翌日。俺が戦いと再会した日の翌日。家に戻れたのが日が変わる直前で、そこからまた心配してた緋奈をなだめたり普段やってる事を出来る限りこなしてから寝ようとした結果、ちょっと寝不足になってしまった翌日。俺は、色々と複雑な心持ちで登校した。
「おはよーござーい…」
元気よく挨拶する程の気概はない、でも無言で入るのはそれはそれで嫌という我ながら面倒臭い性格の俺は腑抜けた感じの挨拶で教室へと入る。当然、クラスから反応が返ってきたりはしない。だってほら、俺クラスで浮いてるし。
「……おはよ、千嵜」
「……おう」
クラスではホバー状態の俺だが、流石に前の席の奴位には反応してもらえる。えーと、こいつの名前は御道…御道なんとか……あ、これ昨日もやったな。じゃあ止めるか、今日はメンタル複雑だし。
「…なぁ、御道」
「ん…?」
「……呼んだだけだ」
「小学生かお前は…」
「バカップルの真似かもしれないぞ…?」
「止めい…お前とバカップルにはなりとうないわ…」
暇潰しには最適な漫才風馬鹿話も、今日はお互いイマイチ乗らない。俺だけならともかく、御道の方も少し白々しいって事は…やっぱ時宮の言った通りって事か。
と、そこで俺はその時宮と同じく霊装者らしい宮空の事が気になり、視線を女子の集まりの一つへと向ける。
「……でね、そのケーキ屋さんに週末行ってみようと思うんだー」
「…綾袮、貴女確か前に『今週末は用事あるんだよね、はぁ…』って嘆いてなかった?」
「あ、そうだった…ありがと妃乃!おかげで思い出せたよ」
「はぁ、自分の予定位覚えてなさいよ…」
「ふふっ、綾袮ちゃんはほんとうっかりさんだね」
「で、時宮は宮空の分までちゃんと覚えてると…ほんと仲良いわねぇ」
朝から賑やかな集団の中で、中心に立つ(物理的には椅子に座ってる訳だが)二人の霊装者。…こうして見るとただの人気な少女二人にしか見えねぇけど、あの二人も霊装者なんだよなぁ…しかも、名家の実力者らしいし。
「…綾袮さんと時宮さん見てんの?」
「まぁ、な…1クラスに四人もいる存在は、特別と言えるのかねぇ…」
「世の中偏りはあるものだから…気持ちは分かるけど…」
二人で女の子見ながらぼけーっと話す俺達。なんか今、しれっとお互いの事を確信出来るやり取りだった気がするな。普通もう少しシリアスな感じで話すもんだろう…って、ん?
「…御道、お前今宮空の事名前で呼んでたか?」
「え?……あ、まぁ…」
「お前は基本女子に対しては苗字で呼んでたよな……へぇ…」
「へぇってなんだへぇって、綾袮さんに名前で呼んでほしいって言われたからそうしてるだけだよ。…あーでも学校では宮空さんって言わないと…意外と切り替え忘れ易いな…」
「ま、そんなこったろうとは思ってたよ。名前で云々ってのも、分かり易くする為だろ?……となると、どうして俺は時宮にそういう事を言われてないんだ…?」
「名前で呼んでほしくないんじゃね?」
「ほんとにそうかもしれないんだから言うなよ……」
割と失礼というかデリカシーのない発言をちょいちょいしてしまった覚えのある俺としては、名前を呼ばれたくないからという可能性を否定しきれない。だからって接し方を全面改善する気はないし、どうしても名前で呼びたいって訳じゃないからいいんだけどな。…いやほんとだって、俺も性欲はあるっちゃあるが、そこまでガツガツはしてないって。
「…俺はその内時宮さんにも妃乃って呼んでほしいって言われるのかなぁ」
「接する機会が増えたら言われるだろうな。お前は俺と違って人当たりいいし」
「お前ももう少し気さくなイメージ前に出せばいいのに…」
「いいんだよ、俺は一部の人に『実はそこまで悪い奴じゃない』って思われりゃそれで十分だ」
「謙虚なのか卑屈なのか分からない発言だな…」
