超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth2 Origins Progress 作:シモツキ
危険と知っていようと、多大なリスクを背負う事になろうと、人はそれを選ぶ事がある。その選択をした時、人はリスク計算が出来なくなった訳ではない。危険やリスクに見合うだけの見返りがあるからという場合もあるが、明らかに割りに合わない結果しか得られない場合でも、人は時に全力で危険な道へと向かう。では人はいつ、そんな選択をするのか、そんな選択が出来るのかと言えば……それは、どれだけリスキーだろうと、果たしたい願いがある時に他ならない。
「…何が…起き、たんだ……?」
静まり返った教会の一室。部屋の端でスライヌマンとスライヌレディが見つめる中、自分と目の前の女性に起こった異変に動揺するのは
「…あ、あぁ…なんて、事を……!」
「……ベール…?」
姿は間違いなくベールの本来の姿である、グリーンハートのもの。だが雰囲気が違う。感じられる物腰が違う。何より……瞳の色が違う。
グリーンハートの瞳は紫だったのに対し、今の彼女の瞳は緑。それ自体も眼を見張る違いではあるものの、エスーシャ達にとってその瞳は、その色は、酷く懐かしいものだった。彼女達であれば、見紛う筈のない緑の瞳。そう、それは…その瞳の持ち主は……
「……ま、まさか…イーシャ、なのか…?」
「……っ…!……はい」
「……──ッ!」
目を見開くエスーシャ。声は変わらずベールのそれだったが…その「はい」を聞いた瞬間、エスーシャは目の前にいるのがイーシャなのだと理解した。頭ではなく、心がそうだと叫んでいた。
「イーシャ…ああ、あぁ…イーシャ……っ!」
「そ、そんな馬鹿な…でも、オイラにも分かるヌラ……」
「わ、私も分かるわ…けど、どうしてイーシャちゃんがベールちゃんの身体に……」
「そ、そうだ…教えてくれイーシャ。どうして君がベールに…いや、ベールの身体にいるんだ。一体、何が……」
自身が何としても助けなければいけない、償わなければいけない相手が、目の前にいる。その事にエスーシャの中では様々な思いが込み上げるも、レディの言葉で我に返り、何が起こっているのか問いかける。…が……
「…駄、目…ベール、様…こんな事を…しては……!」
イーシャの心は、全く逆の方向を…エスーシャ達のいる外ではなく、内側へと向いていた。それも切羽詰まった、只ならぬ様子で。
「い、イーシャ…?ベールと話しているのか…?というか、話せるのか…?」
「……くっ…な、なら……!」
状況を飲み込めないエスーシャは再び訊くも、やはりイーシャからの返答はない。彼女は忙しなく首を動かし部屋を見回した後、置かれたままの魔導書を乱雑に捲って目を通すが、その表情に浮かぶ焦りは増すばかり。
「…何、これ…もしや、ベール様用に……アレンジが…?…そんな、じゃあ……」
「お、落ち着いてくれイーシャ。それにイーシャ、わたしは君に話したい事も、話さなきゃいけない事も…謝らなければいけない事もあるんだ。だからまずは落ち着いて……」
「…落ち着いて、なんか…いられない…ッ!このままじゃ、ベール様は……!」
話は成立しないながら、何か自身の想像を超える事態となってしまったのだろうと感じたエスーシャは、再三イーシャに声をかける。同時にそこで込み上げる思いの一部が口を衝いて言葉となり、彼女はイーシャの…物理的にはベールの肩に手を置くも、イーシャは振り解いて声を張る。
その瞬間、エスーシャの心は騒ついた。彼女の記憶にあるイーシャからはかけ離れた様子と表情に、凄まじく嫌な予感が駆け巡る。そしてエスーシャ達が息を飲む中……イーシャは言った。
「──ベール様の精神が…消える……っ!」
……静寂が訪れた。エスーシャもヌマンもレディも、その言葉の意味は分かっていた。理解していたからこそ、驚愕し、唖然とし……背筋に寒気が駆け上る。
「消え、る…?…は、は…こんな時に冗談はよしてくれないか、イーシャ……」
「…わたし、が…冗談を、言ってるように…見える……?」
「……ッ!…だが、そんな…急に、そんな……」
エスーシャの頭はその可能性を理解していた。だが心がそれを拒絶し、可能性から目を逸らすように訊き返す。…だが、目を逸らそうと現実は変わらない。そしてその現実を突き付けられ……激しい動悸が彼女に襲いかかった。
(何をしようとしたのかは分からない…だがきっとベールは、イーシャの為に…わたしの願いに応える為に何かをしようとしたんだ…。そんなベールが、消える…?わたしのせいで……またわたしが無力で愚かだったせいで、わたしを思ってくれる人が……また、不幸になる…?)
