超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth2 Origins Progress   作:シモツキ

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第百四十一話 愛しき者を見守る愛

肉を切らせて骨を断つ。それは判断を間違えない限り実戦的な策の一つで、わたしもこれまで何度もやってきた。……が、まさかトリックがそれをしてくるとは思わなかった。しかも掠る程度の攻撃ではなく、突き刺してやるつもりで放った手刀を微塵も怖気付く事なく受けるとは、予想すら出来なかった。だからその時…マジックの信念が鋼の様に固く、真剣の様に研ぎ澄まされているのだとわたしは改めて知った。

だが、それはトリックだけの事じゃない。トリックの思いが女神の覚悟に追い縋れる程のものだってのは認めざるを得ないが……わたしの思いが、ロムとラムの思いが負けてるなんて思っていないし、トリックの勘違いは正してやらなきゃいけないと思った。例え歪みきっていようと、大切なものを守ろうとするトリックをただ討ち亡ぼすのは、女神のすべき事じゃないと、わたしの心がそう言った。だからわたし達はこれから見せる。テメェが見てる存在の、本当の姿は何なのかっつー事を。

 

「わたしは二人に期待してる。けどそれはまだまだ未熟な妹としてじゃねぇ。同じ女神として、仲間としての期待だ。だから妥協もしねぇし、二人がわたしの期待に応えられなきゃ最悪三人揃ってあの舌の餌食だ。…大丈夫か?その期待を、このまましても」

「もっちろんよ!いっぱい期待してよね、おねえちゃん!」

「わたしは、ちょっとふあん…でも、おねえちゃんの期待にはこたえたい。わたしたちも女神さまなんだって…トリックに、見せたい…!」

「わたしもわたしも!それに三人なら、ぺろぺろされても何とかなりそうな気がするわ!」

「いや例えに出しただけで、もう舐められるのは勘弁だっての……だがまぁ、いい返事だ。…だったら、二人共着いてこいよ?ルウィーの守護女神の…全力に」

 

付着したままの唾液で滑らないよう水魔法で最低限洗い流して(魔法適性が低いわたしでもその程度は出来る)、期待してもいいか二人に問う。今の二人から消極的な返答がくるとは思っていなくて、実際そんな返答は来なかった訳だが…その返答に籠った思いから、本当に期待するに値するだけの意思を二人が持っている事が伝わってきた。……なら、わたしも応えなきゃいけない。わたしの期待に応えようとする、二人の気持ちに。

 

「…タイミングは二人に任せる。いいな?」

『うん!』

「よし、じゃあ…いくぞッ!」

 

わたしの合図で二人は飛び上がり、わたしは戦斧を構えて突撃。真正面から一直線に肉薄…と見せかけて、突撃の途中で戦斧を投げ付ける。

 

「…む……ッ!」

「急に静かになってどうしたよトリック!降伏するんだったら、早めに言えよなッ!」

「…降伏などせん、単に思っただけだ。君の…三人の幼女女神の、貫きたい信念の様を見てみたいと…ッ!」

 

投げた戦斧を、トリックはわたしの脱出直後に氷が溶けた舌で迎撃。その動きで戦斧は明後日の方向に弾かれかけるも、吹っ飛ぶ前にわたしがキャッチし、そこから近接攻撃へと移行。攻撃を障壁で防がれた次の瞬間には触手が襲いかかってくるが、防がれた時点でわたしは戦斧の刃を滑らせ、回転斬りで触手を返り討ち。

 

「はっ、なら素直に受けてくれんのかよッ!」

「まさか。見てみたいが…だからと言って、無意味にやられるつもりなどないッ!我輩とて、譲れぬ信念があるのだッ!」

「だろうな!相手に道を譲るか相手を押し退けてでも前に進むかの選択肢で、わたし達もテメェも後者を選んだ以上、簡単にやられてくれるとは思ってねぇよッ!」

 

触手を蹴散らしたところで再び戦斧を振るい、まだ消えていない障壁に叩き付ける。その攻撃と同時にラムも側面から光弾を撃ち込み、トリックの視線がラムの方へと向いた瞬間別の位置からロムも光弾を発射。二方向からの同時攻撃と、一瞬開けた第三の攻撃でトリックへ圧力をかける。

攻撃をしつつも、わたし達はシェアエナジーと魔力を身体の内側に溜める。今は攻撃の時間ではなく、全力へと繋げる為の時間。

 

