超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth2 Origins Progress   作:シモツキ

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第百十五話 強く正しき意思の力

犯罪組織が建設、或いは不法占拠していた非生活圏の施設はほぼ全て、女神と軍を中心とする現体制側によって制圧された。だが正規の組織でなければ一枚岩でもない犯罪組織の全施設を掌握するというのは非常に難しく、犯罪神が討たれた今も、僅かながら体制側の目を逃れた施設が残っていた。

 

「……やはりこれ以上の整備は厳しい、か…」

 

施設の一角、倉庫の中で工具を扱う一人の男。彼の名はアズナ=ルブ。そして彼が行っていたのは、自機であるラァエルフの整備。最早整備に精通した者へ任せるどころか手を借りる事すら出来ず、元々整備士でもその勉強を積んできた訳でもない彼が出来るのは、せいぜい機体の状況がこれ以上悪化するのを遅らせる程度。加えてその機体も女神との戦闘で中破した状態のまま直せておらず、一見破損していない部位を整備不良のまま出撃を続けた事で、パーツ単位の負荷も限界寸前。もし技術者がこの機体を見れば、全員が全員こう言うだろう。十分な設備が整った場所で、オーバーホールをすべきだと。

 

「…だが、後一度…せめてもう一度は動ける状態にしなくては……」

 

この行為が焼け石に水だと分かっていても、彼は整備を続ける。そう呟きながら手を動かす彼の、仮面の下の瞳に灯るのは強い意志。何としてでも成し遂げなければならないという意志が、半ば死に体の機体へ延命処置を続けさせていた。

そうして作業を続ける事数十分。疲労による集中力の低下を感じた彼は一旦工具を下ろし、凝った身体を解そうとして……その瞬間、倉庫の扉が乱暴に開かれた。

 

「あ、アズナ=ルブさん!敵です!ここが見つかってしまいました!」

「……!」

 

慌てた様子で現れた残党の一人。彼は敵襲の事実を伝えるや否や身を翻し、アズナ=ルブの返答も待たずに走り去ってしまう。逃げるつもりなのか、別の残党へも伝えに行くつもりなのか…いずれにせよ、彼がその報告を受けたアズナ=ルブの様子を見る事はない。

 

「…………」

 

走り去る残党を見送ったアズナ=ルブは、一人静かに腕を組む。来たのは誰か、どれ程の規模か、敵襲に対してどう動くべきか。特に『誰』という部分へは思案を巡らせ……己の思考に結論を出した。…ここを見つけたのであれば、それは彼女だろう、と。

遠くで銃声が聞こえる中、彼は淡々と準備を進める。仮面に覆われていない口元に浮かんでいるのは、自嘲の笑み。それが意味するのは、追い詰められた自分への自虐か、それとも……。

 

 

 

 

……そして開かれたままの扉を潜り、一人の女性が倉庫に訪れる。

 

 

 

 

シーシャが倉庫に足を踏み入れた時、そこには前回彼女が合見えた際に負った傷が殆どそのままとなった赤いMGと、倉庫の出入り口に向けられた機関砲の砲口があった。

 

「…随分なお出迎えじゃないか、アズナ=ルブ」

 

その光景を見た瞬間シーシャは眉を動かすも、反射的に飛び退こうとする身体を理性で押さえ、代わりに余裕を装った声を発する。…その視線を、MGへと向けて。

 

「…よくここが分かったものだ」

「別になんて事はないわ。アタシは発信機からの信号を辿ってきただけだもの」

 

外部スピーカーから聞こえる、アズナ=ルブの声。それを受けたシーシャは薄く笑い、両手を外側に開いて大した事はないという意図のジェスチャーを見せる。

先の戦闘の最後でシーシャが放った、一発の銃撃。あれは一見何のダメージもなかったように見えたが、シーシャの狙いは攻撃ではなく発信機を取り付ける事であり、当てる事が出来た時点で射撃の目的は果たされていた。

シーシャの立場からすれば、今はアズナ=ルブを出し抜いた状況。しかし彼女は優位に立ったとは思っていない。

 

