超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth2 Origins Progress   作:シモツキ

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第九話 最後の日、その前に

イリゼさんとの勝負は結局わたし達の勝ちとなり、連れていかれそうになっていたエスちゃんを無事守る事が出来た。……え、そうじゃない?…ふふふ、何を言っているんです?

…まぁ、それはそれとして、その日は涙目で額を押さえる二人を連れて帰った。決着の形以外は満足のいく戦いになったみたいだし、これでエスちゃんも大人しくなってくれると思ってたんだけど……

 

「ねね、おねーさん!おねーさんはどういうタイミングで意表を突くのがベストだと思う?やっぱり大技とか連撃の後で相手の緊張が高まってる時かな!」

「え?…うーん、それは内容によるんじゃない?意表を突くって言ったって、ただ突飛な行動をすればいい訳じゃないんだし」

「だよねー。うんうん、やっぱり戦いは頭を使ってこそよね!」

 

あれ以降、イリゼさんに対するエスちゃんのお気に入り具合が明らかに増していた。

 

「むぅぅ……」

「エストちゃん、ごきげん…」

「戦闘に関する事だから、尚更テンション高いよね…」

 

楽しげに話すエスちゃんと、お茶の入った湯呑みを片手に受け答えするイリゼさんを、少し離れた所で眺めるわたし達。イリゼさんは適当にあしらったりしないし、相変わらず弄られると力一杯反応をしてるから、それがエスちゃんの琴線に触れまくっている模様。…まぁ、時々エスちゃんに着いていけなくて、わたしに「エストちゃんの相手、変わって…」みたいな視線送ってきたりする事もあるけど。

 

「…ねぇディールちゃん。おむねの事でバカにされたって言えば、お姉ちゃんも許してくれるよね?」

「うん、嘘吐いてイリゼさんを亡き者にしようとするのは止めようね。流石にそれはやり過ぎだから」

「……?…ちょっとなら、ディールちゃん止めないの…?」

「……ラムちゃんの気持ちも、分からない事はないし…」

 

何となくラムちゃんの考えが分かったわたしが制止すると、ロムちゃんに突っ込まれてしまった。…だって…エスちゃんはわたしの妹だし…。

…と、ちょっと気分を害するわたしだけど、別にイリゼさんに敵意を持ったりはしない。それは勿論イリゼさんが友達だからだし、それ以上に……

 

「…ふぅ。なんか喉乾いちゃったし、わたしも何か飲んでこよーっと」

「え、あ……嵐の様に来て、嵐の様に去っていっちゃったよ…」

 

……お気に入り具合は増してるのに、これまで通りイリゼさんへの扱いはぞんざいだったから。…同じくエスちゃんによく振り回される身としては、椅子の背にぐったりともたれかかるイリゼさんには同情の念を禁じ得なかったり…。

 

「…別にそこまでエスちゃんに気を遣わなくてもいいんですよ?エスちゃん、イリゼさんが嫌がらないから話し続けてた節ありますし」

「あはは、そうかもね…でも大丈夫だよ。私にとっては、友達が心を許して接してくれるのは凄く嬉しい事だから」

「…そんな事言ってると、その内ラムちゃんからほんとに嫌われますよ?」

「うっ……それは嫌かな…別次元とはいえ仲間だし…」

 

わたしの言葉を受けたイリゼさんはラムちゃんを見ると、ラムちゃんはぷいっと顔を背ける。…前言撤回。その内じゃなくて、現段階で結構レッドゾーンかも…。

 

「……ディールちゃん、ラムちゃんとの間を取り持ってくれたりは…?」

「…それ、後々情けない気持ちになったりしません?」

「するかも…でも、嫌われたり嫌われてる状態にあるよりは、情けない思いをする方が私はいいよ」

 

イリゼさんはわたしを対等の相手として見てくれてるみたいだし、わたしもそう思っているけど…やっぱり『イリゼさんの方が年上』って認識が、わたしは勿論周りにもある。その中でこういう頼り方をするのはイリゼさん的に大丈夫なのか…と思って訊いてみたわたしだったけど、返ってきたのは何ともイリゼさんらしい反応。…所詮別次元の相手だし、なんて答えじゃなくて……ほっとした。

 

