世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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今話はいつもより少し短めです。
当小説(当シリーズ)のモモンガさんは原作以上にメンタルが弱い気がする……(汗)


第54話 願いの道筋

 ガタゴトと荷馬車が鈍い音を立てながら地面を歩く。

 澄み切った晴天の下、一つの大きな集団がのんびりとした足取りで街道を進んでいた。

 荷馬車に乗っているのは二人の男女。その周りを取り囲んで守るようにして二人の男と八人の女と一体の魔獣がそれぞれ歩を進めていた。

 総勢十二名と一体という大所帯。加えて、知る者が見れば全員が何事かと驚愕するほどのメンバーが勢揃いしていた。

 荷馬車に乗っている一方はどこにでもいるような普通の女だったが、その隣で馬の手綱を握っているのは最高の薬師と名高いリイジー・バレアレの孫であるンフィーレア・バレアレ。また、荷馬車を囲むように歩いているのはアダマンタイト級冒険者“漆黒”のモモンとナーベとモモンの騎獣であるハムスケ。同じくアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”のラキュース、ガガーラン、イビルアイ、ティア、ティナ。そして(シルバー)級冒険者“クアエシトール”のブレイン・アングラウスとブリタとニニャ。

 豪華としか言いようがない一行に、その姿を見た者は何事か起こったのかと驚愕し不安に思うことだろう。実際、出発したエ・ランテルではちょっとした騒ぎになったほどだ。

 しかし彼らが心配するようなことは一切ない。

 彼らが向かっているのは戦場でも呪いの地でも魔王の城でもなく、平穏そのものであるカルネ村だった。

 “漆黒の英雄”モモンに扮するモモンガは、久方ぶりに訪れたのんびりとした空気を心の中で楽しみながら、そっとバレないように周りに視線を巡らせた。

 同行者の顔ぶれを一つ一つ見やり、思わず内心で大きなため息を吐き出す。モモンガにとって今この場にいるメンバーは厄介でしかなく、否が応にも自分がしなくてはならない仕事を思い出して一気に憂鬱な気分になっていた。

 この場にいるのは殆どが部外者だ。同じナザリックのモノはナーベに扮しているナーベラルと一応ナザリック入りしたハムスケ、これまた一応ナザリック入りしたブレイン、後はンフィーレアに扮している上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)もいたが、しかしもし自分が何かやらかしてしまった場合、助けてくれるような手は一切ない。因みに“クアエシトール”のリーダーであるマエストロに扮しているパンドラズ・アクターは、今はペロロンチーノの元にいるためこの場にはいない。

 優秀な部下がいないことを嘆くべきか、はたまた自身の黒歴史がいないことに喜ぶべきか……。

 どんどんと憂鬱になっていく感情に、しかしモモンガはギルド長として、何よりウルベルトとペロロンチーノの友として、自分だけ逃げるわけにはいかなかった。

 大切な友の顔を脳裏に思い浮かべ、弱気になっている自分自身に活を入れる。

 モモンガは兜の中で小さく息を吐き出すと、まずは自分がこれからやるべきことを改めて頭の中で整理することにした。

 今回、自分が達成しなくてはならないミッションは主に三つ。

 一つ目は“蒼の薔薇”のイビルアイに接触し、ゲヘナ計画の時にペロロンチーノが正気を取り戻した原因について探りを入れること。

 二つ目は、ウルベルトが扮しているワーカー“サバト・レガロ”のレオナール・グラン・ネーグルについて調べようとしている“蒼の薔薇”たちの目論見を阻止して誤魔化すこと。

 そして三つ目は、ツアレをカルネ村で囲い込む下準備を行うことである。

 最後の三つ目に関してはそれほど難しいことではない。ツアレやニニャの反応から、彼女たちが今回の件を好意的に受け止めてくれているのは間違いなく、このまま何事も起こらなければモモンガが何かをする必要もなくミッションは完了するだろう。

