待っていて下さっていた方、申し訳ございませんでした。そして待っていて下さって、ありがとうございます!
ただいま少々スランプ気味でして所々文章がおかしいところがあるかもしれませんが、その際は教えて頂ければ幸いです(深々)
「これより、定例報告会議を始めさせて頂きます」
深夜0時。
今夜もまた、慣例になりつつあるアルベドの言葉と共に定例報告会議が開始された。
今回の参加者はモモンガとペロロンチーノとウルベルト。守護者からはアルベド、シャルティア、デミウルゴス、アウラ、マーレ。その他からはセバス、ユリ、ソリュシャン、エントマ、シズ、ニグン、一般メイドが二人。計十六名がナザリック地下大墳墓の第九階層の円卓の間に集っていた。
コキュートスは現在
因みにパンドラズ・アクターは前回の定例報告会議には紹介の意も含めて参加したものの、役職はあくまでも領域守護者であるために今後の定例報告会議には参加する予定はなかった。
「ではまずは、各々のこれまでの活動を報告して頂きます。モモンガ様、宜しくお願い致します」
「………うむ……」
一礼と共に促され、モモンガが小さく頷いて答える。しかしどうにもいつもよりも重たい雰囲気を帯びているような気がして、ペロロンチーノとウルベルトはモモンガを見つめながら内心で首を傾げていた。
何かあったのだろうか…と少しばかり心配になる。
ペロロンチーノとウルベルトが見守る中、やはりゆっくりとした動きでモモンガが口を開いた。
モモンガの口から語られたのは冒険者モモンとナーベのランクがミスリルから一気にアダマンタイトまで昇級したこと。後はナザリック勢の感覚では非常に生温いレベルの数々の依頼を無事に遂行し、着実に名声を高め、多くの信頼を取得していっているという報告だった。
聞いた限りでは一切懸念するような部分はなく、順調にいっているように聞こえる。
しかしモモンガからの報告はそれだけではなかった。
「……それで、前回話したニニャのことなのだが…」
「あっ、ニニャちゃん! ニニャちゃんに何かあったんですか!?」
途端に勢いよく食いつくペロロンチーノに、ウルベルトが重たいため息を吐き出す。
しかしモモンガはウルベルトの様子に内心では首を傾げながらも、今はこちらの方が先だと判断してペロロンチーノを見やった。
「あー、いや……彼女は無事に回復したのだが……。私の方でそれとなく冒険者を止めてどこか田舎の村で第二の人生を歩む方が良いと勧めてみたのだが、彼女はどうしても冒険者を続けたいと主張しているのだ」
「ほう、それは中々に芯の強いことだ。前回の報告会議で話を聞く限り、引退してどこかに引き篭もっても何ら不思議ではないと思っていたのだがね」
今度はウルベルトが少し興味深そうな声を上げる。
彼の言う通り、ニニャの身に起こった今回の事件は十分トラウマ物であり、争い事から身を引いてどこか静かな場所に引き篭もっても何ら不思議ではないものだった。
モモンガもそう考えたからこそ、彼女に冒険者を止めるよう勧めたのだ。
しかし彼女は頑なに冒険者を続けると言い続けていた。
よくよく話を聞けば、そもそも彼女が冒険者になったのは貴族に連れ去られた姉を探すという目的があったからだという。冒険者を止めて田舎の村に引っ込んでしまっては、大切な姉を見捨てることになる。事情を知っているが故に自分だけは逃がそうとしてくれた仲間たちのためにも、自分は冒険者を続けて姉を見つけなければならないと言って譲らなかったのだ。
「最初は私やナーベラルのチームに入れてくれるよう頼んできたのだが、流石にそれは難しいので断ったのだが……。今は何故か、シャルティアの件での生き残りの女冒険者といつの間にか仲良くなっているし……、どうしたものかと少々悩んでいるのだ」
報告がいつの間にか相談になってしまっている。
モモンガの様子がおかしかったのはこれが原因か…と内心で納得の声を上げながら、ペロロンチーノとウルベルトはう~んと頭を悩ませた。
周りではシモベたちが大人しく彼らの様子を窺っている。至高の主たちの崇高なる思考を邪魔しないように、ただ黙って控えるように立っていた。
