鈴木悟がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ピュアウォーター

9 / 12
話数が増えたので短編から連載に変えました。


『恩恵盗み』の始まり 3

「ん〜〜うまい」

 

ここはオラリオの西メインストリートの何処かの喫茶店。店内の隅の席で真っ赤なベリーのタルトを頬張るとびきりの美女がいた。彼女の名前はロキ。神だ。

 

「ロキ、ちょっと気を抜きすぎじゃないか?」

 

そして彼女の対面に座るのはロキファミリアの団長。フィンだ。

 

彼らはつい先程、『豊穣の女主人』で鈴木悟達を尋問した後、ロキの小腹が空いたというわがままでタルトが美味しいと評判の茶屋に入ったところだ。フィンの顔色からするとどうやら彼らの事情聴取はうまくいかなかったようだ。

 

「でも、あんなにあっさり彼らを返してしまうなんてらしくないよ。特にあのサトルという人物は怪しかった。それを見逃すほど君は優しくはない。どうしたんだいロキ?」

 

フィンの問いかけに対して、指についたシロップを舐め終えたロキの真紅の瞳がきらめく。その眼は知恵を感じさせるものだった。それもそうだ。策略と狡智を司る神なのだから。

 

「そうやな。まず白い髪のやつはシロや。そのまんまやな」

 

あれからはなんも感じなかったわ〜と彼女は続ける。

 

「で、問題はサトルっていうやつや。たぶんあいつは何か知っとるかもしれん」

 

フィンの見立て通り、彼女は鈴木悟の様子に気づいていた。だが、なぜ彼女は追求しようとしなかったのだろうか?

 

「けどな、深く聞こうと思ったらこうブワァアアアと寒気がしてな。やめたんや。俗に言う女の勘や」

 

それを聞いたフィンはほっぺに赤いソースが着いたロキを茫然とした顔で見ていた。

 

「まぁ、あいつはモモンのことは知らんと思うで。あの感じは親しい友人に名前が似てましたーもしかしたらその人が犯人!?そんな感情の色だったわ。まぁモモンに接触の良い口実に使われたんやろ。あいつら被害者や」

 

それにしてもあのチビの眷属やったとわーとひとりごちるロキ。結局のところ、彼らは何も知らなかった。モモンのことを聞いた時、鈴木悟の様子が周りがわかるほど動揺していたが、ロキの眼で見ても嘘と言うより彼自身もわからない。そしてそれに困惑してるとしかわからなかった。そして、それを見た彼女は、彼らはこの誘拐事件に利用されたと思った。

 

しかし、もしロキが鈴木悟を必要以上に問いただしていたら、モモンの本当の名前くらいの情報は得られただろう。辺り一帯が消し飛ぶ爆発と引き換えに。もちろんその場にいた者は即死だろう。鈴木悟は除いて。だから彼女の勘は正しかった。

 

 

タルトを食うのを手こずるロキを眺めているフィンは悩む。彼はまだ鈴木悟のことを正直疑っている。ロキが彼を問いたださないのがいい証だ。それに冷静を装っているが、今だって彼女の手は震えている。タルトが上手く食べられないのはその所為だ。よく見ると冷や汗もかいているではないか。余程、嫌な予感がしたのだろう。こんなに動揺しているロキは初めて見る。

 

しかし、彼をモモンと結びつける判断材料は少ない。いや少なすぎる。

 

それでもフィンはギルドの張り紙、リヴィラの街の噂や現場の証拠。日常で得れる限りの事柄から有用な情報をひねり出そうと頭を回転させる。

 

あれは・・・違う。コレも・・・関係ない。そういえばアイズが壁がについて何か話していたような。壁かぁ。壁。壁。壁。

 

・・・あ、一つだけあった。ギルドにあったあの張り紙。冒険者達の噂。そして実際に見たことのある光景。それらが鈴木悟を結びつけるモノが。

 

 

「フィン。どないんしたん!?めっちゃ汗かいとるで!?もしかしてモモンのことで何か気づいたんか!?」

 

彼の様子がおかしい。顔面蒼白だ。余程重要なことに気づいたのだろう。

 

 

「か、彼は。サトルは『壁砕き』だ」

 

 

