超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth2 Origins Progress   作:シモツキ

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百四十九話 私と、友達に

何があったかは分からない。理由ももしかしら…と思うものはあっても、予想しか出来ない。でも、ユニは言った。ケーシャが大変なんだって。ケーシャを止めてって。どんなに理由が分からなくても、経緯が不明だったとしても……ケーシャに何かあったというだけで、私が飛び出すには十分な理由だった。

 

「速く…速く…速く……ッ!」

 

自分へ求めるように呟きながら、ラステイションの夜空を疾駆する。翼を広げ、シェアエナジーを加速へ惜しみなく注ぎ、出せうる限界の速度で空を駆ける。目的地は……ケーシャの向かう先。

 

「お姉ちゃん、左に曲がったよ!」

「左ね、見失わないでよッ!」

 

ユニから連絡をもらった私は、止めてと聞こえた時点で執務室を飛び出していた。携帯を耳に当てたまま女神化して、ユニに今いる場所だけ訊いてそこへと向かった。

でも私がどんなに速く飛ぼうと、ケーシャが移動している以上はそのまま行っても会える訳がない。だからユニに後を追ってもらい、更に飛びながら何があったかを聞いている。

 

(ケーシャ…貴女って人は……ッ!)

 

まさかユニが私とケーシャの間を取り持ってくれようとするなんて、思いもしなかった。ユニはケーシャを追い詰めてしまった事に責任を感じているみたいだけど、ユニが動いてくれなきゃ私もケーシャもうじうじしっ放しだっただろうし、元を辿ればユニに話した私にも責任はある。だからユニを責めるつもりは毛頭なくて……それよりもずっと、ケーシャに対する思いが私自身を駆り立てていた。

 

「……!お姉ちゃん、ケーシャさんがまた曲がって…公園に入っていった…?」

「公園……?」

 

街中の地理を思い浮かべて、ユニと情報を交わし合う事で進路を修正して、とにかくケーシャの下へ近付く。そうして大分距離が縮まった頃、それまでずっと道を歩いていたケーシャに動きがあった。

入った公園でケーシャは足を止めたらしく、私はまた移動を始めてしまう前に到着しようと力を振り絞る。決戦まで後数日だけど…今はそんなの気にしていられない。

 

(…って、あれ…?…この近くの、公園って……)

 

遂に私とユニで同じ物が見えるという距離にまでなった時、私はある事に気付く。そして、その場所で足を止めた事に思いを馳せつつ、速度はそのまま降下を開始。ユニへ後は任せてと言って電話を切り、はっきりと見えた公園を見据え……

 

「ふ……ッ!」

「え……?」

 

航空機が不時着するが如く、地面を滑りながらその公園へと着地した。

 

「……数日振りね、ケーシャ」

「…あぁ、ノワールさん…」

 

姿勢を正し、振り返って公園のある場所に居る少女…ケーシャへと目を向ける私。私の言葉にケーシャは反応し、感情の読めない…というより、感情の籠らない声で私に言葉を返してくる。

 

「……っ…ケーシャ……」

 

ここに来るまでで、今のケーシャの状態についてもユニから聞いていた。だから心構えも出来ていた。けど……それでも今のケーシャの様子には、思わず息を飲んでしまった。

私を見る時はいつもキラキラしていたケーシャの瞳に、今は何の光もない。口元には小さくも柔和な笑みが浮かんでいるのに、私の心には微塵も安心の感情が芽生えない。…むしろ、湧き上がるのは不安の感情。ユニが止めてと言った意味が、今ならよく分かる。

 

「どうしたんですかぁノワールさん。…あ、もしかして私に会いに来てくれたんですか?」

「…えぇ、そうよケーシャ。貴女に会う為に、教会からここまで全力で来たの」

「私に会う為に、全力で?わぁ、嬉しいですノワールさぁん…♪」

 

女神化による高揚感と、状況に対する緊張感から普段ならあまり言わないような事を私は口に。表面を取り繕ってはいるけど、実は結構息も上がっていて、少し休憩を入れたいところ。でもケーシャの返しを聞いて、休憩なんかどうでもよくなる。…嬉しいって…私はとても貴女が嬉しがってるようには見えないわよ、ケーシャ……。

 

