世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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今回は視点が幾つも変わります。
その数、何と5つ……!!
読み難いかもしれませんが、申し訳ありません……(土下座)


第67話 反撃の笛

 定例報告会議を行った日の翌日。

 再びシャルティアたちと共に森妖精(エルフ)たちの元へ出発したペロロンチーノを見送ったモモンガとウルベルトは、今はモモンガの私室で優雅に午前のティータイムに興じていた。

 とはいえ、モモンガは骸骨であるため飲食はできず、紅茶や茶菓子を楽しんでいるのはウルベルトのみ。

 ウルベルトは紅茶が入っているカップを優雅に傾けており、モモンガはそれを眺めながら香りのみを楽しんでいた。

 

「……はぁ~、それにしても昨日の会議は本当に内容が濃かったですね。無事に終わって良かったです」

「少し前までは大分落ち着いていたのにな。また忙しくなりそうでちょっと怖いんだが……」

 

 人払いをしているため周りには自分たち以外誰もおらず、それもあって普段の口調で言葉を交わす。モモンガはテーブルの上に置かれているティーポットに手をかけてウルベルトのカップに紅茶を注ぎたしてやりながら、忙しなく動いているウルベルトの指先を見やった。

 

「それにしても、さっきから何をしているんですか、ウルベルトさん?」

「ニグンの装備の修正だよ。今のままだと翼が突き出たり尻尾が上手く収まらないからな」

「あ~、確かに結構異形感が増してましたもんね……」

 

 定例報告会議で見たニグンの様変わりした姿を思い出し、納得の言葉と共に一つ頷く。

 加えて会議内でのあれそれも思い出し、モモンガはウルベルトの手指に向けていた視線を山羊の顔に移した。

 

「そういえば……、デミウルゴスが言っていた計画についてなんですけど、本当にあの通りに進めるんですか?」

「そうなるんじゃないか? 少なくとも俺には今回デミウルゴスが言ってきた計画以上のものを考えるのは無理だぞ」

「それは俺もですけど……。う~ん、でも本当に良いんですかね……」

 

 モモンガはウルベルトの意見に頷きながらも、次には背もたれに深く身体を預けて頭上を見上げた。豪奢な天井の壁紙や装飾を眺めながら、大きな不安が胸の中でグルグルと渦巻いているのを感じる。モモンガは口を開きかけ、しかしすぐに思い直してため息にも似た息を小さく吐き出すにとどめた。

 ウルベルトの言っていることは良く分かる。代替案を提示しない中での反対は唯の我儘でしかなく、それは組織の足を引っ張ることにも繋がる。

 しかしそれが分かってはいても、発案者がカルマ値-500の悪魔であることもあり、どうにも実行したら悲惨なことになりそうな予感がヒシヒシと感じられた。

 

「でも……、ラナー王女はいつ、どうやってデミウルゴスに計画を伝えたんですかね? デミウルゴスの計画の中には彼女が発案した計画も盛り込まれているって話でしたけど……」

「ああ、それならデミウルゴスが王女に〈伝言(メッセージ)〉を繋げた時だろうな。それ以外であの王女が不審な行動を起こしたとは報告を受けていないし」

「〈伝言(メッセージ)〉?」

「ほら、正式に契約相手とするっていう返事の〈伝言(メッセージ)〉ですよ」

 

 何故〈伝言(メッセージ)〉を繋げる必要があるのかと首を傾げるモモンガに、ウルベルトが作業の手を止めて小さく肩を竦める。紅茶のカップに手を伸ばして喉を潤すウルベルトを眺めながら、モモンガは内心で『なるほど』と一つ頷いた。

 確かに定例報告会議で初めて王女ラナーの名前が出た時は、未だ王女ラナーとの繋がりは正式に契約を結ぶ前の様子見という段階だった。その時に王女ラナーを捨て駒にするようウルベルトが言い出してそのまま決定になってしまったのだが、恐らくデミウルゴスは王女自身には正式な契約相手となったと伝えたのだろう。その際にラナーから計画を聞いたとなると、自分たちに計画の内容を報告するまでに若干時間がかかっているような気もしたが、しかし王女の計画が自分たちに報告するに足る内容かどうか事前にデミウルゴスが吟味していたのだと考えれば、報告が今になったのも納得できる。

 内心で何度も頷く中、不意にこちらの心を読んだかのようにウルベルトがこちらに顔を向けてきた。

 

