超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth2 Origins Progress   作:シモツキ

72 / 183
第五十一話 苦くても勝利

わたしは、図書館に何かしらの品を盗もうとする人が潜入していると思っていた。思っていなければ急いで来たりはしないし、実際図書館にはわたし達とは別の存在……不法侵入した者がいた。だからわたしの予想は当たっていたと言えるけど……侵入していた相手は、わたしの予想を遥かに超えていた。

 

「細く、柔らかく、そして温かい……あぁ、これぞ正に甘美!幸福感で本当に甘さを感じてしまいそうだぞぅ!」

 

ロムちゃんとラムちゃんを舌で絡め取り、ぬるぬると舌をうねらせながら恍惚の表情を浮かべる四天王の一角。……まさか、四天王が直々に現れるなんて…。

 

「……って、今はそんな事気にしてる場合じゃない…二人を離して下さい!…えぇと…四天王の人!」

「やはりこの年頃の幼女はいい!オーソドックスだがそれ故に幼女の本質を捉え、基本に忠実ながらも個性を発揮し始めている…王道とはこういうものよ!」

「……え…あ、えと…は、離して下さい!いや離しなさい!」

「だが勿論、この年頃以外は幼女ではないなどと言う様な、器量の低い吾輩ではない!だから敢えて言おう、幼女万歳と!」

「…どうしよう、これ話通じないパターンだ……」

 

わたしはそこそこ声を張ったんだから、聞こえていない筈がない。なのに返答が無く会話が成り立っていないって事は、四天王がわたしを無視しているか、物理的には聞こえていても意識に届いていないかのどちらか。だからこのまま声を挙げていても、反応してくれる可能性は……低い。…こんな時、ユニちゃんだったら……

 

「…………」

「ぬぉっ!?へ、ヘッドショットだと!?」

「あ、避けられた…」

「ぐっ…舐めるのに夢中で敵…それも女神の接近を許すとは、なんたる失態…!」

 

M.P.B.Lの銃口を眉間に向けて、引き金を引いたわたし。もし直撃したら、わたしは千載一遇のチャンスを活かした形になったんだけど…残念。四天王には避けられてしまった。……後者だったんだ…。

 

「…こほん。二人を離して下さい!」

「ふん、いきなり攻撃しておいて何を言うか。……だが、何故かいきなり攻撃された気がせぬのは一体…」

「いきなり攻撃した訳じゃないからですよそれは!もうとにかく離しなさーい!」

「……む、貴様…」

「え……な、何です…?」

「……すくすくと育ったのか…」

「えぇっ!?……ほんとに何なのこの人…」

 

舐める様な目で(舌はまだ二人を舐めてる)わたしの全身を見て…四天王は複雑そうな声を漏らした。…無法者の戦闘狂みたいな黒色の四天王もだったけど、もしかして四天王は皆こんな尖った感じの性格なの…?だとしたら気が重い…。

 

「非常に残念だ…貴様の姉の普段の姿は魅力的だと言うのに……が、それならそれで仕方のない事。この二人は離さんぞ?折角無力化出来ているのだからな」

「……っ…だったら、力尽くで二人を返してもらうまでです…!」

「ほぅ、一人で助けると?これはまた随分と大きく出たものだな。…吾輩は平和主義で、無駄な争いは好まん。貴様が素直に下がると言うのなら手を出さず、そもそもこの二人を傷付けるつもりは毛頭無い…そう言っても、力尽くでかかってくると言うか?」

「当たり前です!どんな提案をされたって、ロムちゃんラムちゃんが苦しんでいるなら、わたしは退きません!」

 

正直この四天王は(性格的に)相手にしたくないし、わたしだって戦わずに済むならそっちの方がいいと思う。でも……四天王は今、ロムちゃんとラムちゃんを苦しめている。二人は目尻に涙を浮かべて震えている。そんな状況で、そんな事をする相手の提案なんて…聞きたくもないよ!

 

「ならば仕方ない…さぁ、出来るものならやってみよ」

「……ッ!エネミーディスク…!」

 

わたしが床を蹴って突撃しようとした瞬間、四天王はエネミーディスクを取り出しモンスターを呼び出した。…でも、開けた場所じゃないここなら……!

 

「はぁぁぁぁッ!」

 

呼び出されてすぐ突撃してきたヒール(又はくらげ)スライヌ系モンスターを斬り裂き、続けて左ストレートを打ち込んで撃破。それを確認した後即座に後ろに跳んで、モンスター群の迎撃態勢を整える。すぐに二人を助けたいけど…下手に突っ込んだら四天王とモンスターに挟み撃ちにされるよね…まずはモンスターを掃討しないと!

