双極の理創造   作:シモツキ

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第九十九話 君臨せし強者

──その人が霊装者である事は、一目で分かった。パワードスーツを彷彿とさせる装備に、スラスターから輝く紅い光を。どちらも俺の知る物とは違うものの…そんな装備に光なんて、霊装者以外にある訳がない。それに感覚として、霊装者である事は伝わってきた。

 

「……貴女、は…?」

 

プラチナブロンドの髪に、深海の様な青の瞳。顔立ちからして外国の人…と一瞬思ったけど、よく見れば日本人っぽく見えなくもない。でもその日本人っぽさも一目で分かる程のものじゃなくて…結局どこの人だかさっぱり分からないというのが実際のところ。

その女性が静かに降り立った時、俺は無意識の内にそう言っていた。すると俺の声は彼女へ届き、その人の視線がすっとこちらへ向けられる。

 

「お初にお目にかかります。私はBORGの代表、ウェイン・アスラリウスの秘書を務めるゼリア・レイアードと申します。以後お見知り置きを」

『あ……じ、自分は御道顕人、高校生です…」

 

軽く頭を下げ、丁寧に自己紹介をして下さった女性…もといゼリアさん。ここまでしっかりした自己紹介が来るとは思ってなかった俺は、一瞬呆気に取られて、その後すぐにならば俺も返さなくては…という思いから自己紹介で返答。ゼリアさんのものに比べると大分簡素なものだけど、驚いているんだから仕方ない。…まだ人となりは全然分からないけど、先に名乗れ…なんて事も言わず自己紹介してくれた辺り、少なくとも礼節を重んじる人なんだろう……

 

(……って、今…BORG代表の秘書って言わなかったか…ッ!?)

 

決して悪くはないファーストインプレッションに警戒心が若干緩みかけた俺だけど、次の瞬間全身に鳥肌が立つ。

代表の秘書という事は、間違いなくBORGの人間。それも恐らく、かなりの立場を持つ人。そしてこの状況において、BORGの人間に居合わせられるのは……非常に不味い。

それに気付いた事で、俺は反射的にラフィーネさんとフォリンさんへ声をかけようとする。けど、それより先に二人の声が聞こえてきた。

 

「そ…んな……」

「どう、して…貴女が、ここに……」

 

ついさっきまで、歓喜と安堵に溢れていた二人の声。だけど今、聞こえてきた声は……恐れと動揺で震えていた。

 

「それは勿論、代表の付き添い及び護衛です。私は先んじて来日した形ではありますが」

「代表の…?…そんな話、私達は一言も……」

「えぇ、これは今日…いえ、正確には昨日決まったばかりの事なので当然お伝えしていません。未定な部分も多い情報を伝える訳にはいきませんからね」

 

動揺する二人とは対照的に、ゼリアさんの表情や声音は冷静なまま。口振りから考えるに、この人は二人の上司、或いは上司でなくても指示を出せる様な立場にいる人物なんだと思う。

 

「……であれば、貴女はここで時間を無駄にしている場合ではないのでは…?」

「そうですね。急な予定な以上、無駄な事に時間を費やしている場合ではありません」

「なら私達の事は気にせず……」

「……それが、出来るとでも?」

『──ッ!』

 

焦燥を滲ませながらも言葉を紡ぐフォリンさんへ、ゼリアさんが放った静かな…されど咎める様な一言。

その瞬間、二人に…そして俺に戦慄が走る。彼女は具体的な事を言った訳じゃない。でも、この状況で今の発言に該当するのなんて、一つしかない。

 

「…出来るも何も、動けるならそれをすればいいだけの事。違う?」

「しらばっくれても無駄ですよ。…それとも、私の口から聞きたいのですか?」

「……どこまで知っているの」

「全部ではありませんね。ただ、貴女達が彼に正体を明かした事……そして離反の意思がある事は、よく分かりました」

 

ラフィーネさんが誤魔化そうとしたのを即座に看破し、その言葉が嘘でもハッタリでもない事を突き付けてくるゼリアさん。……初め俺は、ゼリアさんへどちらかといえば好印象を抱いていた。目下の相手である俺にも礼節を重んじる、良い人なんだろうと。でも今、その印象は…揺らぎ始めている。

 

