実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結   作:2100

38 / 101
初めて綾小路視点が入ります。
では、どうぞ。


ep.34

 俺の中で疑問に感じていたことがいくつか片付き、昨夜は気分良く寝ることができた。

 今日は完全自由日。あの何一つ進展のない不毛なディスカッションも、今日は開かれない。

 堀北に協力要請はしたし、よほどのことがなければ南が優待者だとバレることはないだろう。

 そして今目の前にいる少女は、その『よほどのこと』が起こったかもしれないグループに属している。いや、属していた。

 

「私、何か余計なことしちゃったかな……」

 

 佐倉は、少し不満そうな面持ちでそう呟く。

 

「いや、このメールは誰かがグループAを裏切った証拠だ」

 

 今朝起きた時に、メールでグループAの試験が終了したと書かれてあったため、こうして佐倉を呼び出し、話を聞かせてもらっている。

 

「佐倉、お前が優待者だったってことは?」

「ううん……私は違うよ。でも、須藤くんたちはどうなのか、分からないけど……」

「まあ、分からなくて当然くらいの気持ちでいいと思うぞ」

 

 こちらも、ディスカッションから得た情報なんてゼロに等しい。

 

「……ありがとう。そう言ってくれるだけでも嬉しいな……」

「……ところで、Aクラスはやっぱり会話には不参加だったか?」

「うん、話し合ってる時も、Aクラスの人たちだけ円から外れてて……」

 

 まあ、俺たちと似たようなものか。葛城の案は、Aクラス全員に徹底されていると見ていいだろう。

 裏切ったクラスとして一番可能性が高いのは、イメージ通りでいうとCクラス。だが、何もかもがわからない今の状態ではどの可能性も捨てきれない。いくら慎重な葛城派といっても、例えば、メールを偶然見るなどして絶対の自信を持って優待者が判断できた場合には、裏切る可能性もある。Dクラスも、須藤や池が早まって突撃してしまった可能性は否定できない。

 Bクラスも然り。だが、様々な観点から見て一番可能性が低い気がした。

 聞くところによると、龍園は優待者の法則を見つけ出そうとしているらしい。だが、もしそれを解き明かしたとしたらもっと多くのグループの試験が終了しているはず。これは、まだ龍園が答えに辿り着いていない証拠でもあった。

 

「急に呼び出して悪かったな。何かあったら連絡してくれていいから」

「うん、ありがとね速野くん」

 

 手を振る佐倉に俺も手を上げて答え、その場を立ち去った。

 歩きながら、考える、

 この状況の中、俺はどのような選択肢を取るのが正解か。

 Dクラスが勝つのが最善なのか、それとも、気を緩ませないためにそこそこの結果に収まった方がいいのか。

 どちらがこれからのDクラスにとって良い影響を与えるかによって、対応の仕方は全く違ってくる。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 佐倉との接触を終えた俺は、船内に戻り、ある場所のベンチの上でグデーっと寝転がっていた。俺のそばには水。そして市販の酔い止め薬。誰の目にも、俺が今どんな状態かは明らかだろう。

 ここは人通りが少ない場所だ。だから恐らくずっと俺1人だろうと思っていたのだが……

 

「あれ、速野くんっ?」

 

 そこに一之瀬が通りがかった。スカートのポケットに持っていたものを入れて俺に近づいてくる。俺がここにいるのを心底驚いている様子だった。

 

「どうしたのこんなところで?」

「察してくれ……」

 

 その言葉で、一之瀬は俺のそばにある水、酔い止めを目にする。

 

「あちゃー、恐れていた事態が……」

 

 バカンスに出発する前に一度一之瀬と遭遇し、その時に俺が乗り物酔いしやすい体質だということは伝えていた。俺の症状を察し、苦笑いで言った。

 

「大丈夫?」

「今はなんとかな……もう少し落ち着いたら部屋に戻る」

 

