世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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お待たせしてしまいまして、大変申し訳りません!!
漸く続きを更新できました……(汗)
今回の話は、ご都合主義色が強いと思われます。
すみません、許して下さい。
生ぬるい目と心で読み流して頂ければ幸いです(土下座)


第51話 敷かれる盤面

 いつもと変わりない活気のある大通りを、漆黒の甲冑姿の戦士と漆黒の美女が連れ立って歩いている。

 一見威圧的なその風貌と存在感に、しかし街行く人々は誰もが親しみと尊敬の笑みと眼差しを彼らに向けていた。人によっては実際に声をかけたり、挨拶を交わしたり、中には握手を求める者もいる。

 正に英雄を前にした言動や反応を向けてくる人々に、甲冑の戦士……“漆黒の英雄”モモンに扮するモモンガは、内心で大きなため息をついていた。

 “名声を上げる”という当初の目的が達成されたのは喜ばしいことではあるが、しかしこうも四六時中誰かに注目されるという状況は如何なものだろうか。依頼を受けてナーベラルと共に街から出ている時は問題ないのだが、街中にいると必ずと言って良いほど誰かに声をかけられる。全くもって心が休まらない……。

 

(……ウルベルトさんも、帝国にいる時は同じ感じなのかな~……。)

 

 帝国で自分と同じような立場にある仲間を思い、その立ち居振る舞いを想像してみる。

 しかしその瞬間、頭に浮かんだ光景にモモンガは思わず内心でガクッと大きく肩を落とした。

 何故か自分と同じように悪戦苦闘して疲労感を漂わせている友の姿が一向に頭に浮かんでこない。逆に、何故か嬉々として厨二病を発病させている友の姿ばかりが思い浮かんでくる。

 その姿の何と生き生きとして、輝いていることか……。

 唯の自分の妄想でしかないというのにその想像した光景は妙な説得力があり、モモンガは内心で大きなため息をつくと、これ以上考えないようにしようと思考を切り替えた。

 今はそんな事よりも集中して取り組まなければならない仕事が控えているのだ。余計なことを考えている場合ではない……と自身に言い聞かせると、モモンガは心の中で活を入れた。

 彼が向かっているのは、エ・ランテルで自身の拠点としている“黄金の輝き亭”。既に慣れた足は意識しなくとも歩を重ね、迷いなく目的の宿へと辿り着く。扉を開ければ煌びやかな内装が姿を現し、温かく柔らかな空気がモモンガたちを迎えて包み込んできた。

 エントランスには幾人かの客や従業員がおり、一様に中に入ってきたモモンガたちへと目を向ける。瞬間、驚愕や好奇や憧れのような視線が向けられるのに、しかしモモンガはそれには一切構うことなく奥にある階段へと歩を進めていった。

 部屋は既に取ってあるため、受付で手続きをする必要はない。なるべく威風堂々と見えるように意識しながら歩を進め、やがて二階奥にある大きな扉まで辿り着いた。

 当たり前のようにナーベラルがモモンガと扉の間に身を滑り込ませると、扉を開けて部屋の中を確認した後に漸く頭を下げて道を空けてくる。

 いつでもどこでも仰々し過ぎる彼女の行動に内心辟易しながらも、しかしモモンガはその感情はおくびにも出さずに鷹揚に頷いて返すだけだった。見慣れた室内へと足を踏み入れ、漸く自身に突き刺さる視線がなくなったことに思わず小さく息をつく。

 しかし、ここで気を緩めるわけにはいかない。

 その原因たる存在に目を向ければ、視線がかち合った“それ”はすぐさまその場に傅いて深々と頭を下げてきた。

 

「お帰りなさいませ、モモンガ様」

「……ご苦労。頭を上げよ」

 

 部屋に備え付けられている豪奢な椅子に腰かけながら短く命じれば、こちらに向けられている金色の旋毛がゆっくりと上げられて見えなくなる。

 代わりに現れたのは、人間種の若い男の顔。目元は長い金色の前髪で隠れており、こちらが見ることができるのは頬骨から下の部分のみ。

 しかし、その顔の人物は容易に特定することができ、その顔は紛れもなくンフィーレア・バレアレという人間種のものだった。

 とはいえ、当然のことではあるが目の前にいる男は本物のンフィーレアではない。

 彼の正体はンフィーレア・バレアレに扮した上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)。もっと正確に言うのであれば、ナザリックに属する“五大最悪”の一体であるチャックモールの直属の部下、エーリッヒ擦弦楽団に属する上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)の内の一体だった。

 では何故そんな存在がンフィーレアの姿をしてこの場にいるのか……。

 それはペロロンチーノの提案であり、『それくらいならば…』とウルベルトも許可したことで実行することに至ったある小さな計画のためだった。

 

「……それで、準備は滞りなくできているのか?」

「はい。彼の女もあちらに寝かせております」

 

 本物のンフィーレアを知っているだけに、今の仰々しくも畏まった態度の姿を見るとどうにも違和感が湧き上がってくる。

 しかし、本番でもないのに演技をしろというのも酷な話だろう。ここは自分が我慢すべきだと判断すると、モモンガはなるべく気にしないように努めながらンフィーレアが“あちら”と言った方へと顔を向けた。

