超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth2 Origins Progress   作:シモツキ

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第七話 友達として、姉として

信次元のイストワールさんと連絡が取れ、帰る目処も付いたからか、それからイリゼさんはルウィー以外にも出向くようになった。ラステイションやリーンボックスの教会へ挨拶に行ったり、各国の名所を見て回ったり、時には守護女神の皆さんのクエストに協力したりと、それはもうアグレッシブに。

 

「ただ今戻りましたー」

 

出先から戻り、いつものように帰還報告を口にするイリゼさん。…と言っても正面の出入り口以外はいつも人がいる訳じゃないし、教会は広いから反応が返ってこない事もよくある。けど反応を求めてるというよりただ普段の行いとしてやっているらしく、反応が返ってこなくても気落ちする様子は特になかった。……まぁ、今回はわたしがいるんだけど。

 

「お帰りなさい。今日はどちらへ?」

「ルウィーの観光だよ。教会周辺は前に回ったけど、まだ行ってない所は沢山あったからね」

 

満足のいく観光になったのか、イリゼさんの表情は柔らかなもの。

まだルウィーの地理を完全把握した訳じゃないイリゼさんが問題なく観光に行って帰って来られたのは、グリモの力で女神化出来る状態になったから。あれ以降イリゼさんがアグレッシブになった理由の一つは、飛行移動が可能になった事であると見て間違いない。

 

「…疲れません?毎日飛び回るのは」

「え、見た目どれだけ走り回っても疲れないお年頃風なディールちゃんがそれ言う…?」

「残念ながらわたしは疲れるんです。そこまで子供じゃないので」

「そっか…って、それ遠回しに私を子供扱いしてない…?」

 

見つめながらわたしに向けられた問いを「いいえ」と軽く受け流す。…実際にはどうなの、って?…それは秘密だから言えないかな。イリゼさんに地の文読まれるかもしれないし。

 

「…なら、いいけど…。…疲れると言えば疲れるよ?でもこっちはそんなほいほい来られる場所でもないし、近いうちに帰るんだから、それまでに気になる事は全部やっておきたいの」

「まあ、理由はそれですよね」

 

今のところ次元を繋げるのに問題が生じた、という話は届いてないし、次元なんてそんな簡単に超えられるものじゃないんだから、やり残しがないようにしたいのは当然の事。帰った数日後に「行き忘れていたお店あったからまた来ちゃった」…とかされるのも、ねぇ……。

 

「…にしても、ここと信次元の時間の流れがほぼ同じだった事は幸いだったよ。こっちの方がずっと早いならまだしも、向こうがこっちの何倍も時間が経っていたら目も当てられないからね」

「迷宮の時は全然違いましたもんね。…因みに、前者の場合…信次元がまだ一日も経っていなかったら、どうします?」

「どう、って…もしかしてディールちゃん、もう少し私に居てほしかったり?」

「いえ、単なる興味です」

「そ、そう…クールだよね、ほんと……」

 

イリゼさん的には、わたしがその問いに首肯するか動揺するかを期待していたんだろうけど…それに乗る気はさらさらない。…ほんとに今の質問は興味だけだよ?

 

「で、実際どうなんです?」

「うーん…その場合は、もう少しこっちに居るかな。勿論信次元で問題があったり、私を必要とする人がいたりしたら別だけど」

「そうですか。…そういえば、どうして今回は本が向こうに残ったんでしょうね」

「あぁ、それに関してはこっちのイストワールさんとグリモワールさんが推測してたよ。今回は本自体が私を飛ばしたんじゃなくて、本を道具にイストワールさんがゲートを開いたからじゃないかって」

 

いつまでも出入り口前にいたってしょうがない、と話しつつ歩き始めるわたし達。普段は話さない(というか話せない)上、次元移動に関して色々疑問もあるから、話のネタはそう簡単には尽きたりしない。

 

「そうそうディールちゃん、ギルドの近くでやってるクレープ屋さん行った事ある?」

「移動販売のですか?あそこのクレープは生地がいいですよね」

「そう!クレープと言えば中のクリームとか果物だと思ってたけど、あそこのはむしろ生地がメインだよね!中身を引き立てつつも影には隠れない、って感じ!」

「…あー、だから頬にクリームが付いてたんですか」

「へっ!?つ、付いてた!?」

「嘘です」

「酷い!地味な嘘酷い!」

 

