超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth2 Origins Progress   作:シモツキ

102 / 183
第八十一話 緑の誇り、黒の意思

プラネタワー内の一角、他国の偉い人や大切なお客さんに泊まってもらう為のVIPルームをユニちゃん達やノワールさん達は使っている。その中の一つ、ベールさんの使っている部屋にわたしは来ていた。

 

「…失礼しますね、ベールさん」

 

ノックをして、返事を受けて、部屋に入る。すると途端に紅茶の上品な香りが漂ってきた。

 

「…いい匂いですね、紅茶飲んでたんですか?」

「…えぇ、つい先程飲んだばかりですわ。もし欲しいのであれば淹れますわよ?」

「あ…じゃあ、お願いします」

 

わたしが椅子に腰を下ろすと、早速ベールさんが紅茶を淹れてくれる。…わたし達が報告をしている間ベールさん達と一緒にいてくれた皆さん(多分ベールさんにはアイエフさん一人、又はアイエフさんともう一人かな…)は、そういう事なら女神同士で話す方が良いだろうって席を外してくれた。

 

「…さぁ、入りましたわ」

「わぁ、綺麗な色…頂きますね」

 

わざわざソーサーに乗せてくれた紅茶を受け取って、何回か吹いて少し冷ました後に一口。するとすぐに深みのある味わいと仄かな苦味が口の中に広がって、つい頬が緩んでしまう。……けれど、ベールさんは何も言わなかった。普段ならしれーっと妹へ勧誘してくるベールさんが、いつもなら絶好のチャンスと見て仕掛けてくるタイミングで何もしてこなかった。

 

「…………」

「…………」

 

紅茶から目を離し、ちらりとベールさんの方を見てみると、ベールさんはどこか遠くを見るような目をしていた。紅茶と同じく(趣味に走らなければ)上品で、お姫様みたいなベールさんが物憂げな表情を浮かべる姿はまるで有名な絵画みたいだけど…今はそんな事を考えてる場合じゃない。そう思ってわたしはカップを置く。

 

「あ、あの、ベールさん…」

「……情けない姿を、見せてしまいましたわね」

「え……」

 

わたしとベールさんが声を発したのはほぼ同時。わたしの言いたい事が分かっていたのか、それともギョウカイ墓場前でベールさんの姿を見たわたしが来たから感情を揺さぶられたのか…とにかくベールさんは、わたしが訊く前からそう言った。

 

「一国の長たる守護女神が、揃いも揃ってこのざまとは…本当に情けないですわね、わたくし達は…」

「そ、そんな事…」

「ない、と?…では、ネプギアちゃんはあの時のわたくし達を女神として誇れまして?」

「…それは……」

「…意地の悪い質問をしてしまいましたわね…今のは忘れて下さいまし…」

 

この話はベールさんが切り出したものだけど、やっぱり言葉に覇気はない。わたしにとって守護女神の皆さんは全員尊敬する相手で、その尊敬している相手の一人がこんな意気消沈している姿なんて正直見たくはないけど…目は逸らせない。だってこれはわたしが言い出した事だから。意気消沈している姿を見る事より、この傷を引きずったままでいる事の方が嫌だから。

 

「…トラウマなんて、恥ずかしい事じゃないですよ。それを知られる事は確かに嫌ですけど…何かを怖いって思うのは、何も変じゃないですって」

「…えぇ、それは分かっていますわ。女神とはいえ喜怒哀楽があり、人間としての感性を持っている以上は同じなんですもの」

「ですよね?だから……」

「けれど、わたくし達は女神ですわ。人々の理想の体現者であり国の顔であるわたくし達は、同じであってもそれに甘んじてはいけない…なんて、何を偉そうに言っているのかしらね、わたくしは……」

「ベールさん…」

 

笑みを浮かべてくれたベールさん。でもその笑顔にあるのは、自虐の感情。ベールさんの言う事は立派で、何かおかしい点がある訳じゃなくて…すぐには言葉を返せない。

 

「……甘んじてはいけない、なんて…そんな自分を自ら縛る事をしなくても…」

「わたくしには必要な事ですわ。…わたくしは、ネプギアちゃんが思っているような非の打ち所がない女神じゃありませんもの…」

「えっと、それは…」

 

