世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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久々に(ギリギリですが)一か月以内に続きをUPすることができました!
やった~~!!
今話はオリキャラが多数出ますので、ご注意ください。


第52話 運命の分岐

 ――……時は半日ほど前まで遡る。

 

 繰り返される喧騒と動乱。宙を舞い土を濡らす赤い飛沫と、地面に倒れる幾つもの死骸。傷つけられ、命を途切らせる者は数知れず、しかし怒号も悲鳴も鳴り止む気配はない。どんなに陽が昇り、どんなに陽が翳って世界が闇に包まれようと、終わりの見えない嵐が絶えず森を包み込んでいる。誰もが疲弊し、変わることのない日々に半ば絶望しながら、しかしそれでも多くの者が仲間や家族のために刃を振るい続けていた。

 そんな殺伐とした日々の中、変化はある日突然訪れる。

 その最初の変化は一つの足音が引き連れてきた。

 足音の主は、一人のエルフの青年。名を、カータ・ファル=コートレンジ。

 エルフ軍の閃牙(せんが)第一部隊に所属している兵の一人だった。

 エルフ軍は役割によってそれぞれ部隊の名前が決められている。

 剣を手に戦う前衛部隊を赤刃(せきじん)

 弓矢で戦う後衛部隊を閃牙。

 魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)のみの後衛部隊を魔光(まこう)

 信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)のみの支援部隊を聖光(せいこう)

 闇に潜み相手側の情報を盗み、時には暗殺をも熟す隠密部隊を黒風(こくふう)

 そして、動物や魔物を使役して用いる遊撃部隊を導手(どうしゅ)

 隊の数は部隊によってそれぞれ異なるものの、第一部隊が最上位の精鋭部隊であることはどこの部隊でも変わらない。

 カータ自身も第一部隊に所属している以上弓の腕は非常に秀でてはいたが、しかしここで問題なのは、彼が優秀な弓兵であることではない。数日前まで、彼は戦場に出たきり行方不明だったという事実が問題だった。

 案の定、彼を見た何人かのエルフは驚愕の表情を浮かべてこちらを注視してくる。

 しかしカータはそれらに構っている場合ではなかった。幾つも建てられている天幕の間を縫うように歩きながら、始終視線を巡らせて目的の人物を捜す。

 しかし数分も経たない内に目的の人物の方からこちらの存在に気が付いてくれたようだった。

 

「――……カータっ! 本当にカータなのか!?」

 

 大きな声で呼ばわりながらこちらに駆け寄ってきたのはカータよりも上背のある一人のエルフの男。

 灰金色の長い髪を後ろに一つに縛り、その身は革製の軽鎧で覆われている。

 男は鋭い翡翠色の双眸を心配そうに細めさせると、両手でカータの両肩をガシッと強く握りしめてきた。

 

「無事で良かった……。今までどこにいたのだ!!」

「パラディオン隊長、心配をおかけしてしまい申し訳ありませんでした……」

 

 未だ両肩を掴まれているため、カータは首の動きだけで深々と頭を下げる。

 しかしいつまでもこうしている訳にはいかない。

 カータはすぐに下げていた頭を上げると、強い光を宿した青色の瞳で真っ直ぐに目の前の上官を見つめた。

 

「いや、お前が無事であるならばそれで良い。ナズルも心配していたんだぞ。早速あいつに知らせて……」

「いいえ、そんな場合ではないのです! 隊長にお話しなければならないことがあります。どうかお時間を頂けないでしょうか?」

「それは構わないが……。そういえば、身体は大丈夫なのか? どこか怪我をしたりなどは……」

「いいえ、どこも怪我はしていません。それよりも、どうか話を……!!」

「……分かった分かった、少し落ち着け。それじゃあ、俺の天幕で話を聞こう。ついて来い」

 

 カータの緊迫した空気に気が付いたのだろう、男は顔を引き締めさせて真剣な表情を浮かべると、一度大きく頷いて両肩を掴んでいた手を離した。そのまま素早い動作で踵を返して歩き始める背に、カータもすぐさまその後を追いかける。幾つもある大小様々な天幕の間を縫うように歩き、数分も経たぬ内に少し開けた場所に辿り着いた。

 天幕を建てないことで造られたその空間には、しかし一つだけ一際大きな黄色の天幕が建てられていた。

 男は躊躇いなく天幕まで歩み寄ると、入り口の布をかき分けて中へと入っていく。カータもまた、男に続いて素早く天幕の中へと足を踏み入れた。

 天幕内には中心に大きなテーブルが置かれており、その他には椅子が幾つかと、衝立が天幕の端に立てられている。衝立には黄色の布が垂れ下げられており、布の中心には二つの翼がX字に交差した閃牙部隊の紋章が刺繍されていた。

 一部隊の隊長の天幕にしては非常に質素な様相。

 しかしこの天幕の主である男は気にした様子もなく、一つの椅子に腰かけるとカータにも椅子に座るように促してきた。カータが椅子に腰かけたのを合図に、男は改めて口を開く。

 

「それで…、俺に話したいこととは何なんだ?」

「私が……、行方不明になっていた時のことについてです」

 

