世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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今回は悪魔親子の出番やペロシャルの色が濃い目となっております。
ご注意ください!(笑)


第40話 微かな変化

 深夜0時でのナザリック地下大墳墓。

 現在このナザリックを支配している三人の至高の主たちとナザリックを管理する主なモノたちが第九階層の円卓の間に集っていた。

 この世界に転移して来てから幾度となく開いてきた定例報告会議。

 最初の頃に比べれば大分報告内容は落ち着いてきており、それだけ土台が出来つつあることが窺える。

 しかし、今回は久しぶりに報告内容が濃いものとなっていた。

 参加しているのは至高の主であるモモンガとペロロンチーノとウルベルト。階層守護者及び領域守護者からはアルベド、シャルティア、コキュートス、アウラとマーレ、デミウルゴス、パンドラズ・アクター。その他にもセバスと一般メイドが三人そろっている。計十四もの異形たちが一つの部屋に集まっていた。因みにプレアデスのメンバーは全員が何かしらの任務や待機を言い渡されており、今回の定例報告会議には出席してはいなかった。

 恒例によってモモンガから順にペロロンチーノ、ウルベルトと報告を行っていく。

 モモンガからは冒険者としての揺るぎない立場の確立。

 ペロロンチーノからは第二のナザリック建設の進行状況。

 ウルベルトからはワーカーでの現在の立ち位置や武王との闘技場の演目出場について。そしてレイナース及びフールーダ・パラダインについて報告していった。

 

 

「――……それで相談なんだが、フールーダ・パラダインをこちら側に引き入れる方が良いと思うか?」

 

 報告の後に投げかけられた問いかけ。

 ウルベルトからの相談に、モモンガとペロロンチーノは黙り込んでそれぞれ考え込んだ。

 フールーダ・パラダインをこちら側に引き入れた場合のメリットとデメリット。そして生じるであろうナザリックやこの世界への影響。総合的に考えればこちら側に引き入れた方がメリットは高そうだったが、ウルベルトから語られるフールーダの奇行の数々にモモンガやペロロンチーノは肯定的な言葉を口にするのを躊躇ってしまっていた。

 

「……ウルベルト様、発言をお許し頂けませんでしょうか?」

 

 どこか重苦しい沈黙の中、それを破るように不意にデミウルゴスが声をかけてくる。

 無言のまま手振りのみで先を促せば、デミウルゴスは一礼と共に改めて口を開いてきた。

 

「フールーダ・パラダインという人間は、バハルス帝国では皇帝に次ぐ影響力を持った人物。これを手中に収められれば、もはや帝国を操ることも可能だと思われます。ウルベルト様のお話を聞く限りでは、一度懐柔できれば、裏切られる可能性も低いかと思われます」

「………まぁ、そうだろうな……」

 

 淀みなく語られるデミウルゴスからの言葉に、ウルベルトは小さく頷いて返す。しかし、その顔は相変わらず物憂げに翳りを帯びていた。

 フールーダが役に立つだろうことはウルベルトたちとて分かっている。問題なのは、これまで話に出てきた奇行の数々が自分たちに向けられるであろうことであり、『それが嫌なんだ!』とは口が裂けても言えなかった。

 しかしそんなウルベルトたちの心の声が聞こえた訳ではないだろうが、司会進行役に徹していたアルベドが小さく顔を顰めさせながら口を開いてきた。

 

「……デミウルゴス、そうは言うけれど、ウルベルト様のお話を聞く限りでは、フールーダ・パラダインとかいう男はナザリックに加わるには少々品位に欠けるのではないかしら? もしモモンガ様やウルベルト様に失礼なことをされたら、思わず頭を握り潰してしまいそうなのだけれど」

 

 どこまでも淡々と、それでいて凍り付くような声音でアルベドが苦言を口にする。最後の言葉などは、人間の感覚からすれば誰もがたちの悪いブラックジョークだと思うだろう。しかし、この場にいる全てのモノたちは、それが冗談なのではなく紛れもない本心だと言うことを知っていた。ナザリックのモノたちの感覚からすれば、当然の意見ですらある。

