超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth2 Origins Progress   作:シモツキ

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第百三十四話 滾り続ける熱

現実であろうとゲームであろうと、一般的には初めて戦う相手より一度でも戦った事のある相手の方が上手く立ち回れる。それはもうほんとに当たり前の話。某蛇の使い手並みに初見殺しに特化した戦闘スタイルとかでもなければ、二回目以降は格段に戦い易くなる。…けれど、相手がNPCや『同じ能力や技術を持つ別個体』でもない限り、それはアドバンテージとなり得ない。何せ…相手もまた、自分と戦うのは初めてではなくなるのだから。

 

「変わるよ、ベールッ!」

「えぇ、任せますわッ!」

 

お互いその場を殆ど動かず刃を交えていたベールとジャッジが、それぞれの得物の石突き側を振るって打撃。振るわれた二振りの柄が衝突し、数瞬のせめぎ合いを経て双方後ろへ跳ぶ。

 

「いいねぇ途切れないコンビネーションってのもッ!互いの消耗を抑えつつ、俺には圧力をかけ続ける…抜群の連携を持つ相手とのタッグマッチはこうなるんだろうなッ!」

「それはどう、もッ!」

 

後退するベールとすれ違う形で前へ跳んだ私は、右手に長剣、左手にはバックラーを携えて突進。勢いを落とさず刺突を仕掛け、身体を逸らす形での回避と同時に放たれた返しの斬撃は速度が乗る前に柄へバックラーを叩き付ける事で防御。受ける、ではなく自らぶつけにいく積極的な防御こそが、バックラーの本分。

 

(流石にこの組み合わせはやり辛い…けど、だからこそ動きの変則性は増す…ッ!)

 

長剣で斬り、バックラーで防ぎ、バックラーで殴り、長剣で逸らす。サイズの大きい長剣と、逆に小さいバックラー。大小の組み合わせは互いを保管し合えるから一見有効そうだけど、実際のところはそうじゃない。長剣の距離じゃバックラーはまるで攻勢に使えないし、防御もその距離だとバックラーを当てられる時にはもうそれなりの速度が乗ってしまっている場合も多い。更に左手が塞がっていると長剣の両手持ちが出来ない訳で、はっきり言ってこれは愚策。左右でそれぞれ武器を持つ場合は戦闘距離が同じ位になるか、どちらかに合わせた選択をするのが基本で、長短二振り…なんていう場合も、使い分けるか長い方も実際はそこまで長くないかが殆ど。

でも、私はこれを選んだ。予想通り攻防どちらも不安定になってしまうけど、だからこそセオリーが通じない不規則さを生み出せる。勿論ジャッジ程の戦士なら、不規則な動きすら斬り結ぶ中で慣れてしまうだろうけど、慣れる事こそが……

 

「だが…俺の調子を完全に狂わせたいなら、二人じゃあ足りねぇなぁッ!」

「……ッ!(もう見抜かれた…!?)」

 

逆袈裟で振るった長剣が掲げられたハルバートとぶつかり、私とジャッジの視線が混じり合う。さぁ次はどう攻めるか、それとも早々に交代してジャッジの意表を突くか……そう考える中でジャッジから発せられた言葉に、仕掛けていた私の方が驚かされた。その瞬間私はほんの少し力が抜けて、そこを突かれて弾き飛ばされる。

適宜交代しながら、下がった側は援護に徹する。それによって消耗を抑える…というのは確かに狙いの一つではあったけど、それは同時に囮の様なもの。本当の狙いは戦闘スタイルの違う私達が何度も入れ替わり、ジャッジ本人が気付かぬ内に少しずつ調子を狂わせる…というもので、発言からジャッジは術中に嵌まっていると思っていた。…いや…私達は、思わされていた。

 

「いや、正確にゃ二人でもギリギリ足りたかもしれねぇ!けどよぉオリジンハート、それはちっと俺を見くびってねぇか?既に二回戦ってテメェの戦い方を熟知してる、この俺をよぉッ!」

