双極の理創造   作:シモツキ

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第百十五話 楽しかった、だからこそ

「くっ…俺はもう、駄目みたいだ…篠夜、俺の事は気にせず先に……」

「あ、うん。言われなくてもそのつもりだから」

「……ノリ悪いなぁ…」

 

だらんと銃を持つ腕を垂らし、血も涙もなさそうな顔で標的を撃ち抜き続ける篠夜へと俺は文句をぶつける。……が、別に今は戦闘中でもなければ、何かに襲われている訳でもない。今俺と篠夜がいるのは…ゲームセンター。

 

「よっし、次…!」

 

ゲームセンターに銃、というだけで分かるとは思うが、やっているのはガンシューティングゲーム。言葉通りにゲームオーバーとなった俺を軽くスルーし、篠夜は次のステージへと挑戦していく。

 

(…楽しんでんなぁ……)

 

引き金を引き標的を蹴散らしていく篠夜の表情は、普段の様子からは想像もつかない程に明るく楽しげ。…一応篠夜の名誉の為に言っておくと、篠夜はゲーセンに来た時点から結構楽しそうだったのであり、別に蹂躙衝動があった…とかではない(と思う)。

 

「……なぁ篠夜」

「何?」

「見てるだけってのもアレだから、後ろから邪魔してもいいか?」

「いいけど蹴るわよ?後セクハラされたって通報するわよ?」

「……なんか飲み物、買ってきますわ…」

 

幾らボケがボケだからって、反応がマジ過ぎる。活字じゃ分からないと思うが、今の篠夜はちょっとでも邪魔しようものなら即座に後ろ蹴りからの通報コンボを決めてきそうな声音だった。

という訳で、二種類のジュースを買ってきた俺。あんまりゆっくりしていたつもりはないが…戻ってきた時、篠夜はゲームを終えていた。

 

「ほらよ、どっちか選べ」

「…じゃ、林檎で」

 

俺が缶を差し出すと、篠夜は素直に片方を選択。プルタブを開け、口元へと運び、中のジュースをぐっと一口。

 

「…ふぅ……」

「クリア出来たのか?」

「最終面で失敗した」

「そうか、惜しかったな」

 

もう片方のジュースを飲みつつ口にした質問に対し、返ってきたのは簡素な反応。だがそこに若干の悔しさはあれど不満さは感じられない辺り、満足自体は出来たらしい。

 

「…これ、幾らだった?」

「あー、代金なら要らねぇよ。どうせ高かった訳でもないしな」

「そう、なら次行くわよ。ほらさっさと飲んで」

「一息位ゆっくりつかせろよ…」

 

空調が効いていても尚感じるゲーセンの熱気と熱中による体温上昇で多少汗をかいていたのか、割と早くジュースを飲み干した篠夜。その篠夜に急かされて俺もジュースを飲み干し、そさくさと次のゲームへ。

 

「…フリースローゲーム?…篠夜が?」

「何か言いたい訳?」

「三投位でバテるんじゃね?」

「失礼ね、ワンゲーム位は普通に出来るわよ」

「うん、『ワンゲーム位は』の時点でアレな気はするけどな」

 

軽口からの突っ込みを間に挟んで、俺達はフリースローゲームを開始。別にこれは描写するような点も無かったから飛ばすが…俺はまずまずの結果、篠夜は酷い結果だった。それはもう、外れまくっていた。

 

「これだから画面上じゃないゲームは……」

「罪もないゲームをdisるなよ…後自分でこれやるって決めたんだろうが……」

「ふん、まぁいいわ。やってみたかっただけだし」

「はいはい…次は何やるんだ?」

「そうね…じゃ、映画で」

「映画?」

 

不満を零しつつも言う程荒れていない様子の篠夜が次に選んだのは、ゲームではなく何と映画。全くもって脈絡のない言葉に、一瞬嘘かと思ったが……どうやら篠夜は本気らしい。

 

