双極の理創造   作:シモツキ

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第百四話 君臨する者の格

双統殿の廊下を歩く、二つの影。独特の雰囲気を放つその二人は、片や愉快そうな薄い笑みを、片や考え込むような思案の表情を浮かべている。

 

「通信を聞いていた際にも、中々胆力のある少年だとは思ったが…まさか、あんな事を言い出すとはね」

「えぇ。私も流石にあれは予想外でした」

 

その二人とは、他ならぬウェイン・アスラリウスとゼリア・レイアード。彼等が話しているのは、つい先程閉会となった会談における意外な出来事。御道顕人による『訂正報告』は、終わった後早速ウェインが話に出す程衝撃的且つ、予想だにしない内容だった。だからこそウェインは愉快そうにし、ゼリアは思案を続けていた。

 

「…御道顕人の魂胆は、何だったのでしょうか。あれでは自らの立場を悪くし、無意味に状況を混乱させるだけとしか思えません」

「はは、確かにそうだね。魂胆の内容に関わらず、特攻紛いの行動だったとは僕も思うよ。…っと、こういう表現は不味いんだったかな?」

「いえ、その程度なら問題ないかとは思います。…しかし……」

 

顕人が行ったのは、ゼリアの言う通り凡そ普通の事ではない。本来あった出来事を間違いとし、ありもしない事を訂正として話すなど、端的に言って利敵行為。霊源協会とBORGは友好的な関係を築いていた為その表現は些か語弊があるのだが、彼等を糾弾しようとしていた宮空刀一郎と時宮宗元にとっての大きな根拠を一つ潰し、BORGにとっては秘匿したままでいたい事実の隠蔽を援助した事には変わりない。そして何より、そこまでして一体何を得られるのかが、ゼリアに思案をさせていたのだった。

…が、それはあくまで彼女の話。彼女の言葉に含みのある返答を行ったウェインに対し、ゼリアは訝しげな視線を向ける。

 

「…貴方には魂胆が…何故そうしたのかが分かっているような口振りですね、ウェイン」

「いいや、僕にも分からないさ。けれどあの時、彼は確固たる意志を…願いを灯した瞳をしていた。つまり、それだけの事をするだけの理由があったって事だよ、彼にはね」

「…そんな事は分かっています。私はその理由を考えているんですが?」

「うん、我ながら今のは的外れな回答になってしまったね。……まぁ、何れにせよ…面白い少年じゃないか、彼は」

 

半眼で返された事でウェインは肩を竦め、それから再び愉快そうに笑う。曇りのない、混じり気もない、されど得体の知れない何かを感じさせる彼の笑み。それを見たゼリアは嘆息し……そうですね、と軽く頷くのだった。

 

 

 

 

やり切った感じはある。後悔なんてしてないし、終わった今だってやっぱりこれはやるべき事だったと思ってる。それは俺が望み、俺が願った、本気の思いだったんだから。

だけど、『後悔してない=何も怖くない』って訳じゃない。やりたい事をやり切ったんだから、その結果起こる事は何であろうと致し方なしとは考えてたけど、出来る事なら自分にとって不都合な事は避けたいと思うのが人間というもの。

…なんて、格好付けたってしょうがない。白状しよう。俺は……シンプルに怒られるのが怖いのである。

 

「…………」

 

会談が終わった後、言うまでもなく俺と綾袮さんは刀一郎さんに呼び出された。もうこれは絶対に怒られるパターンだよ…と、普段あまり怒られない分余計に気を重くしながら刀一郎さんの執務室前へと移動したのが数十分前。まず綾袮さんが中へと呼ばれ、俺はただひたすらに待っている。

 

(…それに、申し訳ないな…俺のしたい事に綾袮さんを付き合わせちゃって……)

 

そうする他に手段がなかったとはいえ、綾袮さんも同意の上だったとはいえ、綾袮さんは橋渡しとしての役目しかしていない。にも関わらず怒られる事となった綾袮さんに対して俺は強い負い目を感じていて、自分が怒られる事より綾袮さんが怒られる事の方が嫌だった。綾袮さんは、悪くないのにって。

 

「……でも、非がない…って、事もないんだろうな…」

 

