超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth2 Origins Progress   作:シモツキ

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第百四十三話 決戦までの一週間

蘇った四天王と随伴するモンスターからの防衛戦は、四ヶ国全てで勝利を収める事が出来た。私達女神は誰も大怪我を負う事なく、軍の被害も許容範囲内で済んだから、作戦としては大成功。個人的にもまたジャッジと刃を交える事が出来たから、そういう意味でも良かったと思う。

けど、プラネテューヌで想定外の事が起きた。収容されていた元犯罪組織構成員の脱獄と、その人達の再支配。四天王の撃破が済んだら、今度こそ本当の最終決戦を…と思っていた私達にとってそれは完全に出鼻を挫かれる出来事で、犯罪神を再封印すればその支配も解かれる筈といっても、その状況を無視してギョウカイ墓場に行く事なんて出来はしない。それに元々怪我を癒す時間が必要だったから……最後の作戦決行には、一週間待つ事となった。

 

「昨日の今日でもうこれだけの回復を…流石お姉様ですわ」

「うふふ、それが女神ですわ。…けれど、魔法もモンスターもいる世界なのに一瞬で完治させられないのは歯痒いですわね。治癒魔法による回復も一時的なものですし」

「アタクシはそれも悪くないと思いますわ。だってそのおかげでこうしてお姉様のお手当てが出来るんですもの♪」

「いや、そんな事で喜ばれても反応に困りますわ…」

 

防衛に成功し、別働隊も発見されなかった事で手当てを受けた私とベールは、翌日チカさんから包帯やガーゼの交換を受けていた。……正しくは現状物凄く丁寧に時間をかけて行われているベールと、待ち惚け状態の私だけど。

 

「あのー…私の番は……」

「まだお姉様の手当て中よ。別にやらないとは言ってないんだから、そこに座って待ってて頂戴」

「あ、はい……」

「…そこまで入念にしなくても大丈夫ですわよ?さっきも言った通り、頑丈且つ圧倒的な治癒力を持つのが女神なんですもの」

「そうはいきませんわ!お姉様はリーンボックスの守護女神であり、アタクシのお姉様なのですから!」

 

独特の気迫でそう言い放つチカさんに、私もベールも苦笑い。…方便じゃなくて、ほんとにベールが終わったら私にも手当てしてくれると思うけどね。チカさんはベールが絡まなければちょっと気が強めなだけ(後病弱らしい)の良識人だし。

 

「…しかし、気分の悪い置き土産を残されましたわね…」

「うん…リーンボックスでの発見報告は?」

「今日になってからはありませんわ。けど、十中八九潜伏中なだけでしょうね…」

 

ベールが口にしたのは、勿論再び操られる事になった人達の事。どうも脱走した人=操られるって訳じゃないらしく、脱獄犯の中にも操られてない人がいるようだし、逆に捕まってた人以外にもちらほらと操られた人が出てきている。…何が操られる条件なのか。それがまだ分からないのも、迂闊に墓場へと向かえない理由の一つ。

 

「……負けるって分かってたのかな。だから、こんな手を…」

「かもしれませんわね…こうすればわたくし達は少なからず足踏みせざるを得ないという推測をしたのであれば、それはその通りですもの…」

 

脱獄が起きたのはプラネテューヌだけだけど、その人達がプラネテューヌに留まっているとは限らない。まだプラネテューヌの大陸に居たとしても他国へ移動しようとしている可能性もある訳で、その点を含め気が抜けない。…けど、だからって発見報告が出てきてほしいかと言われれば、それも素直には頷けないというジレンマ。

 

「……プラネテューヌに戻りたい、と思っていたりしますの?」

「え?」

 

そう思っていた時、不意にベールからそんな事を言われた。私からすればそれは思ってもみない質問で、軽く驚いてベールを見ると彼女は続ける。

 

「イリゼは今ある四ヶ国の女神ではありませんけど、それでも今住んでいる場所と言えばプラネテューヌでしょう?…四天王ならまだしも操られた方の対応ならわたくし一人でも何とかなりますし、無理に留まる必要はありませんわ」

