双極の理創造   作:シモツキ

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第百話 全てを超える、夢への願い

痛くて、熱くて、熱くて、痛い。脇腹が燃えるように熱い。上手く例えられない位痛い。……俺は、知らなかった。戦いでの傷が…刃で身体の表面どころか肉まで深々と斬り裂かれるのが、どれだけ痛く辛い事なのかを。

 

「顕人……ッ!」

「顕人さん…ッ!」

 

倒れ、痛みに絶句する俺の耳へ、ラフィーネさんとフォリンさんの声が聞こえてくる。聞こえてくるけど、反応出来ない。声を返す余裕すらない。

 

「…急所は外しました。無理に動かず然るべき治療を受ければ、死ぬ事も後遺症が残る事もないでしょう」

 

二人の声に続いて聞こえたのは、淡々としたゼリアさんの声。彼女の手にあるのは、霊力で編まれた紅の刃。俺の脇腹を斬り裂いた、凄まじい出力を感じさせる霊力剣。

 

(…見え、なかった…何も分からなかった……ッ!)

 

痛過ぎて息が荒くなる。転げ回りたい衝動に駆られるけど、動くと傷口に響いて余計痛くなるから必死に身体を抑え込む。痛くて痛くて堪らない。泣きそうな程痛い。

俺の意識の大半は、痛みで占められている。けど思考は痛みに混乱しながらも、直前の事に唖然としていた。動きが何も見えなかった事に、動く瞬間すら分からず、気付いた時にはもう背後に移動されていた事を、まるで飲み込めていなかった。

 

「…よくも…顕人を……ッ!」

「もう立ちますか。想定よりも余力があったのか、それとも私が彼とやり取りをしている間に回復したのか…しかし、その程度であれば瑣末事です」

 

額を地面に付けた状態から何とか持ち上げ、元々背後だった方向へ目を向ける俺。そこにはまずこちらに背を向けたゼリアさんがいて、その先では瞳へ怒りを灯したラフィーネさん、フォリンさんが立ち上がりつつあった。

二人は倒れた状態から身体を起こし、立ち上がろうとしている。けれど、その動きはあまりにも鈍い。それがゼリアさんを油断させる為の演技ではない限り、とても状況を変えられるような動きじゃない。

 

「…どうして、ですか…何故、顕人さんを……ッ!」

「妙な事を訊きますね。退く気のない相手がいるのなら、排除するのは当然の事でしょう?」

「貴女なら、剣を振るうまでもなかった筈です…無力化が目的ならば、素手で気絶させるだけでもよかった筈です…なのにどうして……ッ!」

「…フォリン・ロサイアーズ。貴女はいつから私を聖人と勘違いするようになったのですか?まさか私が、誰一人怪我させない戦い方を望んでいるとでも?」

 

憤りをそのまま口にするフォリンさんへ向けて、ゼリアさんは飄々と答える。今にも飛びかかられそうな敵意を向けられても尚、彼女はまるで動じる様子を見せない。

 

「さて、今度こそこれで終わりです。武装解除し、私に着いてきてもらいましょうか」

「…誰が…そんな事を……ッ!」

 

ほぼ無傷で余裕もたっぷりなゼリアさんに対し、ラフィーネさんフォリンさんは全身ボロボロ。俺に至っては既に論外。それでも二人の闘志は消えていなかった。誰が従うものかという意思が、ラフィーネさんの言葉から伝わってくる。

 

「では、貴女方はどうすると?この窮地を脱する策があるのですか?せめて一矢報いたいという思い故ですか?まさか、戦力差も分からなくなった訳ではないでしょう?」

『…………』

「…少なくとも、潔く受け入れるつもりはないという事ですか」

 

続く問いには、二人共何も返さなかった。けどそれは、無言という返答。無言もまた、意思表示の一つ。

 

(ラフィーネさん…フォリンさん……)

 

普通に考えれば、諦めてしまう状況。勝てる訳ないと、心が折れるような実力差。なのに二人は屈さない。互いに互いを思っているから、二人で掴む幸せを本気で目指しているから、二人の心は今も折れずに意思を貫いている。