けれど、綾袮さんが怒られるのは当然の事だ…そう思っている自分もいた。立場には責任が付きもので、綾袮さんは謂わばその立場を私的に利用したんだから。例え橋渡しだとしても、状況をひっくり返すような俺の行為を手助けした事には変わらないんだから。…そして、それを綾袮さんが理解していない筈がない。理解した上で尚、綾袮さんは俺に力を貸してくれたんだ。…だから俺は、綾袮さんへの感謝を絶対に忘れちゃいけない。

 

「……綾袮さん…」

「ふへぇ…呼んだ〜…?」

「うん、呼んだ……うぉっ!?あ、綾袮さんいつの間に!?」

 

感謝と負い目、その両方の気持ちから名前を呟いた俺。それは完全に独り言のつもりの発言で、けれど驚く事に返答がきて……声の主は、へろへろになった綾袮さん本人だった。

 

「いつの間にっていうか、今出てきたところだよ…ほら、行こうか顕人君……」

「行くって……あ、はい…」

 

どこへ?…と訊こうとしたものの、綾袮さんが今し方出てきたばかりの扉へ再び手をかけた事で行き先を理解した俺は、内心ビビりながら彼女の横へ。ドアノブが回され扉が開く中、俺は気持ちを切り替え自身を奮い立たせる。

 

(きちんと謝るべき事は謝って、反省すべき事は反省する。…けど、胸を張れ俺。これは俺が、思いを貫いた先の結果なんだから…!)

 

綾袮さんと共に、執務室の中へと入る。その瞬間肌に感じる、口の中が一気に乾いていくような威圧感。

 

「…待たせたな、顕人」

「…は、はい」

 

片手の肘を机に突いて座る刀一郎さんに声をかけられ、緊張しつつも俺は答える。既に若干胸を張れているか不安なところだけど…胸を張れていなくても、気持ちだけは折れちゃいけない。…いや、今更折れる筈がない。

 

「綾袮から、事のあらましは聞かせてもらった。…あれは、お前の意思によるものだったんだな」

「…そうです」

「…どこまでが嘘だ」

「それは…ご想像にお任せします」

 

ご想像にお任せする。それはなんて曖昧で、ちゃんとしていない答えだろうか。…けど、これが俺の出来る最大の答えだった。これ以上事実を歪めたくはない、けれど正直に話す訳にもいかない俺には、こうして返す他にない。そして、それが俺の勝手な都合である事も…十分分かっている。

 

「……あれが、お前のしたい事だったのか」

「はい」

「あれのせいで、協会として考えていた対処は大きな変更をせざるを得なくなった。何故だか分かるな?」

「…あの場における証言者は四人。その内二人はBORGの人間で、綾袮さんも最初からいた訳ではない。よって最も信憑性及び正確性のある証言者が私であり……その証言がひっくり返った結果、BORGを糾弾し切れなくなった」

「その通りだ。…全て理解していたからこそ、動いた訳か」

 

刀一郎さんは、俺を睨んでいる訳じゃない。にも関わらず、俺は下手に睨まれるよりずっと恐ろしく感じている。

言った通り、言われた通り、俺は全部分かっていた。俺の発言が最も力を持っている事を、真実は変わらずとも、俺の証言次第で『事実』は変わってしまう事を理解していたから、それを利用させてもらった。更に言えば、綾袮さんも口裏合わせをしてくれている訳だから、協会側の証言は完全に糾弾の材料にならなくなっている。そうなれば残る証言はロサイアーズ姉妹のものだけとなり、BORGの人間且つ、綾袮さんを襲おうとしていた二人の証言だけで糾弾なんて出来る訳がない。

 

「……何故そうした。あの日あの場で、BORGから何か脅迫でも受けたのか?」

「いえ、脅迫も取り引きもありません。あれは私の意思で行った事です」

「ほぅ…BORGに恩でも売りたかったのか?」

「いいえ。私は…私は、守りたいものと貫きたいものの為に行動したまでです。それ以上でも、それ以下でもありません」

 

剣呑な雰囲気のままの質問が続く。何とか表面は取り繕えても、内心は心臓ばっくばく。…けど、緊張していても、気圧されていても…それだけははっきりと言う事が出来た。あの日も今日も、俺は俺の意思の強さに我ながら少し驚いている。

 

「……では、何か他に言いたい事はあるか?あるなら言ってみるがいい」

「…………」

 