ベールさんのお嬢様っぽくない、人としても女神としてもちょっとアレな部分も知ってるわたしとしては、尊敬してはいるけど元から非の打ち所がない人だとは……って違う違う…。

 

「…ベールさんは非の打ち所がない女神じゃないのかもしれませんけど、それでいいじゃないですか。お姉ちゃんだって短所はありますし、わたしなんて駄目なところばっかりですもん。それに比べたら、ベールさんはそんな事しなくたって凄い女神ですよ」

「…優しいですわね、ネプギアちゃんは。…でも、それは出来ませんわ」

「それは、どうして…」

「女神だから、ですわ」

「……っ…」

 

それまではわたしと話していてもどこか上の空だったベールさんは、気付けばわたしを見ていた。ベールさんの中で何かが変わったかのようなその雰囲気に、わたしは一瞬気圧される。

 

「わたくしには、信仰して下さる方がいますわ。敬意を、期待を、愛情を向けてくれる人達がいますわ。ネプギアちゃんも知っての通り、わたくしは趣味に命をかけていますけど…本当に大切なのは、わたくしの本当の望みは……そういう方々の思いに応え、全ての方々を幸せにする事ですわ」

「…ベール、さん……」

「…だから…だからこそ……わたくしは、今のわたくしが情けなくて情けなくて仕方ありませんわ…そのような願いがありながら、大切な方々を思っていながら、恐怖に屈し、生娘の様に震える事しか出来なかったわたくしが…わたくし、が……っ!」

「……っ!」

 

堰を切ったように思いを吐露するベールさんは、ビクリと一度肩を震わせ…そして、わたしに背を向けた。今の自分を恥じるように、ベールさんの言う『情けない自分』を見られたくないように。…その姿を見たわたしは……何を自惚れているんだ、と自分で自分を叱りたくなった。

わたしは、ベールさんを元気付けようと思っていた。話を聞いて、気持ちを受け止めてあげて、その上で勇気付けてあげようなんて思っていた。出来るならば女神として言葉をかけてあげよう…そんな事を考えていた。……わたしは女神候補生で、ベールさんは守護女神だというのに。

 

(未熟なわたしの考えが、ずっと守護女神として国の守護と指導を続けてきたベールさんの思いをどうこう出来るなんて…そんなの、わたしの自惚れ以外のなんでもないよ…!)

 

女神としての言葉なんて、ベールさんに響く訳がない。知識も経験も意思も劣っているわたしが、ベールさんと同じ立場で話せるなんてあり得る訳がない。そんな思いで話していたら……わたしの気持ちなんて、絶対に届かない。それにわたしはやっと気付けた。だからわたしは、それまでの考えを捨てる。こう言えばいいんじゃないかとか、こういう流れで話そうだなんて浅い考えは……全部捨て去る。

 

「ベールさんは…ベールさんは情けなくなんてありませんっ!」

「……やはり、ネプギアちゃんは優し…」

「優しさで言ってるんじゃないです!」

「……っ…!」

 

いつもより小さく見える、ベールさんの背中。そこへぶつけるわたしの言葉は、元気付ける為のものじゃなくて、わたしの気持ちそのもの。

 

「だってベールさん、ずっと女神として恥じているじゃないですか!女神として甘んじる訳にはいかないって、期待通りの姿でいられなかったって、思いに応えられてないって!個人的な理由じゃなくて、ずっと誰かの為に自分を責めてる人のどこが情けないって言うんですか!?」

「ですが、理由はどうあれあそこで動けなかったのは…」

「そんなの当たり前です!あれだけ長い間、あれだけ辛い環境にいたら怖くならない方が異常です!わたしだったら耐えられなくて命を手放すか命乞いしてるかだって断言出来ますよ!」

「…わたくしだって、同じですわ…あの時はネプテューヌ達もいたから、ここで諦めたらきっと頑張ってくれている国民やネプギアちゃん達の行動が無駄になるからと思って…」

「…また、誰かの事を思ってじゃないですか。どんなに辛い時も、どれだけ自責の念に駆られて思っても、いつもベールさんの心には自分を思ってくれる『誰か』がいる。その誰かの為に、ベールさんは諦めずにいたり、その人達の事で責任を感じていたりする。…それって、本当に情けない事なんですか?」