 視線の先にあるのは寝室となっている隣室。

 ここからでは角度的に中を見ることはできないが、これまでの記憶が正しければ今いるこの部屋と同様の豪奢な内装の部屋になっているはずだ。

 様子を見に行こうかと腰を上げかけたその時、不意に扉からノック音が聞こえてきて、モモンガたちは扉へと顔を向けた。無言のまま伺いを立ててくるナーベラルに頷いてやれば、彼女は一礼と共に扉へと歩み寄っていく。一度小さく扉を開けて相手を確認すると、次には扉を閉めてこちらに向き直ってきた。

 

「モモンさーーん…、“クアエシトール”の方々が参られました」

「……ああ、入ってもらってくれ」

 

 “クアエシトール”とはパンドラズ・アクターたちが冒険者となっている時に使っているチームの名前だ。

 ついに来た本番にモモンガが内心で緊張する中、ナーベラルが再び開けた扉から勢い良く一人の少年が室内へと飛び込んできた。

 

「……姉さん…っ!!」

 

 いや、入ってきたのは少年ではなく、少年の格好をした一人の少女。

 焦燥の色を濃く浮かべたニニャが忙しなく部屋を見回す中、彼女を追って三人の男女がゆっくりとした足取りで室内に入ってきた。

 

「ニニャさん、急にお邪魔しては失礼になりますよ」

 

 柔らかな口調で少女に声をかけたのは一人の細身の男。

 一見盗賊か暗殺者のようにも見えるこの男は“クアエシトール”のリーダーであるマエストロに扮しているパンドラズ・アクター。そして彼に続くようにして現れたのは“クアエシトール”のメンバーであり、この世界の元々の住人であるブレイン・アングラウスとブリタという戦士の二人組だった。

 どちらも“クアエシトール”に入る前からモモンガはこの二人を知っている。

 とはいえ、それこそ一言二言言葉を交わしたことがある程度でしかなく、しかしそんな初見と言っても過言ではないモモンガの目から見ても、今の二人が“クアエシトール”に入る前に比べて随分と様変わりしていることが見てとれた。

 いや、それはブレインとブリタの二人だけに限ったことではない。注意されてマエストロに謝罪しているニニャもまた、以前会った時に比べると大きく様変わりしているようだった。

 まず、その身に纏う装備のレベルが段違いになっている。

 “クアエシトール”はパンドラズ・アクターがリーダーを務めるチームではあるが、メンバーの半数以上が現地人であるということもありナザリックが所有する装備やアイテムなどのナザリックの恩恵は殆ど受けてはいない。唯一パンドラズ・アクターの装備だけはナザリックの宝物殿から持ってきた物ではあるが、しかしそれもレベルは大体遺産級(レガシー)程度。ニニャ、ブレイン、ブリタの装備は全てこの世界の物であるため、ナザリックの物に比べるとやはり見劣りすることは否めなかった。

 しかしそれでもこの世界の基準で考えれば品質は相当に上がっている。少なくとも(ゴールド)クラスの冒険者と同程度の質の物ではないだろうか。

 加えて彼らの身に纏う雰囲気もまた、若干青臭いものが混ざっていたものから精錬された凄みが宿るものに変化しているようだった。

 特にニニャとブリタの変化は大きい。

 その首に下げられている冒険者プレート自体は未だ(シルバー)だったが、しかし醸し出される雰囲気は装備同様(ゴールド)クラスにも引けを取らない。

 恐らくパンドラズ・アクターとブレインの影響が大きいのだろう。

 もしかすれば、パンドラズ・アクターが行っている経験値とレベル上昇、武技に対する研究の副産物(効果)なのかもしれなかった。

 

「………お久しぶりです、モモンさん。……その、先ほどは挨拶もせずに失礼しました」

 

 マジマジと彼らを観察する中、唐突にニニャに声をかけられる。

 モモンガは取り敢えず観察を中断すると、小さく頭を振りながら座っていた椅子から素早く立ち上がった。

 

「いやいや、構いませんよ。家族を心配する気持ちは分かりますので」

「あの…、では、本当なんでしょうか? その……、僕の姉が見つかったというのは……。それに、何故ここにバレアレさんが? まさか、姉の身に何か……っ!?」

「落ち着いて下さい。確かにお姉さんは発見した当初はひどい状態でしたが、今は傷も癒えて健康そのものになっています。彼がこの場にいるのは違う用件です。……とはいえ、実際にその目で見て確認しなければ不安でしょう。こちらへどうぞ」

 

 未だ不安そうな表情を浮かべるニニャに頷いてやりながら、早く会わせてやろうと踵を返す。

 そのつま先が向けられたのは隣の寝室。

 迷いなく隣室へと向かうモモンガに、ニニャたちも足早にその後を追いかけた。

 寝室に足を踏み入れれば、そこは先ほどまでいたメインルームと同じく豪奢でいて煌びやかな内装。しかし置かれている家具はテーブルやソファーなどではなく、趣のある立派なスタンドランプや小さな椅子、そして何より天蓋付きのキングサイズの巨大な寝台が部屋の中心に堂々と置かれていた。

 戸惑いと確認の目を向けてくるニニャに一つ頷いてやれば、彼女はすぐさま天蓋付きの寝台へと駆け寄っていく。天蓋の薄布を振り払うようにしながら寝台の上を覗き込み、そこに寝かされている少女を見た瞬間、大きな目を更に大きく見開かせて全身を硬直させた。

