鈴木悟がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ピュアウォーター

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今回はモモンがベートを使った魔法の検証のお話です。

ベートがいっぱい死んでひどい目にあいます。注意。




幕間 地下72層目で狼は・・・

目の前に美しい漆黒の色をした金属の光沢が映る。斧だ。過度に装飾されていないそれはとても実直で美しい。もはや美術工芸品だ。シンプルな機能美というものが感じられる。そして、肉を断つには適度な重さがあり、切れ味も良さそうだ。豚や牛などの家畜の首を簡単に両断できる。もちろん骨なんていともたやすくに砕くことができるだろう。

 

そして、それが

 

 

 

「ぎゃぁああああああ!」

 

 

 

ベートの左足に振り下ろされる。

 

 

 

 

今、彼の両足は膝からない。右の断面はぐちゃぐちゃに腐り溶けていて、もう片方はドクドクと新鮮な血が流れていた。

 

 

「五月蝿いぞ。実験動物」

 

 

とても冷たい底冷えするような声が聞こえる。その声の主。黒い甲冑を着た男。モモンだ。振り下ろした斧を持ち直した彼はベートの足甲のついた左脛を拾い、"虚無"にしまい込む。

 

 

「しかし、これでは実験にならないな」

 

 

モモンはそう言いながらベートにカツン。カツン。と石床を鳴らしながら彼の頭上から見下ろし、近づく。その様子はとても無慈悲で、退屈さを感じる。

 

それと対して、両足がなくなったベートは痛みで苦しみで悶ていると思いきや苦痛を感じなかった。自分の脳がアドレナリンをどんどん出して痛みを抑えてくれる。なぜか?痛みでのたうち回る場合ではないからだ。

 

「はぁっはぁっはぁっ」

 

心臓の鼓動が早くなり、息が荒くなる。そして本能が逃げろ。逃げろ。逃げろと訴えてくる。大脳が逃走を要求してくる。端的に言うとベートは最上級の恐怖を感じているのだ。目の前の存在に対して。もはや命乞いの言葉もでない。

 

だが、彼は逃げられない。自慢でもある両方の足がないのだから。

 

 

「リセットするか・・・」

 

 

その”恐怖”は漆黒の斧をもう一度、振り上げる。狙う場所はベートの脳天。斧の一撃は左足同様、グシャリと頭蓋骨を砕き脳漿をぶちまけるだろう。

 

ベートはこれから死んでしまうだろう。そのことについて彼は当たり前のように恐れを抱くが、それ以外にもベートを狼狽えさせるものがあった。

 

それは、モモンの砕かれたヘルムから覗かせる顔。スリットがボロボロと崩れ落ちて顔面の半分が露わになるそれは”白”かった。まるで陶磁器のような美しい乳白色だ。それもそうだ。モモンの顔は肉のない躯なのだから。そして、ポッカリと空いた眼窩には真っ赤に光り輝く目玉があった。ベートはそれを視て思い出す。自分が心臓を潰されて死んだことを。そのときに見た最後の光景。

 

 

それが彼の頭を揺さぶり、滅茶苦茶させる。ベートの頭は恐怖と疑問で混沌とかしていた。もうぐちゃぐちゃだ。

 

なんで俺はここにいる?  怖い!死にたくない!  モモンはモンスターなのか?なぜ喋れる?怪物は言葉を紡げないはずだ。  いやだ!生きたい!  斧はどこから出した?魔法?スキル?おかしい。  ああああ!近寄るなぁ!  まるで恩恵を受けた冒険者じゃないか もう死ぬはいやだ!苦しいのはいやだ!

 

そう、死ぬのは嫌だ。あの感覚は味わいたくない。・・・なんで俺は生きているんだ?