「…仕方ないですね…イリゼさん、こっちの通貨ちゃんと持ってます?」

「え?…うん、クエストの報酬がそれなりに残ってるけど…」

「なら…ロムちゃん、ラムちゃん、イリゼさんが明日美味しいケーキのお店連れて行ってくれるってー」

「はい!?」

 

くるりと振り返って二人に呼びかけると、真っ先に驚いたのはイリゼさん。…当たり前だよね、それは。

 

「ほぇ?ケーキ屋さん…?」

「どうして急にケーキ屋さん?…まさか、ケーキに毒を入れてわたし達を……」

「いやいやそういう事じゃないよ。信次元に戻ったらこっちでのお金は使えないし、だからって無駄遣いするのも嫌だから、『お世話になった』わたし達のお礼に使いたいんだって」

 

続けて声を返してきた二人の反応は、概ね予想通り。だからそれっぽくて、しかもラムちゃんの機嫌が取れそうな説明をその場で考えて展開するわたし。ちらりと後ろを見るとイリゼさんが「え、ちょっ…え……?」みたいな顔をしてるけど…嘘も方便だし、嘘は真実にしちゃえば嘘じゃなくなるもんね。

 

「お世話になった…ふ、ふーん…そういう事なら、行ってあげてもいいけど?」

「…好きなケーキ、食べていいの…?」

「うん。そうですよね?イリゼさん」

「それは……も、勿論だよ。私は二人に感謝してるんだから」

「そうなの…?…じゃあ、楽しみ…(わくわく)」

 

ラムちゃんはちょっと気分良さ気にしながらも態度を崩さず、ロムちゃんは素直に喜んで……

 

「話は聞かせてもらったわッ!」

「うわっ!?エスちゃん!?」

「最初の方は知らないけど、わたしもケーキ食べられるのよね?」

「あ……う、うん。エストちゃんもだよ…」

 

丁度戻ってきたエスちゃんもコップ片手にその気になって、もうケーキを食べにいく雰囲気は完成した。これはあくまで口約束だけど…三人の期待を裏切るようなイリゼさんじゃない。

 

「…って事で、明日はお願いしますね」

「お願いしますねって…こういうのは一言言ってからにしてよ…」

「あはは、すみません。…大丈夫ですよ、足りなければわたしが補填しますから」

「そ、それこそ情けないじゃん…そこまで心配されなくても大丈夫ですー」

 

口を尖らせるイリゼさんに苦笑いしつつ、勝手に話を進めた事は謝罪。でもその後イリゼさんは肩を竦めて「しょうがないなぁ…」と言ってくれて、それにわたしが返そうとして……

 

「…っと、電話が…ちょっと失礼しますね」

 

そのタイミングで、わたしの携帯端末に電話がかかってきた。廊下に出つつ液晶画面を確認してみると…かけてきたのは、ネプギアちゃん。

 

「はい、ディールです」

「こんにちは、ディールちゃん。イリゼさんって、近くにいる?」

「…って事は、イリゼさんに用事?」

「うん。イリゼさんの携帯番号が分からない…というか、別次元の携帯で連絡が取れなくて…ごめんね、代わりにかけちゃって」

「それ位謝らなくてもいいのに…」

 

電話の向こうで謝るネプギアちゃんに、わたしは軽く頬をかく。確かにわたしは伝達役にされてる訳だけど…電話が通じないのはネプギアちゃんのせいじゃないし、伝達なんて大変な事じゃない。…けど、こういうのってつい謝っちゃうよね…。

 

「…それで、伝言は何?」

「あ、それはね…」

 

それはさておき、と話の流れを修正。イリゼさんにって事は、信次元関連か何かかなと思いつつ言葉を待っていると……

 

「…明日の夕方には、次元を繋げられるんだって」

「え……あ、明日…?」

 

──その報告は、何ともまぁタイミングの悪いものだった。

 

 

 

 

小さい子四人をケーキ屋に連れて行く事になってから数分後。楽しそうに何のケーキ食べたいか考えるロムちゃんを微笑みながら眺めるラムちゃんとエストちゃん…を微笑みながら眺めてると、ディールちゃんが戻ってきた。……明日には帰れるという、ビックニュースを持ってきて。

 

