実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結 作:2100
では、どうぞ。
2日目の、夜のディスカッションを終えた。
状況に今までとの違いはほぼない。今まで通りAクラスは会話には不参加。俺はぼっちで堀北もぼっちだ。試験中といえどその状況は全く変わらない。
今までと変わったことといえば、Bクラスの生徒が2人トランプを持ってきて、グループ内の数人でそれで遊んでいたことだ。俺もやらないかと誘われたが、別にいい、と言って断った。堀北も断ったが、南はそれに参加していた。
トランプは心理戦だ。ここから読まれて、南が優待者だと特定されなければいいんだが。
グループLでは、午後1時からのディスカッションからトランプを使っていた、と一之瀬本人の口から聞いた。
トランプといえば、数字は1から13まである。奇しくもその数字は、この船上試験でのグループ数と同じ。さらに付け加えるなら、絵柄の種類は4種。こっちは学級の数と一致している。
手がかりが少ない状況なら、藁だろうがプランクトンだろうが掴む対象を選んではいられない。この視点から考えてみるのもよかったかもしれないな。
「堀北」
部屋を出たところで、声をかける。
「ちょっと話したいことがある。時間もらってもいいか」
「……分かったわ。行きましょう」
他のクラスに聞かれてはまずいことだと察したのか、堀北は人気のない場所へ移動する。人が1人も通らなくなったところで足を止めた。
「で、何かしら?」
「……お前にも協力してほしい。優待者の件について」
俺がそういうと、堀北の表情に一気に緊張感が走る。改めて周りに誰もいないことを確認し、小声で話しを続ける。
「……あなたは誰が優待者なのか知っているというの?」
「ああ……機会があって、平田から教えてもらった」
その時は全員を教えてもらえたわけではなかったが。
「それで……誰なの?」
「少し待ってくれ」
端末を起動し、平田から教えてもらった優待者の情報を打ち込んで、堀北に見せる。もちろん、このことは平田にも確認済みだ。
『グループGの吉野、グループLの南、グループKの櫛田』
「本当に……?」
「ああ、間違いない。後で平田に確認してくれて構わない」
別に嘘をついてるわけじゃないし、嘘を言う理由もない。
「まさか私たちのグループにいるなんて……思いもよらなかったわ」
それはそうだ。俺も始め知った時にはびっくりした。
堀北は櫛田のことには言及しなかったが、内心どう思っているんだろうか。
「俺も聞いた時は驚いた……だがそうと分かった以上、絶対に守り抜く必要がある。お前にも手伝ってほしいんだ」
「それはもちろんそうだけれど……」
俺の言葉を否定しないながらも、どこか腑に落ちていない様子だ。
「何故今まで黙っていたの?」
どうやら、今になって報告したことに疑問を感じているらしい。
「俺がこの話を平田から聞いたのは昨日の深夜だ……その時間から今まで、話す機会がなかったのと、今みたいにリスクを背負ってまで共有する必要があるかも迷ってた」
堀北からすれば不本意なことだろうが、平田も言っていたように、知る人間が多ければ多いほど露呈のリスクは高まる。安易に話す選択はできなかった。
「話してくれたことには感謝するけれど、言うならもっと早く言って。残りは明後日1日だけよ。……といっても、現状では放置が一番良さそうね」
「ああ。いま変に動くと逆に怪しまれる」
南だが、なんだかんだで上手く立ち回ってはいるようだ。
まあ、そう簡単に嘘なんて判断できるもんじゃない。それをするためには、1人1人の一挙手一投足、細部まで見逃さずに詳しくチェックする必要がある。やろうと思うと面倒で果てのない作業だし、異変を察知できるかなりの高さの観察眼が必要だ。
「待って、放置が最善ならわざわざ話す必要はないんじゃない?」
「単純に考えるならな。でも、もしもってこともあるだろ。例えば、どこかのクラスが優待者を突き止めるために、優待者じゃない人は名乗り出てメールを見せないか、なんて提案してきたとき、俺たちはそれに乗るわけにはいかない。そういう時の対応を迫られたときのことを考えると、話しておいたほうがいいからな」
たとえこのことを話していなくても、堀北の性格上その提案を蹴る可能性は高い。だがこうして事実を見せることで、100%堀北はその提案を蹴る。
「……あなた、また私を利用しようとしてない?」
懐疑的な目線でこちらをうかがう堀北。
「利用って、どう利用するんだよ。前回と違って優待者の変更は如何なる理由でも許されないって言われただろ」