そう、彼はわかってしまった。ここ最近広まっているダンジョン珍名物の一つ。壁を奇声をあげて殴り壊す冒険者の霊。それは本当に幽霊ではなく実在する人物だとか。ただ単に色恋の嫉妬に狂った冒険者だとか。新種のダンジョンのモンスターが見せる幻覚だったりとか。果ては迷宮を作ったの古代人が飼っている妖精の成れ果てという噂もある。そしてその噂に共通しているのが、近づきがたい般若のようなすごい顔つきだという。鈴木悟を尋問の際、彼を観察をして熟考したフィンは気づいてしまったのだ。

 

鈴木悟こそがウォールクラッシャー。

 

『壁砕き』だと。

 

 

 

「な、なんやてー!!!」

 

ロキの素っ頓狂な声が店内に響く。娯楽好きの彼女も団員から聞かされて楽しんでいたから知っていた。その眷属いわく、ここ一ヶ月くらいの間に突如として表れ、神出鬼没な存在らしい。もはや見るだけで迷宮での御利益あるとかなんとか。実際に見たものはその日のドロップアイテムの量が増えたりレアモンスターの大群を発見したりしたそうだ。しかし、皮肉だがその”幸運の妖精”の顔は恐ろしい。あのオラリオ最強のオッタルも驚愕するほどだ。人畜無害そうな彼の顔や雰囲気から想像するのはとても難しいだろう。衝撃の真実である。だから大声や冷や汗をかくほど驚くのも無理はないのである。

 

 

 

「ってモモンと全然関係ないやんけー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

北東のメインストリートの工業地域。それもゴブニュファミリアに続く道を歩く男女2人がいた。男の方はドワーフ。肩に布で包まれたような特大剣を想起させるものを持っている。女の方はアマゾネス。ウキウキしてて陽気な振る舞いだ。胸はないが(いやそれがいい!)明るい出で立ちはとても魅力的でニコニコしてる表情はとても素敵である。

 

彼らはロキファミリアの団員。ガレスとティオナだ。モモンが残した大剣を調べてもらうためによく使わせてもららっている鍛冶系ファミリアへ向かっていた。

 

「ウル〜ガ〜ウルガ〜私のウルガ〜♪」

 

「はぁ・・・遊びじゃないんだぞ。全く」

 

ガレスはティオナに少し呆れていた。本来この仕事は一人でも事が足りるが、リヴェリアの捜索隊に入る予定だったティオナはガレスがゴブニュファミリアに行くと知って団長を説得し同行することになった。どのようにフィンを説いたかは分からないが、彼女の本音はどうやら頼んだ武器の進行状況を見たいらしい。それがガレスの眉を下がらせる。

 

「そういえばさぁ〜。その剣って魔法で作られてるのってホント?」

 

「・・・たぶんな」

 

それを調べるためにここを歩いてんじゃないかと彼は続ける。ガレスはこの武器が異質だと気づいた。重さや構造がチグハグすぎている。人が作ったものすら怪しい。そのためモモンが持つ魔法で作られているのでははないかと考えた。そうすれば、使い捨ての投擲武器のように投げ捨てるというのも理解できる。魔法で作ればもし壊したり、なくしたりしても失うのは自身の魔力のみだからだ。

 

「でもいいなー。魔法で武器作れちゃうならお金払わなくていいしー。鍛冶屋いらずだね!」

 

「ティオナ・・・。それをゴブニュのところで言うなよ。もう武器作ってもらえんぞ」

 

やばっと口を隠してしゃがむティオナ。その時、入り組んだ路地の影から一筋の光が見えた。段々と速度を増してこちらに近づいてくる。それは、人の瞳が日の光が反射したものだった。何者かが走ってこちらに来ているのだ。

 

「ガレス〜〜〜!」

 

その者は褐色の肌をした逞しい女性だった。特徴的なことに左目に革の眼帯をしており隻眼だ。彼女の名前は椿・ゴルブランド。ヘファイストス・ファミリアの団長。Lv5の冒険者だ。

 

「おお。椿じゃないか」

 

「おおじゃない!その武器はなんだ!?手前はそんな大剣を渡した記憶が無いぞ!」

 

