超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth2 Origins Progress   作:シモツキ

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第百五十九話 全ての思い、その先で

空へと昇る、負のシェアの奔流。見た者の心をざわつかせる、誰の心にもある悪意を触発させる……されど幻想的な、闇色の光。

それはまだ多くの者の記憶に残る、負のシェアに汚染された嘗ての英雄の一人が作り出した、闇の柱と酷似する存在。故にその柱によって獰猛化したモンスターとの激突を多くの者が思い出し、ある者は恐怖し、ある者は緊張に表情を強張らせる。

戦いの場は、ギョウカイ墓場。神と神、人の域を超えた者達による戦いは熾烈を極めながらも、信次元全土にその余波が到達する規模のものではない。だがその戦いによる影響は……信次元の未来を決める戦いの存在は、確かに信次元で生きる人々に思いを馳せさせていた。

 

「わたしは何度も犯罪神と戦う女神の皆さんを見てきました。苦しむ姿も、傷付く姿も、挫けそうになる姿も…イストワールという存在は、見続けてきました」

 

プラネテューヌの中枢機関、プラネタワー。その一角で一人言葉を紡ぐのは、教祖であるイストワール。

 

「…ですが、この次元は今も存続しています。女神は犯罪神に…悪意に勝てるのです。それは歴史が…いいえ、このわたしが証明します。皆さんなら、必ず勝って帰ってこられると」

 

イストワールは、思いを馳せる。勝利を信じ、帰還を信じ、心よりの期待を込めて。

 

「…凄いな、彼女達は。まだ終わってないとはいえ、犯罪神を倒したんだ。これまでにも、幾度となく困難に立ち向かい、打破し、平和と繁栄を進めてきたんだ。…本当に彼女達は、凄い」

「あぁ。今の事態にも、これからの危機にも、きっとノワール達は立ち向かって、より良い未来を掴もうとする。どんな事があっても、絶対に」

 

ラステイションの教会の一室では、教祖たる神宮寺ケイと、彼女にとっても女神にとっても友人であり協力者でもあるシアンが、静かに言葉を交わす。

 

「…けど、戦うのはノワール達だけじゃない。わたしにだって、出来る事が…やれる事がある」

「協力は惜しまないさ。求めるのなら幾らでも、求めなくても僕の意思で、僕の思いで君達の力になる。……そんな仲だろう?僕と、君達は」

 

ケイとシアンは、思いを馳せる。その戦いは君達だけが背負うものではないと、友情を込めて。

 

「お姉様は…それに貴女達は、いつも危険に身を晒す事となる。なのに、その勇気が消える事はないんですのね。自分が生きる為ではなく、世界の為の勇気が」

「勇気とは、相手の強さによって出したり引っ込めたりするものではない…だったか。…ふっ、本当にベール様達は崇高な精神を持っているな」

「そうだね、兄者。…こればっかりは、胸云々関係無しに尊敬出来るよ」

「その勇気によって、これまで未来は切り開かれてきたのだ。…いつの時代も、な」

 

リーンボックス教会のある部屋では、教祖の箱崎チカ、職員のイヴォワール、それに兄弟がぽつりぽつりと言葉を発する。

 

「…なら、僕達もただ見ている訳にはいかない。未来を他人に任せ、恩恵の享受だけをするなんて真似は…ね」

「無論だ。我々が尽くすのは胸だけではないという事を示し、我等が名に恥じない人間でいるとしようではないか、弟よ」

「若者が頑張るのであれば、老兵は去るのみ…と言いたいところじゃが…いかんな。どうやら私は、まだまだ物静かな老人にはなれんようだ」

「…張り切ってるわね男性陣…こほん。…お姉様、ご覧の通り皆負ける事など心配していませんわ。当然アタクシもそうですし…むしろ必ず勝てると信じていますわ。だから…存分にお姉様の力、見せ付けてあげて下さいな」

 

チカにイヴォワール、兄弟の二人は思いを馳せる。傍観者ではなく、自らに出来る形で協力者であろうとする意思をそこに込めて。

 

「世の中いつどこで何が起こるか分からないもの。…ブラン様達を見ていると、いつもそう思います。ブラン様達の、戦いや勇姿を見ていると」

「どんなに危機的な状況でも、どれだけ困難が大きくとも、苦難を覆す術がどこかにはある…そう教えてくれますよね」

「状況や相手を言い訳にせず、自らの貫こうと決めた思いは必ず果たす。その決意があるからこそ、皆様は希望を掴んでこられたのでしょう」

 