 

「近接格闘と射撃を織り交ぜた、良い動きではないか。アクククク、流石は候補生とはいえ女神の名を冠する者と言ったところか」

(やっぱり、本棚が多くてモンスターは上手く動けてない…これなら、テンポよく倒せる…!)

「……しかし、所詮は候補生か。はてさてプラネテューヌの候補生よ…」

 

扇状に牽制射撃を撃ち込んで、本棚が邪魔で上手く避けられなかった個体へと強襲。その個体は一気に倒して、再度わたしは扇状に射撃を……

 

「──今貴様が放った射撃により貫かれた書籍は、ルウィーにとって重要な文化財だったのかもしれぬなぁ」

「……ーーっ!?」

 

M.P.B.Lの引き金にかけていた指。その指を……わたしは止めてしまった。その瞬間、わたしの攻撃が来ないと見たモンスターが一斉に飛びかかってくる。

 

「……っ…しまった…!」

「おっと、これは申し訳ない。貴様にとっては余計な事を言ってしまった様だな」

「じゃあ、今のはハッタリ…?」

「それはどうだろうな。吾輩はただ推測を述べただけ…本当に文化財かもしれぬし、古いだけのただの本かもしれぬ。まぁ、もし文化財であれば、そしてこのまま不用意に書物を女神である貴様が破壊し続ければ、外交問題になる可能性は高いのだろう」

「そんな……!」

 

たらり、と頬を冷や汗が流れるのを感じる。飛びかかりはなんとか避けて、普段の癖…というか身体に染み付いた動きで銃口をモンスターに向けるけど、そこでまたわたしは撃つのを躊躇ってしまう。……四天王からかけられた言葉が、引き金を引く事を躊躇わせていた。

地下いっぱいに文化財クラスの書物が置かれているとは思わないけど、ここは国立図書館で、保管庫なんて名前なだけあって一般公開はされていない(らしい)んだから、この中の何割かが本当に文化財だったとしてもおかしくない。そこで、いつもの様に射撃をしたら…何冊も駄目にしちゃったら……

 

(これがわたしを嵌める策だって分かってる、分かってるのに…!)

 

最初は優位に立ち回っていたわたしは、段々と劣勢になっていく。今のわたしは射撃を封じられただけじゃない。不用意に吹っ飛ばしたり本棚周辺でM.P.B.Lを振ったりは出来ないし、後ろに本棚がある場合は避ける事も満足に出来ない。これがお互い気を付けなきゃいけない点ならまだいいけど…モンスターは文化財なんか気にする訳がなくて、多大なハンデを抱える事になるのはわたしだけ。こんな実力の半分も発揮出来ない状況じゃ、優位に立ち回ったりなんて…出来ない。

 

「さぁどうする、先程も言ったが吾輩は平和主義。今からでも退くのならば、見逃すのも吝かではないぞ?」

「退き、ません……!」

「そうか…ならば仕方ないな」

 

本棚を背にして二体のモンスターを受け止めようとしたわたしだけど、防御はしきれず爪で左脚の太腿を浅く切られる。その瞬間ズキリ、と痛みが走ったけど、そんな事を気にしている余裕は欠片もない。この状況下じゃ、多少の怪我は些末事だって割り切らなきゃ持ち堪えられない。

四天王は戦闘に参加せず、わたしに揺さぶりをかける様な言葉を散発的に発しながらずっと二人を舐め続けている。わたしと四天王、それにロムちゃんラムちゃんとの距離は多く見ても数十mで、それは床を蹴って飛べば一瞬で詰められる様な短い距離。でも、どうしてもその距離が詰められない。……焦燥感が、じっとりとわたしの心に絡み付いていく。

 

(一か八か強行突破をかける?いや、でもそれは危険だし、仮に突破出来てもその先にいるのは四天王…だったら、いっそ有事って事で被害は無視して……戦えるなら、わたしはこんなに追い詰められたりしないよね…)

 

刀身の腹に手を当て、二体纏めて押し返す。その後すぐ押し返した内の一体を刺して倒すけど、まだそこそこの数のモンスターが残っている。

 

(このままじゃ、いつまで経っても二人を助けられない…!)