本当に、本当に二人は凄いと思った。そこまで思い合える事が。その思いを力に出来る事が。そしてその二人が、俺がやられた事に対して怒りを抱いてくれている。それは激痛が走る中でも感じられる程嬉しく……同時に俺の活力ともなる。俺も、ただ倒れてるだけじゃいられないだろうって。

 

「……っ…う、ぐ…ッ…!」

 

漏れ出る呻きを少しでも抑えようと歯を食い縛りながら、俺はゆっくりと手を懐へ伸ばす。手にしようとしているのは、携帯電話。結局また他人の力を借りるしかない俺だけど、手段を選り好みするだけの余裕も時間もない今はそうするしかない。それで何とかなるのなら、情けない奴になったっていい。

気付かれないよう、出来る限り音を立てずに手を伸ばす。静かに、慎重に、少しずつ動く。……そんな、時だった。

 

「…ならば仕方ありませんね。このまま貴女方を戦闘不能にするのもさして苦労する事ではありませんが……ここは彼に役立ってもらうとしましょう」

『……!?』

 

振り向いたゼリアさん。こちらへ向いた事、俺を挙げた事で一瞬バレたかと思ったものの、どうやらそれは思い違い。……けれどその数瞬後、俺はこう思った。これならば、まだバレた方がマシだったって。

 

「御道顕人。貴方も不運な方ですね。この二人と関わり、なまじ信用を得たが為にこんな事となってしまうとは」

 

俺の頭上…より正確には首へ向けられる紅の刃。ゼリアさんの行動に、目を見開き絶句する二人。…たったそれだけでも、状況を理解するには十分過ぎた。これがどういう事なのかも、これからどうなるのかすら、一瞬の内に分かってしまう。

 

「……っ…傷付けるだけでなく、そんな事まで…!顕人さんは…関係、ないでしょう…ッ!」

「今更何を言っているのですか。貴女方の正体を知った時点で彼は無関係ではありませんし…剣を取った時点で、理由は何であろうと当事者です」

「それ、は……」

 

更に敵意を強めるフォリンさんの言葉を、ゼリアさんが一蹴。そのやり取りを聞いた瞬間、俺は心がざわりとしたけど…それが何なのか考える間もなく、話は続く。

 

「…説明は不要でしょう。さぁ、選んで下さい。彼を助けるか、それとも彼を犠牲にするかを」

『…ゼリア・レイアード……ッ!』

「どちらを選ぶにせよ、即決をお勧めしますよ。貴女方が迷っている間も、彼は痛みに苦しみ続けるのですから」

 

憎々しげに、視線だけで人を殺せるのなら今頃惨殺しているであろう程ゼリアさんを睨み付けるラフィーネさんとフォリンさん。それでも彼女は動じない。…それは、俺という人質を取っているから?既に二人がかなり消耗しているから?…いいや、どちらも違う。ゼリアさんが動じないのは、俺は勿論二人すらも格下の存在だと思っているから。そして、その自覚は自身への過大評価でも何でもない。

二人が睨み、ゼリアさんが冷ややかに返すという時間が数秒続いた。俺には何も出来ない、どうする事も出来ない時間の果てに……ラフィーネさんとフォリンさんは、武器を降ろす。

 

「……ッ…!」

「……答えは決まりましたか」

 

力を抜き、抜き身の刀の様な敵意も消した二人を見た瞬間、ぞくりと背筋が凍り付いた。勿論二人が俺より自分達を優先するんじゃないかと思ったから…なんて理由じゃない。そんな事は微塵も考えいない。俺の中で今湧き上がった思いは、そんな事を指してはいない。

聞きたくない。見たくない。二人の選択を知る事が、その選択が俺の想像するものと同じであると分かってしまう事が、その瞬間頭を忘れる程に恐ろしくなる。けれど、そんな俺の意思とは裏腹に……その言葉は、発される。

 

「…分かった。わたし達は…もう、抵抗しない」

「だから…顕人さんを、離して下さい……」

「……──ッ!」

 

俺には見えた。二人の中で灯っていた炎が消えるのを。俺には聞こえた。再び諦観の感情が籠った、二人の声が。互いの幸せを願い、心を通わせ、二人で一緒に暗闇から抜け出そうとした二人が、今またその闇の道へと引きずり込まれていく姿が……心の中で、浮かんでしまった。

 

(…俺の、せいだ…俺が時間を稼ぐどころか、二人にとっての弱点になってしまったから……ッ!)

