世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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第2話 思いと方針

 玉座の間には複数の大小の影が揃っていた。

 影の数は六つ。どれもが見覚えのある懐かしい姿で一か所に佇んでいる。

 その姿は一見人間のように見える者から、一目で異形種だと分かる者まで様々で、誰もが個性的な姿をしていた。10歳ほどの双子の闇妖精(ダークエルフ)、14歳ほどの人間の美しい令嬢にしか見えない吸血姫、二足歩行の巨大な青白い昆虫、紅蓮のスーツを身に纏った最上位悪魔(アーチデビル)、そして美しい笑みを浮かべたアルベド。彼らはアルベドが統率する階層守護者であり、モモンガたちギルド・メンバーが創り上げた100レベルNPCたちだった。

 今まで何か話していたのか、輪を描くように集まっていた守護者たちの目が一斉にこちらへと向けられる。まず初めにモモンガへと向けられ、次にはペロロンチーノとウルベルトに向けられた瞬間、一様に彼らの顔に驚愕の色が浮かんだ。

 途端にモモンガたちに緊張が走る。

 一体どんな反応が返ってくるのかと身構えたその時、吸血姫の輪郭がぶれたと思った瞬間、小さな影が勢いよくモモンガとウルベルトの横を通り過ぎていった。

 

 

「うぐっ!?」

 

「「………は?」」

 

 

 何かが詰まった様な声と、何かが落ちたような鈍い音。

 間の抜けた声を零しながら音の方へと振り返ってみれば、尻餅をついたペロロンチーノに吸血姫が馬乗りのような形で抱き付いていた。泣いているのか、羽根に覆われた引き締まった胸板に顔を埋めている吸血姫から嗚咽の声が小さく聞こえてくる。

 

「シャ、シャルティア…?」

「…ぺ、ペロロンチーノさまぁ…。よ、よくお戻りに…っ!」

 

 胸板から上げられた顔は案の定、涙に濡れてグシャグシャになっている。しかし吸血姫の可憐な美貌は損なわれることはなく、逆に儚さが際立って更に魅力を引き出していた。

 思わずペロロンチーノの喉がゴクリっと大きく鳴る。

 据え膳食わぬは…という言葉が頭を過る。

 しかし奇跡的にここがどこで周りに誰がいるのかを思い出したペロロンチーノは、激しく頭を振って何とか理性を総動員させた。

 

「…ただいま、シャルティア。寂しい思いをさせちゃってごめんな」

 

 優しく声をかけ、その小さな身体を柔らかく抱きしめる。腕の中から柔らかな感触と甘い香りが伝わって来て、ペロロンチーノは思わず吸血姫の白銀の髪に頬を摺り寄せた。

 一歩間違えればセクハラにもなりかねない行動に、感動的な再会のシーンだというのにモモンガとウルベルトは思わず複雑そうな表情を浮かべる。

 そろそろ止めようか止めまいか視線だけで言葉を交わす。

 しかしそんな中、スーツ姿の最上位悪魔(アーチデビル)の姿が視界に映り込み、ウルベルトは思わず金色の瞳を瞬かせた。

 嬉しそうな笑みを浮かべながらもこちらも涙を流している様子に、思わず小さなため息が零れる。

 視線だけでモモンガに断りを入れると、ウルベルトは真っ直ぐに最上位悪魔(アーチデビル)の元へと歩み寄った。

 胸に片手を当てて礼を取ってくる悪魔の肩を掴み、半場無理やり顔を上げさせて涙に濡れる頬へと手を伸ばした。

 

「…ほら、もう泣くな、デミウルゴス。折角イケメンに創ってやったのに台無しじゃないか」

「ウ、ウルベルト様、申し訳ありません…」

「そう思うなら泣き止め。…どんどん溢れてくるじゃないか」

 

 ハンカチを持っていなかったため、仕方なく両手の親指を頬に添えて涙を拭ってやる。しかし何度往復しても涙は流れ、拭った傍から新たな涙が溢れては頬やウルベルトの指を濡らしていった。

 

「あ、あの…、ウルベルト様の御手が汚れてしまいます…」

「馬鹿、汚れる訳ないだろ。そんな事よりも涙を止めることに集中しろ」

 

 言葉はぶっきら棒ながらも、涙を拭うその手はどこまでも柔らかく優しい。

 モモンガは不器用な優しさを見せるウルベルトに小さな笑みをこぼすと、一方でだんだん怪しい動きをし始めたペロロンチーノを止めるべくその首根っこへと手を伸ばした。

 