「…けど、どうせ貴方の事だから、分かった上で放置したんでしょう?発信機を逆に利用して、アタシやブランちゃんを誘き出す為に」

「かもしれないな。だが、それは現実的ではないだろう。半壊の機体一つで、一体どこまで出来るというのだ」

「あら、そんな機体でもアタシを殺す位は出来るでしょ。引き金…いや、ボタン一つ押せば、それだけでね」

 

そう言ってシーシャは一歩前へ。機体へ近付くという事は即ち、砲口へ近付くという事。機関砲の内側に入らない限りそれは身の危険を深めるだけであり、本来ならば断じてすべきではない行為。……だが…

 

「…………」

「……撃たないの?」

「…………」

「…ま、撃たないわよね。だって本当に殺すつもりなら、今までに幾らでもチャンスはあった筈だもの。……いい加減パフォーマンスは止めなさいよ、アズナ=ルブ」

 

彼女には、確信があった。言葉も行動も額面通りに受け取ってはならない、胡散臭い彼だからこそ、撃つ事はないという確信が。……最も、根拠が『胡散臭さ』であるが故に、万が一に備えて回避の為の体重移動だけはしておいたのだが。

シーシャの視線と、カメラを介したアズナ=ルブの視線が交錯する。そのまま十秒、二十秒と時間が過ぎ……アズラエルのコックピットハッチが、開かれる。

 

「…流石だ、シーシャ。飄々とした態度と、その裏で巡らせる思慮。状況を見抜く判断力と、功を焦らない冷静さ。やはり君は、私の見込んだ通りの女性だよ」

「それを見出してくれたのは、貴方のおかげです……とでも、言ってほしい?」

「言ってくれるのであれば受け取ろう。それが例え皮肉であっても、ね」

 

機体から降り、ゆっくりとシーシャへ向けて歩くアズナ=ルブ。感情の読めない笑みを浮かべる彼の様子に、シーシャはその謝辞は自画自賛だろう…と内心思っていたが、それを出すつもりは彼女にない。

 

「…で、追い詰められた前支部長さんはどうする気?一応は世話になった誼みよ、話位は聞いてあげようじゃない」

「そうか。ならば…話すとしよう……ッ!」

「……っ!」

 

彼女の狙いは、初めから真意を問い質す事。勿論それが聞ければ逃げられても構わない…などとは思っていないが、あくまで優先順位の頂点にあるのはそれ。故にその真意を聞ける状態になった事で彼女は無意識に油断してしまい……その隙を、アズナ=ルブは見逃さなかった。

突き出された一本のナイフ。反射的にシーシャは避けるも、ナイフの刃は彼女の頬を掠めていく。

 

「その詰めの甘さは直すべきだ、シーシャ」

「話すと言っておいて攻撃って…拳で語る性格にでも目覚めた訳…ッ!?」

「まさか。私は話すとは言ったが…今すぐとは言っていない…ッ!」

「ち……ッ!」

 

体術を交えて繰り出される斬撃を、シーシャは移動しながらギリギリのところで凌ぐ。元々体術主体のシーシャにとって一方的に相手が武器を持っている、という状況は何ら問題ではなかったが、初めの一撃で大きく体勢を崩されたのは痛い。次々と放たれる攻撃を防ぎながら立て直すというのは非常に難しく、彼女は反撃にまで移れないでいた。

 

「ここで、アタシを捕らえようっての…!?」

「あぁ。君は十分な資質を見せてくれた。だから君には私の描く、最初で最後の演目に出てもらう」

「演目…?」

「そうだ。本来の脚本からは大きく外れてしまったが…君が幕引きを担ってくれるのであれば、結末も少しはマシなものとなる…!」

 

鋭く素早い連撃は、防御や回避のし辛い場所を的確に狙っていく。致命傷よりもより体勢を崩す事を目的としているが為にシーシャは防戦一方を余儀無くされ、逆転の糸口は未だ掴めていない。…そして、このままいけば凌ぎ切れなくなる事を、彼女は理解していた。

 

(演目?幕引き?…何を言いたいのかさっぱりだけど…アズナ=ルブなら、何かとんでもない事を企んでいてもおかしくない)

 

限界が近付く中で、シーシャは考える。何を狙っているのか分からないという事はつまり、狙いの上限が見えないという事。だからこそシーシャは、覚悟を決める。

 

(……スマートさは捨てなさい、アタシ。何としてでも、奴は…アタシが下す…ッ!)