ルウィーの政治を司る教会。数ある部屋の内の一つで、教祖西沢ミナ、ブランの侍女であるフィナンシェ、科学技術部のガナッシュがこれまでの事を思い出しながら話す。

 

「…わたしは侍女として、ずっとその姿を見てきました。学んできました。だからこそ…学ばせてもらったのなら、やるべき事がある…そうでしょう?皆さん」

「その通りですね。ましてや私は救われ、許された身。…であれば尚更その学びを活かさなければ、信者の名折れというものです」

「何が起こるか分からないのは、今この瞬間も同じ事。ですが、何があろうと皆様の凱旋を祝えるよう…わたし達も死力を尽くすとしましょうか」

 

ミナ、フィナンシェ、ガナッシュとそれぞれ違う立場の三人は思いを馳せる。国民とは守られるだけの存在ではないのだと、その言葉に信念を込めて。

 

「負のシェアがこれだけの放出をされたのなら、シェアそのものの影響だけで済む筈がない…」

「前回と同様の事態になってもおかしくないだろうね。…勿論、同様の事態だけが起きるとも限らない」

「お姉様達が勝つのは間違いないにしろ、帰ってきたところでもう一仕事…なんてあんまりよね。だから……」

「…動きますよ、皆さん。覚悟は…いいえ、目的を完遂する準備はいいですね?」

 

それぞれの国で、それぞれの思いを抱きながら、彼女達が向かう先は同じ。教祖だからこそ、女神に仕えるからこそではなく、一人一人が抱く、墓場で戦う女神達と未来へ馳せた思いを指針に変えて、果たすべき務めを進めていく。

彼女達だけではない。予想しうる緊急事態に備えて展開し、奔流を見て警戒を強めている各国の国防軍も、ギルドの要請に応じて集まった有志も、今も尚墓場の前で戦う黄金の第三勢力(ゴールドサァド)も、それぞれの思いで動いている。負のシェアに心を蝕まれるのではなく、悪意の力が目に見える形で現れたからこそ、それに抗おうとする思いがその者達を奮い立たせる。

そして、その姿は……今を、未来を良くしようとする者達の姿もまた、人の心に波紋を与える。

 

「…なんか見えるか?」

「あの柱っぽいやつ以外は、なーんにも」

「襲ってきそうなモンスターとかは、いないわよね?」

「…いないな」

 

モンスター、或いはモンスター同様に危険な存在から国と人々を守るべく展開している軍と有志を、街の中から遠目に眺める集団が一つ。その特徴を挙げるとすれば…彼等の多くが、その者達に対して冷ややかな視線を送っているという事。

 

「もしもに備えてくれるのは結構だが、そこに軍を投入しまくるのはどう考えたっておかしいよな。女神が私財で動かすならまだしも、絶対俺達の払った税金が使われてるんだろうし」

「ギルドのクエストって形で出てる人達もそうよ。これで何も起きなかったなら、何もしてない人達にお金が払われるって事になるでしょ?…私達被害者への補償は疎かにしてさ」

「結局女神もお偉いさんも、本当の庶民を見てないのよ。こうすればいいんだろうって適当にやって、自己満足でデカい顔するだけなんだから」

 

女神の信者、或いは軍や有志を家族に持つ者なら確実に怒りを抱くような発言を零す彼等……信仰抗争被害の会だが、彼等はあくまで本心を口にしているだけの事。本心そのものに歪みがあったとしても、別段悪意を持って発している訳ではない人間がそれなりにいるというのも、彼等の特徴。

これまでならば、一頻り文句は言いつつも、このような状況では何もしないのが被害の会。だが、この日は…少し違った。

 

「……悪ぃ、俺今日はもう帰るわ」

「うん?お前仕事か?」

「この状況で通常業務するような仕事には就いてねぇよ……なんか、あんま気が乗らなくてな…」

『……?』

 

浮かない顔をして、集団の輪から離れる男が一人。当然被害の会は確固とした組織ではなく、このように途中で去る、或いは途中から参加するという事も自然にある訳だが、どうも彼はそういう事ではないらしい。そんな彼を不思議そうに集団が見る中…彼は言った。

 