 

ベールさんは何も言わない。情けないっていうのは感情的なもので、感情は主観だからどんなに理由を並べたってそう思うなら仕方のない事だけど…まだベールさんが自分を情けないと思っているなら、わたしは何度だって言おうと思う。情けなくなんか、ないって。

 

「…どんな事でも恐れず、何があっても心が揺らぐ事のない人がいたら、それは凄いと思います。きっとそういう人は、強いんだと思います。もしかしたら、そんな人が世界を救ってしまうのかもしれません」

「…だとすれば、わたくしやわたくし達守護女神はネプギアちゃんの目標にはなれませんわね…」

「いいえ、それは違いますよベールさん」

「違う…?」

「そうです。わたし、そういう人がいるならその人を凄いとは思いますけど…憧れはしませんから」

 

わたしは強くなりたいと思うし、お姉ちゃん達のように国を、世界を守れる女神になりたいと思う。……でも、わたしの憧れている姿と、今わたしがいった『凄い人』とはイコールじゃない。だって……

 

「…わたしの憧れは、お姉ちゃん達ですから。強くて、でも弱いところもあって、格好良くて、でも偶に残念な一面もあって、高みにいるような存在で、でも身近に感じられる……そんな完璧じゃなくても温かい、お姉ちゃん達のような女神にわたしもなりたいんです」

「…完璧じゃなくても、温かい……」

「はい。…それと、わたし…実はこれまでちょっと、ベールさんの事が怖いって思っていました」

「わ、わたくしを…?…それはもしや、妹からすればわたくしの妹勧誘は変質者の行為にしか見えていなかったとかそういう…」

「あ、ち、違いますよ!?妹関連とかそういう意味ではなく……いやそういう意味で身の危険を感じた事が無いと言ったら嘘になりますけど…」

 

何故このタイミングでベールさんはそこに触れるのか。今の流れで怖い、と言われたら自分の何が悪かったか考えたくなる気持ちは分かるけど…雰囲気微妙になっちゃったじゃないですか……。

 

「…こほん。わたしが怖いって思ったのはそこじゃなくて、ベールさんがいつもどこか一歩引いたような感じだったからです」

「…そう、見えまして…?」

「そう見えてただけでわたしの勘違いだったら謝ります。…でも、戦闘の時は勿論お姉ちゃん達と遊んでいる時もちゃんと状況を考えていて、ふざけていても暴走してる感じが他の人より薄いベールさんは、本当は皆に合わせてるだけなんじゃないかって、仮面を被ってるのかなって…お姉ちゃんがベールさんとは逆に全く裏表ない性格だからか、余計にそう思えたんです」

「…………」

「本当のベールさんは、わたしの尊敬しているベールさんとは違うのかもしれない。それが不安になって、ほんの少しベールさんの事が怖かったんです。……けど、今日分かりました。ベールさんは、わたしの思った通りの優しい人だって」

 

そこで一度言葉を切って、わたしはベールさんの前へ。一瞬わたしと目が合ったベールさんは顔を背けようとしたけど…それよりも先に、わたしはベールさんの手を握る。

 

「ベールさんは素敵です。格好良いです。尊敬してます。自分の事も周りもちゃんと見えていて、他人の為に理想の女神であろうとするベールさんは、もしわたしが一人っ子だったらお姉ちゃんになってほしいって思ってたかもしれない位…わたしの憧れの存在なんです」

「ネプギア、ちゃん……」

「…だから、情けないだなんて思わないで下さい。わたしも、アイエフさんも、チカさんも…皆ベールさんを情けないだなんて思っていませんから、ベールさん自身が自分を責めたりしないで下さい。ベールさんが皆の事を大切に思っているように、わたし達もベールさんを大切に思っているんですから……いつもみたいに、優雅に胸を張って下さい、ベールさん」

 

ベールさんの両手をわたしの両手で包んで、ベールさんの蒼玉の様に綺麗な瞳を見つめて、わたしの思いを言葉に乗せる。嘘偽りのない気持ちを、伝えたい願いを、ベールさんへ届ける。