「何か見たい映画があるのか?」

「見たいものなしに映画館なんて行かないでしょ普通」

「んまぁ、そらそうだが……」

「あ、先に言っておくけど映画館の中じゃあたしのすぐ隣には座らないでよ?カップルだと思われたら嫌だし」

「へいへい…(こうして並んで歩いてる時点でアウトじゃね?…ってのは言わない方がいいんだろうなぁ…)」

 

それから俺達は携帯で調べた近くの映画館へと向かい、間に一席挟んで視聴。見た映画は最近CMでもやっていたからその存在を知ってはいたが……ポップコーンの味と結構真剣に見てる篠夜の横顔しか思い出せない辺り、俺の趣味には合わなかったんだろう。

 

「ふぁぁ……」

「がっつり寝てたわね、あんた…」

「いやいや寝てねぇって、寝てたから思い出せないとかじゃねぇよ」

「それ誰に対して言ってんのよ…にしても、寝てるあんたの顔は見ものだったわ」

「なんだ、映画より俺の顔見てたのか。年頃なんだなぁ篠夜も」

「な…ッ!?ば、馬鹿な事言ってんじゃないわよ馬鹿!あたしは偶々見ただけ!誰があんたの顔なんか…!」

 

思った以上に強く反応し、怒りからか顔を赤くして否定する篠夜。…なんか俺、段々篠夜が冷めた顔でスルー出来るネタと真に受けるネタの区別が分かるようになってきたかもしれないなぁ…。

 

「最悪……ほら、折角の気分を台無しにしたんだから残りのポップコーン処理しちゃってよ。どうせあんたはまだ食べられるんでしょ?」

「そりゃ食えるが…捨てはしないんだな」

「目覚め悪いじゃない、まだ食べれるのにそのまま捨てるなんて」

「…そうだな」

 

二割程残ったポップコーンを受け取り、ささっと俺は口に運ぶ。そして食べ物を大事にしつつも自分の物を他人に食べさせるという、立派なんだかそうじゃないんだかよく分からない姿勢を見せてくれた篠夜は、俺が食べている間携帯を弄っていた。

 

「ご馳走さん、っと。次はどうするんだ?まさか映画館の梯子はしないだろ?」

「する訳ないでしょ。次は洋服……」

「…洋服?」

「……やっぱこれは無しで。流石にあんたじゃね…」

「酷い言いようだな…反論はしないが」

 

そんなやり取りをしながら俺と篠夜は映画館の外へ。どうも次の目的地は決めかねているらしく、暫くはぶらぶらと散歩をしているような形になった。

 

「……あれ?」

「どうかしたか?」

「いや…ここ、ゲームショップじゃなかった?」

「ん?あぁ…ここにあったゲームショップは大分前に閉店したな」

 

その最中、ある土地を見て首を傾げた篠夜。確かにそこには昔、ゲームショップがあったが…今は単なる駐車場。俺達若者からすれば、何も嬉しくない変化である。

 

「そう…まさか知らない間にゲームショップが駐車場になっちゃってるなんてね…」

「…正しくはゲームショップから靴屋になって、そこも閉店して駐車場になった、だけどな」

「え?……時代の流れって、容赦ないのね…」

 

靴屋、ではなくゲームショップと言った時点で薄々予想はしていたが、篠夜のここに対する認識はかなり前で止まっているらしい。…時代の流れは容赦ない、か…まさかこんなところでそんな言葉を聞くとはな……。

 

「ゲームショップも靴屋も、ネットショッピングの波には勝てなかったのさ…」

「…何その演技してます感ありありの態度」

「いや、別に…(緋奈や御道なら乗ってくれるんだけどなぁ…って、篠夜にそれを求めるのもお門違いか……)」

 

靴屋の段階ならともかく、駐車場に見所なんてある筈もなく俺達はまた歩き出す。その内に篠夜が言い出したのは、近くの山に登りたいというこれまた篠夜らしからぬアグレッシブな要望。

