自体が凄ぇし、内容はごちゃっとしていても気持ちははっきりと伝わってきたからか、周りからの反応も上々。……因みにこの後、普通に実行委員と学級委員も言葉を言った事で、「じゃあ尚更俺はなんだったの!?」…と御道は全力で突っ込んでいた。

 

「はぁ…クラス規模で弄ってくるってなんなの…?」

「日頃の行いだろ」

「日頃の行いがこんな事にまで影響してたまるか……。…まぁ、いいや…言いたい事は言えたし」

「…そうやって受け止められるから、今の立ち位置があるんだろうよ」

「…それは、うん…すまん、悪い気はしないけど反応に困るわ……」

 

それもそうだな…と俺は、言っておきながら心の中で御道に同意。そうこうしている内に開始の時間は迫ってきて、御道は生徒会の仕事へ向かう。

 

「じゃ、料理頑張れよー」

「そっちもガラの悪い集金頑張れよ〜」

「所場代取るヤクザか!やらんわそんな事!」

 

その後クラスも最終準備へ。俺の所属する調理担当は食材機材の最終確認を行い、フロア担当と呼び込み担当は各々着替え、万全の状態で開始を待つ。

 

「うんうん、やっぱ似合ってるね綾袮ちゃん!」

「流石妃乃、ほんと何着ても似合うんだから…」

「ねね、後で写真撮ろうよ写真!」

 

万が一にも食中毒が起きたら不味いのは当然の事、そうでなくとも油断すればすぐ不可逆のミスに繋がってしまう俺達調理担当は、ぶっちゃけまぁまぁ緊張気味。その一方、フロア担当はえらいご機嫌そうだった。…つっても、仕切りがあってこっちからは声しか分からないんだけどな。

 

(…てか、演劇喫茶とは言ったものの、これ実質コスプレ喫茶だよな。…コスプレと言えば……)

 

衣装をコスプレ扱いするのは役者を生業にする人に対して失礼だが、うち…ってか文化祭レベルだとぶっちゃけコスプレ感が抜け切らない。

そしてコスプレというと、俺はある人物を思い出す。あっちは完全に、コスプレだもの。

 

「よーし…頑張ろうね、千㟢くん!」

「ん?…そうだな」

 

なんて思っていたところへ声をかけてくる、同じく調理担当の女子。その言葉で俺も意識を現実に引き戻し、開始に向けて気を引き締める。

この出し物を成功させるべく、クラスメイトは皆頑張ってきた。俺はその姿を見てきたし、ってか一緒に準備を進めてきた。だから……今日までの準備の成果を出す為にも、きっちりしっかり頑張らねぇとな…。

 

 

 

 

「ういしょ、っと」

「結構重量感あるんですよね…っと」

 

カーテンを閉め照明を落とし、薄暗くなった体育館。そこで繰り広げられているのは、ベタながらも面白い演劇。喫茶店と混ぜたうちのとは違う、純粋な舞台での芸。

 

「特等席ですねぇ、ほんと。…見辛いですけど」

「見辛い特等席って何さ…いや分かるけど」

 

その演劇を見ている俺だが、別に俺は観客じゃない。むしろ俺は、スタッフサイド。

今俺の真ん前にあるのはでかいライトで、俺がいるのは体育館の二階。察しが良い人ならもう分かってると思うけど……要は、スポットライト係である。

 

(ほんと、生徒会って何なんだろうな……)

 

これが大切な仕事だというのは分かっている。仕事は誰かがやらなきゃいけないから仕事なんだって事も、理解している。でも本来、生徒会ってのは学校の舵取りをする存在…それこそ生徒会『役員』な訳で、その役員がこんな一作業員みたいな仕事をするのはほんとに納得がいかない…とまでは言わずとも、何だかなぁ…って気分になる。…つくづく生徒会は名ばかり役員だって事を思い知らされるよね…とほほ……。

 

「しかしまぁ…ただ暗くするだけで大分雰囲気が変わるんですから、光って大したものですよね」

「…珍しいね、慧瑠がムードの話をするなんて」

「失礼な、自分だって偶にはそういう話もしますよ。…ムードって言われても正直ピンとこないですけど」

「それでよく失礼な、なんて言えたね…」

 

