鈴木悟がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ピュアウォーター

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最近、仕事が多すぎて更新が安定できないため不定期更新にします。時間かかっても完結まではちゃんと頑張ります!

※タグを増やしました。


”ロキの子”と呼ばれた男が生まれた日

「知ってるか?ベートさんランクが下がったんだって」

 

「え?ランクって下がるんですか?初めて聞きました」

 

「だよなぁ。今まで冒険者やってきて耳にしたこともないよ」

 

 

此処はロキファミリアのホームにある食堂近くの廊下。そこで夕食を食べ終わった男女二人が壁に持たれながら雑談をしている。

 

内容はやはり話題となっている同じ団員の狼人。その渦中の人物はベート・ローガ。彼は5日前にモモンという男に誘拐されながらも五体満足で帰ってくることができた。だが、モモンに何をされたが分からないが彼はレベルを消失してしまったという。それを始めて見てしまったロキはベートの尊厳のために皆に言いふらすことはしなかった。しかし、どこから漏れたかは分からないが末端の眷属まで知れ渡ったらしい。

 

 

「でも"いい気味"だよな〜」

 

「ははは。そうですね・・・」

 

 

世間話をしていた男性はベートに対して蔑みの言葉を言う。対して女性の方は共感できなかったのか作り笑いをしていた。

 

ベートはロキファミリアの中で皆から好かれているかと言うとそうでもない。正直嫌われている場合が多い。彼はLVの低い団員。つまり弱者に厳しい言葉をよく使うことが多いためだ。雑魚は引っ込んでろ。彼と接する機会があれば一度や二度その言葉を聞くだろう。

 

それは誰にも死んでほしくないと思っている優しい彼の不器用すぎる助言なのだが、その意図に気づくものは少ない。そのため彼に反感を持ってしまう。しかし、厄介なことにベートはLV5の冒険者。実力があり、このファミリアの幹部である彼に怒りを覚えても立場も力も及ばず言い返せない。それにベートの言葉は正論過ぎた。それが罵声を浴びせられた者達のプライドをさらに傷つける。それ故、彼に対して悪態をついてしまうのはしょうが無い事なのかもしれない。

 

まぁ、ベートの言葉はリーネのように理解して好意的に接する者も少数ながらいるようだ。愛想笑いしていた女性は後者であった。

 

 

 

 

「・・・っ」

 

 

日が沈み、暗くなった廊下の角に人影があった。それは空腹を覚え食堂に向かおうとしているベートだった。壁伝いになんとか歩く彼は偶然にも自分に対する侮蔑を聞き、暗闇に隠れてしまう。影で言われる悪口というのは辛いものがあるし、いつもの彼なら鼻で笑って何ともないが今のベートの精神はとても落ち込んでいる。それは彼の心を締め付けズタズタにするような苦しい言葉になってしまった。だから、皆に合わず食堂に向かう道を戻ってしまうのは仕方がないのかもしれない。その時のベートはとても暗い顔をしていた。

 

彼は自室にある”自分がLV1以下だと理解させた林檎”をなんとか食べて夜を越す。それはとても屈辱的だっただろう。でも渇きを癒さずにはいられなかった。

 

深夜。静まった寝室でベートの顔は濡れていた。涙によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベートさん!あーん〜」

 

メガネを掛けた黒髪の美少女が乳白色のスープの中に入った小さく切ってある芋や肉をスプーンに乗せベートの口の中に入れる。

 

「・・・美味しい。もっとくれ」

 

モグモグと咀嚼した彼は久しぶりに塩が効いた食べ物を胃に入れたためそれが極上のご馳走のように感じる。正直、女に食事を世話をさせてる今の状況は彼にとってとても恥ずかしいことなのだが食欲がそれを上回ってしまう。

 

なんでこんな事になってしまったのか。その原因は女神の慈愛である。・・・多分。

 

 

夜が明け、朝食の時間になってもベートは食堂に来なかった。いつもは主神を含めみんなで食べるのに彼は席にいない。おそらく、レベルを失ってしまったことでベートは心を病んでしまってはないか。鬱になって部屋から出られないのだろうと主神であるロキは考えた。その事に心配した彼女は何か元気づけて食事させるいい案がないか思案する。

 

あ、そうや!リーネに餌づけさせたろ!

 

それは少女の好意を利用したイタズラ好きのロキの優しさにあふれるお節介であった。いや、彼女の娯楽であるかもしれない。そうに違いない。その証拠にその事を思いついたロキの顔はとてもニヤついていた。

 

 

 

「もう一杯いりますか〜」

 

おかわりを誘うリーネの顔は満面の笑みだ。今の状況はまさに恋人同士が行うもの。ベートを好いている彼女にとってこのシチュエーションはとても幸せな一時だ。だが、ニコニコしてるリーネを見てベートは疑問を持つ。

 

なんで俺に優しくしてくれるんだ?俺はもう強者じゃない。弱者なのに。もうお前を守れないのに。なんで。なんで。なんでなんだ?