「……!何……!?」

 

ナイフを避けた先へと振り出される、アズナ=ルブの右脚。ギリギリ防御が間に合うか否かの瀬戸際にある攻撃を目視したシーシャは、意を決し……その蹴撃を、正面から喰らった。

直撃に驚いたのは、シーシャではなくアズナ=ルブ。彼はシーシャが寸前で防御すると思っていたからこそ、予想とは違う結果に目を剥いていた。

 

(私の過大評価?…いや、そんな訳がない…だとしたら、これは……)

 

蹴り飛ばされ宙を舞うシーシャの姿を、彼は目で追う。防御される筈だった攻撃が直撃した事実の原因を突き止めるべく思考を巡らせ、推理し……着地の寸前で目を見開いた瞬間、全てを理解した。──シーシャが状況を覆す為に、わざと攻撃を受けて飛ばされたのだと。

 

「……ッ!アズ…ナ=ルブぅぅぅぅぅぅッ!」

「ぐぁっ……!」

 

落下しながら身を捻ったシーシャは、着地と同時に床を蹴る。上体を跳ね上げ、右腕を背後へ引いた彼女はそのまま肉薄。咄嗟に身体を逸らして避けようとするアズナ=ルブを見据え……渾身の力で右の拳を振り抜いた。

 

「あんたは終わりよッ!アタシが、あんたの野望を…終わらせるッ!」

「が、は……ッ!」

 

手元から落ちるナイフ。頬に重い一撃を受けよろめくアズナ=ルブに向け、吼えたシーシャの猛打が始まった。

たった一撃の内に攻守は逆転、それも凄まじい勢いでアズナ=ルブは追い込まれていく。何とか急所への打撃は躱していくも、彼にはそれが精一杯。それでも彼は再逆転を狙っていたが……

 

「……残念だったわね。総合力ならともかく…接近戦に関しては、アタシの方が上なのよ」

 

後退した先で靴に触れたMGの脚部に気を取られた隙に腹部へ一撃打ち込まれ、彼はその場へ崩れ落ちた。

表情を歪めるアズナ=ルブに対し、先程蹴られた場所を手で押さえたシーシャが冷ややかな視線を向ける。

 

「…分かっていたさ。君が肉を切らせて骨を断ってくるとは思わなかったが、な…」

「…話しなさい、アズナ=ルブ。さもなきゃシチューの熱さを足で確かめた坊やと同じ末路を辿る事になるわよ」

「ふっ……」

「……なによ、急に笑って…って、まさか…!」

「…詰めが甘い、と言ったばかりだろうシーシャ」

 

追い詰められていながら不敵な笑みを浮かべるアズナ=ルブに、不審さを覚えたシーシャ。次の瞬間それが嘘や極度の動揺によるものではないと気付いた彼女は先手を打とうとするも…それよりも早く、アズナ=ルブは隠し持っていた拳銃を引き抜き彼女へ向けた。

 

「……それで、アタシを倒せるとでも?」

「それは難しいだろう。…だが、体のどこかしらに当たれば君は動きが鈍くなる。そうなれば…私は君を倒せるさ」

 

再び両者の視線が交錯する。油断をしても、焦って仕掛けても、出遅れても、読み間違えても、そうしようものなら次の瞬間勝敗が決する。そんな極度の緊張感での駆け引きを二人は無音の中で繰り広げ……その末にシーシャは、口を開いた。

 

「…いつからよ」

「…何が、かな」

「いつから今の世界に、今の在り方に不満を持ってたのよ」

 

厳しい顔で、されど静かな声音でシーシャは問う。その言葉に、様々な思いを籠らせながら。

 

「…私が不満を持っている、と?」

「違うなら違うでいいわよ?違うなら、ね」

「……ふっ、珍しく私に感傷的なのだな、シーシャ」

「これでもアタシはあんたに敬意を払っていたのよ。アタシも、ルウィーのギルド職員やギルドの常連はね」

「…払っていた、か。……シーシャ、世界は変わらねばならんのだよ」

「…何ですって……?」

 

