世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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今回も一か月以内に次の話を更新できたぞー!!
どうした自分……。
この勢いでエルフ王国編(法国編)を一気に終わらせたいな……。


第62話 変化の足音

 バハルス帝国の帝都アーウィンタール。

 多くの人々が行きかい、賑わい、活気のある街中で、今日は特に騒がしくなっている一つの店があった。

 垂れ下がっている看板に書かれているのは“歌う林檎”亭という文字。

 食堂と宿を兼ねているこの店は普段から大きな賑わいを見せてはいたが、しかし今日はいつにも増して多くの人々が訪れ、溢れ、その多くが一人の男に群がっていた。

 

「――……いやぁ、ネーグルさん、この前の武王との試合は残念だったなぁ」

「いやぁ~ん、ネーグル様が負けるところなんて見たくなかったですぅ~」

「ちょっと、ネーグル様になんてこと言うの!? それよりもお怪我はなかったですか? 武器が折れてしまって、ネーグル様にお怪我がなかったかすっごく心配していました!」

「ネーグルさん、だから言ったでしょう! あのような武器で武王に立ち向かおうと考えること自体が無謀ですわ! 仰って下されば、こちらでそれ相応の武器を用意しましたのに! ちょっと、聞いておりますの!?」

 

 多くの人間に群がられているのは、この“歌う林檎”亭を拠点としているワーカーチーム“サバト・レガロ”のレオナール・グラン・ネーグル。

 彼に群がっている人々は老若男女問わず、男に女、子供から老人に至るまで幅広く集まり口々に彼に話しかけていた。しかし比率で言えばやはり若い女たちが多くの割合を占めており、中でも一人の少女が怒りの剣幕でレオナールに食って掛かっていた。

 

「残念な結果になってしまい、ノークランさんの顔に泥を塗ってしまったことはお詫びします。……やはり武王は強い。私もまだまだですね」

「ど、泥を塗ったとか、そういうことを言っているのではありませんわ! それに、そういうことは一切思っておりません! ただわたくしは、その……悔しいだけですわ! 武器が壊れたから敗北だなんて……あなたの力はあんなものではないはず! それなのに、あの試合であなたが侮られることになるのが悔しいのです!」

 

 少しどもりながらも必死に言い募っているのは、レオナールと武王との試合をセッティングした張本人の一人であるソフィア・ノークラン。

 頬を紅潮させて少し恥ずかしそうにしながらもはっきりと言い切る少女に、レオナール……ウルベルト・アレイン・オードルは思わず驚愕に小さく目を瞠った。彼女の言葉が予想外で、ついマジマジと見つめてしまう。

 恐らく顔にデカデカと『意外だ』とでも書かれていたのだろう、途端にソフィアが不服そうな表情を浮かべて上目遣いにこちらを睨んできた。

 

「……なんですの、その顔は。仰りたいことがあるのなら、はっきりと仰って」

「いえ、少し……そう、意外に思ったものですから。あの試合で誰かに侮られるようになるとは考えていませんでしたが……、そうですね、あなたの心遣いには感謝します」

「……感謝なんて不要ですわ。ですが、あなたの名誉を挽回する手助けは是非させて下さい。恐らくすぐには無理でしょうけれど、また武王と再戦できるようにして見せますわ!」

「はぁ、まぁ……気長にお待ちしておりますよ」

 

 内心では『余計なことをしないでほしい』と思ったが、流石にそのまま正直に口に出すわけにもいかず、曖昧に頷くだけにとどめる。とはいえため息までは抑えきれず、ウルベルトは周りにバレないように小さく息を吐き出した。

 一度ゆっくりと瞼を閉じ、数秒後に再び瞼を開いてザッと周りに視線を巡らせる。

 店の中には多くの人々が犇めき合っており、その多くがウルベルトを囲んでワイワイと騒いでいた。これは店にも迷惑がかかっていそうだな~……とチラッとカウンター奥の亭主に目を向け、案の定渋い表情を浮かべてこちらを見つめていた亭主とバッチリと目が合う。

 ウルベルトは一度小さな苦笑を浮かべると、これは早々にこの場を去った方がいいかもしれない……と店を出る算段を始めた。

 どのみちこのままずっと店に留まるつもりはウルベルトとてないのだ。いくら今は大人しくしておく時期とはいえ、時間は有限であるため一時も無駄にはできない。

 ウルベルトは未だ騒いでいる人々に改めて目を向けると、次にはニッコリとした営業スマイルをその顔に浮かべた。

 

「皆さんに心配して頂けて本当に嬉しいです、ありがとうございます。しかし名残惜しくはありますが、私はそろそろ行かなければなりません。少々大切な用事がありまして……、また次の機会にお話しましょう」

 

 瞬間、ウルベルトの微笑に恍惚とした表情を浮かべていた人々が途端に残念そうな表情を浮かべる。

 しかしウルベルトは小さな謝罪を繰り返しながらもさっさと座っていた椅子から立ち上がった。ギュウギュウ詰めに犇めいている人間たちの間を縫うように器用に進み、ウルベルトは素早く“歌う林檎”亭から脱出した。

