世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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久々のモモンガ様登場!


第33話 新たな幕開け

 時は少々遡り……――

 ウルベルトが帝国でバジウッドたちと不穏な会話を交わしている頃、リ・エスティーゼ王国のエ・ランテルにある高級宿屋“黄金の輝き亭”の一室では、モモンガが冒険者モモンの格好でそわそわと落ちつきなく寝台の上に腰掛けていた。もしここにナーベラルが共にいなければ、今頃うろうろと部屋の中を徘徊していたかもしれない。

 今日は冒険者組合(ギルド)の談話スペースでニニャとブリタの二人に会うことになっていた。

 その際、彼女たちと同じチームとなる人物を紹介することになっているのだが、モモンガはそれに関して先ほどから大きな不安と猛烈な嫌な予感を感じていた。

 紹介する人物の中にパンドラズ・アクターがいること自体大きな不安になっているというのに、彼の化ける姿やもう一人の人選も全てペロロンチーノに任せてしまっているのだ。今更ながら、彼に全て任せてしまったことを心底後悔していた。

 勿論、アルベドとも相談しながら決めたのだろうから単なる杞憂に終わる可能性だってあるだろう。しかし、いくらそう自分自身に言い聞かせても不安は拭えなかった。

 モモンガは自分の中で感情が沈静化されていくのを感じながら、フゥッと一度大きなため息をついた。

 その時、不意に目の前の空間に現れる楕円形の大きな闇。

 突如現れた転移門(ゲート)に、モモンガは思わずビクッと小さく肩を跳ねさせた。すぐにナーベラルがモモンガの前に立って転移門を睨みながら身構える。しかし闇の扉から姿を現した人物に気が付くと、ナーベラルは慌てて構えを解いてその場に跪いて深々と頭を垂れた。

 

「こ、これは、ペロロンチーノ様! まさか至高の御方とは思わず……、申し訳ありませんっ!!」

「いや、気にしてないから大丈夫だよ。こんにちは、モモンガさん。お待たせしました」

 

 転移門から姿を現したペロロンチーノがナーベラルを諌めながらモモンガへと声をかけてくる。

 モモンガは小さな苦笑の雰囲気を漂わせると、寝台から立ち上がってペロロンチーノを迎えた。

 

「こんにちは、ペロロンチーノさん。……来る時は直前に連絡を入れてくれ。侵入者だと勘違いしてしまうだろう」

「……あー、すみません。以後気を付けます。ナーベラルもごめんな」

「い、いえ! 滅相もございません!」

 

 ナーベラルが慌てて頭を振って再び礼を取るのに、モモンガは更に苦笑の雰囲気を濃くさせる。

 取り敢えずナーベラルの顔を上げさせて立たせると、モモンガは改めてペロロンチーノへと視線を向けた。

 

「それで、準備はできたのか?」

 

 この場にナーベラルがいることもあり、支配者としての堅苦しい口調で問いかける。

 ペロロンチーノもそれを理解しており、不審な表情を浮かべることも小首を傾げることもなく、ただ自信満々な笑みを浮かべて大きく頷いて返してきた。

 

「もう、バッチリですよ! 自信満々です!」

「………そ、そうか……」

 

 ペロロンチーノの態度に反して、何故かどんどん不安になってくる。

 モモンガは心の中で自分を奮い立たせると、覚悟を決めて口を開いた。

 

「……それでは、早速ここに呼んでくれ。共にニニャやブリタの元へ行った方が良いだろうからな」

「了解です! お~い、二人とも、入ってきて大丈夫だぞ~」

 

 モモンガの言葉に大きく頷き、ペロロンチーノが未だ出現している転移門の奥へと声をかける。

 暫く静寂が続き、しかし数十秒後、転移門の闇が小さく揺らめいて二つの影が姿を現した。

 一人は筋骨隆々の人間種の男。健康的な身体つきに反して顔は病人のように青白く、表情も恐怖にか悲嘆にかひどく引き攣っている。身に纏っているのは軽装戦士用の皮鎧で、腰には一振りの刀が腰帯からぶら下がっていた。

 続いてもう一人は……――

 

 

「…ブッホォっ!!?」

「にっ、弐式炎雷様っ!!?」

 

 モモンガとナーベラルの悲鳴のような驚愕の声がほぼ同時に響き渡る。

 ナーベラルが驚愕の表情を浮かべて小刻みに身体を震わせる中、モモンガはすぐ傍に立っているペロロンチーノへと勢いよく身を乗り出していた。

 