そして、彼女はガレスと直接契約を交わしている上級鍛冶師だ。彼は彼女の作った武器しか使わせてもらえないらしい。可哀想。

 

「ん?勘違いしとるのか?わしの武器じゃないぞ。うーん。ちょうどいい椿にも見てもらおう」

 

ガレスは椿にこの武器のことを話した。どのように入手したか。どのように扱われたかを。そしてこの武器の異質な部分を。

 

「よし、わかった!工房に行くぞ!」

 

椿はこのグレートソードに興味を持ったようだ。詳しく見たいとのことでガレスとティオナは彼女の鍛冶場に向かった。

 

 

 

「うーん。これは・・・」

 

ここは椿の工房の中。先程まで鍛冶作業していたのか炉が温かい。そのせいか室内が少し暑かった。作業机の近くの椅子に座った椿は剣を持ってみたり、刀身をマジマジと観察している。時折、椅子から立ってグレートソードを振って重心を確かめている。そしてその顔はとても真剣だった。

 

「これは格好こそ良いが、ガレスの言う通り構造がデタラメだ。しかし、不思議と重心はバランス良く、切れ味もある」

 

不思議な武器だと彼女は言う。素材や見栄えに比べ、持ちやすさや重心の位置の取り付けは駆け出しの鍛冶屋が打った武器のように拙く作られている。これを作ったものは鍛冶屋としての知識がない者だ。まるで絵に描いた剣をそのまま作ったようにも見える。

 

だが、そんなことをお構いなしにこの剣は使える。剣は重心の位置がとても大事になる。特に片手剣の場合は顕著だ。そして特大剣の場合でも同じなことに変わりはない。このグレートソードは重心のバランスが悪い。でも手で持ってみるとそれを感じさせないのだ。さらに柄を握ると手に馴染む。不自然なほどに。

 

構造が歪なのに、使いやすい。ずっと武器に向き合ってきた鍛冶屋からするとこれはとても不気味なことだった。

 

「ガレス。コレを割ってもいいか?」

 

「・・・やはりか。では割ってくれ」

 

え!割っちゃうの勿体無いよ〜!と言うティオナを無視して椿は鉄床の近くにあったタガネと金槌を取りに行った。彼女はこれの正体を知りたくなった。武器をよく知るために一番効率の良い方法は割ることだ。割れた断面の組織を見ることで、どのように作られているか、何が入っているかがわかる。例えば、鋼ならば炭素の量や※折り返しの回数などがわかる。

 

※鋼をタガネで切り込みを入れて、折り返すこと。回数を重ねて鍛造するとリンや硫黄などの不純物が取れて良い鋼になる。

 

カーン!カーン!甲高い音がしてタガネがグレートソードに入る。彼女は柄と鍔のあたりから始めたようだ。やがてヒビが入り、ビキビキと音を立てて割れ始めた。

 

「なんだと!?」

 

椿は驚いた。彼女は鍔と刀身の一部を砕いたとこであることに気づいた。この剣の中身は全て同じ素材で出来ているのだ。金属の質感が違う鍔も柄も。そう、これはハリボテだ。ただ単に金属を型に流し込んで出来たものに色を塗った物だ。これはそういうものだったのだ。

 

だが、それだと説明がつかないことがある。振り回しやすく、使いやすいことだ。全て同じ素材で出来ているこの剣は重心の構造もへったくれもない。バランスが悪い上、重くて振りづらいはずなのだ。しかし、コレはそうではなかった。まるで魔法がかけられているように。

 

 

「すまん。手前じゃわからないことが多すぎる。他のところに聞いてみてくれ。あ、そうだ。主神様ならわかるかもしれない」

 

椿は落ち込んでいた。ガレスの力になれなかったからだ。そして自分の鍛冶屋としての経験が全く役に立たなかったことにとても不満をもった。だが、今の彼女の眼は力強い。おそらく未知の武具に触れて創作意欲でも刺激されたのだろうか。

 

「いや、手間を掛けた。またな、椿」

 

ガレスは椿に別れの言葉を告げる。彼女のところでモモンの武器について理解出来たことは”よく分からない”ということだった。それでも十分な収穫だ。相手は未知。冒険者の知識だけでは考えてはいけないということなのだから。

 

 

 