「ぐっ……確かに、ジャッジ相手には少し捻りが足りなかったかもしれないね…」

「…しかし、貴方はここまでわたくし達の策に乗り、その結果わたくし達より消耗した…違いまして…ッ!」

 

にぃ、と嘲るように口元を歪めながら激しい連撃を仕掛けてくるジャッジ。豪快且つ荒々しく…でも大振りなのに隙が全然生まれない、洗練されたハルバートの斬撃。流れるような刃の動きに……乱れは、微塵もない。

策士策に溺れる…ではないけど、私はジャッジの実力を見誤り、その結果策を失敗させてしまった。でも…無駄かと言うと、そうでもない。本命の目的は失敗しているけど、表の目的自体はある程度成功しているから。……最も、どこまで差を付けられたかは分からないけど。

 

「そうだな…だが、そっちも気付いてんだろ?俺の力が底上げされてんのは…ッ!」

「やはり、そうでしたのね…ッ!」

 

背後に回ったベールの攻撃を、振り返りつつハルバートで防御。その瞬間にバックラーを捨て、両手持ちで仕掛けた私の斬撃は、左手の手甲で阻まれる。

私達二人の攻撃を、それぞれ片手で防いでいる。それは確かにジャッジがあの時より強くなっている証左で、私達にはありがたくない事。……だけど、

 

「見くびってるのは……貴様もだッ!」

「っと、それのどこが……ぐぁッ!?」

 

同時に後ろへ飛んだ私とベール。その最中に私は鎖分銅を作り出し、ジャッジの顔へと投げ放つ。けれどそれをジャッジは顔を傾けるだけの動作で避け、反撃するべく私へ腕を伸ばす。そして避けられた分銅はそのまま進んで……鎖を、ベールが掴む。

ベールへと繋がった鎖を身体を捻る事でジャッジの首へと引っ掛け、そこから横へ飛ぶ事で首を絞めつつ転倒させる。確かにジャッジは力が増してるけど…ベールと蹴りを押し返した時からも分かる通り、歯が立たないレベルでは…ないッ!

 

「ベール!このまま…ッ!」

「えぇッ!」

 

転倒させる為に使った鎖分銅を、持ち手と刃にそれぞれ再構成。そこからベールと視線を合わせ、ギロチンが如くジャッジへと振り下ろす。

女神二人分の、それも極僅かな距離とはいえ下降も入った力を叩き付ければ、ジャッジといえど首がもつ筈がない。そして私達の見立ては正しかったようで、目を見開いたジャッジは即座にハルバートの柄を刃と首の間に挟ませる。

 

「ぬ……ぉぉぉぉおおおおッ!!」

「この、まま……ッ!」

「押し切り、ますわ…ッ!」

 

押し切れれば、私達の勝ち。ジャッジは押し切られれば、死あるのみ。勝敗と生死、その瀬戸際での力のぶつかり合い。

 

(ここでの勝利は通過点でしかない。最終決戦で十全の力を振るう為なら、清々しくない勝ち方だって……ッ!)

 

ハルバートを押し切り喉へ刃を突き立てる為、全力の力を注ぎ込む。私とベールは勝つ為に、ジャッジは負けない為に歯を食い縛り、力と力をぶつけ合う。

ジャッジも私達と同じく、或いは死に直結するからか私達以上に力を振り絞り、必死の抵抗を見せる。でもやっぱり私達二人の力を一点で受け止めるのは無理なようで、少しずつ私達が押していく。押して、押して、首へと近付いて、後一歩となったその時……刃が、折れた。

 

『……ッ!』

「……っ…あ、あっぶねぇぇ…!」

「くっ……ごめんベール…!」

「気にしないで下さいな!それより今は追撃を…!」

 

せめぎ合っていた地点から真っ二つとなった刃はそのまま私の力を受けて地面は突き刺さり、その間にジャッジは後転とハンドスプリングの合わせ技で脱出。もし後少し耐えていれば、もう少し強固な刃を精製出来ていれば…と私が自責の念に駆られる中、ベールの言葉が私へ飛ぶ。

 