 案の定というべきか、反論を受けたデミウルゴスですら満面の笑みを浮かべて頷いていた。

 

「当然だとも。私とて、至高の御方々に不敬を働くような真似を許すつもりはありませんよ。しかし、彼の男に利用価値があることも事実……」

 

 デミウルゴスは一度言葉を切ると、次にはアルベドからモモンガたちへと向き直った。

 

「ウルベルト様、モモンガ様、ペロロンチーノ様。フールーダ・パラダインに関し、御方々の尊き御姿を拝見する機会を与えてやっては如何でしょう」

「「「っ!!?」」」

 

 デミウルゴスからの思わぬ提案に、モモンガたちはそれぞれ驚愕の表情を浮かべたり小さく息を呑んだ。

 

「……“尊き姿”というのは、つまり……本性を見せるということか?」

 

 何とか平静を装おうと内心四苦八苦しながらも、ウルベルトは慎重に言葉を選びながら問いかける。半分『何かの冗談か?』という気持ちで問いかけたそれに、しかしデミウルゴスは満面の笑みで頷いてきた。

 

「仰る通りでございます。フールーダ・パラダインに関しての目下の問題点は、裏切りの可能性と暴走時の対処が挙げられます。であれば、裏切れないように……そして不敬を働くべき相手ではないということを徹底的に思い知らせれば良いかと愚考いたします」

「……なるほど。敢えて至高の御方々の御姿を見せることで、その威光によってひれ伏せさせるということね」

 

 デミウルゴスに続いてアルベドが補足し、この場にいるシモベたちが一様に感心や納得したような声を上げてくる。

 しかしモモンガたちにとっては全く納得できかねるものだった。

 第一、自分たちの姿など威光を感じさせられるようなものでもなければ、相手をひれ伏せさせるような力も持ってはいない。精々ナザリックのモノたちに対してか、ひれ伏せられたとしてもそれは恐怖からくるものだろう。

 しかしモモンガたちはそれらを決して口には出さなかった。口に出したところで彼らから猛反論されるのは目に見えていたし、そうなった彼らを説き伏せられる自信もなかった。ただ無言のまま顔を見合わせ、視線でのみ意見を交わす。

 デミウルゴスやアルベドの意見について各々で思案し、最初に口を開いたのはペロロンチーノだった。

 

「………まぁ、良いんじゃないですかね? そのお爺ちゃんだけに明かすなら、そんなに大きな騒ぎにはならないだろうし……」

「いや、十分大きな騒ぎになると思うが……」

「でも、要はそのお爺ちゃんが俺たちの正体を他にばらさなければいいわけでしょう? なら、例えばお爺ちゃんの影に影の悪魔(シャドウデーモン)を潜ませて、何かあったら対処してもらえばいいんじゃないですか?」

「そうは言うが、シャドウデーモンは下位の悪魔だぞ。フールーダ・パラダインは英雄の領域を超えた逸脱者だという。いくらこの世界自体のレベルが低いからといって、油断は禁物だと思うがね」

「なら、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)ならどうですか? 彼らのレベルでなら十分だと思いますけど」

「……いや、しかし八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)は何かに身を潜められる訳ではないからな。フールーダに気付かれなかったとしても、他の者に気が付かれる可能性もある」

「う~ん……。そもそも、そのお爺ちゃんって本当に役に立つんですかね? これらの情報って、唯の又聞きの情報でしょう?」

「………ふむ、直接会って見極める必要があると?」

「その方が色々と手っ取り早いと思うんですけど……」

 

 シモベたちの目の前で、あーでもないこーでもないと意見を出し合って話し合う。

 時折守護者たちからも意見を聞き、そして最終的には、まず最初にウルベルトがフールーダと会って懐柔する価値があるかどうか見極め、もし価値ありと判断すれば積極的に引き入れることとなった。最終的な判断はウルベルトに一任され、懐柔方法については、場合によってはウルベルトの正体を明かす手段も含まれている。そうなった場合、シャドウデーモンと八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)での徹底的な監視をすることも決定した。

 

「……では、ウルベルトさんはそのように動いてくれ」

「ええ、了解しました」

 