「よく分かっているではないか…ならば我輩も見せよう!我が信念の力の全てを!そして、願わくば分かってほしい!我輩は君達の幸せの為に尽くすつもりなのだとッ!」

「……!…それなら、見せて…その思いを……!」

「そこまで言うなら見てあげるわ!わたしたちだって、まける気はないけどねッ!」

 

障壁で阻むトリックが発した、戦闘開始前の気持ち悪さとはかけ離れた叫び。それと同時に手首足首の魔法陣から無数の触手が放たれ、内側から障壁を破って反撃をかけてくる。

その言葉にわたしは言い返すつもりだった。…が、わたしより先に口を開いたのはロムとラム。二人は光弾を飲み込むように近付く触手へ魔法の勢いを強めながら、トリックの意思に真っ向からぶつかるだけの胆力を見せる。…そして同時に、それは二人からの提案だった。わたし達の全力は、それを乗り越えた瞬間こそに叩き付けるべきだって。

 

(…いいぜ、了解だ。乗り越えようじゃねぇか…トリックの信念をッ!)

 

自分へも迫る触手をそれぞれで蹴散らしつつ、わたし達は後退。すると触手は消滅し、トリックの四肢に展開していた魔法陣も消滅。だが、トリック自身から魔力の気配は消えていない。むしろその力は膨れ上がり……トリックの背後に、巨大な魔法陣が顕現する。

 

(これは……系統自体は同じみたいだが、明らかに術の格が違ぇ…)

 

トリックと魔法陣から感じる魔力の奔流から、トリックのやろうとしている魔法が何なのか、どれ程の物なのかが伝わってくる。こんなの普通は様々な要因から理解出来なかったり、出来ても把握し切る前に魔法として成立したりで、一回目から解析するのはほぼ不可能。…なのに、分かるという事は……それだけの規模を持つ、本人の意思関係なく隠しきれない程強大な魔法が進行しているという事。

 

「(こりゃ下手するとほんとに最悪のパターンになりかねねぇ…だが、これなら…ッ!)ロム、ラム、防御だッ!」

「え、でもこれって……!」

「大丈夫だ!二人共、頼むッ!」

「…分かったよ、おねえちゃん…!」

 

とにかく距離を取って、回避に徹したいと思う程の、膨大な魔力。……けど、わたしには策があった。それだけ強大だからこそ、やる事に大きな意味のある手が、わたしにはあった。

一瞬逡巡し、けれど続くわたしの言葉で信じてくれたロムとラムはわたしの前へ。二人は障壁を展開し、それを融合させ、より大きく強固な盾を作り上げる。

 

「同調による障壁の強化か……だが我輩の全力は、その程度では止まらんぞ…ッ!」

「ふーんだ!だったらやってみなさいよ!」

「わたしたちは、おねえちゃんを…しんじてる、だけ…ッ!」

「そうか……では我が奥義、しかと見よッ!ぬおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

脈打つように魔法陣が輝き、トリックは舌を天へと向けた。その舌へと魔法陣から魔力が流れ、トリックの口からは迸るのは雄叫び。そして……掲げられた舌が、振り下ろされる。

 

「包み込めッ!ペロフェクションッ!!」

 

振り下ろされた舌から現れる、柱の様に巨大な舌。元々大きいトリックのそれを大きく超える、赤く巨大な舌が物凄い速度でこちらへと放たれる。それは瞬く間にわたし達へと迫り、障壁に触れ……ロムとラムが、苦悶の声を漏らしてよろめく。

 

『あぅ……ッ!』

「ぬううううんッ!」

 

激突する舌と障壁。盾である障壁は魔力を大きく散らしながらも舌の突進を止め……されど次の瞬間、舌の中腹辺りから数え切れない程の触手が現れ、それもまた障壁へと襲いかかる。

障壁を拡大し、二人は押し留めようと頑張ってくれるが…破られるのは時間の問題。だがそれでいいとわたしは何も言わず、ただ一心に障壁を叩く舌を見つめる。

音を立てて走る亀裂。その亀裂から漏れる魔力。幾ら二人の同調させた障壁と言えど、準備にかけた時間が全然違うんだから凌ぎ切れる筈もない。それを二人も分かっているから、その表情には焦りの色が浮かんでいて……遂にその時が訪れる。わたしの予想した通りに…障壁が破られる、その瞬間が。