今はもう、ベールさんを怖いだなんて思わない。ベールさんの優しさを知れたから。子供のわたしには大人のベールさんがそう見えていただけだって分かったから。ベールさんへの憧れが、これまで以上に強くなったから。

顔を逸らそうとしていたベールさんは、最後までわたしの言葉を聞いてくれた。そうして、わたしが言い切ってから十数秒が経って……ベールさんは、ゆっくりと息を吐く。

 

「……やっぱり、わたくしは情けないですわね」

「……っ…ベールさん…!」

「大切な、大事な人達の気持ちに気付けず落ち込んでいるなんて、女神としても人としても情けないですわ。──けれど、このまま自分を情けない情けないと卑下し続ける方が…よっぽど情けない事ですわよね、ネプギアちゃん」

「……!はい…!そうです、そうですよベールさん!」

「…わたくしはもう大丈夫ですわ。だから、手を離して下さいまし」

 

まだベールさんの顔は少し複雑そうで、完全にいつも通りってレベルではなかったけど…それでも、ベールさんらしい笑顔を浮かべてくれた。それだけでわたしは安堵感と嬉しさに包まれる。そして、言われた通りわたしが手を離すと…その瞬間、押し留めるのが限界に達したかのようにベールさんの瞳が潤み、すぐにベールさんの指が溢れかけていた水滴を拭い取る。……それは、間違いなく涙だった。

 

「あ……ベールさん…」

「…わたくしだって、泣きたくなる事はありますわ。…やっぱり、泣くのはわたくしには似合わないと思いますの…?」

「い、いえそんな事ないです!そういうところは親近感が湧いてむしろプラスですし、涙目のベールさんはびっくりする程可愛くてドキッとしちゃいましたから!もう全然大丈夫です!」

「な……っ!?も、もう!大人に向かって何を言い出すんですのネプギアちゃんは!」

「わあぁっ!?べ、ベールさん!?」

 

ベールさんが悲しそうな顔をした事で慌てたわたしは、なんだかとんでもない方向性でのフォローをしてしまった。当然ベールさんもわたしにこんな事を言われるとは思ってなかったみたいで、聞いた瞬間顔がみるみる赤くなっていく。普段は大空の炎適性がありそうな位包容力あるお姉さんみたいなベールさんが、子供みたいに顔を赤くして怒る姿はぐっとくるものがあったけど…すぐにわたしは肩を掴まれ、気付けば胸元へ抱き寄せられていた。

 

「と、年上をからかう悪い子はこうですわ!」

「むぐぐ…か、からかうつもりがあったんじゃ…後これ私欲も混じってません…?」

「…………」

「……あの…ベールさん…?」

「…感謝致しますわ、ネプギアちゃん。ネプギアちゃんのおかげでわたくし、女神は孤高で孤独の存在なんかじゃないという、一度大切な方々に教えてもらった事を思い出せましたわ」

「…ベールさんの力になれたなら、わたしも嬉しいです」

 

ぐぐぐっ…と呼吸困難なレベルで抱き締められていたのはほんの数秒で、すぐに優しく包み込むような抱擁に変わっていった。まだわたしの目の前にあるのはベールさんの胸で、顔は見えないけど…きっと今は、すっきりしたような表情をしてくれていると思う。

 

「…ネプギアちゃん、お願いを一つ…訊いてくれまして?」

「わたしに出来る事なら、勿論です」

「ふふっ。では、出て行く時にあいちゃん達を呼んで下さいまし。わたくし、皆さんに謝罪を…それにお礼も言わなくてはいけませんから」

「…分かりました。アイエフさん達を…って、あれ?…ベールさん、もしかして…」

「えぇ。ネプギアちゃんは、まだやる事があるのでしょう?…だから、お行きなさいな。わたくしはもう、ネプギアちゃんから力を貰いましたから」

 

そう、わたしにはまだやる事がある。だからどこかで断りを入れて出て行かなきゃいけなかったんだけど…まさか勘付かれてるとは思わなかった。…ほんと、ベールさんって凄いなぁ…。

 

「…じゃあ、行きますね」

「行ってらっしゃい、ネプギアちゃん」

「はい。行ってきますね、ベールさん」

 

