世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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現在プチスランプ中……。
今回は戦闘回だというのに何たることか……!
今回の戦闘回は戦闘描写や流れなどがいつも以上に生温く微妙かもしれませんが、何卒ご容赦ください……(土下座)


第75話 忌み子

 響き渡る怒声と悲鳴。

 鉄と鉄がぶつかり合い、光が飛び交い、土が舞い、赤い液体が全てを濡らして白が赤黒く染まっていく。

 足元の地上で繰り広げられている喧騒に、遥か上空を飛んでいるシャルティアとデミウルゴスとマーレはただ淡々とそれらを眺め、見下ろしていた。

 

「……随分とごちゃごちゃしているでありんすねぇ。悲鳴と血は好きだけど、何だか汚らしく思いんす」

「戦場とはこういうものだよ。……尤も、もし至高の御方々が出られたなら、戦場も美しい様相を呈するだろうがね」

 

 ポツリと零れ出た言葉に、横で同じように戦場を見下ろしているデミウルゴスから言葉が返される。シャルティアはチラッと見慣れぬ悪魔のカエル顔を見やると、すぐに視線を戦場に戻して一つ小さく頷いた。

 確かにもしこの場に至高の主たちがいたなら、目の前の戦場は全く違う様相を呈していただろう。至高の主たちの手にかかれば、目の前の巨大な都市とて一瞬で灰塵に帰すことすら容易である。

 さぞや美しい焼け野原となるだろうことを想像し、シャルティアは湧き上がってくる誇らしさや崇拝の念に思わず恍惚とした笑みを浮かべた。

 

 

 

「――……おや……?」

 

 そこでふと隣から聞こえてきた悪魔の声に、意識を現実に引き戻される。

 再び悪魔に目を向ければ悪魔は珍しく興味深そうな表情を浮かべており、シャルティアは内心で首を傾げながら彼の視線を辿って同じ方向を見やった。

 悪魔の視線の先にあったのは、都市の中心部に聳え立つ大きな教会のような建物。

 恐らく国家機関の中枢だろうその建物から不意に二つの小さな人影が勢いよく飛び出し、尋常ではない速度で別の方向に突撃していた。それぞれ向かった方向は、まるで狙ったかのように一方は東側に、そしてもう一方は西側に進んでいる。どちらも大きな得物を激しく振るっており、かち合った森妖精(エルフ)たちは漏れなく全員が血祭りにあげられていた。

 

「あら、漸く真打の登場でありんすか?」

「もしかしたらあの二つの存在が法国側の切り札なのかもしれないね。……もしやレベルは我々と同程度か……?」

「ど、どうするんですか? 至高の御方々に、ご、ご報告した方が……」

「……ふむ、恐らく至高の御方々は既にあの者たちの存在をご存知だったのだろう。だからこそ、100レベルである我々にエルフたちの支援任務を命じられたのだと考えられる」

「そ、それじゃあ、ご報告しなくても良いってことですか……?」

「いや、報告はしておこう。『御方々が懸念されている100レベル相当の存在が出現したため、これより対処にあたる』旨を報告してくれるかい、マーレ?」

「わ、分かりました……!」

 

 デミウルゴスの指示にマーレは大きく頷くと、〈伝言(メッセージ)〉の巻物(スクロール)を取り出して宙に放り投げ、魔法を発動させる。

 数秒後、至高の存在の誰かに繋がったのだろう、マーレは途端に嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 心なしか頬を赤く染めながら報告を始める闇森妖精(ダークエルフ)に、シャルティアはそれを横目に見ながらも意識は突如現れた存在たちに向けていた。

 二つの存在は東側と西側それぞれで大暴れしており、多くの悲鳴と共に大量の血飛沫を舞わせている。エルフ軍の中に太刀打ちできる者は誰一人としていないようで、急速にエルフ軍の被害が拡大していた。

 

「デミウルゴス、そろそろ手を出した方が良いのではないかえ?」

 

 シャルティアは気のない表情を浮かべながらもデミウルゴスに声をかけた。

 シャルティアからしてみれば、エルフ軍にどれだけの被害が出ようが別段興味もないし、正直どうでもいい。しかしエルフ軍の被害拡大は至高の御方々の望みではないし、至高の御方々の計画の邪魔になるのであれば、それは非常に許し難いことだった。

 

「あのまま放っておいても良いのでありんすか?」

「いや、そろそろ手を出さないとマズいだろうね。御方々はエルフたちの滅亡をお望みではない。東側はアルベドたちが対処するだろうから、西側のあの猪はこちらで引き取るとしよう」

 

 どんどん広がっていく被害に、デミウルゴスが判断を下す。

 シャルティアは一つ頷くと、スポイトランスを取り出して鋭く構えた。いつデミウルゴスから合図を出されても即動けるように、得物を構えた体勢のままじっと対象を注視する。

 自分たちが担当する神都の西側で暴れているのは、一見脅威には見えない可憐な少女。しかしその手に握られているのは血濡れの巨大な戦鎌で、目の前のエルフたちを容赦なく切り飛ばしていた。一回得物を振るうだけで複数の命が刈り取られる様は、彼らとのレベル差がそれだけ大きいことを知らしめてくる。

 シャルティアには対象のレベルやステータスを調べる能力がないため自分との力量差がどの程度あるのかは分からなかったが、それでも油断はするべきではないことは何となく判断できた。

 

「……ふむ、まずは周りを巻き込まないように戦場を整える必要がありそうだ。マーレ、頼めるかい?」

「は、はい、分かりました。やってみます……!」

 