 

俺の中を駆け巡る、激しい後悔と自己嫌悪。開きかけていた道を閉じる要因となってしまった自分への、どうしようもない怒り。そこへ無念さやもっと上手くやれたんじゃないかという思いが重なり、拳を地面に叩き付けたくなって……

 

(…あ……)

 

……俺は気付いた。俺の方へ向けられた二人の瞳には、「ありがとう」と「ごめんなさい」という思いが籠っている事に。こんなに情けない俺に、周りに頼りっ放しで、結局二人から未来を奪ってしまった俺に、それでも二人は感謝と謝罪の思いを向けてくれている。まだ俺を……共に楽しい時間を過ごした相手として、見てくれている。そんな二人が、そんなラフィーネさんとフォリンさんが、幸せを手放し暗闇へと戻ろうとしているのに……

 

 

 

 

──このまま何も言わずに見ているだけで、それで俺は満足なのか…?

 

(……そんな、訳…あるか…満足な訳…あるか…ッ!)

 

ふつふつと湧き上がる、怒りにも似た感情。俺の中で燃え上がる、身体が熱くなるような激情。…それは、ゼリアさんへ向けた憎悪じゃない。二人が連れて行かれる事への義憤でもない。……これは、自分に向けた思い。不甲斐ない、あまりにも思い描く夢からかけ離れている御道顕人へ対する、そうじゃねぇだろという否定の思い。

 

「賢明な判断です。こうして一度は敵対してしまったとはいえ、貴女方は元々実力で信頼を得てきた身。これまで通りに任務を遂行し続ければ、信頼の回復も不可能ではないでしょう」

『…………』

 

首元から刃が離れ、ゼリアさんは数歩前へ。既に俺を意識する必要などなくなったとばかりに、その意識は二人のみへと向けられている。

二人からの返答はない。俺から目を逸らし、俯く二人からそれまでの覇気は感じられない。…本当にもう、二人に反抗する気はないんだろう。何故なら勝ち目がないと分かっているから。斬られた俺にこれ以上苦しんでほしくないと、二人揃って俺は優しさを向けてくれているから。

 

(ふざ、けんな…ッ!こんなのが、俺の目指した夢の形なんかじゃねぇだろ…ッ!これで何もしなかったら…何の意味もねぇだろうがよ……ッ!)

 

激情は更に高まり、血が沸騰したかのような感覚が駆け巡る。…そうだ、違う…俺がすべきなのは、このまま倒れてる事なんかじゃ…断じてない……ッ!

腕に力を込める。足に力を込める。全身に、胴から指先まで身体の全てに力を込めて、声にならない叫びを上げる。

痛い。力を込めた瞬間押し出されたように傷口から血が溢れ、電流の如き痛みが走る。だとしても俺は…俺は……ッ!

 

「それでは行くとしましょうか。…あぁ、ご安心を。彼の事でしたら、私がここへ人が来るように手配を──」

 

ラフィーネさん達に同行を促しながら、スラスターを点火し飛び上がろうとしたゼリアさん。その瞬間、一発の銃声がこの場に響き…ゼリアさんの言葉を、その途中で遮った。

放たれた弾丸は、誰にも当たらなかった。ゼリアさんの右側を擦りもせず林の中へ消えていった弾丸。それでもゼリアさんは二人は言葉をかけるのを止め、ゆっくりと身体を反転させる。そしてそこにいたのは、振り向いたゼリアさんが目にしたのは……立ち上がり、脇腹を押さえながらも銃弾を放った俺の姿。

 

「顕人……!?」

「あ、顕人さん…!?」

 

最初に帰ってきたのは、驚きに目を見開いた二人の声。その声には心配の感情も籠っていて、だから大丈夫だと返したいところだったけど…残念ながら、そこまでの余裕は俺にない。

 

「……驚きました。つい最近まで一般人だったらしい貴方が、その傷で立ち上がれるとは…」

「…二人は…連れて、いかせません……ッ!」

 

銃口をゼリアさんに向けながら、言葉を絞り出す。腕は震え、集中力も痛みで削がれて、まるで狙いが定まらない。だけど、意志だけは…真正面から突き付ける。

 