 一拍後、まるで堰を切ったようにポロポロと見開かせた双眸から大粒の涙を零し始める。

 ニニャはクシャッと顔を歪めると、まるで頽れるように毛足の長い絨毯が敷かれている地面に両膝をつき、目線を寝台に横たわっている少女に合わせながら震える手を伸ばした。シーツの上に力なく置かれている白い手を取り、涙に濡れる自身の頬へとそっと押し当てる。まるでそのぬくもりを感じようとするかのような仕草に、モモンガたちは暫くその様子を静かに見守っていた。

 数分の後、漸く落ち着いたのかニニャが徐に一つ大きく息を吐き出す。頬に押し付けていた少女の手を寝台の上に戻すと、改めて泣き濡れた顔をこちらに向けながら膝立ちから立ち上がった。

 

「………僕の姉に間違いありません…。……本当に、ありがとうございました……!」

 

 ひどく揺れる涙声ながらも礼の言葉と共に深々と頭を下げてくる。

 モモンガは少しの間その姿を見つめた後、次にはゆっくりと頭を振った。

 

「……どうか頭を上げて下さい。我々がツアレニーニャさんを見つけたのは偶然ですので、そんなに気にせずとも結構ですよ」

「いいえ、例え偶然だったとしても、姉を見つけてくれたことには変わりありません。それに、……先ほど“発見した当初はひどい状態だった”と仰っていたということは、姉は酷い怪我を負っていたか病気にかかっていたということですよね? でも、ここにいる姉は健康そのものに見えます。モモンさんたちが姉を治療して下さったのなら、尚のこと感謝するのは当然のことです」

 

 頭を下げたまま話す少女の姿からは、言葉通りの感謝と真摯な感情が伝わってくる。

 正直に言えばツアレを見つけたのはセバスであるし、怪我の治療をしたのはソリュシャンとルプスレギナなのだから、自分に感謝などする必要はない。しかし、そんなことを言っても仕方がないことくらいモモンガも理解していた。第一、セバスたちのことを話したところで彼女を混乱させるだけだろう。どうにもセバスたちの手柄を横取りしたようで居心地が悪かったが、モモンガは黙ってニニャからの感謝を受け取ることにした。

 

「そう、ですね……。では、ニニャさんからの感謝の言葉は受け取っておきましょう」

 

 努めて何でもない事のように軽い口調で言えば、ニニャが下げていた頭をゆっくりと上げてくる。

 少女は真剣な表情を浮かべたまま、青色の瞳を真っ直ぐにモモンガに向けてきた。

 

「僕はこれまでモモンさんには何度も助けられてきました。……バレアレさんのお店では命を救われ、マエストロさんたちを紹介してもらい、今回は長年捜していた姉も見つけて保護してもらいました。僕は、モモンさんに少しでも恩を返したい……。僕に何か、出来ることはありませんか?」

 

 向けられる表情も紡がれる声音も真剣そのもの。

 モモンガは見た目では冷静にそれらを受け止めているように見せていたが、内心では『よっしゃーーっ!!!』とガッツポーズを決めていた。

 実を言えばここからどう話を進めていこうか非常に悩んでいたのだ。ニニャの方から申し出てくれるのは非常にありがたい。

 モモンガはワザとらしく顎に人差し指を引っ掛けるように触れさせると、考え込むような素振りを見せた。暫く黙り込んで間を作り、そこで漸く部屋の隅で様子を窺っているンフィーレアへと顔を向けた。

 

「……ふむ、そうですね……。では、私の代わりに彼の頼みを聞いてあげて頂けませんか?」

「バレアレさんの、頼み……ですか……?」

 

 モモンガの言葉が予想外だったのだろう、ニニャが大きな目を更に大きく見開かせてキョトンとした表情を浮かべてくる。

 反射的にこの場にいる全員がンフィーレアへと目を向けると、ンフィーレアはにっこりとした笑みを浮かべてこちらに数歩進み出てきた。

 

「実はモモンさんにある相談をしていたのですが難しいと言われてしまいまして……、もし引き受けて頂けるのであればとても助かります! それに、これはニニャさんにとっても良い話だと思いますよ」

「僕にとっても? それは……、一体どういうことでしょうか……?」

 

 訳が分からず問い返すニニャの表情は不安の色に少し翳りを帯びている。

 しかしンフィーレアに扮している上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)は全くもって気にしない。堂々と気が付いていない振りをして更に浮かべている笑みを深めさせた。

 

「ニニャさんはお姉さんを捜すために冒険者になったんですよね? お姉さんが見つかった今、ニニャさんはこれからどうするおつもりですか?」

「そ、それは……」

「お姉さんが見つかったことはとても良かったと思います。ですがニニャさんにはお姉さん以外の親族は既にいないと聞いています。お姉さんが見つかった今、このまま冒険者を続けるのは難しいでしょう。お姉さんのことを思えば、冒険者を辞めてどこか静かな場所で一緒にのどかに暮らすのが一番良いのかもしれません。ですが、僕の目が間違っていなければ、ニニャさんは“クアエシトール”の一員としてこのまま冒険者を続けたいと思っているのではありませんか?」

「……………………」

 

 ンフィーレアの言葉に、ニニャは顔を俯かせて黙り込んだ。握り締められた両手の拳には力がこもり、唇はきつく引き結ばれている。

 無言ながらも、ンフィーレアの言葉がニニャの本心であることは誰の目から見ても明らかだった。

 

