世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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お待たせいたしました、漸く執筆再開です!


第55話 暗闇の決断

 目に鮮やかに広がる多くの天幕。

 その間を縫うように忙しなく歩を進めているのは鎧姿の多くの森妖精(エルフ)たち。

 一つの戦いが終わり一時の休息を手に入れた彼らは、またすぐに訪れるであろう戦いに備えて各々が準備を進めていた。

 ある者は負傷した仲間たちの治療に向かい、ある者は自身の得物を修理し、ある者は食料を運び、ある者は見回りのために陣内を走り回っている。

 彼らの顔には疲労の色が濃く、悲観や絶望の色を浮かべている者もいる。しかし誰もが決してそれらに完全に呑み込まれてはいなかった。厳しい状況ながらも未だ希望を失っていない彼らの目は、覚悟という名の闘志に燃えて輝いていた。

 しかしそんな中で、ある一つの天幕の中だけが陰鬱とした空気を漂わせていた。

 数多く建ち並ぶものに比べて一回りほど大きな赤い天幕は、赤刃(せきじん)第一部隊の隊長であるナズル・ファル=コートレンジの専用天幕である。

 中にいるのは、この天幕の主であるナズル・ファル=コートレンジ。閃牙(せんが)第一部隊の隊長であるシュトラール・ファル=パラディオン。閃牙第一部隊の隊員であり、ナズルの実の弟であるカータ・ファル=コートレンジ。そして黒風(こくふう)第一部隊の隊長であるノワール・ジェナ=ドルケンハイトの四人だった。

 ナズルとシュトラールとカータの表情はひどく暗く翳っており、いついかなる時も無表情を崩さないノワールですら剣呑な色を蒼色の瞳に宿らせて張り詰めた空気を身に纏っている。

 彼らは早朝拠点に戻ってきてすぐにこの天幕に引き篭もると、先ほどからずっと互いの意見を交わし合っていた。

 会話の内容は昨夜彼らが遭遇した出来事について。強大な力を持った異形たちと対峙し、それによってもたらされた“提案”。一見こちらにとって非常に良い話にしか思えないそれに、しかし相手が異形であることで何かしらの罠としか思えず、彼らは何時間もの間絶えず意見を交わし合っていた。

 しかしどんなに時間を有しても、良い案は何一つ出てこない。最後には悪あがきもできず、四人共が口を噤んで天幕内が重苦しい沈黙に沈んでいた。

 

「………やはり、あの方に相談した方が良い」

 

 不意にポツリと呟かれた言葉。

 ハッと誰もが俯かせていた顔を上げる中、ただ一人声を発したノワールだけが翳りのない顔に神妙な色を浮かべていた。

 

「し、しかし、あまりにも怪し過ぎる内容です。ご報告して万が一のことがあれば……!」

「だが、そう言いながら私たちは未だ何一つ代案を出せていない。もうあの方に相談するしか術はないと思う」

「……そう、だな……。タイムリミットも近づいている。どちらにせよ、このまま黙っている訳にもいくまい」

「……………………」

 

 ノワールの言葉に、シュトラールも苦々しい表情を浮かべながらも同意して頷く。ナズルは無言を貫いており、カータは成す術もなく力なく項垂れた。

 正直に言えば、この場にいる誰もがやりたくないと思っている。しかし組織である以上、どちらにせよこればかりはせねばならない事柄だった。

 まずはノワールが立ち上がり、続いてナズルが立ち上がる。最後にシュトラールとカータが共に立ち上がると、彼らは顔を見合わせて一つ頷き、重い足取りのまま天幕の外へと足を踏み出していった。

 第一部隊の隊長が複数人で行動しているからだろう、拠点内を歩けばすれ違うエルフたちが不思議そうな、或いは驚愕した表情を浮かべてこちらを振り返ってくる。

 しかし彼らはそれらを一切無視すると、ただ無言のまま拠点の奥へ奥へと進んでいった。

 数分後、彼らが辿り着いたのは目に鮮やかな緑色の布を使った一つの天幕の前。

 エルフにとって非常に意味のある特別な色に染められた天幕の前で、先頭を歩いていたノワールは出入り口の両端に立つ護衛の兵たちに目配せを送った後に天幕の中へと声を発した。

 

「殿下、黒風第一部隊隊長ノワール・ジェナ=ドルケンハイト、並びに赤刃第一部隊隊長ナズル・ファル=コートレンジ、閃牙第一部隊隊長シュトラール・ファル=パラディオン、閃牙第一部隊所属カータ・ファル=コートレンジでございます。お話ししたいことがあり参りました。どうか御目通り願えますでしょうか?」

『……ノワール? ええ、構いません。入ってきて下さい』

 

