世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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守護者たちの戦闘が難し過ぎるぅぅ……(涙)
前回同様、今回の戦闘回もいつも以上に生温く微妙かもしれませんが、何卒ご容赦ください……(土下座)


第76話 創造されしモノたち

 時は少々遡り……――

 上空を行くシャルティア、デミウルゴス、マーレとは打って変わり、アルベド、アウラ、コキュートスの三体は地上をゆっくりと進んでいた。

 森妖精(エルフ)軍が進んだ後の荒涼とした街中を横並びで悠々と歩み行く。道の至る所には法国兵やエルフの死体が数多く転がっており、しかしアルベドもアウラもコキュートスも一切興味を持つことなく視線を向けることすらしなかった。

 遥か前方からは喧騒の音が聞こえてきており、恐らく法国軍とエルフ軍が激しい戦闘を繰り広げているのだろう。

 アルベドは戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)に繋いだ戦車(チャリオット)に揺られながら、右隣でフェンリルに乗っているアウラを振り返った。

 

「アウラ、法国軍とエルフ軍との戦況はどうなっているのかしら? 戦場に何か不審点などは見つかった?」

「う~ん、今のところ何も報告はきてないから大丈夫なんじゃないかな。みんなの気配も消えていないからやられたわけでもないだろうし」

 

 アルベドの問いに、アウラは明るい声音で返答する。

 アウラはシモベの魔獣たちを神都の至る所に散らしており、戦況の監視や神都に仕掛けられているかもしれない罠などの有無を確認させていた。しかし魔獣の一体からも何の報告もないということは、彼女の言う通り全てが問題なく進んでいるのだろう。

 アルベドは一つ頷くと、再び前方へと視線を向けた。

 彼女の視線の先には、変わらず死体のみが転がっている無人の道が続いている。しかし道の両側に建ち並ぶ家々の中からは息を潜めた人間の気配が複数感じ取れ、アルベドはヘルムの奥で小さく目を細めた。

 家々に潜んでいるのは恐らく軍兵ではなく唯の街の住人なのだろう。

 戦う力も……何の力も持たない脆弱な者たち……。

 アルベドはヘルムの奥で一瞬嘲笑を浮かべると、すぐに興味を失って前方に視線を戻した。

 法国も必死の抵抗をしているのか、中心部に近づくにつれて徐々にエルフ軍の進攻速度が緩やかになっていく。

 アルベド、アウラ、コキュートスもそれに合わせて都度歩む足を止めることになり、戦場の真っただ中でありながらアウラは見るからに退屈そうな表情を浮かべ、アルベドもまたヘルムの中で思わず出てきそうになった欠伸を咄嗟に噛み殺していた。

 

「………なぁ~んか退屈なんだけど……。やっぱりあたしたちが出てくる必要なんてなかったんじゃない?」

 

 今も歩みを止めているフェンリルの背の上で、アウラが頭の後ろで両手を組みながら声をかけてくる。

 アルベドとしても彼女の気持ちはよく分かり、内心では同じことを思っていた。

 しかしここが戦場で敵側の本拠地であることは変わりなく、アルベドは苦笑を浮かべながらも諌める言葉を口に乗せた。

 

「アウラ、油断は禁物よ。至高の御方々もユグドラシルにいらした頃に仰っていたでしょう。……確か、『窮鼠、猫を噛む』…だったかしら……? 下等生物(ネズミ)も窮地に陥れば何をするか分からないわ」

「それはそうだけどさぁ~……。……っ……!?」

 

 アウラがアルベドの言葉に反論しようとした、その時……。

 不意に前方から聞こえてきた大きな悲鳴の数々に、アウラは口を閉ざして素早く前方を見やった。アルベドとコキュートスもほぼ同じタイミングで前方を振り返る。今まで以上に大きく、数多く響く悲鳴に、何か不測の事態が起きたのかと一気に気を引き締める。

 停止したまま前方を凝視して耳をそばだてる中、不意に前方から一羽の魔鳥が急いだ様子でこちらに飛んできた。

 一見ただの梟にしか見えないこの魔鳥は、しかし全身が鮮やかな真紅に色づいており、その体躯も普通の梟に比べて二回りも大きい。

 クリムゾンオウルと言う名のこの魔鳥はアウラのシモベの魔獣の内の一羽だった。

 アウラが右腕を差し伸ばせば、クリムゾンオウルはその鋭い鉤爪には似つかわしくないひどく柔らかな動きで、そっとアウラの腕の上に舞い降りる。何やらひどく焦っているようで、クリムゾンオウルはしきりに『ホー! ホー!』と煩く鳴きながら落ち着きなく翼をソワソワと動かしていた。

 いつにないシモベの様子にアウラは苦笑を浮かべると、落ち着かせるように優しい手つきで翼を撫でてやりながら暫くクリムゾンオウルの鳴き声に耳を傾けた。

 

「……う~ん、エルフたちに強敵が現れたみたい。多分法国側の切り札なんじゃないかな」

「あら、漸く本腰を入れてきたのかしら。その切り札は一つ? それとも複数?」

「二つだね。一方はこっちに向かって来てて、もう一つはデミウルゴスたちの方に進行しているみたい」

「フム、興味深イナ……。アウラノ魔獣ガコレホド慌テルノダカラ、相当ノ強者ナノダロウ。至高ノ御方々ニゴ報告シタ方ガ良イカモシレン」

 

