鈴木悟がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ピュアウォーター

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4話目は書きたいことが多すぎて長くなってしまったので、できてる部分を投稿し、前編と後編に分割しようと思います。


今回はオリ階層が出てきます。注意。

2017/9/18 アンデッドに精神系魔法が効かないところ直しました。


2017/9/19 ベートの口調改変。アンデッドの精神安定化の部分改変。運命の説明部分改善しました。


一万回死ぬ予定の狼 1

「生きてる」

 

ミノタウロスに腹を突き破られた痛みで気を失っていたベル・クラネルは、目を覚ました。

 

周りを見渡す。

 

そこには飛び散った血と赤く湿った床があり、その床の上に魔石があった。

 

あの後、第一級冒険者が倒してくれたのだろうか?いくら駆け出しにしては才能のあるLv1のサトルさんにミノタウロスの相手は荷が重いだろう。

 

だからミノタウロスを倒したのは彼じゃない筈だ。

 

 

 

 

ベルは鈴木悟を庇ってできた傷跡があっただろう場所を触る。

 

ベルの胴体にできた大穴は何事もなかった様になかった。

 

しかし服は破け、血で染まっている。

 

それはミノタウロスの剛腕による暴力の証だった。

 

その証はポーションでは完治は難しい傷だった。もしかしてエリクサーでも使われたのか?

 

もし、それを僕に使ったのなら、その冒険者はぐう根も出ないお人好しである。それとも・・・

 

「後で代金請求されたらどうしよう・・・」

 

霊薬の値段はとてつもなく高い。駆け出しの冒険者では到底払えるものではない。

 

故に彼は救ってくれた冒険者がお金に寛大な人であることを願った。

 

「あ、そういえばサトルさんは?」

 

彼の周りには血溜まりと魔石しかなく、鈴木悟の姿はなかった。

 

「どこにいるんだろう」

 

静寂が辺りを包む。

 

 

 

きっとサトルさんはどこかにいる筈だ。あの人は僕より数倍強い。1人でダンジョンに潜っているにしても大丈夫だろう。

 

それに助けてくれた冒険者と一緒にいるかもしれない。

 

 

 

 

それならなぜ自分を一緒に連れってくれなかったのか?

 

この場にいないと言う事はベルを見捨てたのではないか?

 

 

 

 

 

 

鈴木悟はどこかで死んでしまったのでないのか?

 

 

 

 

 

彼はその事を考えない。

 

ベルは鈴木悟が死んでいるという最悪の事態を想像しようと思わなかった。

 

彼はあの日。オラリオに来る前にいた村の出来事を思い出す。

 

おじいさんと暮らしてたあの村を。

 

彼のおじいさんは魔物に襲われて崖に落ちてしまったという。遺体を見ていないため、生死は不明。だが絶望的な高さだった。

 

そして村人みんなからは死んでしまった。諦めなさいと言われた。

 

唯一の家族が死んだ事は幼少のベルにとってはとても辛い事だった。

 

だから、親しい人が死ぬのは許容できなかった。

 

 

 

サトルさんとは1カ月も一緒にいなかったが、彼との時間はとても楽しかった。

 

色んな事を彼に話して、彼からもいっぱい話してくれた。

 

例えば彼が前に住んでいた場所。

 

そこではインターネットというものが広がってて知りたい事はなんでも見れたらしい。文字や歴史、文化、娯楽までもが誰でも享受できた。

 

その反面、実際に体験できる事はほとんどないと言う。サトルさんが果物を齧って泣くほど喜んでいたのは記憶に真新しい。

 

 

喜怒哀楽の豊かな人だった。

 

謙虚で頭も良くて強い人。

 

もし僕に兄ちゃんがいたらサトルさんみたいな人が良いなぁ。

 

 

 

 

 

「案外近くにいたりして・・・」

 

ベルは鈴木悟を探すべくダンジョンを探索しようと思った。

 

その時、視線に動くものが映った。

 

サトルさんかな?