 悪魔からの指示に、報告を終えたマーレが大きく頷く。

 大きな杖を握り締めている両手に力を込めると、マーレは目標に向かって魔法の詠唱を始めた。

 

「……〈魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)地竜の角(アースドラゴン・ホーン)〉!」

 

 普段とは打って変わり、少しもどもることなく唱えられた詠唱によって発動する魔法。

 ターゲットである少女を中心とした半径50メートル範囲の地面が突如地割れを起こし、そのまま遥か上空へと競り上がった。

 凡そ300メートルほどにまで突起した地面は、遠目からは突如巨大な土柱が街のど真ん中に出現したように見えたことだろう。

 シャルティアはデミウルゴスとマーレと共にそちらへと飛んでいくと、突起した地面の上に音もなく舞い降りた。

 半径50メートルほどのフィールドのようになっているそこには、一人で立つ少女と、複数のエルフたちの死体が転がっている。

 シャルティアはチラッとそれらの死体を見やると、すぐに興味をなくして視線を外し、次には一人立つ少女を見やった。

 

「……随分と手荒な真似をするのねぇ。……あなたたちはエルフの連中のお仲間?」

「お仲間ではないけど、……まぁ、協力者といったところでありんすね」

「ふぅん、そう……。……あら、そっちのダークエルフは私と同じで瞳の色が違うのね。……私のお仲間かしら?」

「……? ……ぼ、僕は、ぶくぶく茶釜様に望まれて、こう創造されただけですよ……?」

「ぶくぶく茶釜様……? 良く分からないけど、母親がそういう名前ということ?」

 

 少女の言っている意味が分からずマーレが首を傾げれば、少女もまた小さく首を傾げてくる。

 二人とも不思議そうな表情を浮かべて首を傾げ合う中、どこか緊張感の抜けた空気の中でデミウルゴスがギョロッとした赤い眼を小さく細めた。

 

「この子は我々と同じ存在であり、その出生には一切エルフ王国は絡んでいませんよ。エルフともあなたとも全く関わりはありません」

「あら、そうなの? ……残念。私と同じなら、少しは楽しめると思ったのに……」

 

 小さく首を傾げながら宣う少女の表情や声音は、しかしその言葉に反して一切残念そうではない。

 見るからに全てがどうでもよさそうな様子に、しかしシャルティアもデミウルゴスもマーレもそれを気にすることはなかった。

 彼らが関心を持つのは、目の前の相手が強いかどうか……どうやって排除するかということのみ。相手がどういった存在でどういった考えを持っているかなどは一切興味がなかった。

 

「……それで? おんしは私たちの邪魔をする気があるの、ないの? 別に邪魔をする気がないのなら、今なら見逃してあげても良いでありんすよ」

 

 こちらも心底どうでも良さそうな口調で、シャルティアは少女に声をかける。

 至高の主たちからは勿論のこと、デミウルゴスからも指示がないため、これくらいは自由に発言しても良いだろう。

 そう判断したシャルティアの考えは正しかったようで、横に立つ悪魔からは一切反論などの反応は来ない。

 それに内心で気分を良くする中、少女は小首を傾げた状態のまま、じっと色違いの双眸をこちらに向けてきた。

 

「あなたたちの邪魔をしなければ、あなたたちは何をするのかしら?」

「簡単なことでありんす。この国を滅ぼすだけでありんすよ」

「ああ、それなら駄目ね。私はこの国を守るように言われているの。それならあなたたちの邪魔をするしかないわね」

 

 少女の声音はひどく淡々としていて、自分が負けるとは微塵も思っていないことが窺い知れる。

 どこか不遜にも思える態度に、シャルティアは途端に面白くない感情が湧き上がってきて小さく顔を顰めた。自然とスポイトランスを持つ手に力がこもり、再びゆっくりと構えて戦闘態勢を取る。

 じわじわと殺気を漂わせ始めるシャルティアに、ここで初めて少女も不気味な笑みをじんわりと端整な顔に滲ませた。

 

「……嗚呼、あなたもそこそこ強いみたいね……。……どこまで私を楽しませてくれるのかしら……」

 

 少女の笑みには恍惚とした色が宿っており、どこか不気味さすら漂わせている。

 しかしシャルティアがそれに気圧されるはずもなく、逆に自分を下に見ているような言動に怒りに引き攣った笑みを白皙の美貌に浮かべた。

 

「……随分と自信があるのでありんすねぇ。それなら、その自信をへし折ってあげんしょうかえ」

 

 瞬間、それまでじわじわと滲むように漂っていた殺気が勢いよく噴き出す。シャルティアは強く地面を蹴ると、次には激しく少女と刃をぶつからせていた。

 ガキンッという鋭い音と共に大きな火花が飛び散る。

 シャルティアと少女は暫く鍔迫り合った後、シャルティアは少女の力に身を委ねる形で弾かれるように背後に飛び退った。

 しかしそれは何もシャルティアが少女に力負けしたからではない。

 シャルティアは階層守護者の中でも最強の戦闘能力を有しており、それは単純な力だけでも相当なもの。シャルティアが本気で力を込めれば、逆に少女の方が弾かれてこのフィールドから落ちてしまう可能性すらあった。もしそんなことになってしまえば、わざわざ別のフィールドを作ってまで少女を地上の戦場から隔離させた意味がなくなってしまう。