 

心が弱った彼は目の前の親切が理解できない。ロキの頼みで渋々やっているのならわかる。それは命令だから。自分は皆に嫌われている。実際、昨日それを聞いてしまったからなおさらそう思ってしまう。彼は昨日から人間不信と疑心暗鬼の両方を患っていた。

 

「それはベートさんだからですよ」

 

スプーンを机に置いた彼女はベートの目をじっと見つめながら彼を受け入れるような言葉を言う。声に出していなかったがベートの瞳や雰囲気から不安がにじみ出て何を思っているのかをリーネは感じ取っていたようだ。

 

 

 

――私・・・やっとわかりました。ベートさんが言う『雑魚』って、悪口じゃないんだって。

 

 

 

それは二年前のロキファミリアでのダンジョン遠征の時だ。目の前の少女。リーネ・アルシェは他の下位団員と一緒にモンスターの強襲によって窮地に陥りかけていた。その時にベートに助けてもらい事なきを得た。しかし、彼は遠征中に大幅に足止めを食らったということで機嫌が悪く、雑魚は巣穴に帰れ!鈍間!荷物なんだよぉ!と迷宮内での休息の時間に彼女達は罵られた。

 

でも、ベートの右手には傷があった。おそらく下位団員を守った時についたのだろう。そして、それを見た治癒師の少女は思い出す。これで7回目。暴言を吐かれるのも助けられるのも7回目。いや、助けられたのはもっとか。リーネは気づいた。傷を負うまでして必死に私達を守ってくれたのは死んでほしくないため。悪態をつくのは自分の力量をわからせて無理な戦場に向かわせないため。本当の彼は優しい人間なのだ。ちょっと伝え方が不器用なだけ。

 

そして、ベートの真意を理解した彼女は恋をした。

 

 

 

『ベートさんが言う『雑魚』って、悪口じゃないんだって』

 

『私は弱いです。でも、治癒師の私なら貴方を癒すことができます』

 

『だから・・・ベートさんに付いていってもいいですか?』

 

 

ベートは二年前にリーネに言われた言葉を反芻する。あの時、自分は彼女に何を言ったのだろうか?何を言われたのだろうか?何を感じたのだろうか?彼の記憶にあったものは自分の怪我をした右手を包む、温かい彼女の柔らかい手。そして、ベートは思い出す。

 

 

あぁ、目の前の彼女は俺を理解してくれていたんだった。

 

 

 

リーネは無言で両手を広げ彼を抱きしめる。それはまるで聖母のように優しく、温かく、愛に満ちた抱擁だった。彼女の胸に顔を埋めたベートはリーネの体温を感じた。胸の柔らかさも感じた。ちょっと早い心臓の鼓動も感じた。微かに彼女の"体が震えることも"感じた。

 

「だ、大丈夫ですよ。ベートさん」

 

リーネの震える声が聞こえる。彼女も不安なのだ。あんなに強かった彼がこんな仕打ちを受けてしまったのだから。そして、弱り目に祟り目というべきか。昨日からチラチラと彼への侮蔑がホーム内で聞こえてしまう。ベートの味方は少ない。そう感じる。だからこそ私がなんとかしなければと思ってしまう。でも、こうやって食事の世話や抱きしめることしかできない。治癒師の彼女ごときでは失った彼のレベルを元に戻すことはできない。その無力さが彼女を苦しめる。

 

ポロポロと涙を流した彼女に抱きしめられたベートはリーネの背に手を回し抱き返す。

 

 

「・・・ありがとう」

 

 

その腕が彼女を締め付ける力はとても弱々しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神ロキっ!ここは貴女様でも本来は立ち寄ってはならない場所!ウラノスが行っている祈祷のお邪魔になります!帰ってください!」

 

とても小奇麗な”紳士”が赤髪の美女の歩みを静止させようと試みていた。しかし、彼の体はブクブクと太っており鈍重なためにヒラリとかわされ軽快な彼女の動きを止められない。さらに、相手が女神であるため暴力や権力などの強硬手段に取れず、対応をしかねていた。痩せていたら端正な顔立ちなエルフ?の男性はハァハァと動き疲れており、額に脂汗を滲ませている。

 

彼の名前はロイマン・マンディール。迷宮都市オラリオを仕切るギルドの事実上のトップである。

 

「よっとっ。ロイマン〜。ちょっとは痩せたほうがええんちゃうか〜」

 

ここはギルドの廊下。それも主神。ウラノスのいる部屋へと続く道だ。普段はダンジョンに祈祷を捧げる彼の邪魔になるため近づいてはいけない場所。それをロイマンが止めようとした赤髪の美女(胸はぺったんこ)であるロキが躊躇なく歩き、奥へと近づく。彼女はウラノスに用事があるようだ。

 

「本当に祈祷のお邪魔はしないでください!用事あるなら日時をあらためてでもいいじゃないですか!?調整頑張りますから!!そう!これは大事な儀式なんですよ!?」

 

彼女を捕まえようとして、盛大にコケてしまったロイマンはどうしようもなく、悲壮な顔で説得を試みる。もうやけっぱちだ。本来であれば、この廊下は神も入っていけない場所。そもそも、日時をあらためてもギルドの主神はここから出てこないし会えないはずだ。彼はこの場しのぎで嘘を言う。というか、神に嘘は通じないはずだが?

