鈴木悟がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ピュアウォーター
北のメインストリートの最北端。そこから一つ外れた街路の脇に大きな屋敷がある。
その建物の外見は一言で表すと混沌。外観こそ赤い銅のような色で統一されているが、無秩序に増築と改修を重ねられた佇まいはとても異様である。だがそれと同時にファミリアが発展していった栄華の歴史を感じる。
ここはオラリオの屈指の探索系大派閥、ロキファミリアのホームである。その名を『黄昏の館』と言う。
時刻はもう朝なのか住んでいる者は朝食を取りに食堂に行く。主神の意向で大きな部屋で集まって食事している様は大手のファミリア故、眷属の人数が多く見るだけで圧巻である。そしてロキの趣味なのか、美人。とりわけ美少女が多い。見る人によっては目の保養どころではないだろう。
カチャカチャと食器と陶器の皿が奏でる音が聞こえる。食事も豪華とまではいかないがそれなりの物でありとても美味そうだ。しかし目の前のご馳走に歓喜し、談笑しながら食べる者はほぼいない。
暗いのだ。この食堂の雰囲気自体が。
いつもの光景ではない。もっと楽しんで食べるはずだ。違和感を覚える。
「ベートさん・・・」
エルフの少女。レフィーヤが不安でいっぱいな心の内を口からつい溢してしまう。
暗くなってしまうのは当然だ。昨晩から同じ仲間である眷属の1人が消息不明だからだ。
その今ここにいない彼。昨日、ベートは『豊穣の女主人』という酒場で一悶着があった黒い鎧を着た人物。モモンを追ってダイダロス通りで姿を消して以来見つかっていない。徹夜をしながら皆で探したが迷宮のような街並みは捜索を困難にさせた。結果として発見できなかったため今日も彼らは探すだろう。
そして昨夜、ベートがモモンを追いかけたことについて親指の疼きを感じたフィンがすぐに追跡をしようとした。しかし断言できないがおそらくモモンが服従させたモンスターに妨害された。用意周到である。これは計画的な犯行だと見ていいだろう。
つまり、ベートは誘拐されたのだ。これは恐ろしいことだ。彼はLv5の冒険者。オラリオでもトップクラスの実力を持っている。そう、持っているのにも関わらず連れ去られてしまった。いくら酒が入っていたといえ彼の武器である徒手は冴えていた。Lv3程度の力量に見えたモモンに遅れをとるはずがない。
漆黒の甲冑を着た人物。モモンは力を隠していたのか。それとも誘い出した先に伏兵を這わせていたのか。今となってはわからない。
それに彼を誘拐する理由もわからない。高ランクの冒険者であるベートを自分達のファミリアに引き抜くにしても主神であるロキの許可がなければ改宗できないし、彼は生粋の戦闘職だ。貴重なマジックアイテムや武器など作るための発展アビリティやスキルは持っていない。それと身代金目的ならばファミリアの規模からして、報復されて返り討ちにされてしまうはずだ。とくにかくも謎である。
これがフィンの頭をさらに悩ませる。
「・・・リヴェリア。ガレス。後で僕の部屋に来てくれ」
食器を動かす手を止めたフィンは付き合いの長い幹部2人を団長の部屋である自室に呼んだ。
「あのモンスターは一体何だったんだろうか。それに魔石がなかった・・・」
食堂から自室に戻ったフィンは昨日戦った黒い鎧を装備したスパルトイのようなモンスターに思案していた。初めて見るものだ。恐らく同じ種族であろうあの三体いた怪物には疑問が多くある。
まずは魔石が怪物の体内から見つからなかったこと。
これについては珍しいことではない。迷宮の外にいるモンスターは魔石が繁殖に連れて小さくなっていく。それこそ米粒程度の石もある。だから小さすぎて見つからなかったのだろうと推測できる。
だがそれだとあの強さには説明がつかない。自然繁殖したモンスターは迷宮産と比べ弱い。これは交配に連れて魔石の力を分散してしまうからだといわれ、実際に力も弱くなっていく。
あのモンスターは強かった。
黒いフランベルジェのような剣を振るう腕力はLv3の冒険者相当で、身の丈を覆うようなタワーシールドを構えた防御はとても巧みだった。特に防戦に関しては戦ったフィンとアイズ、ティオネを手こずらせる程だった。
それに本体も頑丈すぎる。アイズの魔法を込めた斬撃で倒れなかったのだ。階層主であるゴライアスを一撃で仕留められるほどの攻撃を耐えた。だが強烈な一太刀を受けた後はさすがに瀕死になっていたので簡単に小突いただけで倒せた。それでも驚異的な防御力である。