 むしろ問題なのは三つ目のミッションではなく、一つ目と二つ目のミッションの方だった。

 一つ目はそもそもどうやって探りを入れるべきかも分からないし、二つ目も自分だけでは誤魔化し切れる自信が全くない。そもそもカルネ村に行くこと自体、モモンガは不安でならなかった。

 カルネ村はペロロンチーノたちの働きによって既に普通の村であるとは言い辛い状態にある。“蒼の薔薇”は既に一度カルネ村を訪れたことがあり、その時は何とか誤魔化しきることができたらしいが、今のカルネ村はその時よりも更に様変わりしているはずだ。念のため昨夜ペロロンチーノに〈伝言(メッセージ)〉を送って対応をお願いしたが、果たしてどこまで普通の村風になっているか分からなかった。

 いざとなれば村にいる筈のマーレにも協力してもらおう……と内心で頷くと、今は一つ目のミッションに集中するべく思考を切り替えた。

 一度ザッと大きく周りを見回し、今いる地点が大体どのくらいであるか確認する。丁度道のりの3分の1ほどまで来ていることに小さく頷くと、モモンガは周りのメンバーに声をかけた。

 

「ここで一度休憩を入れましょう。ツアレさんもずっと荷馬車では疲れるでしょうし、馬も休ませなければ」

「そうだな、モモン様の言う通りだ!」

 

 モモンガの言葉に、近くを歩いていたイビルアイがすぐさま同意の声を上げてくる。他のメンバーも異論はないようで、すぐさま休憩の準備を始めた。

 馬と荷馬車を繋いでいる金具を外す者、馬に水を与える者、周りに危険がないか警戒する者、持ってきていた軽食や荷物を荷馬車から降ろす者……。

 流石というべきか、誰もが慣れた様子で手際よく準備を進めている。

 モモンガはナーベラルとハムスケに周囲の様子を探ってくるように指示を出すと、自分自身は荷馬車の方へと足先を向けた。

 荷馬車では、ガガーランが荷車に上がって荷物を下ろしており、その下ではイビルアイが次々と降ろされる荷物を受け取っている。

 モモンガはイビルアイの背後まで歩み寄ると、丁度大きな荷物を受け取ろうとしているところを見計らって素早くイビルアイよりも先に荷物を両手で受け止めた。

 

「っ!? ……モ、モモン様!?」

「このように大きな荷物は重いでしょう。私も手伝いますよ」

「はあぁっ! あ、ありがとうございますっ!!」

 

 感動したように高い声を上げてくるイビルアイに、少々その声が耳に突き刺さる。しかしモモンガはそれが態度に出ないように気を付けながら、次々と荷物を荷馬車から降ろしていった。

 荷物の中には食べ物だけでなく水や野営のためのアイテムなども入っており、見た目に比べて随分と重い。モモンガからすれば大した重さではないが、イビルアイのような小さな子供にとってはそれなりに重いだろう。

 この機会を利用して、まずはイビルアイとの距離を縮める!

 それがモモンガの最初の作戦だった。

 目論み通り、イビルアイは嬉しそうにはしゃいだ声を上げている。警戒心が薄れているような様子に、モモンガは内心で安堵の息をついた。

 

(王都でも、何回か小さな子供みたいにはしゃいだり抱きついてきたりしていたからな。冒険者なんかしているわけだし、普段は大人扱いをされていて寂しく感じたりしているのかもしれないな……。よしよし、良い滑り出しだぞ!)

 

 確かな手応えに、モモンガは心の中でガッツポーズをとる。

 モモンガは荷馬車から降ろした荷物を幾つか肩に担ぐと、同じように荷物を手に抱えたイビルアイと共に同行者たちが集まっている場所へと歩を進めた。

 

「モモンさん、ありがとうございます」

 

 周囲を警戒していたラキュースがこちらに気が付き、礼の言葉と共に荷物へと手を伸ばしてくる。モモンガも大人しく荷物をラキュースに渡すと、彼女は荷袋の中を漁って小さな液体瓶を取り出した。キュポッと小気味いい音を鳴らしながら瓶の蓋を開け、モモンガたちが立つ地点から5メートルほど離れた地点まで歩いていく。そして持っている瓶を傾けると、中に入っている緑色の液体を地面へ落とし始めた。