 

彼はそこに目を向ける。

 

 

 

 

迷宮は薄暗く視界が悪かった。そのためか、その影が人間にしては大きすぎるとベルは気づけなかった。

 

 

 

「サトルさーん!っひ!?」

 

 

 

牛の顔が現れる。

 

 

彼が鈴木悟だと思った人影は、モモンガから逃げたミノタウロスだった。

 

そのミノタウロスはベルに気づいた瞬間、まるで怨敵を見つけたかのように獣声をあげて彼に突っ込んできた。

 

「ブモモオオオオオ!」

 

「ひぃいいいい!」

 

殺される!と思った瞬間。ミノタウロスの身体に銀色の線が見えた。

 

その線は次第に赤くなり、そこから勢い良く血が吹き出る。

 

ベルは目の前にいたために、大量の血を

かぶってしまい真っ赤なトマトの様になってしまった。

 

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 

彼はまたもや血塗れなってしまったがそんな事はどうでも良かった。

 

目の前に美しすぎる天使がいるのだから。

 

それがベル・クラネルと剣姫。アイズ・ヴァレンシュタインの出会いだった。

 

 

 

 

 

「うぁああああああああ!」

 

しかし、彼は好みすぎる女性にどう接して良いかわからず、緊張のあまり逃げてしまった。

 

それはちょっと残念な初対面であった。

 

 

 

 

 

 

 

「あははは。トマト野郎に逃げられてやんの(笑)」

 

 

アイズは同じロキファミリアの団員であるベート・ローガに少年に逃走された事で笑われていた。

 

「何で・・・」

 

「そう落ち込むなよアイズ〜」

 

慰め?の言葉をかけて彼は颯爽と下層から湧き出たミノタウロスを狩る作業に戻った。

 

だが、アイズにはその言葉と嘲笑は頭に入らなかった。

 

彼女は目の前にある物に対して動揺していたのだから。

 

「何でこれがあるの?」

 

それは血と魔石、ミノタウロスのドロップアイテムだった。

 

ミノタウロスの角。私じゃない誰かが倒した証拠。

 

 

それを見たはずのベートは疑問を抱かなかった。全てLv5のアイズが始末したと思い込んでいたからだ。そして彼は壁が死角になって見えなかった。あの"裂け目"が。

 

 

 

アイズは壁にできた大きな裂け目を見る。それはどこまでも深かった。どこまでも。どこまでも。

 

そしてダンジョンは悲鳴をあげているように壁を修復しようと蠢く。

 

「一体誰が・・・」

 

 

 

 

それはモモンガの《現断》によって作られたものだった。

 

 

 

アイズはある目的を達成するために強くなりたかった。強さに憧れてた。

 

彼女は力の求道者だった。

 

なのにこの戦跡は"求めていた強者"が行ったというのにアイズを震えがらせる。

 

壁のクレバスはおそらく斬撃。魔法ではないだろう。いや、魔法なのかもしれない。そしてオラリオ最強のLv7のオッタルにはここまで深く破壊する事はできないだろう。

 

「これをやったのはLv8・・・いやもっと高ランクの人・・・」

 

Lv7以上の存在。それは未知なる力を持った者。

 

 

 

その深淵はアイズに疑念と恐怖を植え付けた。

 

 

 

 

 

ミノタウロス掃討に参加しなかったロキファミリアのメンバー達は八階層から七階層に上がる階段付近にいた。

 

団長のフィン。

 

武器を失ったアマゾネス姉妹。

 

魔法使いの女エルフ2人。

 

 

フィン以外の彼らはモンスターの追撃に向いてない団員だった。

 

 

武器を失っただけの前衛であるティオネとティオナはまだしも、後衛の魔法使いのエルフ達はモンスターに襲われたら大変だろう。さすがに上層では遅れをとると思わないが"もしも"ということがある。

 

ダンジョンでは何が起こるかわからないのだから。

 

そのためフィンはそのメンバーに残るように命令した。

 

 

 

 

階段を上る途中。

 

フィンは七階層から壁つたいに降りてくる人影に気づいた。

 

茶色いローブと金属製のガントレットをつけていて顔には赤いマスクをしていた。肌が見えない。体格からして男だろう。

 

彼の格好はとてもちぐはぐで奇妙であった。

 

冒険者だろうか?