互いの腹を探り合うような、両者のやり取り。だがシーシャの一言が切っ掛けになったのか、それとも追い詰められた事による諦観か、或いはまだ策を隠し持っているのか……彼女の言葉を反復したアズナ=ルブは、ぽつりと言葉を漏らした。シーシャと同じ静かな、しかし感情の籠る声で。

 

「…シーシャよ、君は何故犯罪組織があそこまで強大になったか…その理由を考えた事はあるかね」

「理由?…そんなの、親玉である犯罪神が凄まじい力を持っていたからで…」

「いいや、違うな。如何に犯罪神が強かろうと、四天王もまた強力であろうと、所詮は個に過ぎない。…犯罪組織が強大となったのは、偏に犯罪組織に入信する者が多くいたからだ」

 

アズナ=ルブは語り始める。それまで内に秘めていた思いを曝け出すように、彼の見出した『黄金の第三勢力(ゴールドサァド)』に相応しき少女へ言葉を紡ぐ。

 

「入信理由は様々だろう。だが…愚かしいとは思わないか?今の世界は、女神と勇気ある者達によって守られた世界、その者達の思いが存続させている世界だ。直近で言えば、マジェコンヌ…彼女の野望をホワイトハート様達女神と、強き力と正しき心を併せ持つ者達が打ち砕いた事により、世界は破滅を免れた。そしてマジェコンヌもまた、元々は正しき心を持った者だったという」

「…………」

「…にも関わらず、世界はこうして再び歪んでしまった。女神様達がその身を懸けて救った世界は、愚かしき者達の私利私欲によって…悪意によって再び危機へと立たされた。シーシャ、君は…これを不愉快には思わないのかッ!」

「…アズナ=ルブ、あんた……」

 

声を荒げるアズナ=ルブ。その姿にシーシャは驚いていた。普段は中々本心の読めない彼が、感情的になっている事に。彼がこのような思いを抱いていた事に。

 

「強く正しき者は、どんな苦境に立たされようと、どんな理不尽に遭おうと、その信念を貫き世を良くしようと力を尽くす!だが悪しき者はどうだ!既に力ある者、優しき者による利益を享受しているにも関わらず、強者を妬み、己が視点でしか物事を考えず、弱者である事を盾に権利ばかりを主張する!力を持つ者は自身に奉仕すべきだと本気で考え、そのくせ自分は奉仕する側に…強さや優しさを持つ側には回ろうとしない!理屈をごねて正しき者の邪魔しかしない!世はそのような者達ばかりだから、こうしてまた歪んでしまったのだ!悪意が、正しき者を…世界を歪めるのだ!それが分からない君ではないだろう、シーシャッ!」

 

決壊したダムのように、彼の口から次々と溜め込んできた思いが吐き出される。怒りと、激情と……それにどこか悲しみを乗せて、アズナ=ルブは続ける。

 

「どうせそのような者達は、矮小な人間は自分の悪意が世を不幸にするなどとは理解していないだろう!実際犯罪組織に加入した者の多くがそうだった!結局彼等は、ただ自分が甘い汁を啜れればそれでいいのだ!彼等の信仰心は、その程度のものだ!だから、私は思ったのだ!敢えて犯罪組織に協力し、犯罪神のもたらす破滅をもって…私アズナ=ルブが粛正してやろうと!」

「…それが、あんたの目的だったのね……」

「……だが、犯罪神は討たれた。破滅は再び、強く正しき者達によって阻まれた。…そうなった以上、私に出来る事は…この身をもって、せめて世界に一石投じる事しかない」

 

秘めた思いを、本来の目的を言い切った彼は、急速にその声のトーンを落としていった。…それは恐らく失意だろう。彼の言う『強く正しき者』に反してまで突き進んでいた道が、その半ばで崩されてしまった事による、失意だろう。

そうしてアズナ=ルブは口にする。一石投じる為の、彼女への願いを。

 

「…私は矮小な人間を映す鏡となる。矮小な人間そのものとなり、如何にそのような者達が愚かしいのか見せ付ける。そしてその上で私が強く正しき者に討たれる事で…私の演目は、結末を迎えるのだ」