「もう、またその話?…昨日も言ったでしょ?私がリーンボックスにいるのは私の意思だって」

 

気を遣ってくれているのは分かる。順位を付けるつもりはないけど、私自身プラネテューヌに向かう時は『戻る』という表現を、他の三ヶ国に向かう時は『行く』という表現を使う機会が多いから、ベールの認識も間違っていない。…でも、私は軽く頬を膨らませて首を横に振った。

 

「私はベールを、友達を手助けしたいって思ってるからここにいるの。ベールに私の気持ちを慮ってもらえるのは嬉しいけど、あんまり何度も言われるとベールが私を『嫌々ここに来てる』って思ってるんじゃ…って感じちゃうから、そうじゃないなら……」

「…分かりましたわ。そういう事でしたら…イリゼ、貴女がいてくれるのは助かりますわ。だからもう少しだけ、ここに滞在していて下さいな」

「うん。私はそう言ってもらえる方が、ずっと嬉しいよ」

 

気持ちは発した人の思った通りに伝わるものじゃない。気持ちは受け取った人が相手の表情だとか状況だとかと無意識に組み合わせて、その結果受け取った人の予想という形で伝わるもの。だから全然違う解釈をされちゃう事もあるし…それを避ける為には、ちゃんと言わなきゃいけないんだよね。伝える側も、受け取った側も。

 

「うふふ、であればわたくしも安心ですわ。…因みにリーンボックスを守りたいではなくわたくしの手助けをしたいという事は、ネトゲのレイド戦や同人誌整理なんかも手伝ってくれるんですの?」

「うん、この状況下でサブカル趣味に精を出せるのであれば、ある意味凄いよベール」

「ふっ、慢心せずして何が女神か!…ですわ」

「いやベールは金ピカじゃ…って、金髪だった…ちょっと共通点あった……」

 

なんか凄い事言い出したベールに私は軽く額を押さえる。…でも、慢心とまではいかずとも、趣味に没頭するとまではいかずとも、適度に心に余裕を持つというのであれば…それは私も同意したいと思う。心に余裕がない状態はミスをし易いし……それこそ国の長がピリピリなんてしていたら、その人が治める国の国民は不安になっちゃうもんね。

 

「まぁそれは冗談として、そう言った以上は色々と協力してもらいますわよ?」

「勿論。だってその為にいるんだからね」

「うぅ…お姉様ぁ!お姉様が楽しそうにしているのは嬉しいですけど、このままではアタクシジェラシーで寝込んでしまいますわ!」

「寝込む程ジェラシー感じる状況じゃないでしょうに……別に放置しようとしてる訳じゃないのですから、安心しなさいなチカ」

「はぅ……」

 

何やら私にジェラシーを感じていたらしいチカさんに肩を竦めながらも、ベールは軽くチカさんの頭を撫でる。すると途端にチカさんは幸せそうな顔になって……それを見ていた私は、この二人も仲良いなぁ…と少しほっこりする思いだった。

 

(…あ、でもここにいるのが私じゃなくてアイエフなら、それこそこれに嫉妬してたのかも……)

「…時にチカ、墓場の方には特に動きはないんですの?」

「あ…はい。イストワールから犯罪神に関する連絡はありませんし、領内ギリギリで墓場を監視している軍からも普段と大差ないとしか報告は来ていませんわ」

「そうですの……であれば安心、とは言えませんわね…」

「嵐の前の静けさ、なのでしょうか……」

 

個性の豊かさに定評のある私とはいえ、立場は当然女神と教祖。数十秒前みたいにふざける事もあれば十数秒前みたいにほっこりする事もあるし、そこから今みたいに一気に真面目な話へ変わる事もある。…流石に今日みたいに緩い話と真剣な話がころころ入れ替わるのは珍しいけど。

 