「言っておきますけど、デミウルゴスが王女に連絡を取ったのは最近ですよ」

「えっ、そうなんですか!? というか、俺の心を読まないで下さいよ!」

「いや、だってモモンガさん分かりやす過ぎ。……俺がデミウルゴスに待ったをかけてたんですよ。相手は化け物級の頭脳の持ち主だっていうしな。こちらの裏が読まれないようにちゃんと色々準備してから接触しないと危ない」

「な、なるほど……。そういうところは意外に慎重派ですよね、ウルベルトさんって……」

「相手に思考を読まれて出し抜かれるのが一番ムカつくからな。第一、ウチのデミウルゴスと簡単に連絡できるような間柄になることをあの王女に許すわけないでしょう。ウチの子にあんな腹黒女は必要ありません。デミウルゴスに色目を使おうものなら地獄の釜に放り込んでやりますよ」

「いやいや、そんなことあるわけないでしょ。あの王女様は従者の男の子が好きだって話ですし。思考が飛躍し過ぎですよ」

 

 悪魔の用意周到さとズレている思考回路に若干表情が引き攣ったような気がする。

 皮膚がないはずなのに不思議だな……と内心で少し現実逃避をしながら、しかしモモンガは気を取り直して改めてウルベルトを見やった。

 

「……ま、まぁ、王女については分かりました。……でもあの時、ウルベルトさんがワーカーたちを気にかけるようなことを言ったのは正直驚きました。どういう心境の変化です?」

「いや、別にそう大した理由じゃないんだが……。モモンガさんは他の冒険者たちのことをどう思ってる?」

「えっ、俺ですか? そうですね……。正直、あまり思い入れはありませんね。パンドラの“クアエシトール”のメンバーに対しては小動物に向けるくらいの情はありますけど、それ以外の他の冒険者たちに対しては別にどうなっても何も思わないと思います」

 

 ウルベルトからの質問に答えながら、モモンガは自身の変化を改めてマジマジと実感していた。

 これまでも自分がアンデッドになった影響を感じることは度々あった。しかし今自分の口から自然と零れ出た言葉の数々に、モモンガは再びその実感を強く湧き上がらせていた。

 人間だった頃であれば決してなかったであろう価値観と思考。

 もしこの場に冒険者モモンを慕う冒険者たちがいたなら、先ほどのモモンガの言葉に大きなショックを受けたことだろう。

 

「ウルベルトさんは違うんですか?」

 

 ウルベルトの方はどうなのか気になって短く問いかける。

 悪魔は作業している手を止めると、モモンガをじっと見つめた後に思案するように視線を自身の頭上に向けた。

 

「……まぁ、基本的にはモモンガさんと同じですかね」

「基本的には、ですか?」

「ええ。……確かに俺はワーカーたちに対してある一定の情を持っています。でもそれは……、恐らく、言うなれば愛玩動物に向ける程度のものなんですよ。なので彼らが無意味に残酷な目に合うのは残念に思いますし、できるなら阻止してあげたいとは思います。ただ、それが必要なことなのであれば勿論許容しますし、別にそこまで気にしないって感じですかね」

「……なるほど……」

 

 分かるような、分からないような……。

 ウルベルトからの答えに内心首を傾げながら、しかし一方で、何はともあれウルベルトの中での優先順位が変わっていない様子にモモンガは小さく安堵の息をついた。もしウルベルトがナザリック以上に……もしくはナザリックと同じくらいにワーカーたちを気にかけていたなら、自分は非常に面白くないと強い不快感を持ったことだろう。

 まるで友人を取られてしまったかのような、そんなどこか幼稚な独占欲と不快感。

 それはウルベルトに対してだけでなくペロロンチーノに対しても言えることで、モモンガの中での優先順位の頂点にこの二人の友人が君臨している以上、彼らがナザリック以外の存在に目を向けることは何より不快で嫌なことだった。

 因みにペロロンチーノがナザリック外の女性に好意を向けることに関してはモモンガも許容している。どんなに多くの女性たちに熱を上げようと彼の一番がシャルティアであることには変わりないだろうし、女性に愛を捧げるのはペロロンチーノの一つの本能であるとも思えるため、それ自体はモモンガも何とも思わなかった。

 

「……モモンガさん、どうかしました?」

 

 黙り込んだのを不思議にでも思ったのか、ウルベルトが小さく首を傾げながら声をかけてくる。

 しかしモモンガは『何でもありませんよ』と小さく首を横に振ると、取り繕うように動かないはずの骨の顔に笑みを浮かべた。

 