「ちょっ! これはどういうことですか、ペロロンチーノさんっ!!」

「えっ、いけませんでしたか? パンドラに弐式炎雷さんに変身してもらったんですけど」

「いけないも何も……大体どうして弐式炎雷さんをチョイスしたんですか、あんた! ……ああ、ナーベラル、落ち着け! 彼はパンドラズ・アクターと言って、お前と同じ二重の影(ドッペルゲンガー)だ! 彼はお前の創造主である本物の弐式炎雷さんではない!」

「ほ、本当に……弐式炎雷様では、ないのですか……? 確かに、至高の御方々の気配は感じ取れませんが……」

「……あれ、そういえばナーベラルを創ったのって弐式炎雷さんでしたっけ……?」

「そうですよっ!!」

 

 途端にペロロンチーノがあちゃ~~……と小さく声を零す。

 “あちゃ~~”じゃねぇ――っ! とモモンガが心の中で声を上げる中、ペロロンチーノは申し訳なさそうな表情を浮かべて未だ驚愕と困惑と悲しみの入り混じったような表情を浮かべているナーベラルへと歩み寄っていった。

 

「……あー、ごめんな、ナーベラル。これは俺が考えなしだったよ。本当に申し訳ない…」

 

 本当に反省しているのだろう、ペロロンチーノは謝罪の言葉と共にナーベラルへと深々と頭を下げた。全身の羽毛も全て力なくしゅんっと垂れ下がっており、見るからに悲哀すら漂っている。

 ナーベラルはハッと我に返ったような表情を浮かべると、次には目の前で頭を下げているペロロンチーノにひどく動揺したようにオロオロし始めた。

 

「そ、そんな……!! ペロロンチーノ様、どうか頭をお上げください!! 私のようなシモベに頭を下げるなどっ!!」

 

 まるで悲鳴のような声を上げて、咄嗟にペロロンチーノへと両手を伸ばす。しかし至高の主の頭を掴んで無理矢理上げさせることなどできる筈もなく、ナーベラルの両手は途中で動きを止めて宙で停止し、そのまま再びオロオロし始めた。

 

「……シモベだろうが何だろうが関係ないよ。俺の配慮が足りなくてナーベラルを傷つけちゃったのは事実なんだし。だから……謝るのは当然だよ。本当に、申し訳ない」

 

 頭を下げたまま謝罪の言葉を繰り返すペロロンチーノに、ナーベラルの白皙の顔が見る見るうちに青白く染まっていく。

 彼女の顔に浮かんでいるのは怒りでも悲しみでもなく、大きな絶望。しかしそれは自身の創造主に関してのものではなく、目の前の至高の主であるペロロンチーノの心を痛ませてしまったという自責の念によるものだった。

 ナザリックのシモベたちにとって、至高の四十一人は等しく絶対の存在である。彼らの言動は全てが正しく絶対であり、その全てが尊い。シモベ風情がその御心を騒がせるなど、決して許されることではなかった。

 どんどんと思い詰めていくナーベラルの様子に気が付いたのは、頭を下げているペロロンチーノではなく、二人の様子を大人しく見守っていたモモンガだった。

 今にも自害しかねないような彼女の様子に内心でため息をつきながら、この場を収拾するべく二人へと歩み寄ってゆっくりと口を開いた。

 

「……もうそのくらいにしたらどうだ。このままでは逆にナーベラルに迷惑をかけてしまうぞ」

 

 モモンガの言葉に、ペロロンチーノは漸く下げていた頭をゆっくりと上げる。ナーベラルとモモンガを交互に見やり、最後には再びモモンガへと目を向けて更に背中の四枚二対の翼を垂れ下げさせた。

 

「……でも、ナーベラルを傷つけちゃったし…」

「ナーベラルも、ペロロンチーノさんが反省しているのは分かっているだろう。……なあ、ナーベラル」

 

 同意を求めるようにナーベラルへと声を掛ければ、彼女は何度も大きく頷いてくる。

 忠実なシモベである彼女は、この頷くと言う行動でさえペロロンチーノを貶めてしまう不敬なものであると理解していた。しかしこのままではペロロンチーノが気に病み続けてしまうことも分かっていたのだ。加えてペロロンチーノと同じいと尊き至高の主であるモモンガが、ナーベラルに頷くことを願っていることも、雰囲気で何とか読み取ることが出来ていた。なればこそ、不敬であると戦慄く心を押し殺してでもモモンガに従い首を縦に振り続ける。

