ASH SNOW ~それでも俺たちは生きたいと願った~   作:苺ノ恵

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どうも九条明日香です。

二か月ぶりに駄文を書きました。

よろしければご愛読いただけると幸いです。

それではどうぞ


泥水って言わないで

 

 

 

 

暗い。

 

視界の全てを覆いつくすような闇の奔流が一帯を満たしていく。

 

時折、ヘッドセットを介して耳腔を波打つ耳障りな奇声は、今自分が身を置いている場の危険性を十二分に警告してくる。

 

吸い込んだ空気が重い。

 

吐き出した息が冷たい。

 

紫色の粘性のある胞子が木々を侵食している光景を観て、思わず首に巻き付けたマフラーに鼻をうずめてしまうのも、潔癖の性質から汚らわしいものへの生理的嫌悪を否めない私の面倒な特徴の一つであろうか。

 

そっと、地面に左手を触れさせる。

手袋越しに冷え切った土の温度が、独特な香りと共に伝わってくる。

 

多くの人々がこの場で命を落とした。

 

しかし、その証はどこにも存在しない。

 

遺体も無ければ墓もない。

 

ただ、確かにここで死んだ。

 

その事実だけが、行き場を無くした死者達の啓示の如く、ゆらゆらと浮遊し続けている。

 

身体も血もその存在すらも、人の持つありとあらゆる根源の全てを、奴らは喰らい尽くしていった。

 

そんな場所に、私は足を踏み入れている。

 

この幾度となく味わってきた【戦場】の空気に自分が慣れる、慣れてしまう日は果たして来るのだろうか。

 

どれだけの経験を積もうと、自分の性分ではこの先も似たような経験をすることになるのだと、自嘲気味に諦めの笑みを浮かべては嘆息する。

 

ブリーフィングでの指示通り、所定の配置についてはや数分、索敵も既に終えて手持無沙汰にしていた私の通信機器に漸くの陽が灯る。

 

『_______こちらアーチャー。アサシン、応答願う』

 

ヘッドセットからの通信に私は辟易とした声で応答する。

 

「こちらアサシン。ターゲットを目視にて確認、いつでも交戦可能よ」

 

ただでさえ予定時刻をオーバーしているのだ。

 

多少、要らぬ思案に駆られていたとしても仕方がない…と、誰に申し開きするわけでもない言い訳を並べては、少しばかりの皮肉を交えて相棒に八つ当たりをしてみる。

 

僅かなノイズ音の後、彼は私の言葉の意味に気付きながらも、それをはぐらかすかのようにしながら淀みの無い口調で白々しく謝罪する。

 

『アーチャー了解。悪い、狙撃ポイント到着まで残り120秒はかかりそうだ。それまでは一服でもしててくれ。ジュースがバックパックに入ってる』

 

こんな時までこいつは何を呑気なことを言っているんだと苛々を通り越して呆れたが、暇なことだけは事実なので、大人しく御相伴に預かることにした。

 

渋々バックパックを漁ると、黄色い缶に大きな黒字のフォントが施されたものが見つかった。

 

「………ねえ?なんか泥水入ってたんだけど?何、嫌がらせ?」

 

『泥水っていうな!MAX COFFEEってかいてあるだろうが』

 

食い気味に応答が返ってきた。

 

「?だから泥水でしょ?」

 

『「え、あんた何言ってんの?」みたいな顔して首傾げてんじゃねえぞ。お前、俺だけじゃなくて全世界のマッ缶ファンを敵に回したからな。生産者が聞いたら号泣するぞ?』

 

「私はこの全く意味のない不毛な会話に今にも涙が出そうよ」

 

時間の無駄としか言えない会話をしながら、なんとなくバックパックの中身を確認すると、出撃前と明らかにグレネードの数が異なっていることに気がついた。

 

「…話変わるけど、前に装備の補充したのいつだっけ?」

 

『?一週間前だろ?』

 

「二日前に一人で出撃してたわよね?」

 

『したな。ムカデ型の気色悪いやつが相手の。グレネードが無かったら危なかったぜ…。(主に俺のキモイ叫び声を他の民警に聞かれて黒歴史になる的な意味で)…ボソ』

 

「…それで?装備はその時のままなの?」

 

『そんなわけないだろ?朝、お前のバックパックからちゃんと補充しといたから心配はいらないぞ?』

 

(そっか、じゃあ次はちゃんと私の分も補充しておいてね)

 

「誤爆して頭頂部だけ剥げればいいのに…」

 

『本音出てるぞ?…こういう時は助け合うことが重要なんだって社長も言ってただろ?持ちつ持たれずだ』

 

「相方にに助ける価値が微塵も無い場合はどうしたらいいの?」

 

