鈴木悟がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ピュアウォーター

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宣言通り、鈴木悟が風俗街にいくお話です。


童貞鈴木悟の風俗街初体験れぽーと

「はぁはぁはぁ。やっと・・・」

 

ここは南東のメインストリート付近の第三区画、第四区画の一帯。『歓楽街』と呼ばれた場所の入り口に息を荒くして顔を紅潮させている男がいた。

 

そいつは我らの主人公。鈴木悟だ。何やら緊張しているみたいで落ち着かない様子である。

 

『歓楽街』は和洋折衷なんでもござれ、といった感じに世界中の建物がずらりと並ぶところだ。目の前にある場所は東洋風の屋倉。西を見れば砂漠地帯にありそうな丸いカタチをした建物。北を見ればいかにも貴族が住んでそうな洋館がある。これは異国情緒が溢れているというべきか?しかも、これらすべて娼館。そして、周囲にはヒューマンやエルフ、アマゾネスなど麗しい女性が肌を大きく見せる男の劣情を煽る服装で道歩く男性を誘惑する。つまるところ此処は色を買う風俗街だ。

 

もうおわかりだろう。なぜ彼が此処にいるのか?それは"大人の遊び"をしにきたのである。

 

「ヘスティア様を言いくるめるのが大変だったが苦労したかいがあった。それにーー」

 

彼は親の形見のように大事なものを胸ポケットから恐る恐る取り出す。それは一枚の紙切れだ。青白い紙は高級な風合いがあり厚みもあって手触りも良い。おそらく神々や地位の高い者が使うものだろう。

 

「うへへへ」

 

それを手に取り見た鈴木悟の顔はスケベだぁ!と言われてしまうくらい変態な顔つきであった。正直ベルなら気持ち悪い顔してますよと言うだろう。まぁ内容が内容だ。彼ならしょうがないのかな?

 

青みがかかったその美しい紙にはこう書いてあった。

 

”一発無料券!”

 

きれいな文字で書かれたそれはあまりにも下品すぎる内容。しかもご丁寧にイシュタルファミリア公認と小さく書かれている。ちなみに、イシュタルファミリアは歓楽街の娼館を仕切る元締めだ。彼らの印も入っているためこれは偽物ではなく、本物だろう。・・・効力もあるはずだ。

 

これは、ヘルメスという神から貰った物だ。なんでもベルくんと仲良くしてくれてるお礼だとか。最初は鈴木悟も遠慮して断った。だが、内容を知るとすぐさま食いつてしまった。これは男の性なのだろうか・・・。

 

「ヘルメス様。神器を俺にくださりありがとうございます」

 

その神器を見て惚れ惚れしている鈴木悟は神に祈り、思い出す。

 

 

 

 

風俗優待チケットを受け取ったのは昨日の夜だ。その日はヘスティアと一緒にヘファイストスのところにベルのために武器の製作依頼伺った。交渉は難航すると思いきやなんと二つ返事で受けてくれた。だが無償ではなく、一つ条件があった。

 

それは鈴木悟の腰に下がった黒剣をへファイストスに見せること。それだけだった。

 

鍛冶屋である彼女は持ち手。つまりベルの癖やよく使う武器のことを彼らから聞き、デザインを決め早速制作に移る。途中、鈴木悟たちも作業を手伝ってためか、時刻は夕暮れになっていた。もう夜遅いから、帰りなさい。とヘファイストスに促され、彼らは自分のホームに帰ることになった。ちなみに彼女は仕上げをしたら自分の眷属に武器を送らせると言っていた。

 

ホームに帰った後、食材が無かったため鈴木悟は市場に買い出しに行った。さすがは冒険者の街と言うべきか、夜の市場は昼とはまた違った雰囲気だ。探索帰りの冒険者が屋台で立ち飲みをして大騒ぎしていたり、顔をヴェールで隠した怪しい占い師がぽつんと店と店の間にいたり、奇妙な踊りを踊る者もいる。明るいうちの市場とは真逆の賑やかさだ。