 しかしここで一息つく訳にはいかない。道行く人々にこちらの存在に気付かれて声をかけられてはまた騒ぎになる可能性が高く、そうならないためにウルベルトは素早く近くの物陰へと滑り込んだ。建物と建物の間の影に潜み、アイテムボックスを開いて何の変哲もない唯のローブを取り出す。ウルベルトは素早くローブを身に纏わせると、フードを深く被って改めて影から出て街中へと足を踏み出した。

 フードを被って素顔が隠れたため、街行く人々はウルベルトの正体に全く気が付かない。逆に“レオナール・グラン・ネーグル”であれば必ず起こる“人が避けて道ができる”という現象も起こらなかったが、そこはウルベルト自身が器用に人々の波をかき分けているため問題は一切なかった。

 勝手気ままに快適に歩きながら、ウルベルトは『さて、どこに行こうか……』と思考を巡らせた。

 今ウルベルトが主に進めている計画や案件は早いものでも次の段階まで少しだけ時間の余裕がある。加えてナザリック全体としては現在法国とエルフ王国に対して本格的な接触を行い、大きな作戦に着手しているため、そちらに集中するためにも余計に動いて新たな案件を増やすわけにもいかなかった。

 何ならワーカーとしての仕事を熟してもいいのだが、現在ニグンはペロロンチーノの元へ出張中であるし、ユリも今はナザリックに戻っている。この状況で一人で仕事をしようものなら、『御身の安全がっ!!』とシモベたちにうるさく言われるのは必至だった。ウルベルトとしてもできるならお説教は受けたくない。

 はてさてどうしようか……と歩を進めながらぐるっと周りを見渡す中、ふと見覚えのある人物を視界に捉えてウルベルトは咄嗟に足を止めた。数秒凝視して人影が思い浮かべた人物で間違いないことを確認すると、徐に足先をそちらに向けて再び足を踏み出す。

 ある程度距離が縮まったところでウルベルトは笑顔を顔に張り付けると、被っていたフードを取り払いながらその人物たちへ声をかけた。

 

「おや、こんなところで会うとは奇遇ですね。本日はお休みですか?」

「っ!? ネーグル殿!」

 

 ウルベルトが足を止めたのは、どこか“歌う林檎”亭に似た佇まいの飲食店のオープンテラス。そこには突然のウルベルトの登場に驚愕の表情を浮かべているワーカーチーム“フォーサイト”のメンバーがいた。

 彼らは一つの円形のテーブルを囲むようにして椅子に腰かけている。

 しかしその円陣の中に見慣れぬ存在を見つけて、ウルベルトは小さく目を瞠った。

 

「……おや……?」

 

 驚愕のあまり、声も無意識に口から零れ出る。

 しかしそれは仕方がないことだと思われた。

 “フォーサイト”と同じ席についていたのは、未だ幼い二人の少女たち。恐らく双子なのだろう、よく似た容姿を持つその少女たちをウルベルトは一度だけ見たことがあった。

 

「……あっ……」

 

 少女たちも思い出したのだろう、最初は不思議そうな表情を浮かべてこちらを見つめていたが、徐々にその顔に驚愕の色を浮かべ始め、少女の一方は小さな声さえ上げてくる。

 しかし少女たち自身にとっては幸いなことに、彼女たちはすぐに何かを思い出したようにハッとした素振りを見せると、次には二人同時に小さな両手で自身の口を覆い隠して見せた。二人はその状態で顔を見合わせると、ほぼ同じタイミングで頷き合う。

 双子のその可愛らしい一連の動作に、訳が分からない“フォーサイト”のメンバーは一様に不思議そうな表情を浮かべた。

 

「クーデ、ウレイ、どうかしたの?」

 

 “フォーサイト”のメンバーの一人である少女――確か以前アルシェと名乗っていたはずだ――が双子の少女に声をかける。

 しかし少女たちは一度アルシェに目を向けると、次には再び顔を見合わせてクスクスと可愛らしく笑って見せた。

 

「秘密なの。クーデリカとウレイリカの秘密」

「誰にも言っちゃダメなの。しー、なんだよ」

 

 二人で『しーっ』と口の前に人差し指をたてて、次には再びクスクスと笑い声を上げる。

 何とも微笑ましく可愛らしい様子に、“フォーサイト”のメンバーたちは誰もがなおも疑問を深めながらも表情を笑みの形に綻ばせた。

 

「随分と可愛らしい客人ですね。本日は彼女たちの護衛か何かですか?」

「ははっ、そんなものです。実はこの二人はアルシェの妹なんですよ。俺たちも実際に会ったのは今日が初めてなんですが」

「なるほど、そうでしたか」

 

 冗談を交えながら問いかければ、“フォーサイト”のリーダーであるヘッケランも笑い声を零しながら応じてくれる。

 ウルベルトはそれに小さく頷くと、改めて金色の双眸を双子の少女たちへ向けた。

 彼女たちと初めて会ったのはレイナースと密会した帰り道。素振りだけで黙っているように指示を出し、念のため影の悪魔(シャドウデーモン)を放ってもし自分たちについて誰かに話すようなら始末するように命じていた。しかし先ほどの様子と今生きてこの場にいることから、どうやら彼女たちは言いつけ通りにこちらの存在について誰にも話さず、ずっと黙っていたようだ。