「残酷な仕留め方しようとしやがるなぁオイ、お嬢様よぉ…ッ!」

「あら、時には非情な選択をするのも高貴な者ですわよ…ッ!」

「そうかい、だがいいぜ…死にかけた時が、一番心が燃え上がるんだからなぁぁぁぁッ!」

「ぐっ…更にギアを……ッ!」

 

追撃ごとベールはジャッジの振り下ろしに弾かれ、私の近くへ飛んでくる。…叫ぶジャッジの目は、一層のギラつきを放っている。この戦いが、このヒリヒリが堪らないと言わんばかりに。

 

「よぉ、もっとギリギリの勝負をしようぜ女神ッ!テメェ等だって、余裕を残した戦いなんざ面白くねぇだろ?あん時の戦いは、こんなもんじゃなかっただろ?もっともっと、熱くなれよッ!なぁッ!」

「…ほんと、相変わらずの戦闘狂だね…」

「そこまで酔えるのは、いっそ羨ましいですわね…」

 

まるで戦闘狂の精神が形になったかのようなジャッジの形相に、私達が抱くのは呆れの感情。前の戦いの事を考えれば私もジャッジの事は言えないけど、状況の違いでどうも気分が乗り切らない。…乗ったら自分自身どんなリスキーな策を取るか分からないし、それで正しいんだけど。

 

(…とはいえ、この戦闘じゃ私の基本戦術も意表を突く策ももう通じない…ベールとの総合力で乗り切るにしても、ゴリ押しじゃこっちの被害も馬鹿にならない…だとすれば、持久戦がベターだけど……)

 

この戦闘だけ見れば、持久戦はそんなに悪い選択じゃない。でも別の場所ではリーンボックスの軍がモンスターと交戦している訳で、更に別働隊がいる可能性もゼロじゃない訳で、出来るならばあんまり時間をかけたくない。…けど……

 

(…あぁ、もう…こっちの調子が狂う……ッ!)

 

犯罪神との決戦があるから、ここで全力は出せてもここを終着点にする訳にはいかない。他の場所での戦闘もあるから、時間もかけられない。…それが、今課せられた条件。ジャッジはあんなに楽しそうにしているのに、こちらは堅実に戦う事を強いられている。

私の脳裏には、今もあの時の戦いが焼き付いている。高揚感に身を任せ、戦いに心を酔わせ、命を削り合ったあの勝負が。これ以上の悦楽などないとすら感じた、どうしようもない程の熱が。……それが、私の心を苦しめる。あの時の昂りをもう一度と欲する好戦的な自分が、確かに私の中にいる。…でも、それは選んではならない選択肢で、私は戦いの記憶と共にその思いを封じ込めようとする……その時だった。

 

「……!……あれは…」

「ベール…?」

「…良くないお客がいらしたようですわ……」

 

何かを見つけた様子で目を見張るベール。ジャッジに用心しつつベールの視線の先へと目をやると…そこにいたのは、こちらへと向かってきている数体のモンスター。

 

「…確かに、厄介なお客さんだね……」

「方向から考えるに、軍の部隊が壊滅した訳ではないようですけど…」

「あぁ?急に何の話してんだ」

 

向かってきているモンスターは物凄く強い種類ではなく、数も小規模の群れと言った程度。普通なら、一仕事増えた…と思う位で済む相手。でも、ジャッジとの戦いが終わってない状態でとなると、厄介さは跳ね上がる。

どちらかがジャッジの相手をしている間にモンスターを片付けるか、同時に相手取るか、或いはモンスターを上手くジャッジへ誘導するか。一度心のモヤモヤを脇に置いた私は、変化した戦況への対応を考えて……けれど、事態は思わぬ方向へ進む。

 

「…あれは、貴方の差し金?」

「あれ?……んだよ、どこの奴等だあいつ等は…」

「という事は、完全な偶然という訳ですのね。まぁいいですわ。偶然だろうと策略だろうと、敵が増えるならその敵も仕留めるまで……」

「…あー、あの目は犯罪神のシェアに当てられたな…悪ぃ、ちょっと待ってろ」

『は……?』

 