 硬いベンチより柔らかいベッドがいい。だが、今ここを動くのは得策ではない。落ち着いてからの移動の方がいいだろう。

 

「一之瀬の方こそ、どうしたんだ?」

「ちょっと野暮用があって通りがかっただけだよ」

 

 通りがかったってことは、ここに直接用があるわけじゃないのか。どうやら何か故障したりして問題があるってことでもなさそうだった。

 

「ほんとに大丈夫?ちょっと放って置けないし、私、部屋までつき添う?」

「え……いいのか、野暮用ってのは?」

「大丈夫大丈夫。まだ時間に余裕はあるし。それよりさ、ほら。部屋で休んだ方がずっといいよ?」

 

 そう言って、こちらに手を差し出してくる一之瀬。

 

「……それもそうだな。悪い。じゃあ頼めるか」

「オッケー」

 

 その手を取って、体を引かれながら立ち上がる。

 いつもの半分ほどの速さのゆっくりとしたペースで歩いていく。

 

「速野くんたちのグループはどう?成果ありそう?」

「いや、これと言って特にないな」

 

 ディスカッションから得られる情報だけでは、この試験をクリアすることはほぼ不可能と言っていい。優待者は絶対に名乗り出ない。

 

「一之瀬はどうなんだ?」

「うーん、まあぼちぼちって感じかな?」

「ぼちぼち、ねえ……」

 

 無い、とは言わないんだな。ディスカッションから何か得られたのか。それとも、別のクリアルートを見つけたのか。どちらにせよ、一之瀬に油断は禁物だろう。流石に今のこの厚意を疑うつもりはないが。

 

「……まあ、お手柔らかにな」

「あはは、こちらこそ」

 

 ゆっくり歩いて10分ほどで、俺の部屋の前に到着。お礼を言って、一之瀬と別れた。

 

 まあ、俺も成果はぼちぼちってところか。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「次で最後の試験ね。綾小路くんの方はどうなの?」

 

 場面は変わって試験最終日。午後1時からの1時間のディスカッションを終えてから5時間ほどが経過した頃、俺、堀北、綾小路の3人は外に出向き、集合していた。

 

「何一つ進展はなし。このまま優待者の逃げ切りを許しそうだ。そっちは?」

 

 俺と堀北の両方を見て、綾小路が問う。

 恐らく、あまり期待はしていなかったはずだ。

 

「勝つわ」

 

 短く答える堀北を見て、綾小路は少し意外そうな表情を浮かべた。

 

「抜かりはない、ってことか?」

「まあ、そうだな。どこで誰が聞き耳立ててるか分からないからここでの言明は避けるが……」

 

 綾小路の反応はわざとだろうか。俺と堀北の所属するグループIの優待者はDクラスにいるのをこいつは知っているはず。多分、俺と同じように面倒を避けるためか。ここでその事実を告げたところでなんの意味もないからな。

 

「それで、私に話って何かしら。あなたとしても、私と不用意に接触するのは避けたいところじゃないの?」

 

 たしかにその通りだ。堀北と綾小路は接触の回数が多い。接触を繰り返せば、いずれ綾小路も怪しまれるだろう。

 

「いつまでも龍園の目に怯えてるわけにもいかないだろ」

「というと、何か手立てでもできたのかしら?」

「まあ、そんなところだ」

 

 頷いた綾小路を見て、堀北は若干驚いた表情を見せる。

 

「平田と協力関係を結べそうだ。平田がこっちについてくれれば、色々有利になるだろうからな」

「……私にもそれに加われ、と言いたいの?」

 

 言いながら堀北はこちらを睨む。2日目の試験終了直後に俺が言ったことと酷似していたからだろう。やっぱり綾小路は綾小路で策を考えていたのだ。

 

「別に加われなんて言ってないさ。お前と平田が直接関わりを持つ必要はない。話は俺らで勝手に進めておくから、適当に合わせてくれるだけでいいしな」

 