 シャルティアを含め、階層守護者の誰一人として、本気で戦えば周りに与える余波は相当なものなのだ。至高の主たちの意向に従いエルフたちを支援するためにはどうしても力をセーブする必要があり、また別の戦場を用意するなどして戦闘の余波がエルフたちに届かないように配慮する必要があった。

 とはいえ、そんなこちらの事情など少女が知り得るはずもない。

 少女は自身の力がシャルティアに勝っているとでも思ったのか、にんまりとした笑みを深めて今度は少女の方からこちらに突撃してきた。

 再び激しくぶつかり合う戦鎌とスポイトランス。

 至近距離で睨み合うシャルティアと少女に、そこで今まで大人しく様子を窺っていた悪魔が不意に“声”を挟んできた。

 

『その場に跪け』

 

 放たれたのは、対象を呪縛し支配する言霊。

 レベル40以下の者であれば強制的に支配下に置くことができるそれは、しかし少女の行動を一切縛ることなく無力化されたようだった。

 つまりそれは、少なくとも少女のレベルは40以上であることを意味する。

 勿論、悪魔は既に少女のレベルが自分たち相当であることを予想しており、無力化されるのも想定の内だっただろう。悪魔は少女を支配しようとしたのではなく、少女のレベルに対する自分たちの考えを確立させるために敢えて〈支配の呪言〉を放ったに過ぎない。

 実際シャルティアがチラッと視線を悪魔に向ければ、悪魔はシャルティアの予想通りにどこまでも落ち着いた様子でこちらを注視していた。

 まるで観察しているかのような静かな佇まいに、シャルティアは自分が“使われている”ことに少しだけ不満を持ちながらもスポイトランスを振るい続けた。

 戦うのが初見の相手である場合、まずは相手の情報をできるだけ多く収集することが何よりも重要である。であればその役目はデミウルゴスやマーレよりもシャルティアの方が一番適任であり、シャルティアであれば十二分に相手の戦法や力を引き出させることができるだろう。

 シャルティアもそれは十分理解しているし、自分であればそれが難なくできるという自負もある。

 しかしそうは言っても“使われている感”はどうしても拭えず、シャルティアは面白くないという感情を燻らせながらも注意深く目の前の少女を見やった。

 

「………戦闘中に考え事なんて、……失礼でしょぉぉおおっ!!?」

 

 少女の表情は刃を振るうにつれて狂気に染まり、色違いの双眸は爛々と危険な光を宿している。

 スポイトランスと戦鎌が打ち合う度に大きな火花が飛び散り、その鬱陶しさにシャルティアは小さく眉を顰めた。

 

「……おんしが弱いのがいけないのでありんしょう。考え事でもしていないと退屈ですぐに殺してしまいそうだから、むしろ感謝してほしいでありんすねぇ……」

「あら、それなら……――」

 

 少女は一度鋭くスポイトランスを弾くと、後ろに飛び退ってシャルティアから距離を取った。体勢を低くして戦鎌を後ろ手に持ち直すと、不意に少女の全身が赤黒い光を放ち始める。

 小さな粒子の集まりであるその光は、空中を漂いながらも少女の全身や戦鎌に纏わりついている。

 少女はまるでこちらの様子を窺うように暫くその体勢をキープすると、次にはまるで弾かれたように勢いよくこちらに突撃してきた。

 少女に蹴られた地面は大きなひび割れと共に深く抉られ、突撃してくるその速度も尋常ではない。

 大きく振るわれた戦鎌をスポイトランスで受け止めれば襲いくる衝撃は先ほどよりも数倍強く重く、少女の力やスピードが一気に飛躍的に上がったことが窺い知れた。

 何かの特殊技術(スキル)か、はたまたこの世界特有の“武技”か、それとも“生まれながらの異能(タレント)”によるものか……。

 その原因はシャルティアには見当もつかなかったが、しかしどんなに力が強くなり動きが速くなろうともシャルティアにとっては決して対応できないものではない。

 シャルティアは瞬時に自身の力を調整すると、少女と同じ速さでスポイトランスを振るい、少女と同じ強さで刃を打ち合わせた。

 

「……っ……!!」

 

 一瞬、少女の顔に驚愕と苦悶の表情が小さく浮かぶ。

 どこか虚を突かれたようなその表情に、もしかすれば少女にとって自身と同程度の力で打ち返され、また複数回打ち合うことは初めての経験だったのかもしれない。

 いくら肉体的に優れていたとしても、その肉体を十全に操れていなければ意味がない。経験がなければ力を打ち消すことも受け流すことも難しく、少女は真正面から力をぶつけることしかできないようにシャルティアは感じた。

 ならば目の前の少女は決して自分にとっては脅威になり得ない……。

 瞬時にそう判断すると、シャルティアは早々に決着をつけることにした。

 スポイトランスを勢いよく振るい、少女の戦鎌を鋭く弾き飛ばす。

 今までにない強い力での攻撃に、予想していなかった少女は耐え切れずに戦鎌を弾かれた状態で前を曝け出した。前面ががら空きになり、目の前に大きな隙が晒される。

 シャルティアはニヤリとした笑みを浮かべると、スポイトランスを握っていない左手に白銀の巨大な戦神槍……“清浄投擲槍”を出現させた。

 大きく振りかぶり、勢いよく少女の胸元へと突き出す。

 迫る戦神槍の光が少女を白銀色に染め、驚愕の色を浮かべていた少女の表情がニタリと笑みに歪む様相を照らし出した。

 