「いえ、ウルベルトさんも俺とあんまり変わらないんだな~と思って。とはいえ、俺よりかは情は深い感じですし、それって悪魔とアンデッドの違いなのかな~とちょっと考え込んじゃいました」

「う~ん、どうなんだろうな……。基本アンデッドは生者を憎む種族だが、悪魔は他者をいたぶって楽しむような種族だからな……。そう考えると、ある意味悪魔の方が他者に情をかけやすいと考えられなくもない」

「……何だか、碌な情じゃなさそうな感じですけど」

「まぁ、人間たちからすればそうだろうな。でも、それが良くも悪くも悪魔という種族ですよ」

 

 ニヤリと笑うウルベルトは非常に楽しそうで悪魔らしい。

 モモンガもそれにつられるように小さく笑うと、次には気を取り直すように一度小さく息をついた。

 

「……それで、ウルベルトさんはこれからどうするつもりですか? 帝国にはまた行くんですよね?」

「そうだな。また皇帝から呼び出しが来ているみたいですし、皇帝の相手をしながら暫くはワーカーの仕事に専念しようかと思ってます。……モモンガさんはどうするつもりです?」

「俺も暫くは冒険者モモンとして行動しようかと思っています。エルフ王国と法国に着手している今、あまり派手に動いて更に厄介事に巻き込まれるのも困りますし……」

「確かにな。……なら、もし良ければ、また俺に付き合ってもらって良いですかね? 今度、パラダインとロックブルズに俺の本性を見せようかと考えてまして、その時にもし不測の事態が起きても大丈夫なように同行をお願いしたいんですけど」

「えっ、あの二人に本性を見せるんですか? どうしてまた……」

 

 ウルベルトの思ってもみなかった発言に度肝を抜かれる。何故あの二人にウルベルトの本性を見せる必要があるのか分からず、モモンガは頭上に幾つもの疑問符を浮かべた。

 

「あの二人を正式なシモベとして使うなら、遅かれ早かれこちらの本性を明かす日は必ず来ます。なら何事も早い方が良いでしょう? 無駄に引き延ばして、いざ何かあって慌てて教えても碌なことにならなさそうですし……。時間に余裕がある時にやっておいた方がいいかと思いまして」

「な、なるほど……。俺に同行してほしいってことは、何かあれば二人の記憶を消すことも考えているってことですか?」

「そういうことです。……まぁ、以前の二人の様子からして、そうなる可能性は低いかもしれませんが……」

 

 ウルベルトの言葉にモモンガも先日のフールーダとレイナースの様子を頭に思い浮かべる。心底ウルベルトに心酔していたような二人の様子に、確かに可能性は低そうだな……と内心で何度も頷いた。

 しかし、何事も絶対とは言い切れない。

 モモンガは冒険者モモンとしてのスケジュールを脳内に思い浮かべると、暫くの後にウルベルトにしっかりと頷いた。

 

「そうですね、多分大丈夫だと思います。前もって日取りとかを教えてもらえれば同行できると思いますよ」

「ありがとうございます。また詳しい日時が決まり次第、連絡しますね」

 

 ウルベルトも応えるように頷き、ここで堅苦しい話は終了となる。

 次に語られるのは、どこまでも和やかな世間話。

 モモンガとウルベルトは時折笑い合いながら、一時の穏やかな時間を過ごしていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 所変わって、エルフ王国の王都トワ=サイレーン。

 街の中央に聳え立つ王樹“サンリネス”では、国王代理となったクローディアが多くのエルフたちに矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。クローディアと共に侵攻した軍の兵士やこちらに投降した王城の兵士を中心に、クローディアの指示のもと忙しなく王城内や街中を駆けずり回っている。

 しかしそれにも波は存在するもので、玉座の間を出入りするエルフたちの波が一時途切れたところでクローディアは思わず一つ小さな息をついた。

 覚悟していたことではあったが、予想以上の忙しさに目が回るようだ。

 クローディアは少しふらつく足取りで玉座に歩み寄ると、やや乱暴な動作で玉座に腰かけて今度は大きな息を吐き出した。想像と現実との差や自身の覚悟の強さを試されているような現状に、思わず深く全身を玉座に預けて瞼を閉じる。しかしすぐさま細く目を開けると、ぼんやりと地面の白を見つめながら小さく眉を寄せた。