なんて事を言ってる内にチャイムが鳴り、それとほぼ同時に担任がクラスへと入ってくる。立ち話をしていた生徒は席に戻り、荷物を片付け終わってない生徒は(あ、やべっ…俺も片付けてなかった…)急いで片付け、朝のホームルームが開始される。色々と思うところはあった朝は、こんな感じだった。…なんつーか、流れだけなら結局いつもとあんま変わらなかったな……。
*
「ねみぃ……」
俺以外の霊装者三人の様な、積極的に発言をしようとする奴にとってはそこそこ楽しく、俺の様にただ淡々と黒板とノート、それに窓の向こうや時計と睨めっこしてばかりの奴にとっては退屈な授業も終わり、今や放課後。部活に行ったり下校したりするクラスメイトが多い中、俺は寝不足からくる眠気と対話している。…授業中のシーン?それ描写してほしい層いるのか?いるならまぁ、言ってくれれば次からは気を付けよう。
「…何?昨日と同じ流れしたいの?」
「流れ…?」
机に突っ伏していた顔を上げると、そこにいたのは御道。…なにか半眼だった。
「昨日も放課後寝てたって事。連日起こすとか俺幼馴染ヒロインじゃないから御免だよ?」
「あー、そういう事か…寝ないから安心しろ。これはアレだ、机からスリーカウント取ろうとしてたんだ」
「机は使うものであってマウント取るものじゃないだろ…お前今日時間空いてる?」
「…と、言うと?」
空いているかどうかで言えば空いているが…俺はすぐには答えない。御道は理由を言わず先に許可だけ取ろうとする様な奴じゃないが…安易に許可して後悔するのも嫌だしな。
「さっき宮空さんに言われたんだよ、話があるから時間とってほしいって。暇なら今すぐにするし、用事があるなら後日でいいってさ。どうする?」
「どう、ねぇ…お前はどうなんだよ?」
「俺は今日で構わないと思ってるよ、今日なら生徒会も無いし」
「ふぅん…ならそうするか。緋奈がまた心配しそうだから、あまり長居は出来ねぇけどな」
「はいよ、んじゃ伝えてくるから荷物まとめてて」
律儀に伝令役を自ら行う御道。御道が伝えに行っている間に荷物を鞄に突っ込んでいると、丁度鞄を締め終わったところでまた御道が戻ってくる。
「了解だってさ。ほら行くよー」
「行くって…どこに?」
「近くの店、具体的にどこにするかは外出てから決めるってさ」
「あそう」
昨日みたいに双統殿には行かないのか…と思いつつ俺は立ち、クラスを出た時宮と宮空を御道と共に追う。
そうして数分後……
「なんかこうして男女二人ずつで歩いてると、青春部活系作品のワンシーンみたいだよね」
「あー、確かに。夕方になってれば尚それっぽいけど…」
「夕方まで待つならその間に話が済むわね」
普段通りの雰囲気で話している三人。しょっちゅう一緒にいるトンデモ美少女コンビは当然の事として、御道も御道で普段から社交的、しかもそこそこ女子とも話す事もあって、二人の雰囲気に上手く順応している。それに対して俺は……
(…ここまで蚊帳の外感があるのは初めてだ……)
完全にあぶれていた。まるで話には入れずにいた。普段ならこっちから距離とっちまってるから蚊帳の外である事感じる事は無かったが、今回は距離とる訳にもいかないから辛い!…なんか、今の俺は日常パート(特に学校内)ではまぁまぁ出番があるけど、メインストーリーには殆ど絡まない主人公の男友達キャラっぽくなってる気がする……。
「で、結局どこにする?妃乃の意見はいいとして「いや聞きなさいよ」顕人君、なにかある?「ちょっ、無視?無視なの?」」
「あー…ええと、時宮さん…」
「…気遣いは無用よ…」
「そ、そう…つっても俺もどこがいいって事はないし…千嵜は?」
「え、俺……?」
なんか時宮と宮空の間柄がよく分かる会話だなぁ…なんて思いながら聞いていたら、突然御道が俺に話を振ってきた。……はぁ?…と一瞬思ったが、よく見ると御道は俺を気遣う様な目をしている。お前…時宮に気を遣ったり俺に気を遣ったり大変だな……。