恐らくそれは、最後の質問。もっと言えば、弁明したいのならすればいいという意図の言葉。多分、ここで何か言えば何かしら意味はあるんだろうけど……俺は何も言わなかった。思い付かなかった訳じゃないけど、ここにきて小手先のゴマすりなんかしたくなかった。それが俺の、意思を貫いた俺の意地。

何も言うつもりがない事を悟った様子の刀一郎さんは、黙って俺の目を見つめている。俺もその視線から逃げる事はせず、真っ直ぐに視線を向け返す。そして数秒間の時間が過ぎ、刀一郎さんは小さく息を吐いて……言った。

 

「…ならばもう良い、下がれ」

「はい。……え、はい?」

「…聞こえなかったか?」

「い、いえ聞こえました…聞こえました、が……」

 

発されたのは、まずないだろうと思っていた命令。どんな言葉だろうと受け止めるつもりだった俺は、反射的に一度首肯し、それから意味が分からず訊き返した。だって、そうだろう?まさか…トップのしようとしていた事をおじゃんにしておいて、それで不問になるなんて事があるのか…?

 

「不服か?」

「そ、そうではありません…けど、それで…宜しいのですか…?」

「いいからそう言っている。だが、これだけは言っておこう」

 

 

 

 

「──驕るなよ、小童が」

「……っ!」

 

声を荒げる事もなく、静かにただ一言そう言った刀一郎さん。言葉としては、たった一言。けれどその一言は、ずしりと俺の心にのしかかった。一瞬で汗腺全てが開いたんじゃないかと思う程に、緊張の汗が噴き出した。……それ程までに、刀一郎さんの言葉は重かった。

何とか了解の言葉を絞り出して、俺はそこから退室する。執務室の扉を閉じて、向かいの壁まで歩いて、そこに背を預けた瞬間どっと疲れが押し寄せる。…俺は、俺の意思を貫いた。それが出来て一安心だし、出来た事を喜ぶ気持ちもある。けど、今は……圧倒的過ぎるその威圧感で、頭の中が一杯だった。

 

 

 

 

何度経験しても、長期休暇の終盤になると「あっという間だったな…」という気持ちになる。これは何も長期休暇だけじゃなく、大概の物事に言える事。…けれど今年の夏休みは、本当にあっという間だったと思う。それは主に、霊装者絡みの色々で。

 

「喉元過ぎれば熱さ忘れる、とは言うけど…それも限度があるよなぁ……」

 

夏休みも終盤のその日、退院からのトンデモ行動に移ってから数日経った日の夕方に、俺は夕飯を作りつつそんな事を口にした。

何が言いたいかといえば、それはゼリアさんから喰らった一撃の事。もう傷は意識が戻った日の内に塞がったし、痛みが残ってるって訳じゃない。けど思い出そうと思えば結構はっきり思い出せる程度には、あの時の痛みは俺の脳裏に焼き付いていた。

 

「にしても、ほんと凄ぇよ霊装者……」

 

菜箸で鍋の中の素麺を軽く回しながら、服の胸元を摘んで脇腹を覗く。

ガリガリじゃない程度に痩せている、力強さはそんなに感じない俺の身体。あの時、この脇腹を確かに俺は斬られていて……にも関わらず、傷痕は殆ど残っていない。あの治癒は、傷痕すら残さない程の技術だった。勿論、綾袮さんを始めとする治療を行ってくれた人達が優秀だったからかもしれないけど…凄い事に変わりはない。

 

「…上には上がいるんだから、実力もそうだが頭や精神ももっと鍛えなきゃだよな……」

 

島に行ってから今に至るまで、色々な霊装者を見てきた。一番印象に残っているのはやっぱりゼリアさんだけど、訓練の中での模擬戦でも俺より実力に勝る人の事は何人も見た。そして戦いは、純粋な戦闘能力だけが物を言う訳じゃない。戦術や駆け引きだって大切だし、ラフィーネさんフォリンさんを連れて行かれずに済んだのは…自分で言うのはちょっと恥ずかしいけど、俺があそこで踏み留まったってのも一因の筈。更に言えば、戦いは戦場だけて起こるものでもない訳で……ただ実力的に強くなるだけじゃ、どっかで俺は行き詰まる。気の早い考えな気がしないでもないけど、早い内から考えたって損はない筈。…っていうか、今回の件みたいにいつ何があるか分からないんだから、その内に…なんて思ってられない。