「何つーか、その、さ…あれ以降、ずっと思ってんだよ。…ほんとに女神は、俺達の事をどうでもいいと思ってんのかな…って」

「お前、それ……」

「あれ以降って…あの日の出来事の事…?」

 

頬を掻き、自分でも少し困惑してるような声で発されたその言葉に、被害の会は騒つきを見せる。…が、それも当たり前の事。彼の言葉は、被害の会の行動原理を否定するものなのだから。

 

「…それ本気で言ってんのか?」

「…冗談で言うと思うか?」

「……あれは仕事でやっただけだろ。そもそも女神や教会が未然に防げなかったからああなったのも同然だし」

「そうよ。それに彼は……」

 

あの時とは、蘇った四天王と女神の再戦後の事。再び支配された人々に被害の会が襲われ、ネプギアが足止めをした戦いの事。そしてその時怪我を負った一人の事が話に出た瞬間、気不味い雰囲気に全員が口を閉ざした。

その一人はその後無事に治療を受けられ、完治もそう遠くないと言われている。…が、だとしても怪我するのは縁起の良い事ではなく、更に言えば……それも女神がきちんと勤めを果たさなかったから、と思っている者も少なくはない。

しかしそれでも、男は首を横に振る。そうではない、そうだとしても…という顔で。

 

「あの時は、素直に避難するって選択も出来ただろ?でも俺達は避難せず、結果ああなった。…そりゃ、女神が未然に防げりゃ避難する必要もなかった訳だが…俺達にも少なからず非があるってか……」

「だとしても悪いのは女神でしょ?私達が避難しなかった事を棚に上げてるってなら、女神だって義務を果たせなかった事を棚に上げてるじゃない。違う?」

「や、そうだが…そうかもしれないが……」

「…な、落ち着いて考えろよ。これまでの事を考えれば、女神が俺達の事を何とも思ってない事なんて……」

 

 

「……じゃあ、何で俺達を守ろうとしてくれたんだ?不快にさせるような態度を取っていた俺達に嫌な顔一つしないで、俺達の前に立って、一生懸命に守ろうとしてくれた彼女は……本当に、何とも思ってないのか…?」

 

ぴたり、とまた被害の会は静かになる。…男が論破した訳ではない。有無を言わせぬ正論を発した訳でもない。彼はただ、事実を言っただけで……あの場にいた全員が、本当は思っていた。──あの時の女神パープルシスターは、必死に自分達を守ろうとしているように見えた…と。

だが、なら間違っているのは自分達だった…などと簡単に考えが変わる彼等ではない。簡単に処理出来る程度の思いなら…そもそも被害の会になど入らない。

 

「あれは…あれは有事だったからってだけよ。非常事態の時だけやる気出して仕事してる感出すなんて、それこそうちの守護女神の常套手段じゃない」

「そうだそうだ。第一女神が人を守るのに嫌な顔しないなんて、守って当然の……」

「…もういいだろう、それ以上は」

 

男を否定、或いは説得しようと反論を続ける被害の会だったが、それまで黙っていた一人…リーダー格の男が声と手で反論を制した。

 

「…代表……」

「俺達は誰かに強要された訳でも、そうせざるを得なくなった訳でもなく、自分でそうしたいと思って活動してきたんだ。なのにそうしたいと思えない相手へしつこく迫ったら、思想の押し付けが酷い女神と同じになるだろう。違うか?」

『それは……』

「……気が乗らないなら、それでいいさ。ただ、俺達は活動を続けるし…いつでも戻ってきてくれて構わないからな」

「……そうさせてもらうよ」

 

代表の言葉に小さく頷き、男は集団から去っていく。それを見送るのは、複雑な視線。それぞれの思いが込められた視線の中で…視線と共にほんの僅かな笑みを向ける、男が一人。

 

(…諦めなければ気持ちは届く、なんて思うんじゃねぇぞ?俺は分かってやりたいなんざ思わねぇし、女神が嫌いだって奴もここにゃいるんだ。…だが、それでも……あいつみたいに思ってくれる優しい奴もいるんだから、それで満足しやがれ女神)

 

……女神の思いは、人々皆に伝わる訳ではない。否定する者、嫌悪する者、拒絶する者…そんな者達も確かにいて、その者達がいるのは教会や軍人、有志達とは真逆の位置。

されど人は、人の心は変わる。善かれ悪しかれ日々揺れ動き、自らの意思で立つ場所を決めていく。そして強い信条を持つ人は、知らず知らずの内に他者へと影響を与え、その他者もまたいつか誰かの心を動かす。