「じゃあ、次。ゴブニュファミリアいこっか!」

 

「はぁ・・・。お前さんはウルガが見たいだけだろ・・・」

 

椿の工房を後にしたガレスたちは複数の鍛冶系ファミリア。鍛冶神にさえも聞いて回った。だが、結局のところ、誰が作ったのかわからない。それどころか人間が作ったものすら怪しいという結論に至った。

 

そしてコレは椿が所属しているファミリアの主神。ヘファイストスによって”魔法”で作られているということがやはり真実だというのがわかった。

 

モモンは武器を作る魔法を使う。ガレス達の調査によってその可能性が判明した。

 

武器が魔法で作れるというのは厄介だ。無手を装って相手を油断させることもできるし、武具を持っていけない場所でも出現させられる。それに防具。特に全身鎧も精製できるとなると、変装して身分を隠すことができるではないか。もしかするとモモンは戦士ではないかもしれない。彼は前衛職ではない?ベートの決闘で見せた距離の取り方、そしてあの体捌きは後衛が行うものに近かった。魔法使い?盗賊?それとも治療師?更に、あの素人じみた剣技がその推測に拍車をかける。どうにもわからない。謎は深まるばかりだ。

 

 

「けったいな魔法じゃ」

 

ロキファミリアのホームで、自室で帰路についたガレスはため息を吐きながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

「ふぁ〜。サトルさん。僕もう寝ますね」

 

時刻は夕暮れ。ダンジョンから帰ってきたベルはそう言って、ベットに潜り込む。そしてすぐに寝息が聞こえてきた。彼は怪我もまだ治っていないところもあり度々の戦闘行為で極度の疲労に見舞われていた。ホームについて、すぐに睡魔に襲われても無理はないだろう。

 

 

「・・・今日のベルはすごかったなぁ」

 

 

鈴木悟はベルの寝顔を見ながら、今日の彼の活躍を思い出す。ベルは率先して何匹のもモンスターに攻撃を仕掛けて打ち倒していた。それもすごくがむしゃらに。出くわした怪物はすべてベルが倒した。正直、鈴木悟は出番がなかった。ついでに腰に下げた強そうな剣も。彼がやっていたことは魔石やドロップアイテムを拾うサポーターまがいのことだった。

 

「ベルは本当に強くなりたいんだな・・・」

 

もちろん、ベルがモンスターの攻撃によって危うい部分もあったが彼は見守った。強くなりたい。それがベルの願いだからだ。そのために手出しをしてほしくない。彼はそうは言わなかったが鈴木悟はベルの瞳からそれを読み取った。

 

今日も彼は優しかった。

 

 

「ただいま〜」

 

可愛らしい少女の声がする。バイトからヘスティアが帰ってきたのだ。

 

「おかえりなさい!ヘスティア様」

 

 

 

 

彼らは鈴木悟がダンジョンからの帰りに市場で買ってきたデーツやドライアップルなどの干し果物を食べながら、今日の出来事などを雑談していた。楽しいひと時である。

 

「あはは。それ面白い〜。あ、そうだ。ベル君が寝てるしちょうどいいよね」

 

「?」

 

今まで、談笑して笑っていた彼女の顔が真剣になる。

 

「実はサトル君に相談があるんだ」

 

相談。彼女からとはめずらしい。そして真面目な雰囲気から彼の顔つきもピシッとしてきた。ヘスティアの力になれるなら何でもする。今の彼はそう思っているだろう。

 

「ベル君は強くなりたいんだって。憧れの人と一緒に立ちたいから。ちょっと悔しいけど。いや、本当に悔しいけど彼の純粋な思いを応援したい。だから、手助けしようかなと思ってー」

 

鈴木悟は今日のベルの行動原理を理解した。彼がなぜ無理をしてでも経験をつもうとしたのかを。

 

「武器を贈りたいんだ。それもとびきり良い物を」

 

どうかなと彼女は鈴木悟に問う。そして、ヘファイストスのところなんかいいなぁ〜。と付け加えるヘスティア。彼女は人差し指を口に当ててあれもいいなぁ〜これもいいなぁ〜と可愛い仕草で考えている。それを見た鈴木悟はとびきりの笑顔で、

 

「いいですね!ベルも喜びますよ!」

 

快諾した。

 

鈴木悟はヘスティアの提案がとても良いものだと思った。彼の心はこれから贈り物をもらうベルの笑顔を思い浮かべ歓喜で満ちていた。

 

 

 

 

 

 

・・・だが、彼の心の奥底にざらつく感情がにじみ出てきた。嫉妬だ。羨みしさと妬みで出来た汚くドロドロとした汚れ。

 

なんで俺には何もしてくれないんだ。俺だってあなたから贈り物がほしいよ。あなたはなんで彼だけに優しいの?俺をもっと見て!見てほしいんだ!