その山は別段有名でもなきゃ標高が高い訳でもない、言ってしまえばありふれた山。ある程度までは普通に道も舗装されているという事で、まぁいいかと俺は首肯したんだが……

 

「はぁ…はぁ…ふぅ…はぁ……」

「…………」

 

まあまあ早い段階から、当の篠夜がご覧の有様だった。坂とはいえ、舗装されている道でこの疲れよう。もし本格的な登山をしていたとすれば……最悪救助隊のお世話になっていたかもしれない。

 

「…大丈夫か?」

「だ、大丈夫…よ…見縊ら、ない…でよね……」

「見縊るも何も…はぁ……」

 

手を貸しても休憩を提案しても文句を言われる。そう感じ取った俺は、転んだ場合に備えて注意しつつも黙って篠夜の好きにさせる事を選んだ。

そうして数十分後。それなりに景色の良い山の中腹、俺一人なら今の半分程度の時間で着いていたであろう場所で、漸く篠夜は足を止めた。

 

「つ、着いたぁ……」

「着いたも何も、本格的にキツいのはこっから先なんだけどな」

「うっさい…あたしは、ここまで登れれば…それで十分なのよ……」

「へいへい。…良い風が吹くな、ここ」

 

街中に比べれば高い上に開けたこの場所は、適度に涼しい風が吹き抜けて凄く気持ちが良い。それは思わず頬が緩んでしまう程で、篠夜も心地良さげな表情を浮かべながら近くのベンチに腰を下ろした。篠夜の場合、疲れてる分余計にこの風が心地良く感じられるんだろう。

 

「…………」

「…………」

「…景色も、良いわね……」

「そうだな。綺麗って訳じゃないが…見晴らしが良いってのはいいもんだ」

 

「良い」と「いい」が被ってしまったが、俺は詩人でも特別ボギャブラが豊富な訳でもないんだから咄嗟にこうなってしまうのは仕方ない。

 

「ここまで来た甲斐があったわ」

「…年寄り臭いぞ」

「風情を感じられないからそう思うのよ」

「じゃ、具体的にどんな感じなんだよ風情って」

「…………」

「聞こえてないフリすんなよ……」

 

疲労からか切れ味の落ちた毒舌に言葉を返しつつ、篠夜の座るベンチの隣に立つ。

軽口はともかく、篠夜が来て良かった…と思っているのは確かだろう。少なくとも、篠夜の声音からはそういう感情が伝わってくる。…だから、俺は数拍置いて静かに言う。

 

「…満足、出来たか?」

「…満足?」

「楽しめたか、って事だ。…篠夜、出掛けたかったんだろ?」

 

…それは、初めから気付いていた訳じゃない。今日一日の中で少しずつ感じて、そうなのかもと思って、漸くここで直接訊ける位の感覚になった、篠夜の思いに対する予想。

否定するか、黙り込むか、或いはそもそも俺の勘違いか。訊いてからの数秒間で、俺は考え……俺が待つ中、篠夜はゆっくりと首を縦に振った。否定でも、黙秘でも、勘違いでもない……肯定を、した。

 

「……えぇ、楽しかったわ。あんたに嵌められた時は本気で不愉快だったけど…それでも、楽しかった」

「…なら、良かった」

 

俺が相談をした時に近い、だがその時以上に静かな声で答えの言葉を返した篠夜。俺も篠夜も向き合わず、ベンチとその隣から景色を眺める中で篠夜は続ける。

 

「あたしは、好きで引き籠ってる訳じゃないのよ。外に出たくなくて、いつも部屋にいた訳じゃないのよ」

「…部屋でも、そんな事言ってたな」

「そういえば、そうだったわね……あたしの家族は、碌に外に出られないあたしの事を心配してくれたし、気にもかけてくれた。今だってそれは変わらなくて、それをありがたいとも思ってる」

 

良い風に吹かれてその気になったのか、疲れで心が緩んだのか、それとも最初から話すつもりだったのかは分からないが、篠夜は一人話し出した。ちらりと横を見ると、そこでは篠夜が遠い目で……けれど景色は見ていないような目で、広がる景色を見つめていた。