「…わたし達を…顕人を、どうするつもり……」

「離反の意思を覆さないのであれば、それ相応の対処をさせてもらいます。彼も…知られてしまった以上、何もしない訳にはいきませんね」

『……ッ!』

 

座り込んだ状態から見上げる、ラフィーネさんの問い。それにゼリアさんが答えた次の瞬間……二人は弾かれるように跳んで、俺の前へと並び立った。武器を抜き、敵意を剥き出しにした状態で。

 

「……っ…ラフィーネさん、フォリンさん…」

「逃げて下さい顕人さん…脇目を振らずに、全力で……!」

「逃げるって…ま、待った二人共!まさか戦う気!?まだゼリアさんが何をするつもりなのか言ってもいないのに……」

「言われなくても…どうなるかなんて、分かり切ってる…!」

 

視線はゼリアさんへ向けたまま、二人はそう言う。その声は今まで以上に焦燥が籠っていて、それだけでゼリアさんがどれだけ脅威なのかが伝わってくる。

けど俺は、すぐに従う事が出来なかった。確かに離反した暗殺者や大組織の裏を知ってしまった人が穏便でいられる訳がない、ってのは分かるけど、だとしてもその時点では納得出来ず……そんな俺へ、意外なところから援護が入る。

 

「いえ、彼の言う通りですよ。私は何も危害を加えようとは思っていませんし、代表もそれを望んではいません」

「…なら、厳重注意辺りで許してくれると…?」

「えぇ。離反を目論んだ事と君達がこれまで上げてきた成果、これからも上げるであろう成果を天秤にかければ、どちらに傾くかは目に見えている。折角の優秀な人材を失うのも惜しいからね…との事です」

 

温情…ではない、あくまで実益の面から話すゼリアさん。インカムらしき物を軽く指で叩くその動作は、今の言葉が代表さんからの伝言である事の証明。

 

「それに彼はどうやら霊源協会にとってただの霊装者ではない様子。不要に不信感を煽る事もまた、代表が選ぶ訳がありません」

「……わたし達が離反を綺麗さっぱり忘れれば、何事もなく済む…そう言いたいの?」

「そういう事です。何が賢明な判断か分からない貴女達ではないでしょう?」

「…そう。なら……」

 

代弁を終えたゼリアさんからの、事実上の指示。選択肢を与えているのではなく、言う通りにしないならこちらも譲歩はしないという、体裁の良い脅迫。

その言葉を受けて、ラフィーネさんはほんの少し視線を落とした。落として、納得したような声を漏らし……それからはっきりと、ゼリアさんに対して言う。

 

「……そんな言葉じゃ、わたしもフォリンも気持ちは変わらない。だって、そこに…フォリンの幸せも、わたしの幸せも存在しないから」

 

…言い切ったラフィーネさんの声は、真っ直ぐに澄んでいた。迷いなんて微塵もない、本気でフォリンさんと共に幸せを掴もうとしている、心を決めた彼女の言葉。提言を跳ね除けたラフィーネさんの言葉に、フォリンさんも強く頷く。

 

「…幸せ、ですか。少なくとも働きに見合うだけの報酬や休息は与えられていた筈ですが?」

「それで満足する程私達は謙虚でも、心が荒み切ってもいないという事です。何より…ラフィーネを苦しめた貴女方に、その程度で尻尾を振る人間になった覚えはありません……!」

「…愚かな選択をしている自覚はありますか?」

「愚かでも、フォリンとの幸せがある方がいい。それ以上でも、それ以下でもない」

「…仕方ありませんね…それでは実力行使をさせてもらうとしましょうか…」

 

ラフィーネさんもフォリンさんも、ゼリアさんからの言葉に屈したりはしなかった。今のこの場での安全よりも、幸せな未来へ進む事を選択した。変わらず表情に余裕の色はないけれど……気付けばもう、二人の声に震えはない。

そんな二人の姿にゼリアさんは横へゆっくりと首を振り、右手を腰のユニットへと当てがえる。上部が可変し露出したユニットの一部は……恐らく、装備の持ち手部分。

 

(……っと、そうだ…俺もぼけーっと見てる場合じゃ…)

「……顕人」

 

我に返り、仕掛けられる前に武器を抜こうと思った俺。その瞬間聞こえた、ラフィーネさんの声。どうも俺はゼリアさんの方へ意識がいっていたらしく…知らぬ間に、二人は俺へと視線を向けていた。