私の言葉でモンスターの存在に気付いたジャッジは、途端に不愉快そうな表情へと変化。その反応から犯罪神側の策ではないとベールは判断し、対モンスターも行うべく気持ちを引き締めた次の瞬間、ジャッジが跳んだ。……私達ではなく、モンスター群へ向かって。

 

『……!』

 

巨体の接近に気付かない筈がなく、モンスター群は脚を止めて着地したジャッジを威嚇する。威嚇を受けたジャッジの顔は、私達側からは分からない。ただ、ジャッジは着地した状態からゆっくりと顔を上げて……言った。

 

「……折角良い気分だったんだから、邪魔するんじゃねぇよ…命は取らねぇでいてやる。だから雑魚はさっさと──失せろ」

『……っ!?』

 

これまでジャッジからは聞いた事のない、ぞっとするような…そして本当に不愉快そうな、モンスターへの脅し。それを聞いた瞬間モンスター群はびくりと肩を震わせ、毛を逆立てせ……逃げていった。何もせず、尻尾を巻いて早々に。

 

「ふんッ、この程度でビビって逃げるんなら、端から来るんじゃねぇっつーの」

『…………』

「さぁて、ちょっとばかし邪魔が入っちまったが、それも済んだんだ。さっさと再開しようじゃねぇか…」

 

鼻を鳴らして振り返ったジャッジは、私達が言葉を失う中、ハルバートを肩に担いでゆっくりとこちらへ戻ってくる。一度害された興に再度火入れをしているが如き雰囲気のジャッジへ、私より少しだけ早く我に返ったベールが声を上げる。

 

「……なんの、つもりですの…?」

「はぁ?なんのって…追っ払った事か?」

「…貴方は四天王、犯罪神の配下の筈。その貴方にとって、モンスターはどちらかといえば味方の筈。にも関わらず、折角の好機を自ら潰すなど……」

「好機?…何言ってんだグリーンハート。そりゃただ勝つだけならそうかもしれねぇが、そんなの俺の望む戦いじゃねぇ。横槍入れられて、全力と全力のぶつかり合いにならずに終わる勝負なんざ、とんだ茶番じゃねぇか」

「だとしても、貴方には目的が…犯罪神からの命があるのでしょう?幾ら戦闘を好んでいても、それでは手段と目的が逆……」

「逆?……つまんねぇ事言うんじゃねぇよ。俺の目的は、最初から…最っ高の戦いをする事に決まってんだろうがよッ!」

 

担いでいたハルバートを地面へ叩き付けるジャッジ。…ベールは、一つ勘違いをしていた。それはジャッジが望まぬ戦い方をせざるを得なかった時に矛を交えたベールだからこそしてしまった勘違いで…けれどそれは聞き捨てならないとばかりに、ジャッジは声を張り上げる。

 

「犯罪神の命?より確率の高い勝利?んなもん知るか!そんな事はどうだっていいんだよッ!勝つ為の戦いにゃ興味ねぇし、俺は戦う為に四天王になったんだッ!戦いだ!接戦だ!死闘だ!俺の望みは、目的は、ずっと心踊る戦い一本だッ!その為なら敵も味方も関係ねぇ!だからよぉ、もっと滾ろうぜ…テメェ等だってまだ満足してねぇだろ!ほんとは楽しみたくてしょうがねぇんだろ!?なら今は、今を楽しもうじゃねぇかよぉおおおおおおッ!!」

 

左手で顔を掴んだジャッジは、その後左手を振るって感情を爆発させる。それはあまりにも強い戦いへの欲求。私達の心すら揺さぶる、高揚感への渇望。…それが、重要な二つの歯車の内一つを、狂わせる。

 

「……っ…どんなにそっちが誘ったって、私は乗らないよッ!あの時はあの時、今は今、ジャッジに目的があるように、私にだって……」

「……ふ…ふふふ…本当に、無茶苦茶言ってくれますわね貴方は…」

「…え……べ、ベール…?」

 

私は揺さぶられた心を締め直すように言葉を返す。けれどその最中で横から聞こえてきた、只ならぬ様子の声。まさかとは思ったけど…この場で私とジャッジ以外に声を発する人物なんて、一人しかいない。