 ノワールの言葉に返ってきたのは、涼やかな年若い少女の声。

 柔らかな声音に促され天幕の中へ足を踏み入れれば、そこには18歳くらいの一人の美しいエルフがこちらを真っ直ぐに見つめる形で立っていた。

 少し日に焼けた白い肌にスッと通った鼻筋。豊かで美しい金色の髪は頭の後ろでキツく一つにまとめられている。

 何より目を引くのは大きなオッドアイの瞳。

 金色の長い睫毛に縁どられたそれは、微かな光にもキラキラと輝いて見る者を魅了する。

 新芽のような鮮やかな緑色の衣装を少年のような平べったい身体に纏い、その手には何枚もの羊皮紙が握り締められていた。

 色違いの瞳と身に纏う色がこの少女が何者であるのかを如実に周りに示している。

 ノワールたちは当たり前のように数歩前へと進み出ると、その場で跪いて頭を下げた。カータもまた同じように膝をついて頭を下げるが、内心では目の前に立つ存在に気圧されて心臓が激しく脈打っていた。

 彼らの目の前に立っているのは、クローディア・トワ=オリエネンス。

 エルフの王の娘の一人であり、この前線基地の最高指揮官の地位についている姫君だった。

 

「皆さん、まずは頭を上げて立って下さい。このままではお話が聞き辛いです」

 

 苦笑の色が滲んだ声をかけられ、反射的に顔を上げる。美しいオッドアイと目が合い鼓動を跳ねさせるカータとは打って変わり、他の面々は心得たように次々とその場で立ち上がった。周りの動きにつられるようにしてカータも慌てて立ち上がる。

 静かに椅子に腰かけて促す少女に、ここにいる者を代表してノワールが口を開いた。

 

「……実は昨夜、我々は拠点を出て、ここから三時間ほどの距離にある洞窟まで行って参りました」

 

 短い前置きの後、感情を抑えたノワールの声が朗々と言葉を紡いでいく。

 彼女の口から語られていくのは、昨夜の異形たちとの会話について。クローディアは最初こそ驚愕の表情を浮かべていたが、すぐに真剣な表情を浮かべて無言のままノワールの言葉に耳を傾けていた。

 話しが進むにつれ、少女の顔色はどんどんと悪くなっていく。

 そして説明が終わる頃には彼女の顔色は青を通り越して白くなっていた。

 

「……以上となります。報告が遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした」

「………いいえ、それは良いのです。……それよりも、その異形たちは法国と何か関わりがあると思いますか?」

「それは……、異形たちが法国の罠である可能性があるということでしょうか? 恐れながら、それは考え辛いのではないでしょうか。あの法国が異形を使うとは思えません」

「ええ、私もそう思います。ごめんなさい、それでも念のため聞いておきたかっただけなの」

 

 少女は小さな苦笑を浮かべると、次には大きな息を吐き出した。

 

「……異形たちの要求は二つ。一つ目は父の……エルフ王の排除。二つ目は法国領土の掌握及び献上。その代わり、この二つを成すために必要な戦力を私たちに貸してくれるらしい、ということね」

「はい、その通りです」

 

 確かめるように内容を声に出して繰り返すクローディアに、彼女の声を聞きながらカータは思わず小さく顔を顰めた。

 あの時、あの鳥人(バードマン)は『取引がしたい』と言っていたが、実際に提示された内容はこちら側に非常に都合が良いものだった。正直に考えて、好条件過ぎて裏があるとしか思えない。

 クローディアもまた同じことを思ったのだろう、その整った顔に困惑の表情を浮かべていた。

 

「……どう考えても怪し過ぎるわね。いえ、それとも妥当と判断するべきなのかしら……」

「クローディア様……?」

 

 一体どういうことかと首を傾げるカータたちに、クローディアはその顔に苦笑を浮かべた。

 

「話しだけを聞けば、その異形たちは私たちと手を組んで法国を倒したいのだと思う。けれど、彼らは表に出ないつもりなのかもしれないわ。……あくまでも法国と戦うのは私たち。彼らは支援だけをし、自分たちの血は流すことなく法国を弱らせようとしている……」

「……なるほど。それに、奴らが言う支援とやらがどの程度のものかも重要になって参ります。異形たちの力を見誤れば、最悪の場合、我々の方が滅ぶことになる」

「ええ。だからこそ、法国の罠かとも考えたのだけれど……」

 

 途中で言葉を切って考え込む少女を見つめながら、カータはそこで漸く彼女からの最初の問いの理由を理解した。

 なるほど確かに、異形たちの支援がどの程度なのか分からない以上、それを信用しすぎるのは危険だった。もし異形たちの支援の力を見誤った場合、逆にこちらが窮地に陥る可能性も出てくる。そう考えれば異形たちが法国の差し金である可能性も否定できなかった。しかしそうは思っても、カータはやはりあの法国が異形を使うとは考えられなかった。

 

「……それに、確かに悪い話ではないのだろうけれど、そのためには一つの大きな犠牲を払うことになる。……いえ、犠牲…と言っていいのかは分からないけれど……」

「犠牲、ですか……?」

「ええ、エルフの王の死よ」

「……………………」

 