 

「ゆけぇッ!我が信念ッ!」

「……っ!ごめん、おねえちゃん…!」

「もう、むり……っ!」

 

二人が声を発した次の瞬間、どこか一ヶ所が、ではなく全面が一斉に崩壊する障壁。妨害を貫いた舌は正面から、触手は覆うように広がりながらわたし達へと迫り来る。

もう回避は不可能。逃げ場は、安全地帯は、どこにもない。圧倒的な圧力。圧倒的な物量。それがトリックの切り札。だが……わたしには見えていた。二人の時間稼ぎのおかげで、その切り札を…『魔法』を、看破する事が出来た。だからわたしは……その法則を、打ち砕くッ!

 

「──見切ったぜ。その魔法のルールをッ!」

「……──ッ!?」

 

突き出した左手。殴打たり得る威力もなければ障壁を展開する訳でもない…だがある術式を込めた左手が、巨大な舌に触れ……消滅させる。

 

「防御……いや、無力化されただと…ッ!?」

「テメェの切り札が全く違うものなら、或いはここまでわたし達を傷付けても良いと触手以外の魔法ももっと使っていたら、こうはならなかっただろうな……だがッ!」

 

巨大な舌も、そこから生える触手も、背後に位置した魔法陣すら、一瞬の内に消滅した。その事へトリックが目を見開く中、わたし達は動き出す。いや…わたしが消滅させた時点で、わたし達は動いていた。

二人から魔法による後押しを受け、わたしは天空へと飛び上がる。それと同時に舞っていた障壁の残骸が光となってロムとラムの周囲に集まり、二人の放つ魔力と合わさる事で新たな魔法陣に。

 

「こんどは、わたしたちの番…ッ!」

「ルウィーの女神の…わたしたちの力、うけてみなさいッ!」

 

新たな魔法陣の数は四つ。それ等は二つずつ横となってロムとラムの身体に重なり、冷気が周囲へ漂い出す。

魔力を帯びた冷気は氷の礫へと姿を変え、変化した側からトリックへと殺到する。狼狽えていたトリックはその瞬間に表情を引き締め、複数の魔法陣とそこから現れた触手で迎え撃とうとするも……その身体が、触手が凍り付く。

 

「さいしょは……わたしッ!」

 

トリックと触手からその空間に座す権利を奪うように、雪原から現れた氷が上へと広がっていく。それと同時にトリックの上空では氷塊が、それも突撃槍の様に鋭利な刃が穂先を向けて取り囲む。

 

「つぎは、わたし……ッ!」

 

ロムの掛け声と共に、浮かんだ氷塊はトリックへと飛来。登る氷に回避も防御も封じられたトリックにそれを凌ぐ術はなく、次々と氷塊が突き刺さっていく。

拘束を兼ねたラムの攻撃と、タイミングを見極める放たれたロムの追撃。力を惜しみなく注いだ二人の魔法はそれ単体でも十分な威力を持ち、それが連携して襲いかかったとなれば最早威力は理不尽の域に到達する。…けど、それで終わりじゃない。二人がこうして力を発揮しておいて、姉であるわたしが何もしないなんてある訳がない。

 

『さいごは……おねえちゃんッ!』

「おうッ!」

 

天空で上昇を止め、戦斧を振り被るわたし。わたしの上昇の助力となった二人の魔力と、わたしのシェアエナジーと複合させた魔力が戦斧の刃へと集まり、魔力は青白く輝く氷刃へと変貌する。

二人の声に応えたわたしだが…実のところ、その声…というか地上で起こる音はほぼ全て聞こえていない。それ程の高さにいるのだから、聞こえる訳がない。……それでもわたしには、聞こえなくても感じる事が出来た。だからわたしはその声に応え……全速力で降下をかける。

 

 

「これが女神の……わたし達の力だッ!ドライ……」

『──ラヴィーネッ!』

 

真っ直ぐに、一直線に、トリックへと向かう。戦斧を携え、二人からの信じる思いを胸に受け、そして全身全霊、力の全てをかけて……振り抜く。

一刀両断。その文字通りに、わたしはロムとラムの氷諸共トリックを斬り裂いた。更に駄目押しとばかりに氷が破裂し、トリックは白の煙に包まれる。

氷刃を解除しながら、わたしはロムとラムが立つ場所の前へと着地。ロムとラムは何も言わず、静かに煙の中のトリックを見つめる。そんな二人に続くようにわたしも煙を見つめ、煙が晴れるのを待ち……