「その女冒険者とチームを組むってことですか? 確かその女冒険者って仲間をシャルティアに殺されてましたよね?」
「同じ境遇故の仲間意識、といったところかな? ……女二人だけの冒険者チームか…。実力があれば良いのだろうが……、彼女たちのランクはどうなのだね?」
「確か……ニニャが
「……それはまた…」
「二人だけで活動するには中々に難しいんじゃないですか……?」
思わぬ低ランクにペロロンチーノとウルベルトが思わず閉口する。
「……せめて、もっとチームメンバーを増やせればいいんですけど…」
「一応、ブリタの方はずっとソロの冒険者でやってきていたそうだ。依頼の際は同じソロの冒険者か、同じく受理した冒険者チームと一緒に行動して依頼をこなしていたそうだが……」
「………唯の寄せ集めじゃないか。それだと、チームプレイなんてできないぞ」
モモンガからの補足に、ウルベルトが小さく顔を顰めさせる。
隣ではペロロンチーノがう~う~唸っており、暫くして漸く何かを思いついたのか、大きな声と共に反射的に四枚二対の翼を勢い良く広げた。
「あっ、そうだ!」
「おい、いきなり翼を広げるな」
「何か思いついたのか、ペロロンチーノさん?」
ペロロンチーノの翼が肩を掠めて更に顔を顰めさせるウルベルトと、少し期待するようにペロロンチーノを見つめるモモンガ。
ペロロンチーノは慌てて広げた翼を折り畳むと、次には自信満々に胸の羽毛を膨らませた。
「簡単ですよ。チームメンバーがいないなら、こちらから人材を提供してあげれば良いんです!」
「提供って……、そんな奴いないだろう」
「いやいや、いるじゃないですか! とっておきの人材が!」
「……?」
嬉々として話すペロロンチーノに、ウルベルトは彼の言う人材がどうにも思いつかず大きく首を傾げる。
しかし無言で二人のやり取りを見つめていたモモンガが、不意に小さな声を上げた。
「……ペ、ペロロンチーノさん、……まさか…!」
「ふっふっふっ、流石はモモンガさん……。誰か気が付きましたね」
モモンガのどこか怯える様な声音に、ペロロンチーノが不気味な笑い声を響かせる。
一人だけ尚も首を傾げているウルベルトを尻目に、ペロロンチーノは勢い良く椅子から立ち上がると、ビシッとモモンガに人差し指を突き付けた。
「そうっ! モモンガさんの被造物、パンドラズ・アクターですよ!!」
「ゴフッ!!」
高らかなペロロンチーノの言葉に、途端にモモンガの口から血反吐を吐いたような酷い音が聞こえてくる。
自信満々に拳を握りしめているペロロンチーノと、骸骨なのに一気にげっそりしたようなモモンガを交互に見やり、ウルベルトは軽く足を組みながら小さく息をついた。そのまま緩く頭上を仰ぐと、天井を見つめながら宝物殿で出会った卵頭の黄色の軍人を思い浮かべた。
「……あー、ドッペルゲンガーか…。確かにあいつなら人間に化けて行動できるな」
「ちょっ、ウルベルトさんっ!?」
ウルベルトからのまさかの裏切りのような言葉に、モモンガが悲鳴のような声を上げながら勢いよく振り返ってくる。
どうやら彼にとって自分のNPCは相当トラウマ物の黒歴史であるらしい。
思わず同情にも似た眼差しを向ける中、しかし言い出したペロロンチーノ本人は尚も嬉々としてこちらに身を乗り出してきた。
「ほらほら、ウルベルトさんもそう思うでしょう! パンドラズ・アクターならどんなものにも化けれますし、レベルも100レベルなので安心ですよね!」
ペロロンチーノの言葉は単純でありながら説得力があり、容赦なくモモンガの心を追い詰めていく。
うーうー小さな唸り声を上げながら思い悩むモモンガと、にこにことした笑みを浮かべるペロロンチーノ。
一見ペロロンチーノがモモンガを苛めているようにも見えて、ウルベルトは二人を交互に見やった後、徐に無詠唱でペロロンチーノへと〈
『おい、モモンガさんと何かあったのか?』
『……えっ、何で〈
『じゃあ、何で苛める様な事してるんだよ』
『苛めるって……。別にそういうつもりはありませんよ』
予想外の答えに思わずマジマジとペロロンチーノを見つめてしまう。
ペロロンチーノは小さな苦笑を浮かべると、未だ唸っているモモンガをチラッと見やった。