だからだろう。このモンスターはフィン達の足止めに使われたのだ。
そして剣と盾、鎧。血走ったように赤い筋が入った装備はまるで発展アビリティの持った上級鍛冶屋が作ったように鋭く、堅牢だった。
武器を持ったモンスター迷宮にはいるが、ダンジョンに生えている木などを使った自然武器で、人間が手を加えた物ではない。もちろん職人が作ったような刀剣を持つ怪物もいる。だがそれはイレギュラーだ。冒険者が落としたものを使っているに過ぎない。
あのモンスターはどうだろうか?装備は統一されていた。モモンが与えたものなのだろうか。禍々しい物だが人の意思を感じる武具だった。
しかし倒した後、調べようとしたが手に持った瞬間崩れてしまった。まるで死んだモンスターと一心同体のように。
ハッキリ言って冒険者の常識が通じないものだ。疑問点が多すぎる。
「正直よくわからない。それに・・・」
フィンはそのモンスター以外にも疑問を覚えていた。それはモモンが酒場に来た時に親指が何も反応しなかったことだ。
フィンの親指は彼を害する事や周りの仲間に危険が迫る時疼く。彼は右腕の親指に何度助けられた事か
こんな出来事が起こるにならば親指が反応する筈だ。だが彼が去るまでピクリともしなかった。
だから、ベートとモモンとの決闘を静観してしまったのである。彼は止めに入るべきだった。
「僕はこの指に頼りすぎかもしれない」
フィンは自分の右手を見て呟いた。
バタン。
扉の音がする。呼んだ2人が来たのだ。
「じゃあ始めようか」
彼らは情報を交換しあい、それぞれの役割を決める。
ガレスはモモンが持っていたグレートソードを鍛治系ファミリアに持って行き調査を。
リヴェリアは昨日と引き続きダイダロス通りの捜索と指揮を。
フィンは『豊穣の女主人』に出向きモモンの関係者であろうベートの罵りで酒場を急に出て行った2人を探る。そして見つけ次第、尋問する事になった。
ロキファミリアのベート救出の第一歩が歩み始めた。
「ふぁ〜。・・・足痛い。眠い」
鈴木悟は寝床から惚けた顔をしながら目を覚ました。筋肉痛なのか彼は自分の足をさする。
時刻はお昼よりちょっと前。普段の彼ならばとっくに起床している筈だが、昨日の深夜、ベルの捜索と大怪我したベルのためにポーションをミアハのとこから調達するため町中を走り回っていたため疲れて寝過ごしてしまった。
「でも良い夢見た気がする・・・」
スカッとした・・・と彼は続ける。疲労は取れていないが夢見は良かったようで彼の機嫌は良かった。その夢の内容というのは憎い狼人をボコボコにする暴力的で恐ろしいものだったが。
「あ。サトルさん起きてたんですね。おはようございます」
声が聞こえた方を向くとソファに座って食事をしていた包帯だらけのベルがいた。
彼は昨日重症を負ったのだが、その痛ましい姿とは裏腹に彼は元気そうだ。ヘスティアの懸命な治療が効いたのかミアハのポーションが良かったのか。とにかく彼は動けて食事をできるほど回復していた。
「昨日は迷惑かけてすみません」
「そうだ。すっごく心配したんだからな・・・」
鈴木悟は憤慨していた。だが彼の表情は不安と安堵を感じさせるものだった。
もしベルがモンスターに右腕を食われたら。もしベルの左目が潰れてしまったら。もしベルが死んでしまったら。取り返しのつかない事になったら俺はどうすればいい。でもそうならなくて良かった。そう感じてしまうような顔つきだった。
ヘスティアはもうすでにバイトに行ってしまいもう教会地下室にはいない。彼らは2人で食事していた。
「ベル。今日は休もうな」
「サトルさん」
ベルは遅い朝食をとっている鈴木悟に声をかける。その声色はとても真剣だった。
「今日もダンジョンに行きます」
「ベル!何を言っているんだ!?安静にしないと!昨日大怪我したじゃないか!?今日は休も・・・」
鈴木悟はベルの眼を見た。その瞳は熱情を込めている。彼は絶対にダンジョンに行くだろう。
「僕・・・強くなりたいんです」
強くなりたい。それはオラリオにいる冒険者なら誰でも思うことだ。深層のモンスターを倒すほど強くなり高ランクの冒険者になる。そして町の人々からは賞賛の声や持ち帰る魔石によって大金が手に入る。想像するだけで気持ちがいいだろう。それはもはや駆け出しの冒険者にとって憧れや羨望と言っても良い。
だが、ベルからは裕福になりたいとか人気者になりたいなど俗な感情が見られない。彼は純粋に強くなりたいのだ。まるで誰かに追いつきたいように。