 

「…けど、皆あたしの事を思ってはくれても、理解はしてくれなかった。あたしの幸せを考えてはくれたけど、あたしの思う幸せの応援はしてくれなかった。…なんでだと思う?」

「……仲良く、ないのか…?」

「そんな事はないわ、さっきも言ったけど心配してくれてるし。……皆、あたしはちゃんとした判断が出来ないって思ってるのよ。外に出られないから、普通の霊装者…ううん、普通の人みたいに生活出来てないんだから、狭い見識でしか世の中を見られてないって。…だからいつも、否定されるわ。そんな生活してたら駄目になるぞ、ってね」

 

憂いを帯びた、篠夜の横顔。何歳なのかは知らないが…とても年下には見えない、普通の十代だったら浮かべる事すらないような、そんな顔を篠夜はしていた。

 

「…そんな事は、ねぇだろ。そりゃ、篠夜は捻くれてるが…見識が狭いなんて感じた事はねぇし、俺でもそれは分かるんだから家族だって……」

「あるのよ、少なくともあたしの家族の中では。あたしの家族は、あたしの事をそう思ってる。…厄介よね、無知だとか見識が狭いだとか思われるって。だってそう思われてる限り、何を言っても『そう思うのは知らないからだ』って処理されるんだから」

「…それは……」

「…そうよ。あんたに言ったのは、あたしの体験談。だから、そうね…あの時のあたしは、ちょっとだけあんたと妹さんに自分と家族を投影していたのよ」

 

言いかけて止まった俺に頷いて、篠夜はあの時の真実を語った。

それは、決め付けじゃないか。…言いかけたのは、そんな言葉。俺が緋奈に向けていたのと同じ、勝手な思い。相手の見識が狭いと言いつつも、実際に狭くなっていたのは自分の視界だっていう、酷く身勝手な思いの押し付け。…あぁ、だからあの時の篠夜は…悲しそうな顔だったのか。

 

「…あんたは、良い奴よね。ちゃんと自分の決め付けに気付いて、自分でそれを取っ払って、妹さんとまた話し合いをしたんだから」

「…そうでもねぇよ。俺は気付いたんじゃなくて、気付かされただけだ。篠夜と話してなかったら、きっと俺は気付かないままだった」

「でも、今は違う。気付かないままと、気付くのとじゃ差は歴然よ。例えそれが、自分一人で気付いたものじゃなくてもね」

 

そこまで言って篠夜は一度話を区切り、俺に向けて小さく笑う。

あの篠夜が、俺を良い奴だと言って、俺に対して笑みを浮かべた。…だから、伝わってきた。篠夜にとってそれが、どうにもならない家族との不理解が、どれだけ心の重荷なのかを。

本来家族ってのは心を許せる、心の安寧を得られる相手なのに、その相手に理解されないとしたら……そんなのは、辛く悲しいに決まってる。

 

「…篠夜……」

「…悪いわね、ここまで付き合わせた挙句、面白くもない話をしちゃって」

「…そんな事で謝んなよ。俺は別に……」

「でもね、いいの。あたしは協会に今の生活を保証されてるし、この生活も結構気に入ってるし。それに…久し振りに今日は、出掛ける事も出来た。…だから、いいの。あたしは今のままで…このまま、何も変わらなくたって」

 

小さく勢いを付けて、立ち上がる篠夜。休んだからかさっきよりも足取りは軽く、声音も自分の事を語り始める前と同じトーンにまで戻っていて……なのに浮かべる笑顔は、これまでで一番悲しそうだった。辛くて、悲しくて…けれどもう諦めてしまった、何とかしようという気持ちも擦り切れてしまった人間の浮かべる、喜びなんて何もない笑顔。

──嗚呼、俺は知っている。その悲しい笑顔を。俺には分かる。その笑顔を浮かべる人間が、心の中に抱く気持ちを。だって、それは…その笑顔は……

 