 複眼全てをクリムゾンオウルに向けているコキュートスの言に、アルベドは少しの間考え込んだ。

 普通に考えればコキュートスの言っていることは正しい。報告を怠ったがために取り返しのつかないことになっては元も子もないし、逆に至高の御方々にご迷惑をおかけしてしまう可能性すらある。

 しかしそう思う一方で、『本当にそれで良いのだろうか……』という考えも同時に脳裏に浮かんでいた。

 至高の御方々は予てより、ナザリックのために自分たちで考えて行動するよう事ある毎に仰られており、自発的な言動を自分たちに求め、自分たちの成長を望んでおられた。なればこそ、未だはっきりとしたことが分からない状態で報告するのは逆に怠惰であり、至高の御方々のご期待に反する行動なのではないだろうか……。

 アルベドは熟考の末に一つ頷くと、こちらの指示を待っているアウラとコキュートスに目を向けた。

 

「まずは事実確認を行いましょう。御方々へのご報告はその後に行っても遅くはないわ。念のため、私を先頭にコキュートス、アウラの順で進行します。クリムゾンオウル、その強敵がいる場所に案内しなさい」

「ホウッ!」

 

 アルベドの指示にアウラとコキュートスは一つ頷き、クリムゾンオウルは元気よく両翼を広げて一声鳴く。

 アウラの腕の上から飛び立ち先導する真紅の梟に、アルベドは手綱を振るってウォーバイコーンロードに合図を送った。

 先ほどまでのゆっくりとした歩みとは打って変わり、速足で神都の中心部へと進んでいく。

 やがてエルフ軍の最後尾が見え、しかし更に前へと飛んでいくクリムゾンオウルに従ってアルベドたちは進み続けた。

 突然のアルベドたちの登場にエルフたちは驚愕の表情を浮かべながらも慌てて後退って道を空けていく。

 エルフたちの軍を割って前に進んでいくアルベドたちは、やがて一つの存在に突き当たった。

 最初に目に飛び込んできたのは赤に濡れた漆黒の巨大な大鎌。

 次に目に映ったのはゆらゆらと揺らめく緑色の炎。

 アルベドたちの前に現れたのは、アンデッド系だと思われる一体の異形だった。

 漆黒のフードと、背に流れるボロボロのマント。マントの下にはこれまたボロボロのローブが揺れており、その上には薄汚れた純銀色の鎧が顔を覗かせている。鎧は至る所に棘のような突起物が飛び出ており、全体的に刺々しいデザインになっていた。腰には鎖がベルトのように幾重にも巻かれ、その先には緑色の炎が揺らめく大きなランタンが垂れ下がっている。籠手をはめている手には巨大な漆黒の大鎌が握られており、その大鎌には闇色の炎が纏わりついていた。

 

「……死霊(レイス)系……? ……どうして法国に?」

「……さぁ、どうかしら……。素顔が見えないからはっきりと死霊とは限らないけれど……」

 

 フードの奥には暗闇のみがあり、アルベドたちの目をもってしても素顔を見ることはできない。

 顔がはっきりと確認できない以上、相手の種族を死霊であると判断するのは早計というものだろう。

 しかしそうは思いながらも、アルベドもアウラもコキュートスも十中八九相手の種族は死霊系だと感じていた。

 

「………ホウ、エルフノ軍ニ異形カ……。我ガ感ジテイタ強キ力ヲ宿ス存在ハ貴様ラデアッタヨウダナ……」

 

 フードの奥から聞こえてきたのは不明瞭な響きを帯びた不可思議な声。

 どこかコキュートスと似通った軋んだような声音に、アルベドたちは一様に目を細めて注意深くその存在を見やった。

 

「貴様ラハ何者ダ? 何故、我ガ守リシスレイン法国ヲ害ソウトスルノカ?」

「………すべては至高の御方々のご意思によるもの。あなたもわたくしたちと同じなのではないかしら?」

「……ホウ、ツマリハ我ト同ジ存在カ……。ナラバソノ力モ納得ガイク……」

 

 フードの異形は何かに思い至ったのか、納得したように小さく頷いてくる。

 しかしそれはアルベドたちも同様だった。

 以前から……それこそニグンを支配下に置いてスレイン法国について情報を引き出させた時から、法国はユグドラシル・プレイヤーの恩恵を得て造られた国であると推測され、最悪の場合、今もプレイヤーやそのシモベたちが生きている可能性すら指摘されていた。しかしそれらはあくまでも可能性でしかなく、決して絶対ではない。そのため鎌をかける意味合いで敢えてあのような言葉選びをしたのだが、どうやらその判断は正しかったようだった。

 先ほどの口振りから推察するに、ローブの異形は自分たちと同じ“ユグドラシル・プレイヤーに創り出された存在”なのだろう。であるならば、そのレベルも自分たちと同程度である可能性が高かった。

 勿論、100レベルの存在と一言で言ってもピンからキリまで様々であることは理解している。自分たちとて至高の御方々と同じ100レベルの存在ではあるが、その実力は天と地以上の差が存在する。互いの相性もあるだろうし、戦闘経験や装備の優位性なども影響してくるだろう。同じ100レベルの存在とはいえ、数多の要因によって互いの力量差は大きくも小さくもなるのだ。