 

ダンジョンにいる人間はほとんどが冒険者である。それ以外の者がいるのは自殺行為だ。

 

しかし、フィンには彼が冒険者には見えなかった。彼に対して親指が疼きだしたのだから。

 

 

 

「遠くに行かなければ・・・遠くに・・・」

 

彼はブツブツと何かを喋っている。どこからか逃げてきたようだ。

 

「あんた大丈夫?」

 

フィンが気になっていた様子だったために団長ラブなティオネは彼に近づき声をかけた。

 

「ち、近寄るな・・・」

 

彼の発した言葉は拒絶。それも弱々しかった。それに壁を支えにして歩く様は体のどこかが悪いのだろうか。怪我でもしたのだろうか?

 

 

「大丈夫?怪我でも「ティオネ!!」いひっ!」

 

フィンが彼女の名前を呼んだ。ティオネはいつもならそれだけでとても嬉しい事なのに怖がってしまった。それはフィンの顔が今まで見たことのない形相だったからだ。

 

「彼の言う通りにしろ」

 

「は、はぃ・・・」

 

ティオネは団長の指示に対して素直に従う。

 

「呼び止めてすみませんでした。先を急いでください」

 

フィンの額からは冷や汗が吹き出ており、目の前の存在の機嫌を損なわれないように取り繕うっている様子だった。

 

【勇者】フィンはLv6。オラリオではトップレベルの冒険者だ。そんな彼がおどおどと弱者のように、顔色を伺う事は珍しい事だった。

 

 

 

「ぁ・・・ぁぁ」

 

対して気遣われている人物の容態は体中をガタガタ震えていて、いつ倒れてもおかしくない状態だった。

 

だが、次の瞬間。ローブをまとった男性の体の震えがピタっと止まり様子が変わる。雰囲気が先程と違う。

 

「っ!?」

 

フィン達は警戒する。

 

 

 

「ああ。気遣い感謝する」

 

その男性は壁から手を離し威風堂々と立ち上がる。

 

彼の醸し出す雰囲気は病人のような状態から強者に変わった。威圧的でまるで王者のようだ。先程の様子はなんだったろうか。

 

そして彼はダンジョンの奥深くに消えた。

 

 

 

 

 

「団長〜うわ〜ん〜ごめんなさい〜」

 

団長のフィンに激しい感情をぶつけられたティオネは情緒不安定感になり泣いていた。

 

「ティオネ。さっきはすまなかった」

 

フィンはうずくまっているティオネの頭を撫でる。すると彼女は顔を緩ませながらケロッと機嫌が直った。

 

「んふふ〜〜♡団長〜〜♡」

 

彼女の目はハートになっていた。恋する乙女は単純である。

 

 

 

エルフの魔法使いで団長と同じロキファミリアの幹部であるリヴェリアがフィンに先ほどの行動を尋ねてきた。

 

「さっきはどうした。フィン。お前らしくなかったぞ?」

 

「これを見てくれ」

 

そう言ってフィンは手袋を外し右手を差し出す。彼の親指は危険を察知すると震えだす。フィンは何度もそれに助けられ生き残れた。今回も彼の親指に動きがあったみたいだ。

 

しかし彼女は疑問に思う。

 

なんだろうか?ただ見ても震えるだけの親指があるだけだと思うのだが・・・

 

それを見た瞬間、リヴェリアの目は驚きの色で染まった。

 

 

「これはっ!?」

 

それは内出血で紫色に変色し、あり得ない向きに曲がっている親指だった。

 

折れた親指。これは異常である。

 

彼の指は脅威に対して震えるだけで折れたことなど一度もない。

 

「こんな事は初めてだ。指が震えるならまだしも折れるなんて・・・アレはヤバイ」

 

指が折れる。もし親指に人格があるとするならば、それは立ち向かうことや逃げる事を放棄し死を選んだという事だ。

 

自死を選ばせてしまうほどの存在。それは人知を超えた者。超越者であるオーバーロードだったのだからしょうがない事である。彼の力を図ろうとしたならば当然の事である。

 

 

もしローブをまとった男性の不興を買っていたらこの場にいる全員が死んでいただろう。

 

親指が折れた事で目の前の危険を察知していたフィンの行動は正解だった。

 

 

 

 

彼らは気を取り直して階段を上る。

 

 

 

 

「さっきの人の声・・・」

 

ーどこかで聞いいたことある。

 

ティオナはその声にデジャブを感じていた。

 

それはあの日、胸の無い私を魅力的だと言ってくれた人。

 

