超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth2 Origins Progress   作:シモツキ

154 / 183
第百三十三話 二つの再戦

とっておきの戦力に関して、ベールは私に勿体付けるような言い方をした。ベールの事だから、それは説明が難しいだとかあまり快くない相手だとかじゃなくて、ただの遊び心だと思うけど…まあまず今は遊び心を発揮するような状況じゃない。そんな状況で勿体付けたんだから…きっとその戦力は、色んな意味でとびきりの存在なんだと思う。

じゃあ結局、その戦力って何なのか。私は戦いに備えて集中力を高めつつも、ずっと頭の端ではそれが気になっていて……その答えは、もうすぐ判明する。

 

「……っ…あの後ろ姿…!」

 

リーンボックスへ向かって飛び続け、通信で伝えられた地点を目視出来る距離にまで辿り着いた私が見たのは、黒い巨人の姿。それは忘れもしない、ジャッジの背中。

私の隣を飛ぶベールの顔にも、鋭い気配が漂っている。再戦の約束をし、約束通りに死闘を繰り広げた私にとってジャッジは思うところの大きい相手だけど、それは最初の戦いで矛を交えたベールにとっても同じ事。むしろ因縁の長さという意味では私よりベールの方が上な訳で…とにかく私達のどちらも、相手がジャッジとなれば武器を持つ手に一層の力が入る。

…と、その時ジャッジが後方へと跳ぶ。どうやらジャッジは何かと…恐らくは例の戦力とぶつかっていたようで、そちらも翼を広げて距離を取る。それによってその存在の全容が見えた、次の瞬間……私は、驚愕した。

 

「……え…や、八億…八億禍津日神…?」

 

ジャッジやMGにも劣らない巨体に、力強さを感じる翼。背後に生える尻尾は大木の様に太く、手足の爪は一つ一つが一本の武器のよう。そして口からは吐息と共に火炎が溢れるその姿は……正しく、ドラゴン。

八億禍津日神。それが、そのモンスターの名前。生態も生息地もよく分かっていない、いつからいるのかも謎な、存在自体が半ば眉唾物として語られているモンスター。ただ一つはっきりしているのは……モンスターでありながら、神の名を冠される程の強さを有しているという事。

 

「降下しますわよ、イリゼ!」

「いや、ちょっ…ちょちょちょちょちょ!えぇぇ!?」

 

文面にすると阿呆みたいな声を出してしまった私だけど、別に混乱している訳じゃない。状況を飲み込めない的な意味で混乱はしているけど、イリゼは少しも錯乱していない。…というか、その禍津日神とジャッジが交戦している事も、ベールが平然としている事も、全くもって意味が分からない。

 

「……ッ!この気配…来やがったな女神ぃ!」

 

私達の存在を感じ取り、嬉々とした声を上げて見上げるジャッジ。そのジャッジと禍津日神の間へ迷いのないベールと、動揺しつつも立ち止まってる場合じゃないと後に続く私。そうして私達は戦場へと降り立った。……ベールはジャッジに、私は禍津日神にそれぞれ向かい合う形で。

 

「え?」

「あぁ?」

「…何をしてるんですの?」

 

緊迫した空気が一転して、何だか締まりの悪い空気に。……ま、待った…ちょっとストップちょっとストップ!

 

「ちょっと…これどういう事!?どういう状況!?意味が分からないんですけど!?」

「お、おぅ…いきなりどうしたオリジンハート…」

「それはこっちの台詞だよ!ジャッジはこの状況が理解出来てる訳!?」

「……え、俺今怒られたのか…?はぁ…?」

 

あんまり私は雰囲気を壊すのは好きじゃないし、出来るならば落ち着いて状況把握したいところだけど…正直そんな事言っていられる心境じゃない。だって全然全くこれっぽっちも理解出来ないもん!私がはぁ?…だよ!?