 

 

大事な儀式。ロキはその言葉を聞いて立ち止まる。ロイマンは自分の話術によってやっと諦めてくれたかと安堵した。

 

「その祈祷より重要な事や。ロイマン」

 

しかし、そうではなかった。振り向いた彼女の赤い瞳はとても強い意思を感じるものだった。ロキはオラリオを揺るがすような脅威を伝えに此処に来たのだ。

 

 

 

 

 

「ふむ・・・。にわかに信じがたい。コレは本当なのか?」

 

暗く広い部屋の中央にある黒い玉座に座った2mくらい男が驚嘆の声をあげていた。彼の名前はウラノス。ギルドの主神だ。

 

ロキは一枚の紙をウラノスに渡していた。少し酸っぱい匂いがする紙面にはベートのステイタスが載っている。

 

「信用できんなら後でベートを連れてくるで」

 

その内容とは、LV1と0が並ぶまっさらなモノだ。これが恩恵を受けたばかりの駆け出しの冒険者ならわかる。でも、名前の欄にはベート・ローガと書かれていた。ロキファミリアのベート・ローガと言えば『凶狼』の二つ名を受けるほど冒険者だ。ギルドでもオラリオの戦力として注目していた彼のランクはLV5。だからこれはおかしいのだ。そして、ロキがこれを自ら赴いて持ってきたという事は真実。嘘ではない。

 

それに、数日前からベート・ローガが行方不明になったという噂はウラノスの耳にも入っている。漆黒の甲冑を着た男が関係していることも。そして、今朝に信頼できる部下の報告で彼が帰還した事をウラノスは聞いている。ランクが下がったらしいという事もだ。だから、ロキの話は信憑性に足りるのだろう。でなければ彼女は此処にいない。

 

ロキは続けてベートや他の幹部から聞いた情報をギルドの主神に伝える。モモンいう人物がヘスティアファミリアを利用しベートに接触してきた事。彼の誘拐を追跡するも、モモンに調教されたモンスターが邪魔してきた事。ダンジョンの奥深くで戦った事。武具を作る魔法をはじめ、恩恵のスロットの数を遥かに超えた数の魔法を使う事。しかも、それらを無詠唱で行使できるとの事だ。

 

そして、モモンの実力はLV7。またはそれ以上。オラリオ最強のオッタルも簡単に勝てるかどうかわからない相手だ。そんな強者が急に現れた。一体何処から彼は来たのだ?モモンの能力はあまりにも冒険者の常識を逸脱している。でも、そんなことはどうでもいい。神々にとってはモモンは微々たる存在だ。最悪、ちょっと本気を出して神の力。神威を使えばどうにもなるのだから。そう、問題は彼が神々の領域に土足で足を踏み入れてしまった事。

 

それは”ベートのレベルダウン”。即ち、モモンが神の恩恵を操った事だ。

 

「ベートは恩恵を盗まれたんや。それが何を意味しとるかはわかるやろ?」

 

『恩恵盗み』の出現。それは本来あってはならない事だ。恩恵を盗むなど神々に喧嘩を売るような真似。それはあまりにも畏れ多い行為。超越者と定命の者。それの力の差がわからないはずがない。愚かすぎる。度し難いほど愚かすぎる。

 

「あいつはダンジョンの中でモモンと戦ったと言っておった。そして経験値を奪われた。恩恵を操るほどの神威を使ったら神界にバレる。まして、ダンジョンの中でやったらえらい事になるやろなぁ」

 

神がズルをして自分の眷属の恩恵を弄ってランクでも上げてしまったら神威がどうしても漏れてしまい神界に伝わってしまう。そうすればどうなるか?答えは簡単。察知され神界に強制送還させられるのだ。そうなったらもう下界には干渉できない。それが、娯楽のために地上に降りた彼らが決めたルールだ。もちろん例外的に神威を発動しても良い場合もあるが。

 

では、ダンジョンではどうなのだろうか。迷宮には神は入ってはいけない。地下の世界は彼らにとって冒険者以上に危険だからだ。なぜか?ダンジョンは憎んでいる。神々を憎んでいるからだ。もし迷宮内で神威を放ってしまったら牙を剥き出し、悪意を垂れ流し、殺意を研ぎ澄まして暴れ狂うだろう。神を殺すために。

 

「モモンは神じゃない。おそらく人間や。でもこれはもう、うちらの子として見れん。擁護できんやろ」

 

だから、モモンは神ではなく、人間。またはそれらに近い者だということだ。ダンジョンの中で恩恵を操ったということがそれらを裏付ける。これは恐ろしいことだ。モモンは神ではないのに神の力を行使しているのだから。

 

「あいつはうちらの敵や。神に弓矢を引いておるんやからな」

 

そして、もう彼は。モモンは神々の敵だ。つまりは世界の敵。邪悪なる存在だ。いくら下界のかわいい神々の子供とは言え彼らの目には余ってしまう。そこには慈悲はない。

 

「ギルドの長としてどう対処するんや?ウラノス。たぶんモモンは他のファミリアの子にも手を出すと思うで」

 

モモンはこれからオラリオ中の冒険者を狙うだろう。恩恵を奪い、力を蓄えた彼は何をするのだろうか?街を壊す?人々を惨殺するのか?それとも神に反逆するのか?考えただけで恐ろしい。

 

「緊急指令でも出すんか?相手は恩恵を盗む規格外。そして、LV7。またはそれ以上の強さ。そうなると直接対決して見合う力量のところはウチかフレイヤの所になる」

 