「……!! マズい、マーレ、援護を! 〈悪魔の諸相:多鞭の蛇牙〉!」

 

 デミウルゴスとシャルティアが少女の表情の変化に気が付いたのはほぼ同時。

 デミウルゴスはすぐさま二人の下へと強く地を蹴り、シャルティアは咄嗟に地面を踏み締めている足に後方に向けての力を加えた。

 少女が何かしらの反撃を繰り出してきた場合、普通に考えれば少し離れた場所で静観していたデミウルゴスも、今まさに攻撃をしようとしているシャルティアも、それに対応することは不可能だろう。

 しかしデミウルゴスもシャルティアも100レベルの存在であり、この世界の常識などは一切通用しない。100レベルの肉体は常識を軽く凌駕し、シャルティアは少女が実際に行動を起こす前に後方に大きく飛んで後退り、デミウルゴスは特殊技術(スキル)によって長く八つに増えた銀色の尾をシャルティアと少女の間に割り込ませた。通常よりも二倍以上に長くなった複数の尾が少女に襲いかかり、細い胴体を捉えて勢いよく薙ぎ払う。

 シャルティアは後退した場所で改めて構えの体勢を取ると、そのまま未だ左手にある戦神槍を投擲した。

 

「〈茨の鎖(スオン・チェイン)〉!」

 

 デミウルゴスからの指示を受けていたマーレの魔法が発動し、勢いよく薙ぎ払われて吹き飛ばされた少女の足元から何本もの茨が生えて全身を絡め取る。

 勢いよく襲いくる戦神槍と、全身の動きを阻害してくる茨の拘束。

 少女は初めてその顔に怒りにも似た表情を浮かべると、次には地面を強く踏み締めて拘束されている全身に力を込めた。

 

「……ぁぁあ、…あぁぁあぁアァァアアァあぁああアアぁアあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!」

 

 咆哮のような声と共に拘束を引き千切ろうとする細い両腕。

 茨の棘は少女の全身に食い込み、纏っている装備や衣服を切り裂いて容赦なく肌をも傷つけて肉を抉っていく。

 しかし少女は一切構わず、己の血肉に真っ赤に染まりながら力任せに何本もの茨を引き千切った。

 血肉に濡れた茨が力なく垂れ下がり、少女の全身に纏わりつく。

 しかし少女は幾本もの茨の残骸には一切構わず、そのままボロボロの状態になっている両腕で巨大な戦鎌を大きく振るった。

 瞬間、少女の戦鎌とかち合う“清浄投擲槍”。

 大きな火花と衝撃波が放たれ、その激しさに一層少女の力が上がったことを知る。

 一体この力の上昇の理由は何なのか……。

 シャルティアが思わず小さく顔を顰める中、“清浄投擲槍”を無力化させた少女は戦鎌を持つ血まみれの両腕をダラリと垂らすと、肩を大きく上下させて深呼吸を繰り返した。とめどなく血を流しているせいか、少女の顔色は先ほどよりも一層白くなっている。しかし両足は未だしっかりと地面を踏み締めており、どうやらまだ余力は残っているようだった。

 やはり油断ならない相手だ……と改めて気を引き締めた、その時……――

 

「……っ……!!?」

 

 突然、神都の東側から発せられた眩い光に、シャルティアは反射的にそちらに目を向けた。

 視線の先には緑色の大きな炎が燃え上がっており、それを巨大な氷の壁が防いで周りを白くけぶらせている。炎と氷の周辺では何かが光を反射したかのようなきらめきや小さな火花が点滅しており、激しい戦闘が繰り広げられていることが見てとれた。

 恐らくアルベドたちも戦闘を開始したのだろう、シャルティアは思わずじっとそちらを凝視する。

 瞬間、こちらに襲いかかってくる鋭く大きな気配。

 シャルティアは咄嗟に持っているスポイトランスを振るって気配を弾くと、いつの間にかこちらに突撃してきていた少女を改めて振り返った。

 

「余所見をするのは失礼だって……、言ってるでしょっっ!!」

 

 少女は狂気的な笑みを張り付けながら、なおも戦鎌を振るってこちらに攻撃を繰り出してくる。シャルティアもスポイトランスを振るうと、少女の攻撃全てを捌いていった。

 暫く続く激しい斬撃の応酬。

 普通の人間であればすぐさま切り刻まれて肉片と化すだろう攻撃の数々に、しかしシャルティアは未だ退屈な表情を浮かべながら半目で目の前の少女を見つめていた。

 

「……だから、おんしが弱いのが悪いのでありんしょう。そこそこやるかと思っていたけど、期待外れだったようでありんすねぇ~」

「……っ……!!」

 

 シャルティアの欠伸交じりの言葉に、少女の顔が大きく引き攣る。

 思わずといったように口を大きく開きかけ、しかし何かを発する前に少女の身体が勢いよく横に吹き飛んだ。

 

「……ッ……!!? ……カッ、…ハ……ッ」

「……おっと……」

 

 少女の姿の代わりにシャルティアの視界に広がったのは、黒い筋肉質の巨大な腕。

 諸に攻撃を受けて地面を転がる少女に、〈悪魔の諸相:豪魔の巨腕〉を繰り出したデミウルゴスが軽い声を零した。肥大した右腕を通常のものに戻しながら、デミウルゴスはじっと観察するようにフィールドの端ギリギリまで吹っ飛んでふらふらになりながらも立ち上がろうともがいている少女を見つめる。普段よりも表情が分かり辛いそのカエル顔には、心なしか困惑の色が浮かんでいるように見えた。