 しかし、アルベドたちの中にはローブの異形を格下と断ずる決定的な大前提が存在した。

 それは自分たちを創り出した存在と、ローブの異形を創り出した存在との圧倒的な差。

 この世界では“六大神”と呼ばれているそれらは、しかし自分たちを創造した至高の四十一人に比べれば足元にも及ばぬ存在であり、その実力や存在自体に雲泥の差が存在する。そして自分たちはそんないと尊き至高の御方々に創造された存在なのだ。片や二流三流のユグドラシル・プレイヤーでしかない存在に創造された目の前の異形など、下等生物にも等しいものだろう。

 とはいえ、先ほども述べたようにレベルが自分たちと同程度であろうことは紛れもない事実。

 楽観視して油断し過ぎては流石にマズいだろうとアルベドは心の中で自身に言い聞かせると、小さく息を吐きながら気を引き締めた。

 

「コキュートス、私と共に前へ。アウラ、御方々にご報告した後にこちらの援護に回って頂戴」

「承知シタ」

「りょ~かいっ!」

「エルフたちよ! この場は我らが預かる! お前たちは引き続き進行し、この神都を陥落しなさい!!」

 

 アルベドは戦車から降りながらコキュートスとアウラそれぞれに指示を出し、続けて周りにいるエルフたちにも命令を発する。コキュートスとアウラはすぐさまそれに従い、エルフたちは誰しもが困惑や警戒の表情を浮かべながらも止めていた足を再び動かし始めた。

 しかしローブの異形がそれを大人しく見逃すはずがない。

 

「……我ガソレヲ許ストデモ思ウテカ?」

 

 エルフ軍の進攻を阻止しようと闇の大鎌を振るおうとするローブの異形に、すかさずコキュートスが斬神刀皇を取り出してその攻撃を真正面から受け止める。大鎌が鋭い白刃に弾かれ、宙に漂う闇色の炎が苛立たしげに不穏に大きく揺らめいた。

 ローブの異形は一歩大きく後退ってコキュートスから距離を取ると、次には再び大鎌を大きく構えて横薙ぎに勢いよく振りはらった。

 瞬間、大鎌に纏わりついている闇色の炎が黒の斬撃となってエルフたちに襲いかかる。

 しかしそれを受け止めたのは緑色の微光を宿す巨大なバルディッシュ。

 加えて受け止められた黒の斬撃は全て打ち返され、ローブの異形は小さな舌打ちの音と共に更に後退ってそれを躱した。

 

「アルベド~、御方々への報告、終わったよ~!」

「ご苦労様。ついでにデミウルゴスたちにもこの者たちの存在を報告しておいてくれるかしら?」

「う~ん……、いや、それはしなくても大丈夫だと思うよ」

 

 クリムゾンオウルからの情報によれば、他にもこのローブの異形と同じような存在がもう一人いるはずだ。“ならば知らせておいた方が良いだろう”という判断は、しかしアウラによって否定された。

 一体どういうことかとアウラを振り返りかけ、しかしその前に大きな地響きが神都全体を襲う。

 加えて聞こえてきた大きな音にそちらを振り返れば、デミウルゴスたちがいるであろう場所……神都の西側に突如として巨大な土柱が出現した。目を凝らせば、三つの小さな人影が上空から土柱の頂上に舞い降りようとしているのが見てとれる。

 もしかしなくても、これは十中八九マーレの仕業だろう。

 何とも派手なことをするものだ……と思わずヘルムの中で苦笑を浮かべる中、フードの異形もまた土柱を振り返り凝視していた。

 

「………ナルホド、ココニイル者タチダケデハナカッタカ……」

 

 独り言のように呟かれた声音は、淡々としていながらもどこか苛立たしげな響きを宿している。

 しかしすぐさま気を取り直すように小さく頭を振ると、次にはゆらりと揺らめくような動作でこちらを振り返ってきた。

 

「……マァ、良イ。アレハ禁忌ノ忌ミ子。負ケルコトハナイデアロウ……」

 

 続けて紡がれた言葉に、アルベドはヘルムの中で思わず小さく眉を顰めた。

 気になる言い回しと、初めて聞いた“禁忌の忌み子”という呼び名。

 ローブの異形の口振りからして、その“禁忌の忌み子”と呼ばれるモノがもう一つの法国の切り札的存在なのだろう。

 しかし、それは一体どういった存在であるのか。

 ローブの異形と同じくユグドラシル・プレイヤーに創造された存在か、はたまたこの世界で強者と分類される存在か……。

 少しでも情報を得ようと口を開きかけ、しかしその前に聞き慣れた声がそれを遮った。

 

「――……ほう、それは一体どういった存在なのかな?」

「「「……っ……!!?」」」

 

 今までこの場にいなかったはずの声の登場に、この場にいる全員が勢いよく声が聞こえてきた方角を振り返る。

 瞬間、視界に映り込んできた姿に誰もが驚愕の表情を浮かべた。

 

「モモンガ様!? ……それにウルベルト様、……ペロロンチーノ様も……!」

「やっほ~、みんな大丈夫? 怪我してない?」

「アウラとマーレから報告を受けて来てみたが……、何やら興味深い話をしているようだな」

 

 視線の先にいたのは至高の三柱、自分たちが崇拝するモモンガとペロロンチーノとウルベルト・アレイン・オードルが闇の扉を背に立っていた。ペロロンチーノはこちらに片手を振っており、モモンガとウルベルトは興味津々とばかりにローブの異形を凝視している。

