鈴木悟がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ピュアウォーター

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今回捏造が多いかもしれません。特にミアハファミリアは多いです。注意。





追記。誤字報告機能と言うものがあるのを皆さんのお陰で初めて知りました!ありがとうございます!それとほぼ初めて書いた小説に感想とお気にい入りこんなに来て困惑と嬉しさで一杯です。感謝!


追記。2017 9/18 ヘスティアの一人称と一部の文章を直しました。


死者の覚醒

ここは西のメインストリートを外れた路地裏にミアハファミリアのホーム。『青の薬舗』がある場所だ。そのホームの室内に男性が1人いた。彼はとても難しそうな顔をしていた。

 

その男性は医神ミアハ。医療を司る神の一柱だ。

 

ミアハは先日のヘスティアファミリアでの出来事を思い出す。

 

「あれは一体なんだったんだろうか」

 

医療を携わるものとして常識を覆すことがあった。いや、あれは例外なのか?それとも・・・

 

 

 

 

「彼はなぜ死んでなかったのか?」

 

 

 

 

彼は先日診た患者の容態に悩んでいた。

 

 

 

 

 

机の上にあるトレーに入った見たこともないプラスチックの塊や金属の部品に視線を向ける。

 

それらは人間の臓器の形をしたものもあった。これらは機能もおそらく実物同様であるだろう。

 

もちろん珍しい物だが、神である私には再現することも難しくはない。さらに冒険者の中でも神秘を極めた者ならば作れるだろう。

 

だがこれらには恩恵や神の力といったものが感じられない。まるで人間が長い時間をかけて掻き集めた技術の粋のようだ。

 

「これは一体なんだろうか?」

 

ミアハの中で素朴かつ、摩訶不思議な出来事に疑問が芽生えていた。

 

 

 

 

時は遡る。

 

 

 

 

昨晩の夜が深くなった時間。ベルはミアハファミリアのホームを訪ねていた。

 

 

 

 

玄関の扉をドンドンと叩く音が聞こえる。何事かと思い、私はその音が鳴る場所へ向かった。

 

こんなに遅くになんだろうか?急患か?

 

「ミアハ様いらっしゃいますか!返事をしてください!」

 

ヘスティアファミリアのベル・クラネル君の声だ。どうしたんだろうか?お産か!?まさかヘスティアが妊娠したのか!?相手は誰だ!?ベル君か!?ヤったなヘスティア!?

 

「やぁ、ベル君。どうしたんだいこんなに遅くに?もしかしてヘスティアが妊娠したのかい!?」

 

「いひっ!妊娠って!違いますよ!」

 

ベルは顔赤くしながら否定した。

 

「そんなことよりも!」

 

やはり違ったのか・・・なんだろうか?

 

「助けてください!サトルさんが!サトルさんが!」

 

彼の表情は焦りと不安の色に染まっていた。

 

 

 

 

事情を聞いた私はベル君と一緒にヘスティアファミリアのホームへ向かった。

 

スズキ・サトルという人物の容体は、ベルの説明では原因はよくわからなかったが全身血まみれ。体は穴だらけらしい。

 

重症だ。

 

念のためポーションの他、無断で"特別なエリクサー"を持ってきたが使うことでないことを祈ろう。使ったらナァーザに怒られること間違いない。

 

想像したら・・・ヒィ!

 

でも必要なら使うしかあるまい。

 

 

 

ミアハは道端でもしも時があれば怪我を癒して欲しいと冒険者にポーションを無償で配るとてもお神好しな神物である。

 

そのため優しいミアハはベルの深夜の時間外診察という無茶な願いを無下にはしなかった。

 

そしてその道の一柱であるため、医療のことに関しては折り紙つきである。

 

ベルがミアハに助けを求めたことは、鈴木悟の容態を考えると、医神の性格も含めそれは正解だった。

 

 

 

 

ベルと私がヘスティアファミリアについた頃、神友であるヘスティアは自身のホームの玄関前でうずくまっていた。

 

「神様〜!ミアハ様を連れてきました!」

 

ヘスティアはその声に反応して顔を上げた。その顔は涙でボロボロだった。

 

普段の彼女から考えられないような状態から私は狼狽した。これは本当に危険な状態かもしれん。

 

「ミアハ〜!頼む彼を、彼を助けてくれ!」

 

泣きすぎたのか彼女の目元がとても赤かった。

 

「ボクには何もできなかったっ!だからっ!」

 

ヘスティアの体はとても小さく弱々しくみえた。そして彼女は何も出来ない自身の無能さ故に震えていた。

 

「わかった。案内してくれ」

 

彼女のこんな姿を見るのは初めてだった。私はヘスティアの友だ。彼女のためになるなら助けたい。

 

 

 

私は教会の地下室に入る。

 

むせるような血の匂い。そしていたるところに飛び散った血痕があった。

 

なんだここは?まるで誰かが殺し合いをした後みたいじゃないか。

 

そして部屋の真ん中にできた血溜まりに仰向けの状態で彼。スズキ・サトルはいた。

 

私はサトルに近づき脈を測る。

 

「脈がない・・・」

 

続いて彼の胸に耳を当て心音を聞く。

 

「何も聞こえない・・・」

 

自分の指を彼の鼻当てる。

 

「息をしていないのか」

 

 

それらが表すことは彼は死んでいるということだった。

 

 

 

鈴木悟は死んだ。

 

 

 

 

死因を確定するために私は彼を診察する。

 

胸に開いた穴を見た。いろんな傷を見てきたがこういう傷はあまり見たことがない。

 

まるで内側から何かが破け出たようだ。

 

「これか?」

 

私は周り散らばっていた血まみれの金属の管が伸びた部品のようなものを手に持った。

 

これを体に埋め込んでるのか。私でも初めて見る物だ。

 

私はそれが埋め込まれていただろう彼の胸の穴に指を突っ込み触診した。

 

クチュクチュ。と嫌な音を立てながら探っているとあることに気づいた。

 

彼には肺がないのである。

 

肺がないとは・・・彼はここに来るまで元気だったというが。

 

彼の口元付近にあった透明の何かに視線を向ける。

 

これは肺の形に似ている。

 

もしやするとこれらの散らばって部品は臓器なのか?