 平田には恐らく、堀北がこれこれこういう風に言っていた、と伝えるのだろう。つまり、平田が提案した堀北との橋渡し役を引き受ける形を取るということだ。

 どうやったかは知らないが、綾小路は上手くことを運んでいるらしい。

 

「……気に入らないわね。裏でこそこそ動かれるのは不快だわ」

「だったら、話し合い顔だけ出せばいい。平田もお前に発言を強制することはないだろうし。それならこそこそ動くも何もないだろ?」

「……まあ、そうだけれど」

 

 参加不参加の権利を与えられたことで反論の機会を失い、少し不服そうな堀北。だが、頭では理解しているはずだ。無人島試験でクラスをまとめ上げた平田の手腕が、上に上がるためには必要不可欠であることが。

 

「平田も含めて、2人に紹介したい人がいる。試験が終わったら時間取ってくれ」

「ちょっと待って。勝手に人を増やさないでくれる?」

「お前が表に立つことを決めた代償とでも思ってくれ。絶対に役に立つはずだ」

「大方の予想はつくけれど……いいわ。次の試験が終わったらここで落ち合いましょう」

 

 紹介したい人物か。他にも何か手を回していたってことか?

 携帯で時刻を確認すると、試験開始30分前となっていた。

 

「この試験、いくつのグループで裏切り者による投票が行われるのかしら」

「さあな。でも、そう簡単に優待者が尻尾を見せるとも思えないし、結局は優待者逃げ切りの形が一番多くなるんじゃないか」

「……やはりそうよね」

 

 そう答えながらも、堀北は一瞬目を伏せる。

 

「何かあるのか?」

「いえ、別に。少し腑に落ちないものを感じただけよ。でも、何も間違えたことはしていないはず。安心してくれていいわ」

 

 まあ間違えるも何も、グループIでは特に誰も仕掛けてこなかった。もしかしたらBかCクラスあたりで何かあるんじゃないかと思っていたが、それもなさそうだ。このグループに関しての堀北の心配は杞憂に終わるだろう。

 

「……頼むぞ」

「……ああ」

 

 綾小路との別れ際、堀北には聞こえないようにそんな言葉を交わした。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 グループIの部屋への道のり、俺と堀北は2人で歩くことになる。

 綾小路と別れてから数分続いた沈黙を破り、堀北が口を開いた。

 

「ねえ、優待者もそうだけれど、試験前に説明のあった特殊グループについて、あなたはどう思ってるの?」

 

 そういえば、あまり話題に出てこなかったな、特殊グループ。忘れていたわけではないんだが、全員それよりも優待者を突き止めることに集中していたからだろう。

 

「さあ、考えが及んでなかったな」

「どこなのかしらね。Dクラスの優待者がいるグループG、I、Kのどちらかがそうである可能性は極めて高いけれど……」

 

 だが、Dクラスにはあと1人優待者がいる。それが誰なのか分かっていないならば判定もできないな。特殊グループの中では裏切りが既に起こっているかも知れないが、3つ以上回答されなければ生徒に通知がいかない。

 

「まあ取り敢えず、今は優待者のことを考えた方がいいな。直近の問題はそれだ」

「……そうね」

 

 特殊グループがどこなのか分かっても、優待者が誰なのかが分からなければあまり効果はない。優先すべきは優待者。南を守り抜くことだ。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 ディスカッション開始から30分が経過した。そこにはいつもの光景が広がっており、なんの変わり映えもない。誰かが仕掛けるということもなく、グループIも、このまま優待者の逃げ切りを許すことになるんだろうか。もちろん、Dクラスに優待者がいる以上、堀北や南の狙いはそれしかないが。

 試験開始当初、誰かが優待者の炙り出しをしてもおかしくないと思っていた。簡単に言えば、優待者じゃない人間が自分のメールを見せ、絞り込む。俺が堀北に協力を要請した理由の一つでもある。だが、誰もその気配が感じられないことから、さっきの午後1時からのディスカッションの時点でその線は捨てた。こちらとしても、それはありがたいことだしな。

 

「いよいよ最後ですね、速野さん」

 

 俺のことをそんな風に呼んだやつは1人しか知らない。Cクラスの椎名だ。

 

「ああ、そうだな」

「何か成果はありましたか?」

「あったらとっくに実行に移してる。何もないからこうしてダラダラ過ごしてるんだ」

「それもそうですね」

 

 なんなんだこいつは。なんで堀北じゃなく俺に話しかけてくる?警戒の対象は堀北じゃないのか?