『……ほら、モモンガさんってパンドラの事を苦手に思ってるじゃないですか』
『………まぁ、あいつはモモンガさんにとっては黒歴史だからなぁ……』
この世界に転移してきてすぐ、宝物殿に行った時のモモンガとパンドラズ・アクターの様子を思い出してウルベルトが小さく頷く。
『俺、NPCたちとずっと一緒にいて思うんですけど、彼らは本当に俺たちのことを崇拝してくれているように感じるんですよ。特に自分を創ったギルメンに対しては思い入れも一入みたいで……』
『……まぁ…、確かになぁ…』
ウルベルトは自分が創ったデミウルゴスやペロロンチーノが創ったシャルティアをチラッと見やると、再び小さく頷いた。
ペロロンチーノの言う通り、確かにシャルティアは自分やモモンガよりもペロロンチーノに好意を寄せているように見えるし、デミウルゴスもペロロンチーノやモモンガよりも自分に対して忠誠を誓い、優先度を高くしている様に感じる。
『きっとパンドラにとっても、モモンガさんは特別だと思うんです。……モモンガさんの気持ちも分かりますけど、昔の黒歴史だからって、ずっと避けていたら可哀想じゃないですか。パンドラだってモモンガさんの役に立ちたいと思っているでしょうし、モモンガさんもパンドラが役に立てば少しはトラウマがなくなるかなって思いまして』
『……ペロロンチーノ…、お前……』
予想外に色々と考えていたペロロンチーノに、ウルベルトは思わずじーんと感動を覚えた。
その心境はさながら、不出来な弟が立派に一人立ちして感動する兄のそれに似ていたかもしれない。
もしここに彼の実姉であるぶくぶく茶釜がいたなら、さぞや自慢に思ったことだろう……と考えて、不意に『愚弟のくせに生意気だ』とドスの効いた声と共に黄金の
思わず憐みの篭った視線を向けるウルベルトに、頭上に疑問符を浮かべるペロロンチーノ。
ウルベルトは一つ大きな咳払いをして気を取り直すと、何はともあれペロロンチーノに賛同するべくモモンガへ向けて口を開いた。
「パンドラを使っても良いんじゃないかね、モモンガさん。パンドラは能力的にも優秀だし、未だこの世界の情報を集めている途中である今、100レベルのパンドラならば安心して外に出せるというものだ」
「…そ、それは……そうだが……」
「それに、パンドラならばさりげなく彼女たちからいろんな情報を引き出すことが出来るかもしれないしね。……モモンガさんだって、他のシモベたちばかり働かせて、自分が創ったパンドラだけ外に出さないのも気が引けるだろう?」
「うぐっ…!」
悪戯気な笑みと共に容赦なく止めを刺すウルベルトに、言い出しっぺであるペロロンチーノは無言ながらも思わず小さな苦笑を浮かばせた。
勿論、ウルベルトがモモンガを責めている訳ではないことは、ペロロンチーノもモモンガも十分に分かっている。恐らくモモンガが密かに気にしている所を的確に捉え、確認させるように言っているだけなのだろう。
しかし、だからこそ彼の言い分には大きな説得力があり、ペロロンチーノは内心で呆れにも似た感心を覚え、モモンガは内心で頭を抱え続けた。
「………………くっ……、仕方がない。……あいつを使おう…」
まるで苦渋の決断をするかのように言葉を絞り出すモモンガに、途端にウルベルトとペロロンチーノが満面の笑みを浮かばせた。
「ありがとうございます、モモンガさん!」
モモンガの気が変わらない内に…とばかりに、すぐさまペロロンチーノが礼の言葉を口にする。
力なく手を挙げてそれに応えるモモンガに、今までの笑みを引っ込めたウルベルトが徐にペロロンチーノへと視線を移した。
「……だが、いくら100レベルのパンドラとはいえ、三人だけでは冒険者チームとしてはまだ些か心許なくはないかね? 少なくとも、もう一人くらいは必要だと思うがね」
「そうですね~……」
「他の人材もそうだが、あいつに誰の姿をさせるかも重要だろう」
「その辺りはパンドラ本人とも相談して決めたいなって思ってるんですけど……。モモンガさん、ニニャちゃんたちは結構急いでる感じなんですか?」
「……いや、ニニャもまだ完全に回復したわけではないからな。……私の方でも、もう少し休んでいる様に言って時間を稼いでおこう」