「…はーい、何してんですか、ペロロンチーノさん」

「ぐへっ!」

 

 ペロロンチーノの口から本日二度目の蛙が潰れたような声が飛び出る。

 首根っこを引っ張られた衝撃でペロロンチーノは思わず吸血姫から腕を離すと、何とかモモンガの骨の手から逃れて少し恨めしそうに喉をさすった。

 

「…うぅ、何するんですか、モモンガさん」

「幼気な少女にセクハラまがいのことをしているペロロンチーノさんが悪いんですよ」

「違いますよ! これは俺なりのNPCとのスキンシップで!!」

「見え透いた嘘をついてるとウルベルトさんからハリセンが飛んできますよ」

 

 必死に弁解しようとするペロロンチーノだが、モモンガは取り付く島もない。

 ユグドラシル全盛期時ではペロロンチーノの姉であるぶくぶく茶釜がストッパーになってくれていたのだが、今彼女はここにはいない。自分とウルベルトがしっかりしなければ!とモモンガが意気込む中、どうやら周りのNPCたちも大分落ち着いてきたようだった。

 

「では皆、至高の御方々に忠誠の儀を」

 

 アルベドの言葉に、他の守護者たちが一斉に頷く。吸血姫や最上位悪魔(アーチデビル)も涙に濡れていた頬や目尻を完全に拭うと、モモンガたちの目の前に横一列に並びだした。アルベドだけが数歩前に立ち、残りの守護者たちがその後ろに整列する。

 何が起こるのだろうと小さく困惑の色を浮かべるモモンガたちの目の前で、まずは吸血姫が一歩前へと進み出てきた。

 

「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に」

 

 吸血姫が胸元に片手を当てて跪き、深々と頭を下げる。

 “鮮血の戦乙女”シャルティア・ブラッドフォールン…、ペロロンチーノが創造したNPCであり14歳ほどの美少女の姿をした真祖(トゥルーヴァンパイア)

 身に纏っている漆黒のボールガウンのスカートが柔らかく広がり、シャルティアの幼さの残る美貌を更に引き立てていた。蝋のような白皙の肌や白銀の長い髪が目に眩しく感じられる。

 

「第五階層守護者、コキュートス。御身ノ前ニ」

 

 軋んだような歪な声と共に前に進み出てきたのは、巨大な青白い昆虫。

 “凍河の支配者”コキュートス…、ギルド・メンバーの一人である武人建御雷が創造したNPCである蟲王(ヴァーミンロード)

 蟻とカマキリを融合したような2.5メートルはある青白い巨体。身長の倍はある太い尾や全身からはツララのような鋭いスパイクが無数に生えており、二本のハルバードやメイスやブロードソードを握る四本の腕を器用に地面へと添えて深々と臣下の礼をとっている。ダイヤモンドダストのような煌めきを持つ外骨格や時折プシューッと口から吐き出される冷気に、まるで巨大な氷山が跪いているような錯覚を覚えた。

 

「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ。御身の前に」

「お、同じく、第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ。お、御身の前に」

 

 続いて進み出てきたのは双子のダークエルフ。

 “名調教師”アウラ・ベラ・フィオーラと“大自然の使者”マーレ・ベロ・フィオーレ…、ギルド・メンバーの一人でありペロロンチーノの姉であるぶくぶく茶釜が創造したNPCであり10歳ほどの子供の姿をしたダークエルフの姉弟。

 短い金色の髪や翡翠と蒼穹のオッドアイ、中性的な綺麗な顔立ちは双子ということもありひどく似通ってはいたが、姉の活発な性格や弟の気弱な性格がそれぞれ如実に表れている様だった。

 しかし、そんな事よりも…。

 

(……どうしてぶくぶく茶釜さんはアウラには男装させて、マーレには女装をさせたんだ…。)

(まぁ、二人とも似合ってるし可愛いし、良いじゃないですか。)

(…流石、姉弟だな。)

 

 同時に胸に手を当てて跪いて頭を下げる双子に、モモンガたちは視線だけで会話を交わしていた。

 

「第七階層守護者、デミウルゴス。御身の前に」

 

 モモンガたちの無言のやり取りに気が付かず、優雅に前に進み出てくるのは紅蓮の悪魔。

 “炎獄の造物主”デミウルゴス…、ウルベルトが創造したNPCである最上位悪魔(アーチデビル)