 最後はギルド長であるモモンガがウルベルトに声をかけ、ウルベルトが軽く一礼してそれに応える。

 ウルベルトの報告はこれで終わり、次に報告したのはアイテム作製チームのデミウルゴスだった。

 報告内容は主に、巻物(スクロール)の作製状況と実験結果。加えて薬師のバレアレ両名が作り出した紫色のポーションについてだった。

 差し出されたポーションは正しく紫色をしており、ユグドラシルでの赤いポーションには劣るものの、この世界での青いポーションに比べれば効果は著しく上昇している。

 この短期間での目を瞠る結果に、モモンガたちは思わず感心を通り越して呆然としてしまった。

 果たしてデミウルゴスが優秀なのか、それともバレアレ両名が優秀なのか、将又どちらも優秀だからなのか……。どちらにせよ、これは間違いなく褒美を与えねばならないレベルの結果と貢献度だろう。

 モモンガとペロロンチーノは互いに顔を見合わせると、ペロロンチーノは大きなため息をつき、モモンガは改めてデミウルゴスへと眼窩の灯りを向けた。

 

「……ご苦労だったな、デミウルゴス。この短期間でこれだけの成果を出すとは思わなかったぞ」

「ありがとうございます。しかし、これは全てあの二人の人間を下賜下さったモモンガ様とウルベルト様のご判断あってのことでございます」

「あー、いや、そうだな……。……まぁ、それは置いておいてだ。ここまでの結果を出してくれたお前には褒美を与えねばと考えている」

「そんな! 褒美などと!!」

 

 モモンガの言葉に、デミウルゴスは喜びに尾を激しく振りながらも恐縮したように声を上げてくる。

 しかしそれは、ウルベルトが小さく笑いながら手を軽く振ったことによって途中で遮られた。

 

「まぁ、聞きたまえ。私としては“これ”を褒美にするのもどうかとは思うのだがね……」

 

 そこで一度言葉を切り、ウルベルトはニタリと大きく口を歪ませる。

 

「先日話した巻物(スクロール)の素材確保の方法について、正式に許可を与える。魔王として施設周辺の亜人共を支配下に置き、その後、素材の確保を行え」

 

 以前、ウルベルトがデミウルゴスのアイテム作製施設に赴いた際に提案した、素材となる人間の捕獲案。前回の定例報告会議でも提案し、今まで保留となっていたのだが、今回漸くモモンガとペロロンチーノからお許しが出たのだ。

 待ちに待った許可に、デミウルゴスの笑みも大きく深くなる。

 デミウルゴスは右手を胸元に添えると、そのまま深々と頭を下げた。

 

「畏まりました。感謝いたします」

 

 デミウルゴスの感謝の言葉に頷くことで応えると、先に進めるようにウルベルトが軽く手を振ってアルベドを促す。アルベドはそれに一礼すると、ウルベルトに従って進行を再開させた。

 デミウルゴスに続いて報告を始めたのはアウラとマーレ。

 アウラは主に捕獲したザイトルクワエの分裂体についての報告を行い、マーレは主にカルネ村の復興状況や村人たちの様子について報告していった。

 ザイトルクワエの分裂体については、頭頂部の薬草はユグドラシル基準でも中々に価値のある物であると判明し、カルネ村の様子も良好であるようだった。

 

「薬草か……。それは一度摘み取ってしまってもまた生えてくるのかね?」

 

 長い顎鬚を弄びながら、ウルベルトがアウラへと目を向ける。

 投げかけられた問いに、アウラは満面の笑みを浮かべて大きく頷いてきた。

 

「はい! 一度摘み取ってもまた生えてくることは確認済みですので大丈夫です!」

「なるほど……。ならばアイテム作製の実験用に何束かデミウルゴスに別けてもらえるかな?」

「ウ、ウルベルト様……っ!!」

 

 ウルベルトの言葉に、途端にデミウルゴスが感動したように身体を小刻みに震わせる。

 また始まったウルベルトによる親馬鹿行動にモモンガやペロロンチーノは内心で苦笑しながら、伺いを立ててくるアウラに一つ頷いて許可を与えた。

 アウラは満面の笑みを浮かべると、改めてウルベルトへと向き直った。

 