演目中はお静かに、なんて言うけど舞台からかなり離れた二階であれば、多少喋ったって問題はない。…という訳で慧瑠と話していると、慧瑠は少しだけ感情の読めない表情をしていた。…すぐにいつもの顔に戻ったけど。

 

「そういえば、先輩はこの後時間空いてるんですよね?どこに行くんですか?」

「あー、そうだなぁ…一回自分のクラスに顔出そうとは思ってるけど、それ以外はあんま決めてないや。慧瑠…は、まだ仕事あったんだっけ?」

「ありますよー、それはもう沢山と。…あ、予定が決まっていないなら自分の手伝いをしてくれても……」

「えー」

「シンプルな反応しますね…ま、別に良いですけど。自分だって空き時間だけじゃ足りない程駆け回りたい訳じゃないですし」

 

切実な頼みではなく冗談混じりの発言である事は薄々分かっていたから、適当に返してみた俺。するとやっぱり冗談半分だったらしく、慧瑠にこれといって堪えた様子はなかった。…これ、手伝うって言ってたらどうなってたんだろ…てか、思い返すとこれまで慧瑠には、割と手伝ってもらったりその申し出を受けたりする事があったな……手伝いと称して実際には別の目的があった、のパターンが殆どだったけど。

 

「…空き時間の間、何か食べ物買ってこようか?」

「え、どうしたんですか急に」

「いや、何となくそれ位はしてもいいかな〜、と」

「はぁ…じゃ、きりたんぽをお願いします」

「秋田まで行って来いと…!?ぶ、文化祭内で買える物に決まってるでしょうが…!」

「じょーだんですよじょーだん。…紙袋に包まれてるとか串に刺さってるとか、そういう手が汚れない食べ物だと嬉しいです」

「はいよ…全く、まさか郷土料理が出てくるとは……」

 

思わぬ発言にビビった俺を見て愉快そうにした後、改めて慧瑠はリクエスト。それを受けた俺は呆れつつ頷き…って、ん?そういやきりたんぽ…ってかたんぽ餅?…も棒に刺さった食べ物だよな…まさか本当にきりたんぽを食べたかった……なんて訳ないか。

 

「どっかのクラスがチョコバナナ売ってた気がするな…それでいい?」

「えぇ、勿論です。…因みに先輩、その時は誰かと一緒に回ったり?」

「誰かと?…んー、そりゃ皆の空き時間次第だね。流石に一人寂しく回るのは避けたいけど……」

「皆…えぇと、宮空…さんとかですか?」

「な、なんで今あ…宮空さんの名前を…?」

「いや、だって前に親しげに話してましたし」

 

またもや思わぬ事を言われ、さっき程じゃないものの俺は動揺。けど確かに慧瑠は俺と綾袮さんが話してる姿を最近見てる訳で、そう考えれば然程おかしな事でもない。それにそもそも綾袮さんはクラスメイトなんだから、一緒に回る事自体変なんかじゃ……

 

「…もしや先輩、彼女と深い仲だったりします?」

「ぶふ……ッ!?」

 

またもやまたもや思わぬ事、しかも三度目は慧瑠が普段ならまず言わないような言葉が出てきて遂に俺はむせてしまう。あ、あっぶなぁ…今ライトの操作中だったら、間違いなく変な方向に向けるところだった……。

 

「ほぅほぅ、その反応は……どういう反応で?」

「分かってないんかい…驚きの反応だよ驚きの。誰だって急にそんな事言われたら驚くっての…」

「そーですか?」

「そーなの…」

 

訊いておきながら慧瑠は、拍子抜けする程にあっさりした反応。俺をからかいたいのか単なる疑問だったのか、その後の言葉含めてほんと掴み所のない様子に何だか疲れてしまう俺だった。

 

「あぁ、終わった……ただライト動かしてただけの筈なのに、えらい疲れた……」

「お疲れ様です、先輩」

「今更感じの良い後輩ぶっても遅い……」

「えー、自分は他意なく労っただけなんですけど…まあともかく、チョコバナナ待ってますね」

 

公演終了と同時に一旦俺の仕事も終わり、一度生徒会室に寄ってから俺はフリータイムに。慧瑠とのやり取りで若干疲れてしまったけど…その分があっても尚まだやる気が残る位には、今の俺はワクワクしている。