「……懐かしいわね、ここ」

「ふふっ、覚えていてくれたんですね」

 

私がゆっくりとケーシャの背後にあるベンチに目を向けると、ケーシャはにこりと笑みを浮かべる。

何の変哲もない、普通の公園。でも私にとっては…そしてやはりケーシャに取っても、ここは印象深い公園。だって…私とケーシャは、ここで出会ったんだから。このベンチで倒れたケーシャを私が助けたのが、始まりだったから。

 

「私があの日ここに来なければ、ノワールさんがあの日ここを通らなければ、私はノワールさんと出会わず今と全然違う私だったかもしれない……そう考えると、何だかロマンチックだと思いませんか?」

「…そうね。何の関わりもなかった私達が、偶然の重なりで出会った…確かにロマンチックだわ」

 

世の中には偶然がありふれていて、その偶然が一つ違うだけでも、未来は大きく変わってしまう。数多ある可能性の中で、私の道とケーシャの道が交差したから私達は出会えた。シアンと出会ったのも、コンパやアイエフ達に出会ったのも、ネプテューヌ達と仲間になれたのも、全部多かれ少なかれ偶然が巡り合わせてくれた面がある訳だけど……同時に必然の要素もあった他の皆と違って、ケーシャとは本当に偶然の出会いなのよね、きっと…。

 

「…ねぇケーシャ。私、言い過ぎちゃったのかしら。ケーシャの気持ちを考えず、貴女を追い詰めちゃったのかしら。…もしそうなら、私…反省するわ」

「……?何を言ってるんですかノワールさん。ノワールさんが反省しなきゃいけない事なんて、ある訳ないじゃないですかぁ」

「そんな事ないわ。ケーシャ、私はね…貴女が思ってる程、完璧な女神じゃないの。教会に来てくれた時も言ったでしょ?色んな人の協力のおかげで、今の私があるんだって」

 

元々私は勝ち気な傾向のある性格で、女神化すると一層その面が強くなる。…だけど今は抵抗なく、自分の至らなさを直視出来る。…いや、私は直視しなきゃいけない。ケーシャをここまで追い詰めてしまった、自分の愚かさを。

私はケーシャと仲直りしたい。ケーシャに元気になってもらいたい。私の心にあるのは、偏にその思い。でも……私の思いは、ケーシャの心に届かない。

 

「……ユニさんが、いますもんね」

「…どうして、ここでユニが出てくるのよ」

「だって、そうじゃないですか。ノワールさんの近くでノワールさんを支えて、力になって、理解者でいて、何よりノワールさんに憧れる、正にノワールさんの言う『協力してくれる人』が、ユニさんなんですから」

 

穏やかな表情のまま、ケーシャはユニの名前を出す。それを何故かと私は訊いたけど…本当は分かっていた。自分の存在がトリガーになってしまったんだと、ユニは教えてくれていたから。

 

「…ユニが協力してくれてるっていうのは否定しないわ。助けてもらってるのも事実よ。…けど、それは貴女も同じでしょう?ケーシャだって、私を助けてくれてるじゃない」

「お世辞なんか要らないですよ、ノワールさん。期待に応えられるユニさんと、裏切ってしまう私が同じだなんて、そんな事ある訳ないじゃないですか」

「裏切ったって…確かにあれは私の期待した事ではないけど、だからって別に裏切られたとは思ってないわ。それに…利益だけの簡単で言えば、あの行為のおかげで軍人は苦労せず済んでるのよ?」

「大事なのは、ノワールさんの思いに応えられているかどうかです。ノワールさんに助けられて、ノワールさんのおかげでここまで来た私が、ノワールさんの期待に応えられないどころか裏切ってる時点で…私は、無価値なんですよ」

 

光を失ったまま私を見るケーシャの瞳は、不気味な位に据わっている。自虐だとかある種のアピールであるネガティヴ発言なんかとは次元の違う、冷静に平然に言い放った、無価値という言葉。

何がケーシャをここまでしてしまったのか。そこまで私の発言はケーシャを追い詰めていたのか。ユニの存在がこれ程にもケーシャにとってショックだったのか。アヴニールで育てられる中で、ケーシャの心の根底が歪んでいたのか。或いは、元からケーシャにはこうなる素質があったのか。様々な思いが私の頭を巡る。

 