 カータの言葉に、目の前の男の双眸が小さく細められる。途端に男から漂い始めた張り詰めた空気に、カータは思わず小さく生唾を呑み込んだ。

 目の前の男は自身の直属の上司であり、閃牙部隊の第一部隊の隊長である。

 名を、シュトラール・ファル=パラディオン。

 歴代の閃牙第一部隊隊長の中でも最強であると称されるほどの人物でもあった。

 性格は普段は温厚篤実でありながら、戦場であれば勇猛果敢。仲間や部下思いで偉ぶったところもない。多くの者から信頼されており、しかし一方でいざという時にはどこまでも冷徹になれる男でもあることをカータは知っていた。

 

「……三日前のあの日、私は法国の兵士に手傷を負わされ、何とか森の奥に逃げることはできましたが瀕死の状態でした」

「……なに……っ!?」

 

 シュトラールの目が驚愕に見開かれ、次には素早くカータの全身に向けられる。怪我を見つけようと全身を見回すその視線に、カータは軽く片手を挙げることでそれを諌めた。

 

「いえ、今はもう大丈夫です」

「いや、大丈夫だと言うが……瀕死の状態だったのだろう? 重症だったのではないのか?」

「確かに重傷でしたが、私は助けられたのです」

 

 カータはそこで一度言葉を切ると、緊張で乾く喉を無理やり動かした。しかし一切の水分もない喉は少しも潤うことはなく、ただ鈍い痛みだけをカータに訴えかけてくる。

 少し思い出しただけでも口内の水分がなくなり全身が硬直してしまうほど、カータの身に起きた出来事は恐ろしいものだった。

 しかしいくら直属の上司でありカータに目をかけていた男と言えど、流石にそこまでの機微までは気が付かない。シュトラールは困惑の色をその顔に浮かべながら、訳が分からないと言ったように首を傾げさせた。

 

「助けられたとは……、一体誰にだ?」

「……それは……」

 

 シュトラールからの問いかけに、カータは目に見えて動揺して口ごもる。

 しかしそれは一瞬のことで、次には意を決して自身の身に降りかかったことを詳しく話し始めた。

 

 カータが行方不明になったのは三日前に起こった法国との争いの最中。

 森の中を戦場とする場合、弓兵は地上ではなく、むしろ木々の枝の上から敵を射ることが圧倒的に多かった。身の軽いエルフにとって、枝から枝への移動もそれほど苦にはならない。頭上から地上にいる敵へと矢を降らせ、枝から枝へと場所を移動しては再度矢を地上へと降らせる。森の中での戦いにおいては、それはエルフたちにとって常套手段ともいえる戦法だった。

 しかし逆を言えば、常套手段であるからこそ敵に予想もされやすい。今まで同じ戦い方をずっとしてきたのだから尚更だ。

 三日前の戦場ではそれを逆手に取られ、カータたちは敵側に奇襲を仕掛けられた。

 放った矢は盾に防がれ、枝を移動して防備の薄い場所を攻撃しようとした瞬間、自分たちよりも更に上の枝に身を潜めていた敵に襲撃された。

 木の上で応戦できた者はほんの僅かで、殆どの者は攻撃に耐え切れずに枝を離れて地面に落とされていく。カータもその内の一人であり、敵の攻撃を横腹に受けたと同時に、攻撃の勢いのままに枝の上から地上へと吹き飛ばされた。受け身も取れず、背中から地面に落下して全身を叩きつけられる。痛みに一瞬意識が飛びそうになったが、しかしカータは何とかそれを堪えて意識を繋ぎ止めた。痛みに悲鳴を上げる身体を叱責しながらうつ伏せになり、地を這って何とか近くの茂みまで退避することに成功する。

 しかしもはや限界だったのだろう。

 カータはそこで気を失い、次に気が付いた時には見覚えのない洞窟の中で一人横たわっていた。

 

 

「……洞窟……?」

「はい。ここから歩いて半日ほどの距離にある洞窟でした」

 

 カータは一つ大きく頷くと、更に続きを話し始めた。

 

 目覚めた洞窟内は天井が吹き抜けになっており、そのため空からの光が降り注いでいてそこまで暗くはなかった。

 未だ満身創痍であり、少しでも動けば全身に痛みが駆け抜ける状態。

 しかしそんな状態ながらも、カータは今の状況を少しでも把握しようと何とか首だけを動かして周りを見回した。

 その目に、不意に今まで見たことのない“影”が映り込んできた。

 

 

「………私の視界に入ってきたのは、見たことのない黄色の服を身に纏った……一人の“化け物”でした……ッ」

 

 今思い出しても恐怖に背筋が凍る。生まれてこの方一度も見たことがない、悍ましいその姿。姿形は人間やエルフと変わらないものの、その顔と手が何よりも自分たちとは異なっていた。

 感情を見せぬ丸い空虚な双眸と、まるで闇の底を思わせる丸い口。黄色の袖から覗く掌は大きく、四本の指は長く伸びて、まるで細長い蟲を思わせた。

 目の前に現れたその異形は、未だ身を起こすこともできず横たわっているカータの側まで歩み寄ると、片膝をついて顔を覗き込みながら一つの提案を持ちかけてきた。

 それは『もしこちらの言う通りにするのであれば命を助けてやろう』というもの。

 勿論カータはそれに頷くつもりはなかった。

 しかし異形はまるで諭すかのように優しい声音で言葉を重ねてきた。

 

『そんなに警戒しないで下さい。私があなたに望むことはそう大したことではないのです。……神にも等しき我らが御方が、あなた方エルフと話がしたいとお望みです。ですが、勿論誰でも良いと言う訳ではありません。もしエルフ軍を束ねる代表の者をこの洞窟に連れてくることができるのなら、あなたのその傷を癒してあげましょう……――』