ここはプラネタワー内ではあってもわたしの使っている部屋じゃないから、行ってきますと言うのはおかしいかもしれない。…けど、今はそう返したくなる気分だった。

手を振り、笑顔で見送ってくれるベールさん。その目尻には、まだ涙が浮かんでいたけど…もう心配はない。呼べばアイエフさん達は来てくれる筈だし……何より、ベールさんだもん。大丈夫に決まってるよね。

そんなどこか充実した思いを胸に抱きながら、わたしは部屋を出ていくのだった。

 

 

 

 

アタシのお姉ちゃんは、強い人。大変でも弱音を吐かず、辛くてもそんな様子は見せず、いつでも『国民の手本』であろうとする人。そんなお姉ちゃんはアタシにとって何よりも格好良い存在で、そういう姿を見る度アタシも頑張らなきゃってこれまで思えていたけど……今日は、違う。

 

「…それで、そのワレチューって奴の撃破はいつ行う予定なの?その時までには身体を完治させておきたいから教えて頂戴」

 

傷付いたお姉ちゃんの力になろうと、お姉ちゃんが使っている部屋に来たアタシ。けれど、部屋にいたお姉ちゃんは普段通りだった。ギョウカイ墓場の前で見たあの姿はどこにもなくて、もう今後の事を考えているような言動をしていた。

 

「…………」

「…ユニ?予定はまだ決まってないの?」

「あ、うん…まだ具体的な日程までは話してない、けど…」

「そう。けど体調なんて早めに治しておくのに越した事はないわよね。これからも体調管理には気を付けないと」

 

まるでいつも通りの声に、まるでいつも通りの表情。普通の人が見たら『なんだ、大丈夫そうじゃない』と思ってしまうだろう程お姉ちゃんには傷付いた様子がなくて、もうあの事をなんとも思ってないみたいな雰囲気だけど……そんな筈がない。そんな訳がない。だって、いつも通りと()()()いつも通りは全く違うから。

 

「…お姉ちゃん、無理しないでよ」

「無理?…あぁ、大丈夫よ。焦ったって完治が早まる訳じゃないって事は分かってるから」

「そうじゃなくて…」

「そうじゃない?…あ、公務の事?だったらそれこそ心配無用よ。私はユニよりずっと女神歴長いんだからね?」

「だからそうじゃなくて、アタシの話を…」

「そうでもないとなると…まさか私がネプテューヌやベールみたいに『捕まっていた間見られなかったアニメややれなかったゲームを徹夜で消化する』なんて事すると思ってる?そんな事はこの私がする訳──」

「お姉ちゃんっ!」

 

誤魔化そうとする、話を逸らそうとするお姉ちゃんにアタシは声を荒げる。…こんなお姉ちゃんは、らしくない。けれど、お姉ちゃんらしい。会話は明らかに変だけど……弱みを隠そうとするのは、お姉ちゃんがいつもしている事だから。

 

「…無理、しないでよ。ほんとは辛いんでしょ?あの事、隠してるだけなんでしょ?」

「…無理なんてしてないわ、大丈夫よ」

「そんな嘘じゃ騙されないよ。…アタシ達、家族なんだから」

「…気遣いありがとね。けど、私は本当に大丈夫だから気にしなくていいのよ」

「本当に大丈夫なら、お姉ちゃんはこんな積極的にアタシに話しかけてきたりしない…違う?」

「そ、それは…ほら、姉妹で会話が少ないのはどうかと思って…」

「……お姉ちゃん…」

 

追及しても、不審な点を指摘しても、お姉ちゃんは打ち明けようとしてくれない。…それが、悲しかった。世の中話せば何でも気が楽になる訳じゃないし、話す事自体辛いって場合もあるけど……それでもアタシはお姉ちゃんの妹だから。一番近しい存在の筈だから。それなのに話してくれない事が、アタシとお姉ちゃんの間に壁があるかのように感じて……悲しかった。

 