「夕方なら、ケーキ屋行くのは大丈夫そうだね」

「ごめんなさい…流石に帰る前はゆっくりしたかったですよね…」

「いやいや気にしないでよ、ディールちゃんは悪く……ない事もないか、タイミングは偶然でも勝手に予定作ったのはディールちゃんだし、一言言ってくれればギリ電話間に合ったかもしれないし…」

「…け、結構グサグサ言いますね……」

「あはは、明日帰ると思ったらこっちでの事色々思い出してね。…それで弄られてばっかりだった事に気付いたから…」

「だからって帰るまでに清算しようとしなくても…弄ったわたしが言う事ではないですけど…」

 

昼食を跨いで今は午後。思い出してたら名残惜しい気持ちも出てきて、それを落ち着けようと散歩に出たら…ディールちゃんとエストちゃんが着いてきた。…私と別れるのが寂しいのかな?だとしたら…二人も可愛いところがあるんだから、も〜。

 

「おねーさん、自分に都合良く解釈するのはどうかと思うんだけど」

「う、バレた…ってあれ?エストちゃん出来るようになってるじゃん」

「え?…あ、ほんとだ!ふふん、これで事実上の読心術確保ね!」

「だからそんなものじゃないって…後イリゼさんが帰っちゃったら機能するかどうか怪しいし…」

 

私の前を歩いていたエストちゃんは、くるりと振り向き半眼を私に向けてくる。それからは後ろ向きのまま歩くのを続けていて…見ていて危なっかしい……。

 

「まぁそれはそうとして、おねーさんは明日帰るのよね?」

「…うん。国を持っていなくても、私には私の役目があるからね」

「じゃ、明日はケーキ屋だけじゃなくて、もっと色んな所行きましょ!ディーちゃんもそれでいいよね!」

「それは…駄目じゃないけどさ、ディールちゃんに続いて急だね…」

「仕方ないじゃない、明日開けるって連絡も急だったんだから」

 

ロムちゃんラムちゃんは成長すると『前もって話す』能力を失うのかなぁ…と一瞬思ったものの、考えてみればエストちゃんの言う通り。前もっても何も、って話だもんね。

 

「…ディールちゃんは大丈夫?」

「構いませんよ。それにケーキ食べるだけでイリゼさんに好感持ってくれる程ラムちゃんも単純じゃないですし、明日出来る限り頑張ってみてはどうでしょう?」

「それもそっか…なら、頑張ってみるよ」

「はい。でも肩に力が入っていては駄目ですからね?」

 

アドバイスしてくれたり釘を刺してきたり、本当にディールちゃんはしっかり者。エストちゃんもエストちゃんで破天荒に見せかけて頭が回る事は勝負でよく分かったし、本当に二人は大人っぽい。

 

「…これも経験…いや、過去の成すものなのかな……」

「え、何がです?」

「あっ……う、ううん何でもない…(またやっちゃった…)」

「ふーん…そういえば、おねーさんってわたしやディーちゃんと別れてから何かあったりしたの?」

「あぁうん、あったよ。こっちにも存在するのかどうかは分からないけど、犯罪神って負の神が復活して……」

『犯罪神!?』

 

エストちゃんから訊かれてお互い『あれから』を話していなかった事に気付いた私は、一番大きな出来事である犯罪神と犯罪組織絡みの話に触れ……た瞬間、二人が目の色を変えて食い付いてきた。当然それは面白そう、なんて興味の色じゃない。

 

「は、犯罪神って…犯罪組織が信仰するあの犯罪神ですか!?」

「な、なんでそれを今まで黙ってたのよ!?」

「ちょっ、す、ストップ二人共!圧凄いし…何より周りの目!周りの目あるから…!」

『えっ?……あ…』

 

明らかに態度の変わった二人だけど、自分達の大声で注意を浴びてしまった事に気付いて一旦冷静になってくれる。…けど、周りの人の反応で分かった。周りの人の反応は、単に大声に驚いた…ってだけのものじゃない。

ディールちゃんに案内されて、私達は川に隣接する自然公園へ。川へ降りられる坂の前のベンチの所で、ディールちゃんは足を止める。

 

