超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth2 Origins Progress   作:シモツキ

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第八十九話 強さを胸に、前へ

交戦開始から数十分。ビーシャがいなくなってしまってから十数分。モンスターを退け、モンスターと違って増援が現れない兵器を全て破壊し、それで生まれた余裕を使ってモンスターの攻撃を凌ぎながらディスクを探し、何とかディスクを破壊する事でわたしは敵の殲滅に成功した。

 

「はぁ…はぁ…リトライ前提の偵察部隊でボス敵を無理矢理倒したような気分ね…」

 

同じ戦場、同じ場所でもどういう目的で戦い、その為にどの様な準備をしてきたかで戦闘の難易度や疲労は変わってくる。もし端から一人且つ、早々に殲滅する事を目的としていたのなら、今よりはもう少し……

 

「…いや、これじゃビーシャを非難しているようなものね。それより今はビーシャを探さないと……!」

 

伏兵やまだ動ける敵がいないか確認し、すぐに飛翔するわたし。神経を張り詰め、目を凝らして森の中を飛び回る。

 

(あの様子じゃかなり遠くまで行ってる筈。…だったら、軍が見つけてる可能性もあるんじゃ…?)

 

もし結構な距離を移動したなら、誰かしらがビーシャの姿を見ていてもおかしくはない。それにわたしは最高権力者として作戦の進行状況も聞いておく必要がある訳で、どちらにせよ連絡を取る理由はある。そう考えたわたしは、即座にインカムを受信オンリーから送受信モードに切り替える。

 

「司令部、もうかなりの人数が包囲網にかかってると思うけど、状況はどうかしら?」

「首尾は上々です。偵察で確認出来た情報と照合するに、ほぼ全員捕縛出来たと見て間違いないでしょう」

「なら上出来ね、包囲網を狭めていく段階には?」

「既に入っております。女神様も増援は必要ありませんか?」

「こっちはもう終わったから大丈夫よ。…それで、隊員の中にビーシャを見た人がいないか確認してもらえるかしら?」

 

作戦は現段階でも概ね成功と言える事にまずは安堵。そこからわたしは司令部を通じてビーシャに関する情報を求める。ここでわたしが直接全部隊に聞かなかったのは、一遍に返答されても処理に困るから。その点司令部は各部隊からくる情報の処理手段がしっかりしているから、わたしが訊くよりよっぽど素早くビーシャの情報を調べてくれる筈。……後は、見かけた人がいるかどうかだけど…。

 

「…女神様、第六分隊の中に支部長を目にした者がいるようです」

「本当!?じゃあ、それ以上の情報は?」

「申し訳ありません。その者曰く何らかの作戦行動だと思い、そのまま視線を外してしまったようです」

「そう…だったら、ビーシャの行った方向は分かる?」

 

司令部経由で情報を…ビーシャの走っていった大まかな方向を知ったわたしは、上昇した後その方向へと加速する。包囲網の内側にはもういない事が確定したから、暫くは脇目も振らずに真っ直ぐ飛行。そうして数分飛んだところで、わたしは包囲網縮小中の部隊の一つ…ビーシャを見かけた人のいる分隊と遭遇する。

 

「女神様!支部長さんはあちらへ向かいました!」

「みたいね。誰か怪我してる人はいない?」

「女神様のおかげで残党は無力なものでした!よって数人が軽い擦り傷や打撲をした程度であります!」

「ふふっ、それなら良かったわ」

 

今一番心配なのはビーシャだけど、無事でいてほしいのは軍人の皆に対してだって同じ。それが軍だからと言えばそれまでだけど、軍人の皆は自分の意思ではなく軍上層部や更に上である教会、ひいてはわたしの『命令』で戦場に出て、命を懸けて戦うのだから、自らの意思で戦うわたしやビーシャとは全然立場が違う。例え仕事でも、その職を選んだのはその人自身だとしても…わたしは軍人の皆に無事でいてほしいと、心から思っている。だからこそ、今の言葉には思わず微笑んでしまう程に安心した。

 

「…けど、まだ作戦は終わってないわ。危険な敵はもういないと思うけど、負けを悟って自爆攻撃を仕掛けてくるかもしれないから、慎重に動かなきゃ駄目よ?…勿論、ここにいる皆がね」

『はい!』

「いい返事よ。じゃあ、最後に一つ…家に帰るまでが作戦よ、いいわね!」

『はいっ!』

 