「それは否定出来ませんわね。けれど仮にそうだとしても、この一週間が過ぎるまでは国内の事に集中しますわよ。後顧の憂いは絶っておかねばなりませんもの」

「…ですわよね。アタクシも一週間で出来る限りの事をしますから、どんどんお姉様も頼って下さいな」

「えぇ、わたくしは最初からそのつもりですわ」

 

そして遂にはほっこりする話と真面目な話が融合。…というのはまぁいいとして…万全の状態で決戦に向かう為の一週間とはいえ、一週間で懸念事項が全て解決する保証はない。保証はないけど、解決しようとしまいと一週間以上にも以下にもしないという事は全員で決めた事。早く済んでも焦る事なく、片付け切れなくてもその時は割り切り、一週間後に墓場へと向かう。…だから、私達は限られた時間の中で最善を尽くさなきゃいけない。

 

「あらイリゼ。何やら真剣そうに言ってますけど、それは割と普通の事ですわよ?」

「うっ、言われてみると確かに…っていうか、久し振りの地の文読みが……」

「だってイリゼは分かり易いんですもの」

「え、だから私ちょいちょい読まれてたの!?主人公故に地の文担当率が高いからだと思ってたけど、違うの!?」

「違うも何も、考えてみなさいな。分かり易いイリゼに、良くも悪くも心のままなネプテューヌに、純粋なネプギアちゃん。地の文を読まれるという現象と、所謂主人公である貴女方から導き出されるのは……」

「……よ、読まれ易い人が読まれてたってだけの事…?」

 

ごくり、と唾を飲み込む私。衝撃の事実!地の文読みはおかしな方向に全力投球してしまう私達パーティーだからこそ得られた能力ではなく、単にパーティー内に思考や心の声がバレ易い人がいるだけだった!…うぅ、どうしよう…さもそういう能力があるみたいにあっちの双子に教えちゃった……

 

「まぁ、嘘ですけどね〜」

「何その野クルのお姉さんポジみたいな嘘!そういう冗談は勘弁してくれないかなぁ!?」

「では、少し出掛けると致しましょうか。強要はしませんけど、折角ですしイリゼにも来てほしい場所があるのですわ」

「で、ではって…いや行くのはいいけど、ではって……」

 

にこり、と何の淀みなく話を変えたベールは、神経が太いというか何というか…とにかくそんなベールに何とも言えない呆れを感じる私だった。

それはそうと、ベールの行こうとしている場所とはどこで、何をしたいのか。訊けばそれで済む話だとは思いつつもそれを考える私は、やっと手当ての終わったベールの後を追うように立って……って、あ…。

 

「……私、まだ手当て何もされてなかった…」

 

 

 

 

チカさんから手早く、でもしっかりと手当てを受けた私は、ベールと共に女神化して街から出た。有事に備えてインカムは耳に嵌め、平時の移動よりも少し早めの移動速度で、ベールの言う山に向かって。

 

「…先程の話ではありませんけど、こうも穏やかな天気だと本当に嵐の前の静けさのように思えますわね」

「嵐になる前に潰せれば御の字だったんだけど…って、まだギリギリ嵐ではないとも言えるかな?」

「既に嵐は起きていて、それが今正に大嵐へ変わりつつある…でよいのではなくて?」

 

昨日の様に二人でリーンボックスの空を飛ぶ私とベール。何となく次元に漂う負のシェアの気配が強まってはいるけど、天候自体は至って平穏。…最も、同じ災害でも嵐と犯罪神では規模が……って…、

 

(……あれ…?犯罪神が負のシェア、負の思いが体現した存在なら、それは嵐と同じ天災じゃなくて、もしかして人災……?)