 龍園の中では俺が警戒されてて、椎名に俺を調べさせてるってことか?だとしたら、色々よろしくない展開だ。龍園の手が綾小路に届くときが早まるかもしれない。

 

「そっちはどうなんだよ。やっぱり成果はないか」

「はい。見ての通りです」

 

 言いながら椎名は、俺の視線をCクラスの3人に誘導する。

 石崎は携帯をいじっており、山田は寝ているようだった。そして椎名。どう見ても全員やる気がないのは明白だった。

 まあ側から見れば、俺も堀北もやる気がないようにしか見えないだろう。Dクラスで唯一やる気があると認識される可能性があるやつといえば、優待者の張本人である南だ。優待者が積極的に動くはずがない、と全員に認識されていたとしたら、このこともプラスに繋がるかもしれない。……と信じたい。

 

「この分だと、優待者逃げ切りで決まりか」

「そのようですね」

 

 そこで会話は打ち切られ、椎名は先ほどまで自分が座っていた位置に戻っていった。

 その様子を見ていた堀北が口を開く。

 

「彼女、随分あなたに注目してるみたいね」

 

 堀北も、椎名の2度目の俺への接触に疑問を感じているようだ。

 

「龍園くんは、無人島試験での私たちの結果は、私ではない誰かが裏で何かしら動いていたからと見ているそうよ。その黒幕探しの一環じゃないかしら」

「なんだそれ。あの結果はお前が何かしらからああなったんだろ?龍園ってのもただの駄々っ子だな」

 

 みんなの耳があるから口ではそう言うしかないが、内心龍園に驚かされていた。

 龍園の読みは当たっている。Cクラスの頂点に立っているだけあって、相当な洞察力を持っているんだろう。だとすれば、俺が裏で動いた人物の容疑者の1人に上がるのも不思議なことではない、か。

 そんな感じで考察していると、ポケットに入っている携帯が震えだした。メールが来たサインだ。

 そのメールを開いてみるが、訳の分からん内容だったのですぐに消す。こういうのは即削除に限る。

 俺はそのままの流れで、ある人物に電話をかけた。

 2コール、3コール……と、9コール目でようやく出た。

 

「もしもし綾小路?お前出るの遅えよ。ちょっと聞きたいことあるんだけどさ……綾小路?おーい」

 

 呼びかけてみるが、さっきから全く返答がない。

 

「おい無視すんなよ。綾小路?」

 

 プツン。

 結局一言も話すことができず、通話は切られてしまった。

 

「なんだあいつ……」

 

 口に出して、少し悪態をつく。まさか無視されるとは思っていなかった。逆無言電話とはまた斬新だ。

 

「ちょっと、あなた電話のときそんなに声大きかったかしら?」

 

 本を読んでいた堀北は、俺の声に集中を乱されてしまったらしく、睨まれてしまう。

 俺の声は本当に大きかったらしく、部屋の中にいる生徒の殆どの目が俺に向いていた。

 

「いや……悪い悪い。電話して、繋がったまでは良かったんだが、なぜか何も答えてくれないまま切られてな……」

「……哀れね」

「うるせえ」

 

 そんなやりとりをしているうち、俺はみんなの痛い視線から逃れた。はあ……注目されるのって、結構きついもんがあるな。特にこういう好奇の目はつらい。次から声の音量ちゃんと調節しよう。

 そう決意した直後、試験終了5分前のアナウンスが入った。5分以内にグループを解散し、自室に戻るように指示を受ける。

 