力強い返事を受けて、一度着地していたわたしは再び飛翔。これならきっと大丈夫だろうと安心しながら、ビーシャも無事であってほしいと願いながら……思う。

 

(……遠足かよ、って誰も突っ込んでくれないのね…)

 

わたしを女神として尊敬してくれているのであればそれはありがたいし、立場の差から突っ込み辛いというのもきっとあるのだろうけど……女神の姿で一般の人にボケるのは出来るだけ控えよう、と思うわたしだった。…ビーシャが大変だって時に、何考えてるのかしらねわたし……。

 

 

 

 

森を抜けて、草原を飛んで、小高い丘にまで辿り着いて…そこでやっと、わたしはビーシャを発見した。草むらに座り込み、膝を抱えるビーシャの背中を。

 

「ビー……」

 

ビーシャが無事だった事と、やっと見つけられた事で反射的に声をかけようとしたわたし。でも、言い切る前に迷いが生まれる。だって、ビーシャの背中はいつもよりずっと小さく見えたから。

 

(…あの時ビーシャ、怯えていたわね……)

 

何に対して怯えていたのか、何が原因で怯えていたのか…それはわたしには分からない。けど、わたしは知っている。本当に切ない時、心に傷を負った時の、心の辛さを。

 

「……探したよ、ビーシャ」

 

地上に降りて、女神化を解除して、後ろから声をかける。びくっと肩を震わせるビーシャの隣に、わたしはそっと座り込む。

 

「…ねぷねぷ……」

「怪我、してない?」

「……うん」

「そっか、なら良かった」

 

さっきと同じように訊いて、さっきと同じように一安心。森の中を一目散に走っていったなら切り傷位はしちゃってるかもしれないけど…大怪我してないなら、大丈夫だよね。

 

「…………」

「…モンスターと兵器、全部倒せたよ」

「……大変じゃなかった…?」

「あれ位よゆーよゆー!…って言える程楽じゃなかったけど、ご覧の通りわたしも大怪我せずに済んだよ。なんたって女神だからね」

「…流石だね、ねぷねぷ」

 

小さく笑ってくれるビーシャだけど、その顔にいつもの元気や明るさはない。わたしと気の合うビーシャには似つかわしくない、心の磨り減ったような、悲しそうな笑み。…そんなビーシャの顔は、見たくない。

 

「取り敢えず、帰ろうよ。ここは広いから色々出来そうだけど、今は遊ぶ道具何もないんだしさ」

「…………」

「それか、プラネタワー寄る?どっちにしろ一度は軍と合流しなきゃいけないけど、その後でも遊ぶ時間は……」

「……ごめんね、ねぷねぷ」

 

こういう時、一番辛いのは相手まで暗くなってしまう事。次に辛いのは、あからさまに明るく接してくれたり同情してくれたりする事。プラスの方向にしろマイナスの方向にしろ、普段とは違う扱われ方をされるっていうのが落ち込んでる側としては辛い事で…だからこそわたしは、ビーシャの様子に触れなかった。そんな中、ビーシャが口にしたのは……謝罪の言葉。

 

「…それは、何に対してのごめんねなの?」

「ねぷねぷをおいて、一人で逃げちゃった事…。…怒ってる、よね…」

「うーん…怒ってはいないよ?…慌てはしたけどね」

 

慌てたと言っても、半分はビーシャを心配しての事。だからこういう事なら何度やったっていいよ〜…なんてつもりはないけど、今のビーシャはさっきの事を軽く捉えてる様子なんてないんだから、怒ろうとは思わないし思えない。

 

「……何か、怖かったの?」

「…………」

「…ううん、怖かったんだよね。あの時のビーシャの顔、すっごく怯えてたもん」

「…やっぱり、顔に出てたんだ……」

「ついでに悲鳴もね。…ねぇビーシャ、話してくれないかな?ビーシャが抱えているものが、なんなのか」

 

ビーシャが何を抱えているか。それは昨日も訊こうとした事で、昨日はビーシャが話してくれるまで待とうと思っていた。…でも、その抱えていたものの一端を見ちゃった今じゃ、ゆっくり待とうなんて思えない。だって今訊かなかったら、きっとビーシャはずっと今日の事を負い目に感じたままで、わたしに話す事も出来なくなっちゃうような気がするから。それに……小細工なしに正面から向き合ってこそ、わたしだもんね。