 

 異形の目的が何であるのか分からず、また“我らが御方”というのが誰なのかも分からない。どんなに大丈夫だと言われても、それを信じることなどできるはずもなかった。

 カータは勿論、その提案を拒否するつもりだった。例え死ぬことになろうとも、仲間を売るつもりは欠片もなかった。

 しかしそれでも最終的には提案を呑むに至ったのは、異形がカータの価値を突き付けたからだった。

 異形にとって、相手はカータでなければならないわけではない。提案を呑んでくれるのであれば、カータでなくても誰でも良いのだ。

 つまり、異形にとってカータという個人の価値は非常に低い。

 カータが駄目なら、他のエルフを代わりに使えばいい。そのエルフが駄目ならば、また他のエルフを。そのエルフも駄目であれば、また違うエルフを……。

 『数を重ねていけば、いずれは軍の代表者に行きつくかもしれませんね』と何でもない事のように言ってのけた異形に、カータは恐怖に身体を震わせながらも提案を呑むしかなかった。

 カータは異形に傷を癒してもらい、そして今、無事にこの前線基地に戻ってきたのだった。

 

 

 

「……奴が何者で、何が目的なのかは分かりません……。ですが、相当な力を持っていることは間違いありません」

「ふむ……。何か感じたか?」

「はい。そこにいるだけで鳥肌が立って治まりませんでした。……法国の聖典と対峙した時でさえ、ここまでなることはありませんでした」

 

 言外に『法国の聖典よりも、その異形の方が強い』と言ってのけるカータに、シュトラールは眉間に皺を寄せて低く唸り声のような声を零した。一般的に細身であるエルフにしては珍しく、それなりに太く鍛えられた腕を胸の前で組むと、考え込むように鋭い双眸を硬く閉じる。

 暫くそのままの状態で黙り込むと、次には長く大きな息を吐き出しながらゆっくりと瞼を開いた。

 

「………これは俺一人の手に負えるような問題ではないな。他の第一部隊の隊長方にも相談せねばならん」

「……………………」

「今ならば、殆どの隊長方がこの陣地にいるだろう。お前も、説明のために一緒に来てくれ」

「はい、勿論です」

 

 一つ頷いて勢いよく立ち上がるシュトラールに、カータも続くように椅子から立ち上がる。二人は天幕の中から外へ出ると、先ほどとは違う方向に足先を向けた。

 二人がシュトラールの天幕に向かって歩いていたのは陣地の東側。

 しかし二人がこれから向かうのは陣地の北側である。

 二人はシュトラールを先頭に一列に並ぶと、そのまま足早に歩を進めていった。

 歩き続けるにつれ、黄色だけだった天幕は徐々に色を変え始め、次には鮮やかな赤が視界を彩り始める。しかし二人はそれには見向きもせずに黙々と歩を進め続け、幾つもの天幕の間を次々と通り過ぎていった。

 そしてシュトラールの天幕から出て数分後。

 二人が辿り着いたのは男の天幕と同じくらいの大きさの赤色の天幕だった。

 入り口の左右には鎧姿のエルフが一人ずつ立っており、まるで石のように微動だにせずに前方を睨むように見据えている。

 どこか威圧感すら漂う守護の兵士に、しかしシュトラールもカータも一切怯むことなく彼らの前へと歩を進めていった。

 

「突然の訪問で申し訳ない。コートレンジ隊長は中にいらっしゃるか?」

 

 入り口の手前で一度足を止め、向かって右側のエルフに声をかける。

 守護のエルフ二人はチラッと視線だけで互いを見やると、すぐさま視線を元に戻して少しだけ眉尻を下げさせた。

 

「申し訳ありません、パラディオン隊長。コートレンジ隊長は中にいらっしゃいますが、ただいま来客の対応をしております。ここをお通しすることはできません」

「来客? 一体誰が……」

 

「――……騒がしい。……何事だ?」

 

 疑問の言葉を口にするシュトラールの声を遮るように、不意に天幕の中から低い男の声が響いてくる。

 思わずといったように全身を強張らせる守護の兵二人に、しかしシュトラールは一切変わらぬ態度で天幕内へと声を張り上げた。

 

「コートレンジ隊長、私だ、シュトラールだ。急の訪問で申し訳ないが、少し時間を貰えないだろうか?」

「………シュトラール…? 今更、何を……。……フンッ、まぁ良かろう、中に入ってくるが良い」

 

 途中低い声で何事かを呟きながらも天幕内に入ることを許可する声が響いてくる。しかしその声音には危険な音が宿っており、カータは思わず目の前の上官へと視線を向けた。一体何があったのかと視線で問いかけるも、しかしシュトラールは小さく肩を竦ませるのみ。無言のまま止めていた足を再び動かして天幕の中へ入っていく大きな背に、カータも慌ててその後に続いた。

 入り口の布を潜り抜けて入った天幕内は、基調が赤になっている以外はシュトラールの天幕内とあまり変わらない。中心には大きなテーブルが置かれており、その向かいには二つの人影が椅子にそれぞれ腰掛けていた。

 一人は薙いだ湖畔を思わせる涼やかな蒼い瞳と長い黒髪を後ろの高い位置に一つに括ったエルフの女。

 そしてもう一人は、顔の造形がカータと非常によく似たエルフの男だった。

 