 

焦る、焦る、焦る。焦りはミスの元だって分かってるけど、二人が苦しんでる中で、自分は満足に戦う事も出来なくて、わたしは焦りを抑えられない。モンスター一体一体の強さはそこまでじゃないから、このまま戦い続ければいつかは突破出来るだろうけど…二人を早く助けなきゃなのに、そんな悠長な事してる訳には……

 

「……も、もういいわよ!もうむりしなくていいから……ひぅっ…は、早くにげなさいよ…!」

「え……ら、ラムちゃん…!?」

 

──その時、ラムちゃんの叫びが聞こえた。それは、悲鳴とか怒号じゃなくて、心からの思いを吐き出した様な…そんな、悲痛な叫び。

 

「わたしは、むずかしいことはわからないけど…ふりなんでしょ!?いつもみたいにたたかえないんでしょ!?だったらにげなさいよバカ!」

「な、何言ってるのラムちゃん…わたしが逃げたら、二人は…」

「わ…わたしもロムちゃんも女神よ!これ位、平気なんだか…らぁっ!」

 

にゅるり、と四天王の舌先が頬を舐め上げた瞬間、ラムちゃんは表情が引き攣り怖気に身体を震わせた。でも、ラムちゃんはわたしに助けを求める様子なんて欠片も見せない。…そしてそれは、ロムちゃんもだった。

 

「わ、わたしたち…たえられる、から…ネプギアちゃんは、にげて…!」

「そんな…でも……!」

「ネプギアちゃん、どんどんけがしてる…ネプギアちゃんがけがするの…ふぇ…い、いやなの…!」

「こ、こんな怪我わたしはへっちゃらだよ!だから心配なんてしなくて……」

「いいからにげなさいよ!こんなやつ、わたしたちだけでたおせるから!たおせるったらたおせるの!」

 

ロムちゃんもラムちゃんも、わたしに助けを求めてこない。化け物みたいな相手に舐め上げられてるのに、助けてなんて一言も言わない。それは何故か。本当に、わたしの助けが要らないから?本当に耐えられるから?……違う。そんな訳ない。この二人が、まだまだ小さい二人が、こんな状況で平気な訳がない。……だったら…それでも、わたしに逃げてって言ってくれるなら…

 

「……こ、のぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

『な……ッ!?』

 

突進してきた魔物を刀身の背でかち上げて、脚に力を入れて込める。そしてわたしは、飛び出した。

わたしが向かうのは二人と四天王のいる場所。周りのモンスターも、モンスターの攻撃も無視して一直線にその場所へと向かう。

これは、危険な行動。分の悪い賭けで、確実性にも欠けている。…けど、二人はわたしの心配をしてくれた。自分達だって辛いのに、それよりわたしの身を案じてくれた。ならもう、分が悪くても確実性に欠けてても関係ない。二人がわたしを思ってくれるなら、わたしも自分より二人の事を優先しなきゃ…そうじゃなきゃ、友達じゃないよ!

 

「二人は、わたしが…助けるッ!」

 

モンスターの迎撃を突破して四天王へと肉薄したわたしは、M.P.B.Lを振り上げる。この四天王がどれだけタフなのかは分からないけど、頭に向けて大上段からの一撃を与えれば二人を離してしまうに違いない。例えどんなにダメージが小さくても、二人を助ける事が出来ればそれで十分──

 

「障、壁……!?」

「ふっ…吾輩を抜かるなよ?」

「あぐッ……!」

 

振り下ろしたM.P.B.Lが衝突したのは、魔力で構築された半透明の壁。それが四天王の発生させた物だと気付いた瞬間わたしは力を込め、障壁の突破を試みようとしたものの…それよりも先に四天王の左右に現れた魔方陣から放たれた、鞭の様な触手によってわたしは返り討ちに遭ってしまった。

膝、腕、それにお腹を打たれて弾き飛ばされるわたし。幸運にも当たったのは全部プロセッサを纏っている部位だったから、多分大きな怪我にはなってないだろうけど……強行突破は、わたしの乾坤一擲の攻撃は、失敗に終わった。

 

「あぁ、なんと健気な幼女の優しさ…それに水を差すのは大いに心苦しい!やむを得なかったとはいえ、自分で自分を叱責したいものだ…!」

「けほけほ…わたしの突撃は、読まれてた…?」

「いいや、保険をかけておいただけだ。しかし、まさかあの時怯えて満足に戦う事も出来なかった候補生がこの様な手に出てくるとは…これは吾輩も高みの見物などと構えてはおれんなぁ…」

 