 東洋系の顔立ちに褐色の肌、丁寧に後ろに流した漆黒の髪や丸眼鏡と三つ揃えの深紅のスーツ姿にどこぞのやり手のビジネスマンか弁護士を彷彿とさせる。しかし後ろから覗く銀の甲殻に包まれた長い尾がご機嫌にゆらゆらと揺らめいており、創造した本人であるウルベルトはどこか忠犬のようなイメージを持った。

 

「守護者統括アルベド、御身の前に。第四階層守護者ガルガンチュア及び第八階層守護者ヴィクティムを除き、各階層守護者、御身の前に平伏し奉る。…ご命令を、至高なる御方々よ。我らの忠義すべてを御身に捧げます」

 

 最後にアルベドが一歩前に進み出て跪き、頭を下げる。

 淡い笑みを浮かべながらも守護者統括らしく威厳を持った佇まいは流石と言うべきか。朗々とした声音でもって唱えられた言葉と目の前に下げられた六つの頭に、モモンガたちは無意識にゴクッと喉を鳴らしていた。

 尋常ではない張りつめた緊張感と威圧感に、無意識に後退りそうになる。

 しかし三人は何とか踏み止まると、覚悟を決めるように互いを見合わせ合って小さく頷き合った。

 一度頭を下げているNPCたちを改めて見つめ、言葉を選びながら口を開く。

 

「面を上げよ」

 

 まずはこの重苦しいまでの空気を少しでも取り除こうとモモンガが声をかける。

 跪く姿勢はそのままに顔を上げてくるNPCたちを確認し、ウルベルトとペロロンチーノもモモンガに倣って支配者然とした態度を心がけることにした。

 

「まずは突然帰って来てしまってお前たちを驚かせてしまったことを詫びよう」

「よく俺たちの言葉に従って集まってくれた。ありがとう」

「何を仰られます! 謝罪や感謝なぞおやめ下さい。ウルベルト様とペロロンチーノ様の御帰還は我らシモベ全ての悲願でございました。もう一度お仕えすることができ、望外の極みでございます」

 

 真剣な表情でもって切々と訴えてくるアルベドに、他の守護者たちも異議もなくモモンガたちを見上げる。彼女の言葉が全てだと言うかのように真っ直ぐに見つめてくる彼らに、確かに確固たる忠誠心を見たような気がした。

 未だ何が起こっているのか何も分かってはいない。

 しかし彼らの忠誠心だけは信じられるような気がした。

 

「ありがとう。お前たちは感謝は不要だと言うけど、それでも俺たちはお前たちの忠誠心を嬉しく思う」

「そして頼もしくも思う。お前たちなら私たちの期待以上の働きをしてくれることだろう」

「現在、このナザリック地下大墳墓は…いや、ユグドラシル自体が原因不明かつ不測の事態に巻き込まれている可能性がある。何が原因かは未だ不明だが、何か不審な点や異常などに気が付いた者はいるか?」

 

 モモンガの問いに、アルベドが肩越しに各守護者たちを振り返る。

 数秒視線を見交わし、すぐにアルベドが再びモモンガたちへと向き直った。

 

「いえ、申し訳ありませんが私たちに思い当たる点はございません」

「ならば各階層で何か特別な異常事態が発生した者はいるか?」

 

 続いて投げられた問いに、次は守護者各々が口を開いた。

 

「第七階層は異常はございません」

「第六階層もです」

「は、はい。お姉ちゃんの言う通り、です」

「第五階層モ同様デス」

「第一階層から第三階層まで異常はありんせんでありんした」

 

 口々に否定の言葉を口にする守護者たちにモモンガが一つ頷く。

 彼らの言葉が本当ならば、やはりナザリック地下大墳墓というよりかはユグドラシル全体がおかしくなっているのかもしれない。第四階層と第八階層は未だ不明だが、場所が場所だけに後で自分たち自らで調査した方が良いだろう。

 次に何を聞こうか考え込む中、不意に外の調査に向かっていたセバスが玉座の間に入ってくるのが視界に入ってきた。

 セバスは小走りにこちらまでやってくると、ゆっくりと片膝をついて頭を下げてくる。

 