 

彼は一体何者なんだ。これら一体・・・

 

 

 

 

 

「ミアハ。サトル君はどうだい。助かりそうかい?」

 

考察にふけっていた私はヘスティアの声に意識を戻される。彼女の方に顔を向ける。

 

ヘスティアの顔はとても不安そうだった。

 

「彼は・・・」

 

私は言い止まってしまった。おそらく彼はヘスティアの数少ない眷属だろう。真実を言うのは辛い。

 

「彼は死んだ「ヘスティア様・・・」でない!?」

 

私は驚きのあまり声が裏返ってしまった。

 

なんと彼が喋ったのだ。喋るはずもないのに。

 

「あ、ありがとうございます・・・私はこれで・・・自由に・・・家族を・・・」

 

「サトル君!」

 

幻聴ではなかった。彼は生きている。助けなければ。すぐさま行動に移さねば。

 

私は貴重なエリクサーを彼に惜しげもなく使った。

 

彼の傷は塞がり、血の気が引いた顔色はいくらか戻った。そして脈を。心音を。呼吸を測る。

 

なんと正常な状態域まで戻ったではないか。

 

私は安堵した。しかし・・・

 

「ナァーザに怒られるだろうなぁ・・・」

 

鈴木悟の治療に使われたエリクサーは通常とは違う物だった。

 

医療系ファミリアなどで買う事ができる一般的なエリクサーは命さえあれば死に至るような傷までも治ってしまう代物だ。

 

しかし、魔物に足を食われたり、手が溶かされたりして治る部分が無ければその部位は戻る事はない。

 

そしてミアハの持って来た治療薬は鈴木悟が"失った臓器達"を人工内蔵を移植する前に戻す事ができた。

 

 

 

それは本当に"特別なエリクサー"だった。

 

 

 

彼に使ったエリクサーはミアハファミリアのとある団員が腕を失うという取り返しのつかない出来事があり、ミアハはもうこんなことが起きないように、戒めで作ったものだ。

 

そしてその団員を治すための物でもあった。

 

 

 

ミアハは先ほど使った薬の空瓶を見て感慨にふけっていた。

 

ーやはり、あのエリクサーは私が作った物の中でも久しぶりによくできたと思う。

 

当時のミアハは神の力を使ってでも彼女の傷を治せる霊薬を作りたかった。だが彼のファミリアは貧乏であり、求める材料は高価でとても買えなかった。

 

奇跡が起きたというべきか。

 

偶然にも神友たちにミアハがついポロっと弱音を吐いてしまったところ、次々と予想以上に貴重で上質な素材が寄付された。

 

良い素材とミアハの神業で作られたそれは足がなくなろうが、目が潰されようが、爆散しようが命さえあればぶっかけたり、飲み込んでしまえばたちまちに治ってしまう部位欠損上等な霊薬ができてしまった。おそらく他のエリクサーよりすごく良い物だ。

 

ミアハはその団員であるナァーザに使ってもらおうとしたが彼女は断固拒否。

 

「もう私はこんなに素晴らしい義腕があるのだからミアハ様は心配しなくても良いです」

 

それよりも高い値が付きそうですし売っちゃいましょう!と言われてしまった。

 

それは自身の義腕をディアンケトファミリアから買うために作った借金で火の車であるミアハを気遣ったことであった。

 

ミアハは彼女の気遣いに気付いていた。知っていた。

 

彼女は霊薬が置いてある棚をよく見ていた。

 

エリクサーを見る彼女の眼は後悔や期待の混じった色をしていたのは記憶にある。

 

彼は彼女の苦悩を知っている。

 

だが、それ"でも"だ。

 

知っているが助けられる命があるのならば助けたい。何よりも目先の命。

 

 

彼はそういう性格だった。

 

 

故にミアハは落ち込んでいた。

 

「はぁ・・・ナァーザに殴られる」

 

「あの霊薬はそんなに高価なものなのかい?」

 

眷属である鈴木悟を助けてもらったヘスティアは恐る恐る価値を聞いて見た。

 

ミアハはヘスティアに金額を耳打ちする。

 

「・・・うひぃっ!まじですかいな・・・」

 

ヘスティアはあまりの値段に険悪な仲である無乳の女神の口調が出てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あそこは血溜まりで寝床にするのは辛いだろう」

 

私のホームに今日は泊まると良いとミアハは言った。

 

「ミアハ。君には本当に感謝している。それにとてつもない恩ができた。ありがとう」

 

ヘスティアは真剣な顔だった。

 

「でもミアハのホームにお邪魔するのは流石に君の眷属にも迷惑だろう。恩知らずすぎるから今日は宿を取るよ」

 