 思わずその場に跪きそうになり、しかしウルベルトが小さな苦笑を浮かべたことに気が付いてアルベドは咄嗟に踏みとどまった。

 

「こらこら、アルベド。その名でアインズを呼んではいけないよ」

「……!! も、申し訳ありません!!」

「まぁ、幸い聞いていたのはこのアンデッドだけだからどうとでもなるが……。……ふむ、“死神(グリムリーパー)”かな?」

「その可能性が高いな。少なくともスケルトン系ではないだろう」

 

 ウルベルトが口にした種族名に、モモンガも同意の言葉と共に一つ頷く。

 アルベドもローブの異形に視線を向けながら、『なるほど……』と心の中で頷いた。

 言われてみれば確かに、素顔の見えないその容姿や手に持つ大鎌からして、種族が“死神”であるというのは大いに頷けるものだった。

 一目で相手の種族を言い当てる至高の御方々の慧眼と叡智に感嘆を禁じ得ない。

 後はこの死神が修得している職業が何であるかが最も重要なポイントだろう。

 大鎌を使っての戦闘スタイルだけを考えれば前衛職である可能性が高いが、ブラフである可能性も否定できない。

 やはりまずは情報を引き出させるべきだと判断する中、アウラやコキュートスに怪我の有無を念入りに確認していたペロロンチーノが勢いよくこちらを振り返ってきた。

 

「その異形が何者なのかも気になりますけど、俺としては“禁忌の忌み子”って呼ばれてる存在の方をまずは知りたいんですけど? それってあっちで戦ってる存在のこと?」

 

 “あっち”という言葉と共にペロロンチーノが土柱の方を指さす。

 土柱の頂上では激しい戦闘が繰り広げられているのか、攻撃の余波が時折こちらにまで届いて来ていた。感じ取れる余波は微かなものではあるが、ここまでの距離を考えれば相当な火力のぶつかり合いであることが窺い知れる。

 やはりユグドラシル・プレイヤーによって創られた存在だろうか……と思考を巡らせる中、同じように土柱の方に顔を向けていた死神がゆっくりとその暗闇の顔をペロロンチーノに向けた。

 

「………アレハ異ナル血ニヨッテ生マレタ娘。尊キ神ノ力ヲ宿ス先祖返リデアリナガラ、穢レタ血ヲモソノ身ニ流ス禁忌ソノモノ」

「先祖返り……? つまり、君と同じNPCという訳ではないってこと?」

「アレガ我ト同ジ存在ナド、アリ得ヌコトヨ。我ハ主ノ御手ニヨッテ創リ出サレタ者。エルフノ穢レタ血ニヨッテ生マレタアレト同ジナド業腹ノ極ミヨ」

「エルフの血!?」

 

 心底腹立たしいと言わんばかりに大鎌の闇の炎を騒めかせる死神に、しかしペロロンチーノはそれを気にする素振りを一切見せなかった。逆に“聞き捨てならないことを聞いた!”とばかりに驚愕の声を上げる。

 一度土柱の方に顔を向けると、次には改めて死神に顔を向けた。

 

「……つまり、あそこで戦っているのはエルフの王様と法国の女の人との間にできた子?」

「……ホウ、エルフ王ノ愚考ヲ知ルカ。デアルナラバ何故、ソレデモナオエルフニ力ヲ貸シ、スレイン法国ニ牙ヲ向クノカ?」

 

 フードの異形は心底不可解であるといった様子で問いかけてくる。

 恐らくこの異形の中には『悪いのはエルフたちであり、自分たちは清廉潔白で正しい』という考えが根深く頭にこびり付いているのだろう。

 いや、そう信じきっていると言った方が正しいだろうか……。

 ともかく、どちらにせよそれはアルベドたちにとってはどうでもいいことだった。

 

「勘違いをしているようだが、そもそも我々はエルフたちのためにこの国を滅ぼそうとしているのではない。お前たちは我々の大切な一粒種の娘に刃を向け、我が友の怒りに触れた。エルフたちに力を貸しているのは、互いの敵が同じであるが故に協力しているだけに過ぎん」

「……ナニ……?」

「まぁ、君たちが知らないのも無理はない。なんせ直接手を出してきた不届き者どもは即刻断罪したからねぇ。だが、その者たちがいつまでも戻ってこず音信不通となって、君たちは不思議に思ったのではないかな?」

「……ッ……!! ………マサカ……」

「確か……漆黒聖典という者たちだったかな……。そうでしたよね、アインズ?」

「ああ、確かそんな名前だったはずだ。……部下の行動に上司は責任を持つべきだろう? それに我が友が法国をどうしても許せないと言うものでな。我々としても人間至上主義を掲げ、他種族を虐げるこの国は危険度が高く、できるなら排除しておきたい対象なのだ。そのため、誠に勝手ながら君たちには滅んでもらう」

 

 ウルベルトの問いかけに応じて一つ頷きながら重々しく話すモモンガの声音は、とても威厳に満ち満ちた絶対的な音を宿している。言葉を向けられているのは自分ではないというのに、ただ聞いているだけのアルベドですらゾクゾクと全身の肌が粟立ち、思わずヘルムの中でうっとりとした恍惚の笑みを浮かべた。