「…やっぱり、アタシはまだ頼りないのかな…」

「え……?」

「アタシがまだ頼りないから…打ち明けられるような相手じゃないから、お姉ちゃんは隠そうとするの?…それなら、悪いのはアタシだよね…」

「……っ…そうじゃない…そうじゃないわ…」

「本当に?アタシ、自分の弱さをちゃんと受け止められる位には成長したんだよ?…だから、頼りないのが原因ならそう言って。頼りないだけなら自分のせいだって納得出来るけど、頼りない上に負担をかけるような妹にはなりたくないから」

「…そんな事…ない…ユニ、私は貴女の事を頼りない妹だなんて…」

「…だったら、お願い。話せない理由を言って。もしお姉ちゃんがアタシをちょっとでも評価してくれているなら、アタシに……」

「……出来る訳、ないじゃないッ!」

「……っ!」

 

それは跳ね除けるような、拒絶するかのような言葉。歩み寄りたかったアタシを否定する、酷く残酷な言葉。それにアタシは傷付きかけた。アタシはそこまでお姉ちゃんにとって近付けたくない存在だったのかと、自己否定しそうになった。…でも、背を向けそうになったアタシを、次の言葉が引き止めた。

 

「貴女には…ユニにだけは話せない、話せないのよ…!」

「…それ、って……もしかしてアタシが、お姉ちゃんに憧れてるから…?」

「……!…どう、して…それを…?」

 

アタシがそう言った瞬間、お姉ちゃんはビクリと肩を震わせた。もう誤魔化す事も忘れて、アタシの答えが合っている事を裏付けるような事を言った。……あぁ、そっか…そうだよね…それなら、アタシだからこそ…話せないよね…。

 

「…分かるよ。だってアタシ、お姉ちゃんの妹よ?お姉ちゃんを一番近くでずっと見てきた、誰よりお姉ちゃんに憧れてるお姉ちゃんの妹だもの。…分かるよ、それ位は…」

「ユニ……」

 

アタシは、それまで立っていた場所からお姉ちゃんが座るベットへと近付いて、その隣に腰を下ろす。もしかしたら、お姉ちゃんは離れようとするかもしれないと思ったけど…そんな素振りは微塵もなかった。

 

「……えぇ、そうよ…私が話せなかったのは、ユニが私に憧れてるって知ってたから。私に夢を抱いて、私を目標に頑張ってくれてるって知ってたから…」

「…自分に憧れてくれてる相手に、弱いところは見せたくなかったの…?」

「違うわ。…ううん、それもあったけど…一番は、ユニを幻滅させたくなったの…。ユニの前では…私を尊敬してくれる人の前では、どんなに辛くたって、どんなに苦しくったって…理想の女神でいたかったのよ…」

 

アタシのお姉ちゃんは、強い人。…でも、今アタシの目の前にいるのは、女神ブラックハートじゃなくてアタシのお姉ちゃん、ノワールだった。アタシと同じで素直じゃなくて、強がろうとして、大事な人にちゃんと気持ちを伝えるのが苦手な、アタシの性格の元になったお姉ちゃんだった。

 

「…幻滅なんて…幻滅なんてしないよ!だってお姉ちゃん、ずっと頑張ってきたじゃない!これまでも、捕まっていた間も、ずっとずっと頑張ってきたじゃない!それを、たった一度少し挫けた姿を見せられた程度で幻滅する程、アタシの憧れは弱くなんてない!」

「でも、私は…私はあの時怯えてたのよ…?捕まってた時の事を思い出して、もしまた捕まったらって怖くなって、一歩も動けない位恐怖に飲まれてたのよ…?そんなの…少しなんてレベルじゃないわ!私は女神なのに、国の守護者で人の理想の体現者なのに…私は……っ!」

「それでもアタシはお姉ちゃんに憧れてるよ!お姉ちゃんは今でもアタシの憧れる、最高のお姉ちゃんだよ!」

「……──っ!」

 

お姉ちゃんの肩を掴んで、アタシの方を向けさせる。普段のアタシならまずやらないような事をされて驚くお姉ちゃんを前に、アタシは思いの丈を乗せて言葉を紡ぐ。ただ、今は伝えたかった。自分で自分を責めるお姉ちゃんに、そんな事はないって、憧れの気持ちは消えてないって。

 