立ち上がったわたしを囲む、複数のモンスター。それだけならまださっきの状態に戻っただけだけど…それに加えて今は、ついさっきわたしを弾き飛ばした魔方陣からの触手までわたしを狙っている。つまり……ただ失敗したばかりか、わたしは今の攻撃で四天王の警戒心を煽ってしまったのだった。……まさか、一か八かの作戦が裏目に出るなんて…。

 

(…………でも…)

 

四天王が戦う気になった事で、二人の救出は難しくなった。更に言えば、わたしが怪我する可能性も上がった。でも、わたしは諦めない。わたしの心に灯った『一秒でも早く二人を助ける』って気持ちは、この程度で消える様な弱い思いなんかじゃない。どんなに困難でも、また同じ結果になるかもしれなくても、それでも……わたしは、二人を助けたいから…!

わたしは再びM.P.B.Lを四天王に向ける。その瞬間わたしを囲っていたモンスターが四方から飛びかかってきて、それで────

 

 

 

 

 

 

「ピイィィィィイイイイイイッ!」

 

──その瞬間、どこか氷をぶつけ合っている様にも聞こえる甲高い音と共に、無数の氷の礫がわたしの後方からモンスターへと襲いかかった。

 

 

 

 

身体に鋭利な形状の氷が食い込み、唸りや呻きを上げて床に落ちるモンスター。勿論それは、わたしの攻撃でもロムちゃんラムちゃんの攻撃でもない。そんな、ここにいる誰一人予想だにしていなかった出来事にわたし達が唖然としている中……それは、現れた。

 

「ピィィィィッ!」

「え……氷の、鳥…?」

「ご無事ですか、ネプギア様!」

『み、ミナ(さん・ちゃん)!?』

 

再び甲高い音が聞こえると同時にわたしの前へ現れた、巨大な氷の鳥。まるで端整な氷像の様な、しかし確かに羽ばたき鳴き声を上げている氷の鳥。それだけでもかなりの驚きなのに、更にその鳥の背から某アーケードゲームでSPカードを使った時の演出が如く颯爽と飛び降りてきたのは……なんとミナさんその人だった。

 

『ぽかーん……』

「ご無事の様ですね、それにロムとラムも捕まっているだけ…良かった、それならば一安心です」

「え……いや、あの…」

「しかし、問題はあの敵といったところですか…ならばわたしが援護します、ネプギア様は二人の救出を!」

「わ、分かりました!…って待って待って!そ、その鳥はなんなんですか!?」

 

普段の物腰柔らかそうな雰囲気とも、本気で怒った時の雰囲気とも違う、ある意味イメージからかけ離れた様子のミナさんにたまらずわたしはストップをかける。雰囲気もだけど…まずその鳥は何!?背中に乗ってたし味方なんだろうけど、流石にこれは後回しに出来ないレベルの衝撃だよ!?

そして衝撃を受けたのはわたしだけじゃなかったみたいで…意外にも、四天王まで口を挟んでくる。

 

「その鳥が内包する魔力、並大抵のものとは見えんな……貴様、ミナとはまさかここの教祖か?」

「えぇ、わたしは教祖であり二人の保護者、西沢ミナ。そしてネプギア様、この鳥はわたしの…いえ、西沢家に伝わる魔法によって作り出したものです」

「西沢…そうか、ルウィーの教祖は代々その家系が担ってきたのだったな…」

 

ミナさんの苗字を聞いた途端、四天王の目付きがほんの少し変わる。その口振りからは、警戒のレベルを更に一つ上げたかの様なものを感じる。…ミナさんが高位の魔法使いだって事は聞いてたけど、四天王にすら気にされるレベルだったんだ…す、凄い…。

 

「み、ミナちゃん…どうして、ここに…?」

「ネプギア様との通話が切れる直前、貴女達の悲鳴が聞こえました。…悲鳴を聞いて助けに来ない保護者がいるものですか!」

「ひ、ひめいなんて…」

「隠さなくていいんですよ、ラム。それよりよく今までそんな状況で耐えましたね。もう少しの辛抱ですよ」

「ま、待って下さいミナさん…こんなところで暴れたら…」

 

ミナさんが杖を構えたのに合わせて攻撃姿勢を取る氷の鳥。このままだとわたしの返事を待たずに攻撃再開してしまいそうな雰囲気を感じ取ったわたしは慌ててミナさんに制止をかける。制止をかけて、ここに重要な書物がある可能性をミナさんに話す。