「すみません、別に責めている訳ではないんです。むしろ、そんなニニャさんなら僕の提案もメリットがあると思うんです」

「……メリット……。それは……一体どんな提案なんですか……?」

 

 恐る恐る様子を窺うように俯かせていた顔を上げるニニャに、ンフィーレアはニッコリとした笑みを浮かべてみせた。

 

「僕の提案は、“ツアレさんにカルネ村で僕の手伝いをしてもらう”というものです」

「えっ、カルネ村……ですか……?」

 

 どうにも話が見えず、ニニャの顔に困惑の色が濃く浮かんでくる。しかしンフィーレアは全く表情を変えずに更に詳しい説明を始めた。

 ンフィーレアの提案とは、ンフィーレアの薬師としての手伝い。

 つまりカルネ村に居を構え、ンフィーレアの依頼に応じてトブの大森林で必要な素材を採取。また、ンフィーレアが発明した新しいポーションや従来のポーションを研究で忙しいンフィーレアの代わりに定期的にエ・ランテルで売ってほしいというものだった。

 

「既にカルネ村の人たちにも協力を依頼していて快諾してもらっているんですが、あの村はまだまだ人が少ないので人手が足りない状態なんです。ニニャさんもカルネ村については覚えていますよね?」

「は、はい。とても良い村だったことを覚えています」

「カルネ村は村全体が一つの家族のようなものなので、カルネ村に住むことが出来れば普段ニニャさんが側にいなくてツアレさんが一人になっても大丈夫だと思うんです。勿論ツアレさんにもいろいろと事情があると思うので無理なお仕事は頼みません。森に入っての素材集めは村の方々がしてくれますし、エ・ランテルで薬を売るのも負担だというならして頂かなくても大丈夫です。……そうですね、取り敢えず集められた素材を種類ごとに分けて整理してもらえるだけでも大助かりです!」

 

 拳を握りしめて力説するンフィーレアに、ニニャは少々圧倒されて一歩後ろに後退る。しかしその顔には困惑以外の色も浮かんでおり、どうやらンフィーレアからの提案を真剣に考えているようだった。

 ツアレをカルネ村に住まわせるこの計画は、ただ彼女のことを案じたペロロンチーノの慈悲によるものだけではない。もしそれだけならウルベルトが許すはずもなく、彼女をカルネ村に囲い込むことは多くの理由と目的を含んでいた。

 一つ目はニニャに対する人質という目的。

 ニニャはモモンガたちにとってレベル上げや経験値の取得、武技や“生まれながらの異能(タレント)”といったこの世界独自の能力に対する研究の大切なモルモットの一人だ。絶対に替えが利かないと言う訳ではないが、ニニャの持つ“生まれながらの異能(タレント)”は非常に興味深く、それだけでも研究する価値は十分にある。また、使えるものは最後まで有効に使うというのがモモンガの信条だ。ツアレという存在のためにニニャというモルモットを失うのは少々惜しいように思われた。

 二つ目に、ツアレにかけた記憶操作の魔法の検証という目的。

 通常、普通の記憶喪失というものは身体や精神によるショックや見覚えのある存在や光景によって失っていた記憶を取り戻す場合が多々存在する。ユグドラシルでの記憶操作の魔法はユグドラシル(ゲームの世界)では絶対的な効力を発揮していたが、果たしてこの世界でもそれは変わらないのかが未だ不明だった。

 果たしてユグドラシルと同様に絶対的な効力を発揮して永久に記憶が正しく戻ることはないのか。それとも通常の記憶喪失と同じように何かしらの現象によって正常に戻る可能性があるのか……。

 その検証のために、ツアレをカルネ村に住まわせて経過を観察していく。

 勿論、先ほどンフィーレアがニニャに説明した言葉も嘘ではない。

 資金を得る一つの方法として本物のンフィーレアたちが研究中に創り出した多種のポーションを販売することをウルベルトが提案し、ペロロンチーノがその販売人としてカルネ村の人々を推薦したのは事実だ。そしてカルネ村は未だ村人の数が少ないため、何をするにしても人手が足りないというのもまた事実。

 ツアレをカルネ村に住まわせるという今回の提案は多くの意味でモモンガたちにとってメリットになり得るものだった。

 

 

「……その提案は、とても魅力的なものだと思います。僕も、出来るならその提案を呑みたい。……でも、すみません、姉さんの気持ちも聞いてみないと……」

 

 小さく顔を俯かせて言いよどむニニャに、ンフィーレアは慌てることも怒ることもなく、変わらぬ笑顔のまま一つ頷いた。

 

「そうですね。では、ツアレさんが起きるまで保留にしておきましょう。……良ければ、それまでもう少し詳しいお話をしても良いですか? 詳細が分かっていた方がニニャさんも安心して……――」

 

 ンフィーレアが言葉を続ける中、まるでそれを遮るかのように不意に隣室のメインルームの奥から扉のノック音が響いてきた。

 どうやら外からノックされたようで、自然とこの場にいる全員が部屋の主であるモモンガへと目を向ける。

 モモンガは突然の予想外の出来事に内心大いに焦りながら、しかし必死にそれを抑え込んでなるべく堂々とした態度を心掛けるとナーベラルへと顔を向けた。

 

「……ナーベ、出てもらえるか?」

「畏まりました」

 

 ナーベラルは一度恭しく頭を下げると、すぐに頭を上げて足早にメインルームへと向かっていった。彼女の足音が遠ざかり、小さく扉の開く音が聞こえてくる。どうやら外にいる誰かと話しているようで、微かに聞こえる話声の後にナーベラルが足早にこちらに戻ってきた。

 

「モモンさん、アダマンタイト級冒険者の“蒼の薔薇”の方々が是非モモンさんにお会いしたいとエントランスまで来ているとのことです」

「………は………?」

 

 ナーベラルの口から飛び出た言葉の意味が分からず、思わず呆けたような声が零れ出る。

 しかしモモンガはそれに構う余裕もなかった。

 “あおのばら”、……“青のバラ”…“蒼の薔薇”……?

