超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth2 Origins Progress   作:シモツキ

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第九十三話 勇気の未来

落下する破片を吹き飛ばした炎。アタシが射撃で穴を開けたものとは、勢いも火力も段違いの豪炎。そんな威力の炎を放てるのは…いや、威力なんか見なくてもこの場でアタシと男の子以外にいるのは、一人しかいない。

 

「め、めがみさま…ぼく、ぼく……っ」

「もう大丈夫よ。ほら、ね」

 

怯える男の子を安全な場所に下ろし、頭を軽く撫でるアタシ。目に涙を溜めていた男の子は、その瞬間にぼろぼろと涙を零してアタシに抱き付いてくる。

どうしてこの子がここにいたのか。それは男の子が現れた直後から抱いていた疑問。けどそれよりも今は、確認したい事がある。

 

「……ブレイブ、アンタ…」

 

頭を撫でながらアタシは首を動かして、ある方向を見る。アタシの見た先、炎の駆け抜けていった方向とは逆側の場所にいたのは……やはり、ブレイブだった。

 

「…少年は、無事か……?」

「えぇ、無事よ。…アンタのおかげでね」

「いいや、俺は破片を処理しただけ。…お前がいなければ、少年は助けられなかった…」

 

大剣を振り下ろした体勢のまま、ブレイブはアタシへ声をかけてくる。その手に持つ大剣には、もう炎が揺らめいていない。

 

「…どうして、攻撃の為の炎を使ったのよ」

「そんな事、言うまでもなかろう…」

「…そうね。確かに訊くまでもなかったわ」

 

あの瞬間、この子は命の危機に陥っていた。そんな時に、子供の夢と笑顔を守る事を願いとするブレイブが動かない訳がない。…アタシと同じように、ブレイブも男の子を助ける為の行動を起こした。ただ、それだけの話。

 

「…一時休戦だ、ブラックシスター。俺達の決闘よりも…」

「この子の事、でしょ?言われなくたって、そのつもりよ」

 

ブレイブの言葉に同意を示しながら、アタシは視線を男の子へ戻す。どうしてここにいるのか、どうやってここに来たのか、何をどこまで知っているのか…色々訊きたい事はあるし、何よりちゃんとこの子を家族の下に連れて帰らなきゃいけない。玩具の剣や弓を使ってる時点でこの子に戦闘能力なんてほぼなくて、工場の外はモンスターが出没するんだから。

 

「…ねぇ、君。お姉さんとお話出来る?」

「ぐすっ…ひっく……う、ん…でき、る……」

「偉い偉い。…じゃあ、君はどうやってここに来たの?ここを知ってたの?」

「…あるいて、きた…えぐっ…めがみさま、おいかけて…きた…」

「え……」

 

男の子のえずき混じりの回答に、アタシは一瞬言葉を失う。ふとブレイブの方を見てみれば、ブレイブもアタシと同じく驚いた様子。…そりゃ、確かに街を出るまでは歩きだったし、飛んでからも猛スピードは出してなかったけど……

 

「こ、ここまでは結構な距離あったでしょ?この距離を、飛んでるアタシだけを頼りに来たって言うの…?」

「…うん……」

「……た、大した行動力だな…」

 

こくんと小さく頷く男の子が、嘘を吐いているとは到底思えない。…子供は無尽蔵なんじゃないかと思える程の元気を見せる事があるし、子供の行動力は時に大人も凌駕するものだけど…それを考慮しても尚、この子のした事はアタシとブレイブを驚愕させる程だった。

 

「凄いのね、君は…。…なら、どうしてアタシを追いかけてきたの?」

「それは……」

「…………」

「…………」

「…めがみさまをおっかければ、わかるとおもったから…」

「分かる…って?」

「…わるいそしきの、アジト…」

(…そういえば、さっきもそんな事を……)

 

きゅっ、と小さな手を握り締める男の子。思い返してみれば、確かにこの子はここが犯罪組織の工場で、ブレイブが犯罪組織の一員だと認識して攻撃(と本人が思ってる行動)をしていた。アタシを追えば分かるかもって言葉から、それはアタシが戦ってる=犯罪組織…と判断したか、マジェコン辺りを工場内で見つけたかだとは思うけど……なんにしたって、アタシはこの子の行動を「あぁそうなのか」…と軽くは流せない。この子にここまでの行動をさせた理由を、無視は出来ない。