「そうか、わかった。なぁに君との仲さ。また頼ってくれ。あとこれは貰っておくよ」

 

手土産みたいなものもできたしなと手を振ってミアハは紙袋を持ちながら自分のホームに帰っていった。

 

「ありがとう〜!ミアハ〜!この恩は一万年掛かっても絶対返すよ〜!」

 

ヘスティアは全身を使って彼を見送った。

 

「そういうわけだから今日は宿に泊まろうか。ベル君」

 

ベル君にまだ覚醒していないサトル君を背負ってもらいながら宿を目指す。

 

 

 

 

「ねぇ神様。サトルさんの背中から出たあの赤い光はなんだったんでしょうか?」

 

宿に向かう途中ベルは素直な疑問をヘスティアに尋ねた。

 

赤い光。禍々しくおどろどろしいあの光。

 

正直ヘスティアはあまり思い出したくなかった。

 

「多分、良いものではないだろうね」

 

ヘスティアはあの惨状を引き起こした原因の目星はついていた。

 

 

 

おそらくあの”レアスキル”だ。

 

 

【ユグドラシルの住人】

 

彼にアバターの事を尋ねた時、この惨状を引き起こしてしまった。

 

もしかしたらその言葉がスキル発動の引き金かもしれない。

 

そして、あれがサトル君の体をあんな風にしたんだろう。何がレアスキルだ。あんなことになるのならなかった方が良かったのに!

 

彼がこんなにも苦しい思いをするなら【神の恩恵】なんてあげなければよかった・・・

 

 

 

ボクは悲しい。

 

 

 

 

【神の恩恵】はその者の所属するファミリアの神が望めば解除する事ができる。だが、ヘスティアは鈴木悟に自ら刻んだ【神の恩恵】を取り消そうと思わなかった。

 

それはミアハの言った言葉で考えたことである。その言葉は、

 

 

"彼は死んでいるはずだった。"

 

 

今の彼はこのスキルによって生かされているかもしれない。もし【神の恩恵】を解いたならスキルは消滅し彼はまた死んでしまうかもしれない。

 

解放してあげたいのに、それをしてあげる事ができない。

 

ヘスティアはジレンマに陥っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

スキルの発現には個人差がある。あるものは戦闘に長けたもの。あるものは傷を癒すもの。そしてあるものは呪うもの。

 

どのスキルも自分にとってメリットがあるものが多く、デメリットがあるものもある。だがそのデメリットが原因で死ぬほどの大事になることはとても少ない。

 

スキルはその者の人生で経験したことや望んだことに由来する。例えば釣りばかりしていると釣りのスキルが発現し、占いが上手くなりたいと思えば占いのスキルが芽生えて来る。

 

そして恋をすればそれに役立つ便利なスキルが出て来ることもある。

 

故にデメリットはスキルが基本的には保持者を助長するものだから自己に及ぼす利点を超えない。

 

例外として、自己犠牲をしたくてたまらない者がいれば真逆の話に変わるだろう。

 

 

 

 

では【ユグドラシルの住人】はどうだろうか?

 

実はこれはユグドラシルをプレイした者は誰でも発現する可能性があるスキルである。発現条件の緩さから珍しいものではないだろう。そのプレイヤー達が【神の恩恵】を受けられればの話だが。

 

その効果はユグドラシルに魅了された者ほど影響がある。

 

そして鈴木悟はそのゲームにほぼ全てを捧げた廃人プレイヤーだった。

 

そのためか。

 

あの日、彼の体は不死者。アンデッドであるオーバーロードに近づいてしまった。

 

オーバーロードである彼に必要な体は自身を構成する体のみであり、ユグドラシルでない日本で作られた臓器達は拒絶反応を起こしてしまうほど異物だった。

 

だからこそか、それらは鈴木悟の体から排出されたのである。

 

もしもの話だが、彼の種族がオートマトンなど機械種族であれば人工臓器は取り込まれていたかもしれない。

 

そして不死者であるため致死の傷を受けて心臓が止まろうが呼吸できなかろうが意識があったのだ。そもそも臓器が動く必要などないのだから。

 

 

 

ちなみにこのスキルを鈴木悟と同じように、ユグドラシルを経験出来るあの荒廃した世界から来た人間が手に入れたらどうなるのか?。

 

プレイヤーの多くは貧困層だ。皮肉だが生きるために埋め込まれた人工臓器が排出されてしまい致死に至る傷を負ってしまう。

 

その関係で再生能力がある、もしくは必要ないクラスか種族の持ったアバターか、そもそも移植が必要ない富裕層はこの力を存分に使う事ができる。

 

鈴木悟は前者だった。

 

 

 

 

彼に起きた出来事に話を戻そう。

 

 

彼は不幸中の幸いというべきか、アンデッドになりかけた中途半端な鈴木悟の体は"生者"と"不死者"の性質を持っていた。

 

ミアハがエリクサーで治療できたのは生者の性質を持っていたためである。

 

彼が完全にオーバーロードになっていたらエリクサーで大ダメージを受けていた。

 

鈴木悟は死者から生きた人間に戻る事ができたのだ。それは奇跡だった。

 

 

もしミアハが"あのエリクサー"を作らず、治療を受けなければ彼はやがて肉体が腐り、生者を憎むアンデットになっていただろう。

 

そして超越存在である神々とは異なった新たなる"超越者"が生まれてしまったら、迷宮都市オラリオは戦火に見舞われ消え去っていただろう。

 