「ありがとうございます!」
一応ニニャたちに関する大まかな対応は決定し、これでモモンガの報告という名の相談が終了する。
次に報告を始めたのはペロロンチーノ。
彼の報告内容は主にカルネ村の村人の様子や復興状況、後はコキュートスにリザードマンの集落へ侵攻するよう命じたことを一言告げた。
報告を聞く限り、取り立てて考えていかなくてはならない案件はない。
しかしペロロンチーノ本人の報告からではなく、彼の管轄するトブの大森林の探索チームから予想外の報告が上がってきた。
「「「……世界を滅ぼせる力を持った魔樹…?」」」
モモンガ、ペロロンチーノ、ウルベルトの三人の声が見事に重なる。
彼らの視線の先には報告者であるアウラが少し困ったような表情を浮かべていた。
彼女の報告によると、ペロロンチーノの命でトブの大森林の探索を行っていた折にピニスン・ポール・ペルリアと名乗るドライアードに出会ったのだと言う。このドライアードの話によれば、トブの大森林の奥地にザイトルクワエと呼ばれる魔樹が眠りについているらしい。
大昔、世界を滅ぼせるほどの力を持った多くの化け物たちが空を切り裂いてこの世界に降臨し、その多くが最終的には各地に封印された。
今回のザイトルクワエもその化け物の一体であり、今も完全に目覚めるために周りの木々の命を吸い取っているという。
「そしてドライアードの話によると、どうやらその魔樹の完全な目覚めが近い様なんです。一度私とマーレで魔樹が眠っていると思われる奥地に行ってみたんですけど、私もマーレも何も感じ取れませんでした。……ただ、周辺の木々が全て不自然に枯れ果てていたので、ご報告した方が宜しいかと思いまして……」
「……ふむ…」
少し自信がなさそうなアウラとマーレに、モモンガたちは考え込みながら互いに顔を見合わせる。
アウラとマーレの二人に見つけられなかったのなら、本当にそこには何もいなかったか、或は相手が特殊な能力か何かを持っているかのどちらかだろう。彼女たちの報告を聞く限りではドライアードが嘘をつく理由も見つからないため、後者の可能性の方が高いと判断せざるを得なかった。
もし本当にそうならば、早急に調査をする必要がある。
「……トブの大森林は俺の担当ですし、俺が調べてみましょうか」
「お前の場合、そのドライアードが気になるだけじゃないのか?」
「…まぁ、否定はしませんよ」
ウルベルトの指摘に、ペロロンチーノは誤魔化すように小さく肩を竦ませる。
わいわい言い合いを始める二人を見やり、まるで落ち着かせるようにモモンガが口を開いた。
「ちょっと待て。ペロロンチーノさんが調査をしに行くのは構わないが、まさか一人で行くつもりではないだろうな?」
「え、駄目ですか?」
「駄目に決まってるでしょう! ……っと、……ゴホン…、駄目に決まっているだろう。仮にも世界を滅ぼせるだけの力を持っているとまで言われているのだし、流石に一人だけで行かせる訳にはいかん」
「でも、唯の調査ですよ?」
「それでも万が一ということがある。……そうだな、案内役と調査の補助としてアウラの同行は必須だとして…、後は護衛としてシャルティアを連れて行くと良い」
モモンガの提案に、今まで大人しく話を聞いていたシャルティアが勢いよく身を乗り出してきた。ペロロンチーノの元まで駆け寄り、跪いて深々と頭を下げる。
「ペロロンチーノ様! どうか、わたくしをご一緒させて下さいませ! この身を盾として、必ずやペロロンチーノ様をお守り致します!!」
何を興奮しているのか、いつもは蝋のように白い頬を薔薇色に染め上げて、紅の大きな瞳もうるうると潤んで輝いている。
何やら断れそうにない雰囲気に、ペロロンチーノは思わず首を縦に振りそうになった。
しかし、ここで割り込む存在が一人いた。
ペロロンチーノが首を縦に振るその前に、細い影がサッとシャルティアの斜め前に滑り込んできた。
「……ペロロンチーノ様、盾と言うならば私の方がシャルティアよりも適役かと思われます。どうか、わたくしをお連れ下さい」
そう声をかけてきたのは、シャルティアの斜め前まで移動して跪いたアルベド。