「遅くなり誠に申し訳ありません」

「いや、構わん。それよりも周辺の状況を聞かせてくれ」

「はっ。まず周辺一キロですが草原になっており、生息していると予測される小動物以外、人型生物や大型の生物など、知性を持つ存在の確認はできませんでした」

「草原…? 沼地ではなく?」

「はい。草原です」

 

 セバスの報告にモモンガたちは思わず三人ともが黙り込んだ。

 ナザリック地下大墳墓は薄い霧が立ち込めた毒の沼地に存在していたはずだ。ツヴェークという蛙人間にも似たモンスターも生息しているはずだが、セバスの報告ではそのモンスターすらいなくなっていることになる。

 

「…つまり、ナザリック自体がどこか不明な場所に転移したということか?セバス、空には何か浮かんでいたりはしていなかったかい?」

「いえ、そのようなことはございませんでした。第六階層の夜空と同じものが広がっておりました」

「夜空!?」

「………周辺に気になるようなものは何かなかったか?」

「いえ。ナザリック地下大墳墓を除き、人工建築物は一切確認できませんでした」

「「「……………………」」」

 

 再び三人が黙り込んだ。

 これは明らかに異常事態だと改めて三人の頭が警鐘を鳴らしだす。

 突然一つの建物が勝手に違う場所に転移するなど聞いたこともない。それも唯の建物ではなく、ギルドの本拠地である建物がである。

 三人は顔を顰めさせると、改めて気を引き締めさせながら今後の行動について忙しなく思考を回転させ始めた。

 

「各守護者たちよ、まず各階層の警戒レベルを一段階上げろ。何が起こるか不明な点が多いので油断するな。侵入者がいた場合は殺さず捕らえろ。できれば怪我もさせずにというのが一番いいだろう。何も分からない状況下で厄介ごとは御免だからな」

「後は隠蔽工作も必要ですね…。今は侵入者自体ない方が良いだろうし、周りが草原ならば何とかしなければならない」

「いや、それよりもまずは警備について確かめておいた方が良いでしょう。…アルベド、各階層守護者間の警備情報のやり取りはどうなってるの?」

 

 まるで相談をし合うように話しながらもアルベドに問いかけるペロロンチーノに、アルベドは考える間もなくスラスラとそれに答えた。

 

「各階層の警備は各守護者の判断に任せておりますが、デミウルゴスを総責任者とした情報共有システムは出来上がっております」

「へぇ、それは良い。確かデミウルゴスは防衛戦の責任者だったよな。じゃあ、ナザリック防衛戦の責任者のデミウルゴスと守護者統括のアルベド。両者の責任の下で、より完璧なものを作り出してくれ」

「了解いたしました。それは九、十階層を除いたシステム作りということでよろしいでしょうか?」

 

 問いという形で確認してくるアルベドにモモンガが頷こうとして、しかしそれは直前にペロロンチーノに止められた。

 

「いや、それはマズいでしょう。八階層は俺たちでも危険な階層ですよ」

「……そうだな。では、第八階層は立ち入り禁止とする。私かウルベルトさんかペロロンチーノさんが許可した場合のみ進入を許す。七階層から直接九階層へと来れるよう封印を解除しておけ。次に九階層、十階層も含んだ警備を行う」

「よ、宜しいのですか!?」

「………至高の御方々のおわす領域にシモベ風情の進入を許可されるとは。…それほどまでに」

 

 アルベドが驚愕の声を上げ、後ろに控えているデミウルゴスも驚愕の表情と共に小声で心情を吐露している。それほどまでにモモンガたちの警戒度が意外だったのだろう。しかしモモンガたちにしてみればどんなに警戒しても十分とは言えなかった。

 何も分からない状態で自分たちの力もどの程度有効なのか分からないのだ、そんな状況で面倒事に巻き込まれるなど御免こうむりたかった。

 それにアルベドたちは九階層と十階層を聖域だと思っている節があるが、一部の例外を除きNPCや自動的に湧き出る者たち(POP)がいないのはそんな理由では決してない。

 ナザリック地下大墳墓は八階層を突破された時点で陥落されたも同然であり、ならば玉座で悪役らしく待ちかまえようという一部の意見が採用されたからに過ぎなかった。その意見を初めに主張したのが何を隠そうここにいるウルベルトであり、無言で見つめてくるモモンガとペロロンチーノの視線から顔を背けながらウルベルトはワザとらしく咳ばらいを零した。

 

「あぁ、ゴホンっ。何も問題などないよ、アルベド。非常事態でもあるし、警護を厚くしたまえ」

「畏まりました。選りすぐりの精鋭かつ品位を持つ者たちを選出致します」

 