心を締め付けられるような感覚。どうしようもない程の罪悪感と自己嫌悪。全身から嫌な冷や汗が噴き出してくる。
彼女は元々、ベールを犠牲にイーシャを救おうとしていた。しかしそれは、『ベールの意思を無視した』『自分の意思で行う』犠牲であって、『ベールが自身の為に』『ベールの意思で行う』犠牲ではない。例え結果が同じになろうと、それではベールに自分を恨む権利がなくなる。こんな自分の為にベールが自分自身を捨てる事になってしまう。そしてそうなってしまったら、ベールを思う人の気持ちのやり場すら無くなってしまう。…そんな思考がエスーシャの頭を埋め尽くしていき、彼女の視界は黒く染まっていった。
「…最低だ…わたしは最低だ…最低だ、最低だ、最低だ……」
「え、エスーシャちゃん落ち着いて。貴女まで動揺したら……」
「その通りヌラ、エスーシャ。…イーシャ、君は確か『このままじゃ』と言っていた筈。という事は…まだ、最悪の事態にまでは至ってないんじゃないヌラか?」
「……っ…!」
「それは……はい」
俯き、同じ言葉を呟くエスーシャへ寄り添うレディ。一方ヌマンは腕を組み、静かな声音でイーシャへと問う。その声が聞こえた瞬間エスーシャの呟きが止まり……イーシャはそれを、肯定する。
「なら、説明してくれないか?仮に、最悪の事態になってしまうとしても…何も分からないまま見ているだけは、嫌だヌラ」
「…イーシャちゃん、エスーシャちゃんの為にも…今は一度落ち着いて、話してあげて」
「……そう、ね…ごめんなさい、皆…」
冷静なヌマンとレディの言葉を聞き、エスーシャの罪悪感に駆られた姿を目にした事でイーシャはある程度冷静さを取り戻し、今は言われた通り話す事が最優先だと思い直す。そしてこれまで事情を知りつつも、同じ当事者でありながらもエスーシャとイーシャの力になれなかったヌマンとレディは、漸く友として手を貸す事が出来た…と小さな安堵を感じていた。
「…え、と…じゃあ、まずは…ベール様の、した事…だけど……」
『…………』
「…ベール様がしたのは、魂を移し替える魔法…なの……」
ぽつりぽつりと話し始めるイーシャ。状況からエスーシャ達は、魂の移動という現象が起きている事は認識していたが、改めて言われた事で彼女達へ緊張が走る。
「…それは、イーシャちゃんが私達にしたのと、同じ魔法なの?」
「いいえ……近いけど、多分これは…ルウィー式の、魔法…それに、かなりアレンジもされてて…凄く、強引……」
「強引…と、言うと?」
「魂の、移し替えは…難しいなんて、ものじゃないの…。…でもそれを、女神の力で…無理矢理補って、成り立たせている…それが、今の状態……」
ヌマンとレディの質問に答える形で、イーシャは説明を進める。その説明を聞いた事でエスーシャ達は、失敗ではなくベールが狙ってこの状況を作り出したのだと理解したが……同時にそこで新たな疑問も浮かび上がる。
「……待て…なら、これはベールが意図して起こした状態な筈…それが何故、ベールの危機に繋がるんだ…」
「…無理矢理、だから……」
「…それは、いつ崩れてもおかしくない状態を、ギリギリのところで維持している…そういう事か…?」
「はい……それに…ベール様の心身に、大きな負担が今もかかってる…だから……」
だから無理矢理なんだ。そう言うようにイーシャは胸の前で手を握る。それを聞いたエスーシャは再び表情を曇らせ、代わりにレディが次なる質問を口に。
「…何が起こったかは分かったわ。それにさっきの口振りからして、イーシャちゃんはこの魔法を解除…で、いいのかしら?…は出来ない…のよね?」
「…はい。時間をかけて、解析すれば…出来るかも、しれないけど……」
「そんな時間はない、或いは一刻も早く解決しなくてはならない…という事か」