 

「そこまで言われたら、ここまで戦いへの熱を駆り立てられたら…いい加減こちらも無視出来ないではありませんの…」

「ちょっ…ベール!?状況分かってる!?」

「えぇ、分かっていますわよイリゼ。この戦いは、ただ勝てばいいものではない」

「そうだよ、だから……」

「…しかし逆に言えば、必要な条件さえ満たせば少し位余計な要素…例えば、ほんの少し感情的になったりがあったところで問題はない…違いまして?」

「はっ、いいねぇ…漸く本格的に調子が乗ってきたかよグリーンハートッ!」

 

何か悪い事を企んでいるかのような笑みを浮かべるベールの、ジャッジに同調する言葉。それを聞いたジャッジは嬉々として言葉を返し、ベールもまた笑みを深める。

思い返せば、少し前にも一度これに近い笑みをベールは浮かべていた。でもその時はすぐに元の表情に戻ったし、更にその前の私同様一過性のものだと思っていた。でも、これは違う…明らかに、自分の意思でそちらに心を傾倒させている。

 

「安心して下さいな、イリゼ。わたくしは守護女神の中で最も冷静沈着だと、自負していますわ…ッ!」

「ちょっと!?それを自己申告するのは不安しかない……って聞いてよもうッ!」

 

大槍の穂先を下に向け、背にした持ち方で突進をかけるベール。私の話もそこそこに仕掛けていってしまったベールは、多分私も追随してくれる前提で動いてる。それは全くもって正しい判断だけど……無茶苦茶なのはベールもだよ…ッ!

 

「はぁぁぁぁッ!」

「おおっとッ!テメェが蹴りを放ってくる事は見え見えなんだよッ!」

「あら、いつわたくしが蹴ると言いましてッ!?」

「うおッ…そう、くるか…ッ!」

 

前傾姿勢で突っ込んだベールは、身体全体を振り上げるような蹴りを放つ。それを見抜いていたジャッジは脛にぶつけようとハルバートを前に出すも、当たる寸前にベールは若干脚を曲げ、足を覆うプロセッサの土踏まず部分を引っ掛けて宙返り。ハルバートを踏み台にする事で位置を上げ、回転の力も交えて本命の刺突を実行。一方ジャッジはそれに驚くも、ハルバートを踏み台にされた際の衝撃を活かしてギリギリ後退を間に合わせる。

巨体とその身体に合った得物のリーチを活かし、下がりながらもジャッジはハルバートを振るってくる。まだ回転を終えておらず、腕を伸ばして大槍を振り出してしまったベールに回避は困難。だからそこへ、追随する私が割って入る。

 

「…流石イリゼ、来てほしい時に来てくれますわね」

「絶妙な割り込みだったぜオリジンハートよぉッ!」

「こっちの身にもなってよベール…ッ!」

 

気分良さ気なベールと絶賛燃焼中のジャッジに間髪入れず言葉をかけられるも、正直あんまり良い気分じゃない。その不満を込めて私がベールへ言葉を返すも、またもベールは聞いているのか聞いていないのか、今度は横回転でジャッジへ攻撃。それを今度はしゃがんで避け、即座に帰ってきたジャッジのアッパーカットをまた私が防御。…そこからは、ベール主導で私が巻き込まれる形での戦法が始まった。

 

「さぁさぁ、あれだけわたくし達を煽ってくれたんですもの!当然貴方も胆力、見せてくれるのですわよねぇッ!」

「ギャハハハハッ!そりゃ勿論見せてやるよッ!じゃなきゃ面白くねぇもんなぁッ!」

 

防御をほぼ捨てているも同然な連撃をベールが仕掛け、ジャッジは守勢に回りつつも隙あらばカウンターを叩き込んでくる。じゃあそのカウンターの対応はどうしているのかと言えば…神経を張り詰め、両者の攻防を必死に読んで動く私の役目。憎らしいのがベールの動きで、苛烈ながらも僅かな余裕を…私がギリギリフォローに入れるような攻撃を繰り返している。そのおかげで私は常に最大級の緊張をしていなければならず、余裕も全くない。