 

「……笑ったりしない?」

「しないよ。今のわたしがふざけてるように見える?」

 

不安そうにわたしの方を向いたビーシャの目を、真っ直ぐに見つめる。そして……ビーシャはゆっくりと頷いてくれた。

 

「……実はね、プレスト仮面の正体はわたしなんだ」

「うん。……うん?」

「…ねぷねぷ?」

「あ、えっと……それは前から知ってる…」

「えっ……?」

 

まさかのタイミングで、唐突に突っ込まれたプレスト仮面に関するカミングアウト。想像していたのとは全然違う言葉に気の利いた返しが全く出来なかったわたしだけど、考えてみればビーシャ自身はずっと隠し通せてたつもりだったんだから、今カミングアウトしてもおかしくない訳で……っていやいやいや!今はそんな余計な事考えてる場合じゃなくて…。

 

「あー、そ、その…このタイミングで言ったって事は、プレスト仮面もこれからする話に関わるんだよね?」

「…うん、凄く関わってる。…あのね、ねぷねぷ…わたしは、本当は……」

「…………」

「……モンスターが、怖いんだ…」

「え──?」

 

躊躇いがちに、迷いを感じさせる声音でビーシャが言った、「モンスターが怖い」という言葉。それをわたしは、一瞬理解出来なかった。だって、だってビーシャは……

 

「…戦ってたじゃん…これまでだってモンスターと戦って、余裕で何度も倒してたじゃん……」

「ううん、それは間違ってるよねぷねぷ」

「ま、間違ってる?間違ってるって、一体何が?」

「…モンスターを倒してきたのは、わたしじゃなくてプレスト仮面なんだよ」

「え?……あっ…!」

 

ビーシャとプレスト仮面は同一人物なのに、ビーシャは何を…とわたしは思った。けれど、すぐに思い出す。これまでわたしとビーシャは結構一緒にモンスターを倒してきたけど……その時はいつも、ビーシャはプレスト仮面として戦っていた事に。

 

「で、でも…プレスト仮面って、ビーシャが仮面着けて演技してるだけでしょ?別に人格が入れ替わってるとか、仮面にアヌビス神的なスタンドが宿ってるとかじゃないんでしょ?」

「そうだよ。それはその通り」

「だったらビーシャが倒してるんじゃん…違うの…?」

「……プレスト仮面はね、格好良いヒーローなの。モンスターを恐れず、子供の為に身体を張って戦う、わたしの憧れのヒーロー」

 

ビーシャはわたしの問いには答えず、代わりに語り出した。プレスト仮面の在り様に。

モンスターを恐れず、子供の為に戦うヒーロー。確かにそれはプレスト仮面の事だと思う。プレスト仮面はモンスター相手に勇ましく戦っていて、子供からもヒーローとして見られているんだから。

 

「でも、わたしは違う。モンスターを目にしたらそれだけで震えちゃって、モンスターと戦う事を想像するだけで怖くなってくる、ヒーローとはかけ離れた存在。……これが、昔一度モンスターに襲われたってだけで出来たトラウマのせいなんて、今でも夢に見る程のトラウマになっちゃってるなんて、女神のねぷねぷからしたら笑えちゃうよね」

「…別に、笑えちゃうとは思わないよ。それに笑わないって言ったもん」

「そっか…わたしは、モンスターが怖い。でも、ヒーローみたいになりたいって気持ちもあって、戦う事も出来ない自分が嫌だった。……だからね、プレスト仮面を作り出したの。わたしにとっての理想のヒーローを、わたしであってわたしじゃない存在を」

 

もう一つのビーシャ…プレスト仮面の在り様を聞いた時から薄々思ってはいたけど、やっぱりそうだった。ビーシャにとってのプレスト仮面は、正に演じている存在。自分自身ではない、別の存在。…ビーシャ自身が、プレスト仮面をそういう思いで作り出して、今もそう捉えているんだって事が今の言葉から伝わってきた。

 

「…ずっと、思ってたんだ。わたし自身は弱くても、プレスト仮面として戦い続けていれば、いつかはトラウマも克服出来るんじゃないかって。前からよくクエストをしてたのも、支部長になったのも、立ち向かう強さを手に入れる為。…不純だね、今更だけど…」