 そんな中、不意にペロロンチーノがまるで焦れたように一歩死神へと歩み寄って身を乗り出した。

 

「話を戻すけど、あそこで戦っているのはエルフの王様と法国の女の人との間にできた子供であってるんだね?」

 

 少しイライラした声音で問いかけるペロロンチーノに、死神は無言のままペロロンチーノを凝視する。

 そのまま数秒黙り込んだ後、徐にペロロンチーノへ真正面から向き直ると、手に持つ大鎌の闇色の炎を大きく揺らめかせた。

 

「……然リ。ソノ存在自体ガ許シ難イ、忌マワシキ娘ヨ」

「………ということは、半森妖精(ハーフエルフ)か……。……そんなに忌み嫌っているのなら、どうして生かしているんだ? お前たちなら殺していても不思議じゃないと思うんだけど……」

 

 ペロロンチーノも本当はこんなことは言いたくないのだろう。紡がれる声音にはありありと苦々しい音が含まれている。

 何とお優しい御方なのだろう……と思わずその慈悲深さに感嘆と小さな嫉妬を湧き上がらせる中、アルベドは死神の腰に垂れ下がっているランタンの緑色の炎が怪しく揺らめいたことに気が付いた。

 反射的にバルディッシュ(3F)を持つ手に力を込め、両足で強く地面を踏み締める。

 

「……タトエ穢レタ血ノ忌ミ子トテ、法国ノ血ヲモ持ッテイルコトハ変ワリナイ。マタ、アレハ我ガ神々ノ力モ宿シテイル。ナラバ法国ノタメニ所持シ使ウハ道理デアロウ」

「……所持し……使ってる、って………っ!!」

「気ニ入ラヌカ? ……ソモソモ貴様ラガコノ神都マデ侵攻シテ来ネバ、アレモ外ニ出ルコトハナカッタノダ。閉ザサレタ壁ノ中デ悠久ノ時ヲ静カニ生キラレタデアロウニ」

「閉ざされた壁の中……って、幽閉してるじゃないかっ!!」

 

 死神の言葉に、ペロロンチーノが我慢できないとばかりに勢いよく前に進み出る。

 瞬間、死神の腰に揺れるランタンの炎が一層大きく揺らめいたのが目に入り、アルベドは咄嗟に強く地面を蹴った。

 

「アレハ外ニ出テハナラヌ存在。ソレヲ表ニ引キズリ出シタ罪、今ココデ贖エ……!!」

「……っ……!!」

「ペロロンチーノ様!!」

「〈氷の障壁(アイスバーグ・バリア)〉!!」

 

 アルベドがペロロンチーノと死神との間に飛び出したのと、コキュートスが魔法を発動させたのはほぼ同時。

 アルベドはペロロンチーノを背に庇うように立ちながら、自身の前に突如として現れた氷の壁を睨み付けた。コキュートスが創り出した氷の壁越しに、大きな緑色の炎が勢い良く燃えているのが見てとれる。

 急激に氷が溶かされて周辺が白くけぶっていく中、背後に控えるように立っていたアウラは至高の御方々が死神と会話をしている間に魔獣たちを呼び寄せ、今は氷の奥を指さして号令を発していた。

 

「GO!」

 

 短い命令に従い、魔獣たちは我先にと霧の中へと駆けていく。コキュートスも続いて突進していくのに、しかしアルベドとアウラはそれに続くことなくこの場に踏みとどまった。悠然と佇む至高の御方々の前や傍らに立ち、注意深く周囲や氷の壁の奥を見やって警戒する。

 

「こら、ペロロンチーノ。不用意に前に出るんじゃない。アルベドたちに迷惑がかかっただろう」

「あてっ! わ、分かってますよ、すみません……」

 

 アルベドが守る背後でウルベルトが軽くペロロンチーノの頭を小突き、ペロロンチーノは気まずそうに小突かれた箇所をさすっている。いつもなら大きく広げている四枚二対の翼を力なく垂れ下げながら、ペロロンチーノは続いてこちらに顔を向けてきた。

 

「アルベドとアウラもごめんね。それとアルベド、庇ってくれてありがとう」

「とんでもございません! ペロロンチーノ様を御守りするのは当然のことでございます」

「アルベドの言う通りです! ペロロンチーノ様にお怪我がなくって良かったです!」

「ありがとう、二人とも。後でコキュートスにもお礼を言わなくちゃな」

 

 心なしかペロロンチーノの声音が明るくなったような気がして、思わず小さく安堵の息をつく。

 アウラも嬉しそうに満面の笑みを浮かべる中、ペロロンチーノは続いてモモンガとウルベルトに再び顔を向けた。

 

「それで、このタイミングで言うのもなんですけど、シャルティアたちの方が気になるんで、ちょっと様子を見に行っても良いですか?」

 

 土柱の方を指さしながら問うペロロンチーノに、モモンガは顎に手指を添えながら考える素振りを見せる。

 ウルベルトはモモンガの判断に任せているのか、会話には参加せずに氷の奥で繰り広げられているであろう死神とコキュートスや魔獣たちの戦闘に意識を向けていた。

 モモンガは暫く黙り込んだ後、思考をまとめたのか眼窩の灯りをペロロンチーノに向けた。

 