これは運命か。それとも誰かの手の内で踊らされているのか。

 

彼は何をこの世界にもたらすのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「本当に君は可哀想なやつだ。せっかく家族になったのに死にかけるなんて」

 

ヘスティアは宿屋のベッドに横たわった鈴木悟の頭を優しく撫でていた。彼女の顔は慈愛と自責、悲しみが感じられた。

 

「せっかく君と出会えて喜んでたのに。可愛いボクを心配させて悲しませるなて罪なやつだ」

 

ヘスティアの眼は涙で潤んでいた。

 

 

 

「だからボクを置いていかないで。サトル」

 

 

 

彼はまだ目を覚ませず、何も喋らない。

 

だが、その時のヘスティアには意識を失っているはずのサトルが頷いているように見えた。

 

 

 

 

「神様ー。シャワー出ましたよー」

 

ベルは血塗れの鈴木悟を担いでいたためにひどく汚れていた。

 

ヘスティアもそれなりに飛び散った液体で汚れていたが、ベルの方がカピカピですごいことになっていたので先にシャワーの順番を譲っていた。

 

 

 

 

 

ザァー。

 

 

シャワーの音が小さい浴場に鳴り渡る。

 

 

あれは彼に関係するものだったのだろうか?

 

ヘスティアはシャワーで赤い汚れを落としながらあのシンボルの事を考えていた。

 

そのシンボルとはアインズ・ウール・ゴウンのギルドサインの事だ。

 

それはとても異質であり、私達を表す象徴が持っているような神々しい感じは全くしなかった。感じられたのは正反対の私達を憎む何かだった。

 

ヘスティアファミリアの象徴である竃のシンボルが侵食されるように現れたそれは恐怖を禁じ得ない。

 

私達の子が私達の子じゃ無くなるようだった。

 

「サトル君は一体何を背負っているんだい」

 

あの日もっと詳しく聞くべきだったと後悔した。

 

もう詳細には彼にユグドラシルのことは聞けないだろう。

 

だって、それがサトルの体を蝕んでしまうかもしれないからだ。

 

 

 

 

 

「神様。おやすみなさい」

 

「待ってくれベル君。彼について話がある」

 

ヘスティアは就寝しようとしていたベルを呼び止めて鈴木悟が持つスキルの内容や発動条件について推測だが話した。

 

彼女はそのスキルについて注意するようにお願いをした。

 

「わかりました。今後はサトルさんにユグドラシルのことは深くは聞かない。特にアバターに関しては厳禁。でいいですね?」

 

彼はヘスティアのお願いを聞き入れた。

 

 

 

ベルはヘスティアとの会話で初めて鈴木悟にスキルが発現している事を知った。

 

しかも"レアスキル"だ

 

 

ベル・クラネルにはスキルは発現していなかった。そして冒険者である彼はスキルが欲しくて堪らなかった。

 

そして、鈴木悟にスキルが発現したことに嫉妬の感情を抱いた。

 

けれど、それは最初だけだ。

 

ベルがその話の途中から鈴木悟に感じたことは哀れみだった。

 

 

 

 

 

「ではおやすみなさい。神様」

 

ベルは2度目の就寝の挨拶をしてベッドに潜っていった。

 

 

ヘスティアも寝ようと思って割り当てられた自分のベッドに向かう。

 

ふと鈴木悟の様子を見る。

 

彼はうつ伏せに寝返りをしていた。

 

背中丸出しだ。シャツを着ていたため恩恵は見えない。

 

彼女は鈴木悟の恩恵が気になった。

 

そもそもアインズ・ウール・ゴウンのギルドサインが浮かび上がった時からか、彼女はあまり見ようとも思わなかった。

 

そのシンボルが怖かったからだ。

 

 

「どうなっているのかな」

 

鈴木悟の上着を恐る恐るめくって見ると、

 

 

 

そこにはヘスティアのシンボルである竃の模様があった。

 

 

ーあった。ボクが刻んだ恩恵が。

 

 

「はぁ〜。良かった。本当に」

 

 

ペタンと脱力したヘスティアは安心したためか、力尽きて鈴木悟が横たわっているベッドで夜を明かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

もにゅ。

 

鈴木悟は柔らかい何かに頭挟まれながら目を覚ました。

 

柔らかい。プニプニしてる。

 

これは、

 

 

 

オッパイだ!OPPAIDA!!

 

あ!あ^〜!

 

 

初めて味わう乳房の柔らかさに戸惑いながらも顔を埋めながら、鈴木悟は堪能してしまった。

 

意外な事に、それについて彼が感じたことは、性的な興奮では無く母性だった。

 

「・・・お母さん」

 

その温かさは物心がつく前から死んでしまった母親が与える事ができなかった感情を引き起こす。

 

ヘスティアの心臓音が聞こえる。その鼓動は生きる力を与えてくれるように心地よい。

 

人との温もりを直接感じる事がなかった彼はとても満たされていた。

 

 

 

ちなみに彼の状況を第三者から見るとロリ巨乳にバブみを感じるいい歳した大人である。そういうお店かな?