教祖でありわたしより大人なミナさんは、当然ここで不用意に攻撃する事の危険性を理解してくれる筈。そう思ってわたしが話すと、予想通りミナさんはハッとした表情を浮かべた後落ち着いて作戦を練り直し……

 

「そんなもの、後でわたしがどうとでもします!ネプギア様、女神としてその配慮するのは大変立派な事だとは思いますが……今は二人の安全の方が大切なのですよ!」

「は、はい!ネプギア行きます!」

 

…たりはしなかった。それどころか「そんな事を気にしているのですか!」…という剣幕で叱られてしまった。その言葉に後押しされて(というか背中を引っ叩かれて)、四天王へと突貫をかけるわたし。するとやはりモンスターが立ち塞がってきたけど…それは氷の鳥が翼から飛ばした礫と口から放った氷結魔法によって蹴散らされ、わたしと四天王の間に空白が生まれた。

 

「ぬぅ、小癪なッ!」

「同じ手は、喰らいません!」

 

切っ先を四天王に向けたままの突撃。それを邪魔する様に複数の触手がわたしへとしなりながら襲ってくる中、わたしは床に足をつけ右に回転する事で回避。わたしを逃した触手が本棚をへし折るけど…もう気にしない。教祖から気にするなとお墨付きを貰ったんだから、気にする必要なんて欠片もない。

回転から起き上がると同時に床を蹴ったわたしは、再びの肉薄へと成功した。肩掛けにM.P.B.Lを振り上げたわたしと、ぎょろぎょろした目で睨む四天王とで視線が交錯する。

 

「今度こそ、この攻撃で…!」

「同じ手が通用するものかッ!」

「なら…違う手を打つまでですッ!」

 

振り下ろしたM.P.B.Lは、またも障壁に阻まれる。でも、そんなの予想済み。どうせ防がれるって分かっていたから、わたしは敢えて振り下ろす時少し力を抜いて……障壁に当たった瞬間、思い切り力を込めて障壁の上を滑らせていった。

わたしの力が乗ったまま、斜め下へと滑っていくM.P.B.L。その刀身が目指す先は……二人を捕らえる四天王の舌。

 

「二人は…返してもらいますッ!」

 

M.P.B.Lが向かう先に気付いた様子の四天王は障壁を解いたけど、もう遅い。わたしは全力を込めて、そこまでの勢いも全部乗せて、舌に向かって斬撃を叩き込む。そして……ぐにょん、という感触が伝わってきた。

はっきり言って、それは計算外だった。幾ら四天王とはいえこれだけうねうね動く舌が頑丈な訳がなくて、切断する事は出来なくても刀身が深々と食い込む…それ位にはなるって考えていた。けど、実際には…まるで木刀か何かの棒状打撃武器で殴った感じにしかならなかった。…四天王の舌の強度は、わたしの想像を遥かに超えていた。

だけど、そうだとしても、舌へ大きな衝撃を与える事は出来た。舌はわたしが一撃入れた場所を起点に大きくうねり、次の瞬間には真っ直ぐになって……

 

「し、しまったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ロムちゃんとラムちゃんは、自由の身となった。

べちゃ、と音を立てながら床に落ちたロムちゃんラムちゃん。わたしが二人に駆け寄ると…その瞬間に二人は女神化し、四天王に向かって魔法を放った。

 

「ぐぐぅ…!」

「や、やっとあのベタベタからかいほーされた…よくもここまでやってくれたわね!」

「それに、ネプギアちゃんにいっぱいこうげきもした…ゆるさない…!」

 

瞳に闘志を燃やし、四天王を睨み付ける二人。長い間拘束され、舐められ続けていた二人だったけど……そんな様子を見せてくれたおかげで、わたしは心から安堵する事が出来た。

二人の放った魔法を受けて、呻きを上げていた四天王。その四天王を前に、わたし達三人は武器を向ける。

 

「さぁ、これで形成逆転です!」

「くっ、打ちどころが悪いとこんなものか…それに、幼女二人が戦闘可能状態となってしまうとは……奴はまだか…!」

 

当たった魔法はかなりダメージになっていたのか、それともロムちゃんラムちゃんが戦える様になった事が問題なのか、さっきまでとは打って変わって狼狽を見せる四天王。けれど、その後四天王は気になる言葉を口にした。奴って…もしや、ここには他に味方が来てるって事?モンスターならディスクから出せるんだから違うだろうし、まさか他の四天王──

 

「お、お待たせしましたトリック・ザ・ハード様!女神候補生二人の相手をさせてしまって申し訳ありま……げッ、増えてる!?」

「え、し、下っ端!?」

 