 真剣な表情を浮かべて頷くアルベドに、ウルベルトも満足そうに頷く。

 モモンガはそんなウルベルトをジトッと見つめていたが、しかし気を取り直して次には跪いているダークエルフの双子に目を向けた。

 

「では次に隠蔽工作か…。アウラ、マーレ、展開できる幻術以外でナザリック地下大墳墓の隠蔽工作は可能か?」

「ま、魔法という手段では難しいです。地表部の様々なものまで隠すとなると…。ただ、例えば壁に土をかけて、それに植物を生やした場合とか……」

「栄光あるナザリックの壁を土で汚すと?」

 

 アルベドから地を這うような低い声音が飛び出てくる。彼女が身に纏っているのは純白の可憐なドレスだというのに、その身からどす黒いオーラが発せられているように見えるのは気のせいだろうか。

 マーレの細い肩がビクッと震え、重苦しいまでの空気が漂い始める。

 しかしその嫌な空気はワザとらしいまでに明るいペロロンチーノの声によって吹き飛ばされた。

 

「こらこら、喧嘩しないで。アルベドも今が緊急事態だってことは分かってるだろう? これは必要なことなんだ。それに、そもそも隠蔽工作が必要だって言いだしたのはウルベルトさんなんだから」

「おい、コラ。どういう意味だ鳥頭」

「マーレ、さっき言ってた壁に土をかけて隠すことは可能なのか?」

「は、はい。お、お許しを頂けるのでしたら…ですが………」

 

 睨んでくるウルベルトは無視してペロロンチーノがマーレの言葉に頷いてモモンガを見つめてくる。

 モモンガはどこかしゅんっとしているアルベドを見やると、一つ小さく息をついてマーレへと視線を移した。

 

「…良かろう。壁に土をかけての隠蔽工作を許す」

「しかし遠くから見られた場合、大地の盛り上がりが不自然に思われないかね? …セバス、この周辺に丘のような場所はあったかい?」

 

 ペロロンチーノを睨むことを止めて、ウルベルトが気を取り直してセバスに問いかける。

 セバスは考える素振りも見せず、すぐさま頭を振って否定の言葉を口にした。

 

「いえ。残念ですが、平坦な大地が続いているように思われました。ただ、夜ということもあり、もしかすると見過ごした可能性がないとは言い切れません」

「そうか…。ならば、周辺の大地にも同じように土を盛り上げてダミーを作ればどうだい?」

「そうであれば、さほど目立たなくなるかと」

「よし。マーレとアウラで協力してそれに取り掛かれ。その際に必要な物は各階層から持ち出して構わない。隠せない上空部分には後程、ナザリックに所属する者以外には効果を発揮する幻術を展開しよう」

「は、はい。か、畏まりました」

 

 ウルベルトとセバスの言を受けて、モモンガがマーレとアウラへ命を下す。

 双子が頭を下げるのを見届け、モモンガは他に何かないかとウルベルトとペロロンチーノへと目をやった。しかし二人も何もないようで小さく頭を振るのに、モモンガは内心で小さく息をついて守護者たちへと視線を戻した。

 

「…さて、今日はこれで解散だ。各員、休息に入り、それから行動を開始せよ。どの程度で一段階つくか不明である以上、決して無理はするな」

「我々は円卓の間にいるので、何かあれば連絡するように」

「また後でな~」

 

 ナザリックの支配者らしく振る舞うモモンガとウルベルトに対して、ペロロンチーノは早々に元に戻って手まで振っている。モモンガとウルベルトははぁっと大きなため息をつくと、後ろ手にペロロンチーノの腕や首根っこを掴んでさっさと退場すべく足を踏み出した。再び頭を下げる守護者たちの間を通り過ぎ、いつの間に控えていたのか、プレアデスのユリとソリュシャンが玉座の扉を開いて頭を下げてくる。

 モモンガとウルベルトは扉を潜り抜けて回廊へと出ると、背中で扉が閉まる音を聞いてからやっと足を止めた。どちらともなくペロロンチーノを解放し、壁に手をついて深いため息をつく。

 

「「………つ、疲れた…」」

「ありゃ?」

 

 一気に脱力する二人にペロロンチーノが目を瞬かせる。

 