「うーん、優待者見つけられなかったかー。じゃあみんな、お疲れ様。ありがとねー」

 

 グループIの仕切り役的立場だったBクラスの浅田が残念そうに呟く。全員に対しての労いを忘れていないあたりが好印象だ。といっても、正直なところお疲れ様と言われるほど何もしてないけど。

 

 さて、上手く行ったんだろうか。

 

 

 

 

 

〜side 綾小路〜

 

「ねえ、ちょっと待って」

 

 出て行こうとするオレの肩に手を置いて、それを制止する一之瀬。

 その瞬間、部屋の空気がピシッと張り詰めていくのを感じた。

 

「この携帯入れ替え作戦、誰の立案?」

「堀北に決まってるだろ」

「そっか。じゃあ堀北さんに伝えてくれないかな?作戦大成功だったよって」

「大成功?失敗も失敗だろ。一之瀬に見破られた」

「あはは。同じ作戦を思いついてたっていうのはちょっと想定外だったかもね」

 

 同じ作戦を思いついていたからこそ、一之瀬はオレの作戦を見破ることができた。

 

「騙すような真似して悪かったな。協定があるのに。怒ってるか?」

「まさか。私たちも勝手に作戦決行しちゃったし、お互い様だよ」

「そう言ってくれると助かる」

 

 今度こそ部屋を出ようとした。

 

「わ、ちょっとタイムタイム。肝心の話がまだ終わってないよ?」

「肝心の話?」

「もー、とぼけないでよ綾小路くん。さっき言った通り、たしかにSIMカードは端末ごとにロックされてて交換できない。でも、交換する方法はあった……だよね?星之宮先生に確認したら、お店に行ってポイントを払えば簡単に解除できるって言ってたもん」

 

 チリ、と、頭に電気が走るのを感じる。

 

「嘘のあとに出てきた答えを、人は真実だって思ってしまう。偶然かかってきた電話で、パスワードを解除してみせた幸村くんは優待者じゃないことが分かった。綾小路くんと携帯を交換してたことも。もう誰が見ても綾小路くんが優待者だって思っちゃうけど、それこそが罠。私はこの入れ替え作戦は未完全って言ったけど、この一手はかなり有効だもん。二重以上にトラップを仕掛ければ、の話だけどね。これをやられたら、もうほんとうの優待者が誰なのか誰にもわからない。それからあの電話も多分仕組まれたものだったんだよね?いくらなんでもタイミングよすぎるもん」

 

 一之瀬には、この作戦の裏の裏まで見通されていた。

 まず、大前提としてオレは優待者ではない。幸村も違う。だが、オレは幸村に対して優待者として接した。優待者に選ばれた、という内容のメールを見せてそれを信じ込ませた。だが、この時見せた携帯の本当の所有者は軽井沢。自分が優待者であることを全員に隠していたようだが、平田にだけはその事実を明かしていた。そして真鍋たちを利用して軽井沢をいじめさせた後、携帯やメールの履歴の入れ替え、そしてSIMカード交換もポイントで行った。

 オレがあの時速野に頼んだのは、交換した幸村の端末から速野に空メールを送った直後に、オレの携帯のSIMカードが入った軽井沢の端末に電話することだった。空メールを送るタイミングは、誰かに嘘を見破られ、オレか幸村のどちらかに電話がかかってきた時。グループ全員と連絡先を交換しているので、さっきもやったように、1度目ならば「かけ間違えだ」と言って、もう一度かけてもらうことができる。そして2度目の電話が一之瀬からかかってくる前に、速野からの連絡が来て、大きな声でオレの名前を部屋に聞こえるように言ってもらうことで、オレと幸村の携帯が交換されていたことが明らかになる。