 

「……犯罪組織に、何かされたの?苛められたりした?」

「…してない」

「なら、もしかしてあの放送で戦わなきゃって思った?それなら、まだ小さい君がそこまでする事は…」

「ちがう…」

「だったら、どうして?」

「……おとうさんに、よろこんでほしくて…」

「お父さん…?」

 

お父さんに、喜んでほしい。それは子供が抱いても何らおかしくない理由。…でも、それはまさか…お父さんに倒してこいって言われたの?他人の家の関係にとやかく言うのは宜しくないけど、もしそうだとしたらその親はとんでもない……

 

「…おとうさんは、ゲームをつくるおしごとをしてたんだ…」

『ゲーム……?』

 

父親について邪推をしていたアタシ。その思考を遮る、男の子の言葉。

 

「おとうさんがつくるゲームはすごくて、すっごくわくわくするゲームだったんだ…」

「そうなの…」

「おとうさんはいつもいそがしそうで、でもおうちにかえってくるといつもにこにこしてて、どうしていそがしいのににこにこなの?ってきいたら、おしえてくれたんだ。…このしごとをするのがゆめだったから、ゆめがかなってうれしいんだって。つくったゲームをたのしんでくれるひとがいるから、げんきになれるんだって」

「そっか…良いお父さんね」

「うん。おとうさんは、ぼくのあこがれのおとうさん…」

 

男の子の言葉を聞きながら、アタシは心の中でこの子の父親に謝罪を述べる。勘違いだったとはいえ、そんな立派な大人をとんでもない奴だと思いかけていた事が申し訳なかったから。そしてそれと同時に、アタシは男の子に違和感を抱く。

ぼくのあこがれ、と男の子は言った。けれどその憧れの人の話をしているにも関わらず、男の子はずっと浮かない顔。アタシはそれがどうしても分からなくて…でもすぐに、その理由が判明する。

 

「……でも、おとうさんのかいしゃ…つぶれちゃったんだ…」

「……!」

「え…潰、れた……?」

「うん……あ、ほんとにこわれちゃったわけじゃないよ?えっとね、つぶれるってことばはね…」

「倒産した、って意味で使ったんでしょ?分かるわ」

「…とうさん?…おとうさんのこと…?」

「へ?…あ、あー…お父さんの会社が、お仕事出来ない状態になっちゃったのね?」

 

……数秒間程気の抜けた会話になったけど…その言葉で、男の子の行動と理由が繋がった。…やっぱり、大きな影響を受けてる企業もあったのね……。

 

「わるいゲームがでてきて、そのせいでおとうさんのつくるゲームがうれなくなっちゃって、おとうさんもがんばってつくってたけど、やっぱりうれなくて…」

「…君……」

「それで…それで、おとうさん…だんだん、げんきがなくなっちゃって…ぼくとはなしてるときはにこにこしてるけど…わかるんだ…お、おとうさんは…つらいのに、ぼくのために…ぐす…にこにこ、して…くれてる、って……」

「……っ…もういいわ、もう話さなくてもいいわ…!」

「…どうして…どうしてあんなゲームをつくったんだ!おとうさんは、がんばってたのに!おとうさんは、みんなににこにこになってほしいから、ゲームをつくってたのに!おとうさんは、ぼくがおとうさんみたいになりたいっていったら、そのゆめがかなうまでおとうさんもがんばるぞって、ぼくといっしょにがんばってくれるってやくそくしてくれたのに!なのに、なのに…なんでおとうさんのじゃまをするんだよぉ!うぇ、うぇぇぇぇ……」

「もう、いいから…ごめんね、辛い気持ちにさせちゃって…」

 

ブレイブを睨み、怒りを露わにした男の子は再び涙を零す。そんな男の子をもう一度抱き寄せ、耳の近くで声をかけながら頭を撫でるアタシ。……そんな中、ドスンと地を叩く音が聞こえる。

 

「……そん、な…マジェコンが、少年から笑顔を奪ったのか……俺が、少年の夢を…奪ってしまったというのか……」

 