「…ほんとに、良い景色よね。あんたには…普通の人にはなんて事ない景色なんだろうけど、あたしにとっては本当に良い景色に見えるの。…風情とか、そういう話じゃなくってね」

 

ベンチの前、崖の側にまで歩いていった篠夜は手摺に手を置き広がる景色に思いを馳せる。…篠夜にとっては、景色そのものよりも『外で景色を見る』という行為そのものに意味があるんだろう。部屋の中やTVで見るんじゃない、景色も空気も気温も全てをひっくるめて、「良い景色」だって言ってるんだ。

そして、そんな篠夜は振り返った。視線を景色から俺に向けて、その悲しそうな顔を俺に見せて。

 

「…ありがと、今日は付き合ってくれて。今日は色々楽しかったけど、やっぱりそれはあんたがこうして付き合ってくれたおかげよ。だからあんたには…感謝してる」

「……っ…篠夜、俺は……」

「…ねぇ、最後に聞かせてよ。あんたは…あんたは、今日一日楽しめた?それともやっぱり、気分悪かった?」

 

そんな表情は見ていられない。…その思いで言いかけた言葉に被せるように、篠夜は俺に訊いてきた。楽しかったか、と。

まさか、そんな事を訊かれるとは。あの篠夜が、俺の気持ちを気にするとは。……なんて事は、微塵も思わなかった。そして、俺は……楽しくなかったなんて、気分悪かったなんて…思う、訳がない。

 

「…俺も楽しかったよ。篠夜が楽しんでいる姿を見るのは悪い気分じゃなかったし、篠夜がどう思っているかは知らないが…俺はそもそも、篠夜との会話をいつも楽しんでるんだからな」

「…そ、っか…それなら、あたしも良かった……」

 

今日も、散々篠夜には毒を吐かれた。何から何まで全て楽しかった…とはとても言えない。だが、何もかもとは言えないのは緋奈や妃乃と出掛けたとしても同じ事で……例えマイナスな事があったとしても「良かった」と断言出来る程、俺は今日一日楽しめた。楽しんだし、楽しませてもらった。…勿論、一番の理由は借りを返すって事だが…それだけだったら、目的を達成した後も一緒にいようだなんて思わない。

そして、俺の答えを聞いた篠夜は……笑った。これまでの悲しそうな笑みではない、ほんの少しだけど嬉しさを感じさせる笑みで。

篠夜の顔から、あの表情が消えた。別の…もっと明るく温かい表情にする事が出来た。それが、俺にとっては嬉しく、また安堵も出来て……だが次の瞬間、俺は何か変だと感じた。

 

「……篠夜?」

 

俺が違和感を抱いたのは、言葉のおかしさ。言葉が止まった時、俺はそこで言い切ったんだと最初思ったが……違う。それは篠夜が自分から言い切ったんじゃなく、篠夜の意思関係なしに途切れていた。

それだけじゃない。いつの間にか…いや、ほんの一瞬の内に、篠夜の表情は強張っていた。そして……

 

「……っ…ぅ、ぁ…」

「篠夜……おい篠夜!」

 

ふらり、と酷い目眩に襲われたが如くふらつく篠夜の身体。しかも運の悪い事に篠夜が今いるのは崖のすぐ側で、手摺は精々腹部の辺りまでしかない高さ。

不味いと思った。前や横ならいい。良くはないが、それなら精々擦り傷や打撲で済むのだから。だが、後ろは…後ろだけは不味い。絶対にそっちだけは、手摺を超えて倒れる事だけは、あってはならない。だが……最悪の事態は、いとも簡単に現実となる。

 

「……──ッ!」

 

気付けば俺は、駆け出していた。十歩にも満たないであろう、数秒もかからないであろう距離を、全力で、一心に。

それでも、間に合わない。数秒にも満たなくても、一瞬よりは長過ぎる。一瞬の出来事相手じゃ、時間が足りな過ぎる。そしてそんな現実を突き付けるように、一際大きくふらついた篠夜は──崖の外へと、落ちていった。


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