 

「…そう、か…これは…これが、君達の……力、か…」

 

……晴れた時そこには、目を閉じ背中から倒れたトリックの姿があった。

 

 

 

 

感嘆混じりの、どこか納得したような言葉を、トリックは零した。倒れた姿と、これまでとは明らかに違う雰囲気の声で、わたし達は…勝利を実感した。

 

「か、かったぁ……」

「よかった、かてた…(はふぅ)」

 

気の抜けたような声を漏らして座り込むロムとラム。女神化こそまだ維持しているが、その声から二人の疲労は見て(聞いて、か?)取れる。…まぁ、わたしだって腰を下ろしたい位疲れてるんだから、二人の反応も当然だよな…。

 

「…よく頑張ったな、二人共」

「うん、わたしたち…がんばった…(ぐっ)」

「わたしたち、たよりになったでしょ?」

「あぁ、なったぞ。二人はわたしの自慢の妹だ」

 

振り返り、ロムとラムに向けて笑う。すると二人は表情を綻ばせ、向日葵の様な笑みを返してくれる。……わたしはこの笑顔を守りたい。だから、トリックの言葉も分からないでもない。けど……

「ぐふっ…しかと、見せて…もらった、ぞ……」

『……っ…!』

 

背後から聞こえた咳き込みと、荒い息遣いの言葉。慌てて向き直る事はせず、でも若干の緊張を抱きながら反転すると……トリックが、雪原に手を突きゆっくりと起き上がっていた。

 

「我輩の考えは変わらん…だが、君達は我輩に勝った…君達の信念が打ち勝った…ならば、道は譲ろう……」

「…トリック……」

「アクク…身勝手に、自己中心的に欲を満たそうとした愚か者には、これでも過ぎた終わり方だ…こんなにも美しい幼女が、引導を渡してくれたのだからな……」

 

往生際の悪い様を見せる事も、現実を拒絶する事もなく、潔く敗北を受け入れたトリック。自嘲気味に笑う奴の顔は…どこか憂いを帯びている。

 

「…なんかひょーしぬけね。もうひとなめするまでは…!…とか言うと思ったのに」

「…あきらめる気になったの?」

「いいや…まだ打つ手があれば、戦う力があれば…手を、舌を伸ばしていたさ……」

「そう言いつつ、さっきみたいに不意打ちをしようと……は、してねぇな。その様子だと…」

 

トリックの目からは、もう闘志が感じられない。それに不意を突くなら、わたしが背を向けていた時仕掛けている筈。声には惜しさを滲ませていたが……惜しいと感じてるってならやはり、もうこれ以上やる気はないって事だろうな。

 

「最後に良いものを見せてもらった…確かにここまで強いのなら、強化された我輩にすら勝てるのなら…我輩の助けなど、君達の幸せの役には立たんのかもしれん……」

「…そういうこった。わたし達はテメェに庇護されなきゃ幸せになれない程、弱くなんかねぇよ」

「あぁ……では、行くが良い…消え行くロリコンの姿を見ていたところで、何の益にもならんだろう…?」

 

夢破れた男とでも言うべきか。今のトリックからは、そんな哀愁が漂っていた。

何の益にもならない…というのは、恐らく間違っていない、所詮トリックは敵で、今信次元で起きている事を考えれば、ここでゆっくりするのは得策じゃない。…得策じゃ、ないが……

 

「そういう言い方はすんなよ…そりゃそうかもしれねぇが、そう言われてはいそうですかって帰るのは気が引ける…」

「そうか…であるなら消える我輩に最後の思い出として、この舌をベットに仲良く川の字で寝る君達の姿、又はパペット片手に水着を着ようとして失敗し、涙目になってしまう姿を見せてくれれば我輩は成仏出来るのだが……」

「よし、帰るぞロムラム」

「うん、かえろうおねえちゃん」

「さっさとかえろっか、うん」

 

真顔で反転し、飛翔するわたし達三人。何の益にもならない…は間違っていないと心の中で言っていたわたしだが、前言撤回。見届けるのは益にならないどころか、シンプルに有害だった。わたしは勿論、ロムやラムにも変態に向ける慈悲はない。

という訳でわたし達は街へと帰還し、そこから街及び各所の対応を行うミナ達と共にルウィーの安全を確保するのだった。

 