「…ここなら、周りの注目を浴びずに話せると思います」

「みたいだね…えぇと、落ち着いて聞いてくれる?」

「それって…落ち着いてなきゃ不味い話になるの…?」

「そうじゃなくて、一々さっきみたいなリアクションされたらこっちも困るし…」

 

普段は快活なエストちゃんが、今は落ち着いた…そしてどこか険しさも感じる表情。…これは、冗談も交えて…なんて雰囲気じゃないね…。

 

「…じゃあ、まずは…私を除く女神全員がギョウカイ墓場に向かう、少し前の事からかな…」

 

出来る範囲で無駄を省き、でも必要だと思った部分は細かな部分まで意識して話す私。旅の事も、戦いの事も…その結果、どうなったのかも。…その間、二人は驚いたり不安そうな顔をしたりはしていたものの…変に口を挟んだりせず、頼んだ通りに落ち着いて聞いてくれた。

 

「…それからは、再封印出来るようになるまで待ちつつ犯罪組織絡みの後処理と残り僅かな残党制圧をしてたの。だから後は犯罪神を封印すれば、それで取り敢えずはお終いかな」

「…え、と…はい、丁寧な説明ありがとうございました」

「どう致しまして。…で、話しながら思ったんだけど、もしかして前に迷宮でディールちゃんが話してくれたのは……」

 

迷宮で自分の話をした時は、お互い経歴についてはあまり深く話さなかった。それは相手の経歴そのものはそこまで重要じゃなかったからで、だからこれまで気付かなかったけど…こうして話してみると、あの時のディールちゃんの話と私の話とはかなり似通っている。そして…ディールちゃんが私の言葉に頷いてくれた事で、私の憶測が正しかったのだと判明した。

 

「…じゃあ、やっぱり…こっちでも、信次元と同じ事が起きてたんだ…私の主観だと正しくはこっちと同じ事が信次元でも、になるけど…」

「そう、ですね。でも、大まかな部分は同じでも差異は結構あると思います」

「…そう?」

「えぇ。そもそもこっちはネプギアちゃんしか候補生は最初の戦いに行ってませんし、相手もマジック一人だったらしいですし」

 

そうして今度は二人が話す番。信次元との差異を中心に、最初はディールちゃんがしっかりと、後半はそれまで黙っていたエストちゃんが入ってきてややざっくりとした説明を私にしてくれる。…確かに色々差異があるなぁ…って、いうか……

 

「…あの、二人共…ジャッジの説明、短くない…?」

『……?』

「え、何その『何か問題でも?』みたいな反応…ジャッジだよ?私が相打ちになってた可能性十分にあるあのジャッジだよ?」

「そ、そんな事言われましても…」

「わたし達的には、おねーさんがそこまでジャッジを評価する方がよく分からないのよね。勿論雑魚ではなかったけど、記憶に焼き付くような相手でもなかったし…しかもこっちでの本来のジャッジとは、わたしそもそも戦ってないし…」

 

別に彼は悪くないとか、仲間になれたかもしれないとかは思ってないけど、私にとっては色んな意味で忘れられない相手であるのがジャッジという存在。そのジャッジが二人の説明の中じゃさらーっと流されてしまったから、つい訊いた訳だけど…違うのはジャッジだけじゃないもんね。マジックの強さなんか明らかに別物だし、トリック撃破までの経緯も大分違うし、ブレイブは……関わりが薄かったから、私は何とも言えないけど…。

 

「…不思議なものだね。同じ目的の同じ敵が、同じ組織を作ったのにこんな違うだなんて…」

「まぁ、そもそもこことそちらは似ていても違いの多い次元な訳ですし、何から何まで同じだったら逆に不自然だと思いますよ」

「殆ど同じ事が起きる次元もあったりはするけどね。…にしても、おねーさんにそこまで言わせるジャッジなら、わたしも戦ってみたいかも…」

『言うと思った…』

「えー…ま、言われると思ってたけど」

 

私達二人の言葉にエストちゃんがけろっとした顔で返し、それに私とディールちゃんは「全くもう…」と肩を竦める。

話の内容は決して明るいものじゃないのに、こうして砕けた雰囲気で話す事が出来る。…それはここにそれだけの環境があって、私は二人とそれだけの仲になれているから。……私は、こんな雰囲気が大好き。

 