「…そんな自分を卑下するような事言わないで、ケーシャ。私はそんな事思ってないわ」

「それは、ノワールさんが優しいからですよ。優しくて、優しくて、優しくて……だから気付かないんです。だけど私は気付いてしまった…ノワールさん、要らないものはどうするか…知ってますか?」

「…………」

「簡単ですよ、ノワールさん。要らないものは、邪魔になる前に──捨てるんです」

 

その言葉と共に持ち上がる、ケーシャの右手。右手にあるのは一丁の銃。そして、無骨な銃口が向かう先は……側頭部。

 

「……っ!…本気、なの…?」

「本気です♪」

 

背筋に走る、ぞっとした感覚。直感的に分かる。これはパフォーマンスでも何でもなく、ケーシャは私と話し終えたら引き金を引くって。それに、ケーシャの屈託のない笑みに……自らの命を終わらせる事への躊躇いは、微塵もない。躊躇うどころか、恐れるどころか笑顔を浮かべるなんて……異常以外の、何者でもない。

 

「それで、いいの……?」

「勿論です」

「こんなところで、終わらせるのが良いって言うの…?」

「こんなところだから良いんです。だってここは思い出深い所なんですから。後じゃなくて、今だからいいんです。今ならまだ、無価値だと気付いた意識が心に浸透する前に終わらせられるんですから」

「だから、無価値なんて……」

「…それに、今ならノワールさんに看取ってもらえる。大好きなノワールさんと、憧れのノワールさんと、最後の時間を過ごす事が出来る。そんなの、惜しいどころか……幸せ過ぎて、今にも指を引いてしまいそうです」

 

……狂おしい程、なんて表現がある。狂おしい程好きだとか、狂おしい程欲しいとか、とにかく思いの強さを表す言い方。物々しい上実際に狂うのかと首を傾げたくなる表現だけど……今はっきりと分かった。ケーシャはその思いで、強過ぎる思いで、自分を狂わせてしまっていると。

ここまで私は、穏便に済まそうと思っていた。変に刺激しないよう、静かに言葉を選んで話すべきだと考えていた。…でも、もう手段なんて選んでいられない。

 

「……私が、自殺しようとしてる人を黙って見過ごすとでも?」

「ですよね。けど…止められますか?無価値な私ですが、それでも…普通の人よりは、速いですよ?」

「貴女……」

「大丈夫ですよ、なんたってノワールさんですから。もしかしたら本当に間に合ってしまうかもしれませんし…仮に間に合わなかったところで、私が死ぬだけなんですから」

 

どうぞ、と軽い調子で勧めてくるケーシャ。その言葉を最後に、一度沈黙が訪れる。

多分、私じゃ止められない。ケーシャが手を下ろしている状態だったら、それか後数歩近かったらいけたかもしれないけど…奇跡でも起こらない限り、私じゃケーシャに届かない。そしてそれしかないならともかく、ケーシャの命を不確定なものに託したくはない。だから私は……

 

「……そうね、きっと私は間に合わないわ」

「流石ノワールさん、そんな冷静なところも格好良いです♪…じゃあ、私を看取ってくれるんですね?」

「…その前に、一つ言わせて…ううん、謝らせてもらっていいかしら?」

「…謝る、ですか?」

 

ゆっくりと首を横に振って、それから私はケーシャを見つめる。ケーシャはきょとんとした表情で小首を傾げながら、私を見つめ返してくる。互いの視線が交わる中で、でも心は通わない中で、私は……告げる。

 

「……ごめんなさい、ケーシャ。勝手に貴女の事を…友達だなんて、思っていて」

「え……?」

 

すっ…と私は頭を下げる。前から聞こえてくるのは、驚いたようなケーシャの声。その反応に、自分自身の言葉に心を締め付けられる思いを味わうけど……私は続ける。

 

「だって、そうでしょう?私の期待に応える事を絶対視して、私の役に立てない事を罪の様に考えて、私の妹に劣る自分を心から無価値だと思ってしまう…そんなの、友達に対する思いじゃないじゃない…そんなの友達だなんて言えないわ……」

「あ…それ、は……」

「なのに私は、一方的に友達だなんて思い込んで、勝手に友達扱いしていた。貴女はそんなつもりじゃないのに、そういう事にしていた。…身勝手を押し付けておいて友達だなんて、虫がいいにも程があるわよね…」