「分かりました、早急に準備します! デミウルゴス、後で取りに来てくれる?」

「ああ、分かった。感謝するよ、アウラ」

 

 アウラとデミウルゴスが微笑み合う光景に、まるで年の離れた兄妹を見るようで笑みが零れる。別段似ている容姿をしている訳でもないのだが、そう感じてしまうのは親のような目線で彼らを見ているためだろうか……。

 モモンガたち三人が内心ほんわかしている中、それに気が付いていないシモベたちは止まることなく会議を進めていった。

 アウラとマーレの次はコキュートスの報告である。

 彼の報告内容は主に蜥蜴人(リザードマン)たちへの支配状況であり、どうやら今のところ良い方向に向いているとのことだった。裏切ろうと目論むモノもおらず、第二のナザリック建設でも忠実に懸命に働いてくれている。

 何よりの報告に、モモンガたちは満足に大きく頷いた。

 この調子でいけば、コキュートスにも褒美として“リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン”を渡す日は近いかもしれない。

 モモンガたちはコキュートスに労いの言葉をかけると共に、何かあれば即座に報告するように注意を促すことも忘れなかった。それに、コキュートスはその場に傅いて了承の言葉を口にする。

 彼の報告は問題なく終わり、次に報告を始めたのは商人チームのセバス。

 商人チームの今回の報告内容は主に王国の貴族や軍部について。特に以前詳しく調べるよう命じていた王国王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフについてはより詳しい報告が成されていった。

 通常セバス率いる商人チームの報告方法は他のチームとは少し違った方法で行っているため、モモンガたちも最初の頃よりかは混乱することなく報告を聞けている。しかし、どうにも彼の様子が少しばかりおかしい様な気がして、モモンガたちは内心で首を傾げさせた。

 

『……どうしたんですかね? ちょっといつもと様子が違いませんか?』

『モモンガさんもそう思いますか? どうしたんでしょうね……、お腹でも痛いのかな?』

『竜人が腹痛って聞いたことないぞ……。いつもは一緒にいるソリュシャンが今回はいないから、それで違うように感じるんじゃないか?』

『ああ、なるほど。いつもはソリュシャンも一緒にこの会議に出席していましたもんね』

 

 セバスの報告が続く中、陰では〈伝言(メッセージ)〉でそんな会話を交わし合う。ウルベルトの予想にモモンガとペロロンチーノは納得しながら、その意識をセバスの報告へと戻して集中することにした。

 彼の報告を聞く限り、王国の王都に関しては大分情報が集まったように感じられる。そろそろ違う場所に移動させても良いかもしれない。

 セバスの報告を聞き終わると、モモンガはペロロンチーノとウルベルトに目配せをしてからセバスに向けて大きく一つ頷いた。

 

「ご苦労であった、セバス。どうやら王都に関しては大分情報が集まったようだな。……そろそろ別の場所に移動しても良いかと思うのだが、どうだ?」

 

 モモンガからの問いかけに、何故かセバスは大きく目を見開かせる。見るからに驚いているその様子に、モモンガたちは思わず小さく首を傾げさせた。何故こんなにも驚いているのだろう……と疑問に思う中、こちらが問いかけるよりも先にセバスが口を開いてくる方が早かった。

 

「……モモンガ様、恐れながら王都に関しましては未だ情報を入手しきれていない区画もございます。もう少しお時間を頂くことをお許し頂けないでしょうか?」

 

 深々と頭を下げて懇願してくるのに、更に首を傾げそうになってしまう。彼らの頭の中には『まだ調べていない区画ってあったのか?』や『王都って結構広いんだな~』という言葉が浮かんでは渦を巻いている。とはいえ、この場で一番王都に詳しいであろうセバスが言うのであれば、恐らくそうであるのだろう。

 モモンガたちは小さな疑問を残しながらもセバスの申し出を了承することにした。

 

「良かろう。お前が納得するまで調べるが良い」

「……ありがとうございます」

 

 未だ深々と頭を下げながら感謝の言葉を述べるセバスに、こちらも一つ頷いてそれに応える。

 モモンガはざっと室内を見回すと、もう一度大きく一つ頷いた。

 何か忘れているような気がするが、そんなことはないだろう!