「えっと…、ちょっと休憩します?」

「…いえ、ここだとどこに目があるか分かりませんし、円卓の間に行ってからにしましょう」

「……そうだな」

 

 ペロロンチーノの提案に、しかしモモンガが首を振り、ウルベルトも体勢を立て直す。

 三人は自然とモモンガを先頭に回廊を歩き始めた。その際、少しでも変わったところはないか目を光らせるのも忘れない。しかし幸か不幸かおかしなところは全く見つからず、三人は九階層の円卓の間まで辿り着くと自然と近くの席へと腰を下ろした。

 通常であれば決められた自分の席に腰を下ろすのだが、この場には三人しかいないため他のギルド・メンバーの席についても誰にも文句は言われないだろう。

 三人は深く椅子へと腰を下ろすと、誰ともなく大きな息を吐き出した。

 一度に多くのことがあり過ぎて感情が上手く追いついてこない。

 それは三人の中で一番はしゃいでいたペロロンチーノとて例外ではなく、彼は円卓に片肘をついてだらしなく掌に顎を乗せた。

 

「…一体何がどうなってるんでしょうね?」

「分からん。今分かっていることは、GMに連絡が取れないということ。ナザリックじゃなくてユグドラシル自体がおかしくなっている可能性が高いこと。…後はこれが夢じゃないってことくらいか」

「一つ一つ確認していかないとダメですね。今から俺の考えを言っていくので、何かあったら発言して下さい」

「おっ、流石モモンガさん!」

「了解です、ギル・マス」

 

 すかさず悪戯気な言葉と笑みを浮かべて答えてくるペロロンチーノとウルベルトにモモンガは思わず小さな苦笑を零す。しかしすぐさま気を引き締めさせると、多くの考えを頭の中で整理させながら自分なりの疑問と見解を述べていった。

 

 一つ目、今まで接触してきたNPCはプログラムか?

 モモンガの見解は否だ。

 こちらの言葉に反応して会話をしたり涙を流すといった高度な情動は、プログラミングすることは不可能だ。ペロロンチーノが感じたアルベドの手の体温などからも、彼らが生の肉体を持っているという何よりの証拠だろう。

 ではプログラムではなく人間のような存在になったと仮定して、彼らの自分たちに対する忠誠心はどこまで不変なものであるのか?

 現実世界では忠誠心などちょっとしたことで薄れてしまえるような脆いものだ。彼らにもそれが当て嵌まるのか、それともプログラムの様に一度設定されれば決して揺らがないものなのか…。

 

「う~ん…、アルベドやシャルティアの様子を見る限り大丈夫だと思いますけど」

「確かに。アルベドなんて自害してまで俺たちを引き留めようとしたんだろう?」

「それはそうですけど、やっぱり油断は禁物だと思います。大丈夫だとはっきりするまで、取り敢えず呆れられたり侮られないように気を付けましょう」

「そうだな」

「分かりました」

 

 ウルベルトとペロロンチーノが頷いたのを確認して次の話に移る。

 二つ目はこの世界が何であるのか?

 普通に考えればユグドラシルの世界だと考えるのが妥当だろう。しかし先ほどのNPCへの見解や表情が動いたり五感がある自分たちの状態から、どうしてもゲーム内だとは考えられない。あり得ない話かもしれないが、仮想現実が現実となる異世界に迷い込んでしまったのではないだろうか…。

 

「………異世界…?」

「…モモンガさん、それは流石に無理があるんじゃないか? 百歩譲って仮想世界が現実になったんだとしても、ユグドラシルの世界が現実になったと考える方がまだ自然だ」

「でも、それだとセバスの言う沼地が草原になっていたっていう言葉に説明つかないんです。ユグドラシルの世界がそのまま現実になったのなら、ナザリックは今も沼地にあるはずです」

「それはそうだが……」

 

 ウルベルトは考え込むように眉間に皺をよせて黙り込んだ。

 顎髭を弄びながら熟考し始めるウルベルトに、モモンガとペロロンチーノは思わず顔を見合わせた。ペロロンチーノは肩をすくませ、無言のまま視線だけで話を続けるようモモンガを促してくる。モモンガもこうなってしまったウルベルトは誰にも止められず、何をしても無駄だということを知っていたため、仕方なく話を続けることにした。

 

 三つ目は、もし仮にこの世界が異世界だとして、どこまで現実に反映されているのか?