 強力な敵勢力との戦争中に引き起った内乱と王の崩御。それは王国に住む全てのエルフたちに大きな衝撃を与え、また混乱を引き起こした。

 王の死自体に対しては多くのエルフたちが支持してくるだろうことはクローディアも確信している。しかし、それで全てが上手くいくほど事はそう簡単なものではなかった。エルフ王国は現在強力な敵国である法国と争っている真っ最中であり、そんな中で国の頂点がいなくなるということは――たとえその頂点がどうしようもない存在であったとしても――嵐の海で船の舵が壊れるにも等しい事態なのだ。恐らく『何故このタイミングなのか』『何故法国を何とかした後に行動できなかったのか』と多くのエルフたちが思っているだろう。

 本音を言えば、クローディアとて今このタイミングで王を討ち取ることは望んでいなかった。しかし今このタイミングでなければいけなかったのだとクローディアは強く確信していた。

 もし今行動を起こさなければ強力な力を持ったあの異形たちからの支援を得ることはできなかっただろう。いや、たとえ異形たちの存在がなかったとしても、今行動していなかったなら女たちは前線にかり出され続け、被害はもっと大きなものとなっていたはずだ。

 何の策もなく女たちは成す術もなく殺され、男たちは女たちの犠牲から絶望し、士気は低下して敵軍勢に踏み潰され、やがてエルフ王国は完全に滅ぼされてしまう。もし仮に王の力で王都まで進行してきた法国の軍を退けることが出来たとしても、その時には殆どの民が死に絶えているはずだ。

 それが容易に想像できてしまうからこそ、クローディアはあの異形たちの手を取って王を討ったのだ。

 今さら後悔するつもりもなければ、する暇も彼女にはなかった。

 

 

 

「――……あら、随分とのんびりしているのでありんすね~」

「っ!!?」

 

 不意に背後から声をかけられ、クローディアは思わずビクッと肩を跳ねさせて玉座から立ち上がった。彼女の横で補佐をしてくれていた閃牙(せんが)第一部隊の隊長シュトラール・ファル=パラディオンも驚きで大きく身体を震わせる。

 二人同時に慌てて振り返れば、そこには小さな渦を巻いている楕円形の大きな闇。白皙の美貌を誇る少女と黄金の鳥人(バードマン)が闇の中から出てきたところだった。

 

「やぁ、クローディアちゃん、元気そうで何より。混乱とかは大分治まったかな?」

 

 片手を軽く挙げながら明るく声をかけてくるのはバードマン。

 気さくに声をかけてくる様が何とも不気味で、クローディアは背筋に冷や汗を流しながらも改めて異形たちに向き直って一つ頷いてみせた。

 

「は、はい。現在国中にレコルを飛ばして事のあらましの説明と指示を行っております。まだ動揺している者や混乱している者も多くいるでしょうが、予想よりも早く態勢を立て直して整えることができるかもしれません」

「それは良かった。……ああ、そうだ。まず確認させてもらいたいんだけど、法国打倒のために俺たちと君たちとで正式に契約関係を結ぶ、ということで良いのかな?」

 

 小首を傾げる動作と共に投げかけられた問いに、クローディアは無意識に強く両手を握りしめた。

 自分たちと異形たちはまだ正式に契約を結んだわけではなく、現状は未だ仮契約状態となっている。互いの力を見定めてから改めて契約するかどうか検討する……という話だったはずだが、あちらから話を振ってきたということは、少なくともこのバードマンは自分たちと手を組んでも良いと考えてくれたのだろう。

 クローディアはチラッとバードマンの斜め後ろに立つ少女を見やった。

 可憐な微笑みを白皙の美貌に浮かべ、静かでいて優雅に控えるように立っている。今は全身黒にピンク色のフリルをあしらったドレスを身に纏っているが、王を殺した時の深紅の全身鎧(フルプレート)姿を思い出し、クローディアは思わず小さく身震いした。

 巨大な槍を振るう彼女の強さはまさに逸脱者のそれだった。何もかもが自分たちとは桁が違う。恐らく自分たちがどんなに束になってかかっていこうとも、この少女はいとも容易く自分たちを討ち滅ぼしてしまうのだろう。そしてそんな少女を付き従えているのだ、この黄金色のバードマンも同等の……或いは少女以上の力を持っているのかもしれない。