 

バブみがわからない人は検索しよう。(ヤメテ

 

 

 

 

「ってそんな場合じゃない!」

 

「うわぁ!」

 

彼はガバっと身を起こした勢いでヘスティアを起こしてしまった。

 

鈴木悟は周りを見渡す。

 

床。壁。扉。それら全て見覚えのない物だった。

 

「ここは・・・っ!?」

 

彼は動揺していた。目の前にいたヘスティアが涙目だったのだ。

 

「うわーんーよがったー」

 

ヘスティアはすがりつく様に鈴木悟に抱きつく。

 

「うわぁ。ヘスティア様どうしたんですか!?」

 

彼女は鈴木悟の問いかけ答える余裕もなく泣きじゃくっていた。

 

 

 

ああ、そうか。俺は死にかけたんだった。

 

 

彼は昨日の出来事を思い出す。

 

 

 

「俺は死んでないのか」

 

 

 

その言葉は偶然にも彼がこの世界に来た時に呟いた事と同じだった。

 

ただ一つだけ違う事があった。

 

その声は喜びの色に染まっていたのだ。

 

 

 

 

 

覚醒した鈴木悟はヘスティアに気絶してる間の事を教えてもらった。スキルの事を除いて。

 

 

鈴木悟は、その話で自身が色々とヘスティアたちに迷惑をかけてしまったことがわかった。

 

ミアハと言う神にすごい薬で治療されたこと。自分の起こした出来事のために宿屋に払ったヘスティアファミリアにとって高いお金。

 

そして彼が一番気にしたのは、恩恵を受けた場所である地下室が殺人現場の様になってしまった事だ。

 

彼は義理の堅い人間である。恩を返さねば気が済まないタイプだ。

 

 

そのためには色々やる事はあるが、とりあえず・・・

 

「まず掃除しよう」

 

彼は血溜まりと格闘する事に決めた。

 

 

 

3日後。

 

「フンーフフーンフーン」

 

不器用な鼻歌を歌いながら鈴木悟はモップを巧みに操り床を綺麗に磨いていく。

 

「これで終わり!」

 

あの殺人現場の様な地下室は見違える様に綺麗になっていた。

 

さすがに時間が経ってしまった血の汚れは完全に取れなかったが。

 

 

 

「手伝ってくれてすまない。ベル君。俺がやるべき仕事なのに」

 

「気にしないでください!それにサトルさんは病み上がりじゃないですか」

 

3日の間、元気になった彼はお礼を言いにミアハの下へ訪ねたり、頑固すぎる汚れと格闘していた。ベルはずっと彼の付き添いや手伝いをしていた。彼は優しい人だ。

 

 

 

「明日ダンジョンに行こう思ってるんですけどサトルさんはどうします?」

 

「ダンジョン?」

 

それは鈴木悟が散々耳にした言葉だった。何せ、彼はダンジョンの製作に携わった事があるのだから。しかしそれは仮想現実での出来事で現実ではない。

 

現実のダンジョンというのはどういうものだろうか?

 

「サトルさんはダンジョンのこと知らないんですか?」

 

ベルにダンジョンについて簡単な説明をしてもらった。

 

意外な事に魔物がいてそれを神の恩恵を受けた冒険者が倒し、迷宮の奥を探索するというまるでゲームの様な内容だった。

 

魔物が落とす魔石はギルドという場所で換金でき冒険者の主な収入源になっている。深い階層の魔石ほど価値が高くなるらしい。

 

さらにレベルやスキル、魔法などもあるらしい。それらは恩恵によってもたらされ、超常の力を冒険者は宿すという。

 

本当にゲームみたいだ。

 

もしそうなら彼はパーティーを組んだりしているのかな?

 

「誰か一緒に迷宮に潜る人は・・・」

 

鈴木悟はベルを見る。彼の目はすごく泳いでいた。

 

ぼっちか。前の俺と同じじゃないか。

 

ダンジョンの狩場でひたすら1人で稼いでいた事を思い出す。あれはもはや作業だった。

 

「もしかしてベル君は1人なのかい?」

 

「ええ」

 

先程の話によると、彼は駆け出し冒険者らしい。ソロで潜るのに有用なスキルや経験は持っていないだろう。もしものことがあれば、やり直しができるユグドラシルと違って死んだらお終いだ。なら・・・

 

「俺も冒険者になるよ。そしてベル君とパーティーが組みたい」

 

「いいですか!?」

 

俺がどれだけサポートできるかわからないけど、いないよりマシだろう。それに、

 

 

ニートだしなぁ〜

 

 

 

彼はこの世界に来てずっとヘスティアたちに養われ続けている。社畜であった彼はそのことが耐え難かった。

 

 

 

 

 

「ダメだ!君は行っちゃダメだ」

 

「神様・・・」

 

鈴木悟は冒険者になる事をベルと一緒にヘスティアに話を持って行った。結果はこの通りだ。

 

なんでだろうか?理由を尋ねてみると。

 

「だって!っうぅ〜」

 

ヘスティアは言い止まり、説明をしなかった。彼女はとても気まずそうな顔で不安がっていた。

 

なるほど、そういう事か。

 

日本人ある鈴木悟はそれなりに空気を読む事が得意である。

 

人(神?)の感情に機敏である彼はヘスティアが何を言おうとしているのか分かっていた。

 

彼女は俺がまた死にかけるのではないかと危惧しているのだ。

 

本当に優しい神様だ。本当に会えてよかった。

 

 

 

だが、その心配はダンジョンと言う危険な場所に潜るベルにも当てはまる。

 

鈴木悟はヘスティアに彼がパーティーメンバーがいない事やそれについての危険性を話す。

 

「た、確かにベル君のためにも必要だ。サトル君が冒険者になる事を認めるよ」

 