「大した精神力です。…ですが、今の貴方に何が出来ると?無傷の状態でも敵わない貴方が、何をすると言うのですか?」

「だと…してもです…ッ!」

 

きっと…いや、間違いなく俺はゼリアさんにとっての脅威じゃない。その気になれば、また一瞬で一蹴出来る筈。

分かってる。何も出来やしないって。俺が立てたのも、結局はゼリアさんが手加減をしてくれたからだって。…けどそれは、諦める理由にはならない。俺の中では、だとしてもという思いの方が遥かに上回る。

 

「…そこまでして彼女達を救いたい、という訳ですか…しかし彼女達は既に決心したのです。自らよりも、貴方の事を優先したのです。…それでも尚、武器を取ると?」

「そういう事です…ッ!」

「…分かりませんね、貴方の考えが。所詮は一時の、それも組織の意向によって関係が出来ただけの間柄に過ぎないというのに…」

「…俺にとっては、だけだとか…過ぎないだとか…そんな言葉で片付けられる、間柄じゃ…ないんですよ……ッ!」

 

俺は否定する。確かにそれはその通りだけど、日数や経緯の問題じゃないんだと。目に見える形じゃなくて、思いで俺は立ったんだと。

心の中で思いが燃え上がる。二人に幸せになってほしいという思いが。二人にとっての枷になりたくないという思いが。そして……俺自身の、夢への思いが。

 

「…止めて下さい…止めて下さい顕人さんっ!もういいんです!貴方がそこまでする事はないんですっ!」

「…そうは、いくかよ…俺は協力するって…言ったんだから……!」

「協力なら十分してくれました!私の望みを顕人さんは叶えてくれました!だから……」

「まだだよ…まだ、俺の協力は…終わってない……!」

 

フォリンさんの声が聞こえてくる。その声は俺の身を案じていて、今も自分達より俺の事を優先しようとしてくれている。

だけど俺は地面を踏み締める。痛みを堪えてその場に留まる。ここまでする意味はあるんだ…まだ十分じゃないんだよ……ッ!

 

「無理しないで顕人…!これはわたし達が選んだ事だから…!顕人が責任を感じる必要なんて、ない……!」

「責任とかじゃないんだよ…それに、二人だって好きで選んだ訳じゃないでしょ…違う……?」

「…だと、しても…これ以上顕人が傷付くのは嫌…わたし達の為にここまでしてくれる顕人が、これ以上傷付くのは……ッ!」

「私も嫌です、顕人さん…!私達は大丈夫です…!お互いの幸せを願い合ってるって分かりましたから、もう私達は二人だけでも……」

 

 

 

 

「……そうじゃ…ないんだよッ!」

「……──ッ!」

 

ラフィーネさんの声も聞こえた。俺に傷付いてほしくないと、この結果は俺の責任なんかじゃないと、閉ざされかけた未来よりも俺の事を思ってくれている。

嬉しかった。そこまで思ってもらえるのなら、それだけで俺は立ち続けられる気がする。…けど、だけど…二人は根本的に勘違いしている。そうじゃない…二人の事は勿論助けたいけど、思ってくれる二人の為にってのあるけど…俺の心の奥底から湧き上がるこの熱は、俺を駆り立てるこの思いは……

 

「二人がどうこうじゃない…責任とか、十分とかも関係ない…勝てるかどうかなんて…どうだっていい……ッ!俺は、ただ──こうしたいからこうしてるだけなんだよッ!俺がなりたいのは、俺の夢は、こんなところで逃げ出す様な人間になる事じゃないんだよッ!」

 

──嗚呼、それはなんて自分本位な事か。二人を助ける為に立っているんじゃなくて、俺自身が俺の夢を裏切らない為に立っているなんて、啖呵切ってまで言う事じゃない。褒められた動機じゃない。……でも、この瞬間感覚が研ぎ澄まされた。言い切った瞬間思考がクリアになって、痛みはあるけど意識を削がれるような感じはなくなって、これまでにない程一瞬で様々な事を理解し思考出来るようになった。

 

「……彼女達ではなく、自分自身が理由…ですか。どうやら貴方は、思っていたより利己的な人間のようですね」

「あぁそうさ、そうですよ…ッ!夢の為に立って、俺がそう在りたいから立ち塞がって、俺がそんなの…二人が俺の為に諦めるなんて事は絶対に嫌だから助けるんです…ッ!それを貴女にとやかく言われる筋合いは……」