目を見開き、わなわなと震える手を見つめるブレイブ。……それは、そうだろう。だって、アイツは子供の夢と笑顔の為に戦っていて、突き進んでいたんだから。なのにその道の先に、自分の信じた道の先にあったものが、子供から夢と笑顔を奪う結果だったのなら……極度の自己嫌悪やアイディンティティの崩壊を起こしたっておかしくはない。

 

(…誰かの喜びが別の誰かを笑顔にするように、誰かの悲しみが別の誰かに伝染する事だってあるのよ、ブレイブ)

 

信じていたものが間違っていた時の辛さなんて、経験した事がなくてもそれがどれ程のものかはよく分かる。でも、これはブレイブ自身が招いた結果。だから、アタシはブレイブを慰めるつもりはないし、この子に重ねて責めるつもりもない。

 

「…えぐっ…ぼくは、おとうさんにげんきになってほしくて…わるいゲームがなくなれば、またみんなにおとうさんのゲーム、とどけられると…おもって……」

「…だからアタシを追ってきたのね。……凄く優しくて勇気があると思うわ、君」

「…でも、ぼく…さいごまでたたかえなかった…めがみさまに、めーわく…かけちゃった…」

「いいのよこれ位、人を助けるのが女神なんだから。…でも、あんまり危険な事しちゃ駄目よ?もし君が怪我をしたら、お父さんやお母さんはどんな気持ちになると思う?」

「…すっごくしんぱい、するとおもう…」

「でしょ?悪い奴等はアタシやお姉ちゃんが倒すから安心して。それとお家はどこ?今から送って……」

 

送ってあげる、と言いかけたアタシは、そこで一度言い淀む。一人で帰す訳にはいかないし、送っていくつもりは最初からあったものの……二つ、心に引っかかる事がある。一つはこの子の思い。この子はさっきのショックからかもうブレイブに向かっていく様子は見せないけど、表情はまだ曇ったまま。きっと犯罪組織に向かっていくような事はもうしないと思うけど、この子の心に立ち込めた暗雲が晴れない限り、笑顔が戻ってくるとは思えない。そして、もう一つは……

 

「…俺は…俺のしてきた事は……」

 

……茫然自失としている、ブレイブの存在。幾らアタシでも、今のブレイブを撃つ気にはなれない。でも男の子を除けばここにいるのはアタシだけで、ここを去るならブレイブを撃つなり何なりしなければいけない。即刻ブレイブを撃破して、すぐに男の子をご両親の下へ連れていく。…そんな正しい判断を取るか、それとも……。

 

(…いや、進んでいた道が間違っていたと知っても、ブレイブの思いは変わっていない筈。それに時間はかかるけどこの子の笑顔だって、このままアタシ達が犯罪組織を完全に倒してしまえば取り戻せるんだから、必要以上に気負う必要はないわよね)

 

男の子を落ち着かせるように軽く肩を叩き、顔だけじゃなく身体全体でブレイブに向き直る。そこから男の子はそっとアタシの背へ。

 

「…ブレイブ、アタシはこの子を送ってくるわ。アンタはここに残るでも去るでも好きにしなさい」

「……何故だ…何故、俺を倒そうとしない…」

「倒す必要も感じないし、倒したいとも思わないからよ。それともまさか、まだマジェコンを普及させようと思ってる訳?」

「…それは……俺は子供から笑顔を奪う事だけはしたくない…だが、子供に…全ての子供に夢を持ってもらうには、マジェコンを使うしか……」

「……アンタがしたいのは、マジェコンを使う事なの?」

「…………」

 

項垂れるブレイブに、アタシは言葉を投げかける。ブレイブなら、きっと…と思って。

 

「マジェコンはあくまで手段、そうなんじゃないの?」

「……否定は、しない…」

「だったら、自分に出来る事を考えなさいよ。アンタがどういう経緯で違法ツールって手段に至ったのかは知らないし、アンタが軽い気持ちで違法ツールを普及させようとした訳じゃないのは分かってるわ。…でも、ここでそうやって自責の念に駆られてたって何も変わりはしない。アンタの叶えたい思いには一歩も近付かない。そうでしょ?」

「…なら、どうしろと言うのだ……」

「それはアタシが言う事じゃないわ。だって、アンタの思いはアンタのものだもの。だから……アンタの出来る事、アンタのしたい事をやりなさいよ、ブレイブ・ザ・ハード」

 