「はい。この状況が、続けば続く程…ベール様の、負担も大きくなる…から……」
「…なら、どうすればいい…どうすれば、ベールの危機を打破出来るんだ…?」
レディが問い、ヌマンが確認の言葉を入れ……エスーシャが話の中核へと踏み込んだ。状況確認も思い付く手段の可否も、解決という目的に至るまでの言わば前座。そして真打である解決の手段をエスーシャが訊き、イーシャも答える。
「……ベール様を、説得…すればいい…」
『…説得……?』
「人格を含む、身体の主導権は…わたしにある…というか、渡されて…いる、けど……魔法の維持は、ベール様がしているの…だから、ベール様を説得するのが…一番、確実な手段……」
「…そう、か……なら教えてくれ、シーシャ。わたし達の言葉は、ベールに聞こえるのか…?」
「…はい」
「だったら……説得は、わたしに任せてほしい」
説明を聞き終えたエスーシャは、顔を上げてイーシャを…そしてベールを見やる。…そこに浮かぶのは、ヌマンとレディのよく知る、咎人の顔。罪を償わなければならないという、暗い意思に彩られた表情。
「…エスーシャ……」
「……ヌマン、一旦はエスーシャちゃんに任せましょ」
「…そう、だな…エスーシャ、やるだけやってみるヌラ」
「あぁ、これはわたしのすべき事だからな…」
その表情に気付いたヌマンは不安気な様子を見せるも、レディの言葉に首肯しエスーシャを見守る。そんな中エスーシャは佇まいを正し、イーシャも複雑そうな表情を浮かべてエスーシャを見つめた。
「……すまない、ベール。これはわたしの責任だ。君が人の為に何度も命懸けで戦い、人を救わんとしてきた女神である事を失念していた。君ならばこんなわたしの為にも危険を冒してくれる事位分かっていた筈なのに、わたしはそれを考えなかった。…その結果がこれだ。わたしは君に、命同然のものを懸けさせてしまった」
静かに話し始めるエスーシャ。負い目を感じている事が分かる声音で、エスーシャは身体の主導権を渡したベールへ声をかける。
「わたしには、君が終着点としようとした場所がどこなのかは分からない。だが…きっと君は、わたしをも救おうとしてくれたのだろう?救う価値のないわたしを、裁かれるべきわたしを」
「え、エスーシャ…それは……」
「いいんだイーシャ。わたしはベールに危険を冒させてしまった。意図していなかったとはいえ、ベールの良心に付け込んだんだ。そのわたしが許される筈がない。罪を重ねるばかりのわたしが、許されていい訳がないんだ」
言葉と言葉の合間で何か言いかけたイーシャを、エスーシャは首を横に振って止める。……エスーシャは気付かない。彼女を見つめるイーシャの瞳に、悲しさと辛さが浮かんでいる事に。
「…だから、わたしを救おうなんてしなくていいんだ、ベール。その優しさはわたしではなく、イーシャや他の誰かに向けてほしい。君に優しさを向けられる資格など、わたしにはない…わたしに優しさを向けるなんて、無駄でしかないんだ」
「…そこまで…そんな、事は……」
「そしてもしそれがわたしを見捨てる事になると思っているのなら、そんな必要はない。これはわたしの犠牲ではなく、わたしが受けるべき罰だ。同時にイーシャが救われる事、君も犠牲にならずに済む事が、わたしの夢で、わたしの望みだ。……などと、贖罪を綺麗な言葉で飾る辺り、本当にわたしの業は深いな…」
淀みなく流れるエスーシャの言葉は、それが彼女が本気で思っている事の証明。見つめるイーシャ達が辛そうな顔をしている事に気付かず、イーシャが言わんとする言葉を聞かず、エスーシャは自らを卑下するように笑う。そしてその上で、エスーシャはどこか安心したような表情を顔に。