 

「ちょっとデミウルゴス、危ないでありんしょうが。ここから落ちたらどうするつもりなんでありんすか?」

「ふむ、ここまで吹き飛ばすつもりはなかったのだがね……。……どうやら私は手加減が苦手なようだ」

 

 悪魔は珍しく反省しているようで、銀色の尾を力なく垂れ下げながらカエル顔を苦笑のような形に歪めている。

 シャルティアははぁぁっと一度大きなため息を吐くと、改めて漸くふらつきながらも立ち上がった少女を見やった。

 見るからにボロボロな状態の少女に、本当に彼女が法国の切り札なのかと疑問符が浮かんでくる。

 これはもうさっさと決着をつけて処分した方が良いかもしれない……と考えると、シャルティアは再び左手に“清浄投擲槍”を出現させた。

 少女に向けて戦神槍を振りかぶり、しかしふと少女の背後に現れた存在に思わず大きく目を見開いた。デミウルゴスとマーレも驚愕の表情を浮かべており、思わずといったように一、二歩少女の方へ歩を進める。

 シャルティアは咄嗟に跪きそうになる衝動を何とか抑え込むと、次にはその存在へと声を張り上げた。

 

「ペロロンチーノ様!」

「やっほ~、シャルティア、デミウルゴス、マーレ。頑張ってる?」

 

 朗らかな声音と共に軽く片手を挙げるのは、シャルティアの愛する創造主であるペロロンチーノ。

 ペロロンチーノは少女の背後の上空に浮かんであり、ここで初めてペロロンチーノの存在に気が付いて振り返る少女に興味深そうな眼差しを向けていた。

 

「………あ、なた……は……」

「やぁっ、君が“禁忌の忌み子”と呼ばれている子? うん、すっごく可愛いね、予想以上だ! ちょっと血みどろ過ぎるところは怖いけど、戦闘中だったんだから仕方ないよね、十分許容範囲内です! その小さなお胸も可愛いし、実に素晴らしいっ!!」

 

 驚愕の表情を浮かべて見上げる少女に、ペロロンチーノは普段以上のハイテンションで言葉を捲し立てる。まるで嵐のような急展開に思考が追いついていないのか、少女は呆然とした表情を浮かべながら無言のままペロロンチーノを見つめていた。

 愛するいと尊き御方が自分以外の……それもナザリックに属さぬ下等なこの世界の存在に見つめられている……。

 目の前の光景に、シャルティアの胸に大きな苛立ちが込み上げてくる。加えて愛しい御方が自分以外の女を誉めているというのも実に気に入らない。

 シャルティアは湧き上がってくる苛立ちのままに顔を歪めると、次には強く地面を蹴ってペロロンチーノの下へ駆けていった。ペロロンチーノと少女の間に割り込み、ペロロンチーノを背に庇うような形で少女と対峙する。

 シャルティアが視界に映ったためか少女は漸く驚愕の表情を消し去ると、血みどろの顔に無表情を浮かべて小さく首を傾げた。

 

「……あなたは一体誰かしら……?」

「あっ、自己紹介がまだだったね、ごめん! 俺はペロロンチーノって言うんだけど……、“禁忌の忌み子”と呼ばれている子は君で合ってるかな?」

「……ええ、合っているわ……」

「……そう、……そっか……」

 

 小さく頷きながら肯定する少女に、ペロロンチーノは先ほどとは打って変わって落ち着いた態度で何かを考え込むような素振りを見せる。

 しかしすぐに気を取り直したように少女を見つめると、ペロロンチーノはそっと目の前に立つシャルティアの両肩に両手を添えるように触れた。

 

「改めて初めまして。俺はこの子の生みの親で、彼らに忠誠を誓ってもらっているモノの一人だよ」

「そう。……なら、あなたを殺したら、法国を救うことに繋がるかしら?」

「えっ? ……う~ん、そう単純にはいかないとは思うけど……。まぁ、その可能性は少しはある……の、かな……? まぁ、それはさて置き、そもそも俺は君にこの戦いから身を引いてもらいたくてここに来たんだけど」

「……?」

 

 “ペロロンチーノを殺す”という言葉にザワッと全身が殺気に騒めくのを感じる中、しかし続いて聞こえてきたペロロンチーノの言葉に思わず幾つもの疑問符が頭上に浮かぶ。

 思わずチラッと背後のペロロンチーノを振り返れば、ペロロンチーノはまるで落ち着かせるように赤いヘルムに覆われているシャルティアの頭に手を乗せてきた。優しい手つきで頭を撫でられ、瞬間、シャルティアの心臓がキュゥゥンッとときめいて甘く締め付けられる。

 思わず顔を赤くするシャルティアを尻目に、ペロロンチーノはシャルティアの頭を撫でながら少女に話しかけ続けていた。

 

「君の話を聞いたよ。まぁ、まだほんの一部なんだろうけど……。それでも君が法国にとってどんな存在で、法国でどんな仕打ちを受けてきたのかは大体理解できた。君はどうして法国を守ろうとするの?」

 

 小首を傾げながら問いかけるペロロンチーノの声音は心底不思議そうな響きを宿している。

 しかし問いかけられた少女もまた不思議そうな表情を浮かべながら小さく首を傾げていた。

 

「どうして? 自分の生まれ育った国を守るのがそんなに不思議なことかしら?」

「普通であれば不思議ではないだろうけど、君の場合は少し特殊だろう? 生まれたことすら疎まれて、閉じ込められて……俺なんかは、それでどうして守ろうと思えるんだろうって思うんだけど」