 そのことにウルベルトは内心で安堵の息をついていた。

 ウルベルトの本音としては、やはり幼い子供を手にかけるのはできるだけ避けたいことだった。元々子供好きということもあるが、『子供は無限の可能性そのものであり、大切な存在である』というのがウルベルトの持論だった。勿論少しでも不穏分子になり得るのであれば命を奪うことも吝かではないし、その時には迷いなく実行できると自負している。しかし、やはりそうしなくて済むのならそれに越したことはない。

 ウルベルトは顔に満面の笑みを張り付けたまま双子の元まで歩み寄ると、その場でしゃがみ込んで双子と目線を合わせた。

 

初めまして(・・・・・)、私はレオナール・グラン・ネーグルと申します。良ければ名前を教えてくれませんか?」

「クーデリカっていうの!」

「ウレイリカっていうの!」

「そうですか、宜しくお願いしますね」

 

 元気いっぱいに自己紹介をしてくる双子に、ウルベルトは軽くその頭を撫でてやる。それでいてしゃがみ込んでいた状態から立ち上がると、次にはヘッケランへと視線を戻した。

 

「……そういえば、ここにいて大丈夫なのですか? 以前はフルトさんを探していた金貸したちが騒ぎを起こしていましたが……。彼らとの問題は解決しましたか?」

「っ!! ……あー、そうですね……。少し、あちらで話しましょうか」

「さっ、クーデリカちゃんとウレイリカちゃんはお姉さんと一緒に美味しいお菓子でも食べましょう! ケーキが良いかしら?」

 

 ウルベルトの問いかけに、途端にこの場の空気が一気に張り詰める。彼らの反応から、『どうやら直球に聞いては不味い話題だったか……』とウルベルトは内心で独り言ちた。

 ウルベルトとしてはただふと思い出して口に出してみただけの話題だったのだが、ヘッケランたちはギクッと身体を強張らせた後に少し離れた席を勧め、イミーナは双子の少女たちに声をかけて意識をこちらから離させた。

 彼らのあからさまな反応と態度に内心肩を竦めながら、ウルベルトは大人しく促されるままにヘッケランに示された席へと歩み寄って腰かけた。

 ウルベルトと同じ席に着いたのはヘッケランとアルシェの二人。残りのイミーナとロバーデイクの二人は双子の少女たちの相手をして、こちらに意識を向けさせないようにしている。

 ウルベルトは大袈裟なまでに明るく振る舞っているイミーナとロバーデイクをチラッと見やると、次には改めて目の前に座るヘッケランとアルシェに目を向けた。

 

「……軽々しく口に出して良い話題ではありませんでしたね。申し訳ありません」

「いえ、ネーグル殿はあの時あの場にいましたし、気にかけて頂けて光栄です! ただ、その……あの子たちは家の事情を何も分かっていませんので……」

「なるほど、確かにこういった問題を理解するには年齢的にもまだ難しいでしょう。……ですが、その様子からして金貸したちとの問題はまだ解決できていないのですか?」

「お金は、地道に返してます。でも……返す端から両親が次々と借りてしまって……、正直、借金の額は増える一方……。流石にこれ以上面倒は見られないと、家を出てきたところです」

「家を出てきた? あの子たちを連れて、ですか?」

「……………………」

 

 無言のまま頷いてくるアルシェに、ウルベルトは思わず困惑の表情を浮かべた。

 ウルベルトの正直な思いとしては『いやいや、あまりにもいろいろと早急過ぎるし、考えが浅すぎるだろう……』というものだった。

 借金の原因である両親から逃げたいという気持ちは理解できる。自分だけでなく可愛い妹たちにまで不幸が降りかかる可能性があるのなら、その気持ちはより一層強いものとなるだろうということも十分理解できる。しかし、それで家を出たとしても、今後の生活についてはどうするつもりなのか。親以外の頼れる大人……例えば親戚などがいれば話は別だが、恐らくそれはいないのだろうと思われた。いるのならもっと早くにさっさと頼るだろうし、金貸したちがアルシェの仕事場にまで来る事態にもならなかったはずだ。

 しかし金貸したちは実際にアルシェの仕事場まで押しかけてきており、その数日後にはアルシェは幼い妹たちを連れて家を出たと言う。これは、自分たち以外で頼れる存在はいないと言っているようなものだった。

 

「しかし、家を出て……それからどうするおつもりですか? フルトさんはワーカー、家を長く空けることも多くあるでしょう。その間、幼い子供たちだけで生活するのは無理なように思えますが」

「勿論、分かってます。だから私は、ワーカーを辞めようと思ってます……」

「ただ、ワーカーを辞めても何かしら働かない事には生きてはいけない。アルシェはこの歳で第三位階まで魔法が使えるので仕事に困ることはないでしょうが、それでもクーデリカちゃんとウレイリカちゃんのことを考えると、できる仕事も限られてくる……。なので、今丁度みんなで知恵を絞っていたところなんですよ」

 

 苦笑を浮かべながら説明してくるヘッケランの目には、その表情とは裏腹に真剣な色が強く宿っている。

 恐らく生半可な覚悟でした決断ではないのだろう。

 それでも現実世界(リアル)で生きてきたウルベルトにとってはまだまだ思慮が浅く甘い考えだとは思うが、それでもその覚悟まで否定するつもりはなかった。

 

「なるほど、理解しました。因みに、フルトさんには頼れる大人はいないのですか? 例えば住み込みで働かせてもらったり、或いはフルトさんが働ている間、妹さんたちを見てくれる方などは?」