 

 

 

 

──心の繋がりを大切にする、信次元の女神。だが、心の繋がりは今、女神達が思っているよりずっと強く、ずっと広く……世界へその輪を広げていた。

 

 

 

 

禍々しい輝きを放ちながらわたし達を拒む、負のシェアの塊。暴走した負のシェアエナジーの、全力の抵抗。その光の中を、わたし達は突き進む。

 

「くっ、もう意識なんてない筈なのに…ッ!」

「どんだけ濃密な弾幕作り上げてんのよ…ッ!」

 

お姉ちゃん達とコンパさん達にそれぞれの犯罪神を押さえ込んでもらって、わたし達女神候補生はコアにも見える塊へと接近を始めた。迎撃の光弾や光芒を出来る限り避けて、無理な分は斬り払ったりこっちも撃って相殺したり、或いは障壁で防いだりしながら、少しずつ。

結構なスピードを出しているのに、気の遠くなるような距離がある訳じゃないのに、中々塊へは辿り着かない。…それ程までに、負のシェアによる迎撃は激しかった。

 

「しかも、だんだんつよくなってきてる気もするし…!」

「……っ!ラムちゃん…!」

「あ、うんっ!」

 

ばっと前に出たロムちゃんと、ロムちゃんに続いたラムちゃんによって展開される、魔力障壁。次の瞬間大出力のビームが障壁に直撃して、双方のエネルギーが四方へ拡散。…もしあれが障壁じゃなくて身体に直撃していたら、間違いなく重傷は避けられない。

 

(…やっぱり、近付くのは危ないし難しい…一番安全なのは、全力でゲハバーンを投擲する事…でも……)

 

ビームを防ぎ切ると同時に二人は障壁を解除し、わたし達は侵攻再開。文字通りの弾雨の中で必死に前へ進みながら、わたしが考えるのは今取れるもう一つの手段。

距離だけで言えば、多分投擲でも塊へと届く。塊が動きさえしなければ、当てられると思う。そしてどんなに迎撃が激しくても、強固な壁を作ったとしても、それがシェアエナジーによるものである限り、ゲハバーンの前ではほぼ無力。冗談抜きにこの状況なら突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)やロンギヌスの槍(どっちも槍だけど…)ばりの活躍をしてくれる事が期待出来て、出来る事ならこっちを選びたいけど……それは、というかゲハバーンの多用はいーすんさんから止められている。ゲハバーンはまだ全てが解明された武器じゃない上に、シェアを拡散でも消滅でもなく『吸収』する以上、犯罪神に対して何度も使うのは危険だって。使うなら一度切り…最後の一撃だけに留めてほしいって。

いーすんさんならきっと、投擲を選んでも怒ったりはしない。無事に帰ってきてくれたならそれだけで…って言ってくれる。だけど……最後の最後で妥協なんて、したくない…ッ!

 

「ユニちゃん、ロムちゃん、ラムちゃん…わたしは危険でも、過酷でも、最高の結末を迎えられる道を進みたいの。だから…力を貸してッ!」

「…はっ、何を今更言ってんのよネプギア。そんなの…アタシ達も同じに決まってるでしょッ!」

 

眼前に迫る光弾を斬り裂くと同時に、三人へ向けて発したわたしの思い。それに返ってきたのは、光芒を撃ち抜く光芒と心強い声。そして……

 

「……ロムちゃん、ネプギアがそうしたいなら…」

「うん。…ネプギアちゃんが、力をかしてほしいなら…」

 

再びわたし達の前に現れる、大きな障壁。でも今は防御必至の迎撃なんて飛んできてなくて、サイズも必要最低限とは思えないもの。それにどうして?…と思った時、ロムちゃんとラムちゃんがそれぞれわたしの斜め前へとやってきた。

 

「…あのね、ネプギアちゃん。わたしたち、伝えたいことがあるの」

「ゆっくりしてらんないし、一回でちゃーんときいてよ?」

「へ?……う、うん…」

「…ネプギアちゃん。わたし、ネプギアちゃんとお友だちになれてよかった。ネプギアちゃんはつよくて、りっぱで、でもやさしくて、あったかくて…ずっとすごいって思ってたの。だからお友だちになれてすっごくうれしかったし、わたし…ネプギアちゃんが、大すき」