だから、モモンの凶行が始まる前に止めなければならない。ギルドには他のファミリアへの助力要請の権限があるし、阻止する責務もある。相手は罪を犯す外道。誅を与えなければならないのは道理だ。それを抜きにしても彼を捕まえなければ迷宮都市オラリオには未来がない。このまま、冒険者が弱体化したらオラリオの戦力は落ち、魔石の産出量が下がり都市の力がなくなってしまう。そしたら他国との戦争も勝てなくなってしまいラキア王国の属国になるだろう。従って、モモンを場合によっては殺してでも恩恵を盗むことを防がなくてはならない。

 

だが、二つ問題点がある。一つ目。『恩恵盗み』は強い。オラリオ最強の『猛者』オッタルと同格。いや、それ以上かもしれない。でもそれは、人数や物量で解決できるはずだ。冒険者は数より質とはよく言うが複数の高ランクの。例えば、LV6の冒険者に袋叩きにされれば格上のオッタルでも堪えてしまうだろう。それに策略や戦術を講じればいくらでも解決策が出てくるはずだ。つまりこの問題はこちらにも被害が出てしまう可能性があるがどうにかできるということ。そして、最悪、神の力を使えばいい。

 

今回の場合は下界だけの問題ではなく神界への挑発なのだからモモンを殺す程度の神威の発動する許可くらい出るだろう。でも、これは地上で起こった出来事だ。神にはまだ実害はないし、まずは眷属である冒険者が対処せねばならない。しかし、彼らで処理できなかった場合、神が対応することになる。だから、"最悪"だ。人間では勝てない超越した存在ということなのだから。

 

「フレイヤのやつは罰金を払っても命令を拒否るやろ。あまりにもリスクが高すぎる。なんせ自分の眷属をダメにされちまうからなぁ。オッタルや『女神の戦車』がLV1にされたらファミリアの戦力はガタ落ちや。目も当てられん。ウチも同じ立場なら関わりたくないわ」

 

しかし、二つ目の問題点が厄介だ。モモンは【神の恩恵】を奪う。それはファミリアの弱体化を意味する。眷属のランクはオラリオでは神々の権力や富。そして格に繋がる。それらがすべて消し去ってしまうのだ。どの神も二の足を踏むだろう。モモンと対峙するのはあまりにもリスクが高すぎる。

 

そして、ロキはフレイヤの意思を考えずに憶測で語る。あくまで彼女がこう思っているだろうとウラノスに思わせるためだ。

 

「ウチならええで。ベートがお世話になったからなぁ。でも、こっちの戦力はLV6が三人。モモンと戦うにはちと厳しい。せやからー」

 

ロキのファミリアにLV7はいない。正直、一対一でモモンと戦って勝てる者はいない。そんなものはオッタルしかいないだろう。だが、彼らには強みがある。それはチームワーク。個としてではなく軍として見ればロキファミリアは『猛者』が所属しているフレイヤファミリアより軍配は上がるだろう。

 

だが、それでも『恩恵盗み』に勝てるとは限らない。格上と戦うためには武器も新調しなければならないし、重症を受ける可能性が高いため水薬だって大量に必要になる。それこそ高価なエリクサーもだ。そして場合によっては魔法具だって必要になるかも知れない。

 

準備には多大な費用がかかるのが予測される。つまり必要なのは金だ。

 

 

「次回の遠征を無くしてくれへん?」

 

 

直前に控えた遠征の中止。それがわざわざウラノスに恩を売ったと思わせるように口を動かした彼女の狙い。

 

ダンジョン遠征は探索系ファミリアにとっての義務である。迷宮の謎を解くために定期的にギルドから指令が降る。もし、命令を聞かなかった場合には重いペナルティーが課せられるため従わざるをえない。そして、遠征には金がかかる。物凄い大金だ。

 

綿密な計画に基づいて行われる遠征にはハプニング。つまり、唐突な死が訪れることも少なくない。深層ではちょっとした失敗や士気が死へと直結する。それこそ、上級冒険者が一人いなくなるだけで団が崩れてしまう。そう、ロキファミリアは数日前にLV5の冒険者を失った。厳密には戻されたというべきだが、当てにしていた戦力というだけで計画は大幅に狂うだろう。今頃団長のフィンは頭を悩ませているはずだ。そして、『恩恵盗み』の件もある。

 

正直、遠征を行ってもあまり良い結果にはならないはず。それより解決すべきこともあり、そちらを優先すべきだ。もし遠征が中止になれば使われるはずだった費用を『恩恵盗み』対策に回せるし、消耗していない高ランクの人材も派遣できる。これはモモンに報復できるチャンスだ。

 

ロキの言葉は彼女のファミリアにも利があり、ギルドも矢面たってくれる者達が現れた。もし彼らが壊滅し、いなくなっても他のファミリアがあればオラリオはなんとか回る。一石二鳥。いや、三鳥か。これはギルドにも良い話である。

 

「・・・いいだろう。ギルドも協力するようロイマンに通達する」

 

だが、これはオラリオ全体の問題だ。ギルドが助力するのは当たり前で、他のファミリアも間接的に力を貸さなければ、ロキの所だけではモモンを倒せないだろう。

 

ウラノスはこれからそれぞれの今回作戦の要となるファミリアの主神達に通達する。

 

オラリオを揺るがす悪意があると。

 

神に仇なす者がいると。

 

 

そして、恩恵を奪う"世界の敵"がいると。

 

 

『恩恵盗み』の討伐が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夕方が終わる頃だろうか。もうすでに辺りは暗くなっている。

 