「それは……そうだけど」
俺が堀北にこのことを伝えたもう1つの理由としては、伝えておかないと後々面倒なことになりそうだったからだ。協力すると言ったのに、その協力者、ましてや同じクラスの人間に優待者を伝えていないとなれば、協力関係にもヒビが入る。その場合の堀北の説得には時間がかかるだろう。
これは堀北には伝えなくていい理由。もう一つ、堀北に気づいてほしいことがあった。
「……堀北。実はもう気づいてるんだろ?何か行動を起こすには、平田や、あるいはその他のクラスメイトの協力が不可欠だってこと」
堀北の能力は常人のそれを大きく超えるものだが、1人で何かをやるには限界がある。
そもそも、このバカンスが始まるまで、俺と堀北の信頼度は似たり寄ったり。むしろ堀北の方が高かったくらいだ。だが現状、俺は優待者を知っており、堀北は知らなかった。この違いは何か。
俺は平田と協力関係を築くことができた。無人島の試験でクラスのためにいつもより積極的に動いたのは、平田からの信頼を得るためでもあった。俺らしい行動ではないことは重々承知の上でそうしている。
綾小路もその手立てを考えているだろう。若しくはすでに実行段階にあるか。
どちらにせよ堀北は、俺や綾小路の協力では補えない部分、クラスとのパイプを作る必要がある。
「……優待者の件は、色々な状況を想定して考えておくわ。じゃあ」
「おい……」
止めようとはしたが、それを無視し、堀北は足早に自室に戻っていった。
悪くない。むしろ好感触だ。ああいう反応は、本人に自覚がある証拠と言ってもいい。堀北にはちゃんと響いてる。あとは遅いか早いかの問題だ。
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ディスカッション終了から2時間が経過した。時刻は午後11時を回った頃だ。
飲食店やその他の店が立ち並ぶ区画。俺はその一角、あるカフェの席に1人で座っていた。
俺の場合、カフェであってもどこであっても1人で座っていることなんて珍しくないし、むしろそれが自然なのだが、今に限っては完全にぼっちというわけではない。
人気がなく、音もない空間。紅茶を口に運び、カップをソーサに置く際のカチャ、という音を出すことすら躊躇われる静けさだった。
そんな中、コツ、コツ、と足音が聞こえてくる。
店の入り口の方に目を向けると、その足音は店の中に入ってきた。
「お待たせ、速野くん」
こちらに小さく手を振りながら、俺を見つけて少し小走りで向かい側の席に座る女子生徒。
俺の友人で、Aクラスの藤野麗那だった。
ボブカットの綺麗な銀髪はまだ完全には乾ききっていない。少し前まで風呂に入っていたんだろう。
今から1時間ほど前、俺は藤野から、話がしたいのでここに来てほしい、と連絡を受けた。
俺自身、藤野には少し聞きたいことがあったので承諾し、今に至るというわけである。
「ごめんね、私から呼び出したのに遅れちゃって……」
「いや、それは別に」
藤野が遅れたわけではない。俺が少し早かっただけのことだ。
「足はもう大丈夫なのか?」
無人島での一幕を思い出しながら言う。あの時の傷は、素人目に見ても結構深く、痛々しいものだった。歩くこともままなっていなかったことから、かなり痛かったのは想像できる。
「うん、もう大丈夫。あのあと、船に戻ってすぐに手当てしたから。今は綺麗さっぱり」
「そうか」
店に入ってくる足取りを見る限り普段の藤野だったし、もう完治しているんだろう。
藤野は紅茶と茶請けを注文。その際、俺も茶請けとしてクッキーを頼んだ。もちろん、全て無料。ポイント不足で生活に困窮するDクラスの日常では味わえない優雅な夜だ。
「ん、美味しい」
俺が初めて藤野と会った時にも思ったが、こいつ本当に美味そうに食べるよな。作った側としても、こういう顔を見ると嬉しくなるだろう。そういう意味では、堀北が俺に夕飯作ったときの俺の反応はさぞ面白くなかっただろうな。
頼んだクッキーをサクサク食べて、紅茶を口に運んだとき、藤野が言った。
「カステラ食べる?」
俺の目には、ふわふわしていて美味そうなカステラが映る。正直、食べたいとは思っていた。
「ああ、じゃあもらう」
その言葉を聞いた藤野は、フォークでカステラを一切れ切り分け、俺に差し出した。
フォークの方を。
「はい、あーん」
カステラが目の前に迫ってきて、藤野の声かけとともに口が勝手に近づいていく。
「あー……っと待ったストップ、何やってんだお前」