 

そんな時だ。ヘルメスに声を掛けられたのは。

 

『やぁ、奇遇だね。サトルくん』

 

鈴木悟とヘルメスは面識は無い。だが、彼は鈴木悟の事を知っていたようだ。

 

『実はベルくんの隠れファンでね。彼と仲良くしてくれて、パーティ組んでる君にプレゼントしようと思ってるんだ』

 

そう言ってヘルメスは鈴木悟に一枚の青白い紙切れを渡す。彼はベルの隠れファンということらしい。だから、陰ながら援助しようと鈴木悟に声をかけたという事だろうか。だが、彼は謙虚な大人だ。当然、悪いと思って断ろうとする。それにヘルメスは胡散臭い感じするし、怪しい・・・。

 

『君もいい年だ。溜まってるんだろう?』

 

そのため、鈴木悟は彼からの贈り物を返そうと思った。が、ヘルメスの言葉によって渡されたプレゼントを確認する。溜まっている・・・・・・ということはつまり?

 

それは天国へのチケットだった。童貞を卒業するチャンス。女体を味わえる。しかも、よりどりみどり。好みの子を選べる。そんな夢のようなことが美しい文字が書かれた紙面に詰まっていた。一発無料券。あぁ、なんと甘美な響きのする言葉なのだろうか。

 

ヘルメスの顔を鈴木悟は見る。にやけた面だ。まるで一緒に悪巧みをしている時にするような顔。そうこれは、男と男の秘密の交渉だ。バレてはいけない。禁断の取引。

 

そして、彼らは無言でサムズアップをして別れた。

 

ほくほく顔で食材を買い終え、ホームに戻った鈴木悟はヘスティアになんか隠し事をしていると怪しまれたが、持ち前の演技力でなんとか凌いだ。しかし、神には嘘はつけないはずだ。そんな彼女を騙せたと言うのはすごいことではないだろうか?彼も必死だったのだ。性欲は時にすごい力を発揮させるという事らしい。

 

そして、次の日。つまり今日の夜、ダンジョン探索を無事終えた彼はホームを抜け出し今に至るというわけだ。というか、優待チケットをもらって次の日に女を買いに行くなんて行動力の化身である。彼も男だったのだ。そういうことだ。

 

 

 

 

 

 

「ど、どうすればいいんだ?」

 

券を握りしめた鈴木悟は女の子と刺激的な一時を楽しむため、街を練り歩く。

 

だが、彼は残念なことに彼は童貞であった。女性とデートもした事が無ければ、手も繋いだことも無い。要は経験不足で何をすればいいのかわからなかった。

 

そこらへんにいる娼婦に話しかけようしてもこれからやる行為のためか緊張してどう声をかけていいかわからず口澱んでしまう。

 

「このままでは卒業できないじゃ無いか。頑張れ!鈴木悟!」

 

彼は現状を打破する為、自分に喝を小声で入れる。

 

そうだ!俺は童貞を散らす為にここに来たんだ!可愛い女の子だっていっぱいるじゃないか!そう!いっぱいいる!・・・いっぱいいる?だ、誰を選べば良いんだ?

 

鈴木悟の視界にはキレイなおへそが沢山。まるで水々しい果実のようなおっぱいが沢山。スラリとした扇情的なお足が沢山。彼は混乱した。人は選択肢を与えられすぎると帰って選べなくなる。つまり、彼は目移りしすぎてしまったということだ。

 

「ハァハァハァハァ」

 

ということで、彼は自分の童貞を捧げるべき相手を探すため、息を荒くして娼婦を視姦する。だが、この世界に来てからというものあまり性を意識しなかったのか、目の前の光景は刺激が強すぎた。今の彼の顔はよだれを垂らし、とてもだらしない顔をしていた。

 

 

 

「眺めているだけで冷やかしかい?」

 

そんな彼に褐色の女性が話しかけてきた。当然だろう。彼は目立っていたからだ。娼婦たちもヒソヒソと何アレ?と喚いてる。

 