「――……カータ…っ!!?」

 

 カータの目と男の目がかち合った瞬間、男は驚愕に目を大きく見開かせて勢いよく腰かけていた椅子から立ち上がった。その際、勢いが強すぎたのだろう、男が腰かけていた椅子が後ろの地面に跳ねるように倒れて大きな音を響かせる。しかし男はそれに一切構うことなく、足早にカータの元まで歩み寄ってきた。カータの両肩を両手でガシッと鷲掴むと、グッと鼻先が触れ合いそうになるほどの距離まで顔を近づけた。

 

「カータ、本当にお前なのか!? 偽者などではないだろうな!! 嗚呼、本当に良かったっ!! 怪我は……、本当に心配したのだぞ!!」

 

 こちらが反応する隙も与えず、男がマシンガンのように言葉を吐き出しながら最後には背中に両腕を回して強く抱きしめてくる。

 もしや窒息死でもさせるつもりなのかと疑いたくなるほどの強い抱擁に、カータは小さく顔を歪ませながら軽く男の背を叩いた。

 

「…私は大丈夫ですから……、少し落ち着いて下さい……」

「これが落ち着いていられるか!! お前が行方不明になったと聞いた時は呼吸すら出来なくなったのだぞ!! 絶望のあまりシュトラールに斬りかかって殺しそうになったほどだっ!!」

「ちょっ、パラディオン隊長になんてことをしているんですか!! 本気でそういうことは止めて下さい、兄さん!!」

 

 カータは深く眉間に皺を寄せると、半ば無理矢理抱き締めてくる男を自身から引き剥がした。

 男は先ほどまで浮かべていた仏頂面はどこへやら、今では眉を八の字に垂れ下げさせながら瞳をウルウルと潤ませてカータを見つめている。

 この目の前の男の名は、ナズル・ファル=コートレンジ。

 エルフ軍の赤刃第一部隊の隊長であり、先ほどカータが口走ったように、血の繋がったカータの実の兄でもあった。

 歳はそれなりに離れていたが、しかし容姿は両者ともよく似ており、誰が見ても親類であると分かるほどである。

 とはいえ、当然のことではあるが全てが同じと言う訳ではない。

 小さな違いではあるが青い瞳を持つ双眸はナズルの方は少々目尻がつり上がっており、カータの方は逆に少々垂れ下がっている。また、金色の髪はどちらも同じくらいの短髪ではあったが、カータの方はふわふわとした癖毛であるのに対し、ナズルの方は歪みの一切ないサラサラのストレートだった。

 ナズルからすれば、自分とひどく似通った容姿も、それでいて少しだけ違うカータ独自の特徴も可愛くて仕方がないのだろう。

 しかし、カータからしてみれば少々鬱陶しく感じられる。特にこの男の場合は事ある毎に度が過ぎてしまうため、その度に非常に辟易とさせられていた。

 

「……とにかく、今回の件は全て私の未熟さが原因なのですから、パラディオン隊長に迷惑をかけるのは止めて下さい」

「何を言う、部下を守るのは上官の役目だ。お前が危険な目にあったのも全てこの肉達摩のせいだ」

「お~い、流石に“肉達摩”は酷いんじゃないか~?」

「嗚呼、やはり不安でならない。カータ、まだ間に合う、今すぐにでも我が隊に異動して来るのだ!」

「出来るわけないでしょう! ……もう、いい加減少し落ち着いて下さい!! こんなことを話すためにここに来たわけではないんです!!」

 

 未だ暴走気味の兄を引っ叩きたい衝動に駆られながら、しかしそれを必死に堪えてカータは声を張り上げた。

 そこで漸くカータの思いが通じたのか、ナズルの目に冷静な光が戻ってくる。

 カータとシュトラールとナズルは取り敢えず落ち着いて互いに椅子に腰かけることにした。

 

「……そういえば、何故ここにドルケンハイト隊長が?」

 

 自分たちに混じるような形で腰掛けている女のエルフと目が合い、カータは思わず小さく首を傾げさせる。

 今この天幕にいるということは入り口の兵が言っていた来客というのは彼女のことなのだろう。しかし、何故そもそも彼女が兄を訪ねてきているのかが分からなかった。

 弟とは何でも共有したがる兄は、些細なことでも逐一自分に報告してくる。しかし彼女と懇意にしているといった情報は今まで全く聞いたことがなく、かといって仕事の用事で来ているとも思えなかった。

 

「………私がこの場にいるのがそんなに不思議か、カータ・ファル=コートレンジ?」

「ええ、不思議ですね。私は、あなたと兄が親密な関係だとは聞いたことがありませんし、かといってあなたが仕事で情報を共有するのは、兄よりもむしろパラディオン隊長の方でしょう」

「否定はしない。だが、私がこの場にいることは何ら不思議なことではない」

「……? ……それは、一体どういうことでしょうか?」

「つまりな、彼女に用があったのはナズルの方だったんだよ。お前の捜索を彼女に頼んでいたのだ」

 