そうしてアタシはブレイブから目を背け、男の子の手を握って歩き出す。言うべき事は言った。もしブレイブが今後も悪事を続ける心算なら、アタシの行動は失態だけど…そんな事はないと信じている。敵を信じるなんておかしな話だけど、ブレイブなら大丈夫だと思っているアタシがいる。……旅に出る前のアタシだったら、こんな選択はしなかったでしょうね。

 

「……あいつ、やっつけないの…?」

「アタシはそれより君の安全が大切なの。女神はね、人を守るのがお仕事なのよ」

「でも、ぼく……」

「大丈夫。悪い奴等も悪いゲームも、アタシと仲間で全部解決してあげるから」

 

手放したままのX.M.B.を回収し、倉庫の出入り口へ向かう。まさかブレイブと決闘をしにきた結果、決着は付けずに男の子の保護をする事になるとは思わなかった。…でも、そのおかげで知れた事も、決闘をするだけじゃ辿り着けなかった結末も、決着の代わりにここにある。…だからきっと、これでいいのよね。こういう形になるのも、一つの終わり方────

 

 

 

 

 

 

「……俺の出来る事、やりたい事…か」

 

 

 

 

「……そんなもの、言われるまでもない。…そう、言われるまでもない事じゃないか…」

 

 

 

 

「……俺のやりたい事、俺の願いはただ一つ。……ふっ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふははははははははッ!馬鹿め、その甘さが命取りだ女神ッ!」

 

……アタシの鼻先を掠めた、二条の光芒。倉庫に響く、悪辣な高笑い。…………アタシは、自分の目と耳を疑った。

 

「な……っ!?え……?」

「ひ……ッ!」

「どうした女神、俺が攻撃した事がそんなに意外か?…油断した敵を叩く事など、戦いにおいては当然の手段だッ!」

 

再び放たれたビーム。咄嗟に男の子を抱えて避けたその一撃は、先の砲撃と同様十分な威力を持った、明らかな『攻撃』だった。……ブレイブは、()()()()()攻撃を仕掛けてきた。

 

「……ッ!何のつもりよ…何のつもりよブレイブッ!」

「何のつもり?敵を撃つのに理由などいるものかッ!」

「敵って…アンタどんな心変わりしてんのよ!それに、アンタこの子まで撃つ気!?さっきまで語ってた夢はどこに行ったのよッ!」

「そんなものは知らんッ!どんな手を使おうが、勝てばよかろうなのだァァァァッ!」

 

ブレイブは砲撃を続ける。万全の身体じゃないからか、狙いは多少甘いけれど…そんな問題じゃない。威力とか、精度とか、そういう事が問題なんじゃない。

 

「見損なったわ…見損なったわよブレイブ……ッ!」

 

男の子を抱えながら、アタシは必死に避け続ける。…アタシは、悲しかった。あれだけ熱く夢を口にしていたブレイブが、凄い奴だったと思ってたブレイブの本性が、こんなものだったなんて。

 

「ひぃっ…!め、めが、めがみさまぁ……!」

「……っ…!(…そうだ、まずはこの子の事が最優先…ブレイブの真意がこれだっていうなら、撃つしかないじゃない…!)」

 

怯えてアタシにしがみ付いてくる男の子の様子で、アタシはハッとする。ブレイブの本性がこれだったなんて信じたくはないけど、ブレイブは敵でこの子は守るべき対象。それだけは、間違えちゃいけない。

片手で男の子を抱き直し、X.M.B.をブレイブに向ける。もう、割り切るしかない。ブレイブはこういう奴だったんだって。倒すしかないって。……それが、女神のするべき事だって。

アタシは引き金に指をかける。迷いを振り切って、信じてた思いを断ち切って、それで……

 

「少年よ、貴様の思った通り、我こそが悪しきゲームマジェコンを推し進めたのだッ!この俺が女神を全員倒した先では、全ての一般ゲームがなくなりマジェコンだけの世界となるだろうッ!貴様は親の為にと言っていたが…この俺を倒さん限り、父親に笑顔が帰ってくる事はないのだッ!ふはははは!ふははははははははッ!!」

「……──っ!」

 

悪の親玉の様な笑い声を上げるブレイブ。その声は悪意に満ち足りていて、その笑いは悪人そのもののようで……だからアタシは、気付いた。

ブレイブの声を聞き、悔しそうにアタシへしがみ付く男の子を抱えたまま、アタシはゆっくりと着地する。その間も砲撃は続いたけど……どれも、アタシからは微妙に逸れて当たりはしない。