鈴木悟はベルの瞳からそれを読み取った。そして彼を止めることは無駄だと理解した。
「はぁ・・・無茶はするなよ?」
そして彼はベルのわがままを受け入れた。その時の鈴木悟の表情はとても優しかった。
彼らはダンジョンに行くために装備を整える。ベルはやはり傷が治りきっていないところがあるらしく防具を着るのがつらそうだった。しかし、それでも彼は気合で留め金のベルトをきつく締める。
「サトルさん。あの剣はもっていかないんですか?」
「剣?」
ベルに指摘され部屋の片隅にあった漆黒の長剣に鈴木悟は目を配る。彼がダンジョンで拾った剣だ。そのはずだが、鈴木悟の記憶にはなかった。朝起きたらいつの間にかあったのだ。いや、記憶ある。おぼろげに夢の中で振り回していたような・・・。その夢では、別人のように剣を扱っていた。まるで精密機械のように。
違う。夢なんかじゃない。俺はコレを知っている。
鈴木悟はこの剣を知っていた。これが自分の物だということも。だが、彼にはそれ以上のことはわからなかった。そのことについて、彼は正直、不気味だと感じた。
最近、記憶があやふやだ。昨日、ミアハ様のところからポーションを取りに行く時、道を迷ったと言うのは嘘だ。正しくは酒場から出たベルを追いかけてからの5時間くらいの記憶がない。”気づいたら”『青の薬舗』に立っていた。不思議なことに、ベルの傷の具合や何が原因なのか、何をすべきなのかはわかっていた。だからなおさら焦った。意識が戻った途端、急に大事なことが知らされるのだ。焦燥してしまうのも無理はないだろう。そしてこの剣はその記憶がない間に手に入れたものだと思う。少し気味が悪い。俺は何をしていたんだろうか?
でも、良い剣には違いはない。迷宮攻略では役に立つだろう。だから、彼は長剣を手に取り腰に挿した。
ダンジョンに向かう準備は整った。鈴木悟はホームの出入り口へと向かう。扉に手をかけた時、何かを思い出すように彼の動きは止まった。
「あ、そういえばお金払ってないや」
『豊穣の女主人』での食事代を支払いを思い出した。酒場を飛び出したベルを迎えに行った後払うつもりだったが、ベルの治療やらなんやらで忘れていた。勘定しなければタダ飯喰らいだ。それは犯罪だ。
だから彼らはダンジョンに向かう前に『豊穣の女主人』を伺うことにした。
「「え!もう支払われているですか!?」」
昨日食事した酒場を尋ねたベルと鈴木悟は驚いた。『豊穣の女主人』の女将に代金を支払おうとしたところ、もうすでに代金は頂いていると言われたのだ。
「だ、誰にですか?」
当然、支払ったお人好しの人物が気になる。だから、鈴木悟はそれが誰なのか聞いた。彼のことだ、探して支払った分の金額を渡したいんだろう。
「おや知り合いんじゃないんかい?黒い甲冑着た人だよ。確か名前はモモンと言っていた気がするねぇ」
「モモン・・・」
鈴木悟はその名を聞いた時、頭のなかに引っかるものがあった。大事な、それでいて親しみのあるような名前だった。本当に大切な者の名前。そして何かが足りないような気もする。
モモン。俺はこの名前を知っている。でも誰なのかわからない。しかし、この名前には欠けているものがある。それだけはわかる。モモン・・・モモン・・・モモンガ。そうだ。彼の本当の名前はモモンガだ。
だけど・・・なぜ俺は彼の本当の名前を知っているんだろうか?
カランコロン。
鈴木悟がモモンについて思案していた頃、準備中であるはずの『豊穣の女主人』を訪れる者いた。
「ミアお邪魔するよ」
その者は金髪の端正な顔をした男性のパルゥムだ。彼の名はフィン。ロキファミリアの団長だ。
「おや、タイミングが良かったようだ。ロキ」
そして、彼の後に続いて店内に入ってくる人物がいた。いや神物か。
「幸先良すぎるで!フィン〜」
彼女の名前はロキ。ロキファミリアの主神だ。フィンは彼女が持つ神特有の能力が尋問にこの上もなく適しているためにここに連れてきた。
「ほな、早速やりますか」
その能力とは、人の嘘を見抜けることだ。神の前では人の感情など丸裸になってしまう。
さぁ、彼女の真紅の瞳に鈴木悟はどのように映るのだろうか?
ここ数ヶ月仕事が忙しくなってしまい執筆の時間が取れませんでした。楽しみにしている方遅れて申し訳ないです。
一応、大まかな話の流れは最後まで出来てますので気長にお待ち下さい。
ちなみに原作の5巻。黒いゴライアスのところで終わる予定です。