白い
アルベドの目を見た瞬間、反射的に背筋がゾクッと戦慄して、ペロロンチーノは思わず背中の翼を忙しなく震わせた。
「………アルベド、どういうつもりでありんすか? まさか、私がペロロンチーノ様を危険に晒すとでも?」
「……あ~ら、別にあなたの能力を疑っている訳ではないのよ? でも、盾と言うなら私の方が適役だと思わないかしら?」
「“攻撃は最大の防御”とも言わしんす。純粋な戦闘能力はおんしよりも私の方が上。それを忘れないでほしいものでありんすねぇ」
「あなたこそ忘れているのではないかしら。今回はあくまでも調査が目的なのだから、戦闘能力よりも万が一の時の退避の時間を稼ぐことのできる私のような盾役の方が重要なのよ」
モモンガたちそっちのけで、女性二人で壮絶な舌戦を繰り広げ始める。
彼女たちのここまでの言い争いは見たことがなく、モモンガたちは三人ともがどうにも反応することが出来なかった。
シャルティアとしては、今でさえ最愛のペロロンチーノがエンリやネムに対して好意を向けているのが面白くないというのに、ここで更に見ず知らずのドライアードにまでペロロンチーノの心を奪われたくないのである。ペロロンチーノに情愛や敬愛といったあらゆる愛を向けるシャルティアにしてみれば、ある意味当然の感情であろう。
そして彼女と言い争うアルベドとしても、至高の主たちに対して忠誠を誓うと同時に主たちからの寵愛をも望んでいたため、シャルティアだけが抜け駆けするような流れは気に入らなかったのだ。
シャルティアだけでなく、自分も至高の主の一人であるペロロンチーノの寵愛を受けたい……――
二人の欲望が火花を散らし、それに気づかぬモモンガたちはただただ呆然と彼女たちを見つめていた。
「……二人とも、いい加減にしたまえ。御方々の御前であることを忘れてはいないかね?」
「っ!? も、申し訳ありません!」
「っ!? 申し訳りません、お許しください!」
彼女たちを止めたのはモモンガたちではなく、厳めしく顔を顰めさせたデミウルゴスだった。
彼の呼びかけに漸く正気を取り戻したのか、シャルティアとアルベドはハッとした表情を浮かべて慌てて謝罪の言葉と共に頭を下げてくる。
「……い、いや、俺たちは別に気にしていないよ」
「少し驚いたが、お前たちの言い争いはそもそもペロロンチーノを想っての事だろう? 私は羨ましさすら感じるね」
「ウ、ウルベルト様……っ!!」
「う、羨ましいだなんて……っ!! クフゥ―――!!」
少し揶揄うような笑みと共にそんなことを言うウルベルトに、途端にシャルティアが喜色を浮かべ、アルベドは頬を染めて奇声を上げる。
また騒がしくなり始めた場の様子に、漸く気を取り直したモモンガが軽く片手を挙げて場を鎮めさせた。
「アルベド、お前の申し出は私としても心強く嬉しく思うが、お前にはナザリックの管理と警護を任せたい。ペロロンチーノさんには先ほど伝えた通り、アウラとシャルティアと一緒に調査に向かってもらう」
「……畏まりました、モモンガ様」
「分かりましたよ、モモンガさん」
先ほどまでの騒動はどこへやら、アルベドとシャルティアは大人しく跪いて頭を下げ、ペロロンチーノも小さく肩を竦ませながらも頷いて返す。その後ろでは報告していたアウラやマーレも同じように深々と頭を下げている。
モモンガはアウラとマーレに全て報告したか確認すると、次にはアルベドに声をかけて会議を進めるように指示を出した。
ペロロンチーノや彼の管轄での報告は全て終了したため、次はウルベルトの番である。
ウルベルトの報告内容は帝国の四騎士からの接触と、
「へぇ、国のお偉いさんから使者が来るなんて凄いじゃないですか!」
「……まぁ、普通に考えればそうなのだろうがねぇ…」
「ウルベルトさんは、何か裏があると考えているのか?」
「正直に言えば、それほど警戒しなくても良いとは思っている。しかし油断してしっぺ返しを食らうのも面白くないだろう? 一応シャドウデーモンにも探らせているし、また何かあれば相談しますよ」
背もたれに深く背を預けて足を組みながら言うウルベルトに、モモンガも鷹揚に頷いて返す。