「でも、良かったわ。犯罪神の名前が出てきた時には驚いたけど、なんかもう解決してるみたいだし。ねー、ディーちゃん」

「え?……う、うーん…イリゼさんの言った通り、解決と呼べるのはその再封印をしてからだと思うけど…そうだね。…一番大変な時にこっち来ちゃって、それで作戦の崩れた信次元の皆さんが犯罪組織に…なんて事にならなかったのは、本当に良かった…」

「え、縁起でもない事言わないでよ…前にエストちゃんにも似たような事言われたけど…」

 

普段容赦ない事を言うのはエストちゃんだけど、偶にディールちゃんも意図せず物騒な事を言ってくる。…勝負の時といい今といい、もしや闇が深いのはディールちゃんの方…?

…と、少しばかり私がディールちゃんに不安を抱いたところで、不意に冷たい風が吹く。それはルウィーではよくある、ルウィーの『普通』の一つの風。

 

「…安心したのは、私もだよ。二人共私と違って普通の女神じゃないし、あれからどうなったのかな…って思ってたから」

『…(イリゼさん・おねーさん)が、普通の女神……?』

「うっ…そ、そこは食い付かなくていいの!…こっちも色々楽じゃなかったみたいだけど、ここは安心して、違う次元から飛ばされてきた私でも『良い』って思える場所があるんだもん。お姉さんは、二人が元気で嬉しいです」

 

何か私がお姉さんぶった瞬間二人に微妙そうな顔をされるも、まぁ問題なし。うんうん、大人っぽくても二人は可愛いなぁ。

 

「…気を付けてね、エスちゃん。イリゼさんは隙を見せるとお姉さんとして接してくるから…」

「うん、気を付けとく…」

「んもう、そう嫌がらないでよ。にしてもほんと、こっち来てからは多少危ない事があっても気を抜いていられる日々が続いた……」

 

相手を挟んで内緒話という、隠す気あるのか無いのか分からないやり取りを受けて苦笑いする私。それからまたこっちでの出来事を思い出して、こっちも優しい人がいっぱいだったなぁと温かい気持ちになって……

 

「……あ、れ…?」

『……?』

 

……気付いた。自分の言葉で、気付かされた。自分が気を抜いていたって。気を抜ける環境だと思って、自然に楽しんでいたって。

来たばかりの時は、それでも「自分だけ休んでいるのは…」と思っていた。でもその気持ちも、クエストという形で活動する中で薄れていった。ブランを始め色んな人が私を快く受け入れてくれて、道で会った人やギルドにいた人も感じがよくて、ディールちゃんとエストちゃんと再会出来た事で心が舞い上がって、何よりここは『信次元じゃない次元』だったから、いつの間にか私は素の私になっていた。ありのままのイリゼでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

────私は大きな大きなものを背負って、その責任を負って……その上で、いつものオリジンハートでいなきゃいけないのに。

 

「……あ…あ、ぁ…あぁぁ……」

「い、イリゼさん…?」

「おねーさん大丈夫?酷い顔になってるわよ…?」

 

身体が芯から冷えていくような感覚。寒さとは違う震えが、胸から全身に広がっていく。

……最低だ。私が皆の信者を、今の信次元を愛する人を駆り立てたのに、煽って戦わせたのに、それから目を離すなんて。犯罪組織にも悪意だけで加入している訳じゃない人も沢山いた筈なのに、それを忘れるなんて。戦いを避ける事より、一刻も早く助けたいって思いを優先してあれだけ大きな戦いを起こしておいて、それからも最善の策だからって沢山の操られた人を傷付けておいて…その中で、人を殺しておいて……私が背負うべきもの全てから目を逸らして、ここで楽しんでいたなんて。…最低だ、最低だ、最低だ……。

 

「…あぁぁ…あぁ、あぁぁあぁぁぁ……」

 

視界が歪み、聞こえる二人の声がぼんやりとしてくる。私はずっとそれを背負ってなきゃいけないのに。楽しい時も、悲しい時も、幸せな時も、ずっと心の奥底でそれを感じて、感じ続けてなきゃいけなないのに。それこそが、何人もの人を戦いと苦しみに誘った私の、十字架だったのに。最低だ。私は最低だ。最低、最低、最低……最低最低最低最低最低最低最低最低…………