 それってもしかしなくても、あの王都で会った“蒼の薔薇”か?

 えっ、何でエ・ランテルにいるんだ? それも俺に会いにきたって……、一体何の用なんだ……???

 予想外のこと過ぎて頭上には幾つもの疑問符が浮かび、思考はフリーズしそうになる。

 しかしこんなところで思考停止している場合ではない。ここにはナザリック以外の者もおり、頼りになる友は傍にいないのだ。どこからも助けを得られない今、自分で何とかするしかない。

 焦りの中でどう対応すべきか思考を捏ね繰り回す中、しかし思わぬところから意外な助け舟が飛び込んできた。

 

「おおっ、“蒼の薔薇”とは、あの有名なアダマンタイト級冒険者の方々ですか!? それは早く行かれた方が良いですね! モモンさんは“蒼の薔薇”の方々に会いに行って下さい。その間に我々はニニャさんのお姉さんが目覚めるのを待ちつつ、もう少し詳しいお話をンフィーレアさんから聞いておきましょう」

 

 抑揚の強いテンションの高さでそう言ってきたのは、マエストロに扮するパンドラズ・アクター。

 モモンガは思わず驚愕のあまり一瞬無言でパンドラズ・アクターを見つめたが、すぐに我に返ってこの有り難い助け船に飛びついた。

 

「……そう、ですね。では、少し席を外させて頂きます。なるべく早く戻りますので。……行くぞ、ナーベ」

「はっ」

 

 快く頷いてくれるパンドラズ・アクターやニニャたちに甘え、モモンガはエントランスに向かうべく踵を返す。

 ナーベラルに声をかけて背後に従わせると、後ろ髪を引かれる思いながらも部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――………モモン様っ! お久しぶりです!!」

 

 階段を下りてエントランスに足を踏み入れた途端にかけられた声。

 高く、明るく、まるで弾けたようなその声に反射的に顔を向ければ、そこには見覚えのある五人組がこちらに歩み寄ってくるところだった。

 先頭には仮面をつけた少女がおり、まるで跳ねるような足取りでこちらに駆け寄ってくる。

 

「モモンさん、お久しぶりです。事前の連絡もなく突然伺ってしまい、申し訳ありません」

 

 イビルアイに続き、“蒼の薔薇”のリーダーであるラキュースが挨拶と共に謝罪してくる。

 普通であれば当然である謝罪の言葉。しかしアダマンタイト級冒険者たるもの、こんな事で怒るようでは器を疑われかねない。

 モモンガは自身に集まっている多くの視線を感じながら、殊更大きく首を横に振ってみせた。

 

「いいえ、構いませんよ。こんなに早くまたお会いすることになるとは思っていませんでしたが……、何か火急のご用件ですか?」

「実はモモンさんにお伺いしたいことがありまして……。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

「……どうやら込み入った話のようですね。ナーベ、談話室を借りられないか受付に聞いてきてくれるか?」

「はっ、畏まりました」

 

 “黄金の輝き亭”はエ・ランテル一の最高級宿屋であることもあり、寝泊まりする部屋とは別に客同士が会談に使う談話室が幾つか設備されている。宿泊客であれば無料で使うことができ、宿泊している冒険者や商人などが良く利用していることが多かった。モモンガ自身はこれまで使ったことはなかったが、今こそ有効活用する時だろう。

 ナーベラルが受付で無事に許可をもらって戻ってきた後、モモンガは“蒼の薔薇”のメンバーを引き連れて談話室へと向かった。

 エントランスを抜け、幾つもの部屋が連なる細い廊下を突き進む。

 念のため一番奥の談話室を選んで室内へと足を踏み入れると、モモンガは“蒼の薔薇”のメンバーを振り返って席に着くように促した。

 室内は落ち着いた紺色を基調としており、部屋の中心には大きなテーブルと、対面するような形でテーブルの両脇に複数の椅子が鎮座している。椅子の数は片側に5脚の合計10脚。“蒼の薔薇”のメンバーも全員椅子に座れるようになっており、モモンガとナーベラルは隣同士で席につき、“蒼の薔薇”のメンバーもモモンガとナーベラルに対面する形で全員が椅子に腰かけた。並びはモモンガから見て左からティア、ティナ、ラキュース、イビルアイ、ガガーランの順である。

 モモンガは兜の奥でザッと目の前のメンバーの顔や様子を素早く観察すると、次には意を決して口を開いた。

 

「それで……、私に聞きたいこととは何でしょうか?」

 

 遠回しに探りを入れるには情報が足りず、またニニャたちを待たせているため時間もない。単刀直入に問いかけるモモンガに、目の前のラキュースは緊張したように背筋を伸ばしたようだった。