 隣に座るシュトラールからの情報に、カータは驚愕に小さく目を見開かせながらも納得してしまった。

 なるほど、確かに自分が行方不明になったなら兄ならばどんな手を使ってでも捜そうとするだろう。目の前の彼女はそれができるだけの力を持っていた。

 女の名は、ノワール・ジェナ=ドルケンハイト。

 エルフ軍の黒風第一部隊の隊長である。

 偵察から暗殺までをも熟す彼女と彼女の部隊であれば、人探しも御手の物だろう。故に兄もそれに目を付けて声をかけたに違いない。

 恐らく兄は彼女に自分の捜索を依頼し、しかし彼女はそれを断り続けていたのだろう。

 彼女は仕事に私情を挟むことを極端に嫌うことで有名だ。そんな彼女のことだ、例え第一部隊の兵士とはいえ、唯の一兵士に過ぎない自分を捜すために人員を割くなど承諾するはずがない。

 とはいえ、弟のことを溺愛するナズルの方も簡単に諦めるとは思えない。

 恐らく二人は事ある毎に依頼と拒否を繰り返し、兄は彼女に非常に迷惑をかけたに違いなかった。

 

「それは……、ご迷惑をおかけしました」

「……大丈夫。すっっっごく面倒くさかったけど、気にしてない」

 

 深々と頭を下げるカータに、ノワールは一切動かぬ無表情のまま軽く片手を挙げて横に振って見せる。

 カータはゆっくりと下げていた頭を上げると、寛大な彼女の心に、胸の内で深く感謝した。

 

「……それで…、何か問題でもあったのか? お前たちの様子からして、お前が無事に戻ってきたことを報告しに来てくれただけではないのだろう?」

 

 “流石”と言うべきか、それとも“腐っても隊長”と言うべきか……、大分落ち着きを取り戻した様子のナズルが訝しげな表情を浮かべながら問いかけてくる。

 カータとシュトラールは一度互いに顔を見合わせると、ほぼ同時に頷き合って再びナズルたちに視線を向けた。

 

「ああ、少し相談があってな……。お前たちの意見を聞かせてほしい」

 

 そんなシュトラールの前置きと共に、再びカータは自身の身に起こったことを詳しくナズルとノワールに話し始めた。

 三日前の戦場から始まり、法国からの奇襲や、洞窟で会った異形について。詳しく説明するカータの話に、ナズルもノワールも無言のまま静かに耳を傾けている。

 しかしノワールはまだしも、ナズルの方は話が進むにしたがって次々と表情を変化させていた。

 顔面蒼白になったかと思えば怒りにか顔を真っ赤にさせ、かと思えば次には眉を八の字に垂れ下げさせて泣きそうな表情を浮かべる。

 そして話が終わった頃には、ナズルは悪魔も裸足で逃げ出しそうなほどの恐ろしい表情を浮かべていた。

 

「………おのれ、私の可愛いカータを傷つけ脅して怖がらせるなど断じて許せん…っ!! 法国の愚か者共もその化け物も私のこの手で殺してくれる!!」

「あー、ナズル、申し訳ないがそういった個人的感想は後にしてくれるか? ……実際問題、この異形についてどう考える?」

 

 一人怒りに燃えるナズルは放っておいて、シュトラールが問いを投げたのは始終無言無表情を貫いている女エルフ。

 全黒風部隊の長である女は、小さく首を傾げながら感情を一切窺わせぬ無機質な瞳でじっとシュトラールとカータを見つめた。

 

「どう考えるかと聞かれても、情報が少なすぎる。その異形の種族が分からなければ効果的な対応もできないし、その異形が我々の情報をどこまで持っているかや目的が分からなければ、例え何らかの行動を起こしたとしても足元をすくわれかねない。もしカータ・ファル=コートレンジが感じた通りに強い力を持っているのなら、中途半端な行動は尚更危険」

「……では、あの異形の言う通りにすべきだと?」

 

 脳裏にこの軍の総大将の顔が浮かび、カータは思わず顔を大きく顰めさせた。

 彼女を異形の元に連れて行くなど考えたくもない。

 そしてそれはこの場にいる全員が同じ思いなのだろう。

 ノワールは傾けていた頭の位置をゆっくりと元に戻すと、次には小さく首を左右に振ってみせた。

 

「そうだけど違う。ここで素直に総大将を出すのは馬鹿のすること」

「だが、従わなければその異形がどんな行動を取るかも分からんぞ。もし奴がこちらの位置を知っていた場合、いつどんな攻撃を受けるかも分からん」

「……確かにその場合は非常にマズいですね。法国との戦況が切迫している今、無暗に基地の場所を変えるわけにもいかない……」

「だから、ある程度は従う。行くのは総大将ではなく我々。我々も第一部隊の隊長なのだから軍の代表と言えなくもない」

 

 まるで『きちんと指定しなかったあちらが悪い』とばかりに堂々と言ってのける女に、カータとシュトラールは思わず呆然とした表情を浮かべた。

 確かに明確な名前などを出していない以上、彼女の言葉も間違ってはいない。しかし問題なのは、このような屁理屈ともいえるような理屈を相手が受け入れてくれるかどうかだった。

 相手が異形であることを考えれば、受け入れてもらえない確率の方が断然高いだろう。

 カータとシュトラールは眉をひそめさせ、ノワールは変わらぬ淡々とした無表情。

 ただ一人ナズルだけが鬼気迫った表情を浮かべて爛々と青の双眸をギラつかせていた。

 

「……良い考えだ、ドルケンハイト隊長。この私が直々に赴いて、その異形野郎を抹殺してやろう」

 