 苦笑と共に言われた言葉に、どう返していいか分からず誰もが口を噤んだ。

 確かに異形たちからの提案の中に、『エルフ王を排除する』という条件が出されていたことを思い出す。今まで自分たちがそれを問題視しなかったのは、果たして考えたくもない悍ましい条件だと思ったからか、はたまた自分たちにとってさほど重要なことではないと無意識的に思ったからか……。

 後者だろうな……とカータは心の中で独り言ちた。

 カータたちにとって、当代の王はとてもではないが忠誠を誓えるような存在ではなかった。

 何よりも力を重んじ、自身の欲望のままに国を動かす暴君。

 力ない男は捨て駒として使われ、力ない女は強制的に争いの中に放り込まれ、力ある女は犯され子を孕まされる。今自分たちが命がけで戦っているこの法国との戦争とて、元はと言えば王の暴挙が生んだものなのだ。正直に言えば、エルフたちの中で今の王を憎んでいない者など極少数しかいないだろう。いくら自分たちの王であるからと言って、排除できるならばさっさと排除してしまいたいというのが本音だった。

 

「……王は多くのエルフたちに憎まれている。それでも、よそ者の指示のままに自分たちの王を殺すとなれば、少なくとも外聞は相当悪いものになるでしょう」

「……クローディア様……」

「ありがとう、ノワール。でも、心配しなくても大丈夫よ。私だって王が憎い……。例え私の父で血が繋がっていようと、逆に考えれば私と王との繋がりなどそれしかないわ。叶うなら……私とて王を殺してしまいたい」

「……………………」

「でも、問題なのは外聞だけじゃない。私たちには王を殺すだけの力も術もないということが一番の問題だわ」

 

 眉間に皺を寄せて苦渋の表情を浮かべるクローディアに、カータも小さく眉間に皺を寄せて顔を俯かせた。

 確かに、王を排除できる方法がないというのが一番の問題だった。

 カータたちとてこれまでずっと大人しく王に従ってきたわけではない。これまで幾度か反乱を起こし、王の暴挙を止めようと動いたことがあった。しかし王自身の強さもさることながら、王は自身が認めた幾人もの猛者たちをその傍らに常に控えさせていた。この猛者たちがいる限り、王に近づくことすらままならない。

 一時、その猛者たちを説得し王を裏切らせることはできないかという案も出たことはあったが、猛者たちは全員エルフ王の強さに異常に心酔しており、とても説得が効くとは思えなかった。逆に“裏切り”の“う”の字を出した時点で殺されかねない。

 いくら勢力を集めたところで、自分たちの刃が王に届くことはなかったのだ。

 

「……幾度か起こした反乱は尽く阻止され、苛烈な報復の元多くの民が血祭りにあげられました。もはや全てのエルフたちの中に王への恐怖が深く根付いてしまっている……。これでは王を殺そうと動くことすらままならないわ」

 

 戦力が集まらないことには行動も起こせない。このまま無闇矢鱈に動いては犬死するだけだろう。

 なるほど確かに、そう考えれば異形たちからの提案は自分たちにとって決して良いものばかりではなく困難を極めるものに思われた。

 そこまで思考を巡らせたその時、ふとカータはあることを思い出して咄嗟に俯かせていた顔を上げた。

 一瞬言葉にするか迷い、しかし意を決して一歩前へ進み出た。

 

「……クローディア様、一つご報告したいことがあるのですが宜しいでしょうか?」

「ええ、構いません。報告して下さい」

 

 通常であれば、いくら第一部隊所属とはいえ一介の兵が王族と直接言葉を交わすことなどあり得ない。しかし今はそんなことを考えている場合ではなく、カータは緊張で急激に乾いていく喉を半ば無理矢理動かしながら口を開いた。

 

「バードマンが連れていた幾人もの異形の中に、闇妖精(ダークエルフ)の子供がいたのですが……」

「ダークエルフ? ……トブの大森林から来た集落の者たちでしょうか」

「それは分かりませんが……。そのダークエルフの目が……私の見間違いでなければ、王族の方々と同じ色違いだったのです」

「っ!!?」

 

 カータの発言に、クローディアの色違いの双眸が驚愕に大きく見開かれる。

 暫く呆然とした表情のまま微動だにせず、次には確認するようにノワールたちへと目を向けた。

 

「……確かに、私も見ました。……私は唯の見間違いだとばかり思っていたけど……」

「俺は気づきませんでした……。あの赤い鎧の女しか見ていなかったので……」

「私も同じく。……よく見ていたな、カータ」

 

 シュトラールとナズルが言っている“赤い鎧の女”というのは、恐らく自分たちを一瞬で地に沈めた人間のような少女のことだろう。確かに彼女も強い存在感を放っていたが、しかし“オッドアイ”はエルフの中では王族の象徴であり、決して無視できるものではなかった。

 