 

 

 

ヒュンと風の切る音がする。自分の頭の何かが潰れて弾け、バキバキと割れる耳障りな音が聞こえる。そして、脳の奥が暖かくなるような感じがした。

 

 

 

ベートの目の前は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは神々が住まうバベルの地下深く。ダンジョンの72層。朽ち果てた人形が散らばっているそこはピグマリオンの居城だったところ。人類が到達した階層を遥かに超えた場所。モモンの実験場であり屠殺場だ。

 

そしてベートの地獄が始まる場所でもある。

 

 

 

 

 

「あ゛ぁっ!?」

 

何かに無理やり起こされたようにベートは覚醒した。

 

体中が怠い。寝起きの悪さとは違う感じだ。だが、頭は不思議と冴えている。自分の手や足の感触、周囲の匂いを感じ取れた。だから服についてしまった血の匂いや、なぜ切断された自分の足が治っているのか。何故"生きているのか"疑問を覚えてしまう。

 

 

「気分はどうだ?狗」

 

 

モモンの冷徹で小馬鹿にしているような声が聞こえる。だが、目の前にいたのは甲冑を着た男では無かった。そこにいたのは、

 

 

「・・・そうか、その様子では自分に何が起こっているのもわからないのか」

 

 

死の支配者だ。骸骨が目の前にいる。彼はモモンなのだろうか?周りを見渡しても壊れたマネキンしかない。ではそういうことなのだろうか?いや、彼がモモンだと断言できる。だってあの赤い光。忘れることのできない真紅の輝きを放つ眼が彼の顔にあるのだから。

 

しかし、死者が喋りかけてくる事はおかしい。スパルトイのような骸骨のモンスターはいるが、基本的に怪物は言葉発することができないはずだ。そのはずだが、今ここにいる。人や魔物を超え、逸脱した存在。それがモモンなのだ

 

次にそれが纏わせる雰囲気は異質だ。やたら身につけているものが神々しいのだ。豪華な刺繍がされた黒いローブ。7つの蛇が絡み合った不気味であり神聖な黄金の色をした杖。指にはめている無数の指輪。おそらくすべてマジックアイテムだろう。それも国宝級。いや、見たことはないが神々の装備と同じくらいの価値ではないか?。自然とそう思ってしまう。極めつけはみぞおちにある宝玉。モンスターの魔石と思わせるそれは違和感を感じるほど怪しく輝く。

 

鎧を脱いだモモンの第一印象はモンスターの神だ。モンスターの神?何だそれは?矛盾した存在である。それで正しい。彼は怪物なのだ。それと同時に神と同じ超越者なのだから。

 

 

「まぁいい。検証を始めよう」

 

 

モモンはベートに対して手をかざす。そうすると、透明なモヤモヤした塊が彼の周りに10個現れた。

 

 

「《魔法の矢》」

 

 

そして、それは弾丸のように飛んで行きベートの四股を貫く。

 

身体中がちぎれ、バラバラになった彼の目の前は真っ暗になった。

 

 

 

 

「《火球》」

 

「《龍雷》」

 

「《溺死》」

 

「《獄炎》」

 

「《破裂》」

 

「《負の爆裂》」

 

「《千本骨槍》」

 

「《黒曜石の剣》」

 

「《万雷の撃滅》」

 

「《嘆きの妖精の絶叫》」

 

 

 

 

 

・・・目が覚めてはモモンの呪文の詠唱が聞こえて暗転。それを20回ほど繰り返したところ、ベートは自分の身に起こったとんでもない出来事に気づいた。いや、気付かされたというべきか。最初からわかっていた。でも到底信じられるものではなかった。夢だと言われた方がはるかに現実的だ。

 

「俺は生き返っているのか?」

 

覚醒したベートは反射的に呟いてしまう。

 

 

「やっと気づいたか?」

 

 

目の前いたのはやはり見慣れてしまった赤黒い光を放つ目の骸骨。これが現実だとどうしようもなく理解させてくる。

 

 

「これで28回目。お前は私の魔法の実験のために生き返っているのだよ」

 

 

蘇生?俺は生き返っているのか?そんなことはありえない。ありえない。ありえない!死んだ者は生き返らない。だって!だったら!あいつら!あいつらは!あいつらはなんで!