 

「よし、全員報告は終わったな。それでは此度の会議は終りょ……」

「お待ちを! 待って下さい! わたくしめの報告がまだでございますっ!!」

 

 瞬間、モモンガの声を遮って大きく響き渡った一つの声。

 通常であれば不敬であるその行動に、しかしシモベたちから苦言の声が発せられることはなかった。誰もが声の主に目をやった瞬間、一様に開きかけた口を噤む。その顔には『お前か……』という文字が全員でかでかと書かれていた。

 彼らの視線の先……、片手をビシッと垂直に挙げて声を張り上げている人物は、鬱陶しいまでにピョンピョンと小さく跳ねて自身の存在を主張していた。

 

「モモンガ様、モモンガ様! このパンドラズ・アクターの報告が終わっておりません! 終わっておりませんっ!!」

「……分かったから、まずはその動きを止めろっ!!」

 

 湧き上がってきた羞恥心に耐え切れず、モモンガは羞恥の原因であるパンドラズ・アクターへと指を突き付けて怒声を上げる。しかし次には抑制された感情に大きく項垂れるモモンガに、ペロロンチーノは仮面の奥で満面の笑みを浮かべてグッと親指だけを立てた。

 

『モモンガさん、ドンマイ☆』

『……ペロロンチィィノォォオオォォォオィオォォォ~~~っ!!!』

 

 繋げられた〈伝言(メッセージ)〉からかけられた言葉に、途端にモモンガから悲鳴にも似た声が上がる。

 しかし、いつまでも項垂れている訳にもいかない。

 モモンガは無いはずの肺で一度大きく深呼吸すると、若干ペロロンチーノに殺意を覚えながらも意を決して俯かせていた顔をゆっくりと上げた。先ほどの言葉に従ってか、今では飛び跳ねることを止めた黄色い軍服姿のドッペルゲンガーを見やり、思わずすぐに視線を逸らしたくなる。

 彼はモモンガが創ったNPCであり、ユグドラシル時代の黒歴史の化身とも言うべき存在。

 何故彼がここにいるんだ……と心の中で嘆きつつも、しかしその理由は誰に説明されずともモモンガとてよく分かっていた。

 避けられないのならば早く終わらせるべく、モモンガは心の中で自身に活を入れると、心を強く持つよう心掛けながら口を開いた。

 

「……それで、パンドラズ・アクターよ。お前は何を報告するのだ?」

「はいっ、モモンガ様! Mein Schopfer(我が創造主様)! それは勿論、彼の冒険者たちの事でございますっ!! ……それと」

 

 時折ドイツ語を交えながら、パンドラズ・アクターが大げさなまでの鬱陶しいオーバーアクションをしてくる。他のシモベたちは彼の邪魔にならないようにか、将又彼ら自身も鬱陶しく思っているのか、彼から少々距離をとっており、その様が何とも言えない気持ちにさせられる。

 そんな中、パンドラズ・アクターが言葉と共に動きを途中でピタッと止める。

 ぽっかりと空いた空洞の目でペロロンチーノを見やると、次には先ほどとは打って変わって落ち着いた様子でモモンガへと向き直ってきた。

 

「……それと、法国についてご報告させて頂ければと思います」

「「っ!!?」」

 

 パンドラズ・アクターからの思わぬ言葉に、途端にモモンガとウルベルトが驚愕の表情を浮かべる。

 法国についての報告とは一体どういうことなのか……。

 先ほどのパンドラズ・アクターの視線や驚いていないペロロンチーノの様子に気が付いて、モモンガとウルベルトはほぼ同時にペロロンチーノを振り返った。

 

「………一体どういうことですか、ペロロンチーノさん?」

 

 シモベたちの前だというのに支配者然とした口調も忘れて、モモンガがペロロンチーノへと問いかける。

 ペロロンチーノはモモンガやウルベルトへと向き直ってまるでまごつくように小さく嘴をカチカチと鳴らしていたが、暫くすると諦めたように大きなため息を吐き出して項垂れた。

 