「アタシは生まれてからずっとお姉ちゃんに憧れてるの!お姉ちゃんの強さも、真面目さも、厳しさも、その中にある優しさも全部全部!こんな事言ったらお姉ちゃんは怒るかもしれないし、アタシを信仰してくれる人には申し訳ないけど…アタシはお姉ちゃんみたいになりたくて女神の務めを頑張ってるの!勿論それだけじゃないけど、その気持ちは確かにあるの!だから……あの一件だけで幻滅して、憧れなくなるなんて事は…絶対にないわ!」

「…ユ、ニ……」

「…それにね、お姉ちゃん。お姉ちゃんにはきっと釈迦に説法だろうけど…憧れとか信仰って、される側がどうしたかじゃなくてする側がどう思うかなんだよ?どんなに素晴らしくたって誰かには憧れられないかもしれないし、どんなに駄目だって誰かには信仰されるかもしれないのが、誰かへの思いなんだよ。…お願い、自分は幻滅されるって決め付けて思い詰めないで。お姉ちゃんをどう思うかは、お姉ちゃんを思う皆が決める事なんだから」

 

昔のアタシなら、お姉ちゃんにここまでちゃんと意見や思いは言えなかった。お姉ちゃんにそれは違うって言われるのが怖くて、お姉ちゃんの期待外れだって思われたくなくて、お姉ちゃんの言う事に素直に従っていた。…でも、今は違う。ネプギア達と沢山の経験をして、イリゼさん達に多くの事を教わって、アタシを信仰してくれる人達と触れ合って、自分なりに女神の在り方を考えてきたアタシは、もう昔の…お姉ちゃんに幻滅される事を恐れていたアタシじゃない。……って、なんだ…振り返ってみたら、アタシだってお姉ちゃんに幻滅されたくないって思いはあったんだ…ほんと、お姉ちゃんの影響受けてるなぁアタシ…。

 

「…アタシの言いたい事はこれだけだよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんの思い違いは訂正するけどお姉ちゃんの思いそのものは否定しないし、今のアタシの言葉を聞いてもやっぱり自分は幻滅されるような存在だって思うなら、それも否定しない。お姉ちゃんの思いを決めるのは、お姉ちゃんだから」

「…………」

「でも、覚えておいて。アタシは今も憧れてるって。アタシみたいに一度の事じゃ全然揺るがない程お姉ちゃんを尊敬してたり憧れてたりする人は、沢山いるって。それは、絶対の事実だから」

 

お姉ちゃんの肩を優しく握って、お姉ちゃんの紅玉の様に綺麗な瞳を見つめて、アタシは言い切る。伝えたい事は、ちゃんと伝えた。アタシの思いは、全部お姉ちゃんに届けた。後はお姉ちゃん次第だけど…大丈夫。お姉ちゃんは、きっと…いや、間違いなく分かってくれる。だって、お姉ちゃんはアタシの憧れの存在なんだから。

そうして、アタシが言い切ってから十数秒が経って……お姉ちゃんは、自虐気味の苦笑いを浮かべた。

 

「……私、妹に叱咤激励されたのね…はは、まさかまだまだ私が指導してあげなきゃいけないと思ってたのに…」

「あ…べ、別にアタシがしたのは叱咤なんて大層なものじゃ…」

「──立派になったわね、ユニ」

「え…お姉、ちゃん……?」

 

ぽふり、とお姉ちゃんはアタシの胸元へと倒れ込んだ。肩を掴んでいるとはいえ力を込めてなかったアタシにはお姉ちゃんを押さえられなくて、まるでお姉ちゃんがアタシの胸元に顔を埋める様な体勢になっていた。

 

「ど、どうしたのお姉ちゃん?どこか具合が悪いの…?」

「違うわ、身体はどこも悪くない」

「じゃ、じゃあどうして…」

「…姉としての、最後のプライドよ。だから…少しだけ、私の顔を隠させて…」

「あ……」

 

そう言われた瞬間…ほんの僅かにだけど、胸元に温かな湿り気を感じた。思い返すと、顔を埋める直前のお姉ちゃんの瞳は、どこか潤んでいた様にも思える。初めアタシはそれに驚いたけど…何も言わなかった。それが何なのかは訊かなくたって分かるし、それを訊いたらお姉ちゃんの最後のプライドを踏み躙る事になってしまう。アタシはお姉ちゃんのプライドの高さも含めて憧れてるんだから、そんな事はしたくなかった。