ベルの事を引き合いに出したらすんなりと話は通った。彼女も彼が1人でダンジョンに潜るのは心配だったらしい。

 

ちょっとの間、彼女は何かを考えている様な渋い顔で言葉を切り出した。

 

「じゃあサトル君。ステータスの更新をしようか」

 

ステータスの更新。それはダンジョンに潜る冒険者にとって必要な事である。

 

【神の恩恵】は刻んだだけではほとんど意味をなさない。更新をして初めて超常の力を得るのだ。

 

ヘスティアには苦渋の決断だった。あのスキルの為か、何が起こるかがわからなく、彼がまた苦しい思いをするかもしれないからだ。

 

だが、更新をしなければベルと違って生身に近い鈴木悟は1階層でもキツイだろう。

 

【神の恩恵】を刻んで数日しかたっていないからステータスの変化は微々たるものだろう。でも少しでも上昇していればベルの助けにもなるはずだ。

 

彼女にとって、鈴木悟とベル・クラネルの2人は数少ない眷属であり可愛い可愛い家族であった。

 

 

 

 

ー鉄の匂いがする。

 

鈴木悟は恩恵を授かった時と同じ様に背中を天井に向けてソファに寝転んでいた。そのソファは血が染み込んでしまい完全に汚れが取れず、独特な赤血球の匂いがした。

 

「じゃあやるね」

 

鈴木悟に跨っていたヘスティアは早速ステータスの更新に取り掛かる。

 

背中が光り出す。自分が高まる様な不思議な感覚が鈴木悟を包む。

 

 

「っ!なんで・・・」

 

ヘスティアの小さな、それでいて鬼気迫る様な声がした。

 

どうしたんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘスティアは鈴木悟の"ありえない"ステータスの変化に驚嘆を隠しきれなかった。

 

 

 

スズキ・サトル

 

Lv1

 

力 :I 0→H 100

耐久:I 10→H 100

器用:I 10→H 100

敏捷:I 10→H 100

魔力:I 0→H 100

 

超越者:I

 

 

《魔法》

 

【マジックアロー/魔法の矢】

 

・第一位階魔法

 

 

《スキル》

 

【ユグドラシルの住人】

 

・自身のアバターに近づく。

・その姿を求めるたび効果上昇。

・基礎アビリティに補正。

 

 

 

まずステータスの伸び方がおかしい。本来ステータスは冒険者の経験によって上がる数値が決まる。剣を振れば力が、攻撃を受ければ耐久が、魔法を使えば魔力が上がる。

 

 

こんなにも数字が"均等"に上がることはまずない。しかも上げ幅が大きい。彼はこの三日間、部屋の掃除しかしてないというのに。

 

異常だ。

 

 

次に魔法だ。これに関しては第一位階魔法という聞き覚えがない言葉以外には問題は無い。

 

彼には魔導の才能があったのだ。で済む話だ。これは純粋に喜んでいいだろう。

 

 

そして、一番の問題はこれだ。

 

発展アビリティ《超越者》の発現。

 

 

発展アビリティは敏捷や耐久、魔力と言った基礎アビリティとは趣が異なるものだ。

 

代表的な発展アビリティは鍛冶、神秘、狩人などがある。

 

その一つである鍛冶について掘り下げてみよう。

 

鍛冶屋はアビリティがなくとも武具を作ることができる。

 

だが鍛冶のアビリティを持ったものは絶対に折れない不壊属性を武器に与えたり、あらゆる耐性を持った防具を作ることができる。

 

それらはやはり恩恵による超常の力であり普通の事では無い。

 

 

スキルの様に説明欄が無い為、未だに謎が多いが、ダンジョン探索や魔物と対峙した時、アイテムの製作などで有用である。そして、応用が利く発展アビリティは第一級冒険者には必須だ。

 

 

発展アビリティはランクアップの時に個々のアビリティの経験値を積むことで選択肢に出現し、その中から一つ選んで取得することができる。

 

ちなみにランクアップとは偉業を達成し、Lv1からLv2にレベルが上がる様なことである。

 

 

だからこそ《超越者》という発展アビリティはとてつもなく異常だった。

 

彼は"ランクアップ"していないのだ。

 

効果もおそらく彼が初めて発現しただろうから不明だ。

 

そしてアビリティの名前。

 

超越者。

 

それは超越的存在である神である私達と同じ意味を持つ名前。

 

それが意味することはわからない。もしかしたら彼はボクと同じ神だったのかもしれない。

 

 

 

彼はどんな運命を定められただろうか。

 

ボクは見守ることしかできないだろうか。

 

ボクは彼を・・・

 

 

 

 

「ヘスティア様。何かありました?」

 

鈴木悟のその言葉に私の意識は戻された。

 

「い、いや。なんでも無いよ。ハイこれサトル君のステータス〜」

 

ヘスティアは鈴木悟に一枚の紙を渡す。

 

それは鈴木悟のステータスが書かれた物だったが、そこには当然の様に、スキル 【ユグドラシルの住人】と発展アビリティ 【超越者】の項目は無かった。

 

ヘスティアはそれらを鈴木悟に見させないように消したのだ。それに他の神の目もある。見つかったら最悪、彼は玩具にされて死ぬ。

 

 

「サトル君は才能があるみたいだ!魔法も発現してるし基礎アビリティだって高いよ!」

 

 

 

彼の力はベル君の助けになるだろう。

 