「…ビーシャの憧れは子供を助けるヒーローで、トラウマ克服も憧れのヒーローに近付く為に必要な事でしょ?だったら不純じゃないよ、きっと。それに…このわたしの前じゃ、それ位の不純さは大した事じゃないよ、うん」

「……わたし、ねぷねぷのそういうところ友達として尊敬してる」

「え…あ、そ、そう?…尊敬してもらえてるなら嬉しいけど…尊敬されるような事言ったかな…?」

 

わたしは自分が思った事を言っただけ。ビーシャが不純な性質で支部長をしてるとは思わないし、わたしだって自他共に認めるしょうもない人間だよと伝えただけ。…うーん…ほんとにどこを尊敬されたんだろ…。

なんて数秒思ってたわたしだけど、今大事なのはビーシャの話。そうすぐに思い直して、わたしはビーシャの話を聞くのを続ける。

 

「…それでね、わたしは克服出来つつあると思ってたの。初めはプレスト仮面でも怖かったモンスターが段々怖くなくなってきて、強いモンスターでも落ち着いて戦えるようになって、プレスト仮面はわたしの理想通りのブレスト仮面になっていったの。…だからわたしにとって、今日の戦いは仕上げみたいなものだったんだ」

「仕上げ…あれだけの戦闘でも乗り切れるなら、トラウマは完全に克服出来ただろう…って事?」

「うん。……でも、結果はあのざまだよ。結局わたしは、強くなんてなれてなかった。強くなったのはプレスト仮面だけで、わたしはトラウマを克服出来ない弱い自分のままだった。…ごめん、ごめんねねぷねぷ…我が儘言って着いてきて、わたしの自己満足の為に戦って…それで、最後には全部ねぷねぷに押し付けちゃって……」

 

ぎゅっと強く膝を抱えて、その膝の上に顔を乗せるビーシャ。その姿はまるで閉じ籠ろうとするようで…見ていて凄く、痛ましかった。

そんな姿を見て、友達がこんなにも苦しんでいるのを見て、黙っていられるわたしじゃない。そんな事はないって、自分を責めないでって、わたしはそう言おうとして……でもその前に、ビーシャは顔を上げた。その顔に浮かんでいるのは…諦めの表情。

 

「……わたし、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)を止めるよ」

「……っ!?や、止めるって…そんな、急に…」

「急に止めたら迷惑がかかるよね。だからちゃんと後始末はして、後任の人も見つけてから止めるよ。…もうこれ以上、ねぷねぷに迷惑はかけたくないから…」

「迷惑、って…わたしは、そんな事思ってないよ…」

「それは、ねぷねぷが優しいからだよ。…でもきっと、いつかは迷惑をかけちゃう。こんなわたしじゃ、弱い自分に打ち勝てないようなわたしが、黄金の第三勢力(ゴールドサァド)に相応しい筈がないもん…」

 

また、ビーシャは悲しそうな笑顔をする。自分の可能性を諦めて、しょうがないよねって認めてしまったような、そんな笑顔を。

落ち込むビーシャを、どうしたら元気付けられるか。それをわたしは会話しながらずっと考えていた。でもここまで聞き終えて、分かった。月並みな言葉じゃ、元気付けようなんてスタンスじゃ、ビーシャの心に寄り添う事なんて出来ない。だから……

 

「……自分ってさ、そこまでして立ち向かわなきゃいけないものなのかな」

「え……?」

 

──少しだけ、わたしも話そうと思った。わたしの事を、わたし自身の事を。

 

「自分の弱さに立ち向かう、とか弱さを受け入れて前に進む、とか言うけどさ、それってほんとにやらなきゃいけない事なのかな?」

「…そういう事を経験して、人は強くなるものじゃないの…?」

「うん、それがプラスになる事自体は否定しないよ。…けど、わたし思うんだ。戦闘と同じように心だって無理なものは無理で、時には戦いを避けるのも大切なんじゃないかって」

 

乗り越えられる壁を登る事はトレーニングになるし、自信にも繋がる。でも乗り越えられない壁を無理に登ったら、失敗するし落ちて怪我するかもしれない。その見極めをしないで何でもかんでも越えようとするのを、わたしは正しいとは思えない。それに……

 

「…わたしにもあるんだ、トラウマ」

「そう、なの…?」

「最近出来たばっかりだけどね。…助けられたのが、つい最近だから」

「あ……」

 