 

「実は……、帝国のワーカーである“サバト・レガロ”のレオナール・グラン・ネーグルさんについて、お二人が知っていることを教えて頂きたいのです」

「………レオナールについて、ですか……?」

 

 ラキュースの口から発せられた意外過ぎる言葉に、モモンガは思わず驚愕と困惑が綯い交ぜになって言葉を途切らせた。

 ふと、王都リ・エスティーゼでラキュースがウルベルトに対して浮かべていた恋する乙女の表情を思い出す。まさか恋慕を拗らせすぎて、こんなところにまで“レオナール・グラン・ネーグル”のことを知りに来たというのだろうか……。

 しかしそう考えてはみたものの、どうにも目の前のラキュースからはそんな浮ついた――或いはドロドロとした感情は伝わってこない。

 どちらかというと切羽詰まったような緊張感が漂っており、モモンガは何とも言えない悪い予感に襲われた。ナーベラルも同じ空気を感じ取ったのか、徐々に不穏な気配を漂わせ始める。

 モモンガは兜の中で出ないはずの唾をゴクッと飲み込む仕草をすると、気づかれないように深く細く息を吐き出した。

 

「……何故、我々に……?」

「王都にいらっしゃった時、ナーベさんがネーグルさんのファンであるとモモンさんは仰っていました。つまり、あなた方はネーグルさんのファンになる程度には彼を知っているということではありませんか?」

「例えそうだったとして……、何故そんなにもレオナールのことを知りたいのですか? わざわざエ・ランテルにいる我々を訪ねてまで?」

「それは……」

 

 モモンガからの鋭い指摘に、途端にラキュースが言葉に窮したように口ごもる。まるで何かを迷うように視線をさ迷わせた後、次には覚悟を決めたかのように真っ直ぐにモモンガへと目を向けてきた。

 

「実は、リ・エスティーゼ王国の国王であるランポッサⅢ世とザナック第二王子が、ネーグルさんに対して警戒心を持っておられるという情報を得たのです」

「……警戒心…、ですか……?」

 

 意味が分からず、モモンガは思わず小さく首を傾げる。それだけ、リ・エスティーゼ王国の王族が“レオナール・グラン・ネーグル”を警戒するというのが頭の中で(イコール)として繋がらなかった。悪魔騒動の後、礼をしたいと申し出てきた行動とも矛盾しているように感じられる。

 一体どういうことだ……と思わず兜の中で骸骨の顔を顰めさせる中、まるでそれを感じ取ったかのようにラキュースが再び口を開いてきた。

 

「陛下とザナック王子がネーグルさんを危険視する一番の理由は、ネーグルさんが帝国のワーカーであるためです。……もしかすればモモンさんは知らないかもしれませんが、現在リ・エスティーゼ王国はバハルス帝国と戦争をしています。未だ全面戦争といった大規模なものではありませんが、それでも年に一度、秋の収穫時を狙って帝国は王国に軍を派遣し、王国はその度に帝国の攻撃を防いできました」

 

 最初の前置きは、恐らくエ・ランテルに来て未だ一年も経っていないモモンガに対して気を遣って説明してくれたのだろう。

 しかしモモンガは既に王国と帝国の関係性や現状や立ち位置を正確に理解している。そして、同時に王国の王族が何を危険視し、ラキュースが何を言いたいのかも理解した。

 

「……なるほど、ワーカーは冒険者と違い、国からの依頼も問題なく受けることができる。つまり、王族の方々はレオナールが帝国からの依頼を受けて王国に牙を向くのではないかと心配しているということですね」

 

 モモンガの確認するような言葉に、ラキュースは神妙な表情を浮かべて大きく頷いた。

 

「その通りです。……ですが、ここで勘違いしてほしくないのが『王族の方々はネーグルさんを危険視してはいても決して彼を害そうとしている訳ではない』ということです。まずはネーグルさんについて知り、できるなら王国に来てもらいたい。……そのためにも、まずはネーグルさんの情報を集めようと今回モモンさんに会いに来たのです」

「………なるほど……」

 

 モモンガはラキュースからの説明に神妙に頷きながら、しかし心の中では頭を抱えていた。

 まさかこんなことになろうとは……と言うのが正直な気持ちだった。

 名声を上げ、強い影響力を得るために力の一端を見せているのに、それが警戒心に繋がってしまうなど本来転倒である。とはいえ、彼女たちの要望に従って“レオナール・グラン・ネーグル”と彼率いる“サバト・レガロ”を王国に引き入れさせるわけにもいかなかった。これまであらゆる情報を収集した結果、最終的に手に入れる価値としては王国よりも帝国の方が圧倒的に旨味が強い。既に帝国での名声を高めている“サバト・レガロ”を王国に移動させることは、何のメリットもないように思われた。逆に帝国での人脈などが白紙に戻ることを考えればデメリットにしかならない。

 これはまたウルベルトとペロロンチーノに相談しなければならないな……と考えながら、モモンガは取り敢えずこの場を何とか乗り切るべく目の前の“蒼の薔薇”に集中することにした。

 

「皆さんの用件は分かりました。……ですが、残念ながら我々はレオナールについてそれほど多く知っている訳ではないのですよ」

「それは一体どういうことでしょうか?」

「……我々も、レオナールについて知っているのは噂程度だということです。これまで実際に会って話したことはありませんでしたし……」

「噂ですか……。それは一体どこで?」

「それは…、その……」

 