 声高に宣言する赤刃第一部隊の隊長の言葉に、しかしこの時ばかりは心強さどころか不安しか感じられない。

 しかし、かといって他に良い方法が思いつくはずもなく、カータとシュトラールは互いに顔を見合わせると、ほぼ同時に諦めのため息を大きく吐き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜……――

 夜の闇が深まり、森が静けさに包まれる中、カータ、シュトラール、ナズル、ノワールの四人は足早に森の中を一列に駆けていた。

 ここにいるのはこの四人のみ。他の者は一切共にはいない。

 四人はナズルの天幕で話し合った後、すぐに天幕を出て他の魔光、聖光の第一部隊の隊長と導手の第二部隊の隊長にも事のあらましを説明した。

 では何故この場に彼らしかいないのかというと、それは第一に隊長全員が前線基地を離れるわけにはいかないため。

 第二に、今彼らが向かっている先が決して安全ではないため。

 そして第三に、大人数で行っては異形を刺激しかねないためだった。

 相手が強大な力を持った異形である以上、生きて戻ってこられる可能性は高くない。もし万が一のことが起こった場合、残った隊長たちが今後の指揮を取る予定になっていた。

 

 

「――……ここで間違いないのか?」

 

 森の中を休みなく駆け続けて数時間。

 漸く見えた目的の場所に、四人は乱れた呼吸を繰り返しながら駆けていた足を止めた。

 目の前には多くの葉が生い茂り、幾束もの蔓が巻き付いて覆われている岩の洞窟。

 まるでこちらを手招くようにぽっかりと開いた入り口が、夜の闇よりもなお深い闇を湛えながら静かに自分たちを待ち構えていた。

 

「はい、ここです」

「……まずは入ってみよう」

 

 シュトラールからの問いかけにカータが頷けば、ナズルが顔を引き締めさせながら腰の剣をゆっくりと引き抜いて構える。

 三人が互いに囁き合い頷き合う中、ただ一人無言を貫いていたノワールだけが一言もなく徐に別方向へと駆けていった。洞窟の縁を辿るように森の闇に消えていく小さな背に、しかしカータたちは誰一人呼び止めようとはしなかった。

 彼女には彼女自身の役割がある。それを邪魔しては、逆に自分たちの立場が悪くなることをこの場にいる誰もが理解していた。

 三人は暫く無言のまま洞窟の入り口をじっと見つめていたが、次には意を決して洞窟内へと足を踏み入れていった。

 ナズル、カータ、シュトラールの順に一列になり、慎重に洞窟の奥へと進んでいく。

 洞窟の中は肌寒さを感じるほどに涼しく、しかし湿り気は一切なく乾いていた。踏み締める土も乾いて砂のようになっており、足を一歩踏み出す度にジャリ…と小さな音が鳴り響く。

 三人はなるべく息を殺して気配を消しながら、細い通路を進んでいった。

 洞窟に足を踏み入れて数分後、漸く通路が途切れて視界が一気に広がっていく。

 そこにはカータの言葉通り広い空間が広がっており、吹き抜けた天井から月の光が洞窟内を明るく照らしていた。拓けた空間の中心には一つの大きな岩が佇んでおり、月の光がまるでスポットライトのように特に明るくその岩に降り注いでいる。

 幻想的にも感じられるその光景に、カータたちは思わず目を奪われて知らず緊張していた身体から力を抜いていた。

 しかし、この静寂の時間は長くは続かなかった。

 彼らの視線の先にあるのは空間の中心に佇む大きな岩。

 そのゴツゴツとした頂上に、いつの間にか一つの怪しい影が軽く足を組んで腰かけていた。

 

「「「っ!!?」」」

 

 人間と同じ骨格を持ちながら、その顔は鳥のように鋭く、背には大きな四対の翼。

 金属の鋭い煌めきの奥に輝く鋭い双眸と目が合い、三人は驚愕に目を見開くと同時に反射的に小さく後退った。

 しかし鳥の異形は一切微動だにせず、ただ無言のままじっとこちらを見つめていた。

 

「………カータ、あれがお前が言っていた異形か…?」

「…い、いえ、違います。あんな姿はしていなかった……」

「……チッ、複数いたか……」

 

 異形が複数いたという予想外の事態に、カータとシュトラールは冷や汗を流し、ナズルは小さく舌打ちを零す。

 しかし予想外の出来事はこれだけでは終わらなかった。

 

「おおっ、漸く来ましたか! なかなか来ないので迎えに行こうかと思っていたところですよ!!」

「ほんに、至高の御方をお待たせするなんて、身の程知らずでありんすねぇ」

「ホントだよね~。ねぇ、もう少し分を弁えた奴を使った方が良かったんじゃない? パンドラズ・アクターももう少し選んだら良かったのに」

「アウラ様、残念ながらそれも仕方がないことかと。彼らは我々のことを知らないのですから、慎重になり過ぎるのもやむを得ないことかと思われます。それに、ここから彼らの前線基地まではそれなりに距離もあります。それも考慮すれば、むしろ早い到着と言えなくもありません」

「ふ~ん、そうなんだ。やっぱりこの世界の基準はまだピンとこないな~」

 

 緊迫したこの場の空気に不釣り合いな軽く明るい声が唐突に洞窟内に響き渡る。

 それと共にどこからともなく現れたのは四つの影。

 真横の左右に現れたのは黄色の見慣れぬ衣装を身に纏った異形と、深紅の鎧に身を包んだ白皙の美少女。後ろの通路の口の左右に現れたのは褐色の肌の小さな少年と、左右のこめかみから細い角を生やした蝋色の大柄な男。そして前方には変わらず岩に腰かけている一体の鳥の異形。