「ネプギア、おぼえてる?わたしが友だちのことをほりゅーにしておいてあげるって。…てきとーにするのはいやだから、今言うわ。ネプギア、あんたは今から…ううん、ずっとわたしの友だちよ!もうこれは決まってるから、キャンセルなんてさせないわ!」

「ロムちゃん、ラムちゃん……そう言ってくれるのは嬉しいけど…まさか二人共…」

 

ロムちゃんは優しそうな、ラムちゃんは元気一杯な笑顔で、本当に嬉しい事を言ってくれる。友達だと思ってる相手がわたしの事を好いてくれて、友達だって言ってくれる。それは本当に本当に嬉しくて……だからこそ、不安になった。こんなタイミングで言われたら…最後のお別れのつもりなんじゃないかって、思っちゃうから。

もしそうなら聞きたくない。お別れなんてしたくない。そう思いながらも、続きを訊かずにはいられないわたし。障壁が段々破られていく中、聞いた二人は真剣な表情になって……

 

「…だから、ネプギア……」

「だからね、ネプギアちゃん……」

 

 

 

 

『ぜったいかって、それでまたあそ(ぼうね・ぶわよ)ッ!』

 

……利き手ではない方の手から、それぞれ宝石の様な物が放られて……次の瞬間、膨大な魔力の光芒がわたしの目の前の迎撃を飲み込んだ。

 

「……ッ!これって…」

「ほら行った行ったネプギア!わたしたちのがんばりをむだにする気!?」

「あんまり、もたないから…いそいで…ッ!」

 

魔力の柱が駆け抜けたのに続いて、どこにそんな余裕があったんだと思う程の魔力弾が打ち出される。それは全てではないけど迎撃の多くへぶつかっていって、弾雨の密度を引き下げていく。

更にロムちゃんから四つ、ラムちゃんから四つ、合計八つの魔力球がわたしの周囲へ渡される。使い方は、二人がアイコンタクトで伝えてくれる。……こうなれば、わたしだって分かる。二人は魔力を貯蔵させていた魔導具を一気に解放して、それで圧倒的な量の魔力を用意したんだって。…でも、それって…犯罪神への最後の攻撃のつもりで仕掛けた時にも使わなかったのって、何かリスクがあるからなんじゃ…。

 

「(……ううん、二人はわたしの為に頑張ってくれてる…全力の思いをぶつけてくれてる…だったら…ッ!)…二人共、約束だからねッ!遊ぼうって言ったのは二人なんだから、絶対約束を破っちゃ駄目だからねッ!」

『うんッ!』

 

わたしはわたしの中に生まれた不安を断ち切り、ユニちゃんと共に二人の横を駆け抜ける。二人が密度を下げてくれている、弾幕の中を。…もしもなんて気持ちはもうない。だって…約束したんだから。

 

「このまま一気に…!」

「…って訳にはいかないみたいね!ネプギア、お互い合わせるわよッ!」

 

障害が減ったおかげで、今までより格段に早く距離を稼ぐ事が出来た。でも当たり前の話として、迎撃は相手に近付けば近付く程脅威を増すもので、しかも多分…放たれる迎撃そのものもより激しくなっている。何としても近付けさせないという、必死の意思を思わせる位に。

 

「キッツいわね…これもう小降りの雨の方がまだ避け易いんじゃないの……!?」

「かもね、けどわたしとユニちゃんなら行けるよ!わたしはそう信じてるッ!」

「……そういうとこ、ネプギアはズルいのよ…」

「……ユニちゃん?」

「何でもないわ。…背中、預けるわよッ!」

 

ロムちゃんとラムちゃんに背中を押され、わたし達は進む。上に避けて、下に避けて、右に避けて、左に避けて。加速して、減速して、旋回して、時には迎撃もして。ユニちゃんの言った意味はよく分からない。でも、これは間違いないと言える。今のわたしとユニちゃんは、心で繋がっていると。

 

「いくよユニちゃん!」

「やるわよネプギア!」

 

一瞬の空白の後、曲線を描く光芒がわたし達を包囲し襲いかかる。その瞬間わたし達は身体を跳ね上げると同時に背中合わせで回転し、M.P.B.LとX.M.B.の全力連射でもって光芒を捩じ伏せる。そして遂に、負のシェアの塊がM.P.B.Lのフルパワーでならもうすぐ届くという距離に。