「…じゃあ、あんたがアタシにやらせたいのは……」

「私を討つ、強く正しき者の役だ。…いいや、役というのは君に失礼だな。君は紛れもなく、強く正しき者なのだから」

「…………」

「…頼む、シーシャ。来るべき場で、私を討ってほしい。世界の為に、愚か者の目を覚まさせる為に…頼む……」

 

拳銃を下ろし、アズナ=ルブは頭を下げる。最後の頼みだと言わんばかりに、切実な思いを言葉に乗せる。……拳を握り締める、シーシャへ向けて。

シーシャは、彼がずっと周囲の人間を騙していたのだと思っていた。本当は真っ当な人間ではなく、これまでの行為は全て信用を得る為の偽善であったのだろうと。…だが、彼の口から出たのはそれと大きく離れた言葉。これまで見た事がない程に感情を発露させた、アズナ=ルブのその言葉に……彼女はやり切れない思いだった。

 

「…何よ、それ…そんなものが、あんたのやりたい事だっての…?…ふざけんじゃないわよ…そんな、そんな願いが、アズナ=ルブの願いだなんて、アタシは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「────悪いが、そうはさせねぇよ。アズナ=ルブ」

 

わなわなと震える拳を振り上げようとしたシーシャ。だが、その瞬間……倉庫の入り口から、彼女でもアズナ=ルブでもない者の声が二人の耳へと届いた。

それは、シーシャにとってもアズナ=ルブにとってもよく知った声。まさかと思いながら二人が振り向くと……そこにいたのは、二人が思い浮かべた通りの存在、ブランだった。

 

「ぶ、ブランちゃん…?」

「ったく、らしくねぇ事してんじゃねぇよシーシャ。どんだけわたしが慌てたと思ってんだ」

「そ、それはごめん…って、どうしてここを…?」

「探したんだよ。まずギルド行って、そっからギルドと周辺で聞き込みして、その情報を元に飛び回ってやっとこさシーシャの足跡を見つけてな。…雪の降り積もってねぇ他の国だったら多分見付けられなかっただろうし、それ抜きにも今回は運が良かったと言わざるを得ねぇよ」

 

呆れ顔で近付くブランに、シーシャは狼狽えた様子を見せる。続けてこの場所を発見出来た理由に対し、聞き込みと足跡だけでよくここまで…と圧巻の念に駆られたものの、状況が状況だからかそれを口にはしない。

そんなシーシャの思考を余所に、ブランは彼女の隣へ立つ。立って、アズナ=ルブへと視線を向ける。

 

「…まさか、ホワイトハート様までいらして下さるとは…」

「こんな状況じゃ来ない訳にもいかねぇだろ。……長く語ったもんだな」

「お恥ずかしい限りです。…私の邪魔をなさるつもりですか?」

「ったりめーだ。どんな理由があろうがわたしは悪事を見逃す訳にはいかねぇし…何より、わたしはお前を助けに来たんだからな」

「え……?」

 

ブランの放った、助けるという言葉。その言葉に驚きを見せたのはシーシャ。勿論ブランの言う助けるが彼女の考える助けると同じである確証はないが…それでも、彼女はこの流れからその言葉が出るとは思っていなかった。

 

「…助ける、って…もしやブランちゃん、アタシがアズナ=ルブを抹殺するとでも…?」

「思ってねぇよ。そうじゃなくて…アズナ=ルブのこれまでの悪事は、こいつの意思じゃねぇんだよ。だってこいつは、操られていたんだからな」

「へ……?」

 

疑問を抱いたが為にシーシャは問いかけたものの、返答によって疑念は晴れるどころか更に深まる。だがそれはブランも予想済みだった様子で、彼女の次の言葉を待たずに続ける。

 