普段の穏やかな、或いは落ち着いたベールとはかけ離れた、某精霊の如く狂気を感じさせるお嬢様言葉。…確かにベールは冷静沈着らしい。だってほんの少しでも私に残す余裕を見誤れば重傷を負いかねない危険な動きを、一度足りともミスせず続けてるんだから。

 

(…でも、何それ…自分の防御を全部押し付けて、自分は攻勢に専念?私に援護させて、自分ばっかりスリリングな事をして……)

 

二人で攻撃と防御を分担するのは、悪い策じゃない。失敗すれば二人まとめてやられる危険もあるけど、上手く連携出来るならお互い片方に専念出来るから、勝率も生存率もぐっと高まる。…けど、これは合意の下の戦法じゃない。話し合っても、意思疎通してもいない。…これに、この役目に…私が納得していない…ッ!

 

「来いよグリーンハート…その程度じゃ俺は討ち取れねぇぞぉおおおおッ!」

「言われなくてもそのつもりですわッ!イリゼ、援護頼みますわよッ!」

「……ッ!…ベール……」

 

お互い一度距離を開け、そこからベールもジャッジも同時に突進。その寸前、ちらりと私へ視線を向けたベールは……口角を上げて感情を露わにしていた。私への信頼と、戦いの酔うような高揚感を見せ付けるように。……その瞬間、私の中で何かが切れる。

 

(……いいよ、だったら…そんなにベールがこの熱に乗るってなら…ッ!)

 

突き出された双方の刃が激突し、どちらも身体を仰け反らせる。けれどベールもジャッジも地を踏み締めてその場に留まり、武器に頼らない次の一撃を放とうとする。そして、次の瞬間……

 

「──ベール…退いてもらうよッ!」

「な……ッ!?」

 

……私は背後からベールの肩を掴み、後ろへベールを引っ張った。

立て直そうとしていた体勢を崩されベールが目を見開く中、私は右手の長剣を離し、手の平にシェアを集中させる。一点に集め、圧縮し、更にシェアエナジーを注ぎ込む。

 

「天舞漆式……」

「……!次はテメェか…いいぜ、力比べといこうじゃ……」

 

捻りを入れて打ち出されるジャッジの左の拳。それに合わせて突き出すのは掌底。一秒とかからず距離はゼロへと近付いていって、激突は間近。そして拳と掌が紙一重となったその時……圧縮していたシェアエナジーを、解放する。

 

「──鳳仙花ッ!」

「なぁ……ッ!?」

 

限界まで圧縮したシェアは全方位への衝撃…爆発となって私とジャッジの手に襲いかかる。加速用や射出用ではない、攻撃用のシェア爆発が腕を軋ませ、ジャッジは大きく仰け反り、耐えるつもりのなかった私は吹き飛ばされる。

……けど、ここからが真骨頂。私はまだ……ベールの肩を、離していない。

 

「ベールッ!」

「えぇ、任されましたわッ!」

 

吹き飛びながら左腕を曲げた私は、ベールより後ろになった瞬間掴んだ肩を全力で押し出す。肩だけ押し出されたベールは勿論一瞬右肩を突き出す形になりかけるも、即座に体勢を直してジャッジへ肉薄。ジャッジが歯を食い縛って身体を捻る中、ベールはポニーテールをたなびかせ……一閃。先程の頭を掠めた攻撃とは違う、確かな一撃がジャッジの脇腹に喰らい付く。

 

「ぐっ、がぁッ……!」

 

貫通の直前、ジャッジは地を蹴って無理矢理刺さった刃を引き抜き、そのまま大きく後ろへ跳躍する。ベールは深追いせずに素早く下がり、離した長剣を拾う私の下へ。

 

「…急に乱暴な事をされては、困りますわ」

「へぇ、で…それは誰のせいだと思ってるのかな?」

「……いい顔してますわね、イリゼ」

「…そっちこそ」

 

負担の残る右腕と、成功するかどうかのヒリヒリした感情。それは普通の人なら絶対に楽しくない、体験したくもないという思いで……女神にとっては、酩酊感にも似た昂りを感じさせる。…この感覚は嫌いじゃない。いいや……このゾクゾクした感覚は、心が踊ってしょうがない。

 

「…どんなに危なくても、成功すればそれで良い…そうだよね?」

「その通りですわね。…見せてやろうじゃありませんの、ジャッジのお望み通り…全力のわたくし達を」

 

翼を広げるように左右へ分かれる私達。…この選択が危険だとは分かっている。それでも私達は選んだ、選んでしまった。だったらもう、やる事は一つ。この選択を後悔する事ないよう…ジャッジから、勝利を掴み取るだけ……ッ!