 

「いける…これなら…これで……ッ!」

 

食い下がる迎撃をユニちゃんが叩き落としてくれてる間に、エネルギーを急速チャージ。必要だと思う分を一気に集めて、目標である負のシェアの塊をしっかりと見据える。

これを撃てば終わる。これで本当に決着を付けられる。そう思いながら銃口を塊へと向けるわたし。……その瞬間だった。

 

「きゃ……ッ!?」

 

これまでのどの迎撃よりも速い速度で迫った一発の光弾。咄嗟にわたしは防御したけど、ギリギリだったせいでM.P.B.Lを弾き飛ばされてしまう。…最後の一撃を放つ為に、必要不可欠な攻撃のピースが。

 

「しまっ…く……ッ!」

 

慌てて取ろうとするわたしだけど、武器無しじゃ接近どころか下がる事もままならない。そう思っている間にもM.P.B.Lは飛んで、気付けば大きく後方に。

取りに行けない。……そう思った瞬間、背筋が凍り付いた。

 

(あ、あぁ…どうしよう…どうしようどうしようどうしよう……皆が繋いでくれたのに…皆がここまで届けてくれたのに…なのに、わたしのせいで…わたしのこんな小さな失敗のせいで……全部、終わる……?)

 

…ぐにゃりと、視界が歪んだ。視界が、端の方から真っ暗になっていった。本当に小さな、普通の戦いなら一瞬焦りはしても十分リカバリー出来る筈のミス。そのミスで全部台無しになって、全部が終わる。わたしのせいで、わたしが全てを終わらせてしまう。

気が遠くなりそうだった。あり得ない程の速度で心が折れかけの状態にまで堕ちて、意識を手放してしまいそうだった。でも…………

 

「──諦めてんじゃないわよ…ネプギアぁぁぁぁああああああッ!!」

「……──ッ!」

 

わたしの心の中の闇を祓う声と共に、わたしへと投げ渡された一つの何か。反射的にわたしはそれを掴んで……気付く。それが、ユニちゃんのX.M.B.だって。

 

「これは……!」

「シェアエナジーならもう充填したわッ!多少勝手が違っても、ネプギアなら使える筈よ!そうでしょッ!」

「で、でも…これじゃユニちゃんが…ッ!」

 

ユニちゃんの見立ては間違ってない。使いこなす事は無理でも、一撃叩き込む事位は出来る気がする。

だけど、わたしがこれを受け取ったら、ユニちゃんの武器がなくなる。身を守る重要な術が、なくなってしまう。ミスをしたのはわたしなのに、ユニちゃんが危険になってしまう。そんなのあっていい訳がなくて、わたしはすぐに投げ返そうとした。だけど、ユニちゃんは……

 

「いいから決めなさいッ!皆が、アタシがネプギアを信じてるのよッ!ネプギアなら出来るって、ネプギアなら任せられるって、そう信じて戦ってるのよ!だったらネプギアがする事は何!?その思い全てを受け止めて……最後まで進み続ける事でしょうがッ!」

「……ッ!ユニ、ちゃん……」

「…大丈夫、アタシだって命を投げ出すつもりはないわ。アタシにはまだやるべき事があるし…アタシは決めてるのよ。アタシと、ネプギアと、ロムと、ラムで…候補生皆で、いつかお姉ちゃん達以上の守護女神になってやるって!だから……そこに詰めたアタシの思いも一緒にぶつけてきなさい!それで…一緒に未来を歩むわよ、ネプギアッ!」

「ユニちゃん……受け取ったよ、ユニちゃんの思い!この思いで、皆の思いで、わたしは……ッ!」

 

ぐっ、と突き出された右の拳。それにわたしは頷いて、再び動き出す。右手に感じるのは、ユニちゃんの思い。身体に感じるのは、皆の思い。挫けそうになったわたしを突き動かすのは……未来を望む、わたし自身の意思。

 

「はぁぁぁぁぁぁああああああああッ!!」

 

全身全霊、全力全開。ありとあらゆる思いを力に変えて、わたしは進む。進みながら、X.M.B.にわたしのシェアと思いも込める。後少しで届く、未来の為に。

 

 

 

 

アタシはアタシの思いと共に、X.M.B.をネプギアへ託した。ネプギアなら絶対決められるって、心から信じて。

 