 まるで壊れた機械のように必死に首を振り続けるナーベラルにモモンガは内心で苦笑を浮かべながら、それでいて気を取り直すようにペロロンチーノへと再び視線を向けた。

 

「ほら、ナーベラルもこう頷いてくれている。今回の事はこれで良しとしようではないか」

「……うーん、少し納得いかないんですけど……。分かりました。これ以上モモンガさんやナーベラルに迷惑をかけちゃったら本末転倒ですしね」

 

 ペロロンチーノは一つ頷くと、モモンガの言葉に従って、気を取り直させた。ナーベラルも漸く頭の動きを止め、少し安堵したような表情を浮かべる。モモンガも一段落した雰囲気に小さく息をつくと、次には原因となった人物へと改めて視線を向けた。ペロロンチーノとナーベラルも、モモンガにつられるようにして“それ”へと視線を向ける。

 彼らの視線の先には、先ほどから大人しく直立不動で佇んでいる忍者服の男。

 モモンガやペロロンチーノと同じギルド“アインズ・ウール・ゴウン”のギルドメンバーであり、ナーベラルの創造主でもある弐式炎雷に化けているパンドラズ・アクターを見やり、モモンガは思わず小首を傾げさせた。

 

「……そもそも、何故パンドラに弐式炎雷さんの姿をとらせたんだ? 他の姿もあっただろう……」

「職業的に考えて弐式炎雷さんが一番適任だと思ったんですよ。ニニャちゃんは魔法詠唱者(マジックキャスター)なので後衛ですし、ブリタって子は純粋な戦士なんですよね? こいつも純粋な戦士なので、そうなると後衛が足りないんですよ。この世界の人物の姿を借りる訳にもいかないですし、そうなるとギルメンの中から選んだ方が手っ取り早いかな~と思って……」

 

 “こいつ”という所でパンドラズ・アクターの隣に立っている男を指さしながら話すペロロンチーノに、モモンガも男へと視線を向けた。

 どうにも見覚えのない姿や怯えたような様子に捕虜として捕まえた現地の人間だろうと当たりをつけるも、しかし何故彼が選ばれたのかが分からなかった。

 

「……そもそも、こいつは誰なんだ?」

「あれ、モモンガさんは見てませんでしたっけ? ほら、俺とシャルティアで賊のアジトを襲撃したことがあったじゃないですか。その時に捕えた人間ですよ。名前は確か、ブレイン・アングラウス。この世界では中々に有名みたいですし、武技も使えるみたいなので、同行者にすれば何かと役立つかと思いまして」

 

 モモンガはジロジロと男を見やると、う~む……と小さな唸り声を上げた。

 唯の腕の立つ存在であったなら別の人物を代わりにするのも有りだったかもしれないが、確かに有名な人物が同行者であれば何かと使い勝手は良さそうに思える。となれば、ブレインを同行者から外して代わりの者を選択するよりも、やはりパンドラズ・アクターの方をどうにかするべきなのかもしれなかった。

 純粋な戦士職であるブレインを同行者にする場合、確かに職業で考えれば後衛職を選択するのは正しい。ニニャが魔法詠唱者(マジックキャスター)である以上、残りの後衛職としては野伏(レンジャー)や盗賊、或いは森祭司(ドルイド)といった探知系や癒しの力を持った職業が望ましいだろう。

 そして、この世界の人物の姿を無暗に利用するわけにはいかないというペロロンチーノの考えも、モモンガは賛同できた。

 彼らがこの世界に存在して生きていた以上、少なからず過去や知り合いというものも存在するはずだ。可能性としては低いものの、その知り合いと出会ってしまった場合、不自然なく誤魔化し切ることは中々に難しいことだと思われた。

 そうなれば、おのずと選択肢は絞られていってしまう。恐らくペロロンチーノとアルベドも、そこから更に比較的人間の世界でも違和感なく潜入できる人物を選定したのだろう。

 ここまで説明され、推測が出来れば、ペロロンチーノが弐式炎雷を選択したのも仕方がないように思えてきた。

 

「……大体は理解した。しかし、やはり他のギルメンの姿を無暗にこの世界に晒すのは危険なような気がするな。他のプレイヤーがこの世界にいるとも限らないのだからな」

 