「……イリゼ?表情が曇っていますけど、どうかしまして?」

「あ…ううん、気にしないで。ちょっと面白くない考えが浮かんじゃっただけだから」

 

分かり易い、の汚名を返上するどころかまたも分かり易く表情に出してしまっていたらしい私は、頭を軽く振って浮かんだ思考を振り払う。…多分この思考は無意味じゃない。けど、これは半分哲学のようなもの。考える価値はあっても、何もそれは今じゃなくていい。

 

「それよりベール、場所は分かるの?まさか山の中を片っ端から探すって訳じゃないよね?」

「問題ありませんわ。あの子のよくいる場所なら分かっておりますもの」

 

暫く飛んで目的地の山がはっきりと見えてきた頃、私達はそんなやり取りを交わす。

 

「それに、あの子程の大きさなら生活の痕跡が自然と……っと、早速ありましたわね」

「これは…結構新しいね。じゃあ……」

 

少し高度と視線を落とすと、ベールが折れた枝や大きい足跡を発見。その痕跡が伸びる方向に目をやってみると……低い唸りの様な音が聞こえてきた。

 

「これは思った以上に手間が省けた様子ですわ」

 

痕跡と音を頼りに移動する事数十秒。普通に歩けばもう少しかかったと思うけど、飛んでしまえばあっという間。そうして私達が探していた相手の背中が見えてきて……その背へベールが声をかける。

 

「昨日はお疲れ様でしたわ、マガツちゃん」

「ぐる?ぐるるぅ♪」

 

ベールの声を受け、巨大な翼と尻尾で空を切りながら振り向いたのは…マガツちゃんこと、八億禍津日神。凡そ可愛いだとか愛らしいだとかの表現とはかけ離れた存在の禍津日神だけど、喉を鳴らして喜ぶ姿はまるで犬か猫のよう。

 

「ふふっ、元気そうですわね。傷はちゃんと綺麗にしていまして?」

「ぐーるっ!」

「お利口さんですわ。それでは少し診せてもらいますわね」

 

見た目とは裏腹に獰猛さを微塵も感じさせない禍津日神に対し、ベールは笑みを浮かべつつ質問を口に。すると禍津日神はその言葉の意味を理解しているのか、尻尾をぱたぱたさせつつこくんと頷いた。…音はぱたぱた、じゃなくてブォン!ブォン!…だったけど。

 

「では、じっとしているんですのよ?」

「がうがう、ぐるぅ」

「…………」

 

楽な姿勢を取った禍津日神とその周りを歩くベールを、私は無言で眺める。昨日の事やライヌちゃんの事があるからと誘われた私だけど、正直どうも手持ち無沙汰というか何をしたものかと困ったもので……と、思っていたら禍津日神と目が合った。

 

(…あっ……)

「……ぐる…」

 

私と目が合った禍津日神の唸りは、それまでベールに返していた鳴き声と少し違う。甘えや親愛の感情が無くて、代わりにあるのは警戒心。ベールと私が一緒に来たからか敵意はそこに含まれていなくて、ただじっと私を見つめている。

 

「…え、っと……」

「…………」

「ちょっと言うのが遅れちゃったけど…こんにちは」

 

目は口程にものを言う、とは言うけれど、黙っていても始まらない。そして会話の基本は挨拶から…と私が声をかけると、禍津日神はぴくん、と鼻先を僅かに動かした。…やっぱりライヌちゃんみたいに、禍津日神も自分に向けられた言葉はきちんと認識しているらしい。今までちゃんと理解しているのかどうかはまだ分からないけど。

 

「…………」

「マガツちゃん、挨拶をされたらちゃんと返さなくては駄目ですわよ。…イリゼ、もう一度言って下さる?」

「あ、うん。こんにちは」

「……がう」

 

じっと見つめたままの禍津日神にベールがそう言って、私がもう一度挨拶をすると、数秒の沈黙の後禍津日神から声が返ってきた。その後偉いですわ、と挨拶の出来た禍津日神の頭をベールが撫でる。

 

「彼女はイリゼ、わたくしの友達で、とても優しい方なんですの。だからマガツちゃんも、そんなに警戒しなくても大丈夫ですわ」

「…がるる……?」

「よく見てみなさいな。イリゼが怖い人や、マガツちゃんを傷付けたりする人に見えまして?」

 

撫でつつ微笑んで語るベールの言葉に、禍津日神の反応は「そうなの…?」と言ったところ。続く言葉を受けた禍津日神は、私とベールを交互に見て……それから、ゆっくりと立ち上がった。