 

「え……な、何…?」

「…逃げてくれる気は?」

「……ごめん、逃げようとも…逃げたいとも思わない」

「そっか…うん、そう言うと思ってた」

 

先程の二人の様子からして、ゼリアさんが強いのは間違いない。俺じゃ手も足も出ない可能性だって少なくない。…でも俺は逃げたくなかった。二人が幸せになれる手助けをするって言ったばかりなのに、二人が幸せの為に戦おうとしているのに、その二人を盾に逃げるなんて……出来る訳がない。例えそれが浅はかな選択だとしても、絶対に。

そんな俺の意思は、どうやら二人に筒抜けだったらしい。二人は何も驚く事はなく、むしろ小さく笑みを浮かべる。

 

「基本的には良識的で、一般的。どちらかといえば頼りない雰囲気ですが……その奥には危険や苦労を厭わない意思の強さがある。…そういう人ですもんね、顕人さんは」

「…え、と…それは、褒めてるの…?」

「勿論褒めてますよ。褒めてますし…そんな貴方だからこそ、私は頼りにしたんです」

「わたしは顕人に感謝してる。顕人がフォリンに手を貸してくれなければ、わたしにも手を差し伸べてくれなければ、わたしはフォリンと思いのすれ違いをしたままだった。…だからこれは、顕人のおかげ」

「二人、共……?」

 

俺は見返りを求めて協力した訳じゃない。ただそうしたいと思ったから行動して、その結果二人は前に進めたというだけの事。でも、そうだとしてもこうして感謝を伝えられるのは嬉しく……嬉しいけど、胸はざわついた。こんなタイミングで、こんな事を言うなんて…まるで、今生の別れをするみたいじゃないか、と。

 

「だからこそ、顕人さんには傷付いてほしくないんです。私達に手を差し伸べてくれた貴方を、私達のせいで傷付ける事は……絶対に嫌なんです」

「大丈夫。わたし達の心はもう決まってるから。諦めなんてしないから。だから、顕人は安心して……もしも何とかなったら、またわたし達と話をして」

「……っ!待ってフォリンさんラフィーネさん!俺は──」

 

続く二人の言葉で、浮かぶ表情で、生まれた不安は確信へ変わる。このまま二人の言う通りにしては不味いと、頭も心も叫びを上げる。

だから俺は、止めようとした。手遅れになる前に、動こうとした。けど、その時にはもう既に手遅れだった。動こうとした俺の腹に酷く重い衝撃が走り……俺の意識は、急速に闇へと沈んでいった。

 

 

 

 

意識が覚醒する予兆なんて、自分じゃ大概分からない。気付いたら意識があったという場合が殆どで……それは、今この瞬間も同じ事。

 

「……っ、ぅ…」

 

いつ自分が意識を手放したのか分からない気持ち悪さと、腹部に感じる鈍い痛み。それを感じながら俺は、薄っすらと目を開けた。

半ば無意識で見上げた空では、綺麗に星が光っている。という事は、俺はそう長い間気絶していた訳じゃないらしい。

 

(…って、そうか…俺、気絶してたんだったな…えっと、あれは……)

 

少しずつ頭が回り始め、状況把握と何があったのかの思い出し作業を脳が開始。…俺は、ここ数日と同じように寝ようとして、暫く寝てて、その時にフォリンさんが来ていて、話を聞いた俺はラフィーネさんを止めようと……。

 

「……っ!そう、だ…今は……ッ!」

 

意識が無くなる…ラフィーネさんとフォリンさんのどちらかに気絶させられる寸前の事が蘇り、それまでぼんやりしていた意識が一気に覚醒。同時に焦りと不安が心の中へ吹き込んでいき、俺は居ても立っても居られず視界を空から地上へ下ろす。そして、俺が目にしたのは……

 

 

 

 

 

 

「……思ったよりも手間取りましたね。やはり貴女方は、手放すには惜しい戦力です」

 

──ぼろぼろの姿で地に伏すラフィーネさんとフォリンさん、それに…真紅の刃を手に、殆ど無傷で二人を見下ろすゼリアさんの姿だった。

 

「ラフィーネさん…フォリンさん……ッ!」

「…おや、起きましたか」

 