ウルベルトにとっては帝国の四騎士からの接触よりも、カルネ村に向かって来ている冒険者への対応の方が重要だった。
「それよりもカルネ村に向かって来ている冒険者についての方が重要だ。私もカルネ村の様子を見てきたのだがね。村の防壁や広い鍛錬場など、普通の辺境の村で通すにはあまりにも不自然過ぎる。こちらの対応をどうするか考えないとマズいことになるだろう」
「そんなにか? 私も五日ほど前に冒険者としてカルネ村に行ったが、その時はあまり違和感を感じなかったのだが……」
「あっ、あの時よりも断然グレードアップしてますよ!」
まるでウルベルトの懸念を理解していないかのように、ペロロンチーノが明るい声音でモモンガの認識を訂正してくる。無言で頭を抱えるウルベルトを見やり、どうやら相当辺境の村とはかけ離れた様相になっているのだろう、とモモンガは判断した。
そうであるならば、ウルベルトの言う通り、何かしら対策を練る必要がある。
カルネ村から自分たちの存在を特定することはできないとは思うが、何がどう繋がって気づかれるかも分からないのだ。警戒や対策をしてマズいことにはならないだろう。
では、その対応をどうするか……。
急ピッチで村の設備がグレードアップしている今、ただ単に“見知らぬ三人の旅人が助けてくれた”と言うだけでは怪しさ満載である。
ふむ……と頭を悩ませるモモンガに、ウルベルトが顎鬚を扱きながらゆっくりと口を開いた。
「……一応私の方で考えてみたのだがね。冒険者モモンとナーベとマーレを謎の旅人としたらどうだろう? 村の復興の手伝いにマーレを村に残したということにして、マーレやゴーレムの存在を強調すれば、少しは怪しさを誤魔化せると思うのだが」
「確かに良い案だとは思うが……、一つだけ問題がある。先ほども言ったように、私は一度冒険者としてカルネ村に来ている。その際、村人たちは私やナーベラルに対して初対面として接していたから、そこに矛盾が生じるだろう。同行していたニニャやンフィーレアがいる以上、調べられたら一発でバレてしまう。“初対面として接してくれるように頼んだ”と言い逃れもできなくはないが、不信感を抱かれるのは間違いないだろう」
「……ふむ…、やはり少し強引過ぎたか……」
モモンガの指摘に、ウルベルトが尚も顎鬚を弄びながら小さな唸り声を上げる。
例え不信感を抱かれるのが一時的なものであったとしても、名声を高めたいと望むモモンガにしてみれば、一瞬でもそういった状況になること自体が大きなデメリットだった。
「因みに俺は?」
「……お前はダメに決まってるだろう。大体、シャルティアたちと一緒に魔樹を調査しに行くんだろう?」
「えー、どんな冒険者が来るか興味あるんですけど……」
ペロロンチーノが不満そうに反論する。
しかしシャドウデーモンから冒険者チームのメンバーについて知らされていたウルベルトとしては、未だ自身の欲望を上手く制御できていないペロロンチーノに冒険者たちを会わせるわけにはいかなかった。いや、会わせる以前に、その冒険者たちについての情報を知られることさえマズい。女だけの冒険者チームだと知られた日には、一直線に暴走するのが目に見えていた。
「何言ってるんだ。冒険者なんて筋骨隆々の野郎どもに決まってるだろ」
「えー、でも中にはニニャちゃんみたいな可愛い子も……」
「そんなのは本当に少数派だ! なぁ、モモンガさん!!」
「えっ!? ……あー、まぁ、そうだな…」
全力で阻止しようとするウルベルトに同意を求められ、モモンガも戸惑いながらもそれに頷く。
ペロロンチーノはウルベルトを少し疑わし気に見ていたが、モモンガも同意したことで納得したように一つ頷いた。
「う~ん、それならあんまり見たくないかな……。あっ、そうだ! 対策の話に戻りますけど、モモンガさんが駄目なら、ウルベルトさんのチームが旅人役をやったらどうですか?」
「……だが、旅人の人数は三人だろう」
「だから、ウルベルトさん、ユリ、ニグンの三人が旅人役で、マーレは村の復興の手伝いとして連れてきたことにすれば良いんですよ!」
「………なるほど…」
「……えー…」