 

 

あいつら。その者たちは力の弱い者、自分で敵に立ち向かえない者をベートが罵るようなったきっかけ。そしてベートが心から愛した女達。彼らはもうこの世にいない者達だ。平原の主と呼ばれた怪物に食い殺された妹のルーナと幼馴染のレーネ。ダンジョンで死傷を受けてしまったヴィーザルファミリアの副団長。ちなみに副団長だった彼女とは肌を重ね合ったほどの仲だった。

 

目の前で死んでしまった彼女たちを守れなかったベートは弱者を雑魚と蔑むようになった。それはその者が死地に向かわせないためのあまりにも不器用な親切さ。正直意図は伝わりづらいし迷惑だ。だが、人との付き合いが致命的に下手くそなベートにはそれしかできなかった。

 

彼はもう大事な人には死んでほくないのだ。身近の人。同じファミリアの団員。自分を好いてくれるあの女の子。だから、それらを守れるよう彼は力を求めた。そして強くなった。彼は今や数少ないLV5の上級冒険者だ。二つ名の『凶狼』を貰い受けその名声はオラリオ中に届いている。しかし、彼はそれに満足しない。もっと強く。もっと強くなりたい。彼は常にそう思っている。

 

そう、かつて戦った平原の主のような大事なものをすべてを破壊する理不尽な存在に立ち向かうために彼は己の牙を研磨し続けているのだ。

 

 

「《死》」

 

 

だが、悲しいかな。その時はやってきたと言うのに目の前の"理不尽な存在"には触れることすら叶わない。彼はモモンに対して為す術もないのだから。

 

 

 

彼の目の前は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「体の具合はどうだ?力が抜ける感じはあるか?レベルが下がった感覚はあるか?」

 

 

ベートの蘇生が100回目くらいになったところでモモンは質問してきた。それは彼が使ったアイテム。"蘇生の短杖"のデメリットが発生しているのか。していないのかというのを把握するためだ。ユグドラシルでは低位の蘇生魔法で復活すると1〜4レベルが下がってしまう仕様がある。この杖も同等の蘇生魔法が込められており使用にはやはりデスペナルティが発生してしまう。この世界ではユグドラシルの魔法は現実に合わせて変質している。どうなるかは未知数だ。確かめるのは当然のことである。

 

まぁ、もっともそのことを知らない彼には意味がわからない。レベルが下がる?何ことだ?そう思ってしまうだろう。常識的に、レベルは上がるか。そこで打ち止めてしまうか。そのどちらかなのだから。下がるというのは聞いたことが無い。そして、やはりそれが今のベートの心情だった。だから彼の問に頭が追いつかず口結んでしまう。

 

 

「・・・沈黙か。まぁいい」

 

 

モモンは手をかざす。それは彼が魔法を使う予備動作。ベートは思わず身構えてしまう。また巨大な火の玉が。地を這う雷が。無数の黒曜石の剣が自分に襲いかかると恐怖してしまう。そう思ってしまうのは自然な反応ではないだろうか。

 

 

「《支配》」

 

 

しかし、彼を襲ったのは身を焦がすようなジリジリとした痛み。感電して肉が沸騰するような痛み。剣で刺される鋭い痛みではない。そう、身体的な痛みではない。

 

 

「先ほどの質問に答えてもらおう」

 

 

それは精神への攻撃。魔法を受けたベートは背筋を伸ばして直立する。その様はあまりに彼に似合わなく不気味だった。そしてそれを助長するようにベートの目に光はない。その瞳は何処までも暗く薄気味悪かった。

 

「力が抜けるような感覚はありません。ですが、蘇るたび少し怠さがあります。体は問題なく動きます。他にはーーー」

 

何だこれは。自分の口が他人のように感じる。口だけじゃ無い。手も足も目も耳も鼻も俺じゃない。俺じゃない。おれじゃない。おれじゃぁない。

 

ベートの口はモモンの問いかけに自分の意思とは無関係に素直に答えてしまう。彼はモモンの操り人形になってしまった。だが、この魔法は意識までは支配できない。それが彼の精神を蝕む。ベートは心と体の分離に苦しんだ。自分が自分ではないのだ。もう狂ってしまいそうだ。これにとてつもない苦痛を感じてしまうのは当たり前だろう。彼の戦士としての強靭な心がなければすぐにでも壊れてしまうはずだ。

 

 

「下がっていないようだな。やはり神々の力はこちらの法則を防ぐようだ。神の恩恵というのは素晴らしい」

 

 

モモンはベートにかけた魔法を解く。もう用事は済んだからだ。彼はバタンと床に倒れ込む。心がぐちゃぐちゃになりながらもベートは意識を保った。保ってしまった。次に何をされるはわからないという恐怖のためだ。頭が勝手に冴えてしまう。

 

 

「前に二、三人冒険者と恩恵を受けていない人間で蘇生の実験をした。普通の人間は蘇生した瞬間、灰と化した。これはデスペナルティーのレベルダウンに耐えられなかったと考えられる」