彼の目の前にいる胸と股を隠す布しか纏っていない彼女はアマゾネスの娼婦だろう。甘い色香が辺りに漂う。彼女はアイシャと名乗った。

 

「私を買わないかい?ちょうどあんたみたいな童貞ちゃんを抱きたかったんだ。安くしとくよ?」

 

彼はど、童貞じゃないしと見栄からくる苦し紛れの言い訳をしようとしたが、アイシャによって口を人差し指で塞がれる。彼女の柔い指が彼の唇に触れたのだ。

 

「緊張してるのかい?私が気持ちよくしてあげるよ」

 

彼女は鈴木悟に抱きつき耳元でそう囁く。アイシャは加えて手を彼の太腿に回し、耳を甘噛みする。自分を買うよう誘惑しているのだ。

 

「ぁ、ぁ」

 

鈴木悟は彼女に漂うココナッツとピーチの匂い。つまりは濃い女の匂いを嗅いで頭が沸騰する。さらにアイシャのいやらしい手つきが己の劣情を煽り、極め付けは自分の耳元で吐息や彼女の唇の柔らかさ感じてしまいさらに刺激されてしまった。おかげで彼の愚息は臨戦態勢だ。

 

「あら。これってー」

 

色ボケした為か、鈴木悟は大事にしていた神器(チケット)を手から落としてしまっていた。それを見たアイシャは目を開き珍しいものを見たような顔になる。やはりこれは本物。効力があるみたいだ。

 

「良いもん持ってるわねー。決まりだ。こっちに来な」

 

アイシャは鈴木悟に抱きつき彼女のホームである『女主の神娼殿』へと連れ込む。彼は初めて味わう性的な仕草と女の柔らかさで頭がいっぱいだ。もう、アイシャのなすがまま。彼女に彼は喰われるだろう。

 

 

 

頑張れ、鈴木悟。童貞卒業までもうすぐだ。

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・」

 

眼帯を付けた女性が額の汗を拭う。彼女の前には漆黒のナイフと細い金属の棒。つまりタガネと、それを打つためのオタフクと呼ばれる小さなハンマーが机の前に転がっていた。

 

彼女はヘファイストス。鍛冶系ファミリアの最大手。ヘファイストスファミリアの主神だ。

 

「あとは、彼を待つだけね」

 

彼女はもう作業が終わったのか机を後にし夜景を見ながら温かい茶を飲む。どうやらヘファイストスはさっきまでこのナイフにタガネで溝を掘っていたらしい。刃筋に沿って付けられた溝はフラーと呼ばれるもの。本来、フラーはロングソードや刀を軽量化しつつ強度をそこわないための工夫だ。さらに、刺した時に抜きやすくする効果もある。だが、このサイズの刃物にはあまり意味のない細工だ。しかもどういう訳か、無駄に深く掘り手入れをしにくくなっている。これは・・・欠陥品だ。それを知っているはずの彼女はなぜこの溝を入れたのだろうか?

 

「・・・ほんと。邪道も良いところだわ」

 

小刀を見たヘファイストスはそう呟く。そう、これはこれから行う作業に必要だから掘ったのだ。

 

彼女は棚にある引き出しから厳重に保管さ、魔法で封印された瓶を取り出す。その中に入っていた紫色をした液体はあまりにもおどろおどろしく、不気味に。怪しく光る。これは毒だ。それもとても強い毒。猛毒と呼んでも良い。

 

「大英雄を殺した毒。これがあればどんな生き物も唯ではすまない」

 

ケイローンやヘラクレスをもがき苦しめ、死に追いやった壊毒。そう、これはギリシャ神話に名高いヒュドラーの毒だ。

 

彼女はこれを『恩恵盗み』の対策に使うため神界から届けてもらった。生物なら死ぬ毒だ。邪道だがあまりにも有効である。しかし、ちょっとばかし過剰すぎる気もするが。

 