 

「あー…イリゼなら予備知識がありますし、即理解してくれると思いましたけど…流石にちょっと無理だったみたいですわね…」

「ちょっとどころか大分無理だよ!っていうか私のせいなの!?」

「そ、そういう事ではなく…一度落ち着いてくれまして…?」

 

困り顔で頬を掻くベールへ、私は少々強めに言葉を返す。それにベールは若干気圧されたような反応をして…そこで私も、変にヒートアップしている自分を自覚した。…理由はともかく、今は敵の眼前…ベールの言う通り、一旦落ち着かないと……。

 

「…ごめん、ベール。説明お願い」

「えぇ。と言っても、複雑な事は何もありませんのよ?」

「何もない…?」

「そうですわ。だってこの子は、リーンボックスで保護しているモンスターの一体ですもの」

 

至極落ち着いた顔で、保護しているモンスターの一体だと言ったベール。その言葉で私は、ベールが…リーンボックス教会がある特定のモンスターを保護している事を思い出す。あ、そっか…だからベールは私ならって……って、

 

「八億禍津日神が!?嘘ぉ!?」

「嘘ではなく本当ですわ。ねー、マガツちゃん」

「ぐるるぅ♪」

「マガツちゃん!?」

 

モンスター界でもトップクラスの力を持つ禍津日神をまるでペットかの様に猫撫で声で呼ぶベールと、それに対して重低音の…されどどことなく可愛げのある(気がする)鳴き声を返す禍津日神に、私のテンパりは再度フルドライブ。

さっきから精神乱れまくりの私だけど、これに関してはジャッジも「え……?」みたいな顔してるから、絶対悪いのは私じゃない。っていうかこれは最早、ケルベロスにケルベロっちと名付けるレベルだよ…!?

 

「マガツちゃんは見た目こそ厳ついですけど、ほんとは甘えん坊で凄く可愛らしいんですのよ?」

「あ、甘えん坊…?こんな触れるものは何でも傷付けそうな見た目で……?」

「甘えん坊ですわ。わたくしが来るといつも喜んで、鼻をひくつかせながらぐるる、ぐるると鳴きますもの」

「それはベールを食料として見てるんじゃ…」

「む…失礼ですわねイリゼ。見た目や先入観で悪く言われるのは、良い気分ではありませんわ」

「うっ……そ、それもそっか…うん、ごめんね八億禍津……」

 

私は自分の価値観がおかしいとは思ってないし、私の動揺はベールのせいだと思ってる。…けど、だからってよく知りもしない相手を悪く言っていい訳じゃないし、それは相手が人だろうが人外だろうが同じ事。それを失念していた時点で悪いのは私の方だから、それについては反省して禍津日神に謝罪を……し終える直前、べろり…とベールが舐められた。それはもう、肉食獣が味見をするように。

 

「いや…やっぱり食べられそうになってるよねぇ!?」

「分かってくれませんのね…まぁいいですわ。わたくしも最初はマガツちゃんを警戒していましたし」

「何その後々理解してもらえるみたいな言い方…そりゃ確かに私にはライヌちゃんっていう前例があるけど、だからって次もそうなるかは……」

「く、くくっ……ハハハハハハッ!オイオイ、テメェ等ここが戦場で、すぐ近くに俺がいるって事忘れてんじゃねぇのか!?ってか半ば忘れてただろ!ギャハハハハッ!」

 

いよいよもって話がどの方向へ向かっていくのか謎になる中、空気を再度引き裂くように発せられた笑い声。その声の主は……言うまでもない。

 

「……っ…そうでしたわ、わたくしとした事が…」

「わ、忘れてた訳じゃないけど……明らかに話を引っ張り過ぎた…」

「ですわね……しかし油断しているわたくし達を狙わないとは、貴方案外騎士道精神を持ち合わせているんですのね」

「騎士道精神?そりゃ買い被り過ぎってもんだぜグリーンハート。俺は単に不意打ちなんてつまんねぇ手でテメェ等の力を削ぎたくなかったってだけだ。それに女神とモンスターのトリオ漫才も中々面白かったしな」

『トリオ漫才!?漫才はして(ないんだけど・ませんわよ)!?』

「……ぐる?」

 

誇れるかどうかはともかく、相手の油断を突くのは普通の戦法の一つ。それを「つまらない手」と一蹴する辺りは、流石ジャッジと言ったところ。…漫才じゃなくて、結果的にそれっぽくなっちゃっただけだし…。

 

「そうかよ、面白ぇし俺としても喰われるんじゃねぇかと気になる漫才だったんだがな。…けどまぁ、前座はもう十分だ。これ以上待ってたら…折角そいつとの戦いで温まった身体が冷えちまうからなぁ…」

「…では、こちらもいい加減そうすると致しましょうか。ご苦労様ですわ、マガツちゃん。事が済み次第手当てもしてあげますわ」

「うん?なんだ、そいつは帰るのかよ」

「えぇ、この子は元々貴方やわたくし達の様に戦いを好む性格ではありませんもの」

 