 

 

モモンは手を顎に当てて考える素振りを見せながら独りごちる。その様はとりあえず思考を口に出して整理を試みているように見えた。それは決してベートに話しかけ理解させるためではない。

 

 

「一方、冒険者は問題なく復活できた。聞いたところ、体の不具合はなかったそうだ。私も魔法で調べたところステイタスの変化はなかった。これは恩恵によって防がれたのではないだろうか。別の冒険者でも試したがやはり結果は同じだった。さすが素晴らしき神の力と言うべきか。

 

だが、10回くらいであの人間達は生き返らなくなってしまった。直前にもう生きたくない。死なせてくれ。と言っていたのを考えると、蘇生には生きる意志が必要なのかもしれない。流石に死後の意識はこちらからは手が出せない。しかし、それでは魔法の実験をするたびに的を用意しなければならない。それは面倒だ」

 

 

ベートは破顔した。これは希望だ。生きたいという意志が無ければこの地獄は続くことはない。もはや、彼には生の執着心などない。そう、思ってしまうほど度重なる強制的な蘇生によってベートの精神はとても疲弊していた。

 

 

「そこで私は考えた。"これ"を使ってその条件を取っ払えばいいと」

 

 

モモンは見せびらかすように指輪をはめている手を突き出す。白い骨の指に刺さっている5本うちの中で何かが欠けているリングが眼に映る。不自然だ。三つある石座にカシメている宝石が一個ないのだ。それの名前は『流れ星の指輪』。限度はあるが、3つだけどんなものでも叶えてくれるマジックアイテムだ。一回使用すると3個ある宝石の一つが砕け散る。では、石が一粒ないということは・・・?

 

 

「結果は成功だ。LV5。高ランクの何度も蘇る実験動物が手に入った。下らない茶番だったが手間に見合う収穫だ。私の推論は正しかった」

 

 

100回以上問題なく生き返っているのだからな。とモモンは続ける。その言葉を聞いて、理解してベートは絶望する。この地獄からは開放されない。彼はモモンの実験のための肉袋になるしかないのだ。永遠に続く苦痛。モモンの言葉通りなら、少なくともあと9000回以上は殺されてしまうだろう。ここで数を書いてしまうと終わりが見えてしまって大したことに感じないかもしれない。想像してほしい。ある日、通り魔に包丁で腹を刺され確実に殺しきるまで内蔵をかき乱されて死ぬ。それが9000回もループして体験したらどうなるだろうか?多分3,4回で気が狂ってしまうだろう。例えの死に方は違うが100回殺されて精神が崩壊せず耐えられた彼はすごいのだ。しかし、いくら屈強な戦士であるベートでもいつかは心が壊れてしまう。まぁ、もし狂人になってしまってもモモンは無理やり魔法で治してしまうだろうが。

 

 

「しかし、こんな畜生に使ってしまうなんてもったいない気がするが・・・」

 

 

『流れ星の指輪』はとても貴重な物だ。モモンもおいそれと使えるものではない。なんでも強引に我儘を押し通せるコレはここぞというところで使う物だ。正直、ベートの蘇生のために使うのはとても愚かなこと。あまりにもメリットがない。魔法の実験がしたいなら何人もさらえばいいのに。切り札の一つであるこの指輪を浪費してしまうのは慎重に事を進めるモモンには似つかわし無い行為だ。

 

 

「まぁいい。"また使えるようにすればいい"のだから」

 

 

彼がそんな軽率な行為をしてしまったのには理由がある。そう、彼は課金アイテムを含め使った消費アイテムを補充をする方法を知っていたのだ。それはユグドラシルではなかった法則。ここで生まれた彼だけが使える神を。己を騙す技。自分の存在が依存しているモノを利用したそれは圧倒的な反則であり、もはやチートだ。モモンはズルをしているのだ。

 

 

「さぁ実験を続けよう。《現断》」

 

 

モモンの魔法によって体を真っ二つにされ、自分の空中を舞うハラワタを見てしまったベートの瞳は次第に光を失っていく。

 

彼の目の前は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに?」

 

それはベートの蘇生が300回を超えた頃だ。手をかざして魔法を放とうとしたモモンは何かに気づいたようにベートから興味をなくす。彼は少し苛立っているようだ。言葉に怒気が感じられる。