 強大な力を有する異形たちと繋がりを持つことは不安と恐怖と隣り合わせではあったが、しかし法国に立ち向かう以上、彼らの強さは心強くもある。

 クローディアは覚悟を決めると、拳に込めている力を更に強めてバードマンに向けて深々と頭を下げた。

 

「はい、是非とも正式に契約を結びたいと考えております。宜しくお願い致します」

「おっ、ホント!? 良かった、良かった! うん、OKだよ! 改めてよろしくね、クローディアちゃん」

 

 バードマンは嬉しそうな声を上げると、次にはこちらの片手を両手で包み込むように握り締めてブンッブンッと振ってくる。興奮しているようなその様子に、クローディアは顔を上げると、されるがままになりながらも何とか頷いた。

 

「あっ、そうだ。早速だけど、君たちへの支援の一つとしてアイテムや装備を幾つか用意しているんだ。後で運ばせるから、また他のエルフたちに配ってくれるかな?」

「っ! それは……とても助かります。ありがとうございます」

「うん。……ああ、でも、アイテムの方は良いんだけど、装備類はあくまでも貸出っていう形だから、法国との戦いが終わったら返してもらえるかな」

「……分かりました。後ほど、効率的かつ確実にお返しできるような仕組みを構築し、ご報告させて頂きます」

「うん、お願いします」

 

 こちらの言葉を信じて納得してくれたのか、バードマンは一つ頷いて手を包み込んでいた両手を離すと、次には後ろに立つ少女を振り返った。

 

「シャルティア、アイテムや装備の件について後でパンドラに連絡を取っておいてくれないかな」

「畏まりんした、ペロロンチーノ様」

 

 バードマンの言葉に、少女は当然のように恭しく頭を下げる。

 少女の態度は誰がどう見ても一切の曇りのない絶対的な忠誠心に溢れており、あの強大な力を持つ少女にここまで崇拝されているバードマンに対してクローディアは改めて強い恐怖心を抱いた。

 しかしそれを顔に出すわけにはいかない。

 改めてこちらに向き直ってきたバードマンに、クローディアは意識して表情を引き締めた。

 

「それで、クローディアちゃんはこれからどうするの? これからの作戦はどんな感じ?」

「はい、私は国王代理という立場になりましたので暫くは……少なくとも国内がもう少し落ち着くまではここに留まってあらゆる事態に備えようと考えております。法国に対する防衛及び侵攻計画といたしましては……」

 

 軽い口調で問いかけてくるバードマンに、クローディアはあくまでも淡々とした口調でこれからのことについて説明していく。

 何を考えているのか、バードマンはクローディアの説明中始終無言を貫き、大人しく話を聞いていた。説明が終わった後も『そっか、了解』と一つ頷くだけで何かを言う素振りすら見せない。

 相手の思惑や狙いが何も見えないことに恐怖と緊張を感じながら、クローディアは意を決して再び口を開いた。

 

「……そこで一つ、皆さまにお願いがあるのですが……」

 

 その言葉を言った瞬間、こちらに改めて向けられるバードマンの顔と視線に一気に緊張が全身を走り抜ける。

 クローディアは強張る喉を無理やり動かして生唾を呑み込むと、一呼吸の後に再び口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 法国からの侵攻を何とか防いだ日から五日。

 再びの法国からの侵攻はなく、かといってこちらから何かを仕掛ける余裕もなく、エクト=カウロンにあるエルフと法国との前線は膠着状態による一時の平穏を保っていた。

 エルフたちはこれ幸いとばかりに、今は怪我人の治療や破損した武器や装備類の修繕、足りなくなった物資について他の拠点や王都にレコルを飛ばしたりと、少しでも状況を良くしようと奮闘していた。多くのエルフたちが忙しなく陣営内を走り回り、指示を飛ばすために声を張り上げる。

 そんな中、黒風(こくふう)第二部隊所属のメリサ・ルノ=プールもまた、怪我をした仲間たちの元へと足早に歩を進めていた。

 四方八方に走り回るエルフたちや天幕の間を縫うように歩きながら、ふと五日前の戦場に思いを馳せる。自分が多くの仲間たちと違って怪我一つなく、死ぬこともなくここにいられるのは、偏にあの戦場で出会った悪魔のおかげだ。しかしあの時から既に五日という時間が経っていてなお、メリサはあの悪魔について何一つ知ることができずにいた。