そして、ヘファイストスはこれをこの漆黒のナイフに塗り、染み込ませようとしている。だが、ただ塗るだけではない。毒液が剥き出しならばあまりにも危険すぎる。二次災害は当然のように起きるだろう。だから、効果は限定させる必要がある。意図したときだけ相手を死に追いやる毒を纏う刃。それに唯の毒ではない。神さえも苦しめる毒だ。扱いには繊細さ求められる。これは人の身ではできない芸当。それこそ、神の御業である。だが、神である彼女は下界では神の力を行使できない。

 

コンコンと部屋の扉を叩く音がする。誰かが彼女の元に訪ねてきたようだ。

 

「あら、早かったわね」

 

そこに現れたは三角帽子を被った優男。ヘルメスだ。彼の手にはソフトボールサイズの丸いものが入った袋があった。

 

「俺は”早足で駈ける者”だぜ。ヘファイストス」

 

それにオラリオの危機でもあるしなと彼は続ける。

 

「それにしてもヘファイストスの御業がまた見れるなんて運がいいね〜」

 

ヘルメスが持ってきた物は水晶玉だった。これは魔法具だ。効果は神威を室内から周囲から漏れるのを防ぎ感知させなくする為のもの。神々と、とある賢者の合作だ。それはオラリオに住む神々にとって正にチートアイテム。誰もが欲しかろう、そしてもし誰かの手に渡ったら秩序も崩壊するだろう。だからこそ、ギルドが信頼できる者に運用と監視を任せた。それが昔からギルドと密接な関係がある神。ヘルメスだ。

 

この魔道具が作られた経緯から、基本的に『恩恵盗み』の討伐に関わる神のみが使うことができる。彼の監視つきで。まぁ、計画に参加している神は善神が多い。悪用は無いだろう。

 

だが、ここまで隠匿する必要があるのかと言うと疑問がある。なぜなら、神界からは『恩恵盗み』を殺すための神威の発動は既に許可が降りている。大々的に使っていいというお達しだ。やはり神界側もご立腹だったのだろうか。だから、隠す必要は無い。だが、ギルド側。つまり彼らは隠すことにした。

 

この情報をオラリオに住む神々に告知した場合、問題が3つある。

 

一つ。周辺への配慮。枷のない神は周囲の住民に刺激を与えすぎてしまう。神威はあまりも目立つ。神の力を開放するなら当たり前だ。周りを威圧し、畏れ多い存在がそこらかしこにいるのだ。多分人間に取ってみればストレスしか無いだろう。

 

二つ。神威を不正に使ってしまうことを防ぐこと。モモンを討伐するために団員を神の力で強くしましたー!という風に『恩恵盗み』を盾に火事場泥棒ではないが、どさくさに紛れて本当は戦わないのに自分たちが有利になるよう神威を使ってしまうだろう。当然、混乱を生むし、下界に降りる時に決めたルールとはそぐわなくなる可能性が高い。だからダメだ。

 

三つ。これが一番重要だ。上二つは正直言うとあまり問題がない。人的被害は時間が経てばどうにかなるし、不正利用も神界側が厳しく取り締まればいいだけの話だ。じゃあ、なぜか?

 

モモンに神威の発動を見せないためだ。そこらかしこで神の力を行使したら、モモンは警戒するだろう。そして、バベルやゴブニュファミリアの工房、医療系ファミリアで神威が見えてしまった場合、己を殺す準備だと悟るかもしれない。そうなっては撃破は困難だ。要念深い男だから何処かへ隠れてしまうか、無遠慮な行動に出るだろう。例えば虐殺や都市の壊滅とかか。

 

あと、あってはならないが『恩恵盗み』側に神が付いてたとしたら最悪だ。モモンの凶行が止められなくなる。神の力で強化された『恩恵盗み』はいったいどれだけの災害を引き起こすのだろうか。多分起こるのは惨劇。それもとてつもない規模だろう。

 