 ナザリック内の設備、アイテム、装備、魔法など…どれが使えてどれが使えないのか、明確に調べる必要があった。特にアイテムと魔法の可否はこちらの生死に関わる問題だ。これはNPCに任せられるものではなく、三人で早急に調べなくてはならないだろう。

 そして最後に、これからの行動方針をどうするか?

 まずは情報収集が一番だろう。この世界が本当は何にせよ、情報が不足しているのは変わらないのだ。何をするにしても情報が集まってこそであるし、情報収集を怠ればそれは死と直結することをモモンガもウルベルトもペロロンチーノも痛いほど理解していた。

 

 しかし、その後は………?

 

 

 

「……ウルベルトさん、ペロロンチーノさん、二人は元の世界に戻りたいですか?」

 

 不意のモモンガの問いに、ペロロンチーノは思わず目を瞬かせた。今までずっと自分の考えに没頭していたウルベルトも、チラッと金色の瞳をモモンガへと向ける。

 モモンガは円卓の上で組んだ自分の骨の両手を見つめながら、ポツリポツリと独り言のように言葉を零していった。

 

「俺は正直、元の世界に戻りたいとは思えないんです。家族や友人がいれば戻りたいとも思うんでしょうけど、生憎俺にはそんなものはありませんし…。俺にとって、このナザリックは本当に全てだったんです」

 

 これまでの楽しかったユグドラシルの記憶を思い出しながら、組み合わせた骨の手に力を込める。

 ずっと、あの楽しい時間が続けばいいと思っていた。こんな異常事態に巻き込まれて混乱する思考とは裏腹に、少なからず喜びも感じていたのだ。

 ナザリック地下大墳墓の消滅がなくなったどころか、全員ではないが大切な仲間も目の前にいる。

 もしかしたら、あの楽しかった日々が戻って来るのではないかと…。

 しかし、いくら自分がそう願ったとしても、二人が現実に戻りたいと思っているのであればそれを無視するわけにもいかない。

 苦渋の色を眼窩の灯りに浮かばせるモモンガに、しかし無言でいた二人の口から発せられた言葉は意外なものだった。

 

「俺も戻りたいとは思わないな。確かに俺はユグドラシルを引退したが、それはユグドラシルが嫌になったからじゃないし、現実世界(リアル)が糞なのは変わらないだろ? なら俺は、モモンガさんとここに残りたいですよ」

「……ウルベルトさん…」

「俺も…まだクリアーできてないエロゲーへの未練はちょっとありますけど、そんな事よりもモモンガさんやウルベルトさんと一緒にいたいと思ってますよ。ここにはシャルティアもいますし。それにほら、俺たちが戻っちゃったらアルベドが自害しちゃいますしね」

「……ペロロンチーノさん…」

「おい、ぶくぶく茶釜さんは良いのか?」

「ちょっと、俺をいくつだと思ってるんですか? 確かに姉貴のことは少しは気になりますけど、それとこれとは別の話ですよ」

「ふーん。…まっ、お前が良いなら別に良いがな」

 

 ニヤリとした笑みを浮かべるウルベルトと、明るく笑い声をあげるペロロンチーノ。

 どこまでも変わらぬ態度で言ってのける二人に、モモンガは呆然となりながらもじわっと温かな感情が胸に溢れてくるのを感じた。

 今はじめてアンデッドで良かったと思ってしまう。もし生身の身体を持っていたら、格好悪くも泣いてしまっていただろう。

 

「…ありがとうございます、ウルベルトさん、ペロロンチーノさん!」

 

 しかし震える声までは誤魔化せず、ウルベルトとペロロンチーノは笑い声を零す。

 二人は席から立ち上がると、モモンガの元まで歩み寄りポンッポンッと軽く肩を叩いてきた。

 

「礼を言うのはまだ早いですよ。これから忙しくなりそうだ」

「そうですよ、モモンガさん! 何が起こっているのかまだまだ分からないことばかりですし、頑張って三人で生き残りましょうね!!」

「…おい、若干死亡フラグに聞こえるからやめろ」

「ははっ、そうですね。三人で頑張りましょう!」

 

 二人の存在が本当に頼もしく感じられる。

 モモンガはこれからのことに思いを馳せながらも、三人でなら大丈夫だと力強い光を眼窩の灯りに宿らせた。

 

 




話がなかなか進みませんね…(汗)

守護者たちの名乗りでアウラとマーレの通称が一部省略されているのは仕様です…。
違和感などありましたら申し訳ありません。

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