 

 

「あの人間は自分の力量を計算すらできないのか?レベルに見合わない狩場で死にそうになるなど滑稽だな。しかし、まだあの下等生物は必要だ。まったく癪に障るが助けに行かなくては」

 

 

おそらく、モモンの創造主である鈴木悟の同じ眷属の彼。ベル・クラネルが無謀にもダンジョンの六階層に一人で潜り、ウォーシャドウによって死にかけている。それを魔法か何かで知覚したのだろうか?モモンは鈴木悟のためにベートを使った実験は一旦中止しベルを助けに行くようだ。

 

 

「《中位アンデット創造》」

 

 

モモンは部屋の隅にある朽ち果てたボロボロ人形に手をかざす。大量に山になって打ち捨てられているそれはここの階層主が操っていた戦闘自動人形だ。よく見るとひび割れた胴体から魔石が見える。これも一種のモンスターなのだろう。

 

その怪物だったモノは不死の超越者の言葉によってカタカタと黒い瘴気を纏いながら動き出す。やがて形が変わりローブを羽織った干からびたミイラの姿になった。

 

それはいかにも魔法使いらしい風貌で目には光はなく肌は乾燥しすぎている。それは人間だったモノだ。亡骸と言うべきか。しかし、彼は立って歩き始めている。異常だ。そう、この者はアンデット。不死者のモンスターだ

 

《中位アンデット創造》。これはモモンのオーバーロードとしての種族スキルの一つである。召喚したのはエルダーリッチ。ユグドラシルでのレベルで30レベル程度のモンスターだ。この世界ではおそらくLV3程度の強さだと考えていい。さらにモモンの死霊作成に長けたスキルによって通常よりとても強くなっている。それが続けて8体ベートの目の前に現れた。

 

「ついでだ。スキルの実験もしておこう。武器のないお前にはこいつらで十分だ。遊んでやれ」

 

殺してもいいぞ。最後にそう言い残してモモンは転移の魔法を唱えベートの前から去って行った。無数のエルダーリッチを残して。

 

 

「ははは」

 

 

ベートは床に伏せていた状態で笑っていた。その声色からして呆れているように見える。それは誰に対しての嘲笑か?それは自分自身。己に対してどうしようもなく失望しているのだ。

 

モモンという恐怖がこの場にいなくなったことによって彼は安堵してしまった。それがベートの心を締め付ける。モモンにボロ雑巾のように扱われ何もできない自分が嫌になる。何のために自分は拳を振るい牙を研いだのだ。モモンのような理不尽な存在に打ち勝って、もう愛した女を、愛してくれた女を失う痛みをもう味わいたくないためではないのか?あの"怪物"はおそらくオラリオに住まう者に死を振りまくだろう。もちろんロキファミリアの面々も含まれている。自分が好いているアイズも。

 

だから今が立ち向かうべき時なのだ。モモンは死者を蘇生させられることができるが、彼は生死を弄ぶだけにそれを使う。そして、最後にはその辺に生えた雑草を摘み取るように殺すだろう。それを止めるには迎え撃たなければならない。それなのにモモンがこの場にいないというだけで心の奥底から安らぎ溢れてくる。まるで捕食者から運良く逃れたウサギの気持ちだ。ウサギは弱い。弱者だ。従って、彼はこう思ってしまう。 

 

 

 

これでは自分が"雑魚"ではないか?

 

 

 

ベートの周りにはユラユラと浮かぶ魔法使いの死体。それらは主の命令通り手をかざして魔法を彼に撃とうとしている。その魔法はおそらく『火球』だろう。モモンも使っていた第三位魔法のそれはベートの体を焼き尽くすほどの威力だ。しかし、召喚されたエルダーリッチは召喚主であるモモンより格段に魔法攻撃力が弱い。LV5のベートならば耐えられるはずだ。それでも、8体同時の砲撃はさすがに彼でも堪えてしまうだろう。

 

 

「ふざけんじゃねぇ。こんな雑魚ぶっ殺してやる」

 

 