わたし的にはあまり認めたくはないけど…間違いなく、ギョウカイ墓場で捕まっていた間の事はわたしの…ううん、わたし達守護女神にとってのトラウマになっている。…なっているって、四人で向かった時に知ったから。

 

「わたしもビーシャと同じだよ。皆がいればなんとか行けるけど、一人でギョウカイ墓場に行く事なんて怖くて出来ないし、まだ日が浅いからかもしれないけど捕まってた時の事はよく夢に見るし。…それに、ほら」

「…ねぷ、ねぷ…?」

 

言葉に一区切り付けたところで、わたしは右手をビーシャに見せる。……僅かにだけど震える、わたしの右手を。

 

「…こうして話すだけで、怖くなってくる。少し思い出すだけで、辛くなってくる。あの時の事を語ろうとすると、それだけで……ぁ…」

「……だ、大丈夫…?」

「……っ…ご、ごめんビーシャ…ちょっと、待って…」

 

ビーシャに話す中で、トラウマに触れた事で、無意識に思い出してしまう。段々と息が浅くなって、心拍数が上がっていって、背中に嫌な汗が流れて……気付けば手の震えは、ビーシャがすぐに分かる程大きくなっていた。

必死に頭の中からギョウカイ墓場での記憶を追い出して、深呼吸するわたし。深呼吸しながら皆の事を思い浮かべて、もうこれは過ぎた事だって自分に言い聞かせる事数十秒。

 

「……落ち着いた?」

「…うん、ほんとに突然ごめんね…」

「ううん、わたしは大丈夫。…でも、ねぷねぷもそんなに辛いって思う事、あったんだね…」

「…情けない事だけど、分かるんだ。これはもう、克服とか乗り越えるとかの次元じゃないって。わたしにも、ノワールにも、ベールにも、ブランにもどうこうできない、消えない傷跡になっちゃってるって」

 

克服するにはまず向き合わなきゃいけないけど、わたし達はそれすらままならない。強引に向き合ったら、きっとわたし達の心が壊れてしまう。…だって、わたし達の心は捕まってた時にもう壊れる寸前だったんだから。

 

「…でも、ねぷねぷはまだ戦えてるでしょ?皆となら、ギョウカイ墓場にも行けるんでしょ?…なら、わたしとは違うよ…」

「違わないよ。戦いそのものは怖くなってないから別だし、皆とならって事は皆がいなきゃ行けないって事だもん。…だからね、わたしは思うよ。トラウマは克服しなきゃいけないものでも、頑張れば絶対克服出来るものでもないって。……自分の心の事なんだから、どうするかもどうなるかも人それぞれなんだよ、きっと」

 

わたしはギョウカイ墓場での事を、克服なんて出来ていない。イリゼとネプギアに寄り添ってもらって、皆がわたしが勇気を取り戻すのを待っていてくれて、今も沢山の人に支えてもらって、ようやく思い出さなければ普段通りにいられる状態まで回復したのが、今のわたしだから。…でも、これもまた皆との繋がりの力。癒えない傷があっても、傷を負ったままでも、前を向けるって皆が教えてくれたから、わたしは今ここにいる。だからわたしは、トラウマを克服しなくても前へ進む事は出来るって、ビーシャに伝えたかった。友達から教えてもらった事を、別の友達にも教えてあげたかった。

 

「……それにさ、ビーシャは本当は強いと思うよ」

「…あの時、逃げちゃったのに?」

「逃げちゃっても、だよ。ビーシャは自分とプレスト仮面は違う存在だって言ったけど…わたしはそうは思わない。ビーシャもプレスト仮面も、同じビーシャだもん」

「それは…そういう事じゃなくて…」

「そういう事だよ」

 

ふるふると首を横に振るビーシャの言葉を遮って、わたしははっきりと言う。わたしの伝えたい事は、まだ終わってない。

 

「…ね、ビーシャ。ビーシャってさ、プレスト仮面を演じてたの?それともブレスト仮面そのものになってたの?」

「……分かんない…初めは、演じてたよ?でも、今はどっちなのか、自分でも…」

「そうなんだ…でもそれはどっちでもいいんだよ。どっちだって、ビーシャが強い事の証明だから」

「…………」

「だってそうでしょ?例え演じてたとしても、それを演じてるのはビーシャだもん。プレスト仮面の強さは、ビーシャ自身が作り上げてるものだもん。で、プレスト仮面そのものになってたなら、やっぱりプレスト仮面の強さも勇気もビーシャ自身のものだよ。思わざれば花なり、思えば花ざりき。演じずその人になれてるなら、それは本物の…って、えっと…これ、そういう意味だっけ…?」