神様達が着飾る時に着るような服をワンランク下げたようなものを纏った極東の青年の声だった。

 

 

 

 

 

 

モモンガはダンジョンの深層より奥深くにいた。階層を覚える余裕がなかったため何階層だかわからない。

 

途中、でかい芋虫や植物のツタを持ったモンスターなどが襲ってきたが【絶望のオーラⅤ(即死)】で全て魔石に変えた。

 

 

「遠くへ・・・」

 

それに階層を覚える必要はない。彼はベルから離れればなんでも良かったのだから。

 

 

あの時、オーバーロードになった鈴木悟を襲った変化は恐ろしいものだった。それがベル・クラネルから離れる原因になった。

 

 

 

それは自分の体が人外へと変わった事か。

 

ーああ、そうだ。

 

アンデットの特性である精神抑制が働き、心までもが人間でないという事を突きつけられた事か。

 

ーそれもある。

 

自分の股間が未使用で無くなってしまい、彼が"真の魔法使い"になってしまったことか。

 

ーそう・・・そうだ!!!うわー!!!ベルに先越される・・・しかもあいつモテるからなぁ。この間ギルドでエイナさんとイチャイチャしてたし。

 

・・・悔しい!(憤怒

 

俺だって青春したかった!そして初めてのできた彼女とデートしてその後ホテルで・・・

 

あ、今は骨だわ。ねぇわ。"アレ"

 

うわー(絶望

 

 

 

 

 

童貞の醜くて悲しい妄想は置いといて、

 

 

 

彼がベルがいた場所から去った原因はモモンガに設定された"カルマ"だった。

 

カルマ−500。それは極悪を意味する。

 

魔王ビルドに雰囲気的にも必要だったそれは彼の精神に影響を与えた。

 

それがもたらしたのは価値観の変化。

 

人間がどうでも良い存在に思えてきたのである。親しい人までもが。

 

その辺に転がる石や雑草。それがモモンガにとって人間という認識である。

 

ちなみにベルは雑草の中から芽生えた白い花だった。

 

 

仮に彼がこの世界に初めてきた時からオーバーロードであれば人間達をそういう者だと思いながら接することができただろう。

 

だが彼はここにきて知ってしまった。愛を。家族を。

 

想像してみてほしい。愛すべき夫や妻、恋人、友人。そして目に入れても痛くないような自分の子供がある日突然、どうでもよくなるのだ。それも強制的に。

 

そう思いたくないのにそう思ってしまう。

 

それに恐怖を感じてしまわないだろうか?

 

鈴木悟はとても感じた。

 

 

だからこそ彼は小枝をへし折るようにベルを殺してしまわないよう遠くに離れようとした。

 

 

 

 

「ここなら大丈夫だろう」

 

モモンガの周りには朽ちたマネキンのような物がたくさんあった。

 

 

ここはダンジョンの七十二階層。ピグマリオンの居城。

 

 

倒されてもまた立ち上がってくる無数の人形達が襲ってくる恐ろしい階層だ。

 

それを操る階層主を倒せば不死の人形は動かなくなるが、無数の肉壁に囲まれ突破するのは困難だ。

 

しかしモモンガはいとも簡単に階層主を魔石に変えてしまった。

 

 

「それなりに強そうなモンスターだったみたいだが時間対策を講じてないとはな。やはりここはユグドラシルとは違うな」

 

彼が行ったことは第10位階魔法《時間停止》。タイムストップで時を止め、《魔法遅延化》をかけた《現断》を至近距離で叩き込み魔石を砕くというものだ。それはどんなモンスターでも絶命するような攻撃だった。

 

 

 

 

 

「誰にも邪魔はされない場所だ。ここは。」

 

彼は自分にある魔法をかけようとしていた。

 

それは第10位階魔法《記憶操作》。コントロール・アムネジアである。

 

そのためベルから離れており、記憶をいじる間自分を害する者がいない場所を探していた。

 

なぜ自分にその危険な魔法をかけようとしているのか?その答えは簡単である。

 

彼は"スキル"によって自身がオーバーロードになっていたことを知っていたのだ。

 

もちろんスキルの内容も。

 

だからベルを瀕死に追いやったミノタウルスと対峙した時、モモンガの姿を強く求めた。

 

その結果がこれだ。彼は骸骨の化け物になってしまった。

 