 

「…………」

「我が野望の為、貴様も女神もここで消えてもらうッ!もし死にたくないのであれば、俺を倒してみるがいい!それが、出来るものならなぁッ!」

「……やっぱり、そういう事なのね…君、絶対にアタシの後ろを出ちゃ駄目よ」

「……ぁ…え…?」

「大丈夫、何も心配はいらないわ。…君も、君の夢も、お父さんの思いも…全部、アタシが守るから」

 

少し屈んで、男の子と同じ目線でそう言うと…男の子は、こくんと頷いてアタシの後ろに隠れてくれた。それにアタシも安心し、ブレイブに正対する。

 

「この子もアタシもここで消えてもらう?…はっ、アタシはやられないし、この子には指一本触れさせやしないわ!ブレイブ、アンタの野望はここで終わるのよッ!」

「小娘如きに我が野望がやられるものかッ!世界は悪しきゲームに包まれる事が決まっているッ!」

「そんな事は…アタシがさせないッ!」

「ならば、やってみるがいいッ!はぁぁぁぁぁぁッ!」

 

両手で持った大剣を掲げ、ブレイブは再びその刀身に炎を揺らめかせる。対するアタシは、地を踏み締め、残った力を……思いをX.M.B.に込めていく。

 

(……ブレイブ、アンタはやっぱり凄いわ。アンタの道は間違ってたけど、その道にかけた思いは本物だもの。その思いの強さは、お姉ちゃん達にだってきっと負けてないもの。……だからアタシは、アンタを心から尊敬する。これは…誇り高き戦士への、最大限の敬意よ)

 

砲身を上下に展開。二分割された砲身の内、上部の砲身は更に左右へ展開。上部四分割、下部二分割の三砲身モードとなったX.M.B.から漏れ出す光は、アタシの力とアタシの思い。

まるでアタシが撃てる状態になるのを待っていたかのように飛び上がるブレイブ。アタシへと真っ直ぐに向かってくるブレイブに向け……アタシは、放つ。

 

「覚悟、決意、そして理想!それがアタシの力、アタシの思いの形そのものよ!届け必殺!ブレイブ…カノォォォォォォォォンッ!!」

 

展開した砲口から伸びる、三条の光。その光は収束し、一本の光芒となって駆け抜けていく。伸び、駆け抜け……そしてブレイブへ。

 

「ぬ……おぉぉぉぉおおおおおおッ!!」

「貫けぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 

放たれた光はブレイブの胴を撃ち抜き、迸る光を全方向に駆け巡らせていく。雄叫びを上げるブレイブと、思いを叫ぶアタシ。遂に光芒はブレイブを貫き、その先の壁までも穿ち、アタシの叫びが終わるその時まで輝き続けた。

 

「…ぐ、ぅ…まさか…この俺が…負ける、とは……」

 

X.M.B.を下ろした時、ブレイブはそう呟いて後ろに倒れる。光が収まった事で目を開け、アタシと倒れたブレイブを交互に見つめる男の子。そうして男の子は…それまで曇っていた瞳に、年相応の光を取り戻す。

ブレイブへと背を向けるアタシ。彼の願いは、子供の為となる事。それに報いるなら、アタシは早くこの子を家族の下に返してあげなきゃいけない。だからアタシはただ静かに、男の子を連れて倉庫を後に……

 

 

 

 

 

 

「ユニぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

──しようとした瞬間、壁を破壊し一人の女神が……お姉ちゃんが飛び込んできた。

 

 

 

 