「…だが、よかった…どんな形であれ、こうしてイーシャと会う事が出来たのだから。…すまなかった、イーシャ。わたしがいたから、わたしのせいで、君は全てを失った。死ぬべきわたしがのうのうと生き、君が苦しむ事になった。…イーシャも、ヌマンも、レディも、ベールも、わたしは不幸にしてしまった。……あぁ、わたしなんて…いなければよかったのに…」
「…………」
「……なぁ、イーシャ…君からも伝えてくれ。わたしは救う価値のない人間だと。ベール、君もイーシャと繋がった事で感じただろう。イーシャの抱えた、不幸と怒りを。…もう、わたしは十分過ぎる程幸せを得る事が出来た。だからこれから、この不当に得た幸せの報いを受け、君達が幸せを取り戻す番……」
「……勝手な、事…言わないで……」
「…イーシャ……?」
疲れ切った、もうどうでもよくなった…そんな表情でエスーシャは言い切ろうとした。ここを、今を自分の『終わり』と位置付けようとした。…だが、その時イーシャは震える声でエスーシャを遮り……
「勝手な事、言わないでよッ!!」
「がぁ……ッ!?」
──胸ぐらを掴んで立ち上がらせ、渾身の力でエスーシャの左頬を張った。突然、それも常軌を逸した一撃を放たれたエスーシャは反応出来ず、その力のままに壁へと叩き付けられる。
「へ……っ?…あ、ぇ……?」
「ちょっ、い、イーシャちゃん!?貴女今、自分が女神化したベールちゃんの身体にいるって事忘れてない!?」
「形のなっていないイーシャのビンタでもこれだけの威力…流石女神の膂力は…と感心してる場合じゃないヌラ!大丈夫ヌラかエスーシャ!」
「……っ!ご、ごめんなさいエスーシャ…っ!」
思いもよらぬ行動に全員が茫然自失となる中、最も驚いていたのは張本人であるイーシャ。レディの言葉で状況を理解し、謝罪と共にエスーシャへと駆け寄る。
「う、ぐ……」
「エスーシャちゃんしっかりして!ひ、一先ずここの医務室に……」
「…待って、くれ……」
『え……?』
壁に跡を残しながら落ちたエスーシャを、イーシャ達は運ぼうとする。…が、それを他ならぬエスーシャが制止。明らかに体をふらつかせながらも彼女は起き上がり、その視線をイーシャの方へ。
「勝手な…事、とは…なんだ…イーシャ……」
「……っ…」
「君が、怒りを持つのは…当然の、事だ……だが…今のは、何に対する……怒り、なんだ…?」
問いかけるエスーシャの言葉にイーシャははっとし、その後すぐ歯噛みをするような表情に変化。
頰を叩かれたエスーシャが感じたのは、激痛と痛み。だが同時にその時、エスーシャは憎悪や復讐心とも違う怒りがそこにあると感じ取った。…が、それを理解が出来ず、困惑とともにエスーシャは訊いた。
「…エスーシャは、何も…分かってない……」
「分かって、いない…?」
「わたしの、気持ちも…ベール様の、気持ちも…何にも分かってない……」
イーシャが浮かべるのは、悲しそうな表情。怒りから一転して浮かぶ悲しげな顔にエスーシャは狼狽えるも、まだ彼女は理解出来ない。
「エスーシャは、勝手な事ばかり…エスーシャは、わたしを思ってくれている、けど…わたしを、見て…ない……」
「そ、そんな事はない!わたしはずっと君の思いに目を向けていた!君の為に、君に償う為に……!」
「…なら、気付かないの…?わたしが、貴女を…なにも恨んでいない事に……」
「……え…?…恨んで、いな…い……?」
自身の行動は、全てイーシャの為に。そう思っていたエスーシャだからこそ、イーシャからの否定に強い動揺をしてしまう。しかし、それすらも超える動揺に、次の瞬間エスーシャは包まれた。
こんな自分を、イーシャは恨んでいない。それはエスーシャにとって寝耳に水の話で、想像すらしなかった可能性。そんな事はあり得ないと、そんな都合の良い事はないと、最初から否定していた回答。…故に、エスーシャは動揺する。