…それに、話すのは何も真面目で利益のある話だけじゃないからね。

 

「…さて、私は部屋に着いた訳だけど…ディールちゃんはどうする?というかどうしてあそこにいたの?」

「わたしも出先から帰ったところだったんです。そしてロムちゃんとラムちゃんに用事があるので…」

「寄ってはいけないんだね」

 

部屋に到着したイリゼさんは、扉を開いたところでわたしの方へと振り返る。中々話の盛り上がってきたところだったから、ここで終わるのは中途半端な感じになっちゃうけど…二人をほったらかしにしたら絶対後で何かされるし、来なかった理由が『イリゼさんと話してたから』だって知られたら、イリゼさんに危険極まりないアタックを仕掛ける子が二人(ロムちゃんは…やらないよね、流石に)になってしまう。…そう考えると、精神衛生の観点だけで言えば二人やエスちゃんよりイリゼさんと接してる方が安心するかも…。

 

「じゃ、二人の所に早く行ってあげて」

「そのつもりですよ。……あの、イリゼさん」

「ん?」

 

先んじてわたしの結論を理解し、引き止めはしなかったイリゼさんの言葉にわたしは頷いて……でも、それからイリゼさんの名前を呼ぶ。

 

「…さっき、信次元がまだ全然時間経過していなかったら、もう少しこちらに居るって言いましたよね?」

「うん、言ったよ」

「……です、よね。すみません、実はさっきちゃんと聞こえてなくて」

「え……難聴、じゃないよね…?

「そんな訳ないじゃないですか。偶々ですよ、偶々…」

 

それじゃ難聴系主人公になってしまいますよ…と心の中で言いながら、わたしはイリゼさんの部屋の前を去る。

勿論、本当にちゃんと聞こえていなかった訳じゃない。本当は、聞いてみたかった。今のイリゼさんの気持ちを。今の考えを。

 

(…そういう事、考えるつもりじゃなかったんだけどな……)

 

迷宮の時も、エスちゃんが会った時も、イリゼさんの帰還はそれが出来ると知ってから数時間も経たない内の事。でも今回は違って、ゆっくり考える時間も、色々やる期間もある。だからこそ、帰りたい気持ちや、今抱いている安心はどんなものか気になった。……帰る事なんて出来ないから。

でも、別にわたしは暗い気持ちになんてなっていない。だって、今も本来の次元に思うところはあるけど……今のわたしの居場所は、ここだから。

 

「…全くもう…来た最初の日と言い、どうして自覚してる時と無自覚の時とで精神衛生面が逆転するんですか、イリゼさん…」

 

どうして自分から上げた株を直後に落としてくるのか。結局この人はわたしにどう思ってほしいのか。……って、思ったけど…よく考えたら今回はわたしが勝手に上げて勝手に下げてただけだった…意図せずわたしの心の中で一人相撲させるなんて、イリゼさん恐るべし…。

……という訳で、ロムちゃんとラムちゃんの所に行くわたしだった。…どういう訳だよ、って突っ込みはしないでね?

 

 

 

 

「んー…ここら辺、かな」

 

翌日、イリゼさんとわたしはエスちゃんに連れられて街から離れた雪原へとやって来た。

 

「ここら辺かな、って…目的地決めてなかったの?」

「うん、適当に良い感じの所があればそこにしようって思ってたから」

「それはまた適当だね…」

 

下降するエスちゃんの後を追いつつ訊いてみると、返ってきたのはあっけらかんとした反応。その返答にわたしは呆れ、わたし達のやり取りを聞いていたイリゼさんは苦笑い。

 

「いーの。大事なのはどこでやるかじゃなくて、何をやるかなんだから」

「なんか名言っぽい事言ってるけど…それ普通に意味不明だからね?何をする気なのか分からない時点だと、『うん…うん?』みたいな印象にしかならないからね?」

 

腰に手を当てドヤ顔をするエスちゃんへ、わたしはドライな突っ込みで対応。まだ何も始まってない段階から突っ込みに熱入れてたら、スタミナ持たないもんね。……イリゼさんみたいに。

 