「それは仕方がないわ。あの人たちが私を疎むのも、私が生まれてきたことを嘆く理由も理解できるもの」

「……そんなの、何一つ君は悪くないじゃないか」

 

 少女の言葉に、ペロロンチーノが明らかに不満そうな声を上げる。シャルティアの頭を撫でていた腕の動きが止まり、そのまま手も離れていく。

 それに思わず寂しさが湧き上がってきて切なげな表情を浮かべるが、しかしペロロンチーノはそんなこちらの様子に気が付かずに血みどろの少女を見つめていた。

 

「何かを創り出すこと、何かを生み出すこと……それにもし咎が生じるなら、それを背負うのは生み出す側であって、絶対に生み出された側じゃない。俺はシャルティアを創ったけど、それに対して何も後悔はしていないし、逆に誇りに思ってる。もしシャルティアの存在が何かの災いになるのだとしても、それは俺が背負うべき責であって、絶対にシャルティアが背負うべきものじゃない」

「……………………」

「……ペロロンチーノ様」

「君は生まれただけじゃないか。この世界に生を受けただけじゃないか。それが罪になるっていうのなら、その考えこそが間違いで忌むべきものだよ!」

 

 小さく身を乗り出して熱弁するペロロンチーノに、少女はキョトンとした表情を浮かべる。恐らく今までこのようなことを言われたことがなかったのだろう、その表情には『何を言っているのか意味が分からない』とはっきりと書かれているように見えた。

 ある意味失礼極まりない少女の態度と表情に内心腹立たしく思いながら、しかし一方でシャルティアは注意深く少女の様子を見つめながらもペロロンチーノの慈悲深い御心に崇拝と敬愛の念を強めていた。

 敵にも情けをかけ、慈悲に満ちた言葉をかけられるとは、我が愛しき創造主はなんとお優しい御方であろうか……――

 思わずうっとりとする中、しかし慈悲をかけられている少女自身はなおも首を傾げながら不思議そうにペロロンチーノを見つめていた。

 

「………あなたが何を言っているのか……、……あなたが何を言いたいのか…、よく、分からないわ……」

 

 少女の表情は変わらず無表情で、一切変化はしていない。

 しかし小振りの唇から零れ出る声音は途切れ途切れで、どこか動揺しているようにも思えた。

 

「つまり、できるなら君には身を引いてもらいたいってこと。……うん、むしろ君には俺たちの味方になってもらいたいな」

「……私が、あなたたちの……味方……?」

「そう。君は言うなればハーフエルフだろう? 人間至上主義でエルフを奴隷にしている法国よりも、むしろ俺たちの下にいた方が君も居心地が良いんじゃないかな。……少なくとも、俺たちは君を閉じ込めたりはしないよ」

「……………………」

 

 朗らかな声で味方になるよう促すペロロンチーノに、少女は無表情から困惑したような表情に変えて口を閉ざした。無言のまま、ただじっとペロロンチーノを見つめる。

 暫く口を小さく開いたり閉じたりした後、少女はまるで何かを振り払うように小さく頭を振った。

 

「………意味が、分からないわ。……私を、……敵を味方にしたいだなんて……」

「そうかな? 君は…、ある意味法国とあのエルフの元王様の被害者だろう? 法国は許せないし許す気もないけど、君みたいな女の子を傷つけるのは本意じゃない」

「……………………」

「何より、可愛い女の子は幸せになるために生まれてくるんだから! むしろ可愛い女の子を幸せにするのが世界に生きる全ての者の義務なんだよ! 女の子を悲しませるとか誰が許してもこの俺が許さない! 幼女と美少女は至高!! 全力で愛でるものなのですっ!!」

 

 拳を強く握り締めて再び熱弁を始めるペロロンチーノに、少女は一つ小さな息を吐いた。一度深く目を閉じ、そして一拍後にゆっくりと瞼を開いて色違いの双眸を真っ直ぐペロロンチーノに向けた。

 

「あなたが何を言っているのかも、何を言いたいのかも、やっぱり全然分からないわ。そして私がやることは変わらない。……あなたたちを殲滅するだけよ」

「う~ん、どうしても駄目かな~……」

「駄目ね。……願わくは、あなたたちが私に敗北をもたらしてくれる存在であることを願うわ」

「………敗北……」

 

 少女の言葉に何を思ったのか、ペロロンチーノは“敗北”という言葉を鸚鵡返しして黙り込む。

 少し考え込むような素振りを見せた後、次には一つ大きく頷いた。

 

「うん、分かった。君を倒して法国から解放してあげよう!」

「………そんなこと、一度も頼んでいないわ」

「君の本心がそうであるなら、それはそれで構わないよ。取り敢えず君を倒して法国は滅ぼす。その後にまた改めて……今度は君の本心を正直に聞かせてもらえたら嬉しいな」

 

 ペロロンチーノは変わらぬ明るい声音で少女に語り掛けると、次にはアイテムボックスからゲイ・ボウを取り出した。少女に向けて弓を構えて弦を引き絞れば、それに呼応してどこからともなく光の矢が出現する。

 少女がゆっくりと戦鎌を構えるのに、シャルティアもスポイトランスを鋭く構えて戦闘態勢をとった。

 

「シャルティア、デミウルゴス、マーレ、できるならこの子は殺さずに捕らえてほしい。三人の力を俺に貸してくれ、頼んだよ」

「「「……っ……!!」」」

 