「いえ、どうこう言うつもりはありませんよ。考え方は貴方の自由ですし、利己的な思考の方がずっと理解出来ますから。…但し……」

「…………」

「…その言葉を聞いて、考えが変わりました。貴方の様な方は、例え歴然たる実力差があろうと油断をすれば何をされるか分かりません。よって…貴方はここで始末させて頂きます」

 

一度目を伏せ、霊力剣を握り直したゼリアさん。彼女が視線を俺へと戻した時……その目は俺を敵として、将来的な脅威として見ていた。邪魔だから退けるではなく、危険だから討つという、敵意と意思。

もうそれは、死が確定したようなもの。世の中に絶対がないというのなら、限りなく100%に近い事実。…だけど、恐れはなかった。いよいよ身体の負荷は精神にまで影響を及ぼし始めたのか、それとも湧き上がる思いが恐怖を打ち砕いたのか、一切恐れは感じない。欠片も怖いと思わない。それどころか……上等じゃねぇか、という思いすら抱いている。

 

「…お断りさせて頂きます。俺はまだ…ここで終わるつもりは、ありません」

「では、せめて足掻く事ですね。無駄な抵抗になる事は決まっていますが、今の貴方に出来る事など……」

『……ッ!』

 

普段なら気圧されている事間違いなしな瞳を真っ向から受け止め、俺とゼリアさんは視線をぶつける。その状態のままゼリアさんは動き出そうとし……次の瞬間、彼女の背後で地を蹴ったラフィーネさんとフォリンさんが襲いかかった。

蒼い軌跡を描きながら、二人がそれぞれに持ったナイフがゼリアさんへと強襲。左右から襲うその攻撃は手負いとは思えない程速く、二人のタイミングも完璧に合っていて、俺がそれに気付いたのは当たる直前。……が、それはあくまで俺の場合。俺ならばやられているその攻撃も…ゼリアさんには、届かない。

 

「ぐぁ……ッ!」

「がは……ッ!」

「……貴方に出来る事など、足掻く事だけです」

 

彼女は剣を振るう事すらしなかった。空いている左手と脚だけで二人の強襲を叩き潰し、そのまま俺の左右へと吹き飛ばす。

既に立つのも厳しかった二人は、地面に跡を残しながら俺の背後へ。改めて、もう十分知っているのに更に思い知らされる実力差。

 

「……ごめん、二人共。俺が素直に逃げなかったせいで、二人にまた苦しい思いをさせて…」

「…そんな、こ…と……」

「顕人…さん……」

「…だけどこれは俺が決めた事だ。だから何があろうと逃げはしない。無理だろうか無茶だろうが…俺は俺が決めた通り、二人を助けて俺も生きる」

 

蹲る二人に向けて、背を向けたまま声をかける。…一方的だけど、身勝手だけど…たった今俺は、二人に向けて宣言した。宣言して、約束したんだから……何が何でも、俺はこの言葉を実現させる。

 

「そこまで言い切る精神力は、愚かながらも賞賛に値します。もし彼女達に関わらなければ、名のある霊装者となれたかもしれませんね」

「…光栄ですよ、貴女程の方にそう言って頂けるのなら」

「えぇ、光栄に思う事です。……御道顕人、でしたね。貴方の事は、私を前にしても臆さず意思を貫き続けた故人として、覚えておくとしましょう」

 

最後にゼリアさんから言われたのは、俺に対する賞賛の言葉。その言葉を最後に、覚えておくという言葉を最後に、ゼリアさんは消えた。

 

──俺の脳裏に浮かぶのは、紅い刃が俺を斬り裂く姿。反応も出来ずに、斬られた事に気付くのも遅れる程速く両断され、人生という物語を終えてしまう自分の姿。

きっとこうなるんだろう。俺はこれで終わりなんだろう。だが俺は諦めていない。俺も、二人も、誰も犠牲にならず乗り切る未来を選び、それを現実すると決めている。だから俺はその意思を貫き、貫き、貫いて…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「──顕人君は……やらせないッ!」

 

……紅く輝くその刃は、俺へ届く事なく停止した。蒼く輝く刃によって。その刃と、蒼く煌めく翼を持った、霊装者によって。


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