「私みたいに!?…いや確かに突っ込みでスタミナ持ってかれる事時々あるけど、別に好きで熱入れてる訳じゃないからね!?後私に触れる必要ある!?」

「あっ、この技術…おねーさんも出来るんだ…」

「え?…あー、私の友達は結構出来る人多いよ?エスちゃんもその内使えるようになるんじゃない?」

「そうなのね。…これ使えたら色々面白そうだし、後でコツとか教えてよね!」

「これは狙って会得する技術でもないけどね、エスちゃん…」

 

気付いたら出来てたというか、某二刀流スキル宜しくいつの間にかあったというか…とにかくこれは便利なスキルでも、エスちゃんが思っているような技術でもない。…けど、言っても分かってもらえそうにないし、自分で気付いてもらうしかないかなぁ…。

 

「…っと、そうだ…エスちゃんはここで何をする気なの?」

「ふふっ、よく訊いてくれたわねディーちゃん!」

「あ、これ間違いなく面倒なやつだ…帰りましょうか、イリゼさん」

「うん、そうしようか」

「ちょっ、ひっどーい二人共!わたし傷付いちゃうかもよ?」

『いやそれはないでしょ』

「ふ、二人して…むーっ!じゃあいいわよ!実力行使だからッ!」

「わっ、ちょっ……!?」

 

悪い企みの気配を感じたわたしがイリゼさんと帰ろうとすると、エスちゃんはわざとらしい態度を取って…それでも冷たく返すと、あろう事かエスちゃんは杖でイリゼさんへと殴りかかった。それに対してイリゼさんは反射的に腕を交差し、プロセッサの手甲で防御するけど……なら安心、な訳がない。

 

「今度は武器すら出さないんだ…さっすがオリジンハート様」

「さっすがオリジンハート様、じゃないよ!?な、何やってんの!?」

「何って…これがおねーさんの近くに虫がいたから、とかだとでも思う?」

 

防がれたエスちゃんは、嬉しそうにも残念そうにも聞こえる声を出しながら数歩後退。その明らかに手を抜いていなかった一撃をわたしは問い詰めるけど…それで萎縮するようなエスちゃんじゃない。

 

「おねーさんは、この意味が分かるよね?」

「い、いやまぁ分かるけどさ…まさか、こっちの姿で手合わせしたいの?」

「勿論!折角女神化出来るようになったんだから、実力を体感しないのは勿体ないじゃない!」

「…守護女神級だね、エストちゃんの好戦さは……」

 

わたしからイリゼさんへと視線を移し、やる気に満ちた目で戦いに誘うエスちゃん。…イリゼさんがこっちに来てから、彼女の呆れ顔を見るのはこれで何度目だろう…。

 

「ねー、やろうよおねーさん。ディーちゃんも付けるからさー」

「付けるって…私サイドに?」

「ううん、わたしサイドに」

「え…それで私が乗ると思ったの…?」

「っていうか、わたしの扱いおかしいよね…わたしの意思は…?」

 

その後もエスちゃんはあの手この手で勝負を提案。でもわたしは勿論の事、イリゼさんだって乗りはしない。だからこのまま否定を続ければ二対一でエスちゃんを押し切れる…と、思っていたんだけど……

 

「…そんなに私と勝負したいの?こっちの守護女神だって強いよね?」

「強いけど、今はおねーさんと戦ってみたいの!」

「…ディールちゃんと、二人で?」

「そう!アナザーホワイトシスターズVSオルタナティブオリジンハートなんて、名勝負回になる事間違いないじゃない!」

「どの視点で言ってるの…アナザーVSオルタナティブ、ってのには惹かれるものもあるけど…」

 

アタックを続けるエスちゃんに、相変わらずイリゼさんは困り顔。…でも、その表情からはどこか「仕方ないなぁ…」と言いそうな雰囲気を感じる。しかもイリゼさんの瞳の奥にあるのは…今のエスちゃんの瞳と、同じ色。

 

「もー、強情なんだから。じゃあ二対一のハンデとして、じゃじゃーん!」

「……?それは?」

「転身出来る巻物と、キメると滾れるスパイスよっ!」

「まさかのアイテムだった!?確かに忍者要素繋がりで持ってそうな感じはあるけど、凄いアイテム持ってるね!?」

「後これも!アンセムとバナナフィッシュ!」

「要らないよ!?前二つはともかく、それは危険薬物じゃん!しかもバナナフィッシュに至っては強化にすらならないよねぇ!?…っていうか……」

「……?」

 