 

 

 

 

「戦況は順調。グリーンハート様達をプラネタワーに押し留めようとしていたのは、やはり戦力任せの策を取れないからであったようじゃな」

「蓋を開けてみれば呆気ないものね。まぁ、劣勢を策で覆すのは戦争の常識だけど」

 

リーンボックスへと向かう飛艇の中で、チカが話すのは彼女に変わって教会の指揮を取るイヴォワール。長く蓄えられた髭を撫で付ける彼の顔には、言葉通り焦りはない。

 

「しかし、余裕があると嫌な予感もしてしまうもの。チカよ、何か懸念事項はあるかの?」

「まさか。…多分犯罪神は覚醒に力の大半を注いでるのよ。どうせ数十体モンスターを増やしたところで戦況が変わる訳ないし、って」

「あぁ、私もそう思う。…中々読めるようになってきたな」

「当然じゃない。アタクシはお姉様に知識も技術も手取り足取り教えてもらっているんだもの。そう、手取り足取りとね!」

 

鼻息荒く熱弁するチカの様子に、イヴォワールは内心で苦笑い。全くここまで女神様へ熱心となるとは…と最初彼は考えていたが、すぐに自身もその信仰心から偏った考えになってしまった時期があった事を思い出して、軽く頭を振るう。分家であろうと本家であろうと、リーンボックスの教祖家系の血は争えないなと思いながら。

 

「…しかし、グリーンハート様…か」

「…何よ」

「こちらへ来ている四天王は、オリジンハート様をして相討ちとなりかけた相手。幾ら今回は二対一と言えど、決して楽な戦いではないのだろうな…」

「…随分心配性になったわね、イヴォワール」

 

チカが冷静となったところで、ふと声を漏らすイヴォワール。それは間違った視点ではなく、むしろ当然と言うべき懸念。だがそれをチカが一蹴。その言葉にイヴォワールが「む…?」と眉を動かす中、彼女は続ける。

 

「確かにまぁ、相手は強いわね。けど戦うのはお姉様よ?アタクシ達の女神、グリーンハート様なのよ?だったら、お姉様が勝つと決めた時点で…勝敗は決定してるに決まってるじゃない」

「ふっ……本当に、言うようになったのぅ」

 

にやりと確信の笑みをチカが浮かべ、イヴォワールもそれにゆっくりと首肯する。

強過ぎる信仰心は、時に視野狭窄や油断を引き起こすもの。だが、同時に強い思いこそが女神の強さであり……女神にとって最大の信仰者とも言える教祖の思いは、鋼の様に固く…揺るぎはしない。




今回のパロディ解説

・某蛇の使い手
Fate/stay nightの登場キャラの一人、葛木宗一郎の事。分からない、想像出来ないが初見殺しというものですが、割と初見殺しって二回目以降も通用する事ありますよね。

・「〜〜もっと、熱くなれよッ!〜〜」
元プロテニス選手、松岡修造さんの代名詞的な台詞のパロディ。一応言っておきますが、ジャッジは熱血キャラではありません。ハイテンションキャラではありますが。

・戦闘狂の精神が形になったかのような
機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORYの登場キャラ、アナベル・ガトーの名台詞の一つのパロディ。でもこの台詞は、ノイエ・ジールのパロディとも言えますね。

・某精霊
デート・ア・ライブのヒロインの一人、時崎狂三の事。彼女は別に戦闘狂ではありませんが、ヤバい雰囲気でお嬢様口調で戦う…となると、彼女を彷彿としますね。

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