ダンジョンに1人で挑むのは危険だ。パーティーメンバーだって他のファミリアから探すのは困難だし、私の眷属だって貧乏で知名度が無いためか応募する者がいない。

 

だから、彼がベル君のパーティーに入るのは必然だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「今日も稼ごうか!ベル!」

 

「はい!サトルさん!」

 

彼らはダンジョンの入り口に立っていた。

 

無手であった鈴木悟はギルドで支給された防具と長剣、片手ワンドを装備している。

 

その姿に、今日初めてダンジョンに潜るような駆け出し冒険者の面影は無い。

 

それもそうだ。彼らは2人で10回以上ダンジョンに潜っているのだから。

 

 

 

 

鈴木悟達はダンジョンを一層、二層と進む。

 

 

「ベル!モンスターだ!敵を引きつけてくれ!」

 

「はい!サトルさん!」

 

 

4階層で現れた3体のコボルトにベルは突っ込む。

 

それは無謀な行為に見えるが違う。

 

ベルは危なげながらもモンスターを牽制し確実に相手の動きを鈍らせている。

 

「ベル!離れてくれ」

 

一方、鈴木悟はワンドを構え、魔法で攻撃する準備をしていた。

 

「《魔法三重化》!《マジックアロー/魔法の矢》!」

 

鈴木悟の周辺から光の玉が三つ現れる。

 

それは矢のように飛んで行ってコボルトの眉間を撃ち抜き、体を魔石に変えていく。

 

「ふぅ〜やりましたね。この調子なら六階層あたりまで行けそうです」

 

「ああ。ベル君の敵捌きも良かったし行けそうだね」

 

2人のコンビネーションはとても良かった。

 

 

 

初めてダンジョンで一緒に潜ってみて、ベルが鈴木悟に抱いた印象は戦上手である。

 

現実で戦った事は無いと言っていたが、初めから魔法の扱い方や敵との間合いの取り方はすでに熟練者の域に達していた。

 

魔法での戦闘であればコボルト10体でも簡単にあしらってしまうだろう。

 

そして戦闘中の指示も的確で、ベルも何度それに助けられたかわからないほどだ。

 

反面、剣などの近接武器はあまり得意な印象は受けなかった。彼は長剣を持っているが切羽詰まった時しか使わないだろう。

 

それに、おそらく鈴木悟しか使えないだろう位階魔法に分類される《マジックアロー/魔法の矢》は威力こそ少ないものの下層では十分通用する代物だ。

 

この魔法はなんと無詠唱で使うことができ、《魔法三重化》や《魔法最大強化》などの追加詠唱することで性質を変えることができる。これはどの位階魔法でも共通しているらしい。

 

なぜ鈴木悟がそれらを知って使っているかはユグドラシルに関連するものだろうからベルは詳しくは聞かなかった。

 

彼はここに来る前は魔法使いだっただろうか?

 

 

話が変わるが、鈴木悟がベルに対して砕けた口調なのはベルがお願いしたことである。

 

ベルの身近な男性は村の人か死んだおじいちゃんしかいなく、オラリオに来てからはいなかった。

 

同じ眷属である年上の鈴木悟は彼にお兄ちゃんができたみたいなものであった。

 

彼はちょっとだけ、頼れる兄という存在に憧れを持っていたのだ。

 

 

 

 

「ここは初めてですね・・・」

 

鈴木悟達は五階層を突破し"六階層"に足を踏み入れた。

 

「ああ。ギルドの情報によるとウォーシャドウが出るみたいだ。気をつけよう」

 

 

彼らはいつ襲われても大丈夫なように身構えて、先を進む。

 

「モンスターがあまりいませんね」

 

道中出会ったのはウォーシャドウ3体のみ。そのモンスターは鈴木悟の魔法により全て一撃で倒せた。

 

 

鈴木悟は違和感を覚える。ギルドで教えてもらった情報ではもっとモンスターがいるはずだ。

 

だがこれは好機だ。無駄な戦闘は避けれる。

 

体力も消耗していないしウォーシャドウだってそんなに強くはなかった。先に進みもっと強いモンスターを倒し質の良い魔石を稼ごう。

 

 

 

 

彼は慢心していた。

 

 

 

 

 

 

100→125→150→175→200→225・・・

 

 

この数字は鈴木悟のステータス更新による基礎アビリティの上昇推移である。

 

全ての項目が均等に上がっている。

 

それはまるで元々高位の存在が段々と力を取り戻すようにも見える。

 

彼は駆け出しの冒険者にしては高ステータスだったためコボルトやゴブリンには全く苦戦をしなかった。

 

 

 

 

そのためか、彼は目の前にいる"5匹"のミノタウロスの脅威に気付けなかった。

 

そのモンスター達は本来15層あたりに潜む者でありLv1の彼らには到底勝てる存在では無い。

 

 

「ミノタウロスか。面白い!」

 

鈴木悟はワンドを構え、魔法を唱えようとする。

 

 

刹那。ミノタウロスの拳が彼に迫る。

 

 

え?なんで?俺は死ぬのか?