「お、お姉ちゃん!?……あ、そういえば…」

「ユニ!良かった無事なのね…もう!何勝手な事してるのよ!でもそれは後!今はブレイブを……ってもう倒れてる!?」

「あ、めがみさまのおねえちゃん……あ、あのねめがみさま!めがみさまがね、あいつをたおしたの!すごかったよ!」

「そ、そうなの…いや誰!?君は誰!?そしてユニが倒したの!?」

「あー…お姉ちゃん、この子を家族の下に連れていってあげてくれない?どこに住んでるか、言えるよね?」

「うん、ちゃんといえるよ?」

「え、いやどういう事!?色々どういう事!?何がどうしてこうなったの!?」

「それは帰ったらちゃんと説明するから、今は連れていってあげて。……お願い」

「…どうなってるのよほんとに……全く、帰ったらしっかり話してもらうからね?…ほら、おいで。私が一緒に帰ってあげるわ」

「う、うん。…あ、ありがとねめがみさま!ぼく、おとうさんにめがみさまのことはなすね!めがみさまがまもってくれたって、いっぱいおはなしするね!」

「えぇ、君も元気でね。もうお父さんやお母さんを心配させるような事しちゃ駄目よ?……じゃあ、ばいばい」

 

 

 

 

恐らくはケイからここの事を聞いて駆け付けてくれたお姉ちゃん。そのお姉ちゃんに勢いで男の子の事を任せちゃったのは少し申し訳なかったけど……そのおかげでアタシは、ここに残る事が出来た。……ブレイブのいる、この場所に。

 

「……結構いい演技だったじゃない、アンタの悪役」

「…やはり、気付いていたか……」

 

疲労と緊張からの解放で腰を下ろすと、それまで一言も発しなかったブレイブが口を開いた。…どこか、満足そうな声音をして。

アタシは途中で気付いた。気付く事が出来た。…ブレイブの突如変化した言動は、本心なんかじゃなくて……演技だって。

 

「…良かったの?あそこまでやられちゃ、アタシだって手は抜けないのに」

「構わないさ…あの少年の笑顔を取り戻す事が出来たのだから、な……」

 

ブレイブがただの悪人の演技をする事で、アタシがそのブレイブを討つ事で、あの子の笑顔を取り戻す。それこそが、ブレイブの本当の真意だった。…ブレイブはその為に、自身の命をかけていた。アタシが見よう見まねの技で…ブレイブの技で倒したのも、その思いに気付いたから。

暫く倉庫の天井を眺めていたブレイブ。それからブレイブはゆっくりと息を吐き…懐かしそうな顔で、言葉を漏らす。

 

「……しかし、悪役など初めてだったが…悪役も、中々悪くないな…」

「え……?」

 

その独り言の様な言葉に、アタシは反射的に訊き返す。その言葉には、何か含みのようなものがあった。

 

「…アンタ、もしや前にも演技をした事があるの?」

「あぁ、あるさ。何度も何度も、正義のヒーローをな。……俺の昔話、聞いてくれるか…?」

「…えぇ、聞くわ」

 

落ち着いた声の問いに、アタシは首肯する。ブレイブの話したいって思いを汲み取った部分もあるし、純粋に聞いてみたいって部分もある。それを知ってか知らずか、ブレイブは口元に一瞬笑みを浮かべた後…語り始める。

 

「生前……幼い頃の俺は、産まれながらに持病を持ち、身体も弱い病弱の子供だった。家はそれなりに裕福だったおかげで苦しむ事は殆ど無かったが、運動はおろか走り回る事すら満足に出来なかった俺は、夢を持てない日々を過ごしていた」

 

身体的な弱さとは掛け離れた、見た目も能力も完全に人間離れしているブレイブが生前病弱だったとは、正直即座には理解出来ない。…でも、そうなんだろうとアタシは思った。だって、今更生前の事で嘘を吐く理由が見当たらないんだから。

 

「だがある時、俺の人生を一変させる出来事が起きた。ふとした切っ掛けで、俺は特撮ショーに出会ったんだ」

 

「あの時の興奮は、あの時の感動は今でも覚えている。子供の声援を受け、ステージの上を縦横無尽に駆け巡りながら悪役と戦うヒーローの姿は、俺の目に何よりも格好良く写ったんだ。そして俺は、その時思ったんだ。俺もあの場に、立ってみたいと」

 

懐かしそうに話すブレイブの顔に、苦悶の表情は一切ない。死にかけにも関わらず、表情が穏やかなのはもう痛みを感じていないのか、それとも痛みを忘れる程にその記憶はブレイブにとって大きいものなのか。

 

「それから俺は、特撮ショーのヒーローとなるべく努力した。なる為に必要な事は全て学び、親や医者の許可も得て体力作りも始めた。病弱な俺にとって身体を鍛える事は辛く、医者から無理をすれば危険もあると釘を刺されていたが、俺は全く嫌にはならなかった。この努力がヒーローに…夢に繋がってると思えば、それだけで力が湧いてきたんだ」