 まるで液体で線を描くように、地面へと滴らせながら歩を進めていく。モモンガたちが立つ地点を中心に円を描くように歩くと、ラキュースは最初に零した地面の液体を終着点に瓶の傾きを元に戻した。

 彼女が使ったのは“光の薬液(ライト・リキッド)”。

 簡単に言えば、モンスターなどを寄せ付けないようにできるアイテムである。今回のように円を描くように液体を垂らし、その中に入ってしまえばモンスターなどはこちらに手出しができなくなる。この世界の基準としては非常に高価なアイテムだと言えるだろう。

 とはいえ、ユグドラシルの基準で言えば、この“光の薬液”はクズ・アイテムに分類されていた。

 というのも、効果があるのはレベル20台までの対象のみなのだ。レベル30台以上のモンスターなどに対しては全く効果を発揮しないため、この世界であれば効果的なアイテムであっても、レベル30台以上の存在が当たり前のようにゴロゴロいたユグドラシルにおいては全く使いどころのないアイテムだった。

 しかしそんなことを知らない現世界の人間たちは、ラキュースの――ある意味太っ腹すぎる行動に驚愕と感心の表情を浮かべていた。

 

「おいおい、そんな高価なアイテムを惜しげもなく使っていいのか? それとも、これこそがアダマンタイト級冒険者ってことか?」

「……えっと、ニニャ? あの液体はそんなに高価な物なの?」

「ああ、そっか、姉さんは知らないよね。あの液体は“光の薬液”って言って、害のある魔獣やモンスターとかを寄せ付けない効果があるんだ。値段は大体……金貨20枚くらいかな」

「そんなに!?」

 

 ブレインが感心とも呆れともつかない声を上げる中、その傍らでは疑問符を浮かべるツアレにニニャが分かりやすく説明している。

 彼らの会話を聞きながら、瓶を片手に戻ってきたラキュースが小さな苦笑を顔に浮かばせた。

 

「……そうね。通常であれば私たちもここまではしないのだけれど、でも最近この辺りは物騒になっていると聞くし……モモンさんの騎獣もいるから大丈夫だとは思うけれど、一応今回は念のためよ」

「物騒? 何かあったのかい?」

「おいおい、同じ冒険者なのに知らねぇのか?」

「すまないな。俺たちはリーダーの意向でずっと法国や聖王国の方に行っていたからな。最近の王国の情報には疎いんだ」

 

 呆れた表情を浮かべてブリタを見るガガーランに、ブレインがすかさずフォローを入れる。

 彼らの会話を聞きながら、モモンガもまた頭の中で疑問符を浮かべていた。

 果たしてこの辺りが物騒になっているという噂などあっただろうか……と内心で首を傾げる。

 しかしその疑問はすぐにラキュースの言葉によって明かされた。

 

「最近、モンスターの大群の出現や滅多に見ない魔獣の目撃情報が増えているのよ。……ああ、でも確か、その多くはモモンさんたちが対応して下さったのでしたね」

「ああ、確かそうだったな。北上してきたゴブリンの集団や、カッツェ平野から流れてきたアンデッドどもの殲滅。後は、ギガント・バジリスクを単独で討伐ってのもあったか……」

「そうね。後は私たちが遭遇したもので言えば、正体不明の木の化け物かしら。……あの時、レオナールさんたちがいなかったら危なかったわ」

 

 ガガーランとラキュースの言葉に、モモンガは漸くそれらに思い至って内心で納得の声を零した。言われてみれば確かにそんなこともあったことを思い出す。そして、それらを引き起こした原因が頭を過ぎり、モモンガは内心で肩を竦ませた。