 ラキュースからの鋭い追及に、思わず言葉を濁らせる。

 焦りばかりが湧き上がってくる中、不意に今まで黙っていたイビルアイが小さくこちらに身を乗り出してきた。

 

「……もしや、その噂を聞いたのはモモン様がエ・ランテルに来る前のことだろうか?」

「そっ…の、通りだ……」

 

 イビルアイからの言葉に、思わず咄嗟に頷いて返してしまう。

 何が嬉しいのか、イビルアイが仮面の奥で『ふあぁぁ~~っ』という何とも言えない奇声を上げる中、今まで黙っていた他のメンバーたちも一様に口を開き始めた。

 

「噂って、どんな噂だったんだ?」

「そうですね……。『多くの魔法や魔法具を研究している凄腕の魔法詠唱者(マジックキャスター)がいる』というのが最初に聞いた噂でしたね。……後は、『たった一つの魔法でドラゴンを倒してしまった』だとか、『強大な力を持った魔法詠唱者(マジックキャスター)と一騎打ちして勝利し、その能力を奪ってしまった』なんていう噂もありましたね」

 

「……一つの魔法でドラゴンを倒すとか、信じられない」

「嘘っぽい……」

「二人とも、言葉を慎みなさい」

 

 モモンガの言う噂の数々に、途端に忍者服の双子の少女たちが口々に否定の言葉を口にしてくる。すぐさまラキュースが諌めに入る中、そんな彼女たちの掛け合いを眺めながら、モモンガも心の中で『だろうな……』と小さく呟いていた。

 確かにこの世界の基準で考えれば、どれも信じられないことだろう。しかしモモンガが口にした言葉はどれも本当のことであり、実際にユグドラシルでウルベルトがしてきたことだった。

 『ドラゴンを一つの魔法で仕留めた』というのは言葉通りであるし、『強大な力を持った魔法詠唱者(マジックキャスター)に勝って能力を奪った』というのは、ウルベルトがワールドディザスターだった魔法詠唱者(マジックキャスター)を倒して、新たなワールドディザスターになった時のことを言葉を変えて話しただけだ。ワールドディザスターとは、既にワールドディザスターである他のプレイヤーをPKすることで初めてなることのできる職業であるため、『能力を奪った』という言葉もあながち間違った表現ではないだろう。

 内心一人で納得する中、不意に大きく息を吐き出す音が聞こえてきて意識をそちらへと向けた。

 

「だが、まぁ…、あの悪魔騒動での戦いぶりを見た後だと、その噂も全部本当に思えてくるな。……あんたらも本当だと思ったから、あいつのファンになったんだろう?」

 

 椅子の背もたれに深く背を預けながら、ガガーランがナーベラルへと問いかけてくる。

 対するナーベラルはと言えば、ガガーランの不遜な態度とウルベルトのことを“あいつ”呼ばわりしたことで顔を般若のように歪ませていた。

 

「……あの方を“あいつ”などと呼ぶなど、身の程知らずの蛆虫が……っ!」

「ナーベっ!!」

「……おっと、こりゃマジだな……」

 

 唸るような声音と共に双眸を鋭くつり上げるナーベラルに、モモンガはすぐさま鋭くその名を呼ぶことで諌め、ガガーランは顔を引き攣らせながら無意識に姿勢を正す。

 何とか殺気を治めたナーベラルに内心で大きなため息をつきながら、モモンガは改めてラキュースたちへと顔を向けた。

 

「……と言う訳で、我々はレオナールの詳しい情報は知らないのです。力になれず、申し訳ありません」

 

 一度ここで言葉を切り、座ったまま深々と頭を下げる。目の前ではラキュースやイビルアイが慌てている気配が伝わってきたが、モモンガはそれには一切構うことなく頭を下げ続けながらこれからのことについて素早く思考を巡らせていた。

 モモンガ個人としてはこのまま引いてしまいたい気持ちは山々なのだが、しかし一方で彼女たちをそのまま放置しておくのも危険なような気がしてならない。恐らく彼女たちはこれからも“レオナール・グラン・ネーグル”について探ろうとするだろう。どんなに調べたところで王国で“レオナール・グラン・ネーグル”についての情報など出てくる筈がないだろうが、それでも何がどう繋がって来るかも分からない。例え放置するにしても、もう少し探りを入れた方が良いだろう。

 モモンガはゆっくりと下げていた頭を上げると、ホッとした様子を見せるラキュースたちを真っ直ぐに見つめた。

 

「しかし、これからどうするつもりですか? 王国でレオナールの情報は集まらないと思いますが……」

 

 諦めてくれないかな~……という思いをこっそり込めながら問いかける。

 しかしモモンガの願いも虚しく、ラキュースから返ってきた言葉はモモンガが望むものとは真逆の言葉だった。

 

「そうですね……。一度、カルネ村に行ってみようかと考えています」

「カ、カルネ村……ですか………?」

「トブの大森林近くにある辺境の小さな村なんですが、実はネーグルさんと交流があるみたいなんです。モモンさんはカルネ村をご存知ですか?」

「………ええ、依頼で何度か行ったことはありますが……」

 

 言葉尻を濁しながら、モモンガは内心で『あぁあああぁぁぁぁあぁぁ……っっ!!!』と悲鳴にも似た声を上げていた。ここに来て漸く以前の定例報告会議でウルベルトがカルネ村で“蒼の薔薇”のメンバーと会ったことを報告していたことを思い出す。まさかここで繋がってくるとは……と大きな焦りが湧き上がってきた。

 カルネ村はウルベルトだけではなくペロロンチーノも深く関わっている場所だ。もはや、『では勝手に行ってきて下さい』と言えるような場所ではない。加えてカルネ村の担当であるペロロンチーノは、今はエルフの国と法国の方に着手しているため、こちらにまで手が回らない状態だった。もう一人の仲間であるウルベルトに至っては、そもそも彼について調べに行こうとしているのだから張本人に助けを求めるなど本末転倒だ。

 ここは自分が一人で何とかするしかない……。何とか…、何とかカルネ村に行かせないようにしなくては……!!