 いつの間にか複数の異形に取り囲まれている状態に、カータたちは咄嗟に互いの背を庇い合うような形に立ち位置を変えながら、焦りの表情を浮かべる顔に冷や汗を溢れさせた。

 相手が異形であるというだけでも大きな脅威だというのに、加えてその数が自分たちよりも多いという事実にどんどんと焦りが大きくなっていく。一気に小さくなっていく生還できる確率に、カータたちは内心で舌打ちを零した。

 しかし、ここで諦めるわけにはいかない。

 一縷の望みにかけてカータは恐怖に凍り付きそうになる喉を無理やり動かした。

 

「…あ、あなた方に命を助けて頂いた者、です。約束通り…、軍の代表の者を…連れて、参りました……」

 

 恐怖に震える舌と喉を必死に動かすも、声と言葉は変に途切れてたどたどしいものになってしまう。しかし幸か不幸か、異形たちはそんなカータの様子に特別な反応を起こすことはなかった。

 美少女はただ楽しそうなにんまりとした笑みを浮かべ、少年は退屈そうに小さく肩を竦ませ、大柄な男はどこか哀れみのような視線をこちらに向けてくる。前方の鳥の異形は未だ微動だにせず、ただ黄色の衣装に身を包んだ異形だけが軽く両腕を広げてこちらに一歩進み出てきた。

 

「ええ、覚えておりますとも! 約束を果たしてくれると信じておりましたよ。我らが御方もあなた方の来訪を心待ちにしていたのです」

「……その御方というのは……」

「しーっ。…今は暫くお静かに。御方はただいまMein Gott(我が神)とお話し中です」

 

 異形は丸い口の前に細長い右手の人差し指を立てて静かにするようジェスチャーすると、次には掌を上にした状態の左手で前方の岩の上の鳥の異形を示してくる。

 その行動から、どうやら彼の言う“我らが御方”というのは目の前の鳥の異形のことであるらしい。

 では、“話し中”とは一体どういうことなのか……。

 チラッと窺うように岩の上の異形へと視線を向け、その行動を注視する。何か不自然なところはないかと視線を走らせると、不意に鋭く尖った嘴が小さく動いていることに気が付いた。

 

「――………えっ、またですか? …はい、……そうなんですか、分かりました。でも、今から………そう、そうですよ。だから……はい、お願いします。マーレに………」

 

 耳を澄ませてみれば微かに聞こえてくる独り言のような声。

 鳥の異形は確かに誰かと話しているようで、カータたちは思わずチラッと互いに顔を見合わせた。

 “我らが御方”と呼ばれる存在がこちらに意識を向けていないのなら、その間に何かできることはないだろうか。異形それぞれの四対の目には見張られているものの、彼らの上位者がこちらに注意を向けていないのならば、そこに付け入る隙があるかもしれない。少しでも今の状況が自分たちの有利なものになるために、今動くのが唯一のチャンスなのではないか……。

 カータたちは視線を交わして無言のまま必死に相談し合う。

 しかし焦りに支配された思考では良い案など浮かぶはずがなく、何も行動を起こさぬ内に目の前の鳥の異形の“会話”とやらが終わってしまったようだった。微かに聞こえていた声が止み、次には小さく息を吐き出す音が聞こえてくる。

 思わず全身に緊張を走らせる中、不意に自分たちを取り囲むように立っていた異形たちが一斉に動き始めた。

 一様に前方の鳥の異形に向き直り、片膝を地面について深々と頭を下げる。

 突然訪れたまたとないチャンスに、しかしカータたちは誰一人として微動だにしなかった。

 いや、この場合は“できなかった”と言うべきだろう。

 先ほどとは違い、こちらに向けられているのは一対の目のみで、他の異形たちは自分たちに意識を向けてはいない。だというのに全身に圧し掛かってくるこの威圧感は何だというのか。まるで全身を鎖で縛られた状態で腹を空かせた猛獣の目の前に突き出されているような絶望感と恐怖感。

 視線一つで行動も思考も縛られ、もはや呆然と立ち尽くすことしかできない。

 

「……ああ、待たせちゃって、ごめんね。急に連絡がきたものだから……と、それは君たちには関係ないことだったな。えーと、まずはここまでご足労いただき感謝する……とでも言っておこうかな」

 

 徐に開かれた嘴から聞こえてきたのは、そんな拍子抜けに明るく軽い言葉。まるで親しい友人にかけるような砕けた口調と声音に、しかしカータたちは一層警戒心を強めた。

 これだけ強大な力を持った異形が自分たちに友好的に話しかけてくるなど、何か企んでいるとしか思えない。

 一体何が目的なのかと思考をかき回す中、不意に鳥の異形の視線が自分たちから離れて周りで傅いている異形たちへと向けられた。

 

「君たちを呼んだのは他でもない、ある提案をしたいからなんだけど……、と、その前に……。お前たちもいつまで跪いてるんだよ。ほら、立って立って」

 

 鳥の異形は一つ小さな息をつくと、次には周りの異形たちへ声をかけて小さく手を振りながら立つように促している。その動きにどこか呆れのような雰囲気が漂って見えるのは気のせいだろうか。