ペロロンチーノの提案にモモンガが納得の声を上げ、次はウルベルトが不満の声を上げる番だった。まさか自分に回ってくるとは思わず大きく顔を顰めさせる。
しかしペロロンチーノは勿論の事、モモンガも彼の顰め面に怯むことはない。ペロロンチーノはニコニコと満面の笑みを浮かべ、モモンガはNPCたちには見られないように小さく両手を重ねてお願いのポーズをとった。
ウルベルトは暫く低い唸り声を上げていたが、代案を出すことができず最終的には引き受けることになった。
ガクッと肩を落とすウルベルトに、ペロロンチーノとモモンガがすぐさま慰めに入る。
厄介ごとをモモンガさんに押し付けようとした罰なのか……とウルベルトが思わず遠い目をする中、彼を慰める傍ら、ペロロンチーノがアルベドを促してさっさと会議を進めさせた。
報告をしていない残りのチームはセバスとデミウルゴス。
セバスの方は既に書類での報告システムが構築されていたため大した情報量ではなかったが、問題はデミウルゴスの方だった。
ウルベルトの予想通り、デミウルゴスはこの定例報告会議で
原材料はウルベルトがデミウルゴスに渡したエルヤーという名のワーカー……つまり、人間の皮である。
驚愕の事実にモモンガは感情に抑制がかかりながらも呆然とし、ペロロンチーノは顔を俯かせ、ウルベルトは平然と二人の様子を見つめていた。
「込められる魔法は未だ低位のものしか成功しておりませんが、研究と実験を重ね、より高位の魔法の
デミウルゴスは言葉を途中で途切らせると、気遣わし気にチラッとペロロンチーノを見やった。
ペロロンチーノもその視線に気がつき、デミウルゴスへと視線を向ける。
恐らくペロロンチーノが断固反対したことを気にしているのだろうと気が付くと、ペロロンチーノはため息を呑み込んで小さな苦笑を浮かべるにとどめた。
ウルベルトにも覚悟を決めておくようにと言われていたものの、やはりまだ見ぬ美女や美少女のことを思うと頷くことも肯定の言葉を口にすることもできなくなる。
ペロロンチーノは内心で大きく落ち込み、モモンガも未だ完全に抑制が効いておらず、そんなどうしようもない二人の様子にウルベルトはやれやれと小さく頭を振って仕方なく口を開いた。
「低位の魔法のみとはいえ、
「……勿体ない御言葉にございます、ウルベルト様」
まずは労いの言葉を口にすれば、デミウルゴスも強張らせていた表情を緩めさせて嬉しそうに頭を下げてくる。
「高位の
「はい、ウルベルト様の仰る通りかと」
「だがな、デミウルゴス。周辺の人間の村を襲うのは、私は少し早計に思えるのだよ」
思わぬウルベルトからの助け舟に、ペロロンチーノがチラッとウルベルトへと視線を向ける。
しかしウルベルトはそれを感じ取りながらも、視線はデミウルゴスから外さなかった。
この忠誠心厚い息子に誤解を与えず傷つけないように、細心の注意を払って柔らかな表情と声音を意識しながらデミウルゴスを見つめ続ける。
「我々が持っているこの世界の情報は未だに多いとは言えない。そのような状況で、敵対者を作るような行動は起こすべきではないだろう? 幸いなことに、我々には既に幾人かの捕虜を手にしている。まずは奴らを
「なんと……思慮深く、慈悲深きお言葉! 流石はウルベルト様、そこまで考えの至らぬ我が身が恥ずかしいばかりでございます」
「何を言う。お前はナザリックの事を一番に考えてくれたのだろう? それに、
「ウ、ウルベルト様……、過分な御言葉、恐悦至極にございます……!」
嬉しさのあまり、デミウルゴスは頭を下げた状態で感動に打ち震え、長い銀の尾も複雑な動きで忙しなく揺らめいている。
ウルベルトは手を伸ばしてデミウルゴスの頭を優しく撫でると、そのままの状態でモモンガとペロロンチーノへと視線を向けた。
「取り敢えず、そういうことで良いですかね?」
「……あ、…ああ、そうだな。取り敢えずは、そういう形で進めて行くこととしよう」
「そうですね。俺もそれで問題ないと思いますよ」
ウルベルトの確認に、モモンガとペロロンチーノも了承の意味を込めて深く頷く。
やっと気を取り直したモモンガとペロロンチーノからも改めて労いの言葉を受け、デミウルゴスは一層深く頭を下げ、周りのNPCたちは羨望の眼差しを