 

「あ、私は……」

「そこで待っていて下さいな」

「う、うん…」

 

ドスドスと私の眼前へと歩いてくる禍津日神。私はどうするべきかと飼い主(…で、いいの?)のベールに訊いてみようとするも、返ってきたのは待機の指示。それに従って静かに立っていると……禍津日神の鼻先が、私の顔の真ん前へと降りてくる。

 

「…ぅ……」

 

感じるのは流石ドラゴン…とでも言うべき強めの鼻息。どうも私は匂いを嗅がれているみたいで、嗅がれるという行為と相手はドラゴンという点で、二重に後退りたい気持ちに駆られる。…けど、我慢我慢…禍津日神は警戒しなくてもいい相手か、今確かめようとしてるんだから…。

 

「…ぐるっ……」

「んっ、ぁ…く……」

「がうぅ……」

「……っ…」

 

一頻り嗅いでいた禍津日神は、それから私の顔をべろりと舐め、それが済むとゆっくり私の周りを一回り。嗅がれ、舐められ、その上で全身をじろじろ見て回られる今の私はまるで品定めされてるみたいで、何だか精神をガリガリ削られる思いだったけど……私の脳裏に浮かぶのはライヌちゃんの事。

私に対してはかなり懐いてくれてるライヌちゃんだけど、それは多分出会い方が良かったからで、他の人に対しては凄く警戒してる…というか何かとビビってしまいがち。よく会うネプテューヌやネプギアにだって時間をかけて少しずつ心を開いていっている感じなんだから、禍津日神が昨日会ったばかりの私にすぐ警戒を解いてくれる訳がない。…そう考えたら、少しだけ気持ちが楽になった。それと同時に私は少なからず表情を強張らせていた事に気付き、それも良くないよねと頬を緩める。

 

「…ぐるる、がるがる」

「ほら、わたくしの言った通りでしょう?…それではイリゼ、片手を前に出して下さいな。それと絶対に動いては駄目ですわよ?」

「ぜ、絶対…出すのはいいけど、出したら一体何をされ……なぁ──ッ!?」

 

回り終わった禍津日神がベールの方へ目をやると、ベールは穏やかな声で言葉を返し、それから私にまた指示を出した。

絶対なんて言葉が出た事に不可解さを感じながらも、取り敢えず右手を出す私。すると禍津日神は私を見つめ、ほんの少しだけ瞳に籠る警戒心を解いて…………私の右手に、喰らい付いた。

 

「ちょ、ちょちょちょちょっとベール!?ねぇ食べられてるッ!私食べられてるよ!?これいいの!?大丈夫なの!?」

「大丈夫ですわ、イリゼ。マガツちゃんは……丸飲み派ですもの」

「それは何にも大丈夫じゃなぁぁぁぁああああいッ!!ちょっ、まさかベール、私を呼んだのは食べさせるつもりだったからじゃ……って、あれ…?」

 

一瞬でテンパりMAXになった私は目を白黒させながらベールに訊くも、びっくりする程ヤバい答えが返ってきて私の焦りは限界突破。流石の私もこれにはベールに騙されたんじゃという思いが浮かび上がって……でも、そこで気付いた。右腕に締め付けられる感覚やしゃぶられる感覚はあっても、痛みはまるでない事に。

 

「……こ、これって…甘噛み、ってやつ…?」

「ふふっ、マガツちゃんの甘噛みは全然痛くないでしょう?」

「た、確かに全然痛くない……鋭い歯に肩が挟まれてて、精神的には物凄く悪いけど…」

 

そんなに噛んでる感じはないけど、多分これは甘噛み。禍津日神が甘噛みしてるつもりなのかは知らないけど、ベールが肯定してるからきっと甘噛み。…そう思ったら、なんか気が抜けてしまった。気が抜けると同時に焦りや恐怖も弱まっていって、また私が頬を緩ませると……ゆっくりと禍津日神は、腕から口を離してくれた。

 