「そういった人は、誰も……」

「フルトさんはワーカーになられる前は何をしていらっしゃったのですか? 普通、年若い少女が初めから魔物との戦い方を知っていたり魔法を使えるとも思えないのですが」

「ああ、アルシェは帝国魔法学院の出身なんですよ。そこでは何と、あのフールーダ・パラダインの元で魔法を学んでいたんです!」

「……!? ……ほう、フールーダ・パラダインの……」

 

 思ってもみなかった名前の登場に、ウルベルトは無意識に小さく目を細める。長い髭を生やした老人の姿が頭に思い浮かび、マジマジと目の前の少女を見やった。

 正直に言って、ここでフールーダの名前が出てくるとは微塵も思っていなかった。

 フールーダが帝国魔法学院の創設者の一人であり今も深く関わっていることは知っていたが、それでもまさかアルシェの師であったとは驚きである。

 元々二人には親交があったのか、はたまたアルシェにそれだけの才能があったのか。

 もし才能があったとして、それは実の妹であるあの双子たちにも備わっているのか……。

 『これは一度フールーダにいろいろと聞いてみる必要がありそうだな……』とウルベルトは頭の中でメモをとった。

 ウルベルトは別に博愛主義者でもなければ、どこぞの鳥人のように幼女趣味があるわけでもない。例え『子供は大切な存在である』という持論を持っていようと、基本的には自分たちの利益にならない限りは誰に対しても手を差し伸べようとも思わなかった。

 しかし逆を言えば、彼女たちに利用価値があるのであれば多少の手助けも吝かではない。

 アルシェやあの双子は、果たして助ける価値があるのか。

 もし助けたとして、自分やナザリックにはどういったメリットがあるのか……。

 それを見極めるためには少々時間が必要そうだった。

 

「……話は分かりました。幸いなことに、私はフールーダ・パラダイン様とは面識があります。フルトさんとクーデリカさんとウレイリカさんについて、お力添えを頂けないか私の方で相談してみましょう」

「っ!!?」

「えっ、ほ、本当ですか!?」

 

 ウルベルトの申し出にアルシェは大きく目を見開き、ヘッケランは勢いよくこちらに身を乗り出してくる。

 あまりの食いつき様に、しかしウルベルトは動じる素振りすら見せずにニッコリとした笑みを張り付けた。

 

「ええ、勿論です。もしパラダイン様がご助力下されば、フルトさんもワーカーを辞めなくって済むかもしれませんしね。同業者を助けるのは当然のことですよ」

「あ、ありがとうございますっ!!」

 

 未だアルシェが呆然としている中、その隣でヘッケランが勢い良く椅子から立ち上がって深く頭を下げてくる。

 対照的な二人の様子に内心では『面白いな』と思いながら、ウルベルトは今後について話しを進めることにした。

 

「しかし、すぐすぐにパラダイン様とお会いすることは難しいでしょう。ですので少しだけ時間を頂ければ幸いです。宜しいですか?」

「……あ、で、でも……また家に戻るわけには……」

「任せて下さい! 俺たちも蓄えが全くないわけじゃない。数カ月くらいは働かずに宿に泊まっていても問題ないですよ!」

「でも、ヘッケラン、それは……!!」

「折角ネーグル殿がここまで力を貸してくれるんだ、これぐらい俺たちが出来なくてどうするよ! お前は何も心配するな。それに、俺たちは仲間だろ?」

「っ!! ……う、うん、……ありがとう」

 

 ヘッケランの言葉に、途端にアルシェの瞳が水気を帯び、うるうると潤み始める。咄嗟に顔を伏せて涙を堪える少女に、ヘッケランはまるで兄のような柔らかな笑みを浮かべて金髪の頭に片手を乗せた。

 目の前で繰り広げられる、何とも心温まる仲間愛の光景。

 悪魔となったウルベルトの胸にはこれと言って暖かい何かが込み上げてくることは全くなかったが、しかしそれでも少しだけ胸の内で何かがうずいているような気がした。

 それはもしかしたら人間だった頃の残滓のようなものなのかもしれない。

 しかしウルベルトは一度小さく息を吐き出して未だ小さくうずいているその何かを振り払うと、次には気を取り直して改めてヘッケランたちに目を向けた。

 

「またパラダイン様と会えましたら連絡します。その間に何かありましたら、お気軽にご連絡ください」

「ありがとうございます、ネーグル殿。本当に、助かります」

 

 二人同時に頭を下げてくるヘッケランたちに、ウルベルトは“レオナール・グラン・ネーグル”としての表情を浮かべながら“レオナール・グラン・ネーグル”としての言葉を紡ぐ。

 それでいて頭の中ではこれらのことを今後の動きにどう活用すべきかと思考をこねくり回していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空が夜の闇に染まっていき、街に数多の小さな光が輝き始める。

 中でも多くの鮮やかな光を燈りしているのは、帝都の中心に聳え立つ皇城。

 その一室にて、フールーダは皇帝であるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスと共に数多の方針や方策について言葉を交わしていた。

 

「――……それでは陛下は、今年の王国への侵攻は取りやめるおつもりですか?」

「そうだ。今の王国は悪魔の軍勢によって相当弱っているようだからな。わざわざ戦をしてこちらの兵や騎士たちを消耗させることもあるまい」

 