 

 

あの日。ヘスティアから恩恵を授かり、教会の地下室を血まみれにして宿屋で一夜を明かした日。

 

ミアハに治療された彼の体は覚醒していなかったが脳は起きていた。そして聞いてしまった。

 

彼女がベルに鈴木悟が持っているスキルに対して説明と警戒することをお願いしたことを。

 

それに彼らの鈴木悟に対する態度は腫れ物を扱うような感じだったため何か隠しているのはバレバレだった。

 

しかし、鈴木悟はこの身に起きた事に対して隠し事されたことは不快には思わなかった。

 

だってそれは鈴木悟を心配して行っていることなのだから。

 

だから、むしろ彼らの嘘は鈴木悟にとっては心地良かった。

 

それに彼は社会人であり大人である。その気遣いに対してあれこれ聞いたりするのは空気が読めない人がやることだ。

 

空気が読める彼はずっと隠し事に気付きながらも黙っていた。それが"カッコいい大人"だからだ。

 

 

「【ユグドラシルの住人】の効果は三つ・・・」

 

 

・自身のアバターに近づく。

・その姿を求めるたび効果は上昇。

・基礎アビリティに補正。

 

 

 

モモンガは2番目の項目に着目した。

 

その姿を求めるたび効果は上昇。

 

ということはその姿を求めなければ骸骨にならずに済む事では無いのか?

 

ならば自身の力を否定すればいい。それだけのことで良い筈だ。

 

だが彼には出来なかった。人生をかけて作ったこのアバターは鈴木悟そのものだ。捨てることなど出来ない。せっかく積み上げたものだ。愛着だって沸く。

 

そして、彼の心にはユグドラシルへの執着心がこびりついていた。その憑き物は記憶を消さない限り取れないだろう。

 

だからちょうどよくモモンガが覚えていた《記憶操作》を使おうとした。

 

否定できないなら記憶を消せば良い。忘れれば良いと彼は考えた。

 

この世界では現実に合わせて魔法が変質している。効果は未知だ。危険かもしれない。

 

でもやるしか無い。俺はオーバーロードなんかになりたくない。人間でいたい。あそこへ帰りたい。教会の地下室に。

 

家族の元へ帰りたい。

 

ヘスティア様に会いたい。

 

 

 

 

 

母さんに会いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「《記憶操作》」

 

何もおこらない。

 

それもそうだ。アンデットには精神系の魔法やスキルは効かないのだから。

 

「やはりか。ならば」

 

至極当然のように納得したモモンガは"虚無"からクラッカーのようなものを取り出す。

 

「完全なる狂騒。これを使えば魔法が効くはずだ」

 

完全なる狂騒。使用するとアンデッドのみに精神系魔法が効くようになるアイテムだ。

 

モモンガはパァン!とクラッカーを鳴らす。彼の体は精神安定の効果がなくなったためか、急激な精神変化で体をぐらつかせる。

 

「ぅ・・・これはきついな。でもこれならばいけるはずだ」

 

彼はもう一度、魔法を唱える。

 

「《記憶操作》」

 

 

鈴木悟の記憶がモモンガに溢れ出てくる。

 

「あああああああっ!」

 

記憶の奔流は彼の精神をガリガリと削る。普通の人ならば発狂してしまうのに彼はヘスティア達の元へ帰りたい思いで耐えた。

 

「遡れ!遡れ!遡れ!遡れっ!」

 

彼は記憶の海を搔きすすむ。ユグドラシルという名前を消し去るために。

 

 

 

 

 

【ユグドラシルの住人】はアバターの力を求めれば効果を発揮する。

 

その力を持つ存在を細かく認識できるほど再現ができ、恩恵を授かることができる。

 

しかし、ユグドラシルの記憶が無ければ意味をなさない。

 

モモンガの導き出した記憶を消すという答えは正しかった。

 

 

 

だが手順が間違っていた。

 

《記憶操作》を使ったのは悪手だったのだ。

 

もし彼がレベルダウン覚悟で超位魔法の《星に願いを》使えば・・・いや使わないだろう。

 

だって"レベルが勿体無いじゃないか"。

 

彼はきっとそう思うだろう。

 

 

 

 