「……それは、25か29乗りの人に訊いた方がいいと思う…」

「あはは…でも、どっちにしたってプレスト仮面の強さの在り様は、ビーシャ自身に繋がってる。それは、間違ってないでしょ?」

 

そこまで言って、わたしはビーシャの瞳を見つめる。抱えてるものの話を始める時みたいに、真っ直ぐに瞳を見つめる。そして……

 

「…じゃあ、わたしは…わたしは、このままでいいの?このままのわたしで、弱いわたしのままでも…いいの…?」

「勿論だよ。…というか、さっきから言ってるじゃん。ビーシャは弱くないって。ビーシャはビーシャなりの強さがあって、その強さがプレスト仮面って形で表れてる。わたしはそう思ってるし、ネプギアやイリゼだって聞けばそう言うと思うよ?」

「ねぷねぷ……」

「…だからさ、止めるなんて言わないでよ。仕事は違うけど、わたしこれからもビーシャと一緒に頑張りたいもん。気の合うビーシャと、ヒーローのプレスト仮面と、一緒に頑張っていきたいもん。……ビーシャなら大丈夫だって、信じてるよ」

 

立ち上がって、わたしはポケットから取り出した物をビーシャに見せる。ビーシャにとって強さの証である、間違いなくビーシャの一部である……プレスト仮面の、仮面を。

 

「……わたし、迷惑かけちゃうかもしれないよ?」

「わたしだってビーシャに迷惑かけちゃうかもしれないからおあいこだよ」

「……わたし、これがなきゃ戦えないんだよ?」

「なら落っことさないようにすれば大丈夫だよ。それか予備の仮面持ってるのもいいかもね。…ビーシャの強さが篭ってるのは、仮面じゃなくてビーシャの中のプレスト仮面なんだから」

「……わたし、またいつか落ち込んじゃうかもしれないよ?」

「友達が落ち込んでたら、話を聞いてあげる。力になってあげる。それだけだよ。わたしとビーシャは友達だからね」

「……もう…格好良過ぎだよ、ねぷねぷ…これじゃ、わたしじゃなくて…ねぷねぷがヒーローみたい、じゃん……」

 

顔を俯けるビーシャ。俯いたビーシャが何を考えているか、その顔に表れているのがなんの感情かは分からない。でも、わたしは待った。ビーシャを信じてるから、ビーシャなら大丈夫だって思ってるから。そして、ビーシャは…ばっと立ったビーシャはぐしぐしと腕で顔を拭って、仮面を取る。

 

「……でも、ここまでしてもらって、うじうじしてるままじゃ…それこそ本当に、ヒーローらしくないよね!」

「ビーシャ…!」

「決めたよ、ねぷねぷ。わたし止めるのを止める!これからも黄金の第三勢力(ゴールドサァド)として、プレスト仮面として、子供の為に戦う!だってそれが、わたしの憧れる…わたしの中にいる、プレスト仮面の在り方だからね!」

 

仮面を装着して、元気一杯な声で、ビーシャはそう宣言した。過去と決別する訳でも、無理をする訳でもなく…ただトラウマを抱えたまま、それでも前に進む事を決めてくれた。

これからビーシャが、そしてわたしが、抱えるトラウマをそのままにするかどうかは分からない。何かが切っ掛けになって克服しちゃうのかもしれないし、逆にトラウマが酷くなっちゃうかもしれない。でもわたしにもビーシャにも、友達がいる。支えてくれる人がいる。そういう人がいれば、どんな事があっても何とかなる…そうわたしは思った。──ビーシャが浮かべているのは、わたしにそうやって強く思わせてくれる程の、そんな満面の笑顔だった。




今回のパロディ解説

・アヌビス神的なスタンド
ジョジョの奇妙な冒険第3部(スターダスト・クルセイダーズ)に登場するスタンドの一つの事。ジョジョで仮面というと石仮面もありますね。あちらには何も宿ってませんが。

・25か29乗り
マクロスFrontierの主人公、早乙女アルトの事。思わざれば〜というのは本編は勿論、いくつかのメディアミックスでも言ってますね。勿論この言葉自体も自体も引用です。

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