「……まさか、ダークエルフにまで手を……? いえ、そんな話は今まで一度も……。……そのダークエルフの歳はいくつくらいに見えましたか?」

「見た目の年齢は10歳ほどでしたので、生まれて大体70年前後は経っているかと……」

「70年前後……。ということはダークエルフに手を出すためには……。いえ、やはりおかしいわ、そんな……」

 

 誰もが口を閉ざす中、クローディアの声だけが小さく響いては消えていく。

 クローディアは暫く考え込んだ後、次には意を決するように勢いよく顔を上げてカータたちを見上げた。その目には、まるで戦場に立っている時のような強い光が宿っていた。

 

「分かりました。私が直接、その異形たちと会って話しましょう」

「っ!! そんな! あまりにも危険です!!」

 

 クローディアの言葉に、カータがすぐさま反対の声を上げる。

 しかし、シュトラールとナズルとノワールはと言えば……。

 

「やっぱりこうなったか……」

「フンッ、予想していたことだろう」

「予想通りになるのが問題」

 

 反対の言葉を言うことはなく、ただ呆れや諦めの表情を浮かべるだけだった。『皆も反対してくれ!』と目を向けるも、逆に『諦めろ』とシュトラールに肩を叩かれる始末。

 しかしカータは諦めずにクローディアへと身を乗り出した。

 

「どうかお考え直しください! クローディア様をあの異形たちに会わせるなど……!! 何かあったらどうするのですか!!」

「ですが、どちらにしろ異形たちにはこちらの意思を伝えねばなりません。これは軍の総指揮官である私の役目です」

「意思を伝える役目ならば我々が務めます! あの異形たちは本当に危険なのです!」

「そうであるならば尚のこと、私が行くべきです。それに、異形たちは総大将を連れてくるように言ったのでしょう? もし部下を送り、総指揮官である私が姿を見せなければ、異形たちは侮られたと思うことでしょう。そうなった時、どんな報復を受けるか分かりません」

「っ!!」

 

 クローディアの言葉に、ついに言い返すことができずに喉が詰まる。カータは暫く必死に思考をこねくり回していたが、良い反論が思い浮かばず最後にはガクッと両肩を落とした。

 少女一人止めることができず、自身の不甲斐なさに悔しさが込み上げてくる。

 顔を俯かせて黙り込む中、不意にカータの両手に温かな何かがそっと触れてきた。

 ハッと反射的に顔を上げれば、そこには至近距離にクローディアの顔。

 クローディアは座っていた椅子から立ち上がると、カータの手を両手で包み込むように握って下から見上げるように顔を覗き込んでいた。

 

「心配してくれたこと、嬉しく思います。ですが、このくらいは力にならせて下さい」

 

 どこまでも静かで柔らかく穏やかなクローディアの声音には、深い悲しみや憂いの音が含まれている。

 その理由を知るカータは、もはや何も言うことができなかった。

 カータは自身の手を包んでいるクローディアの手を一度放させた後に改めて両手で掴むと、そのまま片膝をついて深々と頭を垂れた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 深い闇夜に染まるエイヴァーシャー大森林。

 星の光さえ遮る鬱蒼とした闇の中、五つの人影が風のように駆け抜けていた。

 ナズルを先頭に、カータ、クローディア、シュトラール、ノワールが順に一列に並んで森を駆けている。

 深く生い茂る枝葉をかき分けるように進み、五人は漸く目的の場所まで辿り着いた。

 

「………ここが……」

 

 弾む呼吸を抑えながら、クローディアは目の前の暗闇を凝視する。

 彼女たちの目の前には幾束もの蔓が巻き付いて覆われた岩の洞窟が大きな口を開けていた。まるでこちらを呼んでいるかのように、低い風の音が洞窟の奥から響いてくる。

 クローディアは思わず生唾を呑み込むと、次には意を決して目の前に立つカータやナズルの横を通り過ぎて洞窟の口の前へと歩み寄っていった。

 

「……この奥に、彼の異形たちがいるのですね」

「……………………」

 

 クローディアの呟きに、カータたちは無言で返す。それが何よりの返答であり、クローディアは思わず小さく震える拳を強く握りしめた。

 この奥に見知らぬ異形たちがいるのだと考えるだけで大きな緊張と恐怖が湧き上がってくる。しかし総指揮官である自分が怖気づいている訳にはいかない。

 クローディアは一度大きく息を吸って吐き出すと、後ろに控えるように立っているカータたちを振り返った。

 

「……さぁ、行きましょう」

 

 言葉短く促せば、カータたちは心得ている様にそれぞれ頷いてくる。彼らはクローディアの四方をそれぞれ固めると、そのままゆっくりとした足取りで洞窟の中へと足を踏み入れていった。

 細い通路を慎重に通り抜け、洞窟の最奥へと歩を進める。

 やがて辿り着いたぽっかりと拓けたその場所は、天井のない空から月の青白い光が降り注ぎ、中心に立つ大きな岩の柱を照らしていた。

 