鈴木悟達がミノタウロスに襲われれた日の夜。ヘスティアファミリアのホーム。教会の地下室にベルとヘスティアはいた。

 

彼らの表情は暗い。

 

ベルは鈴木悟がダンジョンから帰ってこなかったことを悔やんでいる。

 

ヘスティアは鈴木悟のこともそうだが、ベルにスキルが発現していたことに頭を悩ませていた。

 

そのスキルは《憧憬一途》。それはロキファミリアのアイズ・ヴァレンシュタインに恋い焦がれて発現したものである。

 

その効果は相手を想うほど強くなるというもの。

 

実際にステータスの伸びはとても良かった。

 

そしてその相手とは自分では無い女性。それもヘスティアが嫌いな無乳女神の眷属ときた。

 

彼女は悔しかった。

 

ボクのベル君がヴァレンなにがしに染め上げられちゃうよぉ〜。それもロキのとこのやつに〜。それにサトル君だって帰ってこないし〜。

 

彼女の心はちょっとぐちゃぐちゃだった。

 

 

「ねぇ神様。サトルさん帰ってきませんね」

 

「ああ。でも彼はきっと帰ってくるよ」

 

ヘスティアは空元気を出して望み薄いことを言う。

 

もう鈴木悟がダンジョンに入って数時間もたって時刻は夜を指している。普通ならば死んでいると考えるのが妥当だろう。

 

しばし重く暗い空気が流れる。

 

「あ。これ助けてもらった冒険者さんに使ってもらったポーション?なんですけど知ってます?神様」

 

ベルはふと気づいたように鞄の中から水薬の空き瓶を取り出す。

 

その空き瓶はガラス工芸の名だたる職人が作ったように美しかった。

 

「綺麗だね〜。これ高そうだね・・・!?」

 

「ですよね!?やっぱこれ高価なものですよね!?」

 

ヘスティアは気づいてしまった。この綺麗なガラス瓶に入ってた液体は、おそらく・・・

 

「エリクサーだと・・・!?」

 

エリクサー。あらゆる万病を治す薬。値段は今のヘスティア達には到底払えない額だ。その冒険者に請求されたら借金地獄だ。

 

それに霊薬ならミアハの治療で使っている。しかも特別なやつ。

 

奇しくもエリクサーに縁があるファミリアである。

 

 

「ベル君!どうしよう!お金がない!あはは!」

 

「あははって!笑ってる場合じゃ無いですよ!」

 

2人は自暴自棄気味になっていた。

 

 

 

ギギ・・・

 

地下室を開けるドアの音がする。こんな遅くに誰かが尋ねるなんて珍しい。もしかしてベル君にエリクサーを使ってくれた冒険者!?

 

「神様!」

 

「あわわわ」

 

その冒険者と思われる人物はドアを開ける。暗闇から次第に室内の光に照らせられ風貌が明らかになってきた。

 

「あれ?2人とも変な顔してどうしたんですか?」

 

なんとドアを開けたのは"鈴木悟"だった。

 

 

 

 

その後、彼らは無事を確認し合い安堵した。

 

 

 

「ヘスティア様。今日もステータス更新をお願いしてもいいです?」

 

鈴木悟はベルが殺されかけたミノタウロスと対峙した後、気を失っていつの間にかダンジョンの一層にいたと言う。

 

服と防具がズタボロだったために彼は牛のモンスターから命からがら逃げてきたんだろう。

 

Lv2相当の怪物と戦ってLv1の冒険者が倒せなくても生き残ったのだからちょっとした偉業だ。

 

それに彼はステータスの伸びで悩んでた。均等にそれなりに高い数値で上がっていたのだが、いくら剣を素振りしても上昇値は変わらなかった。

 

いくら努力しても変化がなくてつまらない。

 

それが彼の心境だった。

 

だからミノタウロスと対峙したという経験が【神の恩恵】に変化をもたらすので無いのかと考えヘスティアに更新を頼んだのだ。

 

 

 

「じゃあやるよ」

 

いつも通りに鈴木悟はソファにうつ伏せなった。

 

 

 

背中が光りだす。この光は鈴木悟の心を安らげる。それはまるで母親の胎盤にいるような感覚だった。

 

 

 

 

「っ!?」

 

ヘスティアは驚愕した。

 

鈴木悟に新たなスキルと新たな"発展アビリティ"が発現していたのである。

 

また!?なんで!?