 

「──強化アイテムが必要なのは、エストちゃんの方じゃないの?」

「……へぇ…おねーさんもそういう顔、するんだ…」

 

どこからかアイテム(本物、じゃないよね…?)を取り出したエスちゃんへ、イリゼさんは盛大に突っ込んで……それからにやりと、不敵な笑みをエスちゃんへと見せた。それを見たエスちゃんは、一瞬ぽかんとした顔になって…すぐに、イリゼさんと同じ表情になる。

 

「い、イリゼさんまで…本気ですか…?」

「まぁ、エストちゃんに勝負ふっかけられるのはこれが初めてじゃないからね。何も無理難題を求められてる訳じゃないし…何より私も、女神だから」

「……はぁ、それを言うならわたしもそうですよ…なら、二人でどうぞ」

 

二人ならエスちゃんを止められそうでも、イリゼさんまでやる気になられたらもう止めるのは困難。そう結論付けたわたしは小さく溜め息をついて、近くの木陰へ。

 

「あれ、ディーちゃんやらないの?」

「わたしは二人程戦いが好きじゃないの」

「えー。わたしはディーちゃんと一緒じゃないとつまんなーい」

「大丈夫大丈夫、エスちゃんなら一対一でも楽しめるから」

「うむむ…はぁ、じゃあしょうがないかぁ…」

 

エスちゃんはゲームのお誘い感覚で参加を求めてくるけど、熱烈であろうとフランクであろうとわたしの意思は変わらない。っていうかそれこそ、二人となら現実で刃を交えるよりゲームでバトルする方が楽しめそうだし。

そういう事を考えながら軽い調子で拒否していると…イリゼさんの時とは裏腹に、結構早い段階でエスちゃんは諦めてくれた。…ありがたいけど……うぅ、ん…?

 

「……?いいの?エスちゃん」

「ディーちゃんって割と強情なところあるからね。普通の手でディーちゃん説得しようとしたら時間かかっちゃうかもだし、そしたらおねーさんと勝負する時間が減っちゃうでしょ?」

「強情…あ、確かにそういう節はあるよね。…じゃ、始める?」

「おねーさんはもうやる気満々な感じ?」

「ま、やるとなったら気持ちだってそっちに持っていくよ。…この勝負、手を抜ける感じもつまらなそうな感じもしないからね」

 

わたしが強情だというやり取りの後(戦いに関してはわたしが普通だと思うんだけど…)、いよいよ開始へと話を持っていくイリゼさん。エスちゃんの質問にイリゼさんは意気込みとも取れる言葉を返して…それを受けたエスちゃんは、もう何段目か分からない機嫌のギアを上げていく。……それはもう、楽しそうに。

 

「そうそうそういうのを待ってたのよ!実は最初会った時おねーさんの事、ちょっと良い子ちゃん系かと思ってたけど…やっぱり女神なんだから、そういう反応してくれなくちゃ!」

「そんな事思ってたんだ…なら安心しなよ、エストちゃん。オリジンハートとはなんたるかを…この勝負で、エストちゃんに味わわせてあげるから」

「……っ!…はぁ…おねーさんわたしの期待を超えてき過ぎ…何回仕掛けても付き合ってくれるし、悪戯にもいつも全力で答えてくれるし、温和だと思ったらこんな一面まであるし…わたしおねーさんの事、もっと気に入っちゃったかも……」

「…………」

 

普段わたしでもそうそう見ないような表情でエスちゃんが嬉しがって、イリゼさんもそれに応えるように自信と戦いへの意欲を露わにしていく。もう二人共わたしの事なんか気にしてないみたいに、二人の世界へ入り込んでいく。

……心が、ざわっとした。エスちゃんが元気なのはいつもの事だし、イリゼさんの反応もそこまで予想外だった訳じゃない。…でも、わたしの事はあっさりと諦めたエスちゃんがイリゼさんにはこんなに執着して、どんどんどんどんご機嫌になって、わたしやロムちゃん、ラムちゃんにだってそうは見せない顔をイリゼさんに向けているって思うと、何だか凄く心がざわざわして、自分でもよく分からない気持ちになって…………

 

 

 

 

 

 

「……うん、決めたっ!おねーさん!もしこの勝負でおねーさんが勝ったら…わたし、おねーさんに着いていってあげるっ!」

 

────え……?