「「「っ!!」」」

 

 瞬間、目に飛び込んできた存在に思わず大きく息を呑む。

 いつの間にいたのか、拓けた空間の中心には既に複数の異形たちが姿を現し、自分たちを待ち構えて鋭い視線を向けていた。

 中心の岩柱の上に腰かけているのは黄金色のバードマン。その足元に大小様々な異形が四体横並びに佇んでいた。

 異形たちの姿はノワールたちから聞いたものと完全に一致している。十中八九、目の前の異形たちが彼女たちの話していた存在なのだろう。

 クローディアは拓けた空間に一歩踏み入れた所で立ち止まると、岩柱の前に横列に並ぶ異形たちに視線を走らせた。

 卵頭の異形と深紅の鎧を身に纏った美少女と細い角を生やした男。そして最後に小さなダークエルフの子供が目に留まり、クローディアはドキッと心臓を跳ねさせた。

 ダークエルフの瞳に目を向け、その色が左右それぞれで違うことに胸が大きく騒めく。

 ダークエルフの子供もこちらの視線に気が付いたのだろう、訝しげな表情を浮かべて小さく首を傾げてくる。

 形の良い唇が開きかけ、しかし子供が声を発する前に違う声が洞窟内に響き渡った。

 

「ようこそ、エルフの皆さん! 約束通り、また来てくれて安心したよ。えっと、そこにいる子が君たちの総大将で良いのかな?」

 

 声を発したのは岩柱に腰を下ろしたバードマン。

 黄金の仮面越しにも分かる、こちらに向けられているのであろう鋭い視線にクローディアは思わず緊張に身体を強張らせた。

 まるで舐めるように全身に注がれる視線がヒシヒシと感じられる。

 不快感と緊張と恐怖に冷や汗が溢れ出す中、クローディアはただ黙ってバードマンの嘴がゆっくりと開かれるのを見つめた。

 

「………えっ、…可愛くない……?」

「……は……?」

 

 耳に飛び込んできた音に、思わず呆けた声が零れ出る。

 予想外過ぎる言葉が聞こえてきたのは果たして自分の聞き間違いだろうか……。

 思わず困惑の表情を浮かべるクローディアに、しかし目の前のバードマンはその混乱に更なる燃料を投下してきた。

 

「えっ、この女の子が総大将? 可愛すぎでしょ、ていうか若すぎない? これ、ホントに大丈夫? 俺の予想ではごっついオッサンが出てくるんだとばかり思ってたんだけど」

「……えっ、…と………」

「実年齢は兎も角見た目は15歳くらいだよね。……うん、十分萌える範囲です。金髪なのも良いよね。俺もシャルティアの髪を金色にするか銀色にするか迷ったもんな~。それにそのスタイルもすっごく良いよね! すっごく萌える! やっぱり貧乳は正義、俺の考えに間違いなどなかったっ! それから……おおっ! これは稀に見るオッドアイ! モノホンで初めて見た。アウラとマーレと一緒だなんて珍しいな」

「っ!!」

 

 突然始まったマシンガントークに思考がついていけずに凍り付く。同時に深紅の鎧の少女から凄まじい殺気が飛んできて一気に冷や汗が噴き出した。しかしバードマンが最後に発した言葉はしっかりと思考に入り込み、クローディアは美少女から向けられている凄まじい殺気に小さく震えながらも思わず生唾を呑み込んだ。

 確かに聞いた、“オッドアイ”に対する言及と二つの名前。

 一方の名前は目の前に立つダークエルフの子供のものだとして、もう一つの名前は一体何を意味しているのか……。

 

(……まさか、目の前の子供の他にオッドアイの人物がもう一人いる……?)

 

 突然降って湧いた可能性に鼓動を速めながら、クローディアは強く両手を握りしめてスゥ…と大きく息を吸い込んだ。

 

「……わ、私はクローディア・トワ=オリエネンスと申します。まず、我が兵士を救って頂いたことに感謝します」

「あっ、いやいや、それは大丈夫だよ。彼にはメッセンジャーをやってもらってこちらも助かったからね。いや~、それにしても総大将が君みたいな若くて可愛い女の子だとは思ってもみなかったよ!」

 

 こちらの言葉に返される声音はどこまでも明るく邪気がない。目を閉じて声だけを聞いていれば、相手が恐ろしい異形であるとは誰も思わないだろう。

 しかし声音の印象に惑わされるわけにはいかない。

 クローディアは気を引き締めると、覚悟を決めて再び口を開いた。

 

「この者たちから、我々への提案について聞きました。我々と法国との戦いに、力添えをして頂けるとか……。具体的にはどのような支援をして頂けるのか、その内容をお聞きしても宜しいでしょうか?」

「う~ん、取り敢えずは装備類のアイテムの貸し出しが主かな。場合によっては一部のシモベたちを貸してあげることもあるかもしれないけど」

「……幾つか、質問させて頂いても宜しいでしょうか?」

「うん、どうぞ」

 