 思わず目の前の異形の動きを注視する中、不意に仮面の奥の目と視線がかち合い、カータは思わずギクッと肩を小さく跳ねさせて身体を硬直させた。

 カータの動きに反応してか、左隣のナズルが剣の柄を握っている手に力を込める。

 すぐにでも斬りかかりそうな兄の様子に、カータは焦りのままに思わず口を開いた。

 

「……て、提案とは……一体どういうことで、しょうか…っ!!」

「うん? ……ああ、提案……そう、提案なんだけどね。……あー、でもまずはちゃんとした形で話そうか。お前たち、こちらにおいで。後、そこにいる彼女も出てきてくれないか(・・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

「「「っ!!?」」」

 

 最後にかけられた言葉に、カータは一気に全身に鳥肌を立たせて戦慄した。

 今この場には、“彼女”と呼べる者など自分たちの側にはいない。しかしその上で“彼女”という言葉を使った以上、考えられることは一つ。

 ……完全にノワールの存在が異形たちに気付かれている…ッ!!

 瞬間、急激に湧き上がってきたのは大きな危機感と、生存本能ともいえる激しい衝動。

 咄嗟に動いたのはカータもナズルもシュトラールもほぼ同じだった。恐らく影の中でノワールが動いたのも同じタイミングだっただろう。

 カータとシュトラールは弓矢を構え、ナズルは抜身の剣を構えて強く地面を蹴り、ノワールも短剣を手に身を潜めていた闇から躍り出る。

 しかし……――

 

 

 

「――……わたしの大切な御方に刃を向けるなんて、身の程知らずも甚だしいでありんすねぇェ」

 

 聞こえてきたのは涼やかな音ながらも憎悪にドロドロに濁った声音。気が付けば地面に倒れ伏しており、カータは自分の身に何が起こったのか理解できなかった。

 先ほど、自分は確かに弓矢を構えて戦闘態勢に入っていた。しかし気が付けば目の前には地面があり、一拍後に漸く自分が地面に倒れていることを理解する。

 一体自分の身に何が起こったというのか……。

 無意識に周りを見回せばシュトラールとナズルとノワールもそれぞれ同じように地面に倒れ伏しているのを見つけて更に頭が混乱する。思わず呆然と視線をさ迷わせ、不意に血のような鮮やかな紅色が視界に入り込んできた。

 反射的にそちらへと意識を向ければ、そこに立っていたのは紅色の鎧を身に纏った一人の美しい少女。

 少女の手には何も握られておらず、しかし一人だけカータたちが倒れている場所の中心に立っていることから、ある一つの考えが頭を過ぎった。

 もしや自分たちを地に伏せさせたのはこの少女なのではないか、と……。

 自身の恐ろし過ぎる考えに、カータは思わず小さく身を震わせる。

 咄嗟に頭を振って自身の考えを否定しようとして、しかし一つの声がそれを遮ってきた。

 

「ご苦労様、シャルティア。こいつらを殺さないように手加減したのも偉かったぞ」

「あ、ありがとうございます、ペロロンチーノ様っ!!」

 

 聞こえてきたのは残酷な言葉と、それに嬉々として応える甘やかな声。

 思わず地に伏したまま呆然となる中、まるでこちらの状況など知ったことではないとばかりに新たな言葉が降って落とされてきた。

 

「さてと……。じゃあ時間もないし、このまま話を進めようか。君たちに我々から一つ提案がある。前向きに受けてくれると嬉しいな」

 

 目の前に立つのは自分たちを一瞬で殺すことのできる異形と、その異形を従える絶対的な支配者。

 “提案”と口では言ってはいるが、もはやそれは“脅迫”でしかないのだろう。

 立ち向かうことは意味がなく、逃げることも許されない。

 もはや何もできぬ現状に絶望しながら、カータはただ大人しく鳥の異形の言葉を待つことしかできなかった。

 

 




ここで、皆さんお気付きの方もいらっしゃるのではないでしょうか……。
……そう、今回からは原作の『ワーカーたちのナザリック訪問』編ではなく、『完全オリジナル』編となります!
設定やキャラもオリジナル(捏造)多数になりますので、遅まきながらご注意ください(土下座)
また、今回オリジナルキャラが複数出ましたので↓に簡単にまとめております。
宜しければ参考にして頂ければと思います!


*今回の捏造ポイント【オリキャラ編】
・カータ・ファル=コートレンジ:
エルフ軍の閃牙第一部隊に所属している弓兵。
ナズルの弟。
結構な苦労性なキャラになりそうな予感がヒシヒシと感じられるキャラクター。

・シュトラール・ファル=パラディオン:
エルフ軍の閃牙第一部隊の隊長。
カータの上官であり、ナズルとは子供の頃からの昔馴染み。
実はエルフ軍の第一部隊隊長の中では一番まともで常識人。

・ナズル・ファル=コートレンジ:
エルフ軍の赤刃第一部隊の隊長。
カータの兄。
最初は普通の寡黙キャラだったが、『いや、オーバーロードのキャラクターならぶっ飛んだ性格とか性癖とかがあってもいいんじゃなかろうか……』という突然の天のお告げから一気に重度のブラコンキャラと化してしまった可哀想なキャラクター。

・ノワール・ジェナ=ドルケンハイト
エルフ軍の黒風第一部隊の隊長。
いつでもどこでも無表情を貫くポーカーフェイス。
意外と(?)肝が据わっており、神経も図太く、女なのに変に男らしい一面を持っている。

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