 

「…え……ぁ、えっ…?…エス、ちゃん…?」

「え、エストちゃん…今なんて…?」

「だから、おねーさんに着いていってあげる!だっておねーさんと一緒にいたら、これからも楽しい事が沢山ありそうだもん!」

 

イリゼさんの側に寄って、にこにこと笑顔を見せるエスちゃん。開戦の直前とは思えない発言に、イリゼさんは戸惑ってるみたいだけど…そんなのわたしの比じゃない。…え、待って…エスちゃんが、イリゼさんに着いていく?一緒にいる?それって……

 

 

──エスちゃんがわたしの隣からいなくなって、イリゼさんと信次元に行っちゃうって事……?

 

「ねぇねぇどう?別に賭けとか報酬とかって訳じゃないけど、そう言われるともっと頑張りたくなるでしょ?」

「ど、どうも何も…そんな事、軽い気持ちで言っちゃ駄目だよ……」

「…じゃあ、軽い気持ちじゃなかったら?もし、本当におねーさんと一緒にいたいって思ってたら…おねーさんは、嫌?」

 

ざわざわした気持ちが、ぐるぐるとした気持ちに変わる。全然分からない。これがどんな気持ちなのか分からない。……でも、一つだけ言える事がある。そんなの、嫌だって。

気持ちを問われたのは、わたしじゃない。けど、訊かれたのはイリゼさんで、イリゼさんは信頼の置ける人。だから大丈夫。どうせこんなのエスちゃんのおふざけで、イリゼさんはそれをきっちり窘めて、それで後はわたしも注意すれば、それでお終い……

 

「……それは…これからもエストちゃんと一緒にいられるなら、嬉しい…かな」

「……──っ!」

 

問いかけられたイリゼさんは、微笑みながら言葉を返した。窘めじゃなくて、嬉しいって言葉を口にした。……その瞬間、わたしの中で何かが弾ける。

 

「……ふ、ふふ…ふふふふっ…そうですか、そういう反応するんですかイリゼさんは…」

「へ……?」

 

ゆらり、と木陰から出て二人の前へ。無意識にほんの少し口の端を歪ませながら、わたしはイリゼさんを見上げる。

 

「…イリゼさん、わたしイリゼさんの事嫌いじゃないです。むしろ好きか嫌いかで言えば好きです」

「あ……う、うんありがとうディールちゃん。私もディールちゃんの事……」

「で、もぉ…エスちゃんはわたしの大事な妹で、かけがえのない存在なんです。なのに、そのエスちゃんを取る気なら……友達として、ちゃあんと教えるべき事は教えなきゃですよねぇ…(くすくす)」

 

そう言って、手元に杖を顕現させる。勿論不意打ちなんてしないし、開始前に仕掛けるなんて事もしない。だってイリゼさんは友達だもん。友達と戦うなら、正々堂々やらなくっちゃ…。

 

「え、エストちゃん…これは……?」

「……あー…ごめんなさいおねーさん。ディーちゃんやる気にさせたくて色々やってたんだけど…ちょっと、やる気にさせ過ぎたかも…」

「ちょっ…しゃ、洒落にならなそうなんだけど…?」

「うん、でもおねーさん物凄く強いでしょ?もし本当にヤバそうだったらわたしも止めに入るから…良い機会だと思って、本気で戦おうよ」

「そんな勝手な…もう、こっち来てから二人に振り回されるのこれで何度目…?」

 

何やら二人が小声で話してたけど、そんなのはどうでもいい。その後エスちゃんがこっちに来て、わたしと一緒に戦う姿勢になってくれたから、何にも問題はない。

 

「…頑張ろっか、エスちゃん」

「…一応訊くけど、まさかおねーさんを凍らせて雪山の奥に…とか考えてたりはしないよね?」

「……?わたしが友達にそんな事すると思ってるの?」

「なら良いけど…油断しちゃ駄目よディーちゃん。おねーさん、本気でくると思うから」

 

油断なんてする訳ないじゃん、エスちゃんの言葉に肩を竦める。エスちゃんと違ってわたしは女神化したイリゼさんと共闘した経験があるんだから、むしろ理解度で言えばわたしの方が上。本気のイリゼさんの姿だって、ちゃんと分かってる。