 この辺りで大きな変化が起こったのは、十中八九自分たちナザリックが原因だろう。より正確に言えば、トブの大森林を探索するペロロンチーノたちが原因だと思われた。

 ペロロンチーノ率いるナザリックの勢力によって、今やトブの大森林の勢力図は大きく変わっている。“森の賢王”と呼ばれ大森林の南側を縄張りにしていたハムスケが今や冒険者モモンの騎獣となって森からいなくなったからだけではない。何より、新しく出現した勢力が急激に縄張り範囲を拡大してきたため、他の魔獣たちが危機感を覚えたからだった。

 恐れをなして森から逃げるモノもいれば、憤怒と殺意を湧き上がらせて新勢力を打ち破ろうと闘志を漲らせるモノもいた。

 そして闘志を漲らせたモノたちの行く末は御察しの通りである。

 ペロロンチーノどころか彼を守る階層守護者一人にすら敵わぬ彼らは容赦なく殲滅され、或いは実験体としてナザリック地下大墳墓へと連れ去られていった。

 それによって大森林の魔獣たちは更に大きな恐怖を抱くに至った。ペロロンチーノたちに挑み破れていったモノたちの中には、ハムスケと同レベルであり、大森林の北と西をそれぞれ縄張りにしていた大魔獣も含まれていたのだから当然だろう。

 加えてトブの大森林の奥地で眠っていた魔樹の目覚めが状況の悪化に更に拍車をかけた。

 元々目覚めの兆しを見せてはいたようだが、それでも突然魔樹が目覚めたことに多くの魔獣たちは驚いたことだろう。そしてその魔樹が早々に倒されたことに魔獣たちは更に驚愕し、また恐怖したであろうことは想像に難くない。しかも魔樹を半ば無理矢理目覚めさせたのも、それを早々に打倒したのも新勢力とあっては、彼らの感じた恐怖はいかほどのものだったろうか……。

 以前蜥蜴人(リザードマン)の集落に侵攻した際、彼らの代表として招かれたクルシュ・ルールーが浮かべていた恐怖の表情を思い出す。

 ある一定の理性と思考力を持つ彼らとてそうなのだ、理性よりも本能の方が強い魔獣であれば、尚のこと生存本能からくる恐怖は大きかったことだろう。今までの棲み処を捨てて外に逃げるのは当然のことだ。

 しかし逃げた先で待っていたのは、実は森の新勢力の仲間であるモモンガがいる領域……。

 

(……う~ん、そう考えると流石に少しだけ可哀想に思えてくるな……。)

 

 今まで自分たちの手で討伐されてきた魔獣たちを思い、内心でそんなことを呟く。しかしその言葉に反し、モモンガの心の中には一切の同情も、それに類似する感情もありはしなかった。これもアンデッドになった影響かな……と少しだけ感情を揺れ動かすも、しかしそれもすぐに治まってしまう。

 モモンガはもう一度内心で小さく肩を竦めると、次には今自分がすべきことについてさっさと思考を切り替えた。

 今は兎にも角にも、二つの難題をどうにかするのが先決だ。

 ちょうど偵察に戻ってきたナーベラルとハムスケを背後に従わせ、モモンガは彼女たちが話す話題に鷹揚に頷いてみせた。

 

「そうですね。……尤も、ゴブリンの群れに関しては、私ではなくナーベが一人で対処したものですが……」

「いやいや、でもギガント・バジリスクはモモンさんが一人で討伐したんですよね? そちらも十分凄いですよ」

「ギガント・バジリスクは石化の魔眼もあるしな。本当に信じられないぜ。……一体どうやったんだ?」

「……企業秘密ですよ……」

 

 軽いノリで聞いてくるガガーランに、こちらも軽いノリで答えを誤魔化す。

 正解を言うならレベル差からの抵抗力によるものなのだが、それを言ったところで彼女たちは信じないだろうし、そもそもこちらの手の内を一部でも見せるべきではない。

 モモンガは残念そうな表情を浮かべるガガーランに敢えて気が付いていない振りをしながら、その視線をイビルアイへと向けた。

 

「私からすればギガント・バジリスクなどよりも先日の王都での悪魔たちの方が余程危険に感じましたが……。……そういえば、私が合流する前はあなたが一人でヤルダバオトの相手をしていましたね。それも十分凄いことだと思いますよ」