「……ふむ、……まぁ、良いだろう。そんなに気になるのであれば行ってくると良い」

「ホントですか!? わぁ~、ありがとうございます!」

「ただし、シャルティアたちの迷惑にはならないようにな。十分、注意するように」

「分かってますよ。じゃっ、ちょっと行ってきます!」

 

 ペロロンチーノは嬉々として何度も頷くと、次には翼を羽ばたかせて宙に舞い上がった。

 そのまま一直線に土柱の方へ飛んでいく黄金に、モモンガは苦笑めいた息をそっと吐き出した。

 

「……良かったんですか、アインズ?」

「仕方あるまい。他が気になって気もそぞろになっていては逆に危険だしな。それにこの場にはアルベドもアウラもコキュートスもいる。そしてあちらにはシャルティアもデミウルゴスもマーレもいる。問題はあるまい」

「まぁ、そうですね」

 

 モモンガの言葉に、ウルベルトは未だ氷の向こう側を見つめながら一つ頷く。

 至高の御方々から当然のように向けられる信頼に、アルベドは感動のあまり頬を紅潮させて胸を熱くさせた。アウラも同じ心境なのだろう、色違いの大きな双眸をキラキラと輝かせている。

 ナザリックのシモベにとって、至高の御方々に使って頂けること、頼りにして頂けることは何よりの栄誉だ。それに加えて、このように信頼を寄せて頂き、それを言葉にして伝えて頂けているとあっては、感動のあまり息が止まり、涙が出てきそうになっても仕方のないことだろう。

 アルベドは思わずその場に跪いて頭を下げそうになり、しかし今が戦場の真っただ中で戦闘の真っ最中であることを思い出し、何とかその衝動を堪えた。

 今も氷の向こう側ではコキュートスとアウラのシモベたちがフードの異形と戦っているのだ。戦況がどうなっているのかはここでは窺い知ることはできないが、油断はするべきではないだろう。

 モモンガとウルベルトは変わらず氷の向こう側に意識を向けており、アルベドは高揚している心を必死に落ち着かせながら意識して気を引き締めた。

 

「……ふむ、思ったよりも時間がかかっているな。コキュートスとアウラのシモベたちが相手をしているのにこれだけ時間がかかるということは、やはりそれだけ高レベルの存在ということかな?」

「どうだろうな、少なくとも100レベルでほぼ間違いないとは思うが……、種族や職業の相性もあるだろう。あちらの装備類が神器級(ゴッズ)である可能性もある」

「確かに。それで? あの異形は最終的にはどうするつもりかね?」

「“どうする”とは?」

「殺すか、それとも捕虜とするか……。私としては殺してしまった方が危険がなくて良いと思うがね。情報ならば他の者……それこそ現地人の法国の一番偉い連中を捕らえれば事足りるだろうしねぇ」

「そうだな……」

 

 モモンガが再び考え込むような素振りを見せる。

 数秒後、モモンガは一つ頷くとこちらに眼窩の灯りを向けてきた。

 

「いや、捕らえよう。幸い、ここには“傾城傾国”があるからな。確かに捕らえた後の管理には苦労するかもしれないが、短時間で尋問を行い、その後持て余すようであれば処分すれば良い。上手くいけば“傾城傾国”の効果時間など、いろいろと実験することもできるだろう」

「なるほど! 流石はアインズ様です!」

「ありがとう、アルベド。アウラ、その際は暫くお前にあれの管理を任せることになるだろう。よろしく頼むぞ」

「はい、畏まりました!」

 

 モモンガからの指示に、アルベドとアウラは揃って頭を下げる。

 確かにモモンガの言う通り、これは“傾城傾国”の良い実験になるだろう。世界級(ワールド)アイテムであるならば、その効果は永遠に続くのではないかと考えられなくもないが、しかしそれはあくまでも想像であって絶対ではない。

 

「まずは相手を弱らせて動きを止めるべきだな。アウラはいつでも“傾城傾国”を発動できるように準備をしておけ」

「はい!」

 

 アウラの元気な返事を聞きながら、アルベドは下げていた頭を上げて踵を返した。“傾城傾国”の準備と至高の御方々の守護はアウラに任せ、自身は相手を弱らせて動きを止めるべく氷の壁の真正面に歩み寄る。薄ぼんやりと映る向こう側の影を見つめてタイミングを計りながら、アルベドは手に持つバルディッシュを勢いよく振り下ろした。

 

「……どりゃああぁぁあぁあぁあっっっ!!!」

 

 気合の声と共に氷の壁に勢いよくバルディッシュを叩きつける。

 瞬間、氷の壁に幾つもの大きな亀裂が走り、数秒後にはガラガラと大きな音を立てながら崩れ始めた。あちら側の方が緑の炎に溶かされたり戦闘の衝撃を受けて脆くなっていたのだろう、氷の瓦礫の殆どがあちら側に向かって雪崩れ落ちていく。

 大量の巨大な氷の雨に地響きすら発生する中、氷と氷の隙間から死神とコキュートスの姿を捉え、アルベドは歩を進めながら特殊技術(スキル)を発動させた。

 

「〈位置交換(トランス・ポジション)〉」

 