 

「……イリゼさんッ!」

「……っ!」

 

前から両肩を掴まれて、ふっと私は我に返る。我に返った時、私の目の前にいたのは……真剣な表情をした、ディールちゃんだった。

 

 

 

 

突然様子のおかしくなった、おねーさん。何が引き金になったのかは分からないけど、息が荒くなって、呻き声を漏らして、真っ青な顔で俯くおねーさんは、どう見たって普通じゃない。切っ掛けも、原因も分からなかったけど…何が起きているのかは、はっきりと分かった。……おねーさんがしていたのは、自分で自分が許せなくなった人の目。

そんなおねーさんを、放っておける訳がない。そう思ったわたしは、取り敢えず行動しようと立ち上がりかけて……それよりも先に、ディーちゃんが動いていた。

 

「…ぁ……え…ディール、ちゃ……」

「深呼吸です、イリゼさん。ほら、吸って…吐いて……」

「……っ…すぅ…はぁ……」

「そうです。じゃあ、もう一度」

「…すぅ……はぁ……」

「……では、エスちゃんは?」

「…ぶっとびガール…」

「…多少は落ち着いたみたいですね。ふぅ……」

「え、待って。なんで今わたし出したの?なんでぶっとびガールはスルーなの?」

 

両肩を掴んだディーちゃんは、おねーさんに目を合わせ、静かな…でも深みのある、どこかお姉ちゃんみたいな声音でおねーさんを落ち着かせていた。……わたしを出した理由はさっぱりだけど…。

 

「……ご、ごめん二人共…今、私……」

「大丈夫です。気にしないで下さい」

「で、でも……」

「わたしが大丈夫と言ってるんだから、いいんです。エスちゃんもそう思うよね?」

「あ……う、うん。わたしも同感」

 

ついさっきまではお姉さんぶっていたのに、今や襲われた子供の様に瞳を震わせるおねーさん。そんなおねーさんを宥めるディーちゃんは、わたしから見ても頼もしい雰囲気。

 

「…………」

「…………」

「……えぇ、と…」

(…エスちゃん、これからどうしよう…?)

(どうしようって…見切り発車だったんだ……)

 

……と思いきや、アイコンタクトで意見を求めてくるディーちゃん。…そりゃわたしも一先ず動こうと思ってたし、考えてる間もおねーさんの状態が悪化する可能性は十分にあったけど…うーん、やっぱりディーちゃんはディーちゃんかも…。

 

「…おねーさん、何か辛い事思い出しちゃった?」

「…忘れちゃいけない事を忘れてた事を、思い出した…」

「忘れちゃいけない事?…っと、待った前言撤回。言いたくない事なら言わなくていいからね?」

 

選手交代…じゃないけど、ディーちゃんから引き継ぐ形で今度はわたしが言葉をかける。おねーさんが豹変した理由は何にせよ、ざっくりでもそれが分からなきゃわたし達は話のしようがない。大丈夫大丈夫って言えばそれで安心する程、おねーさんは幼くないんだから。

 

「……言いたくない、訳じゃ…ないけど…」

「…わたし達以外の方がいいですか?それとも、場所を変えます?」

「…ううん、ここでいい」

「じゃ、おねーさんのタイミングで話して。それまでわたし達は待ってるから」

 

こういうのは、ぐいぐい話しかけちゃいけない事位わたしも分かってる。だからディーちゃんと目を合わせて、黙っておねーさんの言葉を待っていると……ぽつり、とおねーさんが声を漏らす。

 

「……守護女神の四人を助ける時、犯罪組織を壊滅させる作戦を決行した、って言ったでしょ…?」

「…えぇ、聞いたわ」

「…操られた人を助ける為に、強引な手段で動かないようにしたとも、言ったでしょ…?」

「はい。聞きました」

「……他にも作戦はあったのに、これを選んだ。その結果が影響して、残党は操られる事になった。…だから、私は背負ってなきゃいけないのに…私がそうさせたんだって、責任があるのに……」

(…これは……)

 

罪の意識に苛まれているような声で、話してくれたのはおねーさんの背負ってるもの。背負わなきゃって、思ってるもの。…それが本当に背負うべきなのか、それとも思い過ぎなだけかは何とも言えないけど…一つわたしは、思う事があった。そして多分、ディーちゃんも同じ事を思っている。