お互い少し離れて、また向かい合う。もうわたしは臨戦態勢。イリゼさんも、長剣をこちらに向けて構えている。後は、エスちゃんが合図を出せば……それでスタート。

 

「ディーちゃん、おねーさん、準備はいい?」

「勿論」

「…私もいいよ」

「じゃあ、後はもう決着までノンストップだからね!いざ、尋常に……勝負──」

 

張り詰めた空気の中、はっきりとした声で声を上げるエスちゃん。期待に溢れた、でも上擦った様子は欠片もないその声で開始の合図を完遂し……

 

「…………なッ!?」

 

──最後の一文字が聞こえた次の瞬間には、爆ぜるような音と共に、長剣を振り上げたイリゼさんが眼前にいた。

 

 

 

 

元からディールちゃんは(少なくとも私に対しては)毒のある一面があった。けどそれはあくまで冗談の域で、基本的にディールちゃんは私に思いやりを持って接してくれる子。……そのディールちゃんが、私へ黒い意思を向けていた。

理由は分かってる。ディールちゃんは私が、エストちゃんを連れて行ってしまうと思ったから。…正直「これ私が悪いの…?」と思ったけど、今のディールちゃんに落ち着いて聞いてくれるような雰囲気はないし、エストちゃんも取り返しがつかなくなるレベルじゃないと止めてくれそうにもない。それに……私も私で、ここまできて中止じゃ高まったやる気をどうすればいいか分からなくなる。

だから私は、全力でもって戦う事を選んだ。エストちゃんを連れて行く為じゃなくて……全力で戦う事こそが、最適解だと私の本能が伝えていたから。

 

「……っ!」

 

初撃で決着にしてもいいって位に神経を張り詰めていた私は、先制を許さず圧縮シェアエナジーで加速。ディールちゃんの真正面へと踏み込み上段からの斬撃を叩き込む。それに辛うじて反応し杖を掲げたディールちゃんを力のままに弾き、目を見開くエストちゃんへは見向きもせずに再び地を蹴る。狙いは当然、受け止めきれずに雪の大地へ二本の線を作ったディールちゃん。

 

「二撃目いくよッ、ディールちゃん!」

「くっ……!」

 

先の一撃で振り下ろした長剣を、その流れのまま脇構えに近い形へと構え直し、再度の肉薄と同時に振り出す。それはディールちゃんが杖から展開した氷の剣で防がれるも、ならばと私は次の攻撃へ。三撃、四撃、五撃と片手持ちの長剣で次々と斬りつけていく。……その背後に迫るのは、この場にいるもう一人の相手。

 

「わたしを…無視しないでよねッ!」

 

ディールちゃんと同様の氷剣…ではなく氷大剣とでも言うべき刃で仕掛けてきた攻撃を、後退で回避。着地と同時に放たれた回転斬りでの追撃は飛翔で避け、そのまま一度上空へと登っていく。

 

「ディーちゃん、わたしが突っ込むから!いいよねッ!」

「う、うん……っ!」

 

エストちゃんはそう言葉を発し、氷大剣を片手剣サイズまで小型化しつつも私を追って飛翔。その後方から放たれる魔法を視認した私は、上昇を止め精製した武器の射出で全弾撃ち落としていく。更に射出しながら手元に四本の投げナイフを作り出し、左手の指で全て掴む。

 

「はぁぁぁぁッ!」

「勇猛果敢だね…。……でも」

 

躊躇いなく接近してくるエストちゃん。エストちゃんはほんとに私と本気の勝負がしてみたかったんだと分かった私は薄く笑みを浮かべ、四本纏めてナイフを投擲。即座にエストちゃんが障壁を展開し、ナイフを弾く中……私はすぐ側を駆け抜ける。

 

「……エストちゃんの相手は、また後でね」

「……ッ!」

 

上昇を続けるエストちゃんとすれ違い、ディールちゃんへと突撃をかける私。防御の動きが見えてから下降したんじゃ反応される可能性があったから、私は投擲とほぼ同時に動き始めていた。ナイフが、そしてエストちゃん自身の展開した障壁が目眩しになると信じて。

驚きながらも魔法での遠隔攻撃を続けるディールちゃんに、私も出し惜しみなしの射出で対抗。再び上段斬りをディールちゃんへと放って、体術も織り交ぜた連撃を浴びせ続ける。