 あの悪魔が何故自分を助けてくれたのかは分からない。何故あの場にいたのかも分からない。

 しかし理由はどうあれ助けられたのは事実であり、メリサはずっとあの悪魔に改めてきちんとお礼が言いたいと考えていた。

 とはいえ、悪魔の情報など早々あるわけがない。戦いが終わった後、自分と同じように悪魔に助けられた者がいないか探し、確かに何人か見つけることはできたのだが、しかしそこから得ることのできた情報は皆無に等しかった。

 あの悪魔がどこから来て、何処に去っていったのか分からない。何故自分たちを助けてくれたのか、法国の兵士と戦った理由すら分からない。自分以外にも救われたエルフが複数いたのだ、恐らく“偶然争いに遭遇して目障りだったから戦った”という訳ではないのだろう。ならば何か目的がある筈なのだ。しかしその目的がメリサに分かるはずもなく、また知る術も彼女は持っていなかった。

 『何故?』『どうして?』と疑問の言葉ばかりが頭の中で渦を巻き、思わず眉間に皺を寄せて小さな唸り声を零してしまう。

 顔を顰めながら足早に歩を進める中、不意に響いてきた笛の音にメリサはハッと顔を上げた。

 甲高く遠くまで鳴り響くこの笛の音は緊急招集の際に使用されるもの。

 周りのエルフたちも誰もがハッと顔を上げて動きを止め、次には弾かれたように陣営の中央広場へと駆け出した。天幕からも続々とエルフたちが飛び出てきて、メリサも慌てて同じ方向へと駆け始める。

 天幕内から動けるエルフたちが全て出てきたため、瞬く間に陣営内が多くのエルフたちで溢れていった。

 メリサは多くのエルフたちに若干もみくちゃにされながら、同じ部隊の仲間たちはいないかと時折周りに視線を走らせながらも不安に暴れる心臓の鼓動を胸に足を動かし続けていた。

 そして歩くこと数分後。

 漸く着いた中央広場にメリサは自然と足を止めた。

 中央広場には簡易的に作られた小さな壇上が置かれており、その上には既に幾つかの人影が立っている。

 メリサは壇上に目を向け、そこに立つ存在に思わず大きく目を見開いた。

 壇上に立っているのは五人の人物。

 黒風第一部隊隊長ノワール・ジェナ=ドルケンハイトと魔光(まこう)第二部隊隊長シャル・イン=オズリタースと聖光(せいこう)第二部隊隊長ルーチェ・エクト=グランツ。この前線軍の総指揮を任されている三人が壇上にいるのは何ら不思議なことではない。しかし問題なのは残りの二人だった。

 一方は左右色違いの瞳を持った闇森妖精(ダークエルフ)の少年。

 そしてもう一方は、何とメリサがずっと会いたいと思っていた正体不明の悪魔その人だった。

 メリサだけでなく、彼女の周りにいるエルフたちも誰もが動揺や驚愕の声を上げている。

 誰もが困惑する中、不意にルーチェが一歩前に進み出てきた。

 

「聞けぇっ、王国の勇敢な兵士たちよ! 不安や驚きがあることは理解しているが、まずは我々の話を聞いてほしい!!」

 

 少女が放つ声は大きく高く、そして透き通って遠くまで響き渡る。力強いルーチェの声に自然と騒めきは鳴りを潜め、この場にいる全てのエルフたちが口を閉じて聞く体勢になった。

 ルーチェは満足そうに一つ大きく頷くと、次にはダークエルフの少年と悪魔を振り返る。数秒彼らを見つめた後、ルーチェは再びこちらに向き直ると大きく空気を吸い込んで高らかに今回自分たちを呼んだ理由を語り始めた。

 その内容は驚きのものだった。

 今置かれている自分たちの状況や法国との戦況、エルフ王の企ての末に立ち上がったクローディア王女と討ち取られた王。そして法国に勝つためにクローディア王女が契約を結んだという異形の存在。説明の中には契約内容も含まれており、メリサはそれを聞きながらダークエルフの少年と悪魔を呆然と見つめていた。

 ルーチェが言っていることが全て正しいのであれば、それはつまり、王女が異形と契約を交わしたために今壇上にダークエルフの少年と悪魔がいるのだろう。しかしいくら目の前に異形たちがいるとはいえ、ルーチェの話は俄かには信じられないものだった。異形の存在も、契約を交わすという行動も、王が討たれたということも……全く現実味がなく、思考は混乱するばかりだ。