そう言ってベールは身を屈めた禍津日神の頭を撫で、優しげな笑みを浮かべる。撫でられている間、禍津日神はその鋭い眼光がそこはかとなくつぶらな様子になって……いや実際にはベールの言葉で私がそう見えただけかもしれないけど…とにかくその後禍津日神は、その大きな翼で羽ばたきどこかへと飛んでいった。

 

「…………」

「…………」

 

飛び去る姿を視界の端に捉えながら、視線はジャッジへと向ける。…これから私達が戦うのは四天王。何か一つ違っていれば、私を亡き者にしていた相手、ジャッジ。本来なら、ジャッジを前にして……油断なんて、出来る訳がない。

 

「そういえば…こうしてまともに会うのは、最初の一戦以来ですわね」

「あぁ、俺はオリジンハートのやられちまったからなぁ…へへ、嬉しいぜぇグリーンハート。あん時の消化不良が、やっと解消出来る…ッ!」

 

ベールの言葉にジャッジは瞳をぎらつかせ、楽しみで仕方ないとばかりの声を上げる。そしてジャッジの視線は、ベールから私へ。

 

「…久し振り、って程でもねぇなぁオリジンハート。…悪ぃな、こんなに早く生き返っちまって」

「別にそれは貴方がどうこう言う事でもないでしょ。…内心じゃ喜んでる癖に」

「はっ、そりゃそうさ。戦いたかった相手と、再戦したいと思っていた相手が、一度に来てくれたんだからな」

 

視線を私へ移したジャッジは、煮え滾るような闘志を若干潜め、どこか穏やかさも感じる声音で私に話しかける。…でも、分かる。ジャッジは頭が冷静になってるだけで…心は冷めるどころか、更なる熱を発しているって。

 

「…悪いけど、今回は二対一でやらせてもらうよ。前みたいな大怪我を追う訳にはいかないから」

「構わねぇよ、むしろ好都合ってもんだ。女神二人を同時に相手取るなんざ、願ってもない僥倖だからな…!」

「それは助かりますわね。わたくしとしても、一対一で借りを返したい気持ちはありましたけど…今は私情よりも目的を優先させて頂きますわ」

 

私達は並び立ち、長剣と大槍をジャッジへ向ける。ジャッジもにやりと笑い、ハルバードを構え直す。

相手はギリギリだったとはいえ一度勝った相手で、今は味方にベールがいる。戦場も負のシェアが充満していない分、はっきりとした差にはならないけれど前回より良い。…けど、それでも…ジャッジは、絶対に軽んじちゃいけない。

 

(落ち着いて、堅実に、ベールと協力して……全力で、もう一度ジャッジを倒す…ッ!)

 

手、足、翼……身体の中心から端へと、充填するように力を込める。そしてジャッジを、睨め付ける。

 

「さぁ、今一度斬り伏せ沈めてやろう!戦いを至上とする、犯罪神の臣下よ!」

「リーンボックスの為、信次元の為、全力をもって、ジャッジ・ザ・ハード…貴方を討たせて頂きますわ!」

「楽しもうぜ…楽しもうぜ女神ぃ!血湧き肉躍る、熾烈で最高の戦いをなぁッ!」

 

ほぼ同時に地を蹴り、相手に向かって突っ込む私達二人とジャッジ。私達二人は守る為、ジャッジは自身の心を満たす戦いをする為…激突する。

 

 

 

 

跳び上がり、落下する巨岩の様な圧力でジャッジが迫り来る。それをわたくしとイリゼは左右に散って避け、即座に切り返して挟撃をかける。

 

『せぇぇぇぇぇぇいッ!』

「甘ぇなッ!」

 

わたくし達の斬撃が当たる寸前、ジャッジが視界から消える。…と言っても勿論、消失した訳ではない。地面へ深々と突き刺さったハルバートへ押し出す動作を行う事でその力を利用し、弾かれるように後退する。

 

「いい動き、ですわね…ッ!」

「でも、この程度……ッ!」

 

これで終わるとは思っていなかったものの、その回避方法は少々予想外。…とはいえ、イリゼの言う通り今のは『この程度』。

アイコンタクトを交わし、わたくしはほんの少し上へ、イリゼはほんの少し下へと高度をズラす。そこから即座に手を伸ばし、刺さったままのハルバートの柄をキャッチ。

高速を出した状態で、地面に深く突き刺さった物を掴めばどうなるか。それは……その物体を軸に、急回転をするに決まっていますわ…ッ!