ベートは誰もいない訓練場で拳を振るう。しかし、それはただ握った手をゆっくりと動かしているだけだ。正直、見るに堪えない。まるで老人のようだ。

 

あまりに遅い突きだ。だというのに彼の額には汗がにじみ出ており、表情は険しい。体を動かすのがやっとだ。立ってるだけでもう辛い。それほどまでに体の筋肉が弱まっている。

 

でもやらなければ正気が保てない。こうやって日課であった鍛錬をやっている間だけあの地獄を忘れられる気がする。逃避だ。

 

「・・・チッ」

 

だというのにそれは彼に現実を突きつけてしまう。己の弱さ。それがまた、ベートの心を蝕む。

 

ハァハァと息を荒くした彼は自身に疑問を持つ。なぜこんなことをやっているんだ?なぜ俺は人目を気にしてこの場所にいるんだ?なぜいつものようにできない。

 

 

なんで俺は弱いんだ?

 

 

ベートは汗を拭い、訓練場を去る。おぼつかない足で彼はホームから逃げ出すように迷宮街へと足を運ぶ。その時のベートの顔は悲壮で満ちていた。

 

彼は『黄昏の館』にはもう居場所がないと考えてしまった。ロキファミリアはオラリオでは最強の一角と呼ばれるファミリアだ。最強、つまり強者。強さを求め、認められ入団したベートはもう自分には釣り合わないと思ってしまた。自分よりランクが高かった、フィン。ガレス。リヴェリアはもちろんのこと、同じランクだったアイズやアマゾネス姉妹。そして彼が発破をかけていた下位団員達。それらより弱いのだから強さを信仰していたベートは今の自分に耐えられなかった。

 

だから、逃げた。現実を突きつける場所から逃げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛い。

 

「お前は調子乗り過ぎなんだよぉ!」

 

痛い。

 

「噂は本当だったんだな!『凶狼』様のランクが1になったてのはよぉ〜」

 

痛い。

 

「ベート・ローガ。ロキファミリアの団員から聞いたぜ。丁寧にも俺たちみたいな部外者にも教えてくれるなんてよぉ。お前嫌われすぎだろ」

 

 

 

痛い。

 

 

 

 

ベートは人目が付きにくい路地で横たわっていた。棒や拳で暴行を加えられたせいか、衣服は薄汚れ、生々しい傷跡があちこち見られる。頭から血も流しているではないか。だが、手心というべきか致命傷はわざと外している。彼は簡単に壊れないようにゆっくりと甚振られていた。

 

周りには5、6人からなる集団。彼らがベートに暴力を振るったのだ。目的は憂さ晴らし。今は甘いがこのままエスカレートしていけば彼は死ぬだろう。

 

この連中は彼に対して恨みを持っている者たちだ。中にはベートによって捩じ伏せられた人もいる。

 

彼に暴力を振るわれボコボコにされた者。彼の正論を帯びた暴言によって人格否定された者。そして今此処にいるのはそれらを行った弱った狼。これは復讐のチャンスだ。誰だって仕返ししたくなってしまうのは自明だ。血の気の多い冒険者ならなおさらだ。

 

これは自業自得なのだろうか。

 

 

痛い。痛い。痛い。・・・痛い。

 

 

頬や太腿を殴打され鋭い刺激が痛覚に伝わる。しかし、彼の頭には痛みによる嫌悪感ではなく単なる情報にしか伝わらなかった。あの"無限地獄"に比べれば大したことではないからだ。だが、このまま続けば死ぬことには変わらない。これは危険だ。ここでは生き返ることができないからだ。そもそもモモンが異常だったのだ。命は死んだら取り返せない。あの"怪物"は自然の摂理を覆してしまう。

 

だから、幾千もの死を経験した彼は痛みどころか、死にも慣れてしまっていた。体を動かすことが困難なベートは暴力になすがままだ。逃げることすらできない。彼は死を受け入れるだろう。それが楽だからだ。

 

ベートの意識が薄れ次第に視界が暗くなっていく。罵声も自身を打つ棒の音も聞こえない。もう俺は死ぬのかと思ったその時だ。

 

 

「ベート!大丈夫か!?」

 

 

焦っているが凛とした知性を感じる女性の声が聞こえる。彼はこの声が聞いたことがあった。いつも説教ばかりしてくるあいつだ。重たい瞼を開けたベートの目の前には翠色が映る。何か液体を口に入れられ、ぼやけた視界がはっきりしてきた。そして見えたそれは美しい緑色の髪の毛だった。

 

「・・・ベート。なんでこんなことに」

 

彼を抱え、眉間にシワを寄せ悲しい顔した美女。今にも涙を流しそうだ。彼女はリヴェリア。ベートがホームからいなくなったことを察知し、心配した彼女はオラリオを彼を探しに駆け巡った。発見した時には骨は砕かれたために手足はひしゃげ、体には生々しい紫色をした殴打の跡。そして、全身血まみれのベートの姿があった。彼には恩恵による耐久という加護はない。だから、一般人より劣る脆弱な体はいとも簡単に壊れてしまった。

 

また、暴力を振るっただろう周りを囲っていた男達は第三者に目撃されたためか一目散にこの場を逃げていった。夜闇に紛れてしまって追走も識別も困難だ。

 

だが今はそんな事はしなくて良い。リヴェリアはベートを助けることを優先した。不幸か幸いか、致命傷を外してくれたことによって彼は手持ちのポーションで息を吹き返した。

 