『人って漢字はな、片方がもう片方に寄りかかってできてるんだ。つまり、片方が楽することを容認してしまっているわけだ。だから、腐らずに頑張って俺を助けて下さい。お願い、見捨てないで』

 

「既に根性が腐りきっている人には死んでも言われたくないわ」

 

『そもそも俺がこうして外に出てせっせと働いてること自体、奇跡みたいなもんだからな。本音言うともうお家帰ってプリキ〇ア観たいし。最強に可愛くて強い初代の二人を鑑賞しながらハアハアして、カマクラをモフモフして癒されたい』

 

「何年前のアニメ観てんのよ。男は黙って【天誅ガールズ】でしょう?」

 

『ツッコムとこそこかよ…。分かった、悪かったよ。この仕事終わったらマッ缶もう一本あげるから許してくれ』

 

「あなたって本当に屑で無能よね?…ああ、それだと屑で無能な人たちに失礼ね。ごめんなさい」

 

『…最近お前の言うことが社長に似てきたと思うのは俺の気のせいか?』

 

「あんな甲板胸と一緒にしないで。絞め殺すわよ?」

 

『お前ら付き合い長いのにほんと不仲だよな…。つーかこの通信社長に傍受されてるかもだからそういうこと言うのマジやめて。お前に絞め殺される前に、社長に社会的に殺される…!』

 

「そうなったら一緒に他の民警会社に移籍すればいいじゃない?」

 

『今更再就職なんて嫌すぎる…』

 

「まだ高2でしょ…」

 

『だからこそだ。早く大人になって稼げるようになりたいなんていってるやつは働き出して、残業続きの毎日、上司からの理不尽な説教、安月給などなど多くのストレスに押し潰され安い酒に溺れ愚痴りながら「やっぱりあの頃がよかったなあ…」とか言って絶対後悔することになるんだよ。よって俺は、いつまでも子供のままでいたい。なぜなら働きたくないからな』

 

「ふーん」

 

遂に私は彼と会話することを放棄した。

 

生返事したのもそれが理由だ。

 

彼の言動に幻滅した?それもある。

 

ただ、それだけではない。

 

あと10秒で彼が狙撃ポイントに到着するのだ。

 

それは、つまり____

 

『でも、死ぬのはご免だ。怖いからな』

 

カシャンッと、コッキング音がヘッドホンに響き渡る。

 

「じゃあ、どうするの?逃げる?」

 

軽口を叩きながら私は立ち上がる。

 

背後から凄まじい速度でこちらに向かってくる異形の影と轟音に等しき足音。

私はグリップに手を添えて前だけを見つめ続ける。

 

恐怖など微塵も無かった。

 

『そうだな。じゃあ、進行方向に向かって回れ右して後ろ走りでもするか』

 

次の瞬間、私の背後で狂気の牙を自身の体液で濡らしながら異形の影が崩れ落ちる。

 

遅れて鳴り響いたスナイパーライフルの銃声。

 

それが何を意味するのかはもう分かってる。

 

「それ、結局前に進んでるじゃない」

 

『あれ?そうだったか?…まあいいや____こちらアーチャー、ポイントに到着。これよりアサシンの後方支援に移る。_作戦開始_』

 

「作戦開始了解。アサシン、突入します!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

明るい。

 

夜空を駆け巡る彗星のような光の軌跡が空間を縦断する。

 

時折、ヘッドセットを介して耳腔を波打つ鮮やかな銃声は、今自分が生きて・生かされているという実感をあるがままに伝達してくる。

 

吸い込んだ空気が軽い。

 

吐き出した息が熱い。

 

黒き森林にマズルフラッシュのイルミネーションが施される。

 

今宵もまた一筋の銃声と共に戦場の円舞曲が開幕する。

 

朱眼の少女は可憐な笑みを浮かべ、敵となる存在の全てを冥府へ誘う死神のように。

 

灰色の少年は非情に冷徹に合理的に、真実を捻じ曲げ道理を嘲笑う道化師のように。

 

二人の怪物は今日も戦場を駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも、【ぼっちは語れない】のプロットが全く進んでいない九条明日香です。

ハーメルン様にお邪魔したのも二か月ぶりで自分のタイピング速度の劣化具合に悲しみを隠し切れませんでした…。

文章力はそのままでよかったです!(元から皆無)

なんとなく書きたくなって頭の中に眠っていた話を書いてみましたが…この話って需要あるのでしょうか?

一話で打ち切り展開とか悲しすぎる。

どうか、温かいコメントを頂けたら幸いです。

今日から【ぼっちは語れない】の方も執筆を再開しようと思います。

詳しい更新日時はお伝えできませんが期待せずに待っててください。

それではまたの機会に

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