(…不味い、わね…ああは言ったものの…死ぬ可能性、あるかも……)

 

渡した事を後悔してない。あれが最善の選択だと思ってる。それに命を捨てるつもりも、毛頭ない。

けれど現実として、アタシは追い詰められている。後少しで耐えれば勝てるけど…その少しすら、耐え切れるかどうか分からない。耐え切れそうな気もするけど…無理な気も、アタシにはしてる。

 

「でも、諦めない…うぐっ…!…諦めてなんて、やらないわよ…ッ!」

 

地面スレスレの背面飛びで避けるものの、一発喰らってアタシは落ちる。致命傷ではないけど、後続の迎撃は避けられない。…だとしても諦めようとは思わなかった。諦めるなんて……アタシは欠片も思わなかった。

…だからかもしれない。アタシが視界の端に、ある物を見つけられたのは。

 

「……っ…!あれは…!」

 

ハンドスプリングの様に後方へ跳ぶアタシ。また一発受けて、痛みが一気に駆け上がる。だけどそのおかげで…跳んだおかげで、アタシは掴む事が出来た。……地面へと突き刺さっていた、ネプギアのM.P.B.Lが。

 

「…全く、本当にネプギアは…ズルいんだからッ!」

 

M.P.B.Lの引き金を引いて、光弾を発射。避けられなかった筈の迎撃を撃ち落とし、アタシは息を吹き返す。ネプギアに渡したX.M.B.の代わりに、ネプギアの落としたM.P.B.Lを持って。

世界が、そしてネプギアが諦めるなと言っているようだった。だからアタシは心の中で「余計なお世話だっての」って言い返して……諦めない思いを、最後まで貫く。

 

 

 

 

ルウィーの女神候補生が紡いだ道を進み、ラステイションの女神候補生が繋ぎ、プラネテューヌの女神候補生が最後の一撃へと到達する。

その姿は、私達にも、パーティーの皆にも見えていた。その姿に勇気を貰って、私達は女神の力を、皆は人の力を、形だけに成り果てた犯罪神へと叩き付ける。

 

「行きなさいな、ネプギアちゃんッ!」

「わたし達の未来をッ!」

「私達の希望をッ!」

 

五人全員で、五人の武器で、犯罪神を抑え込む。技術もへったくれもない、単なる力の全力投下。でも私達には、私達を信じてくれる人達の思いが力となってくれている。だから、どれだけ強大であろうと……犯罪神に、押し負けたりはしない。

 

「いける…いけるわッ!これならネプギアが…ッ!」

「うん、これなら……──ッ!?」

 

興奮が感じ取れる、ネプテューヌの声。その気持ちは分かるし私も同じ思いだから、私も同じトーンで返そうとした。

……その瞬間に感じた、ぞくりとする感覚。女神の勘、或いは虫の知らせとでも言うべき、根拠が全くない未知の不安。それを感じた時、私は意味が分からなくて……でも感じた次の瞬間には、私は…ううん、私達は動いていた。

 

「ごめんッ!ノワール、ベール、ブランッ!」

「犯罪神は、任せるわッ!」

『えぇッ!?』

 

示し合わせた訳ではなく、でも完全に同じタイミングで飛び出した私とネプテューヌ。三人の驚きは分かるし、申し訳ないけど…こうしなきゃ不味いって思いが、私達を突き動かす。

向かう先は、塊の放つ弾幕の先。塊の元へと…ネプギアの元へと、私達は飛ぶ。

 

 

 

 

「未来を、希望を、明日を……わたしの手で…ッ!…掴み……取るッ!」

 

もうどうしようもない程の弾幕に襲われて、プロセッサが弾け飛んでいく。身体の傷も増えて、顔にも数発掠めていく。だけどわたしは止まらない。

威力、速度を兼ね備えた光芒が、わたしの左翼を基部から吹き飛ばす。翼にも神経が通っているから、四肢の一つを失ったような激痛が身体に走る。…それでもわたしは止まらない。失った次の瞬間には右翼もパージし、プロセッサで形作った翼ではない、シェアエナジーの噴射そのものである光の翼を作り出して、それでわたしは前へと進む。

そして急上昇するわたし。再びわたしは負のシェアの塊を目で捉えて、二人が付与してくれた魔法を起動。八つの魔力球はそれぞれの軌道を描いて、放たれかけていた迎撃を破り去る。

 