「考えてみろ、シーシャ。こんな正体を隠せもしなきゃファッション性もあったもんじゃねぇ仮面を、アズナ=ルブが四六時中着けると思うか?」

「それは…まぁ、変には思ってたけど…」

「だろ?…だから、こいつは仮面を介して操られてたんだよ。実際犯罪組織には操る技も、超常的な道具を作る技術もあるんだからな」

「…でも、それは…操られてた人達は、皆常軌を逸した状態だったでしょう?でもアズナ=ルブにはそんなところがなかったし、仮面を着け始めたのもずっと前…」

「常軌を逸した操り方が出来るなら、常軌を逸してない形で操る事が出来てもおかしくはねぇし、操る技だって前々から使えたけどその必要がなかった…って可能性もあるだろ。…ま、これはわたしの予想だが…そこんとこはどうなんだよ、アズナ=ルブ」

 

一度シーシャに向けていた視線をアズナ=ルブへ戻すアズナ=ルブ。続けてシーシャもアズナ=ルブへと視線を向け、二人の視線を受けた彼は暫し黙り込み…それからゆっくりと息を吐く。

 

「……ご明察です、ホワイトハート様。貴女の予想は、殆ど当たっていますよ」

「やっぱりな。…アズナ=ルブ、操られていようがいまいが行為は変わらねぇ。だがそこに本人の意思がなかったってなら、罪は……」

「──ですが、私は操られていたのではなく…私自身の悪意を増幅させられていただけです。そして……それが機能していたのも、犯罪神が討たれるまでの間。今の私は正気であり…故にまだ、私は諦めていないのです」

「……っ!」

 

口元にアズナ=ルブは小さな笑みを浮かべた。…それを見た瞬間、シーシャは僅かに安堵の感情を覚えた。何故ならそれは、アズナ=ルブが本心からあのような思いで行動していた訳ではないと思ったから。

だが、アズナ=ルブは自分自身でその思いを打ち砕いた。これまでの行為は、自分の思いが元となっているのだと…やはり自分自身の意思でこうしているのだと、はっきりと口にした。

 

「…例えホワイトハート様に阻まれようと、私は諦めませんよ。どんなに悪と罵られようと、私自身が愚か者となろうと…私は強く正しき者の為の世界を、目指しているのですから」

「……そうか。だったら、仕方ねぇな…」

 

仮面という壁を隔てながらも伝わる程の強き意志を、彼はその瞳に宿して言い切る。諦めはしないと、女神を前にはっきりと言い切る。……それを受けたブランが選んだのは…拳を握って彼の前へと立つ事だった。

 

「…………」

「ま、待ったブランちゃん…貴女何をする気…?」

「…………」

「アズナ=ルブはろくでもない奴だけど…それでも今の言葉通りなら、その行為には犯罪組織の影響が大きかったって事なのよ?だったら、それは…」

「…黙ってろ、シーシャ」

「な……っ!?」

 

止めに入ったシーシャに対し、ブランはギロリと睨め付ける。アズナ=ルブが強い意志の瞳だとするならば、彼女がこの時していたのは決意を秘めた女神の瞳。そんなその瞳でシーシャの制止を振り切ったブランは……言い放つ。

 

「てめぇの行為がてめぇの意思を元としてるんだったら、わたしがする事は…わたしが与える裁きは、ただ一つだ。覚悟しやがれ…アズナ=ルブッ!」

『……ッ!』

 

言い放った次の瞬間、空気を唸らせ彼女の拳が振り抜かれる。人を遥かに超えし女神の拳が、真っ直ぐにアズナ=ルブの顔へと放たれる。

目視すら厳しいその一撃に、息を飲むシーシャとアズナ=ルブ。そして、彼女の拳が振り抜かれた時……カラン、と乾いた二つの音が倉庫に響いた。

 

「……さて、帰るぞシーシャ」

「……え…?」

 

右腕から力を抜くと同時に反転し、出入り口へ向かって歩き出すブラン。その様子に、シーシャはこの日何度目か分からない驚きの表情を浮かべる。

乾いた音を立てたのは、アズナ=ルブの着けていた仮面。ブランの拳によって割られた仮面は床へと落ち……その先にある彼の顔にあったのは、先程シーシャが殴り付けた痕だけだった。

 