口に入る直前、俺はこれからやろうとしていたことの恐ろしさに気づいた。
「あはは、冗談冗談。はい、どうぞ」
今度こそ皿の方を差し出してくれ、俺はひと口サイズのカステラを素手で掴んで食べる。
うん、うまい。
「ありがとう。クッキー一個食っていいぞ」
「ほんと?じゃあいただきまーす」
サクサクと音を立てながら、藤野の口の中でクッキーが噛み砕かれていく。一回噛むごとに藤野の表情の幸福度合いが増していくのがわかった。
「おいしい。ありがとね」
「ああ。……にしても、冗談きついぞお前。びっくりしたわ」
「あはは、ごめんごめん。……別に…た…て…も良かった…に」
「……」
最後の方が聞き取れなかったが、聞き返すなんて野暮なことはしない。俺は難聴系でも主人公でもないしな。
それから少しの間雑談が続き、俺が店に来てから20分が経過した頃。
俺は一回咳払いをして雑談の流れを打ち切ってから、藤野に言う。
「それで……なんだよ、話って」
まさかこんな時間に呼び出しておいて、ただ今みたいな雑談がしたかったというわけでもあるまい。それだけならこんな深夜でなくてもいいわけだし。
「あー……うん、そだね。そろそろ……」
一旦そこで一呼吸おき、続けた。
「……速野くんは、本当にクラスを裏切ったの?」
俺の目を真っ直ぐに見て、そんな言葉をぶつけてくる。さっきと今とでは、出ている雰囲気が全く違う。そのギャップに少しだけ驚いたが、ひとまず答える。
「……何が言いたいんだ?」
「あの無人島試験の結果は、速野くんの想像通りだった。間違ってる?」
「……じゃあどうやって予測できたっていうんだよ」
自分の口から説明するわけにもいかず、そう問う。
「速野くんが結んだ協定の紙を見たときに、ちょっと不自然だなって思う箇所があったの。嘘をついた時のペナルティで、『記入の時点で内容に虚偽があった場合』って前置きされてた。記入の時点で、っていう文、普通ならいらないよね。これって、書いた時には嘘じゃないけど、後々、その事柄が変更された時には問題なく契約が成立する、ってことだよね。つまり速野くんは、試験終了ギリギリでリーダーが変わるのを知ってて、この契約を結んだ」
刹那の沈黙のあと、藤野は続ける。
「リーダーが堀北さんなのは本当だよね。キーカードに書いてあったから……でも、堀北さんが体調不良でリタイアすることによって、リーダーが変更になった。これがリーダー変更が可能な『正当な理由』だったんだよね?もし本当に絶対に変更できないなら、この船上試験の優待者みたいに『如何なる理由でも交代は不可能』って書くはずだから」
どのタイミングでかは知らないが、藤野もそれに気づいてたか。
……これはもう、隠し通すのは無理か。というか、もう既にほぼ丸裸の状態だしな。
「……ああ、そうだ。この結果になることはある程度予想できた」
「……やっぱり、クラスを売ったなんて嘘だったんだね」
藤野は少し苦笑いしながらこちらを見てくる。
藤野が予想を超えて優秀だった。まさか全て見抜かれるとは。葛城も自力ではたどり着けなかった事実だ。
しかし、そうだと仮定すると、また新たな疑問が生まれてくる。
そしてそれは、俺が藤野に確認したかったことと直結する。
「……藤野。俺からも確認させてほしいことがある」
「え?えっと……なに?」
攻守交代。ここからは俺の攻めだ。
「ちょっと前の話になる。須藤が暴力事件を起こして停学になるかも、って騒ぎがあっただろ」
「あー……うん、あったね」
事態はなんとか収束したが、正直危なかった。
「お前はあのとき、俺に情報をくれた。石崎は中学の頃、問題行動が多かったって」
藤野はそれにも頷く。
「変なんだよ、どう考えても」
「え?」
「Bクラスのやつに確認したら、ホームルームで伝えられたのは『Dクラスの須藤とCクラスの3人が喧嘩になった』ということだけだった。つまり普通、Cクラス側の人間の1人が石崎だなんて知らないはずだ。なのにお前はそれを知っていた。それって……お前は、あの事件、それかその前後の目撃者だった、ってことじゃないのか」
俺が一之瀬の後を追ってまで事の真偽を確認したのは、一之瀬の言っていたことが本当だとすると、藤野は不自然に詳しすぎると言うことになり、藤野が何か隠し事をしていることになると考えたからだ。
確認して見た結果、一之瀬も100パーセント本当のことを言っていたわけではなかったが、同時に藤野への疑惑も増した。なぜ藤野はその情報を知っていたのか、それはただ一つ。藤野が事件の一部始終を目撃していたからだ、という結論に至った。