「……はい」
「イーシャ……い、いやそんな筈はない…いいんだイーシャ、わたしを気遣ってなんかくれなくて…こんな酷い仕打ちをしたわたしを、恨んでない訳が……」
「…エスーシャは、わたしに強要した…?助けろって…その身体を寄越せって……」
「…それは…して、いないが……」
「…そう。これは、わたしの意思。エスーシャを助けたのも、エスーシャの魂を受け入れたのも…わたしの意思。なのにどうして、わたしはエスーシャを恨むの…?」
かけられる言葉を信じられないエスーシャは、それが優しさからくる嘘だと思って首を横に振る。だがイーシャに問われ、重ねて訊かれ、そこで初めて黙り込む。…ベールに口を挟むなと言われた時とは違う、本当に言葉の出ない沈黙。そんなエスーシャへと、イーシャは言葉を続ける。
「わたしは貴女を、自分の意思で救った。…ううん、救ったなんて大それた事じゃない…助けたかったから…エスーシャも…ヌマンも…レディも…皆わたしの大切な友達だから…助けたかったの……」
「……っ…だと、しても…わたしはこの身体を乗っ取り、イーシャの意思を無視して…ずっとイーシャの自由を奪って……」
「いいえ…それは違うの、エスーシャ…わたしは偶にだけど、貴女が寝ている間…表へと出る事が出来たわ…それに例え、それが出来なくても……きっとわたしは、貴女に感謝してる…今と、同じように……」
「感、謝…?このわたしに…こんなわたしに、感謝…して、くれているのか…?」
ヌマンとレディの名を呼んだ時、イーシャはそちらへと目を向けた。目を向け、死なないでよかったとばかりに微笑み、視線をエスーシャの方へ戻す。……その時ヌマンとレディの瞳には、感極まった様子でじわりと涙が浮かんでいた。
「…エスーシャ、昔のわたしを…貴女と一つになる前のわたしを、覚えている…?」
「…勿論だ…引っ込み思案で、極度の人見知りで…でも誰にも負けない程優しかった君を、忘れる訳がない……」
「…エスーシャの言う通り、わたしは引っ込み思案で人見知り…友達なんて三人しかいなくて…三人以外の、殆どの人とは『はい』か『いいえ』でしか話せない…一人じゃ、何も出来ない人間だった……凄く凄く狭い世界しか知らなくて、知らない世界へ踏み出す勇気もなかった……」
「…………」
「でも…エスーシャと一つになってから、変わった…わたしの代わりにエスーシャが、色んな人と話して…色んな所に行って…色んな経験をしてくれた…。わたしがわたしのままじゃ、知らずに終わってた事を…エスーシャが、教えてくれた…だから、貴女と一緒にいる事は…苦でも何でもないの……」
本当に嬉しそうに、本当に感謝している様子で、イーシャは語る。そんなイーシャをエスーシャは見つめる。エスーシャの目に、イーシャの本当の姿が浮かぶ。そして遂に、エスーシャの心が揺れる。
「…嫌じゃ、なかったのか……?」
「嫌じゃなかった…後悔もしてないし、して良かったと思ってる…だって、あの時助けたからわたしは…こうしてまた、大好きな貴女と話せたんだもの…」
「……──っ!」
そう言って笑うイーシャに…自分が失ってしまった、奪ってしまった大切な友人の笑顔に、エスーシャは肩を震わせる。流すまいと心に決めていた涙がみるみるうちに瞳に溜まり、彼女はそれを必死に耐える。
嬉しいという気持ち、自分はイーシャを苦しめてなかったのだという安堵、それでも自分は罪人だという自責の念。それ等が混ざり合い、やり切れない思いにエスーシャが胸の前で手を握る中、彼女の肩にイーシャが手を置く。