「一緒にホームに戻ろう」

 

手持ちの水薬が尽き、自らの魔力を使って治癒魔法をベートにかけていた彼女は彼に帰路を促す。その時のリヴェリアの顔は慈愛と悲痛が混ざりあったようなものだった。彼女は後悔している。なぜ見張りを付けなかった。こうなることは予想できたはずだ。なぜ、もっと早く見つけなかった。なぜ、なぜ、なぜ。彼女の頭のなかでは"もし"が渦巻いていた。

 

しかし、それ以上にベートが無事だったのが嬉しかった。怪我もギリギリ治せる範囲だ。後遺症もないだろう。彼がランクが下がったことに意気消沈しているのはわかっている。ならばゆっくりと時間をかけてホームで力量を取り戻せばいい。生きていればそれができるのだから。

 

だが、ベートは残念ながらそう思っていはいない。

 

 

「・・・俺をダンジョンに連れて行ってくれ」

 

 

意識を取り戻した彼の第一声。それは今のベートにとっては自殺同然の言葉。負傷も治りきっていないのにだ。そんなことを言う彼は狂っていると言われてもしょうがないだろう。

 

「何を言っている!死にたいのか貴様は!大体まだ治療中・・・だ・・・」

 

リヴェリアは当然、声を荒げる。そんなに命を簡単に捨てられては助けていることも心配も意味ないではないか。だが、彼女はベートの瞳を見てしまった。その瞳孔は"燃えていた"。いや、そういう表現では表しきれないほどに真摯な眼差し。彼は強くなりたい。違う。それ以上に"ナニか"を緋色の眼に秘めていた。それはリヴェリアの心を動かしてしまった。ベートは何としてでもダンジョンに向かう。己が説得しても無駄だ。そうわかってしまうほどの眼力。無理やりホームに戻しても結果は同じだろう。ならば、彼を連れ行くほか選択肢はない。・・・だが、それ以上に共感してしまったかもしれない。彼の瞳に宿る"ナニか"に。

 

彼女はベートの肩を担ぎ、深夜近い月明かりに照らされた町並みを歩きながらダンジョンに連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前のゴブリンが俺を殺そうと腕を振るい、鋭い爪で喉を掻き切ろうとしてくる。俺はもちろん攻撃を避け反撃しようとした。いつもの常道だ。だけど、体は思うように動かない。当たり前だ。俺はLv1。いや、それ以下だ。

 

 

あぁ、やはりダメだったか。

 

 

ゴブリンの爪はベートの首を削ぎ落とすだろう。それは致命傷になり彼は死ぬ。やはり、無謀だったのだ。お前は赤子のように弱者なのだから。

 

しかし、その小鬼はリヴェリアによる杖の一閃によって魔石を砕かれ灰とかした。

 

 

 

「もうやめてくれ。ベート」

 

 

彼女の顔はとても悲壮で満ちていた。当然だ。こんなやり取りをもう10回も繰り返している。ダンジョンの一層でゴブリンと戦う。今の”ベート”がだ。それは本当に自殺に等しすぎる行為だ。リヴェリアは何度も諦めるよう声をかけた。でも、ベートは肩を爪で切られても、ゴブリンの拳で腹を殴打されてもやめようとしない。彼自身、これが無謀なことだとわかっているのに立ち上がり戦おうとしている。

 

「わからない。何がお前を動かすんだ・・・」

 

見ていて辛い。リヴェリアは小声で呟く。彼がなぜこんなことを続けるのか彼女には理解できなかった。いや、理解したくなかった。あまりにも心悲しいからだ。ベートとの付き合いはそれなりある。だから、彼がなぜ強さを信じ、弱きを蔑むのかはある程度はわかる。目の前で諦めないベートは強くなりたいのだろう。彼が求めるモノのために。でもこれはあまりにも無茶すぎる。

 

「俺は・・・」

 

彼は疲労と怪我のために満身創痍だ。ぼんやりした頭でリヴェリアの言葉の回答を考える。

 

俺はなんでこんなことをやっているんだ?今の俺ではゴブリンさえ勝てないとわかっているのに。痛い。辛い。逃げ出したい。どこか安全な場所へ行きたい。そう、あんな化物と会わない生活がしたい。キレイなメスと子供を作って平和な暮らしがしたい。それだけでいい。

 

俺がどう足掻いてもあの”理不尽な存在”はどうもすることができないのだから。

 

・・・でも、”アレ”は誰が倒すんだ?モモンはこれから俺みたいに。いや、もっとひどい惨劇を繰り広げるだろう。誰かが止めなきゃダメだ。フィンか?ガレスか?リヴェリアか?それともアイズ?あぁ、オッタルならやってくれそうだ。だってオラリオ最強だからな。・・・違う。

 

 

違う!違う!違う!なんでそこに俺が出てこないんだ!俺が一番モモンを知っている!モモンの攻撃の予備動作だって!魔法の効果も知ってる!ランクさえ上げれば一矢報いることだってできるはずだ!

 

俺はなんのために今まで生きてきた?もう妹やあいつらを殺す奴らを駆逐するためじゃなかったのか!?守るんじゃなかったのか!?