思わず二人の名前を呼びながら、俺は木に背中を預けて座り込んでいた状態から立ち上がる。その時の声で俺が意識を取り戻した事に気付き、それまで二人に向けられていたゼリアさんの視線が俺へ。

 

「……ゼリアさん…貴女は…!」

「……?…あぁ、ご心配なく。もし我々に不利益を齎そうとするのならこちらも見過ごせませんが、そうでないのなら私も貴方を傷付けません。貴方がここでの出来事及びそれに纏わる情報を胸の中にしまうだけで、その身の安全は保障されます」

「そういう事を、言いたいんじゃ…!」

「では、二人の事ですか?でしたらそちらもご安心を。二人共死んではいませんよ」

 

落ち着き払ったゼリアさんの雰囲気は、いっそ冷たさを感じさせる程。…ただ、その中でも一つだけ聞けてよかったと思う事もある。二人が死んでいないと聞いた俺は目を凝らし、その結果二人の呼吸に気付く事が出来た。二人が傷付いたのは何も良くないけど……死んでいないのなら、まだ最悪の状態じゃない。

 

「……二人を、どうするおつもりですか」

「このまま連れて行きます。その後の判断は、代表次第ですが」

「…二人の意思を無視して、ですか?」

「そうなりますね」

 

視線を二人からゼリアさんへ向け、質問をぶつける。ゼリアさんは表情を変えずに、回答を返してくれる。

 

「…仲間じゃ、ないんですか…?離反しようとしているとはいえ仲間だった人を、どうしてそんな淡々と……」

「何故かと言われれば、今の私の状態そのものが答えです。彼女達の実力は評価していますし、無下に扱おうとは思いませんが、これが代表からの指示ですので」

「……見逃す余地は、ありませんか…?」

「ありません。捨て置ける程の存在ではないのは、貴方もお分かりの事でしょう?」

 

全ての人が、仲間を大切にする訳じゃないって事は分かってる。俺だって、協会所属の人全員を大切にしてるかって言われたら、自信を持ってYESとは言えない。どうでもいいとは思ってないにしても、綾袮さんや身近な人とは抱く思いに差があるから。

だけど、仲間をただの道具としか思っていない人が普通にいるとは思いたくなくて、問いを重ねた。…その結果分かったのは、ゼリアさんにとって二人は『同じ組織の人』でしかないという事。それ以上でも、それ以下でもない、仕事上の関係。

 

「…二人がBORGに何をされたか、知った上で連れ戻す気ですか…?」

「当然です。BORGがした事も、その対価をきちんと払っている事も」

「……二人は、二人の幸せを望んでいるんです。それぞれ相手の為に、相手と共に、未来を望んでいるんです。…その思いを、尊重してはくれないんですね」

「人にも組織にも、譲歩には限界があります。彼女達の望みは、その譲歩の限界を超えるものだった。ただ、それだけの事です」

「…分かりました。なら……」

 

ゆっくりと俺は歩き出す。音を殺すでもなく、無駄に立てるでもなく、この身を二人とゼリアさんの中間へと移動させる。そして、ゼリアさんに向き直り、武器を手に取り……言った。

 

「──俺が、連れ戻させたりなんかさせません」

「…ほぅ……」

 

出来るならば、対話で解決したかった。敵対したいと思う相手じゃないし、ラフィーネさんとフォリンさんが二人がかりでも完敗する相手に、勝てる訳がないんだから。対話で解決出来ない時点で、俺の敗北も決まったようなものだから。…だけど、敗北が確定していたとしても…二人を見捨てる事なんて、俺には出来ない。

 

「大きく出ましたね、御道顕人。何か、策でもあるのですか?」

「いえ、策も勝機も皆無です。愚かな行為だと思ってくれて構いません」

 

元々出ていた冷や汗が、敵対宣言をした瞬間から一層吹き出す。一周回って態度は冷静を装えているけど、実際には運動した後並みに心拍数が上がっている。

ただでさえ圧倒的な実力差が明確な上に、今の俺にあるのは借り物の装備だけ。先程「殆ど無傷」と表現したのは、ゼリアさん自身は無傷でも装備には細かな傷跡や弾痕が残っているからで、そこから完全に二人を封殺していた訳じゃないってのは分かるけど……そんなの、気休めにすらなりはしない。焼け石に水どころか、お湯をかけているようなもの。