お姉ちゃんが顔を隠していたのは、ほんの数分。殆ど声も出さなかったし、服も湿った以上にはならなかったけど……それでも、顔を上げた時のお姉ちゃんは、さっきよりも表情が明るかった。…目元が少し赤くなってたから、凛々しさはいつもよりなかったけど。

 

「…悪かったわね、ユニ。色々気を遣わせちゃって」

「いいよ、お姉ちゃん。アタシは妹で、候補生だけど……同じ『女神仲間』でもあるんだから」

「…言うようになったじゃない。ユニの癖に生意気よ」

「生意気なのは、お姉ちゃん譲りだと思うな」

「あ、それは確かに…ってどういう事よ!?私が生意気だって言いたいの!?生意気も何も、私国のトップよ!?」

「あはは、お姉ちゃんノリ突っ込み上手だね。…ネプテューヌさんや皆さんがお姉ちゃんを弄りたくなる気持ち、少し分かるかも…」

「ちょっと!?何私をからかう事に面白さを感じてるのよ!そんな事言うんだったら、今後は女神の指導してあげないわよ!?」

「アタシの今後に大きく関わる事をこんな軽い会話で!?ちょ、それは酷いよお姉ちゃん!先に煽ってきたのはお姉ちゃんだよね!?」

 

お互いに相手を煽って、その結果予想外の返しをされてテンパるアタシ達。さっきまでの雰囲気は何処へやらって感じだけど…こういう会話が出来る事が嬉しくもあった。こんな会話はお姉ちゃんが落ち込んでる時は出来る訳が無いし…そもそも、アタシとお姉ちゃんは冗談を言い合う事なんて滅多になかったから。

 

「全くもう…立派になったとは思ったけどユニ、貴女旅の中でしょうもない事も覚えたわね…」

「覚えたっていうかなんていうか…というかそれを言うなら、お姉ちゃん達だってそうでしょ?」

「それは、まぁ…否定出来ないのよね…はは……」

「アタシ達女神とそのパーティーって、一歩間違うと新喜劇の信次元支部みたいな感じになっちゃうよね…」

『……はぁ…』

 

顔を見合わせ、二人で溜め息を吐く。パーティーメンバーを悪く言う気はないし、アタシにとってもお姉ちゃんにとっても大切な仲間だけど…それとこれとは話が別。そして、完全に意見が一致したアタシ達は……つい笑ってしまった。

 

「…お姉ちゃん、もう大丈夫?」

「大丈夫よ。…ありがとう、ユニ。私はユニのおかげで自分と信仰の在り方を再確認する事が出来たわ。…そうよね、なんたって私は…女神ブラックハートなんだから」

「そうだよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは女神ブラックシスターが、皆が憧れる女神なんだから」

「ふふっ。…ユニ、これからもラステイションを…ゲイムギョウ界を、守っていくわよ」

「…うん」

 

アタシは抱き寄せられ、優しく抱き締められる。それは凄く恥ずかしい事で、されるとは思ってなかった事だけど…アタシもお姉ちゃんの背中に手を回して優しく抱き締めた。

これは姉妹としては過剰なスキンシップかもしれない。きっと後でアタシもお姉ちゃんも何をしてたんだと羞恥心に駆られると思う。でも今は、こうしていたかった。だってこれは…気持ちを伝えるのが苦手で、素直になる事が中々出来ないアタシ達姉妹が出来る、最大限の思いの通わせ合いだから。




今回のパロディ解説

・大空の炎
家庭教師ヒットマンREBORN!に登場する要素の一つのパロディ。ベールの包容力からネプギアは言いましたが…女神である事自体が大空の炎適性になりそうですね。

・「〜〜ユニの癖に生意気よ」
ドラえもんシリーズの登場キャラ、ジャイアンこと剛田武の代名詞的台詞の一つのパロディ。ノワールとユニだと、冗談はこういうやり取りが殆どかなぁ…と思います。

・新喜劇
よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属の芸人によって構成される劇団、吉本新喜劇の事。パーティーフルメンバーでの喜劇…その内やってみたいです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。