 

「さって、まずは…クラスに帰還かな。あんますぐチョコバナナ持ってったら、慧瑠に『気を遣わせてしまった…』って思わせちゃうかもしれないし」

 

やや長めの独り言を言いつつ、俺は営業中の我がクラスへ。その道中すれ違う人は皆楽しそうな表情を浮かべていて、これだけでも文化祭は成功なんじゃないかなぁと思う俺。

で、俺がクラスの近くにまで行くと、そこには多少の人だかりが。見物人か、それともまさか外に並ぶ程大盛況なのかは分からないけど、少なくとも注目をされているのは疑いようのない事実。

 

「ただ今戻り……おぉ…!」

 

従業員専用扉(仮)から中には入った俺が、真っ先に感じたのは熱意。フロア担当の人は勿論、調理担当の人達もやる気に満ちていて、それが熱意となってクラスの中を包んでいる。

 

「あ、お帰り顕人君!…じゃなくて、お帰りなさいご主人様…かな?」

「…あ……た、ただいま……」

 

これなら注目だってされるよな、と思いながら教室の奥、お店としては『裏』に該当する場所へと移動した俺へ声をかけてきたのは、いつもに増して明るく楽しそうな声音の綾袮さん。

……いや、この表現は正しくない。正しくないってか、明らかに間違っている。だから訂正しよう。俺に声をかけてきたのは、明るく楽しそうな声音の、『メイド服を着た』綾袮さん。

 

「どうどう?多分初めて見る訳じゃないと思うけど、可愛いでしょ?」

「そ、それはまぁ……」

「まぁ?まぁまぁ可愛いって事?」

「う……まぁまぁじゃなく、凄く可愛いです…」

「でしょー?でもそのせいでわたし引っ張りだこなんだよね。いやぁ、人気者は辛いな〜」

 

くるり、と軽やかなターンでメイド服を見せてくれた綾袮さんは、どこから見てもご機嫌そのもの。曇りのない表情の綾袮さんに「凄く可愛い」を引き出された俺が恥ずかしくなる一方、引き出した方はと言えば絶賛調子に乗りまくり中。…でも、まぁ…ぶっちゃけてしまうとすれば……そんな生意気な態度なんて全然気にならなくなる程、むしろそれも『良い』と思えてしまう程、メイド服姿の綾袮さんは可愛かった。もうね、めっさ可愛い。

 

「…って、ん?なら、ここで話してて大丈夫なの?」

「うん、わたし今休憩中だもん。だから注文しても持ってきてあげないよ?むしろ何か飲み物を持ってきて欲しいかなー?」

「…持ってこいと?」

「持ってきて下さいな、ご主人様っ♪」

「ご主人様パシリにするメイドってなんじゃそりゃ…(くそう、可愛いなぁもう…!)」

 

言葉の暴力ならぬ、可愛さの暴力。その重い一撃を真正面から喰らった俺は凌ぎ切れず、綾袮さんの思い通りに飲み物を取りに行ってしまった。

 

(…何というか…理不尽だよなぁ、これは……)

 

取りに行く最中、ちらりと見たフロアサイド。今は綾袮さんが抜けているけど、代わりに妃乃さんが中心となってフロアを切り盛りしており、客足が遠退いた様子もない。

現在盛況となっている、うちの出し物。けれど、それは間違いなく企画や準備の賜物ってだけじゃない。お客さんの全員がそうだとは言わないけど、何割かは綾袮や妃乃さん、それに可愛い子や格好良い人を目当てに来てるんだろう。…個々の知恵や頑張りじゃ変わらない、ある種普遍的なアドバンテージってのは…やっぱり、理不尽っていうかズルいと思う。…容姿は本人が望んだものじゃないし、可愛い人格好良い人は他のクラスにだっているんだから、気にする必要もないんだろうけどね。

 

「はいお待たせ。…お客さんにはちゃんと接客してあげなよ?」

「もー、言われなくてもしてるってば。わたしが練習する姿、毎日見てきたでしょ?」

「そりゃまぁ、ね。見てきたってか、相手してきただけど」

 

引っ張りだこ、ということばは誇張じゃなかったのか、疲れを癒すように渡した飲み物をすぐに飲んでしまう綾袮さん。その姿に頑張ってたんだなぁ、と俺は感じつつ……ふと先程慧瑠に言われた事を思い出し、言う。