「ふえっ!? い、いや、そんなことは……モモン様が来てくれなければ、私もやられていましたし……!!」

「いえいえ、十分お強いと思いますよ。……そういえば、ヤルダバオトに“御方”と呼ばれていた悪魔ともイビルアイさんは対峙したとか。その時、“御方”とも戦ったり……何か魔法や特殊技術(スキル)を使ったりはしたのですか?」

 

 必死にさり気なさを装いながら、一つ目の難題に手を付ける。

 しかしモモンガの期待に反し、イビルアイは力なく肩を落として首を横に振ってきた。

 

「……いや、恥ずかしながら私は何もできなかった。ただ圧倒されて……気が付いたらヤルダバオトがいて“御方”とやらは既にあのメイド悪魔を連れて去っていたんです」

「ですが、“御方”とやらはあなたを手に入れようとしていたのでしょう? 何か気に入られるような心当たりがあるのでは?」

「き、気に入られたなんて!! 私からすれば大迷惑です!! そ、それに、心当たりなんてありませんし……」

 

 もう少し踏み込んで問いかけてみるも全力で否定されてしまう。ここまで否定されると友を否定されているような気がして黒い感情が湧き上がってきてしまう。

 しかしそこはグッと堪えると、怪しまれないように気を付けながら更に質問をしてみることにした。

 

「ふむ、それは問題ですね……。何故悪魔たちがあなたを欲しがったのかが分からなければ、また同じことが起こるかもしれない……」

「それは確かに問題ね。イビルアイ、本当に心当たりはないのかしら?」

「あるわけないだろっ! 私の方が聞きたいくらいなんだぞっ!!」

 

 悲鳴のように声を上げる様は必死なもので、とても嘘を吐いているようには見えない。これは本当に心当たりがないパターンだろうか……とモモンガは内心で頭を捻らせた。

 考えてみれば、本当に心当たりがありそれを隠しているのなら、そもそも同じ仲間であるラキュースがわざわざモモンガと同じようにイビルアイに質問する必要はない。

 それともイビルアイは仲間にすら何かを隠しているのか……。

 悶々と思考を巡らせながら、しかし最後にはモモンガは内心で大きなため息を吐き出した。

 ここで一人ひたすら考えたところで答えなど出てはこない。とはいえしつこく根掘り葉掘り聞いては不審がられる可能性があり、ここは一時中断だな……と判断して引き下がることにした。

 

「……そうですか。では、もしまた心当たりが思いつきましたら教えて頂けませんか? 私も微力ながら力になりましょう」

「あっ、ありがとうございますぅっ!!」

 

 一応少しでも情報が入ってくるように言葉をかければ、予想以上の大きな反応が返ってくる。こちらに大きく身を乗り出してくる少女に思わず内心でたじろぎながら、しかし実際に後退らないように何とか足を踏みしめて堪えた。少し上半身が後ろに仰け反るような形になってしまったが、これくらいはどうか許してほしい。

 誰に対してかも分からぬ懇願を頭の中で呟きながら、モモンガは周りに気付かれないようにゆっくりと徐々に体勢を元に戻していった。

 その際、微妙に立ち位置を変えてイビルアイから距離を取ることも忘れない。

 モモンガは内心で大きなため息を吐くと、取り敢えず休憩しようと自分に言い聞かせた。

 ドッと伸し掛かってくるような重圧が増したと感じるのは決して勘違いではないだろう。

 『第一のミッション失敗』という文字が頭にチラついているのを強引に無視しながら、モモンガは一度ラキュースとイビルアイから距離を取って近くの手頃な岩に歩み寄って腰かけた。後ろに付き従っているナーベラルとハムスケも、すぐにモモンガに従ってすぐ側の地面にそれぞれ腰を下ろす。

 モモンガたちの目の前では既にラキュースとイビルアイ以外の同行者たちがそれぞれ地面やら手頃な岩などに腰を下ろしており、それぞれ言葉を交わしたり武器の状態を念入りに確認したりと各々の時間を過ごしていた。