そんなわけで、誰が敵か味方かわからない内は隠したほうが良いという結論になった。

 

 

 

「さぁ、鍛冶場へ行きましょう」

 

ヘファイストスはヘルメスを連れて火を付けた炉のある部屋へ行った。道具は全て用意されており、鉄床の上には一本の不思議な金槌?があった。そのハンマーは片側は普通の打面に対して、片方はクリスタルで覆われていた。明らかに鍛冶仕事には使わないものだ。観賞用と言ってもいいだろう。だが、使うのは神だ。何か特別な使い方があるのかもしれない。

 

「じゃぁ、さっそくやりますか!『開放』!」

 

ヘルメスは作業机の上に置いた魔道具に微量な神威を当てながら解除スペルを言う。すると白く半透明な膜が室内を包み込みやがて空気と一体化し透明になった。完全には同化していないのか、指で突くと水のように波紋を奏でる。

 

「これで神威を防げるなんて不思議ね〜」

 

「皆で頑張って作ったんだ。すごいだろ?ちなみに効果は俺で実証済みだ」

 

二人は旧知のように軽い談笑をした。彼らの付き合いは長い。ちなみにヘルメスの武器。不死殺しのハルパーは彼女作だ。

 

 

「ヘルメス下がっていて」

 

ヘファイストスは鉄床にヒュドラーの毒瓶を置いて、水晶がついた金槌を握る。一時を置いて彼女は神威を開放する。髪は舞い上がって眼には金色が入り、神聖なオーラを身にまとった。そこには女神ヘファイストスがいた。もしこの場に彼女の団員がいたら涙を流しなら平服するだろう。

 

「はぁ!」

 

ヘファイストスの最初の作業は毒ビンの封印を解くことだ。本来ならば魔法を使うのだが、彼女は鍛冶屋。そして鍛冶神。だから、ヘファイストスにしかできないいい方法がある。

 

 

バリン!なんとハンマーで砕いてしまうという方法だ。そう、彼女はガラス瓶を割ったのだ。当然毒液が飛び散ると思いきや、ゆるい渦を巻きながら空中を漂い溜まりを作った。ヘファイストスはその中に浮かぶ毒のプールにクリスタルの付いた金槌を差し込む。すると、みるみるうちに毒が水晶に吸われる。一滴残らず吸ったクリスタルはもはや別物だ。紫色の宝石。美しいアメジストのように見えた。

 

次に、細工したナイフを取り出す。彼女はそれを鉄床の上に置き白い粉を振るう。聖人の骨と良質な魔石、それとホウ酸の結晶を細かく砕いたものだ。概念を定着させやすくする効果がある。ヘファイストスは炉から火を呼び出し、軽く炙り、粉の余分な水分を取る。そしてーー

 

金槌を目の前の小刀に振り落とした。カァン!キーンと耳にくるが小気味よい高音が聞こえる。これはハンマーの力が刀身を抜けて鉄床まで響いた証拠。上手く打てたという事だ。これは鍛冶屋において基本中の基だ。やはり彼女は鍛冶神なのだ。

 

続けて、カァン!カァン!カァン!と彼女は何度もナイフを叩く。でも不思議かな。硬いもので叩いているのに小刀には傷が一個もない。普通なら打痕がつくはずだ。

 

「概念の鍛造・・・」

 

ヘファイストスの作業を見ていたヘルメスは感嘆の声を漏らしてしまう。彼女が行っているのは概念を歪め、武器にそれを刻む。このナイフは“『恩恵盗み』とこの武器を所持している者と同じ眷属に対してだけ死に追いやる毒を纏い必ず殺す”という誓約に近い性質を付与した。効果が発動したら使い手が死んでも勝手に飛んで行き殺しきるまで対象を滅多刺しにするだろう。

 

やがて、振りかぶった金槌を覆うクリスタルの色は白色透明になりヘファイストスは手を止めた。

 