 

「俺は強くならねばならない。俺がやらなければならない。俺が守らなければならない。俺はーーーー」

 

あの怪物に勝つんだ!理不尽には屈しない!俺なら出来る!俺は、

 

 

 

 

眼鏡をかけたおさげの少女が彼の脳裏に浮かぶ。

 

彼女の温かい手。

 

彼女の体温。

 

彼女の胸の鼓動。

 

そして、彼女の涙。

 

 

 

 

 

守るんだ。あいつを。リーネを。

 

 

 

だから、俺は強くならなければならないだ。守る力が欲しい。

 

 

 

 

守る力が欲しいだけなんだ。

 

 

 

 

その時、彼の背中が青く光輝きだした。ベートの思いに応えるように。

 

 

「・・・なんだこれは?」

 

 

リヴェリアは驚嘆の声を上げてしまうほどに、それはとても幻想的な光景的だった。

 

限定解除。リミットオフと呼ばれたそれは【神の恩恵】をも超越してしまうほどの思い。そして人間の可能性だ。それが、ベートを支え、力を与える。今の彼は神の思惑を超えた存在になった。

 

青白く光を纏った彼は壁から新しく生まれたゴブリンと対峙する。もう構えをとったベートには弱さが見えない。一時的に彼は歴戦の戦士に戻ったのだ。

 

 

「うぉおおおおおお!」

 

 

ベートは渾身の力で蹴撃を目の前のモンスターに行う。当然のようにゴブリンの体は弾け、木っ端微塵になった。いや、それどころではない。彼の蹴りは衝撃波を生み、肉壁を貫いてダンジョンの壁に深く大きな傷を作ったのだ。どこまでも深い穴は昔の彼にはできなかっただろう。そして、それは偶然にもあの”怪物”が作った傷跡と同等だった。

 

だから、迷宮は蠢いた。そして恐怖した。また、”アレ”がやってきた。何をやっても殺せない。どこにいるのかもわからない。憎い超越者であって超越者でない。いつの間にか現れ、いともたやすくダンジョンを破壊してしまう存在の再来に恐怖した。

 

 

ベートはそのまま拳を振るい戦い続ける。30体ものゴブリンを破った彼はフロッグシューターやウォーシャドウを続いて打ち倒し、遂にはミノタウルスまで倒した。それだけではない。

 

魔石に変えたモンスターは500はくだらないだろう。多い?それはそうだ。物凄い量の怪物が彼の周りに現れたのだから。ダンジョンはベートを”異世界の超越者”と勘違いした。だからなりふり構わず、彼を殺すために深層のモンスターや色の黒い強化個体も送った。が、それさえもベートは一撃で倒してしまった。今の彼はLv6。いやLv7に届いている。

 

 

 

「・・・こんなことがありえるのか?」

 

 

それを見たリヴェリアの顔は未知と驚きで満ちていた。ベートだけにモンスターが向かっていたために彼女は棒立ちだった。本来ならば彼をサポートすべきなのだろうが、フィンでも手こずりそうな敵をベートの脚が一瞬にして一閃していく。もはや、竜巻と例えるくらい、今の彼は無双だった。手助けはいらない。だから、彼女はただただベートを見ていた。

 

やがてモンスターは現れなくなりベートは限定解除が解け、それの反動故か床に倒れ込む。

 

「べ、ベート!」

 

リヴェリアはすかさず傷だらけの彼に治癒魔法をかけた。そして、彼らはホームへと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

「あれは何やったろうか〜」

 

ここはロキファミリアのとある部屋。そこに女神。ロキがいた。自室がベートのおかげで酸っぱい臭いで充満しており、とても留まる事が出来ない有り様だから故か部屋替えしていた。今日、彼女の団員が掃除したが、臭いはまだ残っており彼女はよく使うこの部屋に避難することになった。

 

ちなみに、ロキは大酒飲みだ。自分も粗相してしまう事もちょくちょくあった。その時は自分で掃除するか、団員に賄賂(酒)を渡して手伝って貰っていた。リヴェリアには内緒だぞ。その時もやはり臭いが取れるまでここで寝泊まりしていた。

 

まぁ、この部屋でしこたま飲みやらかしてしまう事もあったらしい。なんせ酒瓶を秘蔵している場所でもあるのだから。

 

 

 

やはり、一人で酒を楽しんでいたロキは『豊穣の女主人』で鈴木悟の感情を読み取ろうとした時に感じたことを思い出していた。

 

「うぅ〜。思い出しただけで身震いするわ〜」

 

あの時、彼女は恐ろしい存在に睨まれるような錯覚に陥った。神である彼女が恐れてしまう者。それは地上ではありえない。だが、現実にそう感じてしまった。しかもそれは鈴木悟からではない。”どこだかわからない近い場所”から睨まれていたのだ。酒場全体か?外を歩いていた冒険者?それとも自分に恨みを持つ神か?わからない。

 

だが、鈴木悟から発せられているものではないというのはハッキリわかった。だから、彼らを探るのを早々に終えて『豊穣の女主人』から去ったのである。

 

「まるでオーディンに本気で怒られそうになったみたいやったな」

 

そして、ロキはこれに既視感があった。彼女の故郷。アースガルズで向けられた殺意に似ていたのだ。まぁそれは自業自得だが。

 

彼女はイタズラ好きだ。度が過ぎるほどに。というかぶっちゃけ悪神である。友達を何度も窮地に立たせあたふたするところを見物したり、神々を殺しあわせたり、バルドルを殺害してみたり・・・。ちなみこれがラグナロクを起こす原因でもある。彼女、本当はヤバイ神なのでは?