「そうだなぁ…無難にファミレスとかジャンクフード店とかでいいんじゃね?定食屋や居酒屋じゃがっつり頼む感じになるし」
「居酒屋って…私達全員未成年なのにわざわざ居酒屋行く訳ないでしょ…」
「いや俺精神は十分大人だから」
「身体はしっかり高二でしょうが」
『 ? 』
俺の正体について知らない二人がきょとんとする中、俺と時宮は些かツンツンとしたやり取りを交わす。…そういや、時宮って人付き合い悪い俺にも変な距離とったりしないんだよな。流石宗元さんの孫娘。
「ま、そういう事で俺はファミレスやらジャンクフード店やらを推す。ま、別に他の所でもいいけどな」
「だってさ。俺は喫茶店なんかも考えたけど…なんかちょっと洒落過ぎだね、喫茶店はいいや」
「…じゃ、ここは一つジャンクフード店にしましょうか」
「うーん?ねぇねぇ妃乃、どうしてファミレスじゃなくてジャンクフード店なの?」
「べ、別にいいでしょ。あれよ、丁度あそこにあるからってだけよ」
ちょっと動揺した様子の時宮と、何か分かってる様子の宮空。今度はこの二人しか分からないやり取りで、俺と御道が頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
…まぁそれはともかく、宮空の方も別段ジャンクフード店が嫌だった訳でもないらしく、行き先はその近くにあったジャンク店…ってこれじゃ意味変わるじゃねぇか、略しミスったな…ジャンクフード店に決定。ぱっぱと行って、時間が時間だから各々軽く注文して、席取って……あー、まぁ要は十数分後だ。
「さて、それじゃ早速本題に入りましょ」
委員長っぽいキャラクターに違わず(実際は委員長じゃないが)場を仕切る時宮。それを俺達はそれぞれポテト摘むなりシェイク飲むなりしながら聞く。
「取り敢えず、貴方達二人は昨日それぞれのトップに挨拶して、検査もした。そこはいいかしら?」
「いいぞ」
「俺も。…ん?トップ?」
「えぇ、そうだけど?……綾袮、ちゃんと私と派閥の事も話したのよね?」
「…あ、ごめん。妃乃も霊装者って事は言ったけど、立場までは言ってなかった…」
「しっかりしなさいよ…いいわ、私が自分で言うから」
どうやら宮空はキャラ通りちょっと抜けてるところがあるらしい(俺はさらっとだが衝撃の発言の後聞いた)。…なんでこの二人は仲良いんだろうな、分かり易い凸凹コンビなのに。
「…と、いう事よ。分かってくれたかしら?」
「うん、時宮さんはふざけず真面目に説明してくれたから分かり易かったよ」
「うっ……」
「貴方こそ変に茶化したり余計な事言ったりしなかったから、私も説明し易かったわ」
「ぐっ……」
遠回しな棘を感じる御道と時宮の言葉にまず宮空が、続いて俺がダメージを受ける。ど、どっちも突っ込みタイプだからって気が合ってやがるな…。
「…俺達は小粋なジョークを提供しただけだと言うのに……」
「わたし達のささやかな潤いを感じてくれないなんて…」
『その結果(俺・私)が得たのは疲労なんですけどねぇ…?』
『ちぇー…』
それぞれで皮肉たっぷりの返答を行い、それぞれで不満を口にする。…時宮と宮空は担当をそれぞれ間違えたんじゃないだろうか。御道と時宮じゃ淡々と話すだけになりそうだし、俺と宮空じゃ収集がつかなくなりそうではあるが。
「ま、それはさておき改めて…貴方達は昨日検査を行った。それはつまり、霊装者の卵からひよこになったって事よ。……ひよこと言うには両方特殊過ぎるけど…」
「んぁ?俺はともかく…御道もなのか?」
「そうよ、経歴的には圧倒的に悠弥の方が特殊だけど、能力的にはね」
「へぇ……マジなの?」
「何故そんな『あり得ね〜』的な顔しつつ言う…いや俺も最初信じられなかったが……」