 

「なのに、私は忘れてた…気を抜いて、忘れちゃってた……」

「あの、イリゼさん…それは……」

「酷いよ…最低だよ、私…私も女神なのに、私は背負う覚悟をして、これまでそうしてたのに…なのにこれじゃ、これじゃ私……」

「すとーっぷ。おねーさん、それ以上は駄目よ」

 

また不安を感じる様子になってきたおねーさん。それに気付いたディーちゃんが止めようとして、でもそれを聞こえてないのかおねーさんは話を続けようとしたから……わたしはおねーさんの口を手で塞いだ。…たーっち、なんてね。

 

「むぐぐ……!?」

「おねーさんの思いは何となく分かったわ。長年の付き合いでもないわたしが何言ってるんだって思うかもしれないけど、おねーさんらしい思いだと思う。…でも、それはわたし達にするべきじゃない」

「……二人に、するべきじゃない…?」

「だって、わたしもディーちゃんもおねーさんとは友達だけど、おねーさんの抱えてるものに対しては全くの無関係だもの。そういうのは、一緒に同じ問題へ立ち向かった仲間へするべきだもの。…他に話すべき人、おねーさんにはいるでしょ?」

「あ……」

 

なんていうか、それは裏切り…じゃないけど、良くないよね…ってわたしは思う。おねーさんが信次元の仲間を信頼してない訳ないし、だからこれは偶々ここにいるのがわたしとディーちゃんだったってだけなんだけど……それでもおねーさんは、落ち着いたら落ち着いたでそれが心に残っちゃうんだと思う。…だっておねーさん、優しいから。

 

「支えが欲しいというなら、支えます。…でも、わたしも話すならわたし達じゃないと思いますよ。信次元の皆さんだって、イリゼさんの思いを知ったらきっと自分達に話してほしいと思う筈ですから」

「…そう、かな……?」

「…信次元の皆さんは、イリゼさんの抱えてるものなんか知った事か…なんて考える人達なんですか?」

「そ、そんな訳ないよッ!…うん、そんな訳ない…んだよね…」

 

わたしに続いたディーちゃんの言葉におねーさんは強い反応を見せて……それから、やっと少し穏やかな表情が戻ってきた。…それだけで分かる。おねーさんが、どれだけ仲間を大切にしてるかって事が。

 

「なら、やっぱりわたし達に話すべきじゃないでしょ?」

「…うん、そうだった……」

「分かってくれたのなら安心です。もう、急に豹変して驚きましたよ…」

「ほんとにごめん…じゃ、じゃあさ……」

『……?』

「…今は…明日帰るまでは、これまで通り…二人には話さないまま、最後までいてもいい…かな…?」

 

少しずつ元気を取り戻し、顔色も良くなっていくおねーさん。それからおねーさんは、不安そうにわたし達へ問いかけてきたから……わたしはにっこりと笑って、おねーさんの背中を引っ叩く。

 

「とーぜんよっ!陰気臭い顔してたって面白くないし、明日は色々しようって思ってるんだから、最後まで元気でいてくれなくっちゃ!だからこれまで通りに頼むわよ、おねーさんっ!」

「わああぁぁぁぁああぁぁっ!!?」

「うんうん……うん?わぁぁ…?」

 

わたしとしては冗談半分、元気付け半分で行った背中への一発。でも何故かおねーさんから返ってきたのは叫び声で、おかしいなぁと思って見直したら……おねーさんが坂から転げ落ちていた。

 

「ちょ、え、エスちゃん……」

「……や、やっちゃった…」

「やっちゃったじゃないよ!?うわぁ!イリゼさん大丈夫ですか!?」

 

ごろごろごろ、どっぼーん!…と、おねーさんは草の生えた坂を転げ落ちて、川へと入水。中々の水飛沫が上がる中、慌てて走り出したディーちゃんに続いてわたしも川岸へ。……流石のわたしも、今はちょっと冷や汗が…。

 

「う、うぅぅ……」

「あ、足は…付く水位ですね、よかった…」

「よかないよ…びしょびしょだよ……」

「あ、あははー…わ、わざとじゃないのよ…?」

 