 

私は笑う。自嘲的に。自分を愚かだとして悲しむように。ケーシャから目を逸らして、斜め下へと視線を移して、静かに言う。

 

「私ね、よく言われるのよ。ノワールは友達が少ないだとか、ぼっちだとかって。勿論私はそれを否定してるんだけど……正直に、本当に正直に言うと…ちょっとだけ、それはまるっきりの間違いでもないと思うの。だって私…友達を作るのは、きっと得意じゃないから」

 

分かってる。私の事をぼっちだの何だの言うのは全部弄りであって、本当に貶されてる訳じゃないって。けど友達がいるのと、友達作りが出来るかどうかは別の話。多分私は…皆程友達を作るのが、上手じゃない。

 

「だから、嬉しかったのよ。誰かに紹介された訳でもない貴女に、自分から歩み寄って、関係を築く事が出来たのが。しかも貴女は凄く良い子で気の許せる相手だったから、あの時貴女を助けて本当に良かったって思ってたの。…でも、それは勘違いだった…結局全部、私の勘違い……」

「ノワールさん…そんな、事を……」

「…友達だと思ってたのに、なんて言わないわ。そんなのそれこそ押し付けだもの。勝手に思い込んで、勝手にそういう事にしておいて、なのに違ったら相手のせいなんて自己中そのもの……って、言うから私は駄目なんでしょうね…ここで訴えかければ、まだ貴女の心を揺らす事が出来たかもしれないのに…」

 

言う度に心が辛くなっていく。ケーシャが友達じゃなかったなんて思うと、悲しさで心が締め付けられる。…言いたくない。でも言わなきゃいけない。このまま、思いが通わないままお終いになんてなったら、本当に私は一生後悔し続けるから。

 

「…本当にごめんなさい、ケーシャ…ずっとずっと、貴女を友達扱いしていて…迷惑だったわよね、こんな大事な事にも気付かない相手に友達だなんて思われて…迷惑なのに恩返ししなきゃいけないなんて思わせて……全部、私のせいよ……」

「ち…違います、違いますノワールさん……」

「いいの、気遣ってくれなくて…こんな私に、貴女を止める資格は…私からの解放を望むケーシャを縛る資格はないのよ…それにきっと、これから先友達を作る資格だって…ケーシャを不幸にしてしまった私になんて……」

 

 

 

 

「──そんな事は…ないですっ!」

 

私は私を責めた。自分が如何にケーシャへ身勝手を押し付けていたのかと。自分がケーシャに対して『迷惑』な存在だったのだと。普段の私なら言わないような、女神として過剰な自己否定はしないようにしている私が、頭を垂れて自分自身とケーシャとの日々を否定した。そして……その瞬間だった。これまでずっと虚ろだったケーシャの声に、消えていた感情が籠ったのは。

 

「そうじゃないです…そうじゃないですノワールさん…!私は迷惑だなんて…押し付けだなんて思っていません…!ノワールさんは私を不幸になんてしてないです、ノワールさんは私を幸せにしてくれたんです…っ!」

「でも、私は…一方的に、貴女を……」

「友達ですっ!私も…私も友達だって思ってますよノワールさんっ!」

 

その言葉で、必死そうな言葉で顔を上げた私が見たのは、光を取り戻したケーシャの瞳。けれどそれは明るい光じゃない。何かに怯えるような、恐れるような、そんな雰囲気を放つ光。

 

「迷惑なんかじゃありません!迷惑どころか嬉しいです!だって私も、私の一方的な思いかもって思う事ありましたから!それでもノワールさんのお役に立てるならって思ってましたけど、ノワールさんが私を友達だって思ってくれてるなら…そっちの方が、ずっと嬉しいですから!」

「だけど私は、貴女を追い詰めちゃったじゃない…強迫観念の域にまで貴女を思わせちゃったじゃない…」

「そ、そんなの私の問題です!それより私は、ノワールさんにこれまでの事を否定してほしくないです!だって、だって……私ノワールさんに救ってもらってからずっと、幸せでしたから!自分の居場所が出来て、帰る場所が出来て、色んな人と出会えて…これが私なんだって、胸を張れる私になれたんですっ!なのに、そんな…そんな事……一番大切で大好きなノワールさんに、否定されたく…ないです……っ!」