「わたしは貴女を恨んでない。怒ってはいるけど……それは、エスーシャが自分を不要な存在だって…わたし達を不幸にしたって思ってる事への、怒り…そしてそれは、ベール様も思ってる……」
「じゃあ、わたしは…だが、わたしは……っ!」
「…エスーシャ、もう…自分を責めないであげて…許してあげて…わたし、辛いわ…貴女が苦しそうにしているのも…貴女が、自分を不幸にしようとするのも……」
「……でも…それでも…わたしの罪は、消えないんだ…ッ!」
ぽたり、と落ちる一粒の涙。絞り出すように、肩を震わせエスーシャは思いを吐き出す。彼女が自身を捨てようとする、罰しようとする、その根底にある罪の意識を。
事故とはいえ、それだけは紛れも無い事実。それ故にイーシャもそこへは言葉を出せず……代わりに後ろから、二つの声がエスーシャに届いた。
「…なら、許すヌラ」
「え……?」
「えぇ、私も許しちゃうわ。だってエスーシャちゃんが悪いかどうかなんて事より、私達にとってはエスーシャちゃんの笑顔の方がずっと大事だもの。それに、意外とこの身体も悪くないのよ?」
「その通り。もしかしたらこの身体は、元々の身体よりオイラの精神と親和性が高いのかもしれないんだ。他ならぬ、この磨き上げた全身の筋肉がそう言っているんだヌラ。…だから、もう気に病まないでくれ、エスーシャ」
「それが無理でも、エスーシャちゃんは私達にこれまでずっと償ってくれようとしたでしょ?元に戻してくれようとしたでしょ?…そんな貴女を責める気なんて、私達には微塵もないわ」
「…ヌマン…レディ……」
振り向いたエスーシャに向けられていたのは、笑みとウィンク。その温かな、優しい思いに、再びエスーシャは涙を落とす。そしてエスーシャを包み込む、イーシャの抱擁。
「…誰も、貴女を恨んでなんかいないの…。それに…罪なら、わたしもあるわ…表に出られる事もあったのに、この思いを伝えなかった…貴女が暴走するのが怖くて、伝えられなくて……結果ここまで追い詰めてしまった、わたしにも……」
「罪、なんかじゃ…わたしの為を思ってくれたイーシャに…罪なんか……」
「なら、こんなになるまでわたしを思ってくれたエスーシャにだって…罪が許される、権利がある筈よ……」
優しく抱き締め、寄り添うように言葉を紡ぐイーシャの目にも、涙が浮かぶ。
ここには誰も、悪人がいない。全員が友の為を思っていて、ただそれが上手く噛み合わなくて、或いは自分が悪いのだと思い過ぎて、望まぬ方向に向かってしまっただけの事。だから、思いを交わす事が出来れば……友への気持ちは、きちんと繋がる。
「……けど、それじゃ駄目だ…仮に、わたしが許されるとしても…イーシャの精神は、負のシェアで…」
「…負けないわ…その話は、本当かもしれないけど…わたしは、負けない…まだわたしは貴女と、皆といたいから…だから、負のシェアなんかに…わたしはわたしを、奪わせたりしない……」
「…イーシャ……」
「…ごめんなさい、エスーシャ…今まで話さなくて…ありがとう、エスーシャ…ずっとわたしを思ってくれて…そんな貴女に…そんな貴女だからこそ、お願いがあるの……」
「お願い…?」
静かなれど力強い、イーシャの宣言。それに続く、エスーシャへの願い。エスーシャの心がそんなイーシャを見つめる中、彼女は告げる。
「…もし、わたしを許してくれるなら…わたしを、まだ大切だって思ってくれてるなら…これからもずっと、一緒にいて…ずっと、わたしの側にいて…エスーシャ……」
「あぁ…勿論だ…勿論だともイーシャ…大切に決まっている、大好きに決まっている……君が望んでくれるなら、君が願ってくれるなら、わたしはずっと側にいる……もう絶対に君を、離さない…っ!」