 

「そうしていく内に、俺の身体は段々と強くなっていった。持病の発作は減り、出来る事も増え、いつしか俺は普通に生活出来るようになったんだ。……そして俺は、念願のヒーローとなった」

 

また、ブレイブは笑みを浮かべる。ロボットのようなブレイブの顔は、実を言うと表情が分かり辛いんだけど……今のブレイブは少年のように屈託のない笑みをしていると、一目で分かった。

 

「嬉しかった。夢が叶い、憧れていた舞台に立てた事が、本当に嬉しかった。…それからの生活は、俺の人生の中で最も充実していたかもしれない」

 

「裏方と協力し、味方ヒーローや悪役担当と力を合わせ、子供達の輝く瞳を受けて動き回る。初めはそれだけでも嬉しく、正に夢見心地だったが…いつしか俺は、新たな夢を持っていた。もっと多くの子供を笑顔にしたい、もっと沢山の子供に夢を見てもらいたい、と」

 

「……だが、その日々はある日突然終わりを告げた」

 

一拍置いたブレイブは、声のトーンを一気に落とす。感情のままに話すブレイブの声は、感情に沿って変化していた。

 

「…持病が、再発したんだ。持病は完治した訳ではなく、身体の屈強さのピークを過ぎたところでこれまで溜まり続けていた負荷が、持病の再発を促してしまったんだ。……身体を鍛えた結果、身体が無茶に気付き難くなっていたと気付いたのは、その後だ…」

 

笑顔は消え、真顔となったブレイブは語りを続ける。そこにアタシは、口を挟まない。

 

「…されど俺は、諦めなかった。身体はもうヒーローを続けられない状態になってしまったが、それまでに培ったものは…夢への思いは力となるという事は、俺の心に残っていたからな。……そうして俺が辿り着いたのは、ゲームだ。ゲームなら持病があっても作る事が出来る。それにゲームならばショーを見に来られない子供でも楽しめると気付き、それからは再び勉強の日々を送った」

 

「勉強している内にまた歳を取ってしまったが、何とか俺は開発者となれた。ショーに出ていた頃程ではなかったが、その頃も楽しかった。……しかしそれも、ある時断念してしまった。理由は…俺が既存のゲームを否定したのと、同じ事だ」

 

ゲームは、家庭の経済状況に左右されてしまう。そう言ってブレイブは既存のゲームを否定し、マジェコンを押していた。…まさかこんな経緯があったとはね…だから、ブレイブはどこかヒーローっぽさのある言動をしてたんだ…。

 

「二度も夢破れた俺だが、それでも諦めなかった。されど全ての子供に夢を与える方法は手に入らず、歳月ばかりが過ぎていく毎日の中……」

「…犯罪神に、取り引きを持ち掛けられたのね。部下となる代わりに、夢を叶えよう…って」

「…よく、知っていたな……」

 

少し驚いた様子のブレイブに、アタシはまぁねと簡素に返す。知っていたのは、単にイリゼさんからジャッジの話を聞いたから。ほんとに偶々、知っていただけの事。

 

「…犯罪神様と…後の主と取り引きをし、俺は四天王の一角となった。そして現代にこの姿で蘇り……マジェコンを押し進め、今に至るという訳だ」

「……アンタも苦労してきたのね。でも、大した人生だと思うわよ」

「大した人生、か…。…ふっ、そんな事あるものか」

「…ブレイブ?」

「話をしてみて、自ら振り返ってみて…気付いたさ。俺はいつも、目の前の事しか見ていなかったと。夢ばかりを追い、期待ばかりをし、欠点や問題に気付くのはいつも失敗をしてから。……そんな愚か者だから、こうして悪に染まってしまったんだろう。ならばこうして討たれるのも、当然の結末だ…」

 

ブレイブはそう言って、皮肉めいた笑みを零した。自分は愚かだと、これが報いだと、そんな思いを口にしていた。

アタシは何かしてあげたいと思って、話を聞いた訳じゃない。…でも、その言葉を聞いた時……

 

「……そんな事ないわよ。アンタは…自分で卑下する程、悪い奴でも愚か者でもない」

「ユニ……」

 