 帝国は王国を徐々に弱らせるために敢えて実りの季節を狙って侵攻を行い、ちょっとした小競り合いを引き起こすという作戦を繰り返している。

 王国は帝国と違い、戦いに駆り出される者は殆どが専門の兵士や騎士ではなく民兵であるため、例えちょっとした小競り合いであったとしても、受けるダメージは帝国よりも王国の方が断然大きいのだ。こちらは少ないダメージで相手には大ダメージを与えるというこの作戦は非常に効率的で賢いやり方であると言える。

 それを考えれば、今年は既に相応のダメージを受けている王国に敢えて更なるダメージを与えなくても良いだろうというジルクニフの判断は非常に的を射ており正しいと言えるだろう。通常であればフールーダもその考えに賛同していた。

 しかし今回ばかりはそれに賛同して頷く訳にはいかなかった。

 

「しかし陛下、もはやそう悠長なことを言っていられる場合ではないかもしれません」

「どういう意味だ、じい?」

「その悪魔の軍勢によってもたらされた悪魔のアイテムのことです。今はまだ王国もそのアイテムについて詳しいことは何も分かっていないようですが、いつ使用方法まで見つけて帝国に向けてくるか分かりません」

「……ふむ、確かにそれも一理あるか……」

 

 正直に言って、帝国が王国に対して恐れるものは皆無に等しい。唯一脅威になり得るのは戦士長ガゼフ・ストロノーフの存在だが、それもフールーダと四騎士がいればどうにでもなるようなものだった。

 帝国が王国を徐々に弱らせるという方法をとっているのも、脅威を避けるという理由などではなく、ただ単にこちらの被害が少なく済むようにしたいからというだけの理由なのだ。

 しかしここに来て、脅威となる存在が王国に舞い降りた。

 それは悪魔が残した不可思議なアイテム。

 どういったアイテムなのか分からないものの、悪魔たちが群れを成して取り返そうと襲ってくるほどなのだ、相当強力なアイテムであると考えるのが妥当だ。

 ならばその刃がこちらに向かう前に早々に対策を取る必要があった。

 

「……であるなら、いっそのことこちらからも大きなダメージを与えて王国の余裕をなくしてやるか」

「そうですな。……つきましては陛下、ワーカーチームの“サバト・レガロ”に助力を求めてはいかがでしょう?」

「なに? 何故そこで“サバト・レガロ”が出てくる?」

「実は王国に潜ませております密偵の話によると、どうやらの王国の王族や一部の貴族が今回の侵攻にレオナール・グラン・ネーグルが加わるのではないかと危惧しておるそうなのです」

「……まぁ、確かにワーカーであれば国の要請にも問題なく応えられるからな」

 

 納得したように頷いてくるジルクニフの様子をフールーダは静かに観察するように見つめる。

 彼が今何を思い何を考えているのかは流石のフールーダでも推し量ることは非常に難しい。

 しかし分からないとしてもフールーダには既に全てを捧げるべき神がおり、何としても神から命じられたことを遂行しなければならなかった。

 

「実際に戦ってもらわなくとも、部隊に参加してもらうだけでも王国に対しては効果的な抑止力となりましょう。加えて万が一王国が悪魔のアイテムを今回の戦に持ち込んできたとしても、ネーグル殿であれば対処できるかもしれません」

「ふむ……、一度“サバト・レガロ”に依頼してみるのも良いかもしれんな」

 

 ジルクニフの好反応に、フールーダは思わず内心で安堵の息をつく。

 これなら神に命じられたことを問題なく遂行できそうだ。

 思わず小さく胸を撫でおろすフールーダに、ジルクニフから何かを問うような声音で名を呼ばれる。

 しかしフールーダはすぐさま表情を取り繕うと、何でもないと頭を振った。

 まるで我が子のように可愛くて愛しい存在であるジルクニフ。

 しかしそんな彼にも神の存在だけは知られるわけにはいかない。少なくとも神からの許しを得るまでは、勘づかれるわけにはいかなかった。

 

「じい、大丈夫か? 何か気になることでも?」

「いいえ、陛下。少し考え事をしていただけです。お心遣いに感謝します」

 

 怪しまれないように、いつもと変わらぬ柔らかな笑みを意識して浮かべる。

 安心したように顔を緩めて小さく頷いてくるジルクニフに少し胸が痛んだが、フールーダは敢えてそれを無視した。

 例え何を犠牲にしても、自分には叶えたい夢がある。

 そのためならば何でもして見せる……と改めて胸の中で決意すると、フールーダは崇拝する神のために再びジルクニフに毒かもしれない言葉を吐き出し始めた。

 それは本当に毒なのか、それとも楽園への道しるべなのか……。

 フールーダとジルクニフとの話し合いは今夜も長く続き、夜の闇を照らす光は明け方まで消えることはなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 所変わって、ここはナザリック地下大墳墓の第九階層のアルベドの私室。

 部屋の主であるアルベドは、一人椅子に腰かけてテーブルの上に積み重ねられている多くの書類に注意深く視線を走らせていた。

 現在アルベドはこのナザリック地下大墳墓の管理だけでなく、“ヘイムダル”としての任務も多く熟している。やるべきことは多くあり、しかしどれ一つとして決して疎かにはできないものだった。書類一つとっても、一つも問題が起きないように細かな部分まで隅々まで注意深く確認していく。