 

それは彼が直視していない自分の思い。感情。ヘスティアを母に見立ててしまったが故に生まれてしまったモノ。

 

人間は理性で物事を理解して正しい方向に進もうとする。だが、感情は別だ。本能とは正直だ。嫌なものは嫌なんだ。そして、感情は時に理性を凌駕し全てを壊してしまう。また、それは己の感情と真摯に向き合わなければ崩壊する直前までわからないだろう。

 

鈴木悟は“大人”だ。自分の感情を隠すことに長けている。いや、そう強要されていた。そうしなければあの地獄で生きていけなかったのだから。

 

だから、彼は己の変化に気づけない。嫌な感情を押し込んでしまう。そう、気のせいだと。

 

静かに燃え始めた嫉妬の炎が鈴木悟の心の中で渦巻き始めた。

 

 

 

 

 

 

「でもヘスティア様。お金はどうするんです?お、俺に使ってくれたエリクサーの借金もありますし」

 

鈴木悟は武器の値段が気になった。ヘファイストスファミリアが打つような武器は上級冒険者が買う物で金額の桁が違う。駆け出しの冒険者は到底払える額でないはずだ。まして、借金持ちの極貧ファミリアでは話にならない。

 

「大丈夫だ!武器のお金はなんとかしてみせるさ!それに借金はモモンっていう怪しい人が払ってくれたからチャラだよ!」

 

ふっふっふ。ボクの神脈をなめないでくれ!とグーと親指を立てるヘスティア。しかし、借金を払ってくれた人が怪しい人呼ばわりとは失礼ではないか。そして、どうやら武器の調達はヘスティアの神友に頼るらしい。流れからするとへファイストスか。だが、ヘスティアは彼女の元で居候してて、あまりの堕落っぷりでここに追い出されたらしいが・・・大丈夫か?

 

彼女は無計画すぎて色々と突っ込みたくなる。

 

「・・・モモン?」

 

だが、彼には指摘する余裕がなかった。聞いたことのある名前が彼女から出てきたからだ。

 

モモン。彼の本当の名はモモンガ。かつての己が作った分身が彼の心を揺さぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの酒場の事件から5日後。

 

 

早朝のロキファミリアのホーム。『黄昏の館』の門の前が騒がしい。

 

「ベートさん!?」

 

門番の男が声を荒げてしまう。それもそうだ。五体満足で”生きた状態”のベートが目の前に転がっているのだから。身体こそ全く傷は無いが、服はボロボロだ。特に腰履きはひどく、脛の部分がちぎれ半ズボンになっている。そして、彼の彼の武装である足甲。フロスヴィルトはなかった。

 

 

意識を失っていたベートは団員たちにホームに運ばれ、治癒師のリーネに介抱されいた。ベートを見た彼女は率先して彼を看病すると手を挙げていた。正直、鬼気迫りすぎて他の仲間たちが引くほどに。

 

「ベートさん。よかった・・・」

 

自室のベットに寝かされているベートを見て彼女は大粒の涙を浮かべ泣いていた。リーネは余程、彼が無事に帰還したのが嬉しかったのだろう。いや、本当に嬉しいのだ。彼女はベートに好意を持っているのだから。

 

 

 

「う・・・。ここは俺の・・・」

 

 

数時間後。彼は目が覚めた。ベートは周りを見渡す。見慣れた光景。ここは自分の部屋だ。そして、自分の太ももに重みを感じる。長い黒髪でおさげの少女がもたれかかって寝ていた。リーネだ。ベートさん・・・と寝言を言う彼女の眼の周囲は赤く腫れている。