 

そんなクレイジーなロキだが、オラリオにきて、ファミリアを持つようになってから丸くなった。と周りの神から言われているくらいに彼女は変わった。今では眷属思いで大酒飲みのセクハラ親父(女)だ。善神になったというべきか?

 

「でもちょっと違うんよなぁ〜」

 

同じ神から向けられた殺意に似ていた。しかし、そこまでの殺意だとすると神威も漏れるはずである。でもそれはなかった。神ではない。それがロキの頭によぎる。超越者ではなく神を害する者。それは、神を殺せるもの。つまりは、

 

 

「神殺し・・・。そんなわけあるかー」

 

 

彼女がそう呟くと部屋の扉がギギッと音を立てる。ちなみに時刻は深夜はとっくに過ぎ、みんな寝ているはずである。誰だろうか?考えられるのはリヴェリアとベート。彼らはまだ帰っていない守衛から聞いている。おそらく二人は一緒だろう。おおよそだが、ベートが自己嫌悪で家出したのをお母ちゃんムーブしたリヴェリアが捕まえているはずとロキは思っているので彼女はあんまり心配していなかった。

 

それでも、遅すぎる。彼らは何をしていたのだろうか?もしかしてベートがお母ちゃんとかしたリヴェリアにずっと慰められたりして・・・バブバブ。それって赤ちゃんプレイ?っとそんなことを考えていた酔いが少し回ったロキの目線に木の扉からはみ出た灰色の耳が映る。つまり訪問者は狼人。ベートだ。

 

「ベート!?ボロボロやんけ!?」

 

姿を表した彼を見てロキは驚いた。生々しい傷跡はリヴェリアが治してないもの、服は引き裂け血が滲みまくっている。しかもかなり土埃を被ったのか髪もゴワゴワ、上着も汚れている。こんな風になる原因は一つしかない。彼はダンジョンに潜ったのだ。

 

「ステイタスを更新してくれ。ロキ」

 

ダンジョン潜ったんか?アホか?なんでいったんや?と彼女はベートを問いただそうと思った。当たり前だ。彼はLV1。迷宮に挑むなど自殺行為だからだ。さぞ、大変な思いをしたに違いない。目の前のベートの姿が雄弁に語ってくれる。

 

「わ、わかった。椅子に座って背中見せみー」

 

しかし、彼女はベートの瞳を見てしまった。緋色の瞳孔が奏でる感情の色彩は”濃かった”。恐れ。苦しみ。悲しみ。欲望。期待。快感。そして愛。それが混ざりあい凝縮された感情が感じ取れた。あまりの情報量でロキは驚いてしまうほどに。それと同時に強い意志を受け取った。何があったなんて聞くのは無粋だ。

 

 

 

ロキは人差し指に針を刺す。そして、ベートの背中をなぞる。やがて、青白い光が部屋を満たす。

 

彼女の額には汗がにじみ出ていた。また良くないことがベートの身に起きるのではないのか?モモンに恩恵を弄くられたお陰で何が起こるかわからない。自分を楽しませるはずの未知が彼女を不安にさせていた。それでもベートのためにロキは手を動かし恩恵を操る。

 

 

 

 

 

やがて青白い光は消え、ステイタスの更新は終わった。彼の背中を見つめるロキは破顔する。なにも悪いことが起きなかったためだ。そして、”あり得えない”ことが起きた。奇跡というべきか。いや違う。

 

 

「ベート・・・。お前、やっぱ持ってるわー」

 

 

これは人間の可能性だ。

 

 

 

ベート・ローガ

 

Lv2

 

力 :I 0

耐久:I 0

器用:I 0

敏捷:I 0

魔力:I 0

守護者:I

 

《魔法》

 

《スキル》

 

【邪滅願望】

 

・早熟しすぎる。

・アビリティに大幅補正。

・効果は”世界の敵”が消滅するまで持続。

 

 

 

 

彼はランクアップしていた。一日でだ。これは最短記録ではないだろうか?でもそんな事はどうでもいい。ベートは早く惨劇が起きる前にモモンより強くならなければならない。それだけが重要だ。そのために発現したスキルもある。そう、スキルだ。しかも珍しいレアスキル。

 

邪滅願望。これは彼にとって。いや世界にとっての起死回生の切り札だ。ベートが立ち向かうのは”世界の敵”。その怪物は誰も勝つことができない。神でさえも。だが、唯一可能性がある。それは彼だ。このスキルはそれを可能にするものを秘めている。

 

 

ベートはモモンに勝てるだろうか?いや、勝つ。勝つしかないのだ。平原の主の時のように。勝たねば”理不尽な存在”はすべてを壊す。だから、打ち勝つ。

 

 

「・・・邪滅願望」

 

ロキから自分のステイタスを書かれた紙を受け取り、内容をみたベートは己に発現したスキルの名前を呟く。その時のベートの表情は牙をみせ笑っているように見えた。

 

 

そうだ。俺はできるはずだ。モモンに勝つことができるはず。今までそうしてきたように拳を振るえばいい。そのために生きてきたんだ。

 

俺はもう負けない。俺を愛し、信じてくれた人達のために。

 

 

 

 

そう、リーネのためにも。

 

 




次回予告。鈴木悟の風俗レポート〜童貞卒業なるか!?(できません)



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