 ナーベラルや他のシモベたちの反応以外にモモンガが懸念するのは、この世界にいるかもしれない他のユグドラシル・プレイヤーの存在だった。

 同じ“アインズ・ウール・ゴウン”のメンバーであれば心配は無用であろうが、しかし他のプレイヤーであればそうはいかない。

 元々ギルド“アインズ・ウール・ゴウン”はユグドラシルでは極悪ギルドとして名高いギルドであり、そのため敵対ギルドも数多く存在した。ギルドメンバーが全員異形種であったため、それだけで嫌悪されていた面もある。そのため、他のプレイヤーに見つかれば、どんな行動を取られるか分かったものではなかった。アバターの姿や名前などの情報が知れ渡っていないギルドメンバーであればあまり警戒する必要もないのかもしれないが、しかし残念ながら今回ペロロンチーノが選択した弐式炎雷は“アインズ・ウール・ゴウン”のギルドメンバーとしてそこそこ有名なプレイヤーだった。恐らく彼の名前や姿といった情報は、多くのユグドラシル・プレイヤーに知れ渡っていただろう。彼の姿でもし他のプレイヤーに見つかれば、どんな惨事が起こるか分かったものではなかった。

 

 

「……えー、それじゃあ選択肢がなくなっちゃいますよ…」

 

 心底困ったような声を上げるペロロンチーノに、モモンガも解決策はないかと考え込む。暫く弐式炎雷の姿のパンドラズ・アクターを見やり、漸く徐に口を開いた。

 

「……せめて装備一式を全て変えて、弐式炎雷さんだと分からないようにすべきだな。弐式炎雷さんは確かハーフゴーレムだったから、装備品も人間とあまり変わらないものが装備できたはずだ」

「……それしかないですかね…。分かりました。至急装備品を漁ってきます。宝物殿の物は使用してもオッケーですか?」

「ああ。品質が高すぎなければ問題ない。……〈転移門(ゲート)〉」

「了解です! 急いで準備するぞ、パンドラ!」

「かぁぁっしこまりましたぁーーっ!! それでは一時、失礼させて頂きますっ!!」

 

 今までの静けさはどこへやら。ずっと大人しかったパンドラズ・アクターは大きな声を上げると、そのまま踵を打ち付けてビシッとモモンガへと敬礼をしてきた。弐式炎雷の姿で敬礼すると言う何ともシュールな姿に、モモンガの精神は羞恥と弐式炎雷とナーベラルに対する申し訳なさで大ダメージを受ける。しかし創造主の精神に大ダメージを与えたことなど全く気が付かず、パンドラズ・アクターは踵を返すと、そのままモモンガが開いた転移門へとペロロンチーノと共に消えていった。

 モモンガはフラッと身体を揺らめかせると、ガックリと肩を落として重たく大きな息を吐き出した。

 

「………本当にすまないな、ナーベラル」

「………とんでもございません、モモンガ様」

 

 ナーベラルの声がペロロンチーノの時以上に沈んでいたような気がして、モモンガはもう一度だけ深く大きなため息を吐き出した。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 ペロロンチーノとパンドラズ・アクターが急遽再びナザリックに一時帰還してから約二時間後。

 どうにかこうにか弐式炎雷とは分からないような装備で覆われたパンドラズ・アクターが戻ってくると、モモンガはナーベに扮したナーベラルとパンドラズ・アクターとブレインを引き連れて冒険者組合へと向かっていた。

 因みにペロロンチーノは〈完全不可知化〉のネックレスを身に着けてモモンガのすぐ横を漂っている。

 モモンガはこれからの大仕事について何度も脳内でシミュレーションを行いながら、見えてきた冒険者組合の建物に思わず無いはずの喉をゴクッと鳴らした。

 

(……隣にはペロロンチーノさんがいるし、一人じゃないから何かあっても大丈夫! よし、頑張れ、俺っ!!)

 

 必至に自分に言い聞かせ、意を決して扉に手を掛けて大きく押し開ける。

 中にいた人間たちの視線が自分たちに集中するのを感じながら、モモンガは急ぎそうになるのを堪えてゆっくりと歩を進めた。堂々とした態度を心がけ、階段上の談話スペースを目指す。

 階段を上って早々に目に入る大きなテーブルと、その周りを囲むようにして並べられた多くの椅子。

 その内の二つに腰かける一人の赤毛の女と男に扮した一人の少女を目に止めて、モモンガはそちらへと足先を向けた。二人の少女もモモンガたちの存在に気が付いたようで、ほぼ同じタイミングで椅子から立ち上がって会釈をしてくる。モモンガは軽く手を挙げてそれに応えると、足早にならない程度の足取りで二人へと歩み寄っていった。