 

「…ラフィーネさんに、フォリンさんか…元気にしてるかな……」

 

そこでふと、二人の事を思い浮かべる。しでかした事がしでかした事なせいか、あれからも俺は二人と会えていない。綾袮さんから話を聞く限り、俺の行動が功を奏して二人が酷な処分を受ける事にはなってないらしいけど、何も分からないというのはやっぱり不安を感じてしまう。…それに、今後二人がどこかに行ってしまうのなら、せめてその前にもう一度話がしたい。元気ならばそれだけで良い…って思える程、俺は大人じゃないんだから。

…と、そんな事を思いながら茹でた麺をザルに移し、冷水で締めていたところ、ポケットの中の携帯が鳴る。

 

「綾袮さんか…もしもーし、どうしたの?」

「うん、急で悪いんだけど、今日二人家に来る事になったの。…夕飯、追加で用意出来る?」

「ほんと急だね…でも何とかなるかな。素麺ならまだ余裕があるし」

 

麺はそのままもう二人分茹でればいいし、おかずの野菜も冷蔵庫にまだある。その確認をして俺が返答すると、電話の向こうからはほっとしたような声が聞こえてきた。

 

「顕人君、もう一人前の主夫さんだね」

「いやいやまだまだ発展途上だよ。…ってか、そもそも主夫じゃないし…もしかして綾袮さん、移動中?…電話は短めに済ませたい感じ?」

「ううん、移動中だけど大丈夫だよ?」

 

今のご時世男であろうと家事はそれなりに出来た方がいいとは思うけど、高校生にして一人前の主夫になるのは何か色々変な気がする。後、半年弱で母さん並みの家事スキルが身に付く訳がない。それは流石に全国の主婦及び主夫さんを軽んじ過ぎだと俺は思う。

…というのはさておき、電話の向こうからは蝉の鳴き声やら車の走る音やらが聞こえてくる事から、移動中ではないかと判断した俺。けど、俺はただ気になった事を口にした訳じゃない。

 

「…じゃあさ、綾袮さん…色々、どうなってるのかな…ラフィーネさんフォリンさんの事も、俺が殆ど不問にされた事も……」

「…やっぱりまだ気になるんだね。二人の事は勿論だけど、もう一つの方も」

「そりゃ、処罰される事も覚悟してたのに、処罰どころか叱責すらも碌にされなかったんだからね…」

 

もう何度も訊いた質問を、また俺は口にする。話せないのか、話したくないのか、どちらか分からないけどいつも綾袮さんにははっきりとした答えを貰えてない問いを、再び俺は口にした。

いつもだったら綾袮さんは、「二人が元気だって事は断言出来るよ」とか、「おじー様も、色々考えた上で多くは言わなかったんだよ」とか一応は納得出来る事を言って、それ以上は言わなかった。…でも、今日は違う。

 

「……本当に聞きたい?自分がどうして、あれだけで済んだのか」

「…話して、くれるの?」

「うん、顕人君がそこまで望むなら…ね」

 

静かな声音で、綾袮さんはそう言う。そこに感じるのは、気持ちのいい回答にはならないのだという綾袮さんからの忠告。…だけど俺は、それを聞いても迷わない。

 

「…望むよ。だから、綾袮さん」

「そっか、それなら……」

 

一拍溜める綾袮さん。そして綾袮さんは、そのままな声音で俺に言う。

 

「……本当はね、好都合だったんだよ。あそこで顕人君が、協会としての動きを潰すような事を言ってくれたのが」

「へ……?…好都合、だった…?」

 

…意味が分からなかった。最初に思ったのは、「何でそうなる…」という感想だった。進めていた方針を潰されて好都合なんて、全くもって意味が分からない。けれど、綾袮さんは俺の反応を予想していたみたいでそのまま続ける。

 

「分かってると思うけど、元々協会とBORGはかなり友好的な関係なの。それは単に仲が良いってだけじゃなくて、色んな技術協力をしてたり、研究を分担して行うみたいな、実益の面でも結び付きが大きいのがこれまでの関係。だからね…BORGへの糾弾は、出来ればしたくなかったんだよ。だって糾弾しておいて、実益面はこれまで通りに〜…なんて出来る訳ないでしょ?」