 瞬間、視界に広がる景色が一変して死神の姿が目の前に現れる。

 ちょうど振り下ろされる直前だった大鎌を漆黒のカイトシールドで受け止めると、アルベドはそのままバルディッシュを勢いよく振るった。

 緑色の微光を宿す巨大な刃は死神の身体を捉え、……しかし装備は傷つけるもののそのまま通り過ぎていってしまう。

 本体には一切ダメージを与えていない様子に、アルベドはヘルムの奥で小さく目を細めた。

 “死神”は死霊などと同じアストラル系で、実体を持たないアンデッドだ。フードや鎧を身に纏ってはいるが、その中に肉体はなく、唯の空洞のみがある。故に通常武器での攻撃は一切効かず、それもあって恐らくコキュートスたちは苦戦を強いられていたのだろう。チラッと周りに視線を向ければ、コキュートスが放ったのであろう魔法や特殊技術(スキル)の痕跡があちらこちらに見てとれる。

 今までの戦闘スタイルからして前衛職であることはほぼ間違いないため、後はこちらの対処方法を決めれば事足りるだろう。

 やはりここは自分が防御を務め、コキュートスには攻撃に専念してもらった方が無難だろうか……。

 大鎌とカイトシールドで鍔迫り合いながら思考する中、不意に背後に巨大な気配を感じてアルベドはチラッとそちらを振り返った。

 瞬間、目に飛び込んできたのは巨大な影。

 アウラのシモベたちが大慌てで散り散りに避難する中、仁王立ちしたコキュートスの背後に半透明の巨大な不動明王が出現していた。

 厳めしい表情の巨大な存在に、大きな威圧感が襲ってくる。

 しかしこれは五大明王撃の一つであり、それから繰り出される攻撃は対象のカルマ値がマイナスでなければ威力を十分に発揮しない。いくらアンデッドであるとはいえ、法国を守護する存在のカルマ値が大きくマイナスになっているとも思えず、アルベドは思わず大きく眉を顰めた。

 その時……――

 

「――………〈相反する業(コンフリクト・カルマ)〉」

「「……っ……!?」」

 

 不意に聞こえてきた声と放たれた魔法。

 思わぬ方向からの突然の攻撃に、死神は勿論のことアルベドもまた驚愕に小さく息を呑んだ。

 声が聞こえた方向には悠然と佇むモモンガがおり、その傍らにはニヤニヤとした不敵な笑みを浮かべているウルベルトもいる。

 恐らく魔法を放ったのはモモンガなのだろうことを知り、アルベドは至高の主からの助力に喜びを湧き上がらせた。それと同時に自分たちの未熟さに対する不甲斐なさも湧き上がってくるが、しかし今はそれに囚われている場合ではないだろう。至高の主の手を煩わせてしまったのだ、ならばせめて最大限の力をもってしてそれに報いなければならない。

 

「コキュートス!」

「〈倶利伽羅剣(くりからけん)〉!」

 

 モモンガの魔法によって現在の死神のカルマ値はマイナスに振れているはず。

 合図の代わりに名を呼ぶアルベドに、コキュートスも不動明王撃(アチャラナータ)の攻撃手段の一つを繰り出した。

 迫りくる不動明王の半透明の巨大な剣に、死神が避けようと身を翻す。

 しかし自分が目の前にいて、それを許すはずがない。

 アルベドはバルディッシュを振るうと、地面を這う死神のローブの裾を串刺して地面に縫い付けた。

 行動一つ取ればひどく幼稚で、すぐにでも破られる足止め。相手が100レベルの存在であれば尚のこと、唯のちょっとした嫌がらせ程度にしかならないだろう。

 しかしアルベドとコキュートスにとってはそれで十分で、一瞬動きを止めることができればそれで良い。

 死神が自身のローブの裾を大鎌で切り落として脱出を試みようとしたその時には、既に不動明王の巨大な刃はその身をしっかりと捉えていた。

 

「……っ……!!」

 

 不動明王の剣は力そのものであり、故に非実体の存在にもいかんなく効果を発揮する。

 咄嗟に防御しようとした大鎌はアルベドがバルディッシュで弾き飛ばし、瞬間、不動明王の剣が真正面から死神に襲いかかった。

 地割れを起こすほどの衝撃と火力に、死神はここで初めて苦痛の声を上げる。

 思わずたたらを踏んで揺らめく痩躯に、アルベドは容赦なくその隙を突いた。

 振るうのはバルディッシュ(3F)ではなく、創造主より与えられた世界級(ワールド)アイテム“真なる無(ギンヌンガガプ)”。

 対人では威力が劣る武器ではあるが、それでもこれであれば非実体の存在にもダメージを与えることができる。

 

「だっしゃぁあぁあぁぁぁっっ!!!」

「〈金剛夜叉明王撃(ヴァジュラヤクシャ)〉!」

 

 アルベドの攻撃と同時にコキュートスも更なる特殊技術(スキル)を発動する。

 背後に出現していた不動明王が金剛夜叉明王に変わり、雷撃を纏った金剛杵が勢いよく襲いかかった。

 

「……チッ……!! ……〈冥府の焔門〉!!」

「〈暗黒孔(ブラックホール)〉」

 

 死神は鋭い舌打ちの音と共に応戦するために緑色の炎を噴出させ、しかしそれはウルベルトが唱えた魔法によって阻まれた。

 突如どこからともなく小さな点が現れ、見る見るうちに巨大化しながら緑色の炎を呑み込んでいく。

 

「〈星幽界の一撃(アストラル・スマイト)〉」

「……っ……!!」

 