 

 

 

「……とは、いかねぇよな…」

『……?』

「悪ぃ、先行ってくれ二人共。わたしはちょっと、やり残しを片付けてくる」

 

そう言ってわたしは二人と別れ、トリックの前へとUターン。驚くトリックの視線を受けながら、すぐ近くへと着地する。

 

「…何故、戻ってきた…まさか、してくれるのか…?」

「する訳ねぇだろロリコン。…テメェは結局、したい事をしてきたのかよ。これまでテメェがしてきた事が、やりたかった事なのかよ」

 

目を輝かせたトリックを一蹴し、問う。…それが、わたしのやり残した事。別に聞かなくても困る事はないし、禄でもない答えが返ってくるかもしれないとも思ったが…それでもわたしは、訊こうと思った。訊いておきたいと、思った。

わたしの言葉を受け、トリックは黙り込む。どう答えるかを考えているのか、答えたくないのか、舌は出たままトリックは口を閉ざす。それから十数秒の沈黙が訪れ……閉じていたトリックの口が、開く。

 

「…当然だ。我輩は幼女が大好きで、幼女が好きだという気持ちを満たしたくて、ここまで活動してきたのだ。気持ち悪いと言われようと、下衆だと言われようと、我輩は声を大にして言えるぞ?…先程舐めた君の身体は、大変美味であった…と」

「……そう、かよ…なら…」

 

その言葉を聞き終えた時、わたしの背筋に走ったのは生理的な嫌悪。思わず自分の肩を抱きたくなって、続けて奴を叩きのめしたい衝動にも駆られる。…だが同時に、ほんの少し残念でもあった。こいつには何か理由が…それこそユニの言うブレイブの様に、本当の願いが別にあるんじゃないかとわたしは思っていたから。

舐めた瞬間を思い出すようににやりと笑うトリックから、わたしは目を逸らす。するとトリックは軽く舌を動かし……

 

「な…に……ッ!?」

 

……にやついた顔から、あり得ない物を見たような表情へと変貌した。

何だと思って振り返ろうとしたわたし。だが、振り返るまでもなく…気配で気付いた。こちらへと降下してくる、二人の存在に。

 

「……ロム、ラム…?…どうして……」

 

一瞬自分の感覚を疑ったわたしだが、やっぱりその二人はロムとラムで間違いない。何故、とわたしが思う中、二人は振り向いたわたしの頭上を通り……トリックの前へ。

 

「…………」

「…………」

「…どう…したのだ、ホワイトシスターよ…君達にはもう、何の用事もない筈……」

「ちょっとだまってて」

 

二人まで戻ってきた事に、疑問を感じているのはトリックも同じ。けどトリックの言葉をラムが制し、二人はわたしとトリックの間で見つめ合う。

それは、二人だからこその意思疎通。わたしやパーティーメンバーがやるアイコンタクトよりずっと互いの気持ちを伝え合える、二人の思いの交わし合い。それをわたしとトリックが見つめる中、二人はこくりと頷き……トリックへと、向き直る。

 

「…わたしは、あなたがきらい。こわいし、気持ちわるいし、わるい人だから……きらい」

「わたしも、あんたがきらい。へんたいだし、ロムちゃんにもおねえちゃんにもひどいことしたし、わるいこともいっぱいしてきたから……だいっきらい」

「……そう、だな…そう言われて当然だ…我輩は、嫌われて当然の存在だ…」

「…でも、わたしたちは言わなきゃいけないことがあるわ」

「言わなければ、いけない事…?」

 

自覚していても、面と向かって非難されるのは、嫌いだと言われるのは、辛い事。それは二人にだって分かってる筈で、なのに何故言ったのか。そう思ったわたしだが…二人はそれで終わらず、言葉を続ける。続け、そして……言う。

 

「言わなくてもいいかなって、思ったこともあった…だって、あなたは…てきだから……」

「でもロムちゃんと考えて、いっぱい考えて…やっぱり思ったの。いやなやつでも、きらいなやつでも…ちゃんとこれは言わなきゃだめだって」

「だから、トリック…さん……」

 

 

 

 

『…あのときは、助けてくれて……ありがとう、ございましたっ!』

「──ッ!!」

 