 暫く続く、紙が擦れる小さな音とペンが走る音のみが響く時間。

 いつまでも続くその時間は、しかし前触れもなく唐突に終わりを告げた。

 アルベドは紙に走らせていたペンの動きを止めると、徐に俯けていた顔を上げた。書類に向けていた金色の瞳を、壁に取り付けている時計へと向ける。

 長針と短針が告げる時間を確認すると、アルベドは持っていたペンと書類をテーブルの上に置いて素早く椅子から立ち上がった。

 壁掛けの時計は、もうすぐアルベドの大切な主の一人がナザリックに帰還する時間を示している。書類仕事は中断し、今は主を出迎える準備をしなくてはならない。

 アルベドは執務室である今の部屋から寝室の方へと移動すると、備え付けられているクローゼットに一直線に向かい大きく扉を開いた。

 今まで仕事をしていたことで汚れた服装のまま大切な主を出迎えるわけにはいかない。

 アルベドはクローゼットの中から今着ている物と全く同じデザインの白のマーメイドドレスを取り出すと、時間に遅れないようにと素早く服を着替えた。長く艶やかな黒髪にも櫛を走らせ、身支度を整える。

 最後に姿見の前で念入りな最終チェックを行うと、アルベドは柔らかな微笑を浮かべて踵を返した。

 次に向かうのは近くに置かれた棚付きのデスク。

 一番上の棚を開き、その中から美しい装飾が施された箱を取り出す。

 恭しい手つきで蓋を開ければ、中には三つの指輪が綺麗に並んで収まっていた。

 この指輪はナザリックの至宝の一つである“リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン”。

 『外の世界に持ち出すのは危険だから』と自身に預けられた主たちの指輪をうっとりと眺めると、アルベドは徐にその一つを手に取った。それを一度テーブルの上に置き、残りの指輪はそのままに箱の蓋を閉めて棚の中に戻す。そして改めてテーブルの上に置いた指輪を大切に手に持つと、アルベドは自身が貰い受けて常時装備している指輪の力を発動させて転移した。

 転移した先はナザリックの地上部分である霊廟。

 そこで暫く待っていれば、数分後、心待ちにしていた主の一人が空間転移で突如姿を現した。

 その姿は見慣れた骸骨のものではなく、漆黒の全身鎧(フルプレート)に覆われた戦士のもの。

 しかし主はすぐさまその姿をいつもの骸骨の姿に戻すと、ゆっくりとこちらを振り返ってきた。

 こちらに向けられた眼窩の紅色の灯りに、アルベドはすぐさま片膝を地面につけて深々と頭を垂れた。

 

「お帰りなさいませ、モモンガ様」

「……ああ、ただいま、アルベド」

 

 帰還したのは、今もナザリックに残ってくれている至高の主の一人であるモモンガ。

 こちらを振り返って声をかけてくれるモモンガに、アルベドは胸を高鳴らせながらも柔らかな微笑と共にその場で立ち上がった。徐にモモンガへと歩み寄り、預かっていた“リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン”をモモンガへと差し出す。

 モモンガは短い礼の言葉と共に指輪を受け取ると、自身の骨の指にそれを嵌めた。

 

「今から円卓の間へ行く。アルベド、お前も共をせよ」

「はい、畏まりました」

 

 まだ傍にいても良いという許可をもらい、途端に胸が歓喜で激しく高鳴る。アルベドは一度恭しく頭を下げると、一足先にさっさと転移してしまったモモンガを追って自身も指輪の力で第九階層へと転移した。

 薄暗い霊廟の光景が、一気に白亜の美しい廊下の光景へと変わる。

 すぐ目の前にはモモンガが立っており、アルベドが転移したのを確認してからこちらに背を向けて歩を進め始めた。

 恐らく先ほどの言葉通り円卓の間に向かうのだろう。迷いのないその足取りに、アルベドも当然のようにその背に付き従う。

 円卓の間の扉の両脇には鎧姿のシモベが立っており、モモンガとアルベドの登場に礼と共に扉を開いた。

 当然のように素早く扉を潜るモモンガに、アルベドもその後を追って円卓の間へと足を踏み入れる。

 モモンガはいつも座っている椅子まで歩を進めると、そのまま勢いよく椅子に深く腰掛けた。アルベドは椅子に腰かけることはせず、モモンガの前まで歩み寄ってそのまま控えるように立つ。

 モモンガは椅子の背もたれに深く身体を預けると、小さく顔を俯かせて深く大きな息を吐き出した。

 そのひどく疲れているような様子に、途端に大きな不安が胸に湧き上がってきた。

 何か心配事があるのか……。

 自分たちにできることはないのか……。

 不安のまま口を開きかけ、しかしその前にモモンガが軽く手を挙げてきた。

 