思いを届けるように、イーシャは強く抱き締める。その思いを受け止め、離さないという意思を表すように、エスーシャも抱き返す。イーシャにとっては自分の身体との、エスーシャにとってはベールとの、本来であれば少し奇妙な二人の抱擁。だがそんな事はどうでも良かった。大切な友とこれからもいられるのなら、それだけで十分過ぎる程幸せだと、二人は心から思っていた。
そして、数分が経った。二人も落ち着いて、もう気に病む事は何もないと、あってもきっと乗り越えられると確信して、そこで自分達が本題から離れてしまっている事に気付く。……と、その時だった。
「……っ…!」
「…この、感覚は……」
内側から揺さぶられるような衝撃と、何かが入り込んでくるような形容し難い独特の感覚。エスーシャはこれに覚えがある。つい先程味わった感覚と、これは非常に似通っている。そして、その感覚が収まり、無意識に閉じていた目を開いた時……
「──これで、一件落着ですわね」
エスーシャから離れたグリーンハートの瞳は、元の紫色へと戻っていた。
*
イーシャが、エスーシャを思い気にし続けていた少女が、わたくしの元から去っていく。あぁ、良かったと思いながらわたくしは手を離し、エスーシャの瞳へ視線を合わせる。
『……え…?』
突如魔法が解除された事に、唖然とする三者。というか恐らく、元の身体に戻ったイーシャも驚いている筈。…こういう空気は、嫌いではない。
「べ、ベール…どうして、戻って…まだ、君の説得は……」
「いいえ、それはもう完了してますわよ?説得というより、納得ですけど」
「納得……?…って、まさかベール……」
「…………」
「君の狙いは、イーシャを救う事でも、わたしの命を助ける事でもなく……わたし達の、心を救う事だったのか…?」
珍しく挙動不審になりつつ離れるエスーシャを見ながら、わたくしは余裕の表情で返答。そしてエスーシャの問いに対し、無言の笑みを返すと……
「……ふ、ふふ…ふふふふふふふふ……」
「え……エスー、シャ…?」
…何故かエスーシャは妙な笑い声を発し始めてしまった。…あ、あれ?ここってそんな笑い方するシーンでして?驚いて腰を抜かすとか、「そうだったの!?」と叫ぶシーンではなくて…?
「……はぁ…やられた、これはやられたな…駄目だ、何というかもう…笑いしか出てこない……」
「あ、あぁ…そういう事でしたのね…であれば安し……」
エスーシャがおかしくなってしまったのかと不安になる中、当の本人がその意図を言ってくれてわたくしは一安心。…と、思った次の瞬間女神化が解け、わたくしはふらつき倒れかける。
「…っと、と…流石に馬鹿にならないレベルの負担があったみたいですわね……」
「…あんな無茶をするからだ…幾ら人の為とはいえ、なんて事をするんだ君は……」
「う…けれど、楽観視出来る要素もあったんですのよ?わたくしそれなりに魔法使いの適性があるみたいですし、元々二つの自分を持つ女神ならば、普通の人より負担は軽く済むらしいですし……」
「だとしても、君には犯罪神を倒す責務があるんだろう?」
「…それは、まぁ…そうですけど……」
溜め息を吐くように言うエスーシャと、それに上手く反論出来ないわたくし。確かにエスーシャの言う通り、わたくしのした事は危険そのもの。けれどそんな手だからこそこの結果まで至れた訳で、それをこうも怒られるのは……と思っていると、不意にエスーシャは頬を緩ませ…言う。
「だが、まぁ……感謝はしなければいけないな。…ありがとうベール。君のおかげで、わたしは本当に大切なものを失わずに済んだ」
「…ふふっ、わたくしはしたい事をしただけですわ。それにお礼なら、魔法関連で全面的に協力してくれたブランと、わたくしが習得に専念する間仕事の殆どを請け負ってくれたイリゼに言って下さいな」