 

「…ところでさ、綾袮さん。俺暫く自由時間なんだけど…綾袮さんは?」

「わたし?わたしもこの後もう少しやったら自由時間だけど…あ、一緒に回ろうっていうお誘い?」

「…まぁ、有り体に言えば……」

「ほほーぅ。…でも、わたしもう皆と約束してるんだよね。顕人君、女の子の集団に混ざる勇気ある?」

「そ、それは…うん、またの機会にさせて頂きます……」

 

俺が思い出したのは、綾袮さんと深い仲なのか…という方ではなく、それより前の誰かと一緒に回るのかという質問。…まぁ、前者も思い出してた…っていうか、綾袮さんに声かけられて以降ずっと頭から離れてないんだけど…。……こ、こほん。

ともかくその言葉から「ほんとに一人で回るのは避けたいな…」と思った俺は訊いてみたものの、結果的にはこっちから取り下げる形に。…流石に、そのグループに加わるのはね…男一人って状況自体は家でも同じだけど、家の場合はその状態がデフォルトな訳だし…。

 

「ごめんね、折角誘ってくれたのに」

「いや、綾袮さんは何も悪くないんだから謝らないでよ。…千㟢もまだ手が離せないみたいだし、適当にぶらつくとしようかな」

「え、ぼっちで?」

「ぼっちでじゃないよ…誰かとだよ……」

 

基本学校じゃ千㟢とつるんでる俺だけど、千㟢以外にも仲の良い相手はそれなりにいる。という訳でその内時間の合った数人と共に校内を周り、その流れでチョコバナナを購入。暫く駄弁りながら楽しんだ後、その数人と別れ……土産を手に、生徒会室へと戻るのだった。

 

 

 

 

どうも、うちの出し物は中々盛況らしい。飲食系の出し物をした場合の平均ってもんを知らない以上、断言は出来ないが…まぁ少なくとも、閑古鳥が鳴いてる状態では、間違いなくない。

それは、良い事だろう。出し物ってのは、客が来てなんぼだからな。…だが、俺は知らなかった。想像も付かなかった。……客足が途絶えない状態というのが、如何に店側にとって大変なのかを。

 

「っと、出来た…!次はえーと、フレンチトースト三人分だったな…!

「そう!千㟢くん、頼める!?」

「はいはい任せろ…!」

 

怒号が飛び交う…って事はないが、ここ暫くずっと慌ただしい調理エリア。作っても作っても次の注文が来る。慌てて作る必要はない、それで怪我でもする方がずっと駄目だと言われてはいるものの、状況…というか雰囲気がどうにも俺達を急がせる。出し物が盛況なのは、クラスの一員として嬉しいが…だとしても忙しいもんは忙しいんだよな…!

 

(こんなんなら調理担当引き受けるんじゃなかった……って言いたいところだが、こっちが忙しいなら当然向こうも忙しいんだろうな…)

 

客が多くて忙しいなら、フロアの方だって大変な筈。そして慣れてる料理と違い、フロア担当ならやらなきゃいけないのはこれよりずっと面倒な接客。そういう意味じゃ、俺はまだ楽な方なのかもしれない。…まぁ、逆に接客の方が楽だって奴もいるとは思うが。

 

「ピザトースト二人前、お願ーい!」

「ピザトーストだな、頼んだ!」

「うん!」

「皆お待たせ、あたしは何作れば良い?」

「あーじゃあ一回食器の整理頼む!流石に邪魔になってきた!」

「食器…うわ確かに、これは邪魔だね…!」

「挽肉の日本風 〜マヨネーズを添えて〜一丁!」

「そんなメニューあるか!休憩中なら邪魔すんな!」

「あ、ご、ごめん……うひゃー、まさかフライパン持った悠耶君に怒られるとはね…」

 

注文を捌きつつ、休憩から戻ってきたクラスメイトに指示を出しつつ、意味不明な注文を出してきた綾袮を一喝。そんな事をしなから料理をし続ける事……えーと、とにかく長い時間。恐らく平時の数日分どころか数週間分位の料理を完成させ……やっと、客足が落ち着いてきた。

 