 周りのエルフたちも皆メリサと同じ状態なのだろう、ザワザワと騒めきが起こり、誰もが混乱や困惑の表情を浮かべていた。

 

「混乱するのも分かる、理解が難しいことも分かる! だが現状、我々にはこれらをゆっくりと噛み砕いて納得するだけの時間的余裕はない! 今もなおすぐ目と鼻の先には法国の軍があり、我らの領域を犯し、我々に牙を向かんとしているのだ!」

 

 まるで突き放すようなルーチェの言葉に、メリサは思わず失望にも似た感情を湧き上がらせる。

 しかし少女の力強い声はなおも響き続けた。

 

「だからこそ、今はこれだけを言わせてもらう! クローディア王女を信じよっ!!」

「「「……っ……!!」」」

「あの方がいつも我々を気にかけていたことは、皆もよく知っているはずだ。そのクローディア様が決断されたことなのだ! だからこそ、もしどうしても理解できないと言う者がいるのであれば、今はクローディア様を信じるのだ!! それでもなお納得できない者がいるのであれば、その時は私の元へ来るが良い。お前たちが納得するまで、時間が許す限り私が説明しよう」

 

 ルーチェの自信に満ちた力強い声が……、そして最後の優しさに満ちた声と眼差しが、メリサを含んだ多くのエルフたちの心にストンと落ちて暖かく染みわたっていく。困惑や不安が徐々に静まってくのを感じながら、メリサはクローディア王女について思考を巡らせた。

 いくら国軍に所属しているとはいえ、第二部隊の一兵士でしかないメリサは当然のことながら王女に会ったことはない。一方的に見た回数すら1、2度くらいしかなく、それも全てが遠目からのものだった。しかしそんな遠い存在である王女についての噂や話はメリサだけでなく多くのエルフたちの耳に入っていた。

 叡智高く思慮深い。たとえ王の命であったとしても、それで多くの犠牲が出る時は真っ向から異議を唱える勇気と慈悲をも併せ持つ聡明な王女。

 王が過激な人物であったこともあり、尚のこと王女の言動が際立って多くのエルフたちの耳に伝わったというのもあるだろう。しかしメリサを含む多くのエルフたちが王女の人となりを愛し、信頼しているのは確かだった。

 そして今のこの状況は、その王女が考えた末に行ったこと。

 ならば自分たちは王女を信じるべきなのではないか……。

 気が付けば周りの騒めきも徐々に鳴りを潜め、誰もが一心に壇上のルーチェを見つめている。

 メリサもまた、困惑や不安が消えた状態で真っ直ぐにルーチェを……そして何より自分を助けてくれた悪魔を一心に見つめた。

 ルーチェはまるで自分たちの心情を確認するように一度ゆっくりと大きく周りを見渡すと、次には満面の笑みと共に再び口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――……ふ~ん、あのエルフもなかなかやるじゃない……」

 

 力強い声音で今後の行動や方針について語っている少女の背を眺めながら、アウラが小さな声で呟く。

 どこか満足そうな声音にニグンがチラッとアウラに目を向ける中、こちらの声が聞こえたのか、少し離れた場所に立つ女エルフがこちらに顔を向けてきた。

 

「あれもあの子の特技の一つ。ルーチェ・エクト=グランツの言葉は相手の心に真っ直ぐに届く……。こういった場面ではあの子に全てを任せるのが一番良い」

「へぇ~、そうなんだ。私からしたら勢いで流してるようにも見えるけど……」

「確かにそういった面もある。だが、あの子は嘘をつかない。心根も真っ直ぐ……いや、少し真っ直ぐすぎるきらいがある。そして多くのエルフたちがそれを知っている。だからこそ、皆はあの子の言葉を信用する」

「……ルーチェちゃんは、みんなの光……。あったかくて、強くて、安心する……。だからみんな、ルーチェちゃんの話を、素直に聞くんだと……思う……」

「うん、それは流石に君だけだと思う」

 

 こちらの会話に気が付いたのだろう、一番端に立つシャルも会話に加わってくる。しかしシャルとノワールの会話はまるで緊張感がないもので、ニグンは思わず呆れた視線を二人に向けた。

 ニグンの中で、エルフという種族に対する複雑な心情がグルグルと渦を巻く。時折感じる己の変化と影響の感覚に、ニグンは出そうになるため息を既の所で呑み込んだ。

 ニグンはもともと、人間至上主義で人間以外の他種族に対しては偏見的な感情を強く持ち合わせた法国の人間だった。ウルベルトによって悪魔になってからはその感情は変化したが、しかしそれは元々の人間としての感情と複雑に絡み合い、実は今もなおニグンの中でグルグルと複雑な渦を巻いている状態だった。