一生懸命な気持ちを言葉に込め、深々と頭を下げ……二人はお礼を、口にした。ギャザリング城で、トリックが身を呈して二人を守ったあの時の事を、ありがとう…と。

それから二人は、反応を待ちもせずに空へと上がる。返答は求めてないとばかりに、飛び上がった二人は去っていく。…それを見送る、わたしとトリック。

 

「…ロム、ラム……」

 

礼を言うのは当たり前の事で、けれど大切な事。簡単に出来る筈なのに、中々言えない難しい事。気心の知れた相手でも時には大変なのに、それを敵へ……それも間違いなく嫌悪の感情を持っている相手へ言うなんて、わたしにだって楽じゃない。…だから、凄いと思った。わたしは、わたしの妹を。そして、トリックは…礼を言われた、トリックは……

 

「あ、アクククク…これはとんだお人好しではないか…まさかこの我輩に礼を言うとは、この我輩が礼を言われるとは…あぁ、ああ……」

「…トリック、お前……」

 

 

 

 

「……嬉しい、なぁ…心から愛しいと思える相手に、嫌われてでも幸せになってほしいと思う相手に、ありがとうと言ってもらえるのは…本当に、本当に…嬉しいなぁ……」

 

──涙を、流していた。ぎょろりとした目から、滝の様にぼろぼろと涙を零していた。

 

「……気が変わった。話せよトリック」

「…話、せ……?」

「テメェの本心をだよ。あるんだろ?まだ話してねぇ事が」

「…そんな、事は…我輩はただ、我輩の為に……」

「嘘吐くんじゃねぇよ。…私利私欲の為だけに動くような奴が、そんな涙を流せる訳がねぇだろ」

「…………」

 

零れ落ちる涙は、トリックの心を表している。わたしはそう感じた。そう感じたから、改めて訊く。すると、トリックはまたもや黙り…だが今度はさっきよりも早く、手の甲で涙を拭いつつ……語り始めた。

 

「…話す程の、事はないさ…ただ我輩は幼女を愛しく思っているだけだ…無限の可能性を持ち、自らだけでなく周囲も明るくし、捻くれる事なく純粋な目と心で世界を見る、幼女という存在が……」

「…それだけなら、守ってやるなんて行動にゃ結び付かねぇだろ」

「あぁ…幼女は純粋で、されど無限の可能性を持つ存在…それ故に簡単に悪に染まってしまう事がある。…いや、悪に染まるだけならまだ良い…罪の無い幼女が、明るい未来を得られる筈の幼女が傷付き、彼女達が光を失ってしまう事が、我輩は耐えられない…そんな理不尽を、どうしても看過出来ないのだ…」

「……だから、守りたいんだな。大切だと思える存在が、笑顔で居続けられる為に」

 

ゆっくりと話すトリックの視線は、わたしではなく宙を向いている。…多分トリックの目には、多くの幼女の姿が浮かんでいるんだろう。奴が守りたいと思う、奴が愛しいと思っている…大切な存在の姿が。

 

「そうだ…だが、それは半分本心で…半分、建前だ……」

「…なら、もう半分は何なんだよ」

「身勝手な、愛だ…。我輩は少女も、大人の女性も愛しいとは思えない…幼女が成長し、少女となってしまった時点で我が愛は冷めてしまうのだ…幼女の成長を望み、幼女が輝かしい未来へ進む事は心から望んでいる筈なのに、いざそうなってしまうのは怖いと思う……そういう意味では、だから我輩は真っ先に君達女神を守ろうとしたのだろう…人の理から外れ、幼女で居続けてくれるかもしれない…君達女神を……」

 

……それは、相反する思い。未来へ進んでほしいという願いと、今のまま居続けてほしいという、両立出来ない歪んだ愛情。…ならきっと、トリックは苦しんだんだと思う。どちらも本心だからこそ、その二つの願いの板挟みで。だからトリックは犯罪神の臣下となったのだろう。人にはどうしようもない『不可能』には、人を超えた存在が必要だと考えて。

そこでトリックの語りは終わった。だが今度は、トリックからの質問がわたしへと投げられた。

 

「…ホワイトハートよ…我輩は、どうしたら良かったのだ…我輩の願い通りになれば、我輩の望みは叶えられる……だが分かっているのだ…それは脆く、簡単に崩れ去るような成就であると…。…どうか答えてほしい…我輩は、どうすれば…正解だったのだ……?」

 