 幸村はオレが優待者だと思い込んでいる。成功の瞬間が近づけば否が応でも気持ちが高ぶるし、失敗が確実になれば焦り、動揺する。それは本物の反応だ。それが真実になる。

 単純な人間なら、オレと幸村が端末を交換していることにも気づかない。少しキレる奴がこれを見破っても、本当の優待者が軽井沢だという真実には絶対にたどり着くことができない。そういう寸法だった。

 

「もしDクラスに優待者がいなかったらどうしてたの?」

「お前と同じだ。他のグループで、自分が優待者だと明かしているクラスメイトと交換すればいい」

「ありゃ……バレちゃってたか」

 

 一之瀬は左右両方のポケットから一つずつ、端末を取り出した。

 

「もしかして、速野くんが報告したんじゃない?」

「どうしてそう思うんだ」

「昨日私がSIMカードを交換しに携帯ショップに行った時、お店の目の前のベンチに速野くんが寝込んでたから。本人は船酔いしたって言ってたけど、それは嘘で、誰がSIMカード入れ替えを実行するか見張ってたんじゃないかなって」

 

 当たりだ。オレは昨日の夜にメールで速野から、「一之瀬が端末のSIMカード入れ替えに行ってたみたいだから、お前と同じ作戦を思いついてる可能性がある。外村や軽井沢に裏切らないようにと釘を刺してくれ」との報告を受けた。オレは言葉通りにそれを外村に伝えたが、それとほぼ同じことをやってみせたのでさぞ驚いただろう。

 

「ちなみにこれは私の予想なんだけど……」

 

 一之瀬は、持っていた片方の携帯を操作して、オレにみせてくる。

 

「本当の優待者は軽井沢さん、だったりして」

 

 一之瀬の画面に映っているのは、学校側に優待者が誰かを送る裏切りメール。送信ボタンを押した瞬間、裏切りは成立する。

 しかしその瞬間、俺と軽井沢の携帯が同時に鳴った。

 

『グループLの試験が終了しました。結果発表をお待ちください』

 

「あーあ、やっぱり誰かが裏切っちゃったか。AクラスかCクラスのどっちかかな」

「なんで軽井沢だって分かったんだ?」

「幸村くんと同じ理由かな。いつもは気にかけてない綾小路くんのことをずっと目で追ってたり、他にも色々変だったから。でも、違う可能性もあったから結局送れなかったけどね」

「なんでそのことを言わなかったんだ?少なくとも嘘は見抜けてただろ」

 

 オレが問うと、一之瀬は笑って答える。その笑顔は、今までに見たことがないほどに深淵なものだった。

 

「そりゃそうだよ。だってAクラスとCクラスのどっちが間違っても、私たちにとってはプラスになるもん。このグループのBクラスに優待者がいないって分かった時点から、私は誰かに裏切らせることしか頭になかったから。多分Aクラスあたりが裏切ってくれると思ってたけどね」

「町田か?」

「違う違う、森重くんだよ。彼は坂柳さんの派閥だから、葛城くんの方針には極力従いたくなかっただろうし」

 

 そこまで読み切った上での作戦だったということか。

 一之瀬はオレに背中を向けながら言う。

 

「綾小路くんて何気にすごいよね。今の会話は即席でしょ?」

「堀北を褒めてやってくれ。今回のことは全部あいつの指示だからな。いろんな可能性を聞かされてただけだ」

 

 一之瀬への評価を、オレは改めた方がいいかもしれないな。

 そう思った瞬間、再び、オレと一之瀬の端末が同時に鳴る。

 

『グループIの試験が終了しました。結果発表をお待ちください』

 

「ねえ、グループIって確か……」

「速野と堀北がいるところだ」

 

 どういうことだ。あのグループの優待者は確か、Dクラスの南。まさか見破られたんじゃ……

 そのメールから10秒ほど置いて、再び端末が鳴り出す。

 今度は一度ではおさまらず、4度。

 

「ねえ、これ、どういうこと……?」

 

 不思議そうな表情を浮かべ、一之瀬はオレに端末に表示されたメールをみせてきた。




感想、評価お待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。