「未来は、わたし達の…今を生きる人と女神のものなんですっ!だから……ッ!」

 

狙う先は、負のシェアの塊。最後の敵で、未来を掴む最後の一歩。そしてわたしはX.M.B.を構え、全てを懸けて、全てを込めて……引き金に掛けた指を、引く。

 

「いっけぇぇぇぇええええええええッ!!」

 

わたしのシェアエナジーとユニちゃんのシェアエナジーが混じり合った、最後の光芒。皆の思いが形になった、未来への光明。真っ直ぐに伸びて、眩いばかりに輝いて……光が、負のシェアの塊を、悪意の神の残滓を包んで飲み込む。

輝いて、煌めいて、光り続けて……負のシェアの塊は、光芒の内側から爆発した。内包していた全ての負のシェアエナジーを撒き散らして、盛大に、壮絶に。闇色の光がわたし達の思いの光とぶつかって、互いに打ち消し合って……目も開けていられない程の輝きが、ギョウカイ墓場の最深部を包み込んだ。そうして、目を開けられる様になった時……負のシェアの塊は、消え去っていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

後に残ったのは、空へと消えていくシェアの光の粒子だけ。それを確認したわたしは、肩で息をしながらゆっくりと降下。着地したところで翼を消して、すとんとその場に座り込む。…というより、消した時点で力が抜けてしまった。…あんまりにも、疲れたから。

 

「や、った…やりましたよ皆さん…!今度こそ、これで本当に……!」

 

地面に手を突く事で倒れそうになる上半身を支えて、ゆっくりと向きを反対へと変えていくわたし。

本当に疲れた。今なら普通のスライヌにすら一発攻撃を受けてしまうかもしれない程、わたしは疲れ切っている。…でも、いいよね…これで本当に倒せたんだから…後はもう帰るだけなんだから……わたし達は、皆で一緒に帰れるんだか──

 

「…………え?」

 

がばり、とわたしの左右で開いた闇色のシェア。消え行くだけの筈だった、悪意によるシェア。それは肉食獣の顎の様な形となって、わたしを飲み込もうと迫ってくる。

それはきっと、負のシェアの悪足掻き。こんな事したって、もうわたし達の勝利は覆らない。でも……わたしを道連れにするには、十分過ぎる程の最後の力。

 

(…あ、わたし死ぬんだ)

 

…分かってしまった。避けられない事が、死んでしまう事が。劇的な死でもなく、無念の中の死でもなく、こんな消化不良極まりない形で自分は死んでしまうのだと。

どうしようもないって、理解してしまった。もう逃げる術なんてないって、わたしは何故か冷静にそう判断していた。頭は理解していて、でも心は追い付いていないのか、悲しいとも悔しいとも思わない。ただ、「あぁ、そうなんだ」…としか、湧いてこない。

そんな事を考えている内に、もう顎は迫っていた。そしてわたしは終わりを迎える。負のシェアに飲み込まれて、最後の最後…解決したその後で、消える負のシェアエナジーと共にわたしも終わりを────

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の可愛い教え子に……」

「わたしの可愛い妹に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──手を、出すなッ!!』

 

 

 

 

……悪意を斬り裂く、透き通った光と紫の光。左右の顎を両断する、二人の女神と二振りの刃。座り込んだままのわたしが顔を上げた時……そこにいたのは、わたしが心から憧れと尊敬を抱く────お姉ちゃんと、イリゼさんだった。




今回のパロディ解説

・「勇気とは〜〜ではない〜〜」
DRAGON QUEST -ダイの大冒険-に登場するキャラ、まぞっほの名台詞のパロディ。言ったのは彼ですが、元は彼の師匠の言葉らしいですね。

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)
Fateシリーズに登場するキャラの一人、クー・フーリンの宝具の一つの事。ホーミング性能はありませんが、シェア製ならロー・アイアスでも突破出来ると思います。

・ロンギヌスの槍
エヴァンゲリオンシリーズに登場する武器の一つの事。当然大元はキリスト教ですが、パロディとしてはエヴァンゲリオンの方です。

・「行きなさいな、ネプギアちゃんッ!」「わたし達の未来をッ!」「私達の希望をッ!」
マクロスfrontier最終話における、オズマ・リー、カナリア・ベルシュタイン、ルカ・アンジェローニの台詞のパロディ。…というか、展開自体がオマージュなんです。

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