 

「っと、利用されちまったか…ッ!」

 

通常のそれを大きく超える速度で方向転換したわたくし達は、再びジャッジへと肉薄。対するジャッジは歯噛みをしつつも大地を踏み締め、身体を捻って右脚による横蹴りを放ってきた。

重みを持った、ジャッジの蹴撃。…が、その重みもわたくし達二人を押し切れる程の力ではない。

 

「うお……ッ!?」

「焦りましたわね、ジャッジ…ッ!」

 

わたくし達は二人で得物を使って蹴りを受け止め、逆にその一撃を押し返す。そして体勢を崩したジャッジへ向けて、近距離からの突撃刺突を……

 

「……なんて、なッ!」

『……っ!』

 

仕掛けようとした瞬間、右側からわたくし達へ襲いかかってきたのはジャッジの蹴り。右側、即ち左脚での蹴り。体勢を崩しながらもわたくし達の押す力を利用し…というより殆どわたくし達の力だけで放ったであろうその蹴りには、流石にイリゼもわたくしも驚きを隠せない。

 

「ちっ、今のじゃダメージにゃならねぇか……」

「まさか、あの体勢から攻撃に転じようとは……」

 

咄嗟に両腕を交差させて防御したわたくし達は、ジャッジの状態から抵抗せずに勢いのまま後退。見立て通りジャッジには追撃をするまでの余裕はなかったようで、当たりの軽さに舌打ちしながら拳を握る。…武器が手に無くとも、彼の発する威圧感は変わらぬまま。

 

「それがジャッジだよ、ベール」

「…そう、でしたわね…」

 

わたくしの吐露した心情に、視線を鋭くしたままイリゼが返す。考えてみれば確かに、驚きはしたもののジャッジならばおかしくはない。あの時の戦いでも、攻防の節々で技量の高さが見て伺えましたものね。

 

「それに、ジャッジの真価はまだまだこんなものじゃない…あの時は、もっと……」

「…イリゼ?」

「…あ、ごめん…でも気を引き締めないと。ジャッジならどんな手だって使ってくるからね」

「えぇ、分かっていますわ」

 

得物を構え直す最中、イリゼが見せた普段とは違う雰囲気。いつしか時折するようになった雰囲気とも違う、イリゼらしからぬ様子。けれどわたくしが呼んだ瞬間その雰囲気は霧散し、警戒するように視線を走らせる。

 

「なんだ、来ねぇのか?だったら…次は、こっちからだなッ!」

「……ッ!来ますわよ…ッ!」

 

身を屈め、弾かれるようにこちらへ突っ込んでくるジャッジ。ならばとわたくしは軽く引いた足で地面を踏み締め、迎撃の体勢を取った瞬間……ジャッジは進路を大きく曲げて、わたくし達から離れていく。そんなジャッジの先にあるのは…刺さったままの、ハルバート。

 

「これは……イリゼッ!」

「いいよ、突っ込んでベールッ!」

 

攻撃に見せかけた武器の回収。ジャッジの目的がそれだと気付くとほぼ同時にわたくしは飛翔し、援護を求める意図を含めてイリゼを呼ぶ。名前だけで理解しろ、というのは本来無茶な要求であるものの…そこは何度も共に戦ってきたわたくしとイリゼ。女神の持つ直感力も手伝って、お互い短いやり取りだけで意思疎通を成立させる。

最高速度ならばわたくしの方が上回っているとはいえ、既に十分な速度が出ていたジャッジが、そこまで遠くはない武器の下へと辿り着く前に追い縋るというのは無理なもの。だからこそ、わたくしが求めたのはイリゼからの援護。

 

「行けぇッ!」

「……っ!遠隔攻撃かッ!」

 

イリゼの放った複数の刀剣が、ジャッジの背へと襲いかかる。それに声で、或いは本能で気付いたジャッジはハルバートへと手を伸ばし、掴むと同時に振り返って一閃。その一撃で刀剣を全て叩き落としたジャッジはにやりと笑みを浮かべ……目を見開いた。何故ならそれは、わたくしが振り抜くタイミングに合わせてシレッドスピアーを放ったから。

前へと向けた左手の先に現れた紋章と、そこから伸びる巨大な槍。瞬時に展開した分、普段より若干性能は下ですけど…それでも、目的の為には十分ですわ…ッ!