 不意にかけられたペロロンチーノの言葉に、ブワッと全身に大きな歓喜の波が駆け抜ける。

 崇拝する至高の御方からこのような言葉をかけられて、ナザリックで喜ばぬモノはいない。

 シャルティアは叫び出しそうになる己を必死に抑え込むと、湧き上がってくる歓喜をしっかりと噛み締めた。

 

「畏まりんした。全てはペロロンチーノ様の御心のままに!」

「必ずや御身のご期待に応えてみせます」

「ぼ、ぼく、頑張ります……!」

 

 シャルティアがうっとりとした声音でペロロンチーノに応えれば、悪魔とダークエルフも続くようにして言葉を紡ぐ。

 シャルティアは改めて気を引き締めると、ペロロンチーノの望みを叶えるべく注意深く少女を見やった。

 ペロロンチーノの望みが少女の殲滅ではなく捕縛である以上、難易度は一気に跳ね上がる。ここはシャルティアよりもむしろデミウルゴスやマーレの方が余程うまく立ち回ることができるだろう。とはいえ“では自分は何もしません”という考えは一切なく、シャルティアは自分のすべき役目を必死に考えた。

 一番無難で良い方法は、“自分が少女を抑え込み、それに乗じてデミウルゴスかマーレが少女を捕縛する”というものだろうか。

 

(……とはいえ、抑えるのも少し骨が折れそうでありんすねぇ……。……両手両足を跳ね飛ばすくらいは許して頂けるかしら……。)

 

 内心で非常に物騒なことを考える中、今まで睨み合いを続けていた少女が突然動きを見せた。

 

「……〈能力向上〉〈能力超向上〉〈疾風走破〉!」

 

 発せられたのは武技だと思われる能力の数々。

 補助魔法の時と同じように少女の全身が淡い光に包まれ、その一拍後に少女は勢いよくこちらに突撃してきた。

 これまで以上に速い動きで急接近する少女と戦鎌の刃。

 しかしシャルティアは冷静さを失わず、慌てることなくじっと迫りくる戦鎌の動きを注視した。少女の速度とタイミングを見計らい、スポイトランスを持つ手に力を込める。

 やがて“ここだ”というタイミングに合わせてスポイトランスを振るおうとした、その時……――

 

「〈流水加速〉!」

「……っ……!?」

 

 加えて発動された武技と更に速度が速まった戦鎌。

 瞬間的に上がった攻撃速度にシャルティアは一瞬驚愕したものの、すぐさまそれに応じてスポイトランスを振るう力を強めた。

 

「……くっ……!!」

 

 鋭い音と共にぶつかり合う戦鎌とスポイトランス。

 大きな反動に思わず少女が苦悶の表情を浮かべる中、シャルティアの背後にいたペロロンチーノとデミウルゴスとマーレも行動を開始した。

 

「〈散爆の矢〉!」

「〈悪魔の諸相:触腕の翼〉!」

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)茨の鎖(スオン・チェイン)〉……!」

 

 ゲイ・ボウから放たれた矢が幾重にも別れて少女が持つ戦鎌の大きな刃に襲いかかり、加えてデミウルゴスから放たれた翼の触手が少女の全身を襲って深く突き刺さる。腕にも無数に刺さる触手の棘と得物を襲う幾つもの強い衝撃に耐えきれず、少女は更に苦悶の表情を浮かべて戦鎌を手放した。そこにマーレが再び唱えた魔法により、次は強化された幾本もの茨が襲いかかる。

 再び全身を茨の鎖に拘束され、少女は必死に地面を踏ん張りながら苦痛と怒りに大きく顔を歪めた。

 

「………くっ……、……こ、の……っ!!」

 

 苦しげな声を小さく零しながら、少女は先ほどと同じように茨を引き千切ろうと全身に力を込める。しかし既に少女の全身はボロボロの状態で、とても二度は耐えられないように見えた。全身から新たな血が溢れ出し、肉は更に抉れ、少女を真っ赤に染め上げていく。

 少女が茨の拘束に苦戦している中、マーレの口から更なる魔法の詠唱が紡がれた。

 

「〈第10位階怪植物召喚(サモン・プラントモンスター・10th)〉」

「……っ……!?」

 

 瞬間、少女の目の前に現れたのは見上げるほどに巨大な植物の化け物。

 体長が5メートルにも及ぶその化け物は、一見野に咲く可憐な一輪の花のように見えた。

 しかし固く噤んでいる蕾は毒々しい紫色で、目に痛い蛍光色のピンク色がぐるぐると螺旋を描いている。ふっくらとした蕾の先はまるで唇のように生々しくめくれており、その隙間から牙のようなものが無数に姿を覗かせていた。ほっそりとした茎は首のようにしなやかで、しかし地面に近づくにつれてでっぷりと太く大きくなり、まるで肥えた醜い腹のような様相を呈している。茎から生えているのは葉ではなく幾つもの触手のような蔓で、その表面には無数の鋭い棘が並んでいた。

 まるで涎を垂らしているかのように魅惑的な芳香を放つ蜜を垂れ流し、幾本もの触手を騒めかせている様はシャルティアの目から見てもひどく薄気味悪く気持ち悪い。

 思わず嫌悪感に顔を小さく顰める中、その植物を見上げる少女の顔色もまたひどく青白いものになっていた。

 

「あの、えっと、捕まえて下さい」

 