…アタシは、そうじゃないと思った。そうじゃないって、はっきり言いたくなった。否定の言葉にブレイブが驚く中、アタシは言葉を続ける。

 

「確かにアンタは向こう見ずだったかもしれない。馬鹿な部分があったかもしれない。…でも、アンタはずっと夢を追ってきたんでしょ?夢の為にどこまでも努力をして、自分の為じゃなく子供の為に頑張り続けてたんでしょ?子供が夢を見られる事、笑顔になれる事に、全力を出し続けてきたんでしょ?……アタシはそんなアンタの事を、尊敬してるわよ。…ずっと叶えたかった大きい夢よりも、目の前の子供の笑顔を優先する奴を、アタシは愚かだなんて思わない」

「……っ…!」

 

立ち上がり、ブレイブの顔を見据えてアタシは言い切る。そしてその瞬間……ブレイブの瞳から、一筋の涙が溢れた。

 

「お前は…ユニは、俺の人生を肯定してくれるのか…俺の思いを、そう受け取ってくれるのか……!」

「当たり前じゃない。それに…アタシ以外だって、アンタの生き様を見れば同じ事を言うわよ。マジェコンの事は皆否定すると思うけど…アンタの生き様は、それ位凄いものなのよ。…だから、胸を張りなさいよ、ブレイブ」

「…そんな言葉を、言ってもらえるとは…女神から…本物のヒーローから、そんな言葉をかけてもらえるとは……俺は、俺はそれだけで感無量だ…っ!」

「そこはヒーローじゃなくてヒロインって言いなさいよ、『女』神なんだから…後、アンタだって本物のヒーローよ。アンタはこれまでずっと守ってきたんだもの、子供の夢と笑顔を」

「……そう、だな…ははっ、そうだった…」

 

笑い声を漏らすブレイブ。…その身体が、段々と消え始める。それもイリゼさんから聞いていて…いや、聞いていなくても感覚的に分かったと思う。ブレイブは、もうすぐ四天王としての最後を迎えるんだって。

消えるのなら、それを最後まで見届けようとアタシは佇まいを正す。そんな中、ブレイブは言った。頼む、と。

 

「…勝手な願いだという事は分かっている。散々悪事を働いてきた俺が頼む資格などないという事も分かっている。だが…それでももし、もし一欠片でも俺の思いに応えようという気持ちがあるのなら……頼む!子供の夢と笑顔を、守ってくれ!俺の果たせなかった夢を…子供が夢と笑顔を持って歩める世界を、どうか……ッ!」

「……当然よ。それと、アンタは果たせなかった訳じゃないわ」

「それは……?」

「アタシが、その夢を受け継ぐの。勇気の意思は受け継がれる、ってね。…夢と笑顔は、それが溢れる世界は、アタシが…アタシ達皆が絶対作って、守り続けるわ。だから…安心して眠りなさい、ヒーローブレイブ」

「……あぁ…頼んだぞ、ブラックシスター・ユニ…」

 

ブレイブ自身が満足したからか、彼の身体は一気に消え、光の粒子となって登っていく。これからブレイブがどうなるかは分からない。ゆっくり眠る事が出来るかどうかも定かじゃない。…でも、これだけは言える。ブレイブの夢は、ちゃんとアタシに届いてるって。

 

「さらばだ、ユニよ……俺は、お前と出会えて…良かった…」

 

そうして、ブレイブの身体は完全に消滅した。宙に残る粒子も、後数秒もすればきっと消えてしまう。……そんな粒子に向かって、アタシは最後に呟く。

 

「…さよなら、ブレイブ。アタシもアンタと出会えて良かったわ」

 

──その言葉と共に見上げた時、残った最後の粒子は満足気に光を放ち……在るべき場所へと、帰っていった。




今回のパロディ解説

・「〜〜どんな手を使おうが、勝てばよかろうなのだァァァァッ!」
ジョジョの奇妙な冒険第二部(戦闘潮流)に登場するキャラ、カーズの名(?)台詞の一つのパロディ。…と、言ってるブレイブは物凄く真っ直ぐなキャラになったんですけどね。

・勇気の意思は受け継がれる
NARUTO -ナルト-シリーズの作中及びメディアミックスにて使われる言葉の一つのパロディ。ユニとブレイブのやり取りは、何故か原作以上に熱くなってしまいました。

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