 バードマンから発せられる声はどこまでも明るく穏やかで、そして優しい。緊張が緩んで絆されていく感情に、もしやこれが狙いなのだろうか……と一瞬思考を過らせる。

 しかし今はそんなことを考えている場合ではないと無理矢理思考を引き戻すと、改めて気を引き締めるように拳を強く握りしめた。

 

「何故、我々に力を貸して下さるのでしょうか? あなた方が法国と敵対しようとしているのは何故なのですか?」

 

 クローディアの問いかけに返されたのは一時の静寂。

 バードマンはすぐに返答することなく黙り込むと、先ほどまでの明るい雰囲気を消し去って、代わりに不気味なほどの静寂を身に纏ってゆっくりと嘴を開いた。

 

「……実は法国の連中にちょっかいを出されたことがあるんだ。俺たちの場合は不慮の事故って感じだったんだけど、あっちから手を出してきたのは事実。まぁ、直接手を出してきた連中は即刻全員殺したんだけど、やっぱり下がやらかしたことは上が責任をとらないといけないだろう? だから今回、同じように法国と争っている君たちと協力できないかと思ったんだよ」

「……っ……」

 

 バードマンが身に纏う空気も、嘴から発せられる声音も、どれもが恐ろしいほどに静かなもの。しかしその声音によって紡がれた言葉の内容と、何より静寂の色に隠れるようにして潜んでいるドロドロとした何かに、クローディアは思わず全身に鳥肌を立たせた。

 どんなに覆い隠そうとも感じ取れる、あまりにも禍々しいドロドロとした激情。

 それは怒りか憎しみか、はたまた殺意か。

 正確なことは分からないものの、クローディアは確かに目の前のバードマンが抱える激情を感じ取っていた。

 やはりここに来て良かった……と心の中で小さく呟く。

 ここに来て直接異形たちと対峙しなければ、自分はもしかしたら大きな判断ミスを犯してしまうところだったかもしれない。自分たちの立ち位置、異形たちと法国との繋がり、異形たちの力、提案への信憑性。それらを全く知ることなく、滅びへと続く下り坂を転がり落ちていくところだったかもしれない。

 クローディアは一度ゴクッと唾を飲み込んで緊張に渇く喉を動かすと、恐怖に震えそうになる声を抑えながら再び口を開いた。

 

「我々に手を貸して下さる条件の一つに、我らが王の排除が含まれていると聞きました。その理由を聞いてもよろしいでしょうか?」

 

 瞬間、再びバードマンの纏う気配が変わった。

 静寂から一気に邪気のないものへ。

 顔が見えていればキョトンとした表情を浮かべているのが見えたかもしれないと思えるほど、その気配は透明なものになっていた。

 

「いや、あんなんいたら害にしかならないでしょう。そもそも君たちが法国と争うことになった原因も、その王様の女癖が悪いからって聞くし。何より、こっちには強くて可愛くて綺麗な女の子たちがたくさんいるんだ。彼女たちに手を出されるわけにはいかないから、邪悪の芽は摘んでおかないとね」

 

 軽い口調で言われた言葉に、クローディアは思わず大いに納得させられた。自然とバードマンに向けていた視線が紅色の鎧を身に纏った美少女へと移る。

 この目の前の少女は確かに息を呑むほどの美しさを持ち、また感じられる威圧感も相当なもの。もしこの場に王がいれば、間違いなくこの少女を妾の一人として手に入れようとするだろう。強い子供を産むことのできる強い女であれば、相手がエルフであろうと人間であろうと亜人であろうと異形であろうと一切構わないという思考の持ち主なのだ。間違いなく手を出すに決まっている。

 

「まったく……、綺麗で可愛い女の子たちを愛でるのは大賛成だし、そうしたい気持ちにも共感するけど、無理強いなんて論外だ。レイプは犯罪だよ、犯罪。ここにたっちさんがいたら逮捕案件待ったなしだよ。それが許されるのは二次元だけなんだから! 全くなんて羨まけしからん王様なんだ! それに、あぁっ、もしシャルティアたちに欲望の目を向けられたらと思うだけで腹立たしくて仕方がない! ウチの子たちは絶対にあげないし、スケベな目で見るのも許しません! 考えただけでも苛々してくる!!」

 

 先ほどまでの穏やかさはどこへやら、話すうちに気が高ぶってきたのか、バードマンの纏っている気配がどんどんと険悪なものになっていく。全身の羽毛が膨らみ、細いシルエットが突如大きく威圧的なものになっていった。

 思わずクローディアたちが恐怖に慄く中、しかしバードマンのすぐ足元に並んでいた異形たちは全く別の反応を返していた。

 

「ああっ、ペロロンチーノ様! 何て慈悲深い御方! ペロロンチーノ様に心配して頂けるなんて、身に余る至福でありんす! この身もこの心もこの魂すらも、全てはペロロンチーノ様のもの。下等生物風情に与えるものなど一欠けらもありんせんでありんすえ」