「ああ、すまないな。私としたことが、ナザリックに戻ってきたことで少し気を緩めてしまったようだ」

「……!! いいえ、モモンガ様が謝罪を口にされることなど何一つございません! モモンガ様にお寛ぎ頂けているのであれば、それに勝る喜びはありません!」

「ありがとう、アルベド。ナザリックは私にとって大切な帰るべき場所だ。そしてそこには、大切な仲間たちの子供であるお前たちがいる」

「ああ、モモンガ様っ! そのように思って頂けるとは、望外の極みにございます!!」

「ははっ、こちらこそ……お前たちは私の喜びそのものだ。……これで後はペロロンチーノさんとウルベルトさんもいてくれたら良かったのだが……。まぁ、あの二人も何かと忙しくしているからな……」

「モモンガ様……」

 

 最後に小さく呟かれた独り言のような言葉に、アルベドはモモンガの憂いを思って胸をひどく痛めた。

 ふとユグドラシルにいた頃の記憶が蘇る。

 当時モモンガはアルベドが控えていた第十階層の玉座の間にはあまり来てはくれなかったが、それでもアルベドはモモンガがどれほど他の至高の主たちの来訪を切望していたのかを知っていた。そのため、あの運命の日にペロロンチーノとウルベルトが現れた時はアルベドも心の底から歓喜したものだった。

 勿論『至高の主たちが戻ってきてくれた』という純粋な喜びもあった。しかしアルベドの場合はそれだけではない。

 『これでモモンガ様がお喜びになる!』と歓喜に胸を震わせたのだ。

 しかしナザリックが異世界に転移してしまい、自分たちが不甲斐ないばかりに、至高の主たちは数多の問題を解決するために別々に行動することを余儀なくされてしまった。

 自分たちの力が及ばないばかりに、モモンガの願いを妨げてしまっているという現実が口惜しくて情けなくて仕方がなかった。

 

(……いいえ、諦めては駄目よ、アルベド。力が及ばないにしても努力することはできる。少しでも尽力して早くモモンガ様がペロロンチーノ様とウルベルト様と一緒に過ごすことができるようにしなくては!!)

 

 アルベドはそっと拳を握りしめると、決意を新たに顔を引き締めた。

 

「……それで、アルベド。まずは昨日はご苦労だった。報告をしてくれるか」

「はい、モモンガ様。死の花嫁(コープスブライド)の報告によりますと、“朱の雫”が出現する前に既に“蒼の薔薇”のイビルアイに対して精神攻撃をしかけていたとのことです。しかし結果は、どうやら無力化されて上手くいかなかったようです」

「無力化? アイテムによるものか?」

「申し訳ありません、そこまでは分かりかねます。しかし、コープスブライドの話によると、アイテムやレベル差によっての強制的な無力化ではなく、まるで最初から効果がないような感覚を覚えたとのことです」

「ふむ……、であれば考えられるのは、唯の無力化能力ではなく特殊技術(スキル)や種族的なものによる無効化能力か? もしや、異形種……? いや、しかし……あり得るのか……?」

 

 モモンガは顎に長い人差し指を引っ掛けるように添えながら、考え込むように黙り込む。

 アルベドもまたモモンガの様子を注視しながらも今回のことに思考を巡らせた。

 精神攻撃に限らず、多くの攻撃手段は相手とのあらゆる条件によってその効果が左右される。それは自身とのレベル差や取得している特殊技術(スキル)や装備しているアイテムや種族など、理由はそれこそ様々だ。加えてこの転移世界では“生まれながらの異能(タレント)”や“武技”といった未だ解明でいていない未知の力も存在している。そんな中でコープスブライドの精神攻撃が無力化された原因を探るのは、あまりに情報が少なすぎて非常に困難だった。

 

「……今回の作戦はどうやら失敗だな」

「っ!! そんな、失敗などと!! 至高の御方々の策略が失敗することなどあり得ません!!」

「ははっ、ありがとう、アルベド。しかし私やペロロンチーノさんやウルベルトさんも失敗することもあれば間違えることもある。ウルベルトさんも以前同じようなことを言っていただろう?」

 

 骨の顔であるため表情は分からないものの、しかし穏やかな声音で言ってくるモモンガにアルベドは返す言葉が見つからずただ深々と頭を垂れた。しかし『やはりモモンガ様にはまだ深いお考えがあるのだ』という考えが強くアルベドの頭の中を占めていた。

 モモンガもペロロンチーノもウルベルトも……至高の主たちは自分たちなど足元にも及ばないほどの深い叡智を持っている。先ほどモモンガは『失敗だ』と口にしていたが、その口調は始終穏やかだった。恐らくモモンガにとっては今回の失敗も想定の内だったのだろう。失敗することも見越した上で今回の作戦を実行した可能性が非常に高い。『失敗した』と言って詳細を自分に教えてくれないのは、偏に自分が未だ力不足であるが故なのだろう。

 

(……もしかしたら“朱の雫”の出現もモモンガ様は想定されていたのかもしれないわね。……嗚呼、自分の無能さが口惜しい! これではまだまだ駄目ね、もっと精進して御方々のお役に立てるようにしなくては! まずは手始めに、やはり情報収集が重要になってくるわね。もっと“蒼の薔薇”のイビルアイについて情報を集めましょう。……嗚呼っ、きっとウルベルト様はこれらの流れを予想して私に“ヘイムダル”を任せて下さったに違いないわ! 本当に、恐ろしい御方々……。)

 

 至高の主たちの途方もない先見の明に、思わず小さく身を震わせる。

 しかし美しいその顔に浮かんでいるのは恍惚とした蕩けた微笑で、アルベドは一度熱い吐息を零すと改めて顔を上げてモモンガを見つめた。

 