悲しそうに、力の足りない自分を嘆くように、わたしへと答えを求めたトリックの言葉。それにどう答えるべきか、一瞬わたしは考えた。女神として答えるべきか、一般の思考で答えるべきか、或いはトリックの言う『幼女』として答えるべきか。…でも、どれもしっくりこない。しっくりこないから……わたしは決めた。わたしはわたしとして、ブランとして答えようと。

 

「……なら、見守ろうぜ」

「…見守る…それが、正解だと…言うのか……?」

「さぁな。…わたしにテメェの気持ちを否定するつもりはねぇ…いや、それどころか多分同意見だ。わたしの中にもテメェと同じ気持ちがある。何せわたしには、ロムとラムがいるからな」

「…………」

「わたしも、二人には無限の可能性を感じてる。純粋で可愛い妹だと思っているし、だからこそ傷付いてほしくねぇ。それに二人の前じゃ言えねぇが、わたしだってちょっとだけ思ってるんだ。…二人には、ずっと今のままでいてほしいって」

 

わたしはロリコンじゃないが、ロムとラムには愛情を持っている。トリックと同じように色々な思いを抱いているし……二人が成長する度に、嬉しい反面寂しさも感じていた。二人が変わってしまう事に、わたしの中の二人からズレていってしまう事に対する寂しさが、わたしの中にはあった。

トリックの目を見て、続けるわたし。教える、ではなく単に思いを伝えるつもりで、わたしは言葉を紡ぐ。

 

「わたしの中にある二人を守りたい気持ちは、きっと大切だって気持ちと、変わってほしくないって気持ちの両方から来てるんだろうな。だから同じなんだよ。テメェも、少し前までのわたしも」

「…では、今は……」

「違ぇよ、今のわたしは。…だって、助けられたからな。何度も見てきたからな。……わたしは知ったんだ。二人の光は、簡単には消えたりしないって。挫ける事はあっても、そこから立ち上がって成長を続けられる位、強くなったんだって。…それに、やっぱり嬉しいんだよ。成長した二人を見られるのは、新たな二人を知れるのが」

 

守りたいと思う気持ちの理由は色々あるが、その内の一つに『守らなきゃいけないから』というのがある。…それが、わたしとトリックの違い。その思いを持ち続けていたトリックと、もうそんな弱い二人じゃないと気付いた、わたしの違い。

 

「…そうか…だがそれならば、大きな違いが一つあるな…君は成長した二人も愛せるが、我輩はそうではない……」

「分かってる、だから見守れって言ったんだよ。成長したら愛せなくなるってなら、新たな幼女をまた見てやればいいじゃねぇか」

「……それは…」

「取っ替え引っ替えみたいで嫌だってか?なら見方を変えてみろ。成長した幼女は捨てるんじゃなくて、成長を祝福して送り出してやるんだよ。新たな幼女に乗り換えるんじゃなくて、新たに幼女を導いてやるんだよ。…そういう事を仕事にしてるのが、教師って奴だ。実際に仕事にまでなってるんだから……それと同じようにテメェが幼女を愛したって、誰も文句は言わねぇよ。…お前の愛は、本物なんだろ?」

 

どんなに歪んでいようと、トリックが抱いているのは紛れもない愛。…その愛を否定する事を、わたしはしたくなかった。その思いは、肯定してやりたかった。そう思ったから、わたしは考えと思いを全て伝え、最後にトリックへと質問した。それに対する回答は……言うまでもない。

 

「……見守る、か…それも、良いかもしれないな…」

「だろ?まぁ尤も、節度のねぇ見守りはストーカーと変わらねぇがな」

「その位分かっておる。…良い、気持ちだ…長年抱き続けていた胸のつかえが、漸く取れたような気がする…これで、我輩は……」

「……トリック?」

「……一つ、頼みがあるのだ。我輩にはまだ、やり残した事があった。実を言うと、我輩にはまだ消滅までほんの少し時間があるが…どうかこのやり残しを、果たさせてほしい」

 

言葉通りにすっきりとした顔をしていたトリックだが、ふと何かを思い出したかのように表情を引き締め、それからわたしへと頭を下げてきた。

やり残しとは何なのか、トリックは語っていない。もしかしたら、逃げようとしているのかもしれない。敵である以上、それを許さないのが普通の選択。…けど、わたしは……それに頷く。

 

「…なら、さっさと済ませるんだな。……もし変な真似をしたら、容赦はしねぇ」

「…恩に切るぞ、ホワイトハート…」

 