「シャルティアの言う通りです! それに、もしペロロンチーノ様や至高の御方々が不快に思われる存在がいたら、あたしたちがすぐにでも抹殺してみせます!」

 

 弾けるような明るい笑顔を浮かべているというのに、その口から出てくる言葉は正に毒そのもの。思わず顔を引き攣らせるクローディアたちに、しかし異形たちは気が付いた様子もなく何処までも盛り上がっていた。

 しかしそれもバードマンが軽く片手を挙げたことで瞬く間に治まった。

 突然静まり返る空気に、思わず小さくたじろいでしまう。

 バードマンはゆっくりと挙げていた手を下ろすと、静かな空気を纏いながらじっとこちらを見つめてきた。

 

「まぁ、とにかく、君たちの王様を契約相手にはしたくないっていうのがこちらの正直な気持ちなんだ。君は割とまともそうだし、君がそのまま王様が死んだ後を引き継いでくれるのなら長く良い付き合いができると思うんだけど」

「……あ、ありがとうございます……」

 

 どこか期待のこもったような視線を向けられ、思わず顔が引き攣るのを感じる。粘着質に感じられるバードマンからの視線が恐ろしくて仕方がない。しかしクローディアは恐怖をグッと堪えると、一番重要なことを切り出すために再び口を開いた。

 

「……王については、我々としても返す言葉もありません。元より、王の存在はどうにかせねばならない問題でしたが、契約の妨げになるというのなら尚のこと対処せねばならない問題だと考えています」

「わぁっ、それじゃあ俺たちとの契約について前向きに考えてくれているってことで良いのかな!?」

「は、はい。……ただ、一つ問題がございます」

「問題?」

 

 何のことか全く思い至らない様子で小さく首を傾げるバードマンに、クローディアは一瞬言葉に迷う。

 今目の前のこの反応が本心からのものなのか、はたまた演技であるのかクローディアには判断がつかなかった。ただ、ヒシヒシと感じられるバードマン以外の異形たちからの殺気だけは間違いなく本物だった。恐らくこちらが口出しして水を差すような行為が不愉快なのだろう。

 しかし今から口にすることは非常に重要なことであり、決して無視するわけにはいかない。

 クローディアは凄まじい殺気に屈しそうになる心を必死に励ましながら、冷や汗に濡れる拳を強く握りしめた。

 

「私たちは、あなた方の力を知りません。また、あなた方も我々の力を知らぬはず。……互いに互いの実力を知らなければ、協力は難しい。まずはあなた方の力を我々が知る機会と、我々の力をあなた方に示す機会を与えては頂けないでしょうか……?」

 

 震えそうになる声を必死に抑えながら努めて冷静に言葉を紡ぐ。

 異形たちの殺気が一切緩まれることのない現状に、生きた心地が全くしなかった。今まさにバードマンが自分の死を口にする光景すら目に見えるような気がして、鼓動が不規則に早まっていく。

 暫くの静寂の後、バードマンは傾げていた首をゆっくりと元の位置に戻すと、次には一つ頷いてきた。

 

「……ふむ、なるほど。確かに君たちがどの程度できるのか正確に分からないと、どのくらいの支援が必要なのかも分からないか……。うん、OK! お互いを知ることも大切なことだし、理解し合う機会を設けよう!」

 

 バードマンの嘴から零れ出たのは明るい嬉々とした声音。他の異形たちからの殺気も一気に霧散し、クローディアは思わずどっと一気に身体から力が抜けて倒れそうになった。咄嗟に足に力を込めて何とか倒れ込むことは免れるも、全身が小刻みに震えているような気がする。しかしバードマンはこちらの様子に気が付いていないのか、両腕を軽く広げながら未だ嬉々とした言葉を吐き出していた。

 

「そうだな、やっぱりそれぞれの力を示し合わせる必要があるわけだから、二つのステージが必要だよな。俺たちの力を見せるステージと、君たちの力を見せてもらうステージだ。う~ん、どんな感じが良いかな~。……君たちは何か希望はあるかい?」

「っ!?」

 

 不意に声をかけられ、咄嗟に言葉を喉に詰まらせる。まさか意見を聞かれるとは思ってもみなかったため反応が遅れた。

 しかしこれは、異形たちの力が本物であれば絶好のチャンスになるかもしれない。

 クローディアは一度ゴクッと唾を飲み込むと、勇気を振り絞って再び口を開いた。

 

「……で、では、……王を排除する際に、あなた方の力を見せては頂けないでしょうか?」

「王って……エルフ王のことだよね……?」

「……はい……」

 

 バードマンからの問いに、クローディアはゆっくりと頷く。

 一拍後、再び口を開いたのはバードマンではなく、細長い角を生やした異形の男だった。

 