 

 

ドグシャ。肉を引きちぎるような音がし鈴木悟は壁へと吹っ飛ばされた。

 

 

ー痛くない。

 

彼は壁にぶつかった痛みはあったが、身を裂くような痛みは無かった。

 

 

それもそのはず、鈴木悟は無傷であった。

 

先ほどの吹っ飛ばされた場所にいたミノタウロスを視線を向ける。そこ床に伏せていたのは、

 

「ベ、ベル・・・」

 

腹に大きな穴を開け、血塗れのベル・クラネルだった。

 

手が血で赤くなったミノタウロスはまだ微かに息があるベルにトドメを刺そうと手を振り上げる。

 

「や、やめてくれ。やめてくれ・・・」

 

やめてくれ。その言葉はミノタウロスには届かない。

 

 

 

 

 

もし鈴木悟がいなかったら、ベル・クラネルはダンジョンを順調に進むことができず、討伐されるはずだったミノタウロス達と出会うことはなかっただろう。

 

もし鈴木悟がいなかったら、ベル・クラネルは"六階層"に降りず五階層でミノタウロスに襲われ、剣姫アイズ・ヴァレンシュタインに救われ恋を抱いただろう。

 

もし鈴木悟がいなかったら、ベル・クラネルは慢心した彼を庇い瀕死の傷を受けることはなかっただろう。

 

 

 

 

 

鈴木悟がダンジョンにいるのは間違っているだろうか?

 

その答えは・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴木悟は目の前の惨劇に無力さと自己嫌悪を感じていた。

 

ギルドで聞いていたはずだ。ミノタウロスはLv2からでないと対処は難しいと。戦うのは無謀と。

 

だから一目散に逃げるべきだった。

 

だが自身の驕りで立ち向かおうとしてベルを死なせようとしている。

 

慢心せずに知っていたのだから注意すべきだった。俺は馬鹿だ。

 

 

そして力があればこんなことは起きなかった。俺は弱い。

 

 

力が欲しい。

 

 

 

力が。

 

 

 

 

 

欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

彼の背中が光り出した。

 

 

 

 

 

 

その光は赤く禍々しかった。

 

 

 

彼の体を光が包み込む。やがて光は消え去り黒い瘴気が舞う。

 

そして瘴気をまとった彼の姿は皮と肉は消え去り骸骨になっていた。それはアバターであるモモンガと同じであった。

 

 

 

 

ここに死が顕現した。

 

 

 

 

 

 

ミノタウロス達は鈴木悟に起こった変化に警戒した。

 

拳を振り上げていたミノタウロスはベルから興味を失い、鈴木悟であったモモンガに強烈なストレートを繰り出す。

 

その拳はモモンガの骨の体に突き刺さる。そう突き刺さるはずだった。

 

ミノタウロス狼狽えた。骨が砕ける感触も硬い物を打ちつけ跳ね返る感じがなかった。

 

その手で感じたのは空虚。なんの感触も得られなかったのである。

 

 

これはモモンガの持つスキルの中の一つ《上位物理無効Ⅲ》の効果である。

 

それはユグドラシルにおけるレベル60程度の物理攻撃を無効化するというものだ。

 

当然のことながら攻撃したミノタウロスはこの壁を突破できなかった。

 

 

 

モモンガはパンチしてきたミノタウロスの腕を掴む。

 

「《負の接触》」

 

負の接触。ネガティヴ・タッチとは触れた相手に負のエネルギーを送り込みダメージを与えるというものだ。

 

それを受けたミノタウロスは腕が腐り、それが一瞬にして広がり死に絶えた。

 

 

続いてモモンガは残り"3匹"のミノタウロスに死を与える。

 

 

「《心臓掌握》」

 

何かが潰れたような音がして、1匹のミノタウロスは糸が切れたように床に倒れ魔石に変わった。

 

 

 

心臓掌握。グラスプ・ハート。

 

第九位階魔法に属するこれは心臓を直接握りつぶして即死させる魔法である。抵抗された場合、状態異常の一つである朦朧の効果があるためモモンガはよく牽制の意味でもよく使っていた。

 

「《破裂》」

 

それを受けたミノタウロスはまるで体の内側から爆弾が炸裂したように上半身を四散させた。

 

 

破裂。エクスプロード。

 

第八位階魔法に属するこれは対象を内部から爆発させる魔法である。魔法防御力が高くなければ避けることは困難である。

 

 

「《現断》」

 

次元を切り裂く刃が最後のミノタウロスに襲いかかる。それはいとも簡単に肉や骨を断ち切り、威力は衰えずダンジョンの壁に大きすぎる裂け目を作った。

 

 

現断。リアリティ・スラッシュ。

 

第十位階魔法に属するそれはモモンガの持つ攻撃手段の中でも一番の威力と燃費の悪さを持つ魔法だ。

 

 

 

5匹いたミノタウロスは1匹を除いてモモンガによって殺された。

 

その1匹はモモンガの姿を見るや否や、本能で察したのかどこかに逃げてしまった。

 

 

 

事が終わったモモンガは"虚無"から赤い液体が入った瓶を取り出す。

 

それを死に体のベルにかけた。すると、

たちまちお腹に開いた穴は消え去り、彼を健全な状態に戻した。

 

ベル・クラネルは九死に一生を得たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モモンガは自分の骨になった手を。指を見る。

 

その時、彼の心の中は一つの感情で満たされていた。

 

 

それは仲間を救えたことによる安堵か。

 

「ぁ」

 

それは強大すぎる力を持てたことによる全能感か。

 

「ああ」

 

それはミノタウロスに行った暴力による快楽か。

 

「あああ」

 

 

 

彼の心を支配したのは、

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 

 

 

 

 

 

恐怖だった。

 




Q:彼は何に恐怖したのでしょうか?

ヒント:彼は童貞。

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