ヘスティアナイフの最後の仕掛けが終わったのだ。刀身に入った溝が紫色に怪しく光る。解除スペルを言うとそこからヒュドラーの毒液が溢れてくる仕掛け。そして、『恩恵盗み』と"鈴木悟"以外には害のない毒の短刀。本来ならばこの世界には無いもの。

 

ヘスティアが一人で頼み込めば、ヘファイストスがモモンのグレートソードを解析しなければ、そして鈴木悟が彼女に黒剣を見せなければこんな細工はしなかった。

 

「やっぱり、ヘスティアの“あの眷属”は怪しいと思うかい?」

 

作業を終え、テラスで涼んでいた彼女にヘルメスは問いかける。

 

「アレは『恩恵盗み』だと思う。彼が持っていた剣が同じ魔力でできていたから・・・」

 

ヘファイストスは悲しい表情でそう言った。今回のヘスティアの話は正直受けようとはしなかった。お金の件もあるし、駆け出しの冒険者には良すぎる武器は毒だからだ。でも彼が、鈴木悟がヘスティアの側にいた。最初は彼の平凡な雰囲気の男性という印象でしかなった。腰に下がった黒いロングソードを見るまでは。

 

「でも証拠はあの直剣しかなった。実際に接してみれば好青年だし嘘も付いていなかった。良い子に、見えた・・・」

 

「だからこれを作ったんだね。保険に」

 

ヒュドラーの毒は保険だ。もし彼が『恩恵盗み』で友神であるヘスティアに害をなそうとしたら誰が止めるのか?それは、同じ眷属であるベル・クラネルである。そして、彼は『恩恵盗み』ではないとわかっており、信用に足りる。だから、このナイフはベルに送るものだと聞いてそれをヘファイストスは利用したのだ。

 

回りくどいことをしているだろう。鈴木悟が『恩恵盗み』ならば捕まえて殺せばいい。もし違っても芽は一つ潰せるはずだ。何かしらモモンと関係があるのだから。

 

でもそれはできない。ヘスティアが悲しむからだ。彼は心から友である彼女を敬愛してるし、ヘスティアも鈴木悟には心を許している。もし、その仲を強引に引き裂いてしまったら彼女はとても悲しむだろう。それがとても辛かった。だからこそ、この保険を作ることが大事だった。たとえ、毒を買うのに私財の大半を使ってもだ。

 

「俺もサトルを調べてみたんだが・・・ヘファイストスと同意見だ。サトルと話してみたが彼はあまりにも普通だった。普通の男性。だからこそ、調べれば調べるほど異常な経歴を持つ彼は怪しすぎる」

 

ヘルメスは続ける。まず出身地がわからない。どこからオラリオに来たかもわからない。最初の服装も見慣れないものだった。その時、紙を片手に迷宮都市の地図を書いていたらしいが何のためかは不明。順調すぎる冒険者としての成長。オラリオの魔法とは違う魔法体系の使い手。あとあの年で童貞。って最後は違うか。

 

「極めつけはコレだ」

 

ヘルメスは懐からプラスチックのようなものでできた臓器みたいなものを取り出す。

 

「・・・肺?」

 

「そうだ。これが『神の恩恵』を刻んだ時に排出されたそうだ。やべぇだろ」

 

彼はミアハから聞いたその時、起きた事を彼女に伝える。それを知ったヘファイストスの顔は面白いように驚嘆していた。

 

「怪しい。怪しいすぎるが、それだけだ。決定的な証拠はない。むしろ泳がせたほうがモモンに繋がる手がかりが手に入ると思う。ちょうど昨日に種も蒔いたところだしな」

 

 

ヘルメスはそう言い切りはぁ。とため息をつく。

 

 

「ヘスティアがひどい目合わないと良いけどなぁ・・・」

 

「そうね。あの毒が使われないことを祈るわ・・・」

 

 

意気消沈している二人の側で短刀は怪しく輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ほあぁ!」

 

ここはどこだ!?部屋の中!?ってなんで俺下着姿なの!?