昨日聞いた時もそうだったが、高校からの友人である御道は『普通の人間』という印象が強過ぎでどうにも「あー、そうなのか」とはならない。…信用してない訳じゃないが、どうしても…って事、稀にあるよな。
「…で、そういう事だから気を付けなさい。一度霊装者となれば、それだけで段階が一つ変わる様なものだから」
「段階…?」
「魔物の見る目、って言った方がいいんじゃない?別にこっちサイドで扱いが変わったりする訳じゃないし」
「それもそうね…綾袮の言う通り見る目が変わるわ。具体的に言えば、強い魔物に狙われ易くなるって事よ」
「普通の人より潜在能力者、潜在能力者より霊装者の方が質量共に霊力がいい場合が多いからな」
「そういう事か……って、千嵜知ってたの…?」
「あー…ま、一応俺は色々知ってんだよ。色々あってな」
過去の事は出来る限り話したくない…訳ではないが、安売りしたい訳でもなく、それで変な気遣いされるのも嫌だという事で俺は理由をぼかす。すると御道も「…そか」とそれだけ返して終わらせる。……ほんと、いい奴だな。
「…ん?でも気を付けるったってどうすれば…?」
「感覚的に何か不味そうだなぁ、胸騒ぎするなぁ…って方には近付かない様にするといいよ。一応わたし達二人も出来る範囲で君達の安全確保するからさ」
「それは助かるけど…感覚に頼るで大丈夫なの?」
「感覚は感覚でも、霊装者としての感覚よ。検査項目に探知ってあったでしょ?あれよあれ」
「あ、そういう…」
霊力探知は文字通り霊力を感じ取る能力。それは魔物に対しても有効で、才能に乏しくても何となく近くにいれば感じ取る事が出来る。とはいえ対象との距離や正確な方向、種類や数等はきちんと鍛えなければ分からないから、実戦て使うには乏しいままじゃ困る能力…って俺は誰に説明してんだろうか…。
そんなこんなで話は一区切り。続いてこういう事は口外するなだの、間違っても力を使って犯罪なんて犯すなだのと割と当たり前な…でも確かに釘を刺しておく必要はある感じの話が進み、数十分したところで一区切り。仕切りをしていた時宮も少し疲れたのか休憩を入れる。
「…まぁ、ここまで言っておいてアレだけど、本格的な事は正式に所属してから話す事になるわ。話過ぎて判断に悪影響及ぼしちゃ不味いし」
「そうそう。あ、顕人君ちゃんと考えた?」
「え、もう答え出さなきゃ?」
「ううん、ちゃんと考えてるのかなーって質問だよ」
時宮が気を抜いた為か、雰囲気も全体的に緩いものとなり、会話も説明から雑談へと移行。談笑混じりに話を続ける中、俺は思う。……正式に所属してから話す、か…。
「一度所属したら抜けるのは難しいからね。組織としては軍に近い扱いだから」
「軍…突然物騒になったね…」
「そりゃ霊装者の歴史は戦いの歴史だからね。魔物相手は勿論、時には霊装者同士で戦う事もあるし、第二次世界大戦の時は霊装者も戦争してたんだよ?あくまでそれも霊装者同士だけど」
「マジっすか……」
「だから、もしかしたらそういう事もあり得る…って考えて決めてね。まあ、大戦レベルは数百年から数千年に一度だから、わたし達の生きてる内に起きる可能性は低いけどね」
「綾袮、それフラグになるから止めなさい……悠弥、貴方もちゃんと考えなさいよ?貴方の場合、実情知ってるから判断ミスなんてしないと思うけど」
「あー……」
何も知らない(知らなくて当然だが)御道とゆるゆるながらもしっかりと伝える宮空の会話を、何とも言えない気持ちで聞いていたところで、時宮が俺に声をかけた。
……これは、丁度いい機会だ。俺は多分世間一般で言えば遠慮したり相手に引け目を感じたりをあまりしないタイプだが、それでもそういう事が全くない訳じゃない。だから少し躊躇っていたが……話を振ってくれたなら、丁度良い。
「…その事なんだが……」
「────悪ぃ、俺は所属しない事にするよ」
俺は、その世界に背を向ける事を、選んだ。