全身突っ込んだおねーさんはずぶ濡れで、項垂れながら川岸の方へやってくる。…けど、おねーさんが次に発したのは意外な言葉。

 

「……でも、ありがとねエストちゃん。威力はあり過ぎだったけど、気持ちは伝わってきたよ」

「お、おねーさん……」

「…手、貸してくれる?」

「そ、それは勿論!」

 

優しい笑顔と共にそう言ってくれた事で、わたしもほっと一安心。それからおねーさんが手を出してきたから、わたしも手や袖が濡れる事なんて気にせずおねーさんの手を握って……

 

 

──川に引き込まれた。

 

「きゃあっ!?」

「あははははっ!引っかかったねエストちゃん!」

「ぷはっ…!も、もう!何するのよおねーさん!」

「何するも何も、先にやったのはエストちゃんでしょ?私だってやる時はやるんだからねっ!」

「わぷっ……や、やったわね!ならわたしも容赦しないんだから!」

 

酷い仕打ちに抗議するわたしに対し、おねーさんは悪戯っぽい笑みを浮かべながら水をかけてくる。それを宣戦布告と受け取ったわたしは、思い切り水を掬っておねーさんへ反撃。わたしとおねーさんによる着衣水かけ合戦が、驚く程突然に開始される。

 

「ほぉら!この水位なら私の方が有利!」

「ふーんだ!背の高さの違いが戦力の決定的差ではない事を教えてあげるわ!」

 

全身を使って水をかけ合うわたしとおねーさん。…一応言っておくけど、別に恨みを晴らしてやろう的な気持ちでやってる訳じゃない。そしてわたし達が一進一退の攻防を続ける中、近くで冷ややかな視線を向けている女神が一人。

 

「……子供じゃないんだから…」

「…………」

「…………」

「……おねーさん!」

「うん!」

「え、な、何……わああああっ!?」

 

見てるだけならいざ知らず、呆れられたらわたし達だって見過ごす訳にはいかない。…という事でわたしとおねーさんは協力し、二人でディーちゃんにも水の洗礼を叩き込んだ。当然ディーちゃんはそんな事を予想してなくて、わたし達に続いて三人目のずぶ濡れ女神に。

 

「やったぁ!大成功ね、おねーさん!」

「ふふん、さしものディールちゃんもこれは対応出来なかったみたいだね!」

「……ふ、ふふふ…」

『……へ…?』

「…いいよ、二人がその気なら…わたしだって容赦しないんだから…っ!」

『うわぁぁ!?み、水魔法使ってきた!?』

 

ディーちゃんが手を振ると同時に川から二つの水の柱が生まれ、それがわたしとおねーさんへ。わたし達が水流に襲われる中、本気の目をしたディーちゃんも本格参戦。……そうしてわたし達は、最終的に三人で戦う事となった。

水をかけて、かけられて、時々足を滑らせて、自然に笑いが漏れて。濡れた服が張り付いたり重かったりするのは不快だし、勿論寒くはあったけど……それでもこの時の水かけ合戦は、とっても楽しいものだった。…やっぱり、折角おねーさんがこっちにいるなら、その間は楽しくいなくっちゃよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、身体が冷えきるまで三人は川で遊んでいたと?」

『はい……』

「ここはルウィーで、雪だって降ると分かった上での水かけだったと?」

『はい……』

「……子供じゃないんだから…」

『…うぅ……』

 

……帰ったらお姉ちゃんや皆に心から呆れられちゃった。…てへっ☆




今回のパロディ解説

・「話は聞かせてもらったわッ!」
MMR マガジンミステリー調査班の代名詞的なネタ(台詞)の一つのパロディ。この時エストが持ってた飲み物は、多分ジュースです。可愛らしいですね。

・ぶっとびガール
ポケットモンスター ブラック(2)・ホワイト(2)に登場するジムリーダーの一人、フウロの二つ名の事。エストの場合、大空ならぬ次元のぶっとび、ですかね。

・「〜〜背の高さの〜〜教えてあげるわ!」
機動戦士ガンダムの登場キャラの一人、シャア・アズナブルの名台詞の一つのパロディ。因みにこの後三人は風邪引いたりはしてませんので、ご安心を。

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