 誰にも気づかれないように拳を握りしめて決意を胸に宿したその時、不意に目の前で腰掛けていたイビルアイが立ち上がったと同時に勢いよくテーブルに両手をついて身を乗り出してきた。

 

「モモン様! では、宜しければカルネ村まで一緒に来て頂けませんか!!」

 

「「っ!!?」」

「ちょっ、何を言っているの、イビルアイ!」

 

 イビルアイの突然の言葉に、モモンガだけでなく“蒼の薔薇”のメンバーまでもが一様に驚愕の表情を浮かべる。

 しかしイビルアイの勢いは止まらない。ラキュースからの静止の声をも振り切り、興奮した様子で一層こちらに身を乗り出してきた。

 

「我々も一度カルネ村に行ったことはあるのですが、何度もカルネ村に行かれているモモン様も共に来て頂けるのならとても心強いです!!」

 

 最後には胸元まで上げた両手を握りしめて力説するイビルアイに、モモンガは思わずその勢いに圧倒されてしまった。返す言葉が見つからず、しかしそこでふと、これは良い申し出ではないだろうか……と思い至る。

 先ほどまではずっと彼女たちをカルネ村に行かせないように考えていたが、それはどう考えても難しそうだ。ならば、自分も共に行って少しでも彼女たちの関心事を逸らすことが出来れば……。

 果たして自分にどこまでできるかは分からないが、それでも彼女たちだけでカルネ村に行かせるよりかはずっと良いだろう。

 幸いと言うべきか、今モモンガにはニニャとツアレの件もある。それらを上手く利用すれば、自分が“蒼の薔薇”に同行してカルネ村を訪れるのもそれほど不自然ではないはずだ。

 

「……そう…ですね……。ちょうどカルネ村に行く用もあります。もし宜しければご一緒させて頂きましょう」

「本当ですか!? はあぁぁ~っ!! 嬉しいです、モモン様!!」

「あ、ありがとうございます、モモンさん。宜しくお願いします」

 

 イビルアイは感極まったような素振りを見せると、明るい声を上げながらピョンピョンと飛び跳ね始める。ラキュースも椅子から立ち上がり、深々と頭を下げてくる。他の“蒼の薔薇”のメンバーも、それぞれ感謝や歓迎の言葉をかけてくる。

 モモンガは目の前の少女たちは見つめながら、一人これからのことについて必死に思考を巡らせていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 夜の闇に染まった深い森の奥。

 微かな風にのみ揺れていた茂みの葉が、不意に過ぎった複数の影によって大きく騒めいた。

 森の中を駆けるのは四つの細身の影。

 森に潜む獣も魔物も寄せ付けず、四つの影は闇の奥へ奥へと駆け進んでいく。

 そして最後に辿り着いたのは、森の木々の影に隠れるようにして潜む一つの岩の洞窟。

 四つの影は一度洞窟の入り口で立ち止まると、まるで相談し合うかのように互いに顔を寄せあった。

 

「――……ここで間違いないのか?」

「はい、ここです」

「……まずは入ってみよう…」

 

 三つの影が洞窟の入り口の闇を見つめながら小さく囁き合う。しかし残りの一つの影だけは無言を貫き、そのまま一人別方向へと進んで闇へと消えていった。残った三つの影はそれを一切止めることなく、未だ真っ直ぐに洞窟の入口の奥を見つめている。しかし次には意を決すると、再び一列となって洞窟の中へと足を踏み入れていった。

 洞窟の中は肌寒さを感じるほどに涼しく、しかし湿り気は一切なく乾いている。

 無言のまま洞窟の奥へと突き進む中、不意に開けた闇に三つの影は自然と足を止めた。

 細い通路を抜けた先にあったのは、天井が抜けた広い空間。中心には一つの大きな岩が佇んでおり、まるでスポットライトのように月の光が青白くその岩を照らしている。

 そして、まるでその岩が玉座であるかのように腰かけている一つの影。

 自然とそれらを見上げる三つの影の目の前で、岩に腰かけた“それ”は仮面から覗く鋭い瞳を鋭く煌めかせた。

 

 




今回久しぶりに出てきたパンドラ一行!
ブリタについてはいろいろ皆さんのご意見はあるかと思いますが、当小説のブリタはそれなりに強くなる設定です。
とは言っても、せいぜいが金級程度。
クライムくらいをイメージしておりますので、クライム以上に強くなることはないと思われます。

*今回の捏造ポイント
・“クアエシトール”;
パンドラズ・アクターが率いる冒険者チーム。
『クアエシトール』とは、ラテン語で『探究者』という意。

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