 どこかワイワイと楽しそうにしている彼らの姿に、在りし日のユグドラシルでの日々がふと頭に浮かび上がってくる。

 あの頃はよくモモンガもギルドの仲間たちと共にいろんなワールドに行っては、こうやってワイワイと騒いだものだった。時にはこれからの戦闘のシミュレーションをしたり、時には前回の戦闘で手に入れたドロップアイテムについて話したり、時には魔法について熱弁したりと、いつの時もとても楽しい時間だった。

 不意に心に湧き上がってきた哀愁に、しかしモモンガはすぐさま小さく頭を振ってその感情を振り払った。

 確かにこの世界にはギルドメンバーの多くが来てはいない。しかし、自分は決して一人でこの世界に来たわけではない。ペロロンチーノもウルベルトも一緒にこの世界に来て、そして当たり前のように自分と共にいてくれている。

 そのことに心の底から感謝しながら、ふとモモンガはある光景を夢想した。

 

(……ああ、俺とペロロンチーノさんとウルベルトさんの三人で世界中を旅したいな~。)

 

 和気あいあいと過ごす彼らの姿に、自分とペロロンチーノとウルベルトの姿が重なった。

 勿論、今はまだその光景を実現させることは難しいことは理解している。しかし分かってはいても、『早く、早く』と望まずにはいられなかった。

 NPCたちと行動を共にしたりどこかに行ったりするのは勿論楽しいが、やはり大切な仲間の存在は自分にとってとても特別なものなのだ。

 どうしたらそんな日々が早く訪れるだろうか……と思わず思考を巡らせる中、不意にこちらに近づいてくる一つの気配に気が付いて、モモンガは思考を中断して気配の方を振り返った。

 

「……あの、少し宜しいでしょうか?」

 

 そこに立っていたのは、先ほどまで話していたラキュース。しかし先ほど話していた時とは打って変わり、今の彼女は何故か少し困ったような笑みを浮かべていた。

 いつにない彼女の様子に、思わず内心で首を傾げる。しかしいくら疑問に思ったところでこのまま無視をする訳にもいかず、モモンガは取り敢えず一つ頷いて手振りで座るように促した。

 ラキュースは短く礼の言葉を口にすると、少しおずおずとした様子でモモンガたちのすぐ目の前の地面に腰を下ろす。両足を揃えて横座りすると、両膝の上に両手を置いた後に一つ息をついて口を開いた。

 

「………ネーグルさんのことについて、お聞きしたいことがあります」

「それは……、我々が知っていることは既にエ・ランテルで全てお話ししましたが」

「あっ、いえ、そうではなくて……。……その、ナーベさんに……お聞きしたいことがあって……」

「ナーベに……?」

 

 ここで何故ナーベラルが出てくるのかが分からず、思わず声音に不信感の音がこもる。

 それを敏感に感じ取ったのだろう、ラキュースは少し慌てた様子で何度も頷いてきた。

 

「は、はい! その……、王都での悪魔騒動の時にナーベさんがネーグルさんと楽しそうにお話しされているのを見かけたので、何を話されていたのか、いろいろと……お聞きしたくて………」

 

 徐々に言葉の強さが弱まっていき、上向いていた顔もどんどんと下がって俯いていく。最後にはどこか恥じらうように言葉を濁すラキュースに、そこで漸くモモンガは今の彼女の心境と目的を理解した。

 今彼女は王国の危機となるかもしれない存在について探ろうとしているのではなく、好意を寄せている存在を知りたいという欲求から自分たちに話しかけてきたのだろう。その中にはナーベとレオナールの間にあるかもしれない感情に対する疑いや不安、嫉妬も入っているのかもしれない。