「エルフ王を排除するのは御方様がお前たちに与えた条件の一つ。契約を交わす前にそれについて御方様の力を借りるのは、あまりにも話が違い過ぎるのではないか?」

「確かに、仰る通りです。……しかし、お恥ずかしながら、我々の力だけでは王を殺すことはできないのです。王を殺すためには、我々以外の存在の助けが必要です!」

 

 クローディアたちの力だけでは、法国もエルフ王も倒すことはできない。しかしどちらの方がまだ難易度は低いかと問われれば、まだエルフ王の方が倒せる確率は高いと言えるだろう。逆を言えば、エルフ王すら倒せない者が法国を倒すことなど不可能であると言えた。ならばエルフ王の命を使って目の前の異形たちの力を推し量る。エルフ王すら倒せないのなら目の前の異形たちと協力関係を結んでも意味はないし、逆にエルフ王を倒せたなら法国にも勝てるかもしれないと希望を持つことができる。

 

「エルフ王の討伐には私と、私の指揮下にある軍の三分の一を割り当てます。そして残りの三分の二で、我々が前線を離れている間の法国軍の対処を行います。我々の力については、その足止めの働きを見て頂ければと思います」

「ふ~ん、なるほどね。……でも、それって本当に大丈夫? 正直に言わせてもらうけど、今の状態でも法国軍を抑え込むのに苦労しているんだよね? それが一気に三分の二まで数が減るんだ。足止めをする間もなく滅ぼされる可能性の方が高い気がするけど」

「確かに、その可能性もあります。しかし前線にいるのは、私の誇りである勇猛な兵たち。私は兵たちの力を信じています。それに……これを乗り越えられなければ、どちらにせよ私たちに勝機はありえないでしょう」

 

 バードマンの言う通り、確かに今口にした作戦は賭けのようなもの。クローディアとてそのことは十分理解している。法国軍の対処についてもそうだが、エルフ王の排除についても、異形たちでも敵わなければ反乱を起こした自分たちの命は間違いなくないだろう。しかし、ここが踏ん張り時であることもクローディアは理解していた。恐らく今この時を乗り越えられなければ、どちらにしろ自分たちは滅びることになる。

 “覚悟”という名の強い光を宿したオッドアイを真っ直ぐに向けながら言い切ったクローディアに、バードマンは暫くその姿を見つめた後、小さくため息にも似た息を吐き出した。

 

「……はぁ~、綺麗で可愛い女の子って心も強いんだな~。本当に感心しちゃうよ。……よし、分かった! 君の言う通りにするよ。エルフ王の討伐軍と前線に残る軍に俺たちもそれぞれ同行しよう」

「っ!! よ、宜しいのですか……?」

「まぁ、ニグンの言う通り少し条件は変わって来ちゃうけど、これくらいの変更は別に大丈夫でしょ。でも、一応は仮契約って形にはさせてもらうよ。それも嫌なら力は貸せないけど、どうする?」

「仮契約……。……分かりました、それで構いません」

「よし! じゃあ、誰がどちらに同行するかはまた追って連絡するよ。取り敢えず……、ここにいるメンバーに教えればいいかな?」

「はい、それで大丈夫です」

「うん、分かった。君たちはエルフ王の討伐と法国軍の足止めの準備をしておいてくれ。……あっ、一応俺たちの姿は誰にも見られないようにしておくから、その辺りは心配しなくても大丈夫だよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 急に向けられた心遣いに、不意打ちもあって咄嗟に反応がぎこちないものになってしまう。それでも何とか礼の言葉を口にすると、取り敢えず話は終わりだという素振りを見せる異形たちの姿に従って一度深く頭を下げた。

 本当は“仮契約”によってもたらされる影響についても聞きたかったが、ここはグッと堪えて素早く踵を返す。しつこく質問してばかりでは、いつ異形たちの気が変わって怒りに触れるかも分からない。最悪、ここまで手繰り寄せることができた状況を全てなくしてしまう可能性すらあるのだ。

 クローディアは震えそうになる足を必死に動かして歩を進めながら、これからのことを思い忙しなく思考を巡らせた。

 

「……殿下、あのダークエルフの瞳のことを聞かなくて良かったのですか?」

 

 洞窟の出口へと足早に進む中、不意に背後からそっとナズルが問いかけてくる。

 クローディアは背後に付き従う彼らを振り返ることなく、ただ大きく一つ頷いた。

 

「……ええ。私たちはまだ、あの異形たちのことをあまりにも知りません。そんな状態で聞いては藪蛇にならないとも限らない。今このタイミングでそのような危険なことはできません」

「ならば、少しの間は知らぬふりをするべきだと?」

「そうです。……少なくとも、もう少しの間は……」

 

 曖昧な答えしか返せぬ自身の未熟さを苦く思いながら、しかしクローディアは確固たる意志でもって暫くの間黙っているように背後のナズルたちに命じる。

 しかし一方で、エルフ王の討伐の折にヒントでも何でも構わないから少しでも情報を得られる機会が訪れないかと願わずにはいられなかった。

 

 


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