 

「お待たせしてしまって申し訳ありません」

 

 まず初めに謝罪の言葉を口にし、身を折って軽く頭を下げる。

 格上の存在であるモモンガの行動に、ニニャは慌てたような表情を浮かべ、ブリタは苦笑を浮かべて後ろ頭をかいた。

 

「い、いえ、そんな! 頭を上げて下さい! モモンさんがとてもお忙しいのは理解していますし、そんなに謝る必要はありません!」

「実際、私たちもそんなに待っていたわけじゃないし……。あまり気にしないでくれると、こちらとしても助かるんだけどね」

 

 二人の言葉に、モモンガはゆっくりと下げていた頭を上げる。本当に気にしていないような二人の様子にモモンガは短く礼の言葉を口にすると、次にはナーベラルたちと共に近くのテーブルを挟んで向き合うような形で椅子へと腰を下ろした。

 窓側にニニャとブリタが並んで席に着き、室内側にモモンガたちが並んで席に着く。

 たった二人の少女に対してモモンガ側はガタイの良い男二人に細身の男が一人と女が一人の計四人。何とも威圧感のある人数とメンバーに、しかしニニャもブリタも気圧された様子は一切なく、ニニャなどは小さな笑みすら浮かべてモモンガへと話しかけてきた。

 

「今日は人を紹介して頂けるとか。……僕のような者にここまでして頂いて、……モモンさんとナーベさんには本当に感謝してもし切れません」

「……いや、これも何かの縁ですしね。それに私は他の“漆黒の剣”の方々を助けることが出来ませんでした。私のチームに入れることもできないと断った以上、これくらいするのは当然の事ですよ」

 

 あくまでも人格者として振る舞うモモンガに、ニニャは疑う素振りも見せずに感動したような表情を浮かべる。

 事実、いくら同じ依頼を請け負った仲だからと言って、モモンガがニニャに対してここまでする必要など一欠けらもなかった。

 その上で、こんな事は当然だと言い切る姿勢に、彼らの様子を遠巻きに見て会話に耳を傾けていた他の者たちはこぞって『あれこそ真の英雄だ!』と感動し、囃し立てていた。

 

「それで……、彼らが紹介してくれる人たちなのかい?」

 

 ニニャの隣で、ブリタが興味津々といった表情を浮かべながら問いかけてくる。

 モモンガも隣に座るパンドラズ・アクターとブレインを見やると、手振りで自己紹介をするように促した。

 

「初めまして、お嬢さん方。私はマエストロと申します。役割としては主に探索や後衛支援が得意ですが、アタッカーとしてもお役に立てると思います。とはいえ、盾の役目は不慣れではございますが……。以後、お見知りおき下さい」

 

 普段よりかは大人し目だが、それでも大袈裟な動作や口調で自己紹介するのはパンドラズ・アクター。

 化けた姿は最初の弐式炎雷から変わってはいなかったが、身に纏う装備を全て一新したため見た目は完全に様変わりしていた。

 デザインの違う仮面に、頭から肩、背中までをフードのように巻いて覆っている漆黒の布。群青色の布製の衣装を身に纏い、黒革製の鎧を右胸部分と左腰から太腿部分に装備させている。見るからに忍者だった本物の弐式炎雷とは打って変わり、こちらは完全に盗賊か暗殺者のような装いだった。

 

「………俺は、ブレイン・アングラウスだ。…よろしく」

 

 パンドラズ・アクターの横で、ブレインも引き攣ったぎこちない笑みを浮かべながら自己紹介をしてくる。

 瞬間、目の前のニニャとブリタが大きく目を見開かせて驚愕の表情を浮かばせた。

 

「……ブ、ブレイン・アングラウス…っ!!?」

「えっ、本物っ!!?」

 

 二人は上ずった声と共に、信じられないというようにマジマジとブレインを見つめた。

 どうやら、彼がそこそこ有名人であると言うのは本当であったらしい。

 二人の様子からそう判断したモモンガは、何とも不思議な感覚に陥って内心で小首を傾げた。

 しかし不意に彼女たちがこちらを振り返ってきたのに気が付いて、改めて彼女たちへと意識を向けた。

 

「……あのブレイン・アングラウスさんと知り合いだなんて……。モモンさんは一体何者なんですか……?」

「……なに、大したことではありませんよ。私の知り合いはマエストロの方で、ブレインはあくまでもマエストロの知り合いですので」

「そう、なんですか……?」

「ええ、そうですとも。……なあ、マエストロ」

「はいっ! モモン殿の仰る通りですっ!! ブレインと私はマブダチですので! ねっ!!」

 