 

堰を切ったように流れる、ケーシャの思いと感情。そこに先程までの、空虚で不気味な雰囲気はない。今あるのは、支部長に…黄金の第三勢力(ゴールドサァド)になる事を勧めたあの時に似た、気弱で儚げな少女の姿。

ふるふると首を横に振るケーシャ。次第に声は小さくなっていって、膝を落として……光を取り戻した瞳から、一粒の涙が溢れ落ちる。

 

「幸せだったんです…私には勿体無い程、きらきらした日々だったんです…私の、大事な…ノワールさんのくれた、大事な……」

 

ケーシャの手から銃が滑り落ち、開いた両手でケーシャは顔を覆う。そんなケーシャの下へゆっくりと私は近付き、ケーシャと同じように膝を地面に付けて……その肩へ、包むように両手を置く。

 

「…あるんじゃない。私以外にも大切なものが。持ってるんじゃない。私以外で大事だって思えるものが」

「けど…これも、元々はノワールさんが……」

「私は切っ掛けに過ぎないわ。百歩譲って、家も立場も私が用意したんだとしても…ケーシャが周りの人と紡いだ関係は、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)として得た信頼は、間違いなく貴女自身で作り上げたものよ。それに、前も言ったでしょ?私は貴女の在り方に心を動かされて協力したんだって」

「…私自身で作り上げた…私が、ノワールさんの心を動かして……」

「そうよ。…ねぇケーシャ、ここで貴女が死んだら、きっと私以外にも悲しむ人がいるわ。貴女はそれでも…幸福な死だって、言える?」

「……言えない、です…」

 

手を離し、涙の跡の出来た顔でケーシャは否定する。きっとケーシャが思い浮かべたであろう『悲しむ人』が、誰なのかは分からない。でも否定してくれただけで私は安心する事が出来た。それはケーシャにとって私が全て、ケーシャの思いは全て私にのみ向いている…なんて事はないという、証明だから。

ケーシャは本質的に自己評価が低い子。彼女は自分で思っているよりずっと凄いのに、ケーシャを認める人だっているのに、他ならぬケーシャ自身が、自分は周りの無償の優しさで成り立っていると思い込んでいる。……本当は無償の優しさじゃなくて、ケーシャだからこそ手を貸しているのに。

 

「だったら…だったらケーシャ、貴女は貴女を肯定しなさい。判断基準を私じゃなくて、自分自身に置きなさい。……そうしていいのよ…だってケーシャは私の従者でも道具でもなくて…友達なんだから」

「…いいん、ですか…?そんな事を…ノワールさんに救ってもらった、私がしても……」

「それが友達ってものよ…何かをしなきゃいけない、役に立たなきゃいけない、じゃなきゃ意味がないじゃなくて…してあげたい、やってあげたいが友達に対する思いなんだから…失敗したっていいのよ、無駄になったっていいのよ…だからお願いよケーシャ…私の為に生きるケーシャじゃなくて、私の友達のケーシャでいて……」

 

肩に触れる手に力が籠る。私はケーシャを失いたくない。こんなに私を思ってくれる、こんなに自分の思いに一生懸命になれるケーシャとは、ずっと友達でいたい。対等な関係でいたい。責任や恩じゃなく……友情で、繋がっていたい。

 

「……私は、こんなに暴走し易い人間ですよ…?きっとまた、迷惑かけちゃう人間ですよ…?」

「それ位なんて事ないわ。暴走したらまた止めてあげる。迷惑なんて友達ならかけて当然よ。私だって貴女に迷惑かけちゃう事がある筈だもの」

「…期待に応えられないかもしれませんよ…?私がいなくても、ユニさんがいれば…何も困らないのかもしれませんよ…?」

「期待に応えられなくたって、私のケーシャと友達でいたいって気持ちは揺らがないわ。それに私は貴女の事も、ユニの事も役に立つかどうかで選んでなんかいない。貴女はユニの代わりになんてなれないけど…ユニだって、貴女の代わりになんて絶対なれないわ」

「……友達で、いいんですか…?私は、ノワールさんの…貴女の、友達で……」

「友達でいいんじゃないの……友達がいいの、私は…」

「ノワール、さん…ノワールさん、ノワールさん…う、ぁ…ノワール…さんっ……」

 