 

「それが愚かだと分かるだけの思考があるなら、考え直すべきですね。今からでも、そこを退くなら私も貴方に何もしません」

「愚かだとしても、俺にはそうするだけの理由があるんです。…だから、退きません」

 

ゼリアさんの忠告を、受け止めた上で否定する。確かに身を守ることを考えれば、退くのが正しい。だけどそうしたら俺は後悔する。絶対に後悔する。そして今、逃げる事で失うものは……身の安全と余裕で天秤にかけられる程、大きく重い。

互いに次の言葉は発さず、緊張したまま沈黙が訪れる。そんな中聞こえたのは、背後からの弱々しい声。

 

「…駄、目…顕人…逃げて……」

 

それは、俺の身を案じる言葉。振り返りたくなる、ラフィーネさんからの声。だけど俺は振り向けない。ただでさえ圧倒的な差がある相手から目を逸らすなんて…それこそ自殺行為だから。

 

「ラフィーネの…言う、通りです…顕人さん…貴方、は……」

「…二人は、俺を傷付けまいとしてくれた。そんな二人がこうもやられて、折角二人の道を歩み始めようとしてるのに、俺だけ逃げるなんて事は出来ないよ」

「わたし達、は…大丈夫…だから……」

「だったら、俺も大丈夫だよ。それより二人は、少しでも身体を休めて。…少しでも、立ち上がれるように」

 

二人に背を向けたまま、視線はゼリアさんに向けたまま、俺は少しでも二人が安心出来そうな声音で返す。とても元気とは言えないとはいえ、二人の声を聞けて安心した。安心したし……二人の声を聞けた事で、俺の中で一つの希望が生まれる。

 

(…勝てる訳がない。でも、二人がそれなりにでも回復出来るまで時間を稼げれば、もしかしたら……)

 

こうしてゼリアさんの前に立ちはだかった時、本当に俺は無策だった。ただ『二人を助けたい』という思いだけで、行動に移していた。

けれど二人が回復すれば、勝つのは無理でも逃げられる可能性が出てくるかもしれない。俺がゼリアさんを退けるなんて到底無理でも、短な時間を稼ぐだけなら、出来るかもしれない。霊力量だけは長けてる俺にとって、時間稼ぎは他の人より向いている筈だから。

それは小さな希望。希望的観測と、結局は二人頼りの思考による情けない望み。それでも今の俺には、立ち向かう為の力をくれる。望みがあるだけで……恐れが和らぐ。

 

「…これ以上、二人に手は出させません。譲歩も対話も出来ないと言うのなら……」

「力尽くて押し通れ、という訳ですか。…いいでしょう、ならば……」

 

両脚で地面を踏み締め、神経を限界まで張り詰める。身体に力を込めつつも肩の力は抜いて、同時に思考をフル稼働。これまで積み上げてきた事を一つ残らず引き出そうと、俺は心を奮い立たせる。

勝つ必要なんてない。勝利条件は勝つ事じゃなくて、少しの間時間を稼ぐ事。どんなに無様でも、とても勝利とは言えないような結果になっても、必要な時間を作り出せるのならそれでいい。

そう、俺は倒すんじゃない。守るんだ。ラフィーネさんとフォリンさんを、二人が目指す幸せを、その為の第一歩を……

 

 

 

 

 

 

「……無駄に命を散らしたくないのなら、実力の伴わない蛮勇を捨てる事ですね。御道顕人」

 

──え?

 

──ゼリアさんが、後ろにいる?

 

──俺は目を離してなんかいないのに、俺の前からゼリアさんが消えている?

 

……おかしい。おかしいじゃないか、それは。もしそれが現実なら、それがあり得るとするならば、それは……

 

「あ、ぐ……ッ!」

 

振り返る動作の最中に、俺の身体が崩れ落ちる。力が抜けて、焼けるような痛みが脇腹に走って、そこから赤い血が噴き出す。

何が起こったのか分からない。出来事を、認識すら出来ていない。けれどたった一つ、言える事がある。ゼリアさんは強いと思っていたけど、圧倒的な差があると思っていたけど……その想像が馬鹿らしくなる程、絶望的な程に、ゼリアさんは──強者だった。


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