ナメやがって。彼は小声でつぶやく。立ち上がり、ベートは構えを取る。それは戦うためだ。彼は諦めていない。その証拠にベートの瞳はギラギラと闘志で燃えている。彼はモモンに打ち勝とうとしているのだ。そのための切り札がベートにはある。しかし、普段の彼はこれを使いたがらない。このワイルドカードは彼が嫌悪しているもの。自分の辛い過去を思い出させるからだ。だが、それは魔法使いを相手取るにはとても有用な手段だ。一度使えば完封できてしまうほどに。だから使う。そして、モモンが対峙している時では使う隙がなかったが、弱いモンスターに囲まれているだけの今は絶好のチャンスである。そう、彼の奥の手は、

 

 

「【戒められし、悪狼(フロス)の王ーー】」

 

 

魔法だ。

 

 

 

 

 

 

 

「少しは面白かったぞ。ベート・ローガ」

 

 

モモンはそう言って、白銀の剣をベートの首に突き立てる。彼ではやはり、この"怪物"には勝てなかったようだ。だが、彼にしては善戦したと言うべきか。モモンの声は冷淡ではなく愉悦を含んだものとなっている。ベートは彼を楽しませたのだ。そして違和感がある。モモンの装いがあの神々しい黒いローブではない。裸。今のモモンは骨のみの姿だ。そして手には立派な剣が握られている。それはとても美しく、同時に得体の知れない力を感じる。それもそのはずだ。かつての同志の銀色の甲冑を着た聖戦士の武器なのだから。しかし、彼ではユグドラシルの職業制限により戦士が扱うような剣はもてないはずだが?

 

答えは簡単だ。《完璧なる戦士》という魔法をモモンは使ったのだ。その効果は使用者のレベルをそっくり戦士レベルに移し替えるというものだ。彼は100レベルのオーバーロード。つまりそれを使ったモモンは100レベルの戦士になったということだ。これにより戦士が装備できる近接武器はなんでも持てるようになった。それこそワールドチャンピオンのような特定のクラスでないと持てない剣も装備できるようになる。もちろんデメリットもある。戦士特有のスキルは使えず、そのうえ魔法も使用できない。武装に関してもそうだ。魔法職の装備は《完璧なる戦士》の効果中に着用できない。それが今の彼が裸でいる理由だ。

 

正直、純粋な戦士職に比べたら格段に弱い。それでも、力や俊敏のステータスはベートの能力をはるかに超え、簡単に蹂躙できるようになる。だが、彼を殺すには使う必要はないはずだ。

 

モモンは魔法で捻り潰せばいいのにわざわざ剣で殺した。そうする必要があったのだ。いや、試してみたかったというのが大きかったか。ユグドラシル時代にも魔法が効かず物理のみしか効果がない敵がいたし、現実でもこの魔法でそういう輩に対して対処できるかモモンも気になるだろう。そう、今のベートは《完璧なる戦士》を使うきっかけにはちょうど良かったのだ。

 

ベートの魔法。《ハティ》は拳や足に炎を纏わせる付与魔法だ。その炎はなんと周囲の魔力を吸い自分の力にしてしまう。魔法使いが放つどんな魔法をも吸収してしまうそれはマジックキャスターであるモモンには天敵だ。実際、エルダーリッチはベートに瞬殺され、召喚したアンデッドが倒されたことに気付き、72層に戻ってきたモモンが唱えた《龍雷》や《大致死》のような範囲攻撃さえも吸収してしまった。

 

しかし、結局のところ、それは無駄なことだったが。ベートの手足に吸収した魔力を込めた強烈な一撃を受けたモモンは微動だにしなったのだから。彼の持つスキル。《上位物理無効Ⅲ》と《上位魔法無効Ⅲ》の壁の前ではベートのLV5程度の力量では突破できない。最初からモモンに勝とうなどと彼がいくら足掻こうが無意味なことだったのだ。

 

・・・まぁ少しはモモンを驚かせ興味を惹かせる事ができたが。

 

 

「さて、地上に戻らねば」

 

 

モモンは狼人の首に刺さった剣を抜き、"虚無"にしまう。彼はまだ転移先で用事があったようで、《完璧なる戦士》を解き、転移の魔法を唱え始めた。

 

 

床に仰向けに倒れ、血溜まりの中に放置されたベートは鋭い物で首を刺されたことにより気管が血で詰まり、呼吸ができなくなっていく。コポコポと口から赤い泡を出しながら彼の視界は段々と暗くなる。

 

 

彼の目の前は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《魔法最強化》《火球》」

 

熱い!熱い!腹が!顔が焼ける!指が!腕が焦げる落ちる!