 

「なんで俺はここに・・・」

 

覚醒した彼はなぜここに自分が自室のベットで寝ていて、リーネがいるのかわからなかった。ベートの記憶は曖昧だった。

 

「ん〜。・・・あ!起きたんですね!」

 

うたた寝していたリーネが起きた。パチリと瞳を開けた彼女から自身の状況を聞く。なんと自分は『豊穣の女主人』でモモンと言う男と一悶着あった後、行方不明になってしまったらしい。団長はベートを敵方がダイダロス通りに誘い込んだモモンの追跡を防ぐための準備をしていたため誘拐だと判断したらしい。

 

だが、いくら探しても痕跡すら見つからず皆、諦めかけていたところだ。実際、リヴェリアは今日の捜索で見つからなかった場合、ベートを探すために募った団員を遠征の準備もあるために解散させよう思ったほどだ。そして仲間に迷惑をかけず彼女は1人で暇を見つけては探そうと思っていたらしい。そんなリヴェリアも彼がホームに帰ってきたときは安堵の表情を浮かべていた。彼が無事で嬉しかったのだ。もちろん他の幹部たちも同様だ。

 

 

 

 

 

 

「ベート〜。お前どこおったんや〜」

 

無事でよかったわ〜。と彼の肩をバシバシ叩く女神。意識が戻ったベートはロキの自室に呼び出されていた。

 

彼女とベートは他愛のないことを話し合う。それはベートが上の空で、茫然としているからだ。これから話すことについて、彼の意識をはっきりさせようと彼女は話しかける。

 

「リーネが心配して泣いておったで〜。この女泣かせめ〜」

 

「・・・うるせ」

 

憎まれ口が叩けるほどに彼の調子は戻ってきた。彼女の目から見てもベートはだいぶ安定してきたようだ。

 

「で、モモンは何者だったんや?」

 

ロキの糸目が開かれ、真紅の瞳がきらめく。彼女の態度は急変する。さっきのおちゃらけた感じから程遠い。緊迫した空気がベートとロキの間で流れる。

 

「・・・あいつは恐ろしいほどの魔法の使い手だ」

 

それも全ての魔法が無詠唱だったと彼は続ける。ベートはおぼろげな記憶からモモンの情報をロキに伝えた。魔法の種類が30を超えたところで数えるのを止めたとか。ダンジョンの奥深くの見たこともない場所で戦ったとか。武器や鎧を作る魔法を使うだとか。鎧を脱いだモモンが装備していた物がとても神々しいとかだ。

 

そしてモモンはおそらくLv7以上。強さはオラリオ最強のオッタルよりあるかもしれない。

 

「情けねぇ話だが、今の俺じゃあいつに勝てねぇ。奥の手の魔法でさえも意味がなかった。それでも必死に噛み付いて一発きついのをかましたけどな」

 

彼の魔法。『ハティ』。普段ベートはこの魔法の詠唱文が嫌いであまり唱えようとはしない。しかし効果は絶大で魔法使いを相手取るにとても有効だ。なにせ拳や脚に魔法の炎を纏わせ周囲の魔力を吸い取るのだから。放たれた魔法をも吸収してしまうのに魔法詠唱者のモモンはどうやってベートの魔法を攻略したのだろうか?

 

そして、ベートは自身の発現した内容に疑問を持つ。俺はあの幾多の魔法を回避して防げるのだろうか?あの無数の火の玉を。床全体を覆うほどの稲妻を。自身を襲う数多の意思を持った黒曜石の剣を。それらを躱してモモンに攻撃できるのか?いや無理だ。そして直撃を受けた彼は肉の塊さえ残らないはずだ。

 

だが、彼は生きている。無傷だ。おそらく威力は大したことなかったんだろう。と思うことにした。いや、そんなことはないだろう。エリクサーで治癒されたかもしれないし、“なにか別の方法”で肉体の損傷を治したかもしれないのに。ベートは自分のぼやけた記憶から都合のいいことを抽出して理解しようとした。そのことが彼を調子つけてしまう。それは慢心だ。なぜ自分がダンジョンの72層から帰還ができたか覚えていないのにそう考えてしまった。

 

「あ、そうだ。ロキ。ステータス更新してくれ」

 