「え…って、まさかここで夜を明かす気か?したいんなら止めはしねぇけどよ…」

「そ、そうじゃなくて…裁きってこれ!?仮面割るだけなの!?」

「そ、そうですホワイトハート様!こ、これが私への裁きと言うのですか!?もうこの仮面は、何の力も無かったのですよ!?貴女がここで帰ってしまえば、私は私の述べた通りの事を……」

「したら、止めるだけだ。わたしはてめぇの善意を信じるって、決めたからな」

 

思ってもみない結末へと導こうとするブランの姿に、二人は揃ってそれでいいのかと問いかける。こんなものが裁きなのかと、これで許そうと言うのかと、驚きを込めて彼女に問う。すると…そんな二人に対し、ブランは言った。背を向けたまま、穏やかな声で。

 

「お前、言っただろ?自分は悪意を増幅させられただけだって。…凄ぇじゃねぇか、悪意を増幅させられても尚、強く正しき者の為に全てを懸けようとするなんて。増幅させられてる悪意も、その根底にあるのは善意だなんて。……てめぇはどう思ってるか知らねぇが、わたしからすりゃてめぇも強く正しき者の一人だ。…だから、仮面を割る事が…てめぇが犯罪組織の人間ではなく、一人のアズナ=ルブとして生きる為が、てめぇにとっての裁きなんだ」

「…それが、私への……」

「これからどうするかはてめぇに任せる。どうしようがてめぇの自由だ。…だが、もし…もしてめぇが強く正しき者であろうと思うのなら、或いは自分の行いを罪とし、その罪を贖いたいと思うのなら……その時は、わたしの下に…ルウィーに戻って来い。その時は、てめぇにぴったりなポストを用意してやるよ。…お前も、わたしの大事な国民の一人だからな」

 

そう言って、ブランは去っていった。後ろから狙われたらなどは、自身の期待が裏切られたらなどは一切思っていない事が分かる足取りで、アズナ=ルブの前から姿を消した。そうして残ったのは…彼とシーシャの二人。

 

「…………」

「…………」

「……凄いな、ホワイトハート様は…」

「…えぇ。凄いわね、ブランちゃんは」

 

暫くの静寂の後、二人はぽつりと思いを漏らす。それからアズナ=ルブは…素顔の彼は、シーシャへ問う。

 

「…君はどうする、シーシャ。私を裁くか、私に協力するか、それとも……」

「……帰るわよ、アタシも。アタシは裁くなんて立場じゃないし、あんたに協力する気もないし…なんか全部、ブランちゃんに持っていかれちゃったからね」

 

彼の問いに肩を竦めて返したシーシャは、どこかすっきりしたような表情を浮かべる。それは彼女の言う通り、ブランの存在が大きかったが…同時に素顔となったアズナ=ルブに対し、彼女なりに感じたものがあったから。

それから数秒。シーシャは再び口を開いた。それまでとは違う、落ち着いた表情で。

 

「…あんたの言う事も分かるわよ?アタシだって、支部長職をしてきた中で、そういう人達を見てきたし。…でも、あんたの目的は…特に本来の目的は、強く正しき者や弱くても悪人ではない人まで犠牲にするんじゃないの?そんな形の結末が、あんたにとって最良なの?」

「……痛いところを突くな、君は」

「弱点を狙うのは戦いの基礎でしょ?…それに、ブランちゃんは言ってたわよ?犯罪神の撃破は、ただ務めを果たしただけだって。……ブランちゃん達も仲間も皆、自分の立場や扱いに不満を持ってなんかいない。ただそう思ったからそうしてるだけで、守りたいものを守ってるだけで、だからその思いを成せているだけで満足だって顔を、いっつもしてるもの。…ブランちゃん達の邪魔をする奴を潰すんじゃなくて、ブランちゃん達がその思いを貫けるように支える。……それも、一つの手だとアタシは思うわ」

 

自分もこれで言いたい事は言い切った。…そんな様子で、シーシャも倉庫を去っていく。先に去ったブランの後を追うように、軽やかな足取りで廊下を進む。…そうして、残されたのはアズナ=ルブただ一人。彼は、割れた仮面を見て、それから天井を見上げ……

 

「……ふっ…」

 

憑き物の取れたような、穏やかな顔で……小さく笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

シーシャを追って辿り着いた残党の施設。そこを出て数分した頃…駆けてきたシーシャが合流した。

 