 

彼女の心は疑問でいっぱいになった。

 

 

 

 

 

 

 

スズキ・サトル

 

Lv1

 

力 :F 325→C 600

耐久:F 325→C 600

器用:F 325→C 600

敏捷:F 325→C 600

魔力:F 325→C 600

 

超越者: I → C

 

運命: I

 

 

《魔法》

 

【マジックアロー/魔法の矢】

 

・第一位階魔法

 

 

《スキル》

 

【ユグドラシルの住人】

 

・自身のアバターに近づく。

・その姿を求めるたび効果上昇。

・基礎アビリティに補正。

 

【覇王に至る道】

 

・アビリティ【運命】の発現。

・【運命】に補正。

・この世界を支配するまで効果は持続。

 

 

鈴木悟のステータスに問題が3つある。

 

一つは基礎アビリティの上昇値が高すぎること。これはまぁいい。それほどミノタウロスと対峙したことが大変だったのだろう。でもやっぱりこの上がり方は異常だ。

 

二つ目は発展アビリティ【超越者】の値が伸びた。いくらステータスを更新しても変わらなかったというのに。

 

正直効果は現れてないのかわからないし、実害はないので気にしないでおこう。うん。それが良い。

 

 

三つ目、これが一番の問題だ。

 

発展アビリティ【運命】の発現とそれの原因のスキル。

 

 

彼に新たに発現したこのアビリティはヤバイ。それを支えるスキルの名前もそうだが、世界を支配するまで持続するという効果は馬鹿げている。

 

世界中を支配するなんて我々、神でも難しいというのに。

 

彼は本当に何者なんだ。

 

このスキルが発現するということは彼の人生に関係することだ。

 

と言うことは・・・

 

 

 

 

 

その時、鈴木悟の浮かび上がったステータスに一本の光の線が泳いでいた。

 

それは次第に形作り赤い文字を作った。

 

 

 

 

 

 

"この者は己を否定した。だが覇者たるお前はこの運命からは逃れられない"

 

 

 

 

 

 

 

赤いお告げは現れた後すぐに掻き消えた。

 

 

ヘスティアは動揺した。ものすごく。

 

あの赤い文字。あのシンボルの色と同じ色。

 

怖い。彼は運命に操られ覇王になってしまうのか。なぜそんな運命を背負わなきゃいけないんだ。

 

彼はそんなこと望んでないだろうに。アレにだってそう書いてあった。その運命を否定したって。

 

ボクが守ってあげなきゃ。

 

 

 

「はい。ステータスシート出来たよ」

 

そう言って鈴木悟に紙を渡す。ヘスティアは眉間に手を当てていて疲れているようだった。

 

「お!ステータスの伸びが凄い!やった!」

 

鈴木悟は年甲斐もなくはしゃいでいた。

 

「あとアビリティのとこに二つの項目が増えてますね?。超越者・・・?運命・・・?よくわかんないですけど」

 

「っ!?」

 

ヘスティアは先程の出来事に意識がいっていたのかうっかりと鈴木悟のステータスが書かれていたアビリティとスキルの欄を消し忘れていたのだ。

 

まずい!スキルの項目が見られちゃう!

 

彼が知ったらまた・・・!

 

 

「お!スキルも二つ増えてますね!やった!片っぽ名前が物騒ですけど。それと・・・」

 

その時の鈴木悟の表情は何か難しいことを考えているような顔だった。

 

「1番目のスキルの名前なんですが、」

 

 

ヘスティアは息を飲む。

 

 

 

 

「"ユグドラシル"ってなんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

彼は前にいた世界の事を殆ど忘れていた。

 

 

特にユグドラシルのことを。

 

 

 




オリジナル発展アビリティ【運命】についての説明。

まずこの単語の意味は英語の"Fate"です。


つまり彼はどうしようもできない運命を背負ってしまったということです。


効果について。

このアビリティを持ったものは人生を矯正されます。その矯正の仕方は個人個人でかわります。

例えば、自分を導く妖精が見えるようになったり、偶然にも王の選定の剣を抜いて王になったり、竜の血を浴びて無敵なったりです。

千差万別なので何が起こるかわかりません。

鈴木悟にはどんな効果がでるでしょうか?

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