ベートはあれだけの死闘を演じたのだから多大な経験値を詰めただろうと思った。最近伸び悩んでいた彼は今回は行けるはずだ。そのはずだ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあいくで」

 

 

ロキは針を指した人差し指で逞しいベートの背中に血を一線をなぞる。すると彼のステイタスが現れた。ランクはLv5。前に更新した時と同じだ。そして淡い青白い光が部屋を照らす。

 

ロキはベートが得た経験値を操りステイタスを更新しようとする。しかし、彼女はいつもやっている行為なのに違和感を感じた。彼が経験した物語は見えているのにそれらが淡いのだ。いつ消えてもおかしくない霞のように。そして、既視感のある彼の体験も溢れ出てくるではないか。過去の経験だ。彼女も見たことが無いものもあった。おそらくベートが前にいたヴィーザルファミリアで得たものだろう。

 

なんやこれ。なんやこれ。こんなん見たことない。これはベートが前にサシで飲んだときにこぼしていた『平原の主』ってやつか?そして次に見えるのは女の顔。ヴィーザルのとこで見たことがある。たしか副団長だった気がする。でもなんで見えるんや?モモンと戦いで関係あったんか?

 

彼女は疑問を覚えながら作業を終える。終えてしまった。

 

「っ!?」

 

ベートの背中をロキは見つめた。おかしい。おかしい。おかしいのだ。彼女は背中は冷や汗でグッチョリと濡れる。そして心臓の鼓動が早くなる。目の前の光景がロキをどうしようもなく不安にさせる。いや、もうそれは恐怖だ。恐ろしくてたまらない。

 

「ベート・・・。モモンになにされたんや・・・。なんで・・・なんで・・」

 

 

 

Lv1になってるんや。

 

 

 

Lv1。それは神の恩恵を受けたときに最初に現れるランクだ。そして本来ならば種族固有のスキルもあるはずなのだが、彼のステイタスには何もなかった。文字通りまっさらだ。

 

これはモモンの蘇生によるデスペナルティだ。その罰とはレベルダウン。幾多の死で彼は経験をすべて失った。そして幸運にも本来ならば蘇生に耐えきれず消滅するはずだったが、神の恩恵がそれを防いでくれた。腐っても神の力ということか。しかし、副作用まではできなかった。

 

ベートはロキの言葉に衝撃受ける。そしてそれと同時に体から力が抜けていくように感じる。それはとてつもない虚脱感だ。そして思い出してしまった。あの地獄での出来事を。

 

 

「お゛ぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛!」

 

 

彼はあまりに辛い記憶を呼び起こしてしまったために胃の中をびちゃびちゃ床にぶちまける。だが、すべての記憶が鮮明になったのにところどころ不自然にぼやけている。重要なことが思い出せない。例えばモモンの顔だ。

 

ーお前には魔法の検証に付き合ってもらう。

 

あの時、ベートが砕いたヘルムの中の顔がわからない。見えたはずなのに。あの印象的だった赤い眼光さえぼやけている。それどころではない。装備を変えたモモンは素顔を晒していた。なのにそこだけ白かった。例えるならインクの白で塗りつぶしたように不自然に純白だった。それがさらにベートの意識を揺さぶる。

 

「大丈夫なんか!?ベート!?」

 

ロキは彼が心配で床に倒れ込むベートの体を支える。目が虚ろだ。そして意識を失う前に一番大事な事を酸っぱい匂いがする口で何かを喋ろうとする。

 

 

おれは9588回殺された。

 

 

ベートはそのことをロキに伝えようとする。それは彼が死んで生き返ったということ。それも何度も何度も何度も。彼が無傷だったのは、蘇生で体が元通りになったからだ。モモンは自然の摂理に反することができるのだ。もはや、神ではないか。もちろん、蘇生魔法というのは存在する。だがその使い手の賢者は未だ成功していない。だから、それを確実に何度も成功させるモモンはあまりにも異常なのだ。そのことを伝えたいが、彼の言葉は息が絶え絶えでとても聞きづらく理解するのが難しかった。そして彼は気を失った。

 

 

「なんやこれ。なんやこれ」

 