「ふぅ…お待たせ、ブランちゃん」

「待ってないわ」

 

わたしの隣に来て声をかけてくるシーシャを、わたしは華麗にスルー。実際待たずに帰ってたんだもの、そんな言葉をかけられる謂れはないわ。

 

「またまた〜、さっきまでブランちゃん明らかに普段より歩くの遅かったじゃない」

「……気のせいよ、それは」

「ふぅん…ま、いいけど」

 

それから暫く、わたしとシーシャは黙って歩く。アズナ=ルブがどうしたかは一言も訊かない。それを訊くのは格好悪いし……わたしは信じると、決めたのだから。

 

「…ありがと、ブランちゃん」

「…なにが?」

「全部よ、全部。具体的な事は、言わなくても分かるでしょ?」

 

珍しく(と言ってもアズナ=ルブとのやり取りの中ではそこそこ聞こえたけど)落ち着いたトーンで話すシーシャ。…ここで具体的な事を言って長々としたお礼にしない辺り、やっぱりシーシャは大人だと思う。…勿論、簡潔に言う事ばかりが正解ではないだろうけど。

それからもわたしとシーシャは、並んで歩く。でもその内に、また魔が差したのか…わたしはふと思い浮かんだ言葉を、気付けば殆どそのまま口にしていた。

 

「…電話で、変わらない事が大切だって言ってたわね」

「ん?…あー、そういえばそうだったわね。それがどうかした?」

「……わたしは、少し違うと思うわ。変わらないのも、大切だけど…本当に大切なのは、無くしちゃいけないものを…変わっても変わらなくても、それまで積み上げてきたものを心に残し続ける事なんじゃないかって、わたしは思う」

「……そっ、か…なら…」

 

視線は前を向いたまま、半ば独り言のように呟いたわたし。…変わるかどうかは本人次第で、それを周りが安易に止める、或いは強要するなんてあっちゃいけない事。でも、人は一人で生きているんじゃないんだから、変わろうと変わりまいと、自分が自分である事は貫き続ける必要がある……それが、わたしの考え。

それを聞いていたシーシャは、ゆっくりとわたしの言葉を飲み込んだような返答を口にした。それから、シーシャはわたしの前へと出て……

 

「……アタシの思いは、貴女の思いと共にあります。約束しましょう、ブラン様。アタシは貴女の目指す理想、貴女の望む未来と共にある事を。その為の力に、なり続ける事を」

「……えぇ。これまでも、これからも…貴女の力と思いを、頼りにさせてもらうわ。我が親愛なる黄金の第三勢力(ゴールドサァド)、シーシャ」

 

跪き、わたしの手を取ったシーシャに、心からの信頼の言葉を口にする。そしてこの時わたしは思った。まだ残党は残っているし、今後も厄介事は色々とあるだろうけど……こんなにも心強い友がいるなら、きっと大丈夫だろうと。

 

「…さって、それじゃあ早く帰るとしようかブランちゃん!ほらほら、ゆっくりしてると置いていくわよー!」

「あのねぇ…そもそもここに来る羽目になったのはシーシャが原因だろうが!ってか、ブランちゃんは止めろ!おいこら待てシーシャ!」

 

──そうして、一夜の騒動は幕を下ろした。これによって何が変わるか、何が変わらないかは分からないけど……それでいい。未来はそういうものだから。そして、その未来を守るのが…わたしの、役目だから。……そんな思いを、わたしは…いつものように楽しげな笑顔を見せる、いつも通りのシーシャを見て、心から抱いた。




今回のパロディ解説

・シチューの熱さ〜〜坊や
クレヨンしんちゃんシリーズの主人公、野原しんのすけの事。これはどのシーンか分かる方はいるでしょうか。前が見えねぇ…のシーンと言えば、分かるでしょうか。

・「〜〜私アズナ=ルブが、粛正してやろうと!」
機動戦士ガンダム 逆襲のシャアの登場キャラ、シャア・アズナブルの名台詞の一つのパロディ。シーン的に逆シャアの台詞も一つは入れたいなぁ…と思っていたのです、私。

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