 

「……随分…ディーちゃんを狙ってくるじゃない…ッ!」

「……っとぉッ!」

 

後でねとは言ったけど、エストちゃんが素直に待っててくれる訳がない。ディールちゃんへの攻撃を邪魔しに来る度私は軽くあしらっていて、今回も武器の射出で凌ごうとするも……紙一重の動きで避けたエストちゃんは、少々声を荒らげながら私へと追い縋ってきた。

 

「別に無理してディーちゃんを狙う必要はないんだけど…?」

「無理なんてしてないよ。まずはディールちゃんから狙おうと思ったからそうしてるだ…けッ!」

 

長剣と氷剣で斬り結んだ私達は、そこから一度離れ再び激突。私の標的はディールちゃんのままだけど…どうもすぐにはエストちゃんを振り切れそうにない。そして、ならどうするか?…を考えさせようとする二人でも……ない。

 

「恨まないで下さいね。二対一に文句を言う機会は、あった筈なんですから…ッ!」

「ふっ、言う訳ないよ。言う必要が…ないんだからッ!」

「……っ…おねーさん…ッ!」

 

側面から迫ってきたディールちゃんは、エストちゃんと目も合わせずに巧みな連携を見せてくる。片方が斬りかかる瞬間にはもう片方が回避先を潰す動きをしていて、カウンターを狙えばそれを狙われていなかった側が防いで、防御に徹しようとすると息つく間もない連続攻撃が襲いかかってくる。本来は後衛担当だという事を疑いたくなる程の激しい攻撃は、気を抜ける瞬間なんて欠片もない。

横薙ぎをかけてきたエストちゃんを弾き返した時、私は視界にディールちゃんの姿がない事に気付く。背後か、それとも上空か…と神経を研ぎ澄ます中、弾かれたエストちゃんは横に跳んで……その瞬間、エストちゃんの背後からディールちゃんが現れる。

 

(……ッ!これは、上手い…ッ!)

 

後ろに跳んだ私の顔を氷剣が掠め、前髪数本が宙へと舞う。今の動きは連続攻撃を一度断ち切って放ったものらしく、そのおかげで私は距離を取れたものの……正直今のは、かなりヒヤッとした。

 

「……っとと…やるね。ちょっと擬似天帝の眼(エンペラーアイ)を彷彿としちゃったよ…」

「それはどうも。…わたし達の力は、こんなものじゃないですよ?」

「そうよおねーさん。もし各個撃破なんて…ディールちゃんなら素早く倒せるなんて思ってるなら、それはわたし達を舐め過ぎだから」

「へぇ……なら、舐め過ぎかどうか…確かめてみようか」

 

並んで構える二人を見据えながら、こちらも長剣を構え直す。今のところは一進一退。まだ勝敗が決するのは先だし、ここから戦いがどう転がるかは分からない。そんな事を考えながら、私は口元に笑みを浮かべる。……そう、今のところは…ね。




今回のパロディ解説

・某二刀流スキル
ソードアート・オンラインシリーズに登場する、ユニークスキルの一つの事。ユニークスキル、地の文読み…と言っても、地の文読みはかなりの人数が出来るんですけどね。

・転身出来る巻物
閃乱カグラシリーズに登場する、忍転身時の巻物の事。エスト(とマベちゃん)は持ってそうですよね。エストは忍者的な技術あるだけで忍ではないようですが。

・キメると滾れるスパイス
RELEASE THE SPYCEに登場するアイテムの一つの事。こっちは忍者要素のあるスパイ、と言うべきですが…こっちは本当に持ってそうな気がします。何となくですけど。

・アンセム
DOUBLE DECKER!ダグ&キリルに登場する、違法薬物の事。致死率30%の上しななくても暴走はほぼ確実…というか、これ本物ならSEVEN-0に捕まりますね。

・バナナフィッシュ
BANANA FISHに登場する薬物の一つの事。これは最早強化にすらなりません。なっても廃人です。…こっちも本物ではありませんからね?

・擬似天帝の眼(エンペラーアイ)
黒子のバスケにおいて、主人公黒子テツヤが見せた能力の一つの事。ただこれはエストの動きを読み切ってたのではなく、単にイリゼがそれを彷彿としただけですね。

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