 少女が全身の動きを止めて呆然と植物の化け物を見上げる中、マーレの無慈悲な命令の声が響いて消える。

 瞬間、植物の化け物は噤んでいた蕾を大きく広げると、大量の蜜が溢れ、多くの牙が並んだ“口”を露わにした。

 

「……ひっ……!」

 

 少女が思わず小さな悲鳴を上げて全身を強張らせるも、植物の化け物は一切構う様子はない。ただ“口”を開いた状態で一気に少女へと襲いかかった。

 少女を拘束している茨ごと蕾の中に含み、そのままウゴウゴと怪しい動きと共に少女を完全に呑み込んでいく。

 心なしかでっぷり太っている茎の根元が更に太くなったような気がして、シャルティアは思わず『うげぇぇ……』といった表情を浮かべた。

 

「ペ、ペロロンチーノ様! ぼ、僕が捕まえましたっ!」

 

 しかしマーレはこちらの表情に気が付いているのかいないのか、頬を歓喜に紅潮させながら満面の笑みと共にペロロンチーノに駆け寄っていく。

 まるで跳ねるように報告するマーレに、ペロロンチーノは何故か少し気圧されたような素振りを見せながらもマーレの頭に手を置いて撫でてやっていた。

 

「……あー、…うん、……よくやってくれたね、マーレ。ありがとう」

「お、お役に立てて、嬉しいです……!」

 

 ペロロンチーノに頭を撫でられ、マーレは頬を紅潮させながらふにゃりとした笑みを浮かべる。

 ペロロンチーノは数回マーレの頭を撫でた後、ゆっくりと手を離しながら少女を呑み込んだ植物の化け物を振り仰いだ。

 

「えっと、ただ彼女が溶けちゃうのは嫌だから、消化液はやめてあげてね」

「分かりました! えっと、それでは麻痺液にしておきます!」

「あー、睡眠液にしてあげようか……」

 

 植物の化け物の傍らで、ペロロンチーノとマーレが何とものんびりとした会話を繰り広げる。

 ペロロンチーノは一度ペチペチと軽く植物の化け物の太い腹を叩くと、次には一つ小さく息をついてからこちらを振り返った。

 

「よし、取り敢えずここは済んだから次に移ろうか。マーレは一度ナザリックに戻って“妖艶怪花”を第六階層に置いて来てくれるかい? 取り敢えず見張りは餓食孤蟲王に任せよう。彼にもそれを伝えておいてくれ」

「か、畏まりました……!」

「シャルティアとデミウルゴスは引き続き法国とエルフの動きを監視。何かあればまた支援をしてあげてくれ」

「畏まりんした、ペロロンチーノ様」

「畏まりました」

「俺はモモンガさんとウルベルトさんの所に戻るから、後は頼んだよ」

 

 ペロロンチーノから与えられる指示に、シャルティアたちは承知の言葉と共に深々と頭を下げる。

 ペロロンチーノの羽ばたく翼の音が聞こえ、それが聞こえなくなった頃に頭を上げれば、そこには既に御方の姿はどこにもない。

 シャルティアは一度切ない息を小さく吐き出すと、次には意識して思考を切り替えながら傍らに立つ悪魔を振り返った。

 

「……それで、これからどうするのでありんすか、デミウルゴス?」

「ペロロンチーノ様が仰られた通り、戦場の監視を再開しましょう。アルベドたちも無事にもう一つの対象を処理できたようですしね」

 

 デミウルゴスの言葉に東側に目を向ければ、確かにそこには既に戦闘の様子は見られない。アルベドたちから連絡が来ていないということは負けたという訳でもないのだろう。

 シャルティアは一つ頷くと、フィールドの端に歩み寄って眼下の戦場を見下ろした。

 地上では変わらず法国軍とエルフ軍が激しく争っており、しかしその戦況は大分エルフ軍の勝利に傾いているようだった。

 この様子であれば決着がつくのにそう時間はかからないかもしれない。

 シャルティアは一切興味のない冷めた視線を向けると、小さな欠伸を一つ零した。

 

 




番外席次ちゃんを好き勝手に捏造しております。
当小説独自設定ということで、ご容赦くださいませ……(土下座)

*今回の捏造ポイント
・〈地竜の角〉:
第八位階魔法。地面から巨大な土の角を飛び出させて攻撃する魔法。魔法効果範囲拡大化で即席のフィールドを造ることも可能。
・〈悪魔の諸相:多鞭の蛇牙〉:
デミウルゴスが持つスキル〈悪魔の諸相〉シリーズの一つ。尾が二倍以上に長くなり、八つに増える。もしこのスキルを使うアバターやNPCに尾がなかった場合は、長い八つの尾が生えて攻撃することができる。
・〈茨の鎖〉:
第十位階魔法。対象の足元に幾本もの茨を生やし、対象を拘束したり攻撃することができる。
・〈散爆の矢〉:
一本の矢を散弾のように幾つも枝分かれさせて攻撃することができるスキル。
・〈第10位階怪植物召喚〉:
第十位階の召喚魔法。“妖艶怪花”を召喚することができる。
・“妖艶怪花”:
〈第10位階怪植物召喚〉で召喚できる怪花の一体。体長が5メートルにも及ぶ一輪の花のような怪花。普段は蕾は閉じられているが、攻撃時は花びらが開いて口のようなものが露わになる。太った腹のようになっている茎の中ではあらゆる効果のある液体を生成することができ、実際に吐き出して攻撃したり、自身の中に取り込んで液体に漬けたり沈めたりする。

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