 

鈴木悟は混乱していた。気づいたら、見知らぬ天井で上半身には服がない。下半身もパンツ一丁だ。驚かない方が珍しいだろう。

 

「おや、起きたかい?」

 

色香で満ちた声が聞こえる。アイシャだ。彼は彼女によってこの部屋に連れ込まれたみたいだ。ここはイシュタルファミリアの中である。室内は淡いピンクと言うべきか暖色系で染められおり、焚かれた香の良い香りがする。俗物的な言い方をするとめっちゃエロい空間だ。

 

「え!?」

 

鈴木悟はアイシャの姿を見て驚く。湯上がりなのか少し濡れた髪。そして、バスローブのかわりに薄いヒラヒラとしたビスチェを着た彼女。下着こそ履いていたが、上は“透けている”。

 

「じゃあ、やろうか」

 

そう言ってアイシャはベットに横たわった鈴木悟に上に乗った。咄嗟のことで反射的に鈴木悟は抵抗しようとしたが、『戦闘娼婦』である彼女のLV3とLV1の力の差の前では何もできず組み伏せられた。覆いかぶさった彼女はいつも客にやるように彼の首筋を舐め始め、上半身の気持ちのいいところを攻めてくる。

 

「あぁ〜あぁ〜〜〜〜」

 

鈴木悟は喘いだ。需要はないかもしれないがとにかく彼は喘いだ。舐められているだけなのに彼はビクビクと痙攣するほど感じていた。童貞だから?女に免疫が無かったから?違う。いや半分は合っている。アイシャが上手いのだ。伊達に娼婦ではない。男の気持ちのよいところは知っている。

 

「キスも初めてかい?」

 

舐めるのに飽きたアイシャは鈴木悟の顔をガシっと両手で掴み、自身の口と彼の口を合わす。最初は軽く口付けをするだけ。さすがはプロ。初心者には優しい。だが彼女も興に乗ってきてしまい、次第に彼の口内を貪るように強引に舌を入れ始めた。

 

「んっ〜〜!?」

 

鈴木悟はまたもや驚いた。口の中に柔らかくてふわっとしたものが入ってきたのだ。目の前にはアイシャの顔。そして彼女から香る蒸れた女の匂い。自分の舌を絡ませ動いているのは彼女の舌だと理解するにはあまり時間がかからなかった。

 

唾液と唾液の交換。キスという行為自体、電子書籍やアニメ、映画で知ってはいたが、実際にやってみると、とても気持ち良いものだと彼は感じた。それに相手は初々しい女性ではない経験豊富なアマゾネスの女。彼女の舌使いは鈴木悟にとって天国へ逝かせてしまうほどに凄かった。腰砕けになるほどだ。もう彼の脳内はあまりの快感に沸騰するだろう。

 

「・・・あれ?やりすぎちゃったかい?」

 

いや、もう“沸騰”してしまった。鈴木悟は鼻血を出しながら幸せな顔で気絶していた。童貞にとって彼女のディープキスは刺激が強すぎたのだ。こうなるのは当然であろう。

 

 

 

 

「まぁ、いっか。手間も省けるし」

 

そう言って澄ました顔で鈴木悟の上から立ち上がった彼女は彼の手荷物を探る。アイシャは何をしているのだろうか?傍目から見たら盗人にしか見えない。

 

「なんにも怪しいものはないか。おっと、これはーー」

 

彼女は鈴木悟のポーチに入った手帳やら小物類を隈なく調べていく。どうやら、これは一種のハニートラップみたいだ。彼が『恩恵盗み』と繋がっている証拠を探すための色仕掛け。これがヘルメスが仕込んだ種。そしてアイシャはイシュタルファミリアの回し者だ。

 

そう、イシュタルファミリアも『恩恵盗み』討伐作戦に加わっているのだ。ちなみ、鈴木悟が持っているチケットはこの作戦のためだけに作った。

 