 

 

 

「《魔法遅延化》《破裂》」

 

・・・?何も起きな!?腹が!足が膨れてる!?あぁ!痛い!膨らんだところが!あーーー

 

 

 

「《魔法三重化》《月光の狼の召喚》」

 

なんだありゃ?ただの狼?何だこいつら速え!やばい!やばい!やばい!!こっち来るな!俺を喰おうとするんじゃねぇ!!!

 

 

3匹の狼に臓物を食いちぎられ思う存分、肉をクチャクチャと咀嚼されているベートはこれがいつまで続くのかを考える。まだ痛みには慣れないが、死ぬのには慣れたというべきか。もう死には恐怖がない。死んだらモモンによって生き返らせるだけ。強制的に。それだけのことだ。

 

今の彼の娯楽はこの地獄が終わった後を考える事だ。ロキファミリアの食堂でちょっとした朝ごはんを食べること。行きつけの酒場で馬鹿騒ぎすること。鍛錬場で拳を振るい汗をかくこと。同僚のアマゾネスをバカゾネスともじりおちょくること。そして美しい剣舞を行うアイズの横顔を見ること。それだけが彼の心を保たせている。逃避というべきか。

 

モモンが言うには現時点で蘇生回数は5249回だそうだ。ではあと4000回弱くらいで終わりかぁと思い、夢みたいなことを空想しながらベートの瞼は落ちた。

 

彼の目の前は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予定した時間を経過したよー!モモンガお兄ちゃん!」

 

 

 

 

血や死臭が漂うモモンの実験場で場違いな甲高い女性の声が聞こえる。それはモモンの手首に付いている腕時計らしきものから聞こえた。その様子はあまりにもこの場では不適当で不気味すぎる。

 

 

「もう5日目か。もう実験は終わりだな。指輪を使って時間を遅らせたりしたが一万回は無理だったか」

 

 

少し調子に乗ってしまったか?と自笑気味に笑うモモン。今日でベートを使った実験は5日目になる。これ以上は彼は魔法の検証はしないようだ。そう、実験は終わり。ベートはやっとこの地獄から開放されるのだ。

 

ちなみにベートは此処に来てから9588回死んだ。残念ながら、モモンが言った回数。1万回には届かなかった。彼は途中で検証に時間がかかってしまう事に気づき、流れ星の指輪を使って72層の時間を遅らせたりして間に合わそうとしたが既の所でタイムリミットが来てしまった。まぁ、モモンの調べたいものはほとんど終わったみたいで彼は嬉しそうだったが。

 

ベートは心の中で歓喜した。もう痛い思いをしなくて済む。もう心の中を滅茶苦茶にされない。もう生き返る時のあの気持ち悪さを感じないのだから。そして、また地上のロキファミリアのホームに戻って何気ない日常が戻るのではないかと淡い期待を抱いてしまう。楽しいことを考えているうちに彼の心は少しだけ余裕ができた。だから、ふと目の前の"骸骨"が何者なのか気になってしまう。"コレ"は何なんだ?

 

「お前は何者なんだ・・・?」

 

ベートは何気ない疑問を口から自然とこぼしてしまう。モモンはその問いかけには答えないだろう。なぜなら、自分の情報を与える意味がないからだ。彼はベートのことを実験用の狗としか見ておらず、コミュケーションはいつでも一方的だ。

 

 

「今の私は気分が良い。特別に答えてやろう」

 

 

しかし、偶然にもモモンは上機嫌であった。親切にもベートの問に応答してくれるみたいだ。さぁ、彼の正体とはいったい何だろうか?