無愛想なエスーシャらしからぬ、穏やかな笑み。それを見たわたくしもつられて笑顔になり、わたくし達は笑い合う。それからまたわたくしは負担…というか疲労に襲われ、欠伸を一つ。
「…眠そうだな」
「えぇ…まだ色々と話したい事はありますけど、今日のところは休ませてもらって宜しいかしら…この疲労を最終決戦に残してしまっては、本当に洒落になりませんもの…」
「なら、わたし達はお暇するとしよう。…これ以上君に負担をかけてしまうのは、イーシャもきっと望んでいない」
そう言って胸に手を置くエスーシャの顔は、憑き物が取れたように晴れ渡っている。…危険な賭けだった。ここまでしておいて、イーシャが消える可能性はまだ残っている。けれどそれでも、この顔を見られただけで…友達の心に光を取り戻せただけで、やって良かったと心からわたくしは思った。
「さぁ、行くぞヌマン、レディ」
「勿論ヌラ。…しかし、エスーシャも酷いなぁ。あれだけ長い話をしておいて、オイラ達の事は時折触れる程度だなんて…というか負のシェアに関して、オイラ達には心配してくれないヌラか?」
「うっ……い、いやそんな事はない。ただ今回の件はイーシャが特に早急な対応を必要としていただけであって、決して二人を軽視していた訳では……」
「ふふっ、分かっているわよエスーシャちゃん。それに私達も負のシェアなんて跳ね返すつもりだから安心して。…という訳で、また来るわねベールちゃん」
「世話になったお礼は、きちんとするから覚えていてくれ!」
「うふふ、また来て下さいな」
普段よりずっと表情が柔らかいからか、それとも頬の紅葉で何とも締まりのない顔になっているからか、レディさんヌマンさんはエスーシャを軽く弄りながら退室。それを見送る中、エスーシャも部屋を出て……行く直前脚を止め、どこか恥ずかしそうにしながら声をかけてくる。
「……?」
「……余談だ、余談なんだが…」
「…何かしら?」
「知っての通り、わたし達は元々映画を撮っていて、今も映画好きは変わらない…今も構想が幾つかある…だからベール、もし今ある構想が脚本完成段階まで至ったら…その時は……」
「興味ありませんわ♪」
「え……っ?」
魔が差したとでも言うべきか、エスーシャの言葉を遮ったのは彼女のお決まりの台詞。まさかそれを言われるとは思っていなかった、拒否されるとは思っていなかった。そんな様子でエスーシャが振り向き…そこへわたくしは、茶目っ気たっぷりの笑みで返す。
「……なんて、言ったらどうします?」
「…ふっ……なら、覚悟しておくんだなベール。君を唸らせる脚本をわたしが書き上げる、その時を」
「……えぇ、お待ちしていますわ」
不敵な笑みでわたくしを見るエスーシャ。心からの微笑みで返すわたくし。やはりこういう間柄こそ、わたくしとエスーシャらしいと、改めて感じる。
不幸な事故が招いた、不幸なすれ違い。一つの身体に二つの魂という状態が本来あるべきでない不安定なものというのは分かり切った事であり、懸念事項も残っている。…それでも、エスーシャ達なら何とかなる。そんなエスーシャ達の為なら、何度でもわたくしは手を貸せる。だってわたくし達は皆、友達なのですから。──そんな思いでわたくしは見送り……一連の騒動は、納得の場所に落ち着くのだった。
今回のパロディ解説
・「〜〜わたしの夢で、わたしの望み〜〜わたしの業は〜〜」
機動戦士ガンダムSEEDの登場キャラ、ラウ・ル・クルーゼの名台詞の一つのパロディ。分解した形で分かり辛いですかね…パロディをパロディらしくするのは難しいです。
・「〜〜これは、わたしの意思〜〜」
BORUTO-ボルト- -NARUTO NEXT GENERATIONS-の登場キャラ、ミツキの名台詞の一つのパロディ。これだと裏の意味がありそうな雰囲気にもなってしまいますね。