…ではなく、下っ端だった。最早お馴染みの下っ端だった。

奴、というのが下っ端である事が分かり、内心拍子抜けのわたし。下っ端はそんなに強くない筈で、この状況なら参戦しても逆転の可能性は低いのに……トリックと呼ばれた四天王は、何故かにぃっと笑みを浮かべる。

 

「遅い!…が、タイミングが良いから許そう!してリンダよ、例の物は確保したのだろうな?」

「勿論です!もうバッチリっすよ!」

「ならば退くぞ!」

「了解です!……え、逃げるんですか!?」

 

得意げにトリックと話す下っ端だけど、逃げると聞いて彼女は驚きを露わにする。

 

「残念ながら、戦力的には我々が不利なのは明白だ。だとすれば逃げるのが最善というものという事位分かるであろう?」

「そ、そりゃそうかもしれねェですけど…トリック様なら女神如きに遅れを取ったりしないでしょう!?アタイも頑張ります、だから…」

「…リンダ、それに将来有望な幼女の二人よ。世の中には二兎追うものは一兎も得ず、という言葉がある。臆病になるのは良くないが、本来の目標である一兎を得た時点で満足出来ぬものは、いずれ自滅するだろう……だから退くぞ!」

「ちょ、ちょっと!?なんで女神にまで言ったんですか!?…けどトリック様がそういうなら…あばよ女神!後プラネテューヌの候補生、お前はいつかぶっ倒してやるからな!」

「ま、まちなさい!あんたたちなんかぜったいにがさな……きゃあっ!?」

 

わたし達に背を向け逃げ出すトリックと下っ端。逃走と同時に下っ端は煙玉を炸裂させ、わたし達の視界を奪おうとする。

それを受け、真っ先に動いたのはラムちゃん。ラムちゃんは風魔法で一気に煙幕を散らそうとしたけど……視界が晴れた瞬間、一瞬にして強い光が視界を埋め尽くした。

 

「ぴ、ぴかってなった…なに、なに…!?」

「これは…閃光弾!?ロムラム、危険ですから魔法を撃ってはいけませんよ!」

「アクククク…感謝するぞ、ルウィーの女神候補生よ。二人を舐めた時の幸福感、あれは何年経とうと忘れ得ぬものだった…この恩は、必ず返すと約束しよう。アクククククククク…」

 

閃光に視界を奪われた中で、トリックの笑い声と謎の捨て台詞が聞こえてくる。煙幕と違って視力そのものにダメージを受けてるからすぐ何とかする事は出来ないし、ミナさんの言う通り不用意に攻撃したら二人やミナさんに当たり兼ねない。逃げているのが分かるのに、手を出せないという歯痒い気持ち。リーンボックスでも味わった思いを再び感じて、そしてその状況と気持ちからリーンボックスでの出来事もトリックが糸を引いていたんじゃないかって思い始めた頃、やっと視力が戻ってきた。……当然、その時にはもうトリックと下っ端はいない。

 

「…逃げ、られた……」

「あー、ムカつく!あんな一発あてたていどじゃきがすまない!」

「せっかく、すいりあてたのに…」

 

まんまと逃げられてしまった事を悔しそうにする、ロムちゃんとラムちゃん。二人はわたし以上にしてやられてた訳だし、わたしも悔しい気持ちは確かにある。……けど、二人程もやもやしてる訳じゃない。だって……

 

「そうだね。……でも、二人を無事助けられたからわたしはそれで満足かな」

「ネプギアちゃん…」

「ネプギア……」

 

トリックを倒す事も盗難事件の犯人を捕まえる事も戦ってる最中のわたしには二の次で、一番大事なのは二人の事だったんだから、ね。

 




今回のパロディ解説

・敢えて言おう、幼女万歳と!
機動戦士ガンダムに登場するキャラ、ギレン・ザビの名台詞の一つのパロディ。犯罪組織員を指揮し幼女を狙う、その名もトリックの野望…な、何でもないです。

・某アーケードゲーム
ドラゴンクエストロードシリーズの事。SPカードやそれを使ってのとどめの一撃の際に出るあの演出の事です。鳥になって現れるといえばやはりこれではないでしょうか。

・打ちどころが悪いとこんなものか
機動戦士Zガンダムのメインキャラの一人、クアトロ・バジーナの名台詞の一つ。別にトリックをガンダムパロキャラにしたい訳じゃないです、偶々なのです。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。