「あ"ー……疲れた…」

 

教室の奥で椅子に座り、脚を投げ出して休む俺。今は短い休憩じゃなく、完全な空き時間なんだが…なんかもう、出歩く気がしねぇ……。

 

「お疲れ様、凄く頑張ってたみたいね」

「…妃乃か……」

 

…と、思っていたところで不意に近くの机へ置かれた、ホットケーキ。この声は…と思って視線を動かすと、持ってきてくれたのはやはり妃乃。

 

「…………」

「……何よ」

「…や、何でもない……」

 

妃乃が着ているのは、見るからに手の込んでいる和装。よくもまぁ用意出来たなって位、文化祭の道具にしては出来が良く……目の保養になるな、うん。そりゃ綾袮とフロアのツートップになる訳だ。

 

「…………」

「何だその訝しげな目は…信用ならないってか?それとも褒めてほしかったか?」

「な…ッ!?前者よ前者!だ、誰が貴方なんかに褒められて喜ぶかっての!」

「へぇ……ならいいか。流石にそんな言い方されたら、俺も言うのは気が引けるしな」

「え……?そ、それって…」

「さーて、ホットケーキ食べるとするか」

「ちょっと!?何普通に食べ始めようとしてるのよ!?今のは!?今のは何なの!?」

「冗談だ」

「あ、そうなの……冗談!?はぁぁ!?」

 

英気回復を兼ねて妃乃を弄ると、思った以上に妃乃は愉快な反応を返してくれた。妃乃もフロアでそれなり以上に疲れている筈だが、立て続けに全力突っ込みが出来る辺りは流石協会のトップエース。…うん?実際のところ、和装の妃乃を見てどう思うか?……さぁて、な。

 

「折角労って余りのホットケーキ持ってきてあげたってのに…ふん!飲み物は自分で取ってきなさいよね!」

「…って事は、飲み物も最初は持ってきてくれるつもりだったのか」

「うぐっ…ほんとムカつく……」

 

更に妃乃を弄ってみると、今度は恨めしそうな視線が俺に。これ以上弄るのは危険だと判断した俺はここで打ち止めとし、ホットケーキへと目を移す。…ちょっと冷めてるな…余りなんだから当然っちゃ当然だが……。

 

「…悪いな、わざわざ持ってきてくれて」

「…貴方の頑張りからすれば、この位当然の報酬よ。途中からは調理担当の実質的なリーダーみたいになってたし」

「あれはまぁ、流れでそんな感じになっただけだ…てか、報酬これだけなの…?」

「それを言うならそもそも私が報酬を用意しなきゃいけない道理もないんだけど?」

「…正論で返すな正論で……」

「普通の事言っただけだけどね。…でもま、疲れてるなら何か買ってきてあげてもいいわよ?どっちにしろ私、今から暫く回ってくるし」

 

…という事はつまり、妃乃はわざわざホットケーキを持ってきてくれたどころか、わざわざ出る前に俺を労いに来てくれたって事になる。……あ、ヤバいなこれは…流石にこうなると、さっきの弄りが申し訳なくなってくる…。

 

「…で、どうするの?特に欲しいものないなら私もう行くわよ?」

「あ、お、おう…そうだな、何かボリュームのあるものを頼む。…それと、あれだ……」

「…あれ?」

「…やっぱ何でもねぇ……」

「はぁ…?…何が言いたいのやら……」

 

急かされ要望を伝えた俺は、そこから謝罪をしようとし……だが結果は言えず終いで、代わりにホットケーキを一口放り込む。…弄った事を謝るなんて柄じゃないとはいえ、今のは恥ずいな…それなりの年月生きてる癖になる情けねぇ……。

そんな思いを抱く俺の口の中で、ふんわりと広がるホットケーキの味。蜂蜜やバター無しでもほんのり甘く、食感も悪くないこのホットケーキは何故かとても馴染み深く……って、ん…?

 

「……あー…」

「…今度は何よ」

「いや、多分これ……さっき俺が間違って余分に作ったやつだ…」

「…あー……」

 

──別に不運じゃない。何か困ったり、嫌な思いをした訳でもない。だが、申し訳と思った癖に言えなかった俺を嘲笑うように……何とも言えない展開が、この時俺の元へと訪れていたのだった。


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