 

「喰らう…かよッ!」

 

振り終えていたハルバートをジャッジは引き戻し、その柄で刺突を受け止める。通常のモンスターなら複数体纏めて、大型でもまともに喰らえば胴体を完全に貫通するような大槍による一撃を、真っ向からジャッジは受け止めようとする。

ただそれでも、わたくしの目に狂いがなければ恐らくジャッジは防ぎ切る。それだけの力を、ジャッジは持ち合わせている。故に、わたくしは神経を研ぎ澄まし、ジャッジへと意識を集中させ……ジャッジがスピアーを押し返し始めた瞬間、こちらから力を抜いて消滅させる。

 

「な……ッ!?」

「もらい、ましたわッ!」

 

それまで受けていた力が突然なくなれば、抵抗の為にかけていた力に引っ張られてつんのめるのが物理の理。それは力をかけていればいる程強くなり、それ以上の力でねじ伏せる事は出来ても、力に引っ張られるという現象そのものはどうしようもない。そして……つんのめった相手とは、例外なく隙だらけなのですわ…ッ!

攻撃を仕掛ける時、「あ、これは当たる」と感じる事がある。それを感じた時は、十中八九当たるもの。その感覚がこの時のわたくしにはあり、故に直撃を確信した。当たると思っていた。当たる……筈、だった。

 

「……ッ…やるじゃ…ねぇかよぉおおおおおおッ!」

「ん、な……ッ!?」

 

倒れ込むジャッジの頭に向け、速度を維持したまま突き出した大槍。それが頭部へと突き刺さる刹那……ジャッジの位置が、前へとブレた。わたくしの側へとブレて…直撃コースだった槍の穂先が、頭頂を掠めるだけに留まってしまう。

一瞬何が起きたか分からなかった。…が、ジャッジの脚と巻き上げられた土を見て気付く。ジャッジは倒れ込む最中にわざと足を滑らせ、踏み留まるどころか逆に転倒を加速させる事で避けたのだと。

 

(瞬時の判断に、これまた一瞬の無駄も許さない中での機敏な行動…やはり、ジャッジは……)

 

攻撃を外したわたくしは振り返り、地面に足を突き立てる事で強引にブレーキ。一方ジャッジは胴を打つ前に前転を行い、立ち上がると同時に跳躍してわたくしとイリゼ、その両方を視界に捉えられる場所へと移動。イリゼもまた今の攻撃は当たると思っていたらしく、表情に驚きが現れている。

四天王なのだから、簡単に倒せる訳がない。それは分かっていたものの、それでも当たると確信していた攻撃が外れれば「まさか」と思う。けれど……この時わたくしの心の中に、悔しさや焦りといった感情は生まれていなかった。驚きはしても、マイナスの感情は一切生まれず…むしろ、あったのは感嘆の思いだった。これを避けられるとは…という、背中に怖気とは違うゾクリとした感覚が走るような思い。

 

「今のはビビったぜ、グリーンハート…だがテメェもオリジンハートもこの程度じゃねぇ。そうだろう?」

「…えぇ、ですがそれは…貴方もでしょう?」

 

わたくしの問いに、ジャッジは勿論だと言わんばかりの笑みを返す。…そう、わたくしもイリゼも、ジャッジもまだこの程度の実力ではない。

あの一瞬の駆け引きで女神の…戦闘に悦楽を見出す者としての感覚を揺さぶられ、ほんの少しわたくしの口元にも笑みが浮かぶ。国と国民の為というのも本心。けれど…この思いもまた、確かにわたくしの心から生まれている。そしてここまでは、まだ小手調べのようなもの。…ならばこそ、言える。……戦いはこれからだ、と。




今回のパロディ解説

・イリゼは少しも錯乱していない
ガンダムSEED DESTINYの登場キャラ、レイ・ザ・バレルの台詞のパロディ。自分でイリゼと言っている辺り、やはり錯乱はせずとも混乱はしている訳です。

・ケルベロっち
生徒会の一存シリーズのヒロインの一人、紅葉知弦の飼っている(?)ペットの名前の事。割とマジでそういうレベルですよね、ドラゴン系モンスターをちゃん付けは。

・「〜〜触れるものは何でも傷付け〜〜」
ノラガミの一期EDである曲、ハートリアライズのワンフレーズのパロディ。しかしギザギザハートの子守歌を思い出した方も多いのではないかと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。