「…それは、確かに……」

「でも、だからって起きた事件を見て見ぬ振りは出来ない。顕人君って証言者がいたし、狙われていたわたしも証言したし、何もしなかったら組織としての面子に関わるからね。だから半分位は仕方なく動いてたんだけど、そこで顕人君が証言をひっくり返して、実質的にわたしもそれに乗っかった訳だから、それを理由にうちは糾弾しない…表面的には糾弾には材料が弱いから保留って形だけどね…って選択肢を取れるようになった。ロサイアーズ姉妹っていうBORGにとって痛い要素を手にしながら、実益を失わずに済む道が開けた。…そうなったら、顕人君を責めたり出来ないよねって話だよ。今風に言うなら…忖度したんだよ、おじー様達は」

 

決して短くない、簡単でもない、綾袮さんの説明。単純じゃない、複雑な事情。あぁ、だけど……簡単な話だった。俺が真実よりも二人の事を、俺の意思を優先させたように、協会も真実に基づいた対処ではなく、俺が用意した『都合の良い事実』に乗っかったから、その結果俺が『嘘』ではなく『協会が認定する真実』を言ったという事になったから、俺はあれだけで済んだって話。

 

「…期せずして、俺は協会と利害が一致してた…そういう、事なんだね…」

「うん……けどね顕人君、それだけじゃないんだよ?勿論一番の理由は打算的なものだけど、これは顕人君の思いも尊重した……」

「…言わなくていいよ、綾袮さん。大丈夫、俺は協会や刀一郎さんに失望したりはしてないし……むしろ、理解出来たから」

「理解…?」

「そう、理解。…驕るなって言葉の、本当の意味にね」

 

気にする必要も、心配する必要もないと俺は言葉を返して心を伝える。それにこれは、何も安心させる為だけの方便じゃない。

驕るな。…その言葉をこれまで俺は、『今回助かったのも、思い通りになったのも、自分の実力だと思うな。今回上手くいったからといって、次も同じようにいくと思うな』…そういう意図のものだと思っていた。無謀な事をし、それが成功してしまった俺を諌める為の言葉だと。

実際、そういう意図もあったんだと思う。けれど本当は、こういう意図もあったんだ。──お前が決死の思いで行ったその行為も、協会という組織そのものからすれば飲み込み利用出来る程度のものに過ぎないのだという意図が。

 

「…なら、これを教える事は顕人君にとってプラスになったのかな?」

「…なったよ、勿論ね」

「それなら、わたしも伝えて良かったって思えるよ。それと…言うまでもないと思うけど、それでも言わせてもらうね。……顕人君の行動で、救われた人がいる。守れたものがある。顕人君がした事は無茶苦茶で、滅茶苦茶だけど…それは変わりようのない、絶対の真実だよ」

「……ありがとう、綾袮さん。その言葉のおかげで…一層俺は、俺の意思に自信が持てるよ」

 

……俺は、今回の件で思った。もっと強くなりたいって、もっと強くなきゃ…俺の思いは、貫けないって。そして今、俺は新たに…改めて、思った。俺は綾袮さんの為にも強くなろうと、強くならなくちゃと。それが今日もまた俺を思ってくれる綾袮さんへの恩返しで、いつか綾袮さんに頼られた時力になれるようにする備えで……綾袮さんの思いに対して、最大限報いる方法だから。

 

「さてと、そんな事を話してたらもう家に着いちゃった。ただいま〜」

 

そうして聞こえてきた声は、電話と玄関の両方から来るもの。いつの間にか長話してしまったんだな…と俺は苦笑いしつつ、綾袮さんを出迎えようと玄関に向かう。…そういや綾袮さん、お客が来るとも言ってたな…二人って誰だろ?友達か、霊装者絡みか、それとも全然違う人か。まあでも、玄関に出れば分かるんだから考えるまでもないか。ふぅ、お帰り綾袮さ────

 

 

 

 

 

 

 

 

「…久し振り、顕人」

「お久し振りです、顕人さん」

 

 

 

 

──そこにいたのは、ここにいる筈のない人物。どこにいるかも分からなかった人物。俺がずっと心配していて、ずっと話したくて、また会いたかった……ラフィーネさんと、フォリンさんだった。


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