 

 

 

「私は親愛なる創造主の"記憶の残滓"だ。そして、生まれたときからずっと。それこそ今でも彼を見守っている者。それがモモンガという名前を与えられた私という存在だ」

 

 

・・・親愛なる創造主?今、目の前にいるのは作られた怪物ということなのか?次に気になるのは記憶の残滓と言う単語。その言葉通りなら彼は記憶の残りカスということだがさっぱり分からない。最後に、これが一番気になる。"今でも彼を見守っている”。その彼とは文脈的にモモンを作った創造主のことだろう。それが今でも見守っているということはその創造主は近くにいることではないか?このオラリオに彼はいるのだ。この”怪物”を作った者が。

 

 

「質問は以上か?じゃあ、最後の実験だ。《記憶操作》」

 

 

その魔法を受けたベートは頭の中がぼんやりと虚ろになるような感覚に襲われる。そして脳の中を何者かの手が入っていくような感じがした。彼の視界は靄がかかったように白くなる。それは広がり、彼の意識を薄くしていく。

 

 

ベートの目の前は真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ぁあ」

 

 

目が覚めたベートは寝起きで重い瞼を開け、周りを見渡す。見慣れた光景だ。ここはロキファミリアにある彼の自室なのだから当たり前の事だ。

 

 

「喉が乾く・・・」

 

 

ロキの自室で嘔吐して気を失った彼は胃の中何もないため、空腹だった。喉もカラカラだ。

 

何か食べ物か水分が欲しいと思っていると、自分が寝てるベットの隣にあるサイドテーブルにあった布が被せてある果物が入っていそうなバスケットが目に入る。

 

彼が布を取ってみると、そこには真っ赤な林檎があった。それが彼の胃を刺激する。

 

たぶん看病していてくれたリーネが親切にも置いたのだろうか?多分そうだろう。彼女は優しい女性だから。

 

林檎を手に取ったベートは本能に赴くままにリンゴを丸かじりしようとする。しかし、口に入れようとした瞬間、手を止めた。彼はこのまま食べるには食べづらく味気ないと感じたらしい。

 

「たまには割って食べるか」

 

ベートは林檎を割って食べるようだ。彼はヘタのヘコんだ部分に両方の親指を入れ、裂くように力を入れる。

 

ぐっ。ぐっ。ぐっ。

 

・・・割れない。何度やっても割れない。いつもならパカンと割れるはずなのに割れないのだ。彼の手に力が入らないわけではない。その証拠に彼は渾身の力を込めて林檎を裂こうとしている。でも割れない。その事がベートにとっては冷や汗をかくほど信じられない出来事だ。

 

原因は度重なる死と蘇生とステイタス更新によって引き起こされたデスペナルティ。

 

彼の握力は神の恩恵を受ける前に戻っていた。違う、昔なら林檎くらいなら握りつぶせた。ということはそれ以下ということだ。今ならそこら辺の女子供と腕相撲をしたらいい勝負になるかもしれない。それくらいの筋力だ。彼は正真正銘、LV1のベート・ローガという事。LV0と言ったほうが正しいかもしれない。だって狼人の種族特有のスキルもないし、アビリティの数値も0が並ぶ。彼のステイタスはまっさらだ。

 

それが彼の自尊心を傷つける。

 

 

「チクショウ!」

 

ベートは林檎を投げつける。それは勢い良く飛ぶと思いきや、ポトという軽快な音をたてて床に落ちる。もはや物を放り投げるのもままならない。それが彼の心をまた傷つける。

 

「なんだよこれ・・・」

 

ベートはどうしようもない悲壮感に襲われ思わず顔を手で覆う。その時、自分の顔に彫った入れ墨の中に隠した"傷"がないことに気づいた。それは自分の生きる意味となったモノ。平原の主によってつけられた傷跡は自分の弱さであり、死んだ最愛の人たちを繋ぐもの。怪物に食い殺された妹と幼馴染。そしてその怪物を一人で倒しに行くため、オラリオに置いていったヴィーザルファミリアの副団長。彼女はベートのいない間ダンジョンで命を落とすほどの傷を受けた。それがベートに自責の念を抱かせる。もっと自分が強ければこんなことにならなかったのに。だから何なんでも強くなってやる。最強になってやる!そう決意させる証だったのに、それは蘇生の影響で消えてしまった。

 

今、彼を繋ぐもの。拠り所にしているものは何もない。強さも。自尊心も。"傷跡"も何もない。

 

 

そう、残ったのは弱さだけだった。

 

 

 

 

「う・・う・・・」

 

 

 

 

涙を流した狼の嗚咽が室内を満たした。それはとても弱々しすぎる遠吠えだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今のベートは失意のドン底にいる。でも、心配しなくても大丈夫だ。彼は諦めない。どんなに"理不尽な存在"が相手でも勝つためにあがくだろう。かつての平原の主の時のように。

 


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