彼らはギルドに対してとても協力的である。ギルドのため?都市のため?違う。イシュタルは博愛精神溢れた優しい神ではない。これは打算にまみれたものだ。恩を売っておけばヘルメスが管理している魔道具が使えるかもしれないからだ。神の力を使えば忌々しいあの女神を跪かせられる。陵辱できる。顔をグチャグチャにできる。そして、自分が一番美しいと証明できる。でなければ、危険を犯してでも『恩恵盗み』、またはそれに親しい者に接触するなどするものか。

 

「指輪?石のない?一個だけ?」

 

物色しているアイシャは鞄の奥底にあった石座が3つある指輪を見つけた。だが、そこにあるべき宝石が二つない。これはあまりにも異様で鈴木悟が持っている荷物の中で浮いていた。怪しいが別に変ではない。多分、露天で誰かにあげるために買ったのだろう。と彼女は推測し興味を無くした。

 

「なんもないね〜。うん?」

 

アイシャは『恩恵盗み』に繋がる手がかりを探る手を止め、鈴木悟の顔を見る。鼻血を出しながら幸せそうに眠っているその姿は間抜けであり、あまりにも争いごとに無縁そうな人畜無害に見えた。

 

「これが10人以上の『恩恵』を盗んだ犯人なんて信じられないよ」

 

悲しそうな顔をして彼女は鈴木悟の頭を優しく撫でる。彼を騙して取り入ったためか、アイシャは鈴木悟に対して少し罪悪感を感じてた。こんな童貞で平凡な男が『恩恵盗み』であるはずがない。彼は巻き込まれたのだ。彼女はそう感じた。

 

 

 

 

「・・・ん?」

 

「起きたかい?まったく意識飛ばしずぎだよ」

 

数刻たってから目を覚ました鈴木悟に対してアイシャは柔らかい笑みを浮かべながらそう言う。そこには最初会った時みたいな妖艶な姿ではなく、優しく慈愛に満ちたものであった。それは彼に対する哀れみとオラリオを襲う災厄ではないとわかったためか。

 

「・・・ぁ。そういえば!」

 

彼女に少しの間だけ見惚れてしまった彼は重要な事を確認する。それはーー

 

「あぁ。ヤッてないよ」

 

じゃあ今からでも!と言おうとした鈴木悟を遮り、アイシャはもう帰ったほうが良いと促す。イシュタル様への報告もあるし、彼が此処に残っていると『ヒキガエル』のことフリュネが襲ってくるかもしれない。主神含め、他の団員も実力行使に出てくるかもしれないこの場所。『女神の娼婦殿』は巻き込まれた彼にとっては危ないところだ。その事をはぐらかしながら、もう夜遅いとか部屋の時間が終わったなど苦し紛れの嘘を交えながらアイシャは鈴木悟を説得し、彼は帰宅することに決めた。

 

「チケットは預かっておくよ。また来てくれたらーー」

 

じっくりと筆卸してあげるよ。と童貞卒業できなくて落ち込んでる鈴木悟に耳打ちしてアイシャは彼を見送る。歓楽街を去る彼はとても晴れ晴れとした顔つきだった。

 

「俺の女神はアイシャさんだった!わーーーー!」

 

いや、そこはヘスティア様でしょと突っ込みたくなるが女性の神秘体験してしまった彼の記憶は上書きされてしまった。もう頭の中はアイシャのことでいっぱいである。明日か明後日には鈴木悟は彼女に会いに行くだろう。

 

そして彼は月明かりの町並みに溶けるように消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・アイシャ・ベルカ。ランクはLV3。並行詠唱の使い手。二つ名は『麗傑』。そしてイシュタルファミリア所属」

 

 

歓楽街の人通りの少ない路地の暗闇に赤く光る二つの眼があった。それはとてもおどろおどろしく不気味だった。

 

 

「イシュタルファミリアか。不快な所だ。ちょうど良い」

 

 

そして、声はとても冷淡であり、聞いただけで心臓が掴まれると思うほど恐ろしかった。

 

 

 

「最初は“コイツ”にしよう」

 


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