わたしの言葉に返答したトリックは更に頭を下げ、それが終わると背を向ける。…どうやら誰かに連絡しているらしい。それは耳を澄ませば十分聞こえる声だったが……わたしは聞かないようにした。

大体数分程の時間をかけ、連絡をしていたトリック。それを終えた時、トリックの身体は前と同じように消え始めていた。身体が光の粒子へと変わりつつあるトリックだが……その顔に浮かぶのは、一切の曇りがない晴れやかな表情。

 

「…今度こそ、成すべき事は済んだ。我が心を救ってくれるどころか、我輩を信用し頼みまでも聞いてくれるとは……ホワイトハート、いやブラン…君は、良い女神だな…」

「ったりめーだ。わたしはルウィーの守護女神で、ロムとラムの姉だからな」

「アククク…やはり幼女女神は最高だなぁ……さて、それではさらば……むぅっ!?」

 

穏やかな顔付きで消えていくトリックと、改めて向かい合う。…今度こそ、トリックは満足しているんだろう。自分の愛を、素直に肯定出来てるんだろう。そう思ったわたしは……右手でトリックの舌を握った。プロセッサを解除した、素の右手で。

 

「な、なな…何を……!?」

「餞別だ。お前のキモい願いを聞く気はねぇが…まぁこの位は特別にしてやるよ。…まさか物足りねぇなんて言わないよな?」

「ま、まさか!物足りないどころか、自ら我が舌を握ってくれるなど感無量に決まっている!おほほっ、幼女のぷにぷにおてて……プライスレス…ッ!」

「そうかい、ほんとに気持ち悪い奴だな…。…トリック、お前のしてきた事は許されねぇし、ここで消えるのも当然の報いだ。だが、もし心からそれを反省し、この消滅を罰として受け入れ、同じ過ちは繰り返さないと誓うなら……お前からの信仰を、喜んで受け入れるぜ」

「……誓おう、女神ホワイトハート。君も、ホワイトシスターロム、ラムも、本当に良い女神だ。君達がいたから、我輩は真の意味で我が信念の道を見つける事が出来た。…君達ならば、どんな苦難も、どんな逆境も、その光を失わずに超えられると信じている。そして、我輩は所詮ただのロリコンだが……それでももし機会があれば、我輩が力になれるのなら…我輩は君達の力になる事、なり続ける事を…約束する……。……さようなら、最高の幼女達…ありがとう、ブラン…ロム…ラム……」

 

消えていく。手も、脚も、胴も、舌も。シェアエナジーの光となって、トリックは空へと登っていく。この先トリックがどんな道を辿るのかは分からない。もしかしたら、本当に消滅し、無へと帰ってしまうのかもしれない。…それでもきっとトリックは、満足した思いを胸に抱き続けられるだろうと、わたしは思った。

そして、わたしの手からトリックの舌の感覚もなくなり、完全にトリックは消滅した。最後の粒子が登り、消えていくまでわたしはそれを見つめ続け……それから、ゆっくりと背を向ける。

 

「……じゃあな、トリック・ザ・ハード」

 

そう呟いて、わたしもロムとラムの後を追う。まだやる事は残っているのだから。ルウィーの為に、信次元の為に……トリックの愛する存在の為に。

 

 

──蘇ったトリックとの戦いは、こうして終わった。わたしにとってもロムとラムにとっても、生理的には最悪の相手。だがきっとわたし達の心には、トリックの存在が残り続けるだろう。それは良い意味でも、悪い意味でも、はっきりと。




今回のパロディ解説

・「〜〜相手に道を〜〜選択肢で〜〜」
ガンダムビルドダイバーズの登場キャラの一人、クジョウ(キスギ)・キョウヤの名台詞の一つのパロディ。まさかトリックがこの台詞を言われるとは…私自身驚きです。

・「〜〜パペット片手に〜〜涙目になってしまう〜〜」
デート・ア・ライブに登場するヒロインの一人、四糸乃の四巻におけるあるシーンの事。性格的にもロムがこれをやったらかなり合いそうな気がします、はい。

・「〜〜やはり幼女女神は最高だなぁ〜〜」
ロウきゅーぶ!の代名詞(?)的な台詞の一つのパロディ。トリックと言えばロリコン、ロリコン的発言の一つと言えばこれ。物凄くしっくりきましたね。

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