「………実は、パンドラズ・アクターには内密に法国についても探ってもらっていたんです。……モモンガさんに内緒でこんなことをするのはいけないことだって分かってはいたんですけど、どうしても我慢できなくて……」

 

 しょんぼりとしながらポツリポツリと説明してくるペロロンチーノに、モモンガとウルベルトは思わずチラッと視線のみで互いを見交わした。

 今ではすっかり打ちひしがれたように顔を俯かせて四枚二対の翼だけでなく全身の羽毛を垂れ下げさせているペロロンチーノに、思わず憐みすら感じてしまう。

 『どうしましょう……』と目で聞いてくるモモンガに、ウルベルトは小さくため息をつきながらひょいっと肩を竦ませた。

 

「……まぁ、取り敢えず、ペロロンチーノの指示なのは分かった。まずは報告を聞いてみてはどうかね?」

 

 ウルベルトの言葉に、モモンガは再びペロロンチーノへと視線を向ける。

 目の前の彼の様子から、どうやら彼も今ではひどく後悔して反省しているようである。

 モモンガは一つ小さく頷くと、改めてパンドラズ・アクターへと向き直った。静かにこちらの反応を待っているドッペルゲンガーへと、手短に報告を再開するように指示を出す。パンドラズ・アクターは一度大袈裟なまでの一礼をすると、次には勢いよく姿勢を戻して落ち着いたトーンで知り得た情報を報告していった。

 彼の報告は大きく分けて“武技”と法国の二点について。

 まず“武技”に関しては、やはり戦士系のクラスが主に習得するこの世界特有の戦闘技術であり、純粋な魔法詠唱者(マジックキャスター)であるニニャでは“武技”は使えないようだった。とはいえ、戦士職であれば誰でも使えるのかと言えばやはりそうではなく、それなりの素質や修練などが必要になってくるらしい。

 “武技”の種類は豊富で、身体能力の向上や攻撃に特定の属性を付加させるものなど様々だ。多くの者が習得している“武技”もあれば、個人しか習得していないオリジナルの“武技”もあるらしく、ブレイン・アングラウス自身も彼オリジナルの“武技”を開発して習得しているらしかった。もしそのメカニズムなどが分かれば、自分たちのような転移者でも習得できるオリジナルの“武技”を開発することもできるかもしれない。

 また、“武技”の使用回数については、特殊技術(スキル)のように一日の使用回数は決まっており、しかしそれは“集中力が消費される”というものであるらしかった。使用する“武技”によって集中力の消費量は変わり、使用者によっても消費する集中力の量が変わってくる。これに関しては“武技”特有のものなのか、それとも特殊技術(スキル)についても同じような考え方あるいは同じメカニズムが起こっているのかは現在調査中とのことだった。

 次に法国についてだが、こちらは残念ながら以前ニグンから入手した情報以外は真新しいものは掴めなかったらしい。

 とはいえ、代わりと言っては何だが、パンドラズ・アクターは現在法国と戦争中の森妖精(エルフ)の王国に照準を変えて違う方面から探りを入れてみたらしい。

 その結果分かったことは、現在の戦況とエルフたちの状況。

 戦況はエルフたちが押されており、現在エルフたちの王国の王都近くにある湖まで法国に占領されているらしかった。また、何故かエルフの軍では多くの女エルフたちが優先的に前線に出されており、大きな損害が出ているらしい。このままでいけば、エルフたちはこの戦争を生き延びられたとしても、女エルフの減少によって近い将来には滅びてしまうかもしれない。

 彼なりの推測も交えての報告がなされ、モモンガとペロロンチーノは無言のまま思考を巡らせ、ウルベルトは背もたれに深く身体を預けながら大きな息をついた。

 

「……なるほど、大体は分かった。しかし……、まさかお前がパンドラを使って法国に探りを入れていたとはな。何勝手に色々してんだよ」

「……えっ、モモンガさんになら兎も角、ウルベルトさんにだけは言われたくないんですけど」

「ちょっと、本当に反省してるんですか?」

「………ごめんなさい……」

 