ぼろぼろと涙を流し、ケーシャは私の胸に顔を埋める。何度も私の名前を呼びながら、強く強く私を抱き締める。…そんなケーシャの頭を、私は優しく撫でる。

 

「…ケーシャ、もう一度友達になりましょ。今度はもっと強い繋がりの友達になれるように、ずっと友達でいられるように」

「はい、はいっ…!私はもう、ノワールさんの為の私じゃありません…だからもう一度、私と友達になって下さい…っ!」

「勿論よケーシャ…これからまた、宜しく頼むわね」

 

頭を上げて、くしゃくしゃになった顔で、それでも真っ直ぐな気持ちで思いを届けてくれるケーシャ。それに私は頷いて、微笑みながら思いを返す。

それから私達は友達の約束をして、微笑み合って、またケーシャは泣き出した。そして私の胸で泣くケーシャを、私はゆっくりと撫で続けた。

 

 

 

 

ケーシャは自分の中に溜まっていた暗い思いを吐き出すように泣き続け、私はそれを受け止め続けた。数分か、十数分か、数十分か私達はそのまま寄り添っていて、漸くケーシャが落ち着いたところで、私は女神化を解除した。ハンカチを渡して、それで顔を拭いたケーシャと立ち上がる。

 

「…ごめんなさい、物凄く気を遣わせちゃって…後、胸の辺りをびっしょびしょにしちゃって…」

「いいのよ、私がしたくてしたんだから。…びっしょびしょはまぁ、置いとくとして……」

「うぅ…せ、せめてこのハンカチは洗って返します…」

 

目元が真っ赤で泣き疲れた様子もあるケーシャは、あまり元気のない様子だけど、雰囲気は完全に元通り。…普段のケーシャに戻ってくれて、また普通に話せるようになって……本当に心から、私はほっとしている。

 

「…でも、私驚いちゃいました…ノワールさんでも、あんなに自分を追い詰めちゃう事があるんですね……」

「まぁ、ね。もう手段を選べる状況じゃないと思ったし、プライドなんか気にしてる場合でもなかったし」

「え……って事は、まさか…あれは、演技…?」

「ふふっ、貴女を助ける為ならあれ位なんて事ないわ。…って言っても、別に嘘吐いた訳じゃないからね?貴女が友達じゃない、って考えるのは本当に辛かったもの」

 

ショックを受けた様子のケーシャへ、私は肩を竦めて認識を訂正。…あれは間違いなく私の本心。言うなればただ冷静に、理性的に感情を吐露したってだけで、嘘なんか一つも吐いてないわ。

 

「はぅ……そんな事まで出来るなんて、本当にノワールさんは凄いです…え、と…やノワN1…?…です…」

「うん、別に自分でもよく分かってない言葉使ってまで褒めてくれなくていいからね?…ほんとそういうところは天然っていうか…出来る事と出来ない事の差が激しいわよね、ケーシャって……」

「ふふっ、かもしれませんね。でもいいんです。そんな私でも、ノワールさんは受け入れてくれるんですから♪」

「貴女ねぇ……」

 

にっこりと笑うケーシャと、やれやれと首を振る私。…けどまぁ…それを含めて、ケーシャよね。

 

「…ま、いいわ。それじゃあもう夜も遅いし帰りましょ……と言いたいけど、その前に…」

「……?」

「ユニ、まだ近くにいるでしょ?出てきて頂戴」

 

きょとんとした顔のケーシャが見つめる中、取り敢えずこの辺りにいるんじゃないか…と適当な予想を付けて、その方向へ私は呼びかける。すると数秒後、公園の出入り口付近の物陰からユニが現れた。…ちょっと気不味そうな顔をして。

 

「へっ?ゆ、ユニさん…?」

「ま、また会いましたねケーシャさん…えと、何故このタイミングでアタシを……?」

「ケーシャと一緒にお礼を言おうと思ったのよ。…ありがとね、ユニ。私達の仲を取り持ってくれようとして。ここまで私を誘導してくれて」

 

場違いさを感じている風のユニへ向けて、私は真摯な気持ちでお礼を言う。それから戸惑っているケーシャへここまでの経緯を説明して、ユニのおかげだって事をしっかりと伝える。