「……分かっちゃったか。うん、速野くんの言う通り私は事件直前の目撃者だった。石崎くんたちが『絶対に自分たちから須藤に手を出すな』とか、『絶対に失敗するなよ』とか話してたのを聞いてたの」
その会話の内容で、Cクラス側が仕組んでいたってことは分かったわけか。
「やっぱりそうだったんだな」
「うん。……ごめんね、黙ってて。そういえば速野くん、『目撃者たち』って言ってたよね。もしかしてあの時点で気づいてたの?」
少し思い出してみると、藤野と放課後に買い物に行った際、そんな言い間違えをした覚えがある。
「そうじゃないか、とは思ってた」
「そっか……じゃあ、さ。私がなんで黙ってたかも、分かったりするかな?」
それに関しても、俺は大方の予想がついていた。
だがそれを解く前に、前提となる事実が必要だ。
「その前にもう一つ聞かせてくれ藤野」
「うん。なに?」
「無人島試験で、お前は多分早い段階でカラクリに気づいてただろ。お前が共有しておけば、Aクラスが失うポイントはもっと少なくて済んだはずじゃないか」
「……」
藤野は俺だけでなく、自分のクラスにも隠し事をしていた。
「お前がその情報を共有しなかったのは……お前にとって、葛城は敵だったから、じゃないのか?」
「……」
無言を貫く藤野。もう少し踏み込むか。
「お前がクラスで、葛城派と坂柳派のどっちにも所属してないのは本当だろう。でもそれは中立ってわけじゃなくて……お前は葛城でも坂柳でもない、別の派閥に属している。違うか?」
真っ直ぐに藤野を見つめ、言った。
俺の核心的な一言で、藤野の表情が再び苦笑に変わる。
「……速野くんって、なんでも分かっちゃうんだね。速野くんの言う通り、葛城くん、坂柳さんとは別の勢力がAクラスにはあって、私はそこに入ってる。今まで中立だった人たちも、みんなそのグループだよ」
「やっぱり……」
「でもさ」
藤野が俺の言葉を遮り、言う。
「……覚えてるよね?それは速野くんのアドバイスだったって」
「……ああ、それはもちろん」
第3の勢力を作るのが俺のアドバイス。それは今から約三ヶ月前、俺が藤野から「クラスが二分されていて困っている」という相談の電話をしてきた時に遡る。
「藤野。突飛な発想だが……」
『聞かせてほしい』
「……もしどうしようもない時は、自分で三つ目の勢力を作る、ってのも手だと思う」
『…………』
「……悪い、やっぱりちょっとぶっ飛びすぎてるな。今のは忘れてくれ」
『……ううん、なんか話しててすごいスッキリした。ありがとね、真剣に考えてくれて』
つまりこいつは、俺が言ったそのアドバイスを本当に実行してしまっているということだ。
「お前は試験結果を悪い方向に持っていくことで、葛城の失脚を狙った。そしたら今度は坂柳派に白羽の矢が立つ。お前はそれも影で妨害して、最終的に自分にお鉢が回ってくるのを待ってるってことか?」
「大体そんな感じかな」
「じゃあ、お前が葛城とよく行動を共にしてたのは……」
「うん。出来るだけ内部の情報を知るため」
簡単に言うとスパイのようなものか。
俺はここで、さらに気になっていることを聞いた。
「もし違うなら一刀両断してほしい。お前が俺に石崎の情報を流したのに、目撃者だってことを名乗り出なかったのは……俺を試してたのか?」
目撃者として名乗り出ない理由としては、そのほとんどが関わり合いたくないからだろう。だが藤野の場合は違う。関わり合いたくないなら、俺に石崎のことを言うのは変だからだ。
考えられるのは、自分が知り得ない情報をわざと俺に言って、俺がそれに気付くかどうかを試していたということ。自意識過剰と言われればそれまでかもしれないが、一番可能性が高いのはこれだと思う。
「……うん、全部速野くんの言う通り。試してたの」
藤野は観念した、という表情でそう答えた。
「それで……結果は?」
「もう、予想以上過ぎて測れないよ……」
どうやら、ちゃんと高評価を頂いていたらしい。
「まさか速野くんがここまで凄いなんて……なんでここまでの人がAクラスじゃないのか分かんないよ」
「そりゃ、俺に協調性がないからだろ、多分。堀北も同じ理由でDクラスに入ってるし」
「……そうなのかな」
「俺にはそれしか心当たりがない」
中学の頃の授業態度や学校生活では何もトラブルは起こさなかった。テストの点数もちゃんと取ってたし、課題も必ず期間内に提出していた。問題があるとすれば、中学3年間をぼっちで過ごし続けたことくらいだろう。
他に何か原因があったとしても、今ここで考えることに意味はない。
「……速野くん」
「……ん?」
居住まいを正した藤野が、改まって言った。