 呆れ顔のウルベルトにペロロンチーノが軽く反論し、すぐさまモモンガに注意されて撃沈させられる。

 すっかり意気消沈してしまった鳥人(バードマン)を横目に、モモンガは眼窩の灯りを小さく柔らかく揺らめかせ、ウルベルトは小さな苦笑を浮かばせた。

 ペロロンチーノの独断行動は褒められたことではなかったが、しかしパンドラズ・アクターを選択したことは素直に感心させられるところであり、また得られた情報も十分価値のあるものだった。心から反省している様子に、これ以上チクチク言う必要もないだろうと判断する。また、ウルベルトとしては先ほどのペロロンチーノの言葉通り自分自身も独断行動を何回かしているため、あまりペロロンチーノを責められないというのもある。

 モモンガとウルベルトはこれ以上ペロロンチーノが落ち込まないようにそれぞれ声をかけると、気を取り直してパンドラズ・アクターが入手した情報についてどう活用していくかを話し合い始めた。

 

「う~ん、そのエルフたちに加勢してあげたらいいんじゃないですかね? 俺たちはあくまでも陰で支援して、彼らに法国を倒してもらうんです。そうすれば、何かあったとしてもこちらの損害は無くて済みます」

「だが、エルフたちが我らにとって味方だと判断するのは早くはないかね? “敵の敵は味方”とは言うが、本当にエルフたちが私たちの力を貸すに値する者たちなのかも分からない。せめて、何故彼らが争うことになったのか、その理由だけでも知りたいものだね」

「そうだな……。それに、女エルフたちが前線に多く出されているというのも気になるな」

 

 自分たちが考え得る注意点や疑問点などを口に出し、それらを整理してまとめていく。

 ペロロンチーノとしてはすぐにでもエルフたちに接触したい考えだったが、それはモモンガとウルベルトに全力で猛反対された。

 未だよく分かっていない組織に安易に接触するなど、どう考えても論外である。まずはエルフたちやエルフの王国についてもっと情報を集めるべきだというのがモモンガとウルベルトの考えだった。

 

「パンドラズ・アクター、今後はエルフとエルフの王国について詳しく情報を探れ」

「かっしこまりましたぁぁあっ!! 法国については如何いたしましょうか?」

「法国についても引き続き探れるようならば探りたまえ。しかし、優先順位は今までよりも低くして、エルフたちの方を優先するように」

 

 パンドラズ・アクターへとモモンガとウルベルトがそれぞれ命を下していく。

 パンドラズ・アクターは大きく大袈裟に一礼し、ペロロンチーノはガクッと大きく肩を落とした。

 意気消沈するペロロンチーノに、ウルベルトは苦笑と共に“慈悲深き御手”を伸ばして、悪魔のような巨大な手で軽く肩を叩いてやった。

 

「まぁまぁ、そう落ち込むな。もしエルフたちが手を貸す価値ありと判断されれば、お前に彼らの接触を任せてやるから」

「………うぅ~、約束ですよ……?」

「ああ、約束だ。……シャルティア、この会議が終わったらペロロンチーノを慰めてやってくれないか? こいつがこんなにも法国に固執するのは、お前のためなのだろうからね」

 

 ポンポンと未だ慰めるように“慈悲深き御手”で肩を叩いてやりながらシャルティアへと声をかける。

 それにキョトンとした表情を浮かべるシャルティアに、アルベドが呆れたように大きなため息を吐き出した。

 

「……ウルベルト様は、あなたとペロロンチーノ様が法国の漆黒聖典と思われる集団と接触した件を仰っているのよ」

 

 アルベドの簡潔な説明に、しかしシャルティアは未だにピンときていないような表情を浮かべている。それにアルベドが更に大きなため息を零す中、困惑顔からムッとした表情を浮かべるシャルティアに、次は我らが先生(デミウルゴス)が優しい声音で説明を始めた。

 

「つまりだね、シャルティア。ペロロンチーノ様は慈悲深くお優しいことに、君のために、君に手を出した漆黒聖典や法国に対して怒りを感じて下さっているのだよ。ペロロンチーノ様が法国に固執していらっしゃるのは君を想って下さってのことだと、ウルベルト様は仰っているんだ」