 いや、間違いなく入っているのだろう。

 どこからどう見ても恋する乙女の顔をしているラキュースに、モモンガは内心で頭を抱えた。

 まさか友を渦巻く恋愛に自分が巻き込まれることになろうとは思ってもみなかった。しかも決して当事者の一人ではなく、当事者の連れであることが何とも微妙なところだ。

 どうしたものかと頭を悩ませる中、不意に今まで大人しく控えていたナーベラルがいつもの無表情と平坦な声音で淡々と言葉を返してきた。

 

「レオナールさーーん、とはただ魔法についてご教授頂いていただけです。それ以外に話したことは別段ありません」

「ほ、本当に……? 随分と楽しそうにお話しされているように見えましたけど……」

「レオナールさーーん、はとても素晴らしい御方。魔力も扱える魔法の数も私とは天と地以上の隔たりがあり、扱い方も若輩の身である私では到底思いつかないものばかりです。そのような方に声をかけて頂ける……、それだけでも身に余る幸福であると言えます」

「……………………」

 

 言い慣れていないせいか、頻繁に“様付け”しそうになっては慌てて言い直しているせいで、先ほどから間延びした喋りになっている。とはいえ、その声音には崇拝の色が十二分に宿っており、それだけでナーベラルがウルベルトに向けている感情が恋愛などではないことが分かるだろう。

 しかし、恋は盲目であると先人はよくも上手いことを言ったものだ。チラッと見たラキュースの表情には一切晴れやかさなどなく、未だ彼女が懸念を抱いているのがバッチリと見てとれた。

 はてさてどうしたものか……と頭を悩ませる。

 自慢ではないが、モモンガはこういったことを解決することが非常に苦手だった。何だかんだで言い争う仲間たちの調停などはよくやっていたし、仲間たちが抱える様々な悩み事に対しても親身になって相談に乗ってきた。しかし今回の件は全くの専門外でどう対処したらいいのかも分からなかった。ぶっちゃけ、こういったことは自称・恋の伝道師であるペロロンチーノか、当事者であるウルベルトがどうにかする問題ではなかろうか……。

 モモンガは少しの間必死に悩み考えた末、自分には手に負えないものだとキッパリ諦めることにした。

 

「……ま、まぁ、ナーベはレオナールのことを尊敬していますからね。あの時はレオナールもまるで教師のようにいろんなことをナーベに教えてくれていましたし、ナーベもそれが嬉しかったのでしょう」

「……教師のように、ですか……」

「ええ。レオナールも、ナーベは良い弟子になりそうだと冗談交じりにではありましたが言っていましたよ」

 

 本当のことを言えば、ウルベルトは全くそんなことを言ったことはない。だが、このくらいの嘘ならば何ら問題にはならないだろう。要はウルベルトにもナーベラルにも恋愛感情がないことをラキュースに納得させればいいのだ。

 “教師”という言葉を殊更強調しながら力強く言うモモンガに、ラキュースの翳っていた表情も少しだけ明るくなる。

 それに思わず内心で安堵の息をついた後、『はて、何で俺はこんなことで安堵しているんだ……』と頭の中で幾つもの疑問符を浮かべた。

 だが、この一行での行動時間はまだ暫くは続くのだ。ならばなるべく自分の居心地が良いように環境を整えていく努力は必要だろう。

 モモンガはそう自分に言い聞かせて半ば無理矢理納得させると、そっと頭上に広がる爽やかな青空を見上げた。

 

(……あぁ、全部投げ出して、ペロロンチーノさんとウルベルトさんと一緒にナザリックでバカ騒ぎしたいな~。)

 

 遠い目で青空を見つめながら、現実逃避のように願望を頭の中で呟く。

 夢見る光景は、いつかは訪れるであろう幸せな未来。

 しかしそのためにはまだまだやることが山積みで、現実に引き戻された思考にモモンガは思わず内心で大きなため息を吐きだした。

 今回自分に課せられたミッションが終了し、心に平穏が訪れるのは、まだまだ先になりそうだった。

 

 




*今回の捏造ポイント
・“光の薬液”;
モンスターを寄せ付けないようにできるアイテム。効果があるのはレベル20台までのモンスターのみ。レベル30台以上のモンスターに対しては全く効果を発揮しない。

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