 

「そ、そうだったんですか…ユニさんが、私とノワールさんの為に……」

「そ、そんな大層な事じゃないですよ?アタシは落ち込んでる二人を見過ごせなかったってだけで…それにアタシがケーシャさんの心境を悪化させちゃった訳ですし……」

「い、いえ!それをユニさんが負い目に感じる必要なんてないです!悪いのは私の歪んだ心ですから!」

『い、いやそんな言い方はしなくても……』

 

自分の心は歪んでいる、と言い切ったケーシャへ向けて、私とユニの言葉がハモる。…確かに、歪んでいるっていうか独特な感じはあるけど…そんな自分からはっきりと言われたら、こっちもこっちで反応し辛い……。

 

「…そ、そうですか?」

「そうですって……それとケーシャさん。アタシはお姉ちゃんの妹ですけど、妹だからこそお姉ちゃんには話し辛い事ってあると思いますし、女神だからこそ色々縛られてやりたくても出来ない…って事もあると思います。だからケーシャさんはアタシがいれば無価値だなんて事はないですよ。これは女神候補生のアタシが保証します」

「ユニさん……ユニさんも、こんなに私を思ってくれてたんですね…」

「それはまぁ、ただの知り合い関係じゃないですし…アタシが気兼ねなくガントーク出来る、数少ない相手でもありますから!」

「あはは…私からもお礼を言わせて下さい。ユニさん、私達の為にありがとうございましたっ!」

 

そっちが本心か…とばかりに軽い苦笑いをした後、ケーシャもまたユニにお礼。それにユニは気恥ずかしそうな顔をして、でもこくりと頷いて、二人の仲も大丈夫そうだと思った私は口を開きかけ……

 

「そ、それと…もし、嫌でなければ…もし迷惑でなければ……ゆ、ユニさんも…私と友達に、なってくれませんか…っ!」

「えっ……?」

「あ……だ、駄目…でしたか…?」

「い、いや…駄目、っていうか…初めて銃の話で盛り上がったあの日の時点で、アタシはガンオタ仲間っていう友達同然の関係になったと思ってたんですけど……」

「えぇっ!?あ、じゃ、じゃあ今のは無しでお願いしますっ!は、恥ずかし過ぎるので聞かなかった事にして下さいっ!」

 

……ケーシャは、早速自分を変えようとしていた。私の為じゃなくて、自分の為に生きようとしてくれていた。…結果は、一歩目から思いっ切りずっこける形になってたけど。

 

「全く……ほら帰るわよケーシャ。女神二人とギルド支部長が夜中に謎の集まりを、なんてなったら国民が不安になっちゃうわ」

「そうですよケーシャさん。わたわたしてないで、早く帰りませんか?」

「あぅ、す、好きでわたわたしてるんじゃないですっ!お、置いてかないで下さーいっ!」

 

真面目な顔で、でも心ではちょっとにやっとしながら先を歩く私達二人と、銃を拾いつつ慌ててこちらへ走ってくるケーシャ。追い付いたところでケーシャはむーっ、と少し膨れて、けど私はそれに笑顔を返して、するとケーシャもまた笑顔になって。笑顔を見せ合った私達は、それぞれの家へと歩いていく。

気持ちのすれ違い、思い違いが起こした、私達の不協和音。切っ掛けは些細な事だったのに、危うく大切なものを失いかけた、私とケーシャ。でも、雨降って地固まると言うように、その結果私達は本当の友達になる事が出来た。だから、起きて良かったとは思っていないけど……こういう結末に辿り着けて良かったと、私は心から思う。




今回のパロディ解説

・(〜〜貴女って人は……ッ!)
機動戦士ガンダムSEED destinyの主人公の一人、シン・アスカの台詞の一つのパロディ。なんかこれだと倒しにいきそうですね。別の意味で物騒な展開になりますね。

・ノワールは友達が少ない
僕は友達が少ない、のタイトルのパロディ。しかし意識してやった訳ではありません。普通に書いてみた結果、あれ?これはがないになってるじゃん…と気付いたのです。

・やノワN1
ネットスラング及び、広島カープの応援歌のワンフレーズのパロディ。後者がより正確なパロディ元ですね。何でも前者は恒心用語とも呼ばれているんだとか。

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