「っ!! ……ペ、ペロロンチーノ様ぁっ!!」

 

 感動した声と共に歓喜に身体を震えさせるのは、今度はシャルティアの番だった。

 胸の前で両手を組みように握り締め、蝋のように白い頬を興奮に紅潮させる。大きな深紅の瞳も興奮に潤み、彼女の熱情が勢いよく溢れて部屋中に広がるようだった。

 しかし、その熱が向けられているのは未だ山羊頭の悪魔に肩を叩かれているバードマンにのみ。

 ペロロンチーノは気恥ずかしさにそわそわと四枚の翼を小さくはためかせると、次には照れ隠しのように肩を竦めてみせた。

 

「……えっと、まぁ、そうはっきり言われちゃうと恥ずかしいんだけど……。……シャルティアは俺にとって大切な子だから、我慢できなかったって言うか………」

「ペロロンチーノ様! わたくしも、ペロロンチーノ様をお慕いしておりますでありんすぅっ!!」

「うん、ありがとう……」

 

 心なしかペロロンチーノとシャルティアの間がピンク色のオーラに染まっているように見える。

 仲睦まじそうなその様子にアルベドはギリィッと歯を食いしばって鬼の形相を浮かべ、デミウルゴスとアウラはやれやれとばかりに小さな苦笑を浮かべ、マーレは嬉しそうにはにかみ、コキュートスは何故か『爺はっ! 爺は……っ!』とどこかに意識をトリップさせていた。執事とドッペルゲンガーは無表情のまま微動だにせず、三人のメイドたちは感動したようにうっとりとした表情を浮かべている。

 部屋中に渦を巻く、混沌としたピンク色でいてどこか禍々しい空気。

 息苦しさすら感じられる程に濃厚な空間の中、不意にワザとらしいまでに大きな咳払いの音が響いてきた。

 誰もがハッと我に返って音の方へと振り返れば、そこには呆れたような表情を浮かべた山羊頭の悪魔と死の王の姿。

 すぐさま姿勢を正すペロロンチーノとシモベたちに、ウルベルトは苦笑を浮かべ、モモンガは小さなため息をついた。

 

「……まぁ、そんなわけだから、ペロロンチーノのことは頼んだぞ、シャルティア」

「はいっ、ウルベルト様!!」

「パンドラズ・アクターも、先ほどの言葉の通りに動け」

「はいっ、畏まりましたぁぁっ!!」

 

 念を押すように言ってくるウルベルトとモモンガに、シャルティアとパンドラズ・アクターも元気よくそれに応える。

 ウルベルトとモモンガは一つ頷くと、次にはモモンガが促すようにアルベドへと眼窩の灯りを向けた。モモンガの視線に気が付き、アルベドは鬼の形相を引っ込めて恭しく頭を下げて礼を取る。それでいてすぐさま頭を上げると、彼女は表情を引き締めさせて会議の進行を再開させた。

 アルベドの進行のもとに次に話し合われるのは、報告の中では出なかった今後の計画や新たな提案についてなど。

 未だ至高の主であるモモンガたち三人が出す案件が殆どではあったが、それでもシモベたちからも意見や提案が出てくる数は徐々に増えてきている。それらをまとめていきながら、モモンガたちはこの世界の征服への道を着実に構築していった。

 時間は長く、それでいて早く流れていく。

 全ての案件がある程度まとまった頃には、いつもよりも多くの時間が過ぎ去っていた。

 

「……ふむ、もうこんな時間か。今回の定例報告会議はこれまでとしよう」

「はい、モモンガ様。それでは、これにて定例報告会議を終了いたします。全員、解散!」

 

 モモンガの言葉に一つ頷き、アルベドが会議の終了を宣言する。

 ペロロンチーノがシャルティアへ、ウルベルトがデミウルゴスへと声をかける中、モモンガも退室の礼を取ろうとするアルベドへと声をかけて引き止める。

 怪訝と喜色の入り混じったような複雑な表情を浮かべるアルベドに、そっと差し出されるのは一つの紙。

 反射的に受け取って紙の上へと目を向ける彼女に、モモンガは一つの指示を出すのだった。

 

 


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