「ぐー、がる〜」

「…これで良かったの……?」

「えぇ、どうやら危険な相手ではないと分かってくれたようですわ。…尤も、信頼はまだ圧倒的にわたくしの方が上ですけど」

「そ、それはそうだろうね…でも、それなら私も安心かな…」

 

口を離した禍津日神は、嬉しそうに喉を鳴らしたり私へ擦り寄ってくる様子はない。その態度が出てくるのはベールの側へと戻ってからで、その感情を向けるのもベールに対して。…でも、それは当然の事。積み重ねが全然違うベールにたったこれだけで並べる訳がないんだし…それを気にするよりは、今日の進展に目を向ける方がずっといい。

 

「…でも、ベールは凄いよね。普通なら近付く事自体を躊躇っちゃうような相手に、ここまで心を開いてもらえてるんだから」

「そんな事はありませんわ。何せ精霊も魔王も霊力の残滓ですらも高校生にデレる時代ですもの」

「そ、それは同列に語れるものなのかな……ところでベール、研究の方は進んでいるの?」

 

それからまた禍津日神を撫で始めるベールに対し、私は敬意の念を抱きながらもふと質問を口にする。

幾らベールが心の広い女神とはいえ、流石に禍津日神と何の気なしに仲良くしようとまではしないと思う。ベールはモンスターとの共存も可能なんじゃないかという考えがあって、その為に教会では秘密裏の研究がされていて、それは今も続いてる筈。ライヌちゃんと心を通わせた私としては、特務監査官としての立場抜きにも気になるものだから訊いたんだけど……その質問に返ってきたのは、少し困ったような声だった。

 

「……勿論、進んではいますわ。成果は殆ど上がっていないのですけどね」

「そっか…でも焦る事はないよ。既にこうして共存の可能性は形として出てきてるんだから」

「形と言っても、恐らくマガツちゃんやライヌちゃんが特別なのですけどね。敵意が元々少なかったモンスターと、敵意を見せるモンスターでは、それこそ同列に語れはしませんもの。ただ……」

 

普段はあまり…特に女神化状態では滅多に見せない沈んだ表情のベールを見て、私はその研究がどれだけ難航しているのかを何となく感じ取る。同じ人や女神同士だって些細な事で喧嘩になったり分かり合えなかったりするんだから、モンスターとの共存が困難極まる事なんて、ベールの表情を見なくたって誰にでも分かる。

でも、ベールは言葉を続けた。自嘲気味だった表情を変え、瞳に希望を灯らせて。

 

「…わたくしは諦めませんわ。時間がかかろうと、多くの労力を費やそうと、理想を諦めてしまうのは嫌ですもの。…それに、わたくしには約束も…協力してくれる仲間もおりますもの」

「……うん、頑張ってベール。今起こってる事態だけじゃなく、この事も…ううん、ベールの追い求める理想の為なら、いつだって私は手伝うからさ」

「…そう言われたら、尚更頑張らなくてはなりませんわね」

 

にこりと微笑む私と、それに微笑みを返してくれるベール。犯罪神の事も、モンスターとの共存も、私達の周りには苦難困難が沢山ある。…けど、諦めないって気持ちがある限りは、挫けず頑張ろうって、頑張る友達がいるなら手伝おうって、心地好さそうにする禍津日神を見ながら思う私達だった。




今回のパロディ解説

・「〜〜慢心せずして何が女神か〜〜」
Fateシリーズに登場するキャラの一人、ギルガメッシュの名台詞の一つのパロディ。慢心はともかく、自信は国の長にとって必要不可欠だろうと私は思います。

・野クルのお姉さんポジ
ゆるキャン△に登場するキャラの一人、犬山あおいの事。彼女の「嘘やで〜」っぽくベールが言っていると思って下さい。あんな感じです。

・精霊も魔王も霊力の残滓も高校生にデレる
デート・ア・ライブにおけるメインの展開の事。最後のはゲームの話ですね。最も原作中にあった出来事と明言されてるので、パラレルの話…という訳ではないですが。

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