 最後はグリンっと勢いよくブレインへと顔を向けて念を押すパンドラズ・アクター。

 そのあまりの勢いと凄みに、ブレインは無言でガクガクと何度も頭を縦に振って肯定した。彼の顔は今まで以上に蒼褪め、よくよく見ればこめかみにも冷や汗が浮かんで流れ落ちている。モモンガたちの正体を知っているブレインからしてみれば、いろんな意味で切羽詰まってしまっているのかもしれない。

 しかし幸か不幸か、ニニャとブリタはブレインの様子に全く気が付いていないようだった。ただ見つめ合うようなパンドラズ・アクターとブレインを見つめ、感心したような笑みを浮かべている。

 しかしこのままでは、いつ彼女たちが違和感に気が付くか分からない。

 モモンガは今のうちにさっさと話を進めるようと口を開いた。

 

「それで……、私としてはこの二人と組んで四人組のチームで組合に登録すべきだと思うのですが、いかがでしょう?」

「僕としては、とても有り難いお話だと思います。あのブレイン・アングラウスさんが同じチームになってくれると言うのは非常に心強いですし」

「そうね。私も問題はないと思うわ。あなたが推薦してくれる人なら私なんかよりも強いだろうし。この四人なら役割分担も上手くできると思う。マエストロさんとアングラウスさんさえ良ければ、こっちからお願いしたいわ」

 

 ニニャとブリタからの色よい返事に、思わずモモンガとペロロンチーノの顔にニヤリとした笑みが浮かぶ。

 瞬間、まるで言質は取ったとばかりに、早々に話を進ませていくモモンガ。

 改めてパンドラズ・アクターとブレインに対するニニャとブリタの自己紹介を皮切りに、四人でのチームとしての名前や冒険の目的なども詳しく話し合いを行っていく。その際、パンドラズ・アクターが殊の外未知の領域への情報収集などについて重きを置いた発言を多発するのに、モモンガは内心で首を傾げた。とはいえ、それについては反対する理由もないため、モモンガは黙認してパンドラズ・アクターの好きなようにさせる。

 もしかすればペロロンチーノから情報収集について頼まれたのかもしれないと考えながら、ふとあることを思い出してモモンガはペロロンチーノへと〈伝言(メッセージ)〉を繋いだ。

 

『何とか上手く行きそうですね、ペロロンチーノさん』

『そうですね、モモンガさん』

『……これで、この街でのバレアレの二人の役目も終わりました。後でペロロンチーノさんの方から、二人の受け入れの準備をするようにデミウルゴスに伝えておいて下さい』

『ああ、そういえば二人の身柄はデミウルゴスに預けるんでしたっけ。分かりました、伝えておきます』

『バレアレの二人には俺の方から話をしておきます』

『了解です!』

 

 〈伝言(メッセージ)〉からペロロンチーノの元気な返事が聞こえてくる。

 モモンガは思わずフッと小さな笑みをこぼすと、そのまま繋げていた〈伝言(メッセージ)〉を切った。

 頭の中で交わしていた会話がなくなったことで、改めて目の前のことに意識を向ける。

 目の前には、久しぶりに一切の翳りのない笑みを浮かべたニニャと、楽し気な笑みを浮かべるブリタ。落ち着いた大人の態度で彼女たちの言葉に相槌を打つブレイン。そして、やはりどこか言動が煩いパンドラズ・アクター。

 メンバーは違うというのに何故か失われた三人の男たちの姿が重なって見えて、モモンガは知らず兜の奥で小さく眼窩の灯りを揺らめかせた。

 消えてなくなったものは二度と元に戻らず、何をも代わりにはなり得ない。しかし今回の件で、少しでも彼女の心が慰められれば良い。

 もはやナザリック以外のモノに対して一切心が動かぬ身になってしまったけれど、それでも彼女に対しては小動物に対する情くらいは持ち合わせているのだから。

 モモンガはニニャをじっと見つめながら、尚も眼窩の灯りを小さく揺らめかせ続けていた。

 

 




ブリタの口調が分からない~~……(死)

当小説でのパンドラズ・アクターの偽名は“マエストロ”に決定しました!
正しくは『芸術家』や『専門家』という意味らしいですが、この場合は『指揮者』として“マエストロ”と命名。
私のセンスのなさは……勘弁して下さい……orz

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