「モモンガ様、わたくしの方でも“ヘイムダル”を使い、イビルアイについて情報を集めます」

「ああ、頼む。だが、くれぐれも相手にはバレないように気を付けるように」

「はい、畏まりました」

 

 モモンガから許可を貰い、アルベドは胸の前に右手を添えると片膝をついた深々と礼をとった。

 

「……ああ、そうだ。アルベド、一つ相談があるんだが構わないか?」

「っ!! も、勿論でございます! わたくしなどで宜しければ、是非モモンガ様のお力にならせて下さい!!」

 

 唐突なモモンガからの言葉に、思わず驚愕のあまり目を大きく見開いてしまう。それと同時に湧き上がってくるのは、言葉では言い表せないほどの強く大きな歓喜。

 思わず身を乗り出して言い募ってしまう中、モモンガは少しの間を空けてから徐に骨の口を開いてきた。

 

「……あ、ああ、お前の気持ちを嬉しく思うぞ、アルベド。それで、相談のことなのだが……今回の作戦で仲間同士の……つまりチームとしての戦闘経験を積むことも今後は非常に重要になってくると感じたのだ。ついては、今後そういった経験も徐々にでも積んでいけるようにしていきたいと考えているのだが、アルベドは何か意見や案はないか?」

「チームとしての戦闘経験……。モモンガ様、それは主にわたくしたち守護者を対象としてのお考えでしょうか?」

「勿論それもある。だがお前も知っての通り、私もペロロンチーノさんもウルベルトさんも純粋な後衛職だ。後衛職は前衛職がいてこそ十全な力を発揮することができる。つまり、私とペロロンチーノさんとウルベルトさんの三人チームだけでは、万が一のことがあった場合に対応しきれない可能性が出てきてしまうのだ」

「……………………」

 

 モモンガの言葉に咄嗟に否定の言葉を発しかけ、しかしアルベドは既のところでそれを呑み込んだ。

 頭に過ったのは、ユグドラシルにいた頃の記憶。

 アルベド自身は実際に目にしたことはなく聞いただけの情報ではあるのだが、ユグドラシルにいた頃、このナザリック地下大墳墓は一度だけ大規模な侵入を許したことがあったらしい。その時は第八階層まで侵入を許し、そこで至高の御方々が全員で対処されて事なきを得たという。

 侵入者の規模がとてつもなく大きく、約1500人と人数が多かったというのも勿論あるだろう。しかしそれでも至高の御方々全員が対処しなくてはならないほどの戦力があの侵入者たちには確かにあったのだ。

 そしてこの世界にも同じような存在が絶対にいないとは言い切れない。

 至高の御方々も、今やナザリックにいるのは三人のみ。

 それを考えれば多面的な更なる戦力の強化は必要不可欠であると思われた。

 

「畏まりました。確かに、必要な対策であると思います。つきましては、まずはわたくしの方で戦闘経験を積めるようにするための方策や場所の具体案などをお任せ頂けないでしょうか? その後、モモンガ様に改めてご相談させて頂き、それからペロロンチーノ様とウルベルト様にご提案されてはいかがでしょう?」

「ふむ……」

 

 アルベドの提案に、モモンガは再び顎に指を添えて考え込む。眼窩の中で紅色の灯りが小さく揺れ動き、アルベドはじっと黙ってそれを見つめた。

 それから暫く経ち、モモンガは徐に顎に添えていた指を離してこちらに顔を向けてきた。

 

「分かった、お前に任せよう、アルベド」

「ありがとうございます、モモンガ様!」

 

 アルベドはまた一つ主の役に立てる機会を得られたと、満面の笑みを浮かべて頭を下げる。それでいてアルベドは必死に自身を奮い立たせた。

 モモンガは自分を信頼して今回のことを任せてくれたのだ、それを決して裏切るわけにはいかない。

 モモンガの期待を裏切らないこと。

 至高の主たちの役に立つこと。

 そしてほぼ同時に頭に過った光景に、アルベドは思わず顔に浮かべている笑みを深くした。

 至高の主たちが一緒に寛ぎはしゃぐ、ユグドラシルの黄金期では当たり前のように見ることができた光景。

 その光景を再び見ることが出来たなら……!

 

(……嗚呼、とても待ち遠しいわ。早くその日が来るように死力を尽くさなくては……!)

 

 アルベドは密かな決意を胸に、下げていた頭を上げて真っ直ぐにモモンガを見つめた。

 

 




一番最初(第0話)でも書いているのですが、当小説……と言うよりかは、私が書くオーバーロードの小説では、NPCたちの優先順位は
『創造主>(越えられない壁)>アインズ(モモンガ)、ウルベルト、ペロロンチーノ>至高の41人>(越えられない壁)>ナザリックの仲間たち>(越えられない壁)>ナザリック外』
となっております。
また、他にも『自身が属している階層を創った至高の主を優先する』という設定や、『どちらもいない場合は一時唯一ナザリックに残っていたモモンガが最優先となる』という設定もあります。
ので今回のアルベドは、勿論ペロロンチーノやウルベルトにも心からの忠誠を誓ってはいますが、やはりモモンガにはより一層強い思い入れがあるような感じになっております!

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