 今のニグンの中にはナザリックに属するモノとそれ以外のモノとを二極化して捉える価値観が新たに構築されている。

 つまり“人間至上主義”が“ナザリック至上主義”に変わり、それ以外のモノを偏見的に感じるようになっていた。

 とはいえ、ニグンの中には生まれながらの性格や感覚も未だ残っている。そのため、ニグンは完全に“ナザリックに属する悪魔”としての性格や感覚に染まりきっている訳でもなかった。人間を至上と考えていた記憶も残っており、亜人や異形などを蔑視していた記憶も頭の奥に深くこびりついて残っている。しかし新たな悪魔としての価値観や感覚も勿論強く存在しており、それらがニグンの中で激しく鬩ぎあっている状態だった。

 時が経てばこれらの感覚や感情も徐々に馴染んで変化していくのかもしれないが、少なくとも今はまだエルフに対しても人間――それも今回は法国の人間だ――に対しても複雑な感情を抱いてしまうことを止められない。何とも中途半端な自身の状態に、ニグンは思わず内心で大きなため息を吐き出した。

 とはいえ、これも大切な仕事であり、至高の御方々のためである。

 ニグンは胸の中で未だ渦を巻いている感情を半ば無理矢理意識の端に追いやると、これから自分たちが補佐することになるエルフの軍勢を視線のみで見渡した。

 その中に自分のことを熱心に見つめている女エルフがいることをニグンは気が付くことはなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 未だ冷たい空気が森をけぶらせ、朝露が木の葉や草を濡らしている明け方ごろ。

 エルフの街の一つであるエクト=カウロンの外れの森に布陣している法国軍では、何人かの兵が寝ずの見張りに慎んでいた。

 その内の一人……エリット・ワン・アリーズは眠気でかすむ目を手で擦りながら、必死に欠伸を噛み殺していた。

 これも仕事の内で順番性であるとはいえ、何度経験しても深夜から明け方にかけての見張りは嫌なものだ。眠気はさることながら、服や装備は夜露に濡れることも多くあり、そうなれば寒さだけでなく服が肌に張り付く不快感も出てくる。

 今が正にその状態で、エリットは小さく顔を顰めるとブルッと全身を震わせた。

 早く交代したいものだ……と思わず遠い目になり、何とはなしにエルフの軍がいるであろう方向の森を眺める。

 その視界に今までなかった複数の影が映ったような気がして、エリットは徐々に目を見開いていった。無意識に呼吸を止め、見開いた目で森を凝視する。

 一拍後、漸く思考が追いついてきたところでエリットは大きく息を呑んだ。

 慌てて緊急用の火を燃やす組木の近くに立っている仲間の兵を振り返ると、喉が切れるのも構わずに声を張り上げる。

 

「緊急用の火を上げろっ! 敵軍が来ている!! 早く火を上げろっ!!」

 

 森の影を指さしながら必死に大声を上げる。それに同じく見張りに立っていた他の兵たちも気が付き、エリットが指さす方向に視線を向けて同じように驚愕の表情を浮かべた。

 瞬く間に緊急用の火が上がり、それが他の方向を見張っていた兵たちの目にも映って次々と他の火も上がっていく。

 同時に緊急用の笛の音も高らかに鳴り響き、途端に多くの兵たちが天幕から飛び出てきて陣営内が一気に喧騒に包まれた。

 エリットは焦った表情を浮かべながら再び森の方向へと視線を向ける。

 そして視界に映した“それら”に思わず全身を冷や汗で濡らした。

 エリットの視線の先……未だ夜の暗闇を孕んだ森の中から、見慣れぬ装備を身に纏った多くのエルフや魔獣の群れが溢れ出て、こちらに襲いかかろうとしていた。

 

 




この度、皆さんのコメントなどの反応から、メリサ・ルノ=プールちゃんがニグンの正ヒロインになることが決定しました!
おめでとう、メリサちゃん! おめでとう、ニグンさん!
これからこの二人もカップルにできるよう頑張ります!!

そしてそして、現在まだ小説についてのアンケートを引き続き実施しております!
締め切りは4月1日23時59分まで……。
是非ご協力を宜しくお願い致します(深々)
【アンケートURL】
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