 アルベドとコキュートスの刃は炎に阻まれることなく死神に届き、加えてモモンガからも追加の魔法が飛んでくる。

 非実体に対して絶大な効果を発揮する一撃が放たれ、死神の身体を鋭く貫いた。

 

「アウラ!」

「はい! いっけぇーーっ!!」

 

 モモンガの声に反応し、アウラがその身に纏う“傾城傾国”を発動させる。

 白銀のチャイナドレスに描かれている黄金の竜が眩いばかりに光り輝き、次には布地から躍り出て宙を舞った。まるで弾丸のように突き進み、一直線に死神へと襲いかかる。黄金の竜は大きく開けた咢で死神を捉えると、そのままその身全てを死神の体内に潜り込ませていった。

 続いて訪れたのは、耳に痛いほどの静寂。

 死神は先ほどまでとは打って変わって両腕をダラリと垂れ下げさせ、呆然と佇んで戦意を喪失させていた。正に呆然自失、まるで操り人形にでもなってしまったかのように無言のまま立ち尽くしている。

 アルベドは注意深く近づくと、じっとその様子を窺った。視界の端ではアウラを引き連れたモモンガとウルベルトがこちらに歩み寄ってくるのが映り込む。

 コキュートスもこちらに歩み寄り、モモンガとウルベルトを守るように斜め前に……至高の二柱と死神との間の空間に立った。

 

「……アウラ、対象を支配している感覚はあるか?」

「はい、何か繋がりのようなものを感じます」

「ふむ……、何か幾つか命じてみてくれるかね?」

「はい! えっと、それじゃあ……、あなたの名前は何ですか?」

「……我ガ名ハルシフェルトイウ」

「あなたと“禁忌の忌み子”以外に、法国に切り札的強者はいる?」

「イヤ、モハヤ抗スベキ手段モ存在モアリハセヌ」

 

 感情のこもらぬ声音が淡々と質問されたことに答えていく。

 それきり黙り込んで微動だにしない死神の様子に、ウルベルトは一つ頷いてモモンガを見やった。

 

「うん、問題なく精神支配できているようだね。これなら……少なくとも暫くの間は問題ないのではないかな」

「そうだな。……であれば、折角だ、道案内をしてもらうとしようか」

 

 モモンガの提案に、アルベドは勿論のことウルベルト、アウラ、コキュートスの三体も当然のように頷く。

 そこに大きな羽ばたきの音が聞こえてきて、この場にいる全員が反射的にそちらを振り返った。

 

「お待たせしました! そっちも無事に終わったみたいですね!」

「ペロロンチーノ様!」

 

 振り返った先にいたのは上空から舞い降りた黄金の鳥人(バードマン)

 仮面の奥で満面の笑みを浮かべているであろうことが想像できるほどの明るい声音に、どうやらシャルティアたちの方でも無事に事が済んだことが窺い知れる。

 ペロロンチーノは一度翼を大きく羽ばたかせると、そのままフワッと優雅な身のこなしで地面に着地した。

 

「その口ぶりからして、あちらも問題なく終わったようだな」

「はい、シャルティアもデミウルゴスもマーレも怪我なく万事解決しましたよ。“禁忌の忌み子”と呼ばれていた女の子も捕らえることが出来たので、今はナザリックに運ぶようにマーレに頼んでます。……あれ、そっちも捕らえたんですか?」

「ああ、こちらには“傾城傾国”があったからな」

「あっ、そっか。アウラが着てる世界級(ワールド)アイテムって精神支配系でしたっけ」

 

 見るからに精神支配されている状態の死神とアウラが身に纏っているチャイナドレスを交互に見やり、ペロロンチーノが納得したように大きく頷いてくる。

 モモンガとウルベルトも応じるように一つ頷くと、続いて神都の中央方向へと顔を向けた。

 視線の先では未だ戦闘の音が多く聞こえてきている。しかし法国の切り札的存在は排除したのだ、もはや神都が落ちるのも時間の問題だろう。

 モモンガもアルベドと同じ判断を下したようで、一つ頷くと同時にこちらに顔を向けてきた。

 

「それではこちらもそろそろ進むとしようか。アルベドよ、パンドラズ・アクターとニグンをここへ呼びよせよ」

「折角ならエルフの代表も呼んだ方がよくないですか? エルフ王国国王代理のクローディア・トワ=オリエネンスも一緒に呼んでくれるかな」

「はっ、畏まりました」

 

 モモンガとペロロンチーノの命令に、アルベドはすぐさま深々と頭を下げてそれに応える。

 背後にモモンガが発動した〈転移門(ゲート)〉が開き、アルベドはモモンガとペロロンチーノからの命令を遂行すべく素早くそちらに歩み寄っていった。

 

 




当小説では“死神”を敢えてスケルトン系ではなくアストラル系という設定にしております。
そんな設定にしているがために、いつも以上に戦闘の流れに苦労させられました……orz

*今回の捏造ポイント
・〈氷の障壁〉:
第八位階魔法。巨大な氷の壁を造り出す。防壁として使用したり、普通に敵にぶつけて攻撃したりもできる。
・〈相反する業〉:
原作にも存在する魔法。原作では魔法内容が明確に記載されていないが、当小説では対象のカルマ値をマイナスに下げる魔法として捏造設定。
※原作で魔法の詳細が分かり、カルマ値をマイナスにする魔法でないことが判明した場合は違う魔法に修正する予定です。

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