「……都合のいいお願いだってことはわかってるけど……でも、お願い。私に協力してほしい」
いつになく表情は真剣だ。
「……それはつまり、試験の合格通知って意味か?」
「そんな上から目線なこと、もうできないよ……私自身、速野くんを試したのは後悔してるもん」
「……」
恐らくその藤野の後悔の念が、俺たちの間になんとも言えない気まずさを生み、一時期連絡が途絶えることに繋がったんだろう。
「……俺とお前とじゃ学級が違う。この学校のシステム上、藤野の派閥に協力することで、俺が不利益を被ることだってあり得るんじゃないか?」
「だったら、それ以上の見返りを私たちが用意する。もし速野くんが見返りに納得できなかったら協力しなくてもいい。それに、クラスを裏切れ、なんて頼んだりしないよ。少なくとも速野くんがDクラスにいる間は、Dクラスのマイナスになるようなことは絶対しないって約束する。……プラスの要素を奪っちゃうことは、あるかもしれないけど」
例えば今の船上試験で例えるなら、Dクラスの優待者が分かっても指名しない、とかそう言うことを言いたいんだろう。
「それから、これは個人的な望みになっちゃうんだけどね……」
そう前置きして、藤野が言った。
「私ね……速野くんと同じクラスで卒業したいって思ってるの。もちろんこれは私が勝手に思ってることだから、速野くんが気にする必要はないんだけど……速野くんが、私たちとの協力を通して2000万ポイント貯められたら、その時は私たちのクラスに来て欲しい」
今ここで協力すると言っても、その都度見返りに納得できなければ協力しないという選択肢も取れる。内容の自由度は高い。デメリットといえば、Dクラスが獲得するはずだったプラスがなくなってしまう可能性があることだが、その場合は、さらに大きい見返りで相殺するか、Dクラスの利益も損なわない方法を考えればいい。要は俺次第ということだ。
恐らく藤野の言っていることは信じていいだろう。どこかに罠が仕掛けられていないか検証してみるが、今の段階ではそれは思いつかなかった。
「分かった。協力する方向でいく」
「ほんとに!?」
「ああ。ただ、俺は自分の利益を最優先させてもらう。貯めたポイントをクラス異動に使うかどうかも、俺の判断で決めさせてくれ。その条件が呑めるなら……」
「もちろん。速野くんに無理強いすることだけは絶対にないよ」
「分かった」
こうして、ここに俺と藤野の協定が成立した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
頼んだものを全て食べ終わり、店を出た俺と藤野。
「……じゃあ、またな」
「うん。……頑張ろうね」
「ああ。頑張ってくれ」
そう言い残して、自室に戻るために歩き出した時。
背中に少し衝撃が走り、服が引っ張られる感覚がある。
後ろを振り向くと、そこには俺の背中に顔を埋めた、さっき別れたはずの藤野が立っていた。
「……藤野?」
「……もう一つ、頼んでもいい……?」
さっきとは違う、か細い声。
「……こんな形になっちゃったけど……この協力関係を抜きにして、速野くんとはずっと友達でいたい。……いや、かな?」
少し不安そうな表情を浮かべ、こちらを見上げる藤野。
本当に心から、俺を友達だと、そう思ってくれているのだろうか。
……だが少なくとも俺はもう、後戻りできないところまで藤野のことを友人であると認識してしまっている。協力関係があってもなくても、今更その認識を変えることはできそうになかった。
なんせ藤野は、俺が『こう』なってから初めてできた友人なのだ。
「……いやじゃない。俺もお前のことは友人だって思ってる」
本音を伝えると、藤野の顔は満面の笑みに包まれた。
「……ありがとう」
「……本音を言っただけだよ」
「だからこそ嬉しいんだよ?」
そんな感じで、部屋に向かって歩き出しながら、適当に雑談を続ける。
俺も藤野も、お互いが友達同士であると認識している。
そうは言っても、お互いに利益を追求する目的の協力関係を結んだ以上、今まで通りとはいかないかもしれない。
小学校低学年以来の友人。好きとかそういうんではなく、友人。
藤野に出会った瞬間から感じている、友情とは全く別の、「俺はこいつのことを大切にしないといけない」という妙な感情の根元がどこにあるのか、俺は皆目見当もついていなかった。
これまでの伏線にかなり踏み込んで書きました。展開は広がりましたが、迷走しないように、上手くまとめて着地できるように頑張ろうと思います。
感想、評価お待ちしております。