歓喜に打ち震えて言葉もない
何とも和やかな悪魔二人を眺めながら、モモンガはため息にも似た息を小さく吐き出した。
これで漸く全員分の報告が終わったことになる。
次に改めて今後の詳しい行動を決めるため、NPCたちも交えて話し合いや進言が行われていった。
前回の定例報告会議でのモモンガの言葉もあり、今回はNPCたちも積極的に進言をしてきてくれる。
NPCたちも少しずつではあるが確実に成長していることが感じ取れ、モモンガたちは親の心境で何ともくすぐったい様な嬉しさを感じていた。
そして最終的に、各々の今後の行動方針が詳細に定められていった。
まずモモンガは通常通り冒険者の依頼を遂行しつつ、ニニャを説得して時間を稼ぐ。そしてペロロンチーノがパンドラズ・アクターなどの準備を整え次第、それらをニニャとブリタに提案して了承させる。
ペロロンチーノはまずはアウラとシャルティアと共にザイトルクワエなる魔樹について調査。その後、ニニャとブリタに勧める人材の選定とパンドラズ・アクターとの打ち合わせを行い、決定次第モモンガに知らせる。なお、この打ち合わせにはパンドラズ・アクターだけでなく、ナザリックの管理を任されているアルベドも参加することとなった。
ウルベルトはカルネ村でガゼフの依頼を受けた冒険者に対応し、誤解や疑惑をもたれないように対処していく。その後、帝国に戻り、帝国の四騎士の対応を行っていく手筈となった。
セバスは通常通り王国の情報収集。
デミウルゴスはニューロニストと話し合いながらナザリックに捕えている捕虜たちの中から
なお、ペロロンチーノでは色々と刺激が強すぎるとして、デミウルゴスのチームのみ、担当責任者がペロロンチーノからウルベルトへと変更された。
「みな、疑問点や言い残したことは無いか?」
改めて今後の方針についておさらいした後、モモンガが周りを見回して確認してくる。
ペロロンチーノとウルベルトは無言で頷き、周りのNPCたちは無言で跪き頭を下げてくるのにモモンガも一つ頷くと、次には隣に控えるアルベドを見上げた。
「では、これにて定例報告会議を終了いたします。全員、解散!」
モモンガの視線を受けてアルベドが守護者統括に相応しい凛とした声音で宣言し、NPCたちは一層モモンガたちに向けて頭を下げた。
数秒後、いつものように続々と立ち上がって礼と共に下がっていくシモベたち。
最後にアルベドが礼をとった状態に静々と部屋を出て行き、その瞬間、モモンガとペロロンチーノとウルベルトは大きなため息と共に円卓の上へと突っ伏した。
この三人の行動も恒例になりつつある。
いつまで経っても楽な報告会議にならないな……とモモンガがもう一度嘆息する中、いち早く顔を上げたペロロンチーノがウルベルトへと声をかけた。
「……今回は色々とありがとうございました、ウルベルトさん!」
「ん? …あぁ、デミウルゴスの事か?」
「そう、それですよ! 正直に言って、あれは俺には荷が重すぎですよ!!」
オーバーアクションで声高に言い放つバードマンに、悪魔は皮肉気な笑みと共に気怠さそうに肩を竦ませた。
「別に礼を言われるほどじゃないだろう。人間を材料にするのは変わらないんだしな」
何でもないと言うように小さく首を振るウルベルトに、ペロロンチーノだけでなくモモンガも感心させられた。
確かにモモンガもアンデッドになったことで人間に対する感情はひどく希薄になっている。精々がそこらにいる虫や石ころ、よくても愛玩動物くらいのものだ。
しかしそれでも、いざ人間を
ナザリックの事や今後の事を考えればウルベルトやデミウルゴスの判断の方が正しいのは明白であり、ここにウルベルトがいて本当に良かった……とモモンガは心からそう思った。
(……まぁ、取り敢えずはこれで問題ないが、時が経てば材料が足りなくなるのは必至。当分はいなくなっても問題ない盗賊や罪人を中心に補充していくとして……、デミウルゴスの拠点を見つけられる訳にもいかねぇし、ある程度情報が集まって手を出しても問題ないと分かれば周辺の村を襲わせても良いかもな。)
モモンガの心など露知らず、ウルベルトは一人そう判断すると、内心でニヤリと悪魔らしい笑みを浮かべた。