吐瀉物の匂いで満ちた部屋でロキは狼狽えていた。おそらく、オラリオ史上。いや全世界で初めてのランクダウン。それは神の力を侮辱する行為。そして、超越者たる神々に干渉できる力。そんなのはありえない。たしかに、自分たちが神威を使えばランクを操ることもできよう。だがそんなことしたら、神界で一発でばれてしまう。だからありえない。ありえないのだ。でも実際に起きた。

 

ロキの頭は混乱で満ちていた。だが、彼女は聡明だ。なぜモモンはこんなことをしたのか。なぜベートを選んだのかを考える。

 

ベートは高ランクの冒険者。ランクダウン。恩恵を操る術。それは神をも恐れぬ所業。そして彼は生きて帰ってきた。しかしなぜ無事返した?意味がわからない。どうやってランクを下げた?なぜステイタスを更新する前は下がっていなかったのか?

 

あぁ、そうや。これは、

 

「・・・実験や」

 

それならベートの発言と噛み合うのではないか。何種類もの魔法を使ったのは試したかったのではないか?魔法は冒険者にとって奥の手だ。わざわざ大事な手の内を晒すのはおかしい。では初めて使う魔法ならばどうだ?覚えたてだから練習しようという風にも解釈できる。そしてこちらが本命。モモンの使う魔法の数がおかしい。普通ならば30以上の魔法は操れないはずだ。神の恩恵のスロットの容量を遥かに超えている。もちろんレフィーヤの『エルフリング』みたいにエルフの同族が使う魔法であれば詠唱と効果を完全に把握していれば使えるという例外もあるが、彼の話からすると別にエルフの使う魔法とかではなく規則性はないため、そのような感じでは無かった。ではなぜモモンは使えたのだろうか?

 

ロキは仮説を立てる。これにはランクダウンが関係しているのではないか?。ランクダウンで消えた経験値はどこへ行った?恩恵を操った術者が持っているのではないか?つまり魔法を恩恵ごとモモンは奪ったのだ。そして、今まで盗んだ魔法をベートで試したのだ。

 

また、ベートは魔法が使える。それもとてつもなく強力な魔法。それだけで接触してくる十分な理由はある。そして事が終わったから、ベートを帰したのだろう。殺さなかったのは強者としての余裕の表れか。Lv1では何の脅威でもないということか。

 

即ち、ベートは恩恵を盗まれた。ということ。それは超越者たる神々をあざ笑う行為。それと同時に恐怖である。その者は神でもないのに恩恵を操れるのだ。そう、神でないのに。

 

 

「恩恵盗みや・・・恩恵盗み!ベートは盗まれたんや!ワイの恩恵を!」

 

 

ロキは怒声をあげ、恩恵を盗んだと結論付ける。しかしそれは間違っている。

 

彼はただ単に蘇生のペナルティでランクがダウンしただけだ。モモンは魔法の検証をしただけ。それにベートを帰したのはステイタスの更新でランクが下がるのを知りたかっただけだ。その証拠に今、モモンはロキの隣で”視ているし聞いている”。

 

 

 

 

 

 

 

だが、結果的にはロキの考えはあながち間違っていなかった。

 

 

 

「なるほど、そのような結果になったか・・・」

 

だってロキの言葉を聞いたモモンが、

 

「恩恵盗み。そういう考えもあるのか・・・おもしろい。次は実際に奪ってみようか」

 

後に実行するのだから。

 

 

 

不可視の魔法を解き、ロキのホームから去った死の王は自分の手に嵌めた3つの光り輝く宝石をカシメた指輪を興味深く視ながら建物の影に消えていった。その指輪はシューティングスター。流れ星の指輪。どんな願いでも3つ叶う指輪だ。それを何に使うかはもうわかるだろう。

 

 

 

 

 

そう。そして、これこそが迷宮都市オラリオに住まう者を恐怖のどん底に落としいれ、震撼させた『恩恵盗み』の始まりだった。

 

 




さて、今回ベートくんはLv1になってしまいました。彼は今どん底にいます。ということは、これ以上下がらない。あとはあ這い上がるだけ。つまり何が言いたいかというとベートの強化フラグが立ちました^